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2025/07/15

夏休み直前企画 〜作文『20代の自分』〜







♥ 


20代のころのぼくは、

『午後の紅茶』

午前中に飲むほど無頼漢で、

『1日分の野菜』

立て続けに3本飲むくらい、

向こう見ずなところがあったし、

紅しょうがの色がなくなるまで

ずっと口の中で転がし続けるほどの

根性もあった。


毎朝見かける、

陶磁器製のボーダー・コリーの置物に

名前をつけて、

「おはよう、ラスカル」

なんて話しかけるほどの愛情もあったし、

その置物のラスカルが

割れてしまったとき、

7週間ほど泣き明かし、

陶器の破片を拾って埋葬して、

毎月の命日に、

花を手向け続けるほどの

慈悲深さもあった。


白い猫を見れば

「タマ」と呼び、

茶色い縞猫を見れば

チャトラン」と呼び、

シベリアン・ハスキーを見ては

「チョビ」と呼ぶ友人とともに、

おしゃれなセレクトショップで

サングラスの掛け合いっこをして、

昼下がりの陽光を浴びながら、

お互いを褒め合ったりもした日曜日。


夕方すぎには家に帰っていく人々を尻目に、

公園のブランコに乗りながら、

よおし、どこまで天国に近づけるか挑戦だ!

なんて言って、

自分で漕いだブランコで気持ちが悪くなって、

お昼に食べたAランチ定食の

メンチカツの味を思い出したりするような

甘酸っぱい気持ちは、今でも覚えている。


そんな男ふたりで、

わかれ道に立ったまま

8時間もしゃべりt続けて、

お金がないからって

自動販売機のコーンスープをふたりでわけ合って、

缶の中に残ったコーンの粒を、

最後の一粒まで必死になって食べようとして、

欲ばった挙句に缶で前歯を折っちゃった

お前の笑顔が忘れられない。



残り物には福があるって信じて、

毎日終電で帰るほど家に居場所がない

反抗期の自分。

そんな尖った過去を持つ経歴に憧れつつも、

毎日お母さんが作った晩ごはんで、

おかずがなくなってからまた

三杯もお代わりしている自分に、

理想と現実のギャップで唇を噛んで、

一人涙した夜は数え切れず、

数えてたらいつの間にか眠っちゃってたよ、

って、しびれた右手で頭をかいて、

自分の手じゃないみたいだなって感じて、

思わず「かいてくれてありがとう」って

お礼を言ったこともあったっけ。


そんな自分を、忘れたくない。

たとえそんな自分が、

どんな自分か忘れてしまっても、

忘れたくないって思ったことだけは、

せめて一生忘れたくない。


だから、覚えておいてほしい。

ぼくの代わりに、

忘れたくないっていう熱い気持ちを

このさき未来永劫ずっと末代まで。


この思いを

背中に彫ったまではいいけれど、

自分じゃ見えないことに、

彫り終えて家に帰ってから

初めて気がついた連休明け。


かつての自分。


そんな自分を想像しながら、

もうすぐ10代になる自分が、

20代の自分にエールを送る姿を

想像してみる。


が・ん・ば・れ、

が・ん・ば・れ、じ・ぶ・ん!

まけるな、おれるな、

お・ま・え!


「昔の俺は、

 今よりずっと背が高くて、

 ちょうど大仏さまの指の数の

 4.8倍くらいはあったよ」


そんな歯の浮くようなセリフを

さらりと言ってのけるような伊達政宗。

熊にまたがりお馬の恵子。

ああ、次男じゃなくて、長女だったんだね。


今という瞬間はすでに過去。

今は存在しない。

言葉は常に過去である。

これを読む君すら過去なのだ!

「ノーフューチャー」とは、そういう意味だ。


わかったかね、諸君。

地球は僕らの宇宙船。

水と緑の宇宙船地球号。

運転手は君だ、社長も君だ。

シュッシュポポシュッシュポポ。


「いまどきの若者たちに、

 陸(おか)蒸気がどんな乗り物だったか

 説明するほど野暮じゃないけど」


当たって砕けろ。

恋は直球ストライクゾーン。

トワイライトなスクールゾーン。

外角高めのフリースロー、

摩擦の力で軌道を変えろ。


歴史という名のストーリー。

化学反応ミステリー。

ヒステリーなヒストリーを

スウィートなストリートで

ストレートにささやくアスリート。


愛の調べ。

当社調べ。

誰の下僕。

俺の屍。

またいで歩けば明日がある。


明日は明日の風が吹き、

今日は京都で笛を吹く。

ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、五条の橋の上。



これぞしらふのナチュラルパワー。

永遠に埋めておきたいタイムカプセル。

それはもはや埋葬。

ご大層なラジオ体操。

無理な方は、

イスに座ったままの姿勢でどうぞ。


そんなわけで。


皆さまの時間を奪い去り、

したたかに灰へと変える盗人、

怪盗華麗パン。


隙間を埋めるはずの器械で

よけいに隙間を広げちゃってる

子羊ちゃんたちに。


ラブ・アンド・ピクルス♡(既読)


大丈夫、

古くなったんじゃないから。

多少の酸味は大目に見てネ♡



・・・以上、

現場からお送りしましたとさ。


めでたしめでたし




< 今日の言葉 >


「最近、

 いろいろなことがわからんくなる。

 脳みそが足りんくなって

 きとるのかな。

 毎朝、味噌汁飲んどるのに」


(80歳になった母が真剣な顔で言った言葉)


2024/08/01

ラジオ体操とドッジボール

『動物人間』(2008年)


 *


夏休みになると、

町内でラジオ体操が催された。


毎朝6時半ごろだったか。

大学のグランドの脇、

ふだんゲートボールなどに

使われている、

小ぶりな広場が会場だった。


角に穴の空いた

スタンプカードは、

思い思いの紐が通され、

首から提げられる。


そのまま体操をすると、

うつむき、

大きく胸を広げる動きなどで

腕が引っかかり、

「プン!」

と角の穴が裂け、

紐から外れてくるくると

飛んでいってしまったりする。


毎日毎日、

健康のためというよりは、

『出席』のスタンプを

押してもらうために

参加していたラジオ体操。


夏休み最後の日には、

参加した日数に応じて、

皆勤賞やその他諸々の

「景品」がもらえた。


そう。

完全に「物」に釣られていた。


町内会長の手腕に左右されたが。

かつて教育関係の仕事に

就いていた会長さんは、

交友関係や顔も広かったようで、

ラジオ体操の「景品」が

充実していた。


電話の形をした貯金箱。

色鮮やかな鉛筆や消しゴム。

おもしろい形の透明な定規。

かわいい絵柄のメモ帳や

ノートなど。

きちんと毎日体操すると、

紙袋いっぱいの景品が

もらえた記憶がある。


どれもが企業の名前が銘打たれた、

いわゆる「ノベルティ」

ばかりだったが。

逆に言えば、

お金で手に入らない物でもあった。



朝6時。

父、または母に揺り起こされる。


きっちりしいで厳しい父に代わり、

甘甘でのんきな母は、

目をこすりながらぐずる

ぼくに変わって、

ぼくのスタンプカードを持って

ラジオ体操の会場へ向かう。


自分の代わりに、

ぼくのカードにスタンプを

もらうのだ。


母は、継続することが得意な人で、

ラジオ体操などの行事を

苦にも思わず、

むしろ楽しんでやる人だ。


いくら母似のぼくも、

朝起きるのだけは

どうも苦手だった。


頑張って早起きするのだが。

どうしたってカードの押印が

歯抜けになった。


姉は、きちんと毎日行っていた。

目が覚めてひとりだと

気づいたぼくは、

あわてて身支度をして、

ラジオ体操の会場へひた走る。


「ご、ろく、しち、はち」


締めくくりの深呼吸で

滑り込んだ日が、

小学生の数年のあいだに、

何度となくなった。


飼っていた犬の『レオ』を

傍につないで

体操したこともあった。


寝癖で半目のまま、

その場で跳躍したこともあるし、

途中で雨が降って

中止になった日もあった。


それでも、

スタンプのために、

ひたすらラジオ体操をした。


砂の地面と、

木の棒杭に巻かれた太い針金の柵。

ポータブルスピーカー、

プレハブの事務所。

ひんやりした朝のアスファルトと

蟬しぐれ。


そんな景色が

ぼくのラジオ体操の風景だ。



* *



引っ越して間もないころのぼくは、

学区内にほとんど

「友だち」がいなかった。


通っていた幼稚園も、

学区からは少し遠い

幼稚園だったこともあってか、

見知った顔はまるでない。


・・・自分の記憶ちがいでなければ。


たしかそれは、

大学のグランドで、

ソフトボール大会か何かの

町内行事が終わったあとのことだ。


夏休みの日曜日。

引っ越してきたばかりと

いうこともあり、

顔出しも兼ねて、

父に連れられ町内行事に参加した。


大会が終わり、

道具や機材を

大人たちが片づけだすと、

広々としたグランドの片隅で、

ドッジボールが始まった。


年齢層は、

小学校低学年から高学年くらいで、

幼稚園児はいなかったように思う。


幼稚園児のぼくは、

グランドで始まったドッジボールを、

何となくぼんやりと眺めていた。


すると突然、

ひとりの大人が紛れ込んだ。


誰もが戸惑うなか、

ぼくにはすぐわかった。


それは、父だった。


恥かしさと

申し訳なさいっぱいで、

それでも目が離せずに、

ぼくは「他人のふり」をして

黙って見ていた。


いきなりの

闖入者(ちんにゅうしゃ)に、

お互いの顔を見合わせていたみんなも、

次第に打ち解けるふうにして、

ドッジボールを楽しみだした。


父は、

運動全般が得意な人だった。

おもしろい投げ方や、

曲芸みたいな受け方を披露したり、

圧倒的な技を見せたので、

たちまちみんなの「人気者」になった。


それでもぼくは、

恥ずかしかった。


どうして「子ども」に混じって、

本気になって

ドッジボールをしているのかと。


どうかぼくに

声をかけませんように。


心のなかで念じる思いとは裏腹に、

父は「おーい」とばかりに

手を振った。

芝生の斜面に座る

ぼくに向かって、

大きな体で大きく手を振った。


たくさんの視線が

ぼくに向かって注がれる。


穴があったら

逃げ込みたいほどの衝動に、

ぼくはおろおろと

視線を泳がせた。


「としあきー!」


父はぼくの名を呼んだ。


もう、逃げられなかった。


おずおずと重い腰を上げ、

未練がましく尻の砂を払ったあと、

観念したように

とぼとぼと足を進めた。

父と、

たくさんの「子どもたち」が

待つその場所へ。


「うちの子や」


父がぼくの肩に手をまわす。


思いほか、

きらきらとした目が

ぼくに注がれた。


「仲ようしたってな」


みんながぼくを見ていた。

ぼくもみんなを見ていた。


「そしたら、また」


父はぼくを連れて、

グランドをあとにした。


空には赤い太陽が

浮かんでいた。


家に向かう道すがら、

ぼくは父に聞いてみた。

どうしてドッジボールなんかに

混じったのかと。


父はこんなような

ことを言った。


「おもろいおっさんの子が、

 お前やったら。

 新しいとこでも、

 いじめられへんやろかと

 思ぉてな」


父の分厚い手が、

ぼくの肩を包んだ。



* * *



あれから何十年も経って。


ふと急に、

そんなことを思い出した。


新しく引っ越した街で、

ぼくがいじめられずにすんだのは、

父のおかげだったのかもしれないし、

そうじゃないかもしれない。


そのときは恥かしくて、

本当にやめてほしいなと

思ったのだけれども。


父の思いに気づけたことは、

本当によかったなと思う。


ありがとう、父さん。


世間が夏休みになった

この季節に。


ふと思い出した

ラジオ体操の記憶と、

ドッジボールの思い出。


お父さんもお母さんも、

子どもも大人もみんな。

甘くて苦くて酸っぱくて、

絵にも描けない思い出を、

心の絵日記に

綴ってくださいね♡


ずるしてもらった景品は、

あんまり嬉しくない。


『物資的な満足感は、

 精神的な達成感よりも、

 はるかに小さい』


形骸よりも中身。


そんなことも学んだ、

夏休みでした。



< 今日の言葉 >


ヘルシーモンクの

『ランダム・ソーツ・グラス』。

By ヨシダヘルシー


Healthy monk's 

"Random thoughts grass".

By Yoshida Healthy


(兼好法師の『徒然草』吉田兼好 著、の誤訳)








2022/08/07

夏休み自由研究『都会(まち)の風』 






自由研究。


それは、読んで字のごとく、

「自由な研究」である。

 

本来は「自由」であるはずの「自由研究」。


研究とはすなわち「探究」や「追及」。

それを公表するのが「研究発表」だ。



先生からの評価。

研究学習から得られる知識。

研究に取り組むことで生まれる自主性。

研究で育まれる好奇心や探究心。

将来の可能性や進むべき分野との出会い。

点数や賞賛。満足度。達成感。


人によろこばれたいのか、

自分がよろこびを得たいのか。


何を目的として、

何を得るための「研究」なのか。



夏休みの自由研究。



上記のようなことは一切無視して、

ただただ、夏休みの自由研究に

取り組んでみました。



「無駄な時間を恐れるな」



そんなうつくしい言葉を胸に、

ぼくの研究を発表いたします。



Long long time ago,

その昔、

自分が小学5年生だったころ。


ちまたで

「シミュレーション・ブック」

というものが流行した。



ご存知でしょうか、

シミュレーション・ブック。


アドベンチャー・ゲーム・ブックとか、

シミュレーション・ゲーム・ブックスとか

呼ばれるものもあったけれど、

基本的には同じ趣向のもの。


本を開き、読み進みながら、

本文に書かれた指示に従って、

その番号(ページ)に進むという、

昭和のアナログ・ゲームであります。









『死のワナの地下迷宮』や

『運命の森』などの、

高学年(または成年)向けの、

アドベンチャー・ゲームブック。


文字がメインではあったが、

その挿絵もすばらしかった。


難易度が高い作品が多く、

何度も最初からやり直し、

何日もその本と向き合った。


これらにどっぷり夢中になり、

発売されるたび書店へ走ったものだが。


当時のぼくの心を

とらえて離さなかったのは、

絵が大きく描かれたほうの

「シミュレーション・ブック」。


中でも「西東社」というところから

出版されていたシミュレーション・ブックが

お気に入りだった。




















初めはその内容に魅了され、

冒険への興奮の虜(とりこ)になっていき。


次第に内容がどうであれ、

出たものは欲しい、という

収集欲まで「こちょばされ」て。


挙げ句の果てには、

A5とかA6とかの

小ぶりな大学ノートを買ってきて、

そこに自ら「シミュレーション・ブック」を

創作していった。


当時の能力と技術だから、

致しかたないことではあるが。


読み手を無視した、

熱意ばかりでどうしようもない

駄作・迷作シミュレーション・ブックを

量産しつづけた記憶がある。



そう。


その熱意。



そんな純度を掘り返したくて、

私、家原利明、

夏休みの自由研究に、

ちょっとした

"シミュレーション・ブック" をつくってみました。


当時にくらべ、

技術ばかりは少しついても、

能力や才能に大きな成長は見られませんが。


ほんの些細な「短編」ですので。


よければ手に取り、

シミュレーションなアドベンチャーに

おつきあいください。



懐かしき香り、

かぐわしき無駄な熱量を

嗅ぎ取っていただければ、

さいわいです。



これぞ「自由研究」。



「夏休み」は、

もうずうっと前に、

終わってしまいましたが。


あのわくわくと、

心おどるの日々の連続。


気持ちだけはいつも、

万年夏休みでお送りいたします。




冒険に出る準備が整った方は、


 >>> こちら


または、上のタイトルからどうぞ。



それではボン・ボヤージュ!



< 今日の言葉 >


アクサンテギュ

アクサングラーヴ

アクサンシルコンフレックス

トレマ

セディーユ


まほうのじゅもん


ではなく「アクサン5種類」

アクサン:フランス語の「アクセント」の記号




2021/11/01

教えてほしくはなかった









『△が楽しくなる100の方法』

『正しいのしかた』

『これさえ読めば・入門』


世の中には、

いろいろなHow To本がある。


そこには、やり方や、

「こたえ」らしきものが書いてある。


自分はこれまで、

そういう類いの本を読むことがほとんどなかった。

これからもたぶん、読む機会は少ないだろう。



* *



夏休み。


子ども向けの図工教室を

させていただいた。


午前中は「絵を描く」こと。

めずらしい物、

あまりじっくり見たことない物などを

実際手に取って、よく見て描こうという内容だ。


午後は「工作」。

自分がなりたいもの、

好きなものの絵を描き、

それを「衣服」として形にする、という内容。


みんな、すごい熱量で、

ものすごく真剣に向き合ってくれた。


そして何より、

たのしんでくれていたようだ。




























またしても今回、

参加者である「子ども」たちから、

ぴかぴかして尊いものを

いっぱいもらった。


見ていて何度も鳥肌が立ったし、

湯気が出そうなくらい、

がしがしと絵を描く真剣な眼差しに、

比喩(ひゆ)ではなく

何度か涙が出そうになった。


なんと純粋な熱量だろうか。


すっかり汚れ荒んだ40越えのあたしは、

子どもたちのキラキラピュアエネルギービームを浴びて、

ばかみたいに打ちのめされたのでありました。

































義務でも宿題でも仕事でもない。

言ってみれば、単なる「無駄」な時間。


何の疑問も不満も抱かず、

みんな、たのしんでくれているという事実。


子どもたちの真剣な姿に、

「指揮者」であるぼくは、感謝しきりだった。


真剣にたのしんでくれて、

ありがとう。


そう。


先生なんて、

何も教えることはない。


特にこんな、

図画工作という分野においては。


月並みなことを言うようだが、

子どもたちには教えられてばかりだ。


こちらから

教えることなんて、

何もない。



* * *














































夏休みの教室で、

子どもたちを見ていて、

思うことがあった。



やりたいこと。


本人の意思。


言葉にはできないけれど、

確固たる、しっかりとした思い。



午前中、絵画の時間。


一体全体、何を描いているのか。

傍らに座る保護者の方が、

心配に眉根を寄せていたかと思うと、

「ああ、なるほど」

と、大きくうなずき、感心する。


そこから描いたんだ、だったり、

そこに注目、強調したのね、だったり。


つややかな「茄子(なす)」の表面の、

小さな傷だったり、

映り込んだ景色の色だったり。


迷わず思い切って引く線には、

後先のことや完成度より、

瞬間瞬間の純度が宿っていた。

































午後の工作の時間。

紙に描かれた「イチゴ」の絵。


最初、

イチゴそのものになりたいの?」

と、聞いたとき、

その女の子は首を横にふっていた。


「イチゴもよう」の服をつくりたいのかな、

と思って見守っていると。

しばらくして出来上がってきたのは、

「イチゴそのもの」の服だった。


途中で変わったのかもしれないし、

最初からそうだったのかもしれない。


とにかく女の子は、思いを形にした。

最後までそれをやり切った。



別日にもおなじく、

自転車模様かと思ったら、

自転車そのものを紙でつくった女の子がいた。

自分の体よりも大きな、

水色の、自転車だった。


「おとな」でも投げ出したくなるような、

膨大な工程と、途方もない「壮大な」計画。


それを最後まで「折れる」ことなく、

一生懸命やり抜いた集中力、根気。


ちいさな姿をしたその巨大な熱意には、

感動感服、頭が下がる思いだった。



































紙に描かれたロボットの絵。

一体これをどうやって形にするのか。

不安げに、息子のようすを見ているお父さま。

ほかの子たちが着々と形にする中、

「わが子」はなかなか、

遅々として進んでいないように見える。


「大丈夫ですよ。

 ぼくらには見えないだけで、

 彼の頭の中には、

 立派な完成像がきちんと浮かんでるはずですから。

 信じて待ってみましょう」


そう言って見守っているうち、

絵に描かれたものと同じような格好の、

ロボットの姿が現実に現れてきた。


「すごいですね!」


「やるもんですね、びっくりです」


お父さまが、うれしそうに、

目尻を下げる。



また別の女の子は、

「かき氷」の絵を描いていた。


「かき氷になりたいの?」


と聞くと、首を横にふった。


「かき氷のもようの服?」


それでも首を縦にはふらない。


「ただかき氷がつくりたいらしいです。

 いいですか、そんなのでも・・・」


心配げに代弁するお母さま。


「つくりたものがあるなら、

 それを思いっきりつくってください」


その言葉に、お母さまは、

ほっとして表情をゆるめる。



そう。


つくりたいものがあるなら、

それをつくればいい。

それを思いっきりつくってほしい。


その子の「こたえ」がそれなのだから。

それを思いっきりやってほしい。



メロン味の、

大きな大きなかき氷


それをつくりたい。



それが、女の子のこたえなのだから。


服だろうと服じゃなかろうと、

そんなことは別に、関係ない。


みんなが服をつくる中、

そんな子が1人くらいいたって、

別に構わない。


それがその子の出した

「こたえ」なのだから。




* * * *













































幼稚園や小学校、

ときにはどこかの体験学習で。

幼きころの家原も、

いろいろなことをさせてもらった。


いまで言うところの「ワークショップ」。


糸ノコで合板を切って、

玄関の表札をつくる体験。


ろくろを回して、

湯飲みや茶碗をつくる教室。


初めてのこと、

わくわくすること、

どきどきすること。


失敗したらどうしよう。

そんな不安や心配を抱えつつ、

試行錯誤しながら、

そのときの精一杯の「こたえ」を探っていく。


想像。見当。迷い。選択。決定。

失敗。調整。学習。上達。吸収。


初めての「体験」には、

そんな醍醐味(だいごみ)がある。


そこに「核心」があると言っても

いいくらいだ。



世の中にはいろいろな人がいる。


いろいろな種類の「生徒」がいるし、

いろいろな種類の「先生」がいる。


自分は「教えられたくない」生徒だった。


自分で考え、悩み、

あれこれこねくりまわして、

「こたえ」を導き出したかった。


初めての「醍醐味」を、

自分で味わいたかった。


初めての「醍醐味」を、

奪ってほしくはなかった。


時間や制約に、

縛られたくなかった。














































そんな、はみ出し者の、

わがまま小僧。



「教室」で何かをつくっているとき。

真剣に打ち込んでいると、

なぜかいつも「叱られた」。


「ああ、ちがうちがう!

 ちがうでしょ、ほら、貸してごらん。

 ここはね、こうやって、ね・・・」


ぼくは、そんなふうにしてほしくなかった。


わがままぼくちゃんなぼくは、

教えてほしくもなかったし、

叱ってほしくもなかった。



だから、

「先生」という立場で何かを「教える」とき、

自分は「こたえ」を教えたくない。



聞かれた質問には答えるけれど、

聞かれてもいないことや、

ましてや「こたえ」につながるようなことは、

なるべくなら言いたくない。



図工や美術、音楽など。

「こたえ」はあっても

「正解」のない分野ではなおのこと。


「ここは、こうすればいいでしょ」


「ちがうちがう、そうじゃなくて。

 これはこうするものだから」


「そういうことを言ってるんじゃない。

 いまはそういうことをする時間じゃないから」


幼く、語彙(ごい)も貧弱な「子ども時代」。

「おとな」たちに「こたえ」を手渡されるのは、

本当につまらないことだった。


































自分で考えたいのに。


自分はこうしたいのに。


そんなんだったら、やる意味ないじゃん。



こんな志向が、ひとにぎりの、

面倒くさい区分の人種だけのものだとしても。


この世の中には、

おなじような志向の人が

きっと1%くらいはいるはずだから。


だから自分は、

「先生」をさせてもらうとき、

その1%の気持ちで、

「教えない先生」になる。


そして聞く。


何を、どうしたいのか。


本人の意思を聞いて、

それを具現化する手伝いをする。


なるべく「だめ」とか言いたくない。


「じゃあ、やってみようか」


自分は、そういう「先生」でいたい。




* * * * *




以前にも書いたと思うけれど。


「良き指導者は、馬に水を与えるのではなく、

 馬が水を飲みたくなるように仕向ける」


その言葉を胸に。


みんながやりたくなるような「環境」をつくる。

みんながやりたくなるような「空気」をつくる。


あとは「いいね」とか「どうしたい?」とか、

本人が思い描いている方向へと導いていく。


「おとな」になると、

「それは無理だ」とか「こういうふうにしたほうがいい」とか。

簡単にできる方向へと、舵(かじ)を切ろうとする。


「おとな」になると、

「やりたいこと」をやるんじゃなくて、

「できること」をやろうとする。


まだ見ぬ冒険。

無謀な挑戦。

不可能な計画。


だから、やってみる。

だから、やってみたい。

やってみる価値がある。


やる前からできると

わかっていることなんて、

やる必要が、ない。



そんなふうに考える、

数%の「子ども」たち。



子ども」なんだから、

思いっきり失敗すればいいのに。


過程こそが未来の栄養なのに。


「おとな」が口を挟んで

「成功」させようとする。


満足感だけの成果なんて、

あとあと大したものも残らない。


「先生」の達成感のために、

「子ども」たちの経験値を

薄めてしまってはいけないと思う。


先生の主張なんていらない。

困ったときに「助けてくれる」だけでいい。

黙って「見守ってくれている」だけでいい。



プラモデルとかジグソーパズルならわかるけど。

予定調和の結果が待っているだけだったら、

そんなものに情熱を注げるはずもない。


結果がわからないからこそ。


わからないから、見てみたい。

わからないから、全力でやる。



だから。


まだ見ぬものに設計図を与えて、

工程をなぞるだけの「作業」に

してほしくはなかった。


ぼくは、

0(ゼロ)から生み出したかった。

自分で考えたかった。

自分で考えたもの、思い描いたものを忠実に、

何とか現実に具現化したかった。


できるかどうかは別として、

とにかく、やってみたかった。

自分で、やらせてほしかった。




そんな時間、そんな場所が、

ほしかった。


だから、

自分が「先生」や「教室」をやるとき、

「こんな先生がいてほしかった」

と思う像を体現している。


あくまで少数の、

ひねくれて頑固な数%。


ほんの数%の、教えない先生。



大多数のパーセンテージ。


教える先生もいてほしいし、

また、いなくてはいけない。


教わりたい子どもも、

たくさんいたほうがいい。







































さまざまな先生。


先生を、選べないときもある。


けれど、その言葉は選べる。


その姿勢、その考え方、

その感性は選ぶことができる。


どんな先生の、どんな言葉を選ぶのか。


感じるか、取りこぼすか。

受けるも流すも自由。



押しつけたり、決めつけたり、

口を出したり、手を出したり。


自分は、そんな「先生」にはなりたくない。


教えてくれなくていいから、

ただ、思いっきりやらせてほしかった。


ただそこにいるだけの先生。


見ようによっては、

何もしない、

まったく頼りにならない先生である。


自分が思うに。


その状態が、いちばんいい。


みんなが熱を持って、

自由に、真剣に、夢中になっている状態。


困っている子や、

きょろきょろしている子には、

さりげなく、のりやはさみを

そっと差し出す。


こたえは渡さない。


ヒントのそのまた手前、

次につながる手がかり。


よきサポート役であるよう。

けっして「主役」の前には立たない。


そう。


主役は「子ども」たち。


彼らから、奪ってはいけない。


未熟で拙(つたな)く未完成な、

精一杯の「こたえ」を。


初めてのことへの混乱と、

試行錯誤と解決への過程を。


失敗の悔しさを。


できないことへの悔しさ、

みじめさを。


時間や段取り、

安全面や合理性。


おとなの都合に押し込めて、

可能性をつぶさないでほしい。


無限に広がる可能性を。


感じたもの、思い描いたものを外に出し、

思いっきり完成させた、よろこびを。


きらきらしたものを、

どうか、奪わないでください。



こどもたちはみんな、

可能性と才能の塊。


それをつまらないものに仕立て上げるのは、

おとなたちの「ものさし」だ。



人にはいろいろな種類がある。


そこに少数も多数も規格もない。



数%のひねくれ者の代表、

数%の「子ども」の代表の言葉を

ここに記します。



いろいろなことを教えて、

ばかなぼくたちを、

かしこくさせないでください。


ぼくたちは自分で感じて、

自分で考えて、自分で決めます。


これ以上、聞いてもいないことを、

教えないでください。


これ以上、おもしろいことを、

つまらなくしないでください。


ぼくたちは、

あなたたちが思うよりもずっと

いろいろなことを

わかっているのです。




< 今日の言葉 >


「あなたが本当に自分のしていることを信じているならば、ある量の緊張が生まれる。あなたが素直に疲れはじめ、あるいは、一本足で長い間立っていようと素直に努めるならば、あなたを見つめている人にある種の共感が生まれるはずだ。これは一種の肉体反応であり、見る人はその足を、その緊張を感ずる」(ブールス・ナウマン)