2009/12/22

おとんがきた


「Father」(2008)





うちの父は、愛人と暮らしている。


ぼくが中学生のころくらいからだろうか。
おとんはほとんど家にいなくて、
母子家庭のような生活がずうっと続いていた。

おとんと話すとき。
どこかよその「おじさん」と
話しているような気がする。

というより、
知らないおじさんと
話しているような感じでないと、
話しづらい。


あまり深い話をしたこともないので、
おとんのことは、知っているようであまり知らない。

ぼくにとって、
おとんは、謎の多いおっさんだ。



中学生のころ。
修学旅行から帰ったとき、
たまたま家にきていたおとんが大きな荷物を見て、

「おう、なんや。
 いまからどっか行くんか?」

と、のんきなことを言ったりしていた。


おとんに会うのは、
年に1度か、それとも2度か。
まったく会わないで終わる年もある。

今年は初めて、
お盆に坊さんがお経を上げるのを
聞いてみたのだけれど。
そのとき、今年初めてのおとんと会った。

そして今回。
今年2度目のおとんに会った。

灰色のスラックスにガラのシャツを着て。
上に、白いシャカシャカジャンパーを羽織って。
ハンチング帽をかぶったそのいでたちは、
まるで競馬の予想屋のようだった。


久々に会ったおとんは、開口一番、

「なんや、その頭ぁ? 鶴瓶みたいやな」

と、たのしげに笑った。

ずいぶん前(ぼくが小学生だったころ)、
おとんはずうっとパンチパーマだった。

自分もちりちり頭を
笑えた立場じゃないのだけれど。
たしかに、夏よりもかなり大きくなったし、
ピンク色のパイル地のズボン(若干フレア)に
グレーのモワモワジャケットを羽織った姿は、
自分でも笑えるときがある。


ちなみにパンチパーマ時代のおとんは、
喜平(きへい)の金色ネックレスに、
同じく金色のブレスレット。
関西弁を操りながら、
平日の運動会に現れたおとんを見て、
クラスメイトたちが、

「お父さんってやくざ?」

と、素朴な疑問をぶつけてきた。
さらには先生までもが、

「・・・お父さん、何の仕事してらっしゃるの?」

と、遠慮がちに聞いてきたものだ。



さて。

ケンカ上等、ナンパが日常。
学生時代、大阪ミナミの、
戎橋(えびすばし)を拠点に
御堂筋を練り歩いていたおとんだけれど。

「おとん」になってからのおとんも、
自由奔放な人だった。

短気で、いらち(せっかち)で、
思い立ったら即実行。
ぼくは、おとんが怖かった。
怒鳴られたり、叱られたり、家を放り出されたり。
ずいぶん怖い思いをした。

だから、おとんが帰ってくると、
自室に逃げ込んだ。


そんなおとんは、
遊ぶのがうまかった。

スポーツが得意だと自負するだけあって、
体力のある人だった。
体もいかつい。
格闘技も空手、ボクシング、柔道などなど、
いろいろと「かじって」いたらしい。

裏を返すと、
専門的に掘り下げた分野がない、
ということでもある。

木登りやバック転、手裏剣投げにはじまり、
パンチの出し方やかわし方、
パチンコやチンチロリン、花札なども教わった。


おとんは、行列に割り込むのもうまかった。

「にいちゃん、かんにんな。
 アメちゃんやろか?」

と、笑顔で割り込むおとんを見て、
割り込まれた側も、苦笑いで
「許して」(あきらめて?)しまう。


絵を描くのがうまかったおとんに、
ウルトラマンの怪獣を描いてもらったりもした。

いいことも、よくないことも。
いろいろ教えてくれた気がする。


大阪の、おとんの実家で
古いアルバムを見せられて。
若かりし日のおとんが、
知らない女の人と写る写真があった。

枯れ木ばかりが林立する寒そうな山を背景にして、
おとんと女の人が映っていた。

足元に、見たことのない種類のイヌが
鎖につながれていた。

「これって、なに犬(けん)?」

「ああ? それか。それは、クマや」

あっさりとそう答えるおとんに。
子供ながらにビビった記憶がある。

その写真は、おとんが北海道に
暮らしていたときのものだった。

とはいえ、クマを飼うなんて。
しかもイヌみたいな感じで首輪をはめて、
鎖につないで飼うなんて。


「育てとったら、えらい大きなってな。
 怖なって、山に返した」

もう、めちゃくちゃである。


日曜などの休日。
おとんは、ぼくを連れて繁華街に出かけた。
小学生のぼくは、
ややガラの悪い界隈(かいわい)の映画館に
置きざられる。

ぼくの手に千円札を握らせ、

「迎いにくるまで待っときや」

と、おとんはひとり、どこかへ消えていく。

当時、映画館は入替制ではなかったので、
観ようと思えば、ずうっと観ていられた。

ガラの悪い界隈の、場末の映画館。

ばあさんがキップを売って、
同じばあさんがキップをもぎって、
同じばあさんがポップコーンを売る。
掃除をするのもそのばあさんだ。

ロビーには、
『のび太の恐竜』などのポスターを
覆い隠すかのような勢いで、
『痴漢電車』『淫乱女教師調教』などの
ピンク映画のポスターが張り巡らされていた。

おどろおどろしい、
朱色の筆文字で書かれたタイトルと、
悶絶(もんぜつ)する女体。

そのせいか、
SMや痴漢など、企画ものの映画は、
何だが怖いものとして位置づけられている。


ちなみに。

野球、水泳、
ギャンブル、ケンカなど。
おとんが教えてくれたせいで
苦手になったものも、
いくつかある。


薄暗い映画館で上映されるアニメ映画。

早く迎えにきてくれないと、
「怖い映画」がはじまってしまう。

そんな心配をしながらも、
ドラえもんやのび太の大活劇を観ていた。



映画が終わると、
おとんが迎えにきて喫茶店に行く。

子供がひとりで
入るような場所ではない世界。
そんな場所へ、
たくさん「連れて行かれた」。

たいていの場合、
ぼく以外の子供の姿は、
見なかったことが多い。

おかげでかわいがられて、
いろいろな「子供サービス」を
もらった記憶がある。


日本髪を結った女将の待つ、小料理屋

一軒家みたいな感じの、焼肉屋。

お相撲さんが営む、ちゃんこ料理店。


おとんが連れて行ってくれる店は、
どれもが「社会見学」で、
どこもおいしかった気がする。


本当に、おとんからはいろいろ教わった。
いいことも、わるいことも。
反面教師として学んだこともたくさんある。


ものすごく怖かったおとんも、
いまではたまに会う、
おせっかい焼きのおっさんのような感じだ。


そんなおとんは、
今回、イヌを連れていた。
毛の長い、小型犬だ。
車のなかに待たせていたらしく、
家を出るとき、玄関先でおかんに見せていた。

マルチーズらしきその小型犬には、
赤白ボーダーのニットが着せられている。

ぼくは、柴犬のような素朴なイヌが好きだし、
イヌに洋服を着せることもしない。

何から何までぼくの好みとは真逆のイヌを抱き、
うれしそうに顔をほころばせるおとん。
すっかり「おじいちゃん」だ。

すっかりイヌに魅了されたおかんが、
そのイヌの名前を聞いた。

「この子か? ベッキーや」

「ベッキー?」

「ベッキーちゃん。男の子やけどな」



・・・やっぱりおとんは、謎である。



< 今日の言葉 >

 ピチピチの スイーツ系女子高生

(生徒が聞いたという、
 女性専用車両に乗り込んできた男が
 連呼していた言葉)

2009/12/17

幻影




「ステージから発射」(2010)





古いノートを読み返していたら、
こんな文章に目がとまった。
たぶん、書きかけた小説のネタか何かだと思う。


(以下、ノートの書き写し)


12月。
雪山へUFOを見に行く。
「彼」を含めた4名(彼、男、男、女)のパーティで。
「彼」は唯一の登山経験者で、
その経験と知識を買われて誘われた。

UFOの「秘密」を守るため、
この計画は誰にも話していない。
無許可(または偽名)で入山。
ひと気のない古びたバンガローで、各人が落ち合う。

火にあたりながら、UFOの話をする4人。
そのなかのひとり(男)が、「彼」の自尊心を傷つけた。
皆にバカにされたと思う「彼」。
「彼」が好意を寄せる彼女(女)も笑っている。

吹雪。奥深い山。
必死に山頂を目指す4名。

「彼」を真っ先に笑った男が
窮地(きゅうち)に立たされたとき、
命運を握る「彼」が、
“ 思わず ” ザイル(登山用ロープ)を放してしまう。

先頭にいた人物(男)に、“ 故意 ” だということを
“ 悟られた ”ような思いに苛まれる。

一命を取り留めた4名。
雪深いなかでビバーク
(不時泊。緊急時のやむをえない停泊)をする。

何とかして助かりたい。
そう思った「彼」は、
ひとり、ザイルを足に結わえつけて
辺りの様子をうかがった。
吹雪のなかをむやみに歩き回ることは危険だと、
登山経験豊富な「彼」は重々承知のはずだったが。
疑心暗鬼もあってか、「彼」は、
すっかり平常心を失っていた。


と、「彼」の目に、
3つの人影が近づいてくるのが見えた。


再び吹雪きはじめた視界は、古ぼけた映画のように、
うっすらとした陰影がおぼろげに見えるだけ。


夢中で影を突き飛ばす。
悪霊でも追い払うように。


3つの影が、音もなく消えた。


雪深い、斜面の先。
目の前には、うす黒い渓谷だけが広がっていた。



ひとり、下山した「彼」は、
幾日か経ったある日、
こんな記述を読んだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

発見された死体。
3体。

女の遺体は、雪に埋もれていたせいか、
腐敗の進行が遅く、大きな損傷もなかった。

生活反応のある傷が、
左肩と右足首脱臼だったことから、
死因は凍死と判断。

男の遺体、2体のうち1体は、
損傷が激しく、見た目に身元を
判別するのも難しいほどだった。
陽の当たる場所にあったせいで腐敗も激しく、
そのうえ、おそらく冬眠あけであろう、
空腹のクマらしき動物の餌食となっており、
頭蓋骨が砕かれ、
内蔵もほとんど残っていない状態だった。

もう一方の、男の遺体は、
少し離れた谷の中ほどで発見された。
死因は頸部(けいぶ)の打撲によるものだった。
生活反応のない、死後の傷からは、
何ら不自然な様子も見られず、
転落の際に負った傷跡だと判定。
それにより、ほぼ即死状態だったと判断。

岩壁に突き出た岩に頸部を打ちつけ絶命、
そののち、岩にぶつかりながら
谷まで転げ落ちたと推測。

こちらの身元は、
歯科の記録と親族によって明らかになった。

前者2名は、
生存者からの供述で招かれた親族によって、
「本人」との確認がなされた。
(通院のカルテなし、病歴なし)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「彼」は思った。

例の「3体」も。
雪どけの川に流されたか、
それとも空腹のクマが運び去ったか。
永久凍土のマンモスのように、
いまも静かに眠りつづけているのか。

3人の遺体は、
いまだ発見されず、
どれも「行方不明」のままだ。


ひょっとしたら、生きているのかもしれない。


毎晩のように、
「彼」は、同じ夢に悩まされる。

3人と、3つの影。
手を放す映像。フラッシュバック。


「違うんだ、わざとじゃないんだ」


「彼」はおびえる。
日々、おびえて暮らす。

3つの影。3人の影。
そして、目の粗い、
ヒモ状の手ざわりにザイルを思い出す。


「違う、あれはわざとじゃない」


繰り返し「彼」は言う。
自分に言い聞かせるようにして。

見えない「影」におびえながら。
「彼」は “ 平穏な ” 日常を生き続けている。

たとえ目を閉じても、眠っても。
その影が消えることは、決してない。


(以上、ノートの抜粋)



さて。

そんなぼくが最近見た夢は、
SMAP(スマップ)の一員になって、
ステージに立つ夢だ。

6人目のSMAPとして(正確には7人目か)、
ステージのソデでスタンバイするぼく。
今回のステージが、
SMAPとしてのぼくの初舞台でもある。

ほかのメンバーに比べて
“ 若干 ”見劣りする自分を気にして、
ややナーバスになっている。
緊張が半端じゃない。
硬直する姿を見て、
木村(拓哉)くんがぼくの肩をポンと叩いた。

「大丈夫だって」

力強い、木村くんの手が、ぼくの肩をつかむ。

ステージの向こうからは、大声援が聞こえてくる。

白い歯をのぞかせて、ひとつうなずく木村くん。
ぼくは、少し表情をゆるめて、
大きくうなずき返した。

「よし行くぞ!」

円陣を組んで、掛声をかけると、
音楽が鳴り響いてステージに向かって走り出した。

まぶしい光と声援。


ぼくは、そこで目を覚ました。



・・・・なんじゃこりゃ。

起きたとき、
少しバカバカしく思って、ふっと笑って、
そのあと少し、恥ずかしくなった。

そして思った。
やっぱり木村くんは、かっこいいな、と。



< 今日の言葉 >

「同情するなら金をくれ」
(家なき子)

「お金なんかより、やさしさをください」
(家のある子)


2009/12/09

ミシュラン・ガール 〜最低男の最低な夜〜










汚れたくない方は、この先、ご遠慮ください。










ある男の話だ。

月曜から金曜、
毎日、勤勉に働く彼だが。

いま彼には、恋人がいない。

彼女と別れて数年。
ときどき彼は、思い出したかのように叫ぶ。

「あ〜っ、チクショウ! 彼女ほしーぃっ」


ある日の昼下がり。
彼は、何か弁解するような感じで、
こう切り出した。

「昨日、あんな話、聞いたせいですよ」

あんな話、というのは。
いわゆる好いた惚れただのといった「恋の話」のこと。

ただでさえ「人恋しい」季節の12月。
彼は他人が話す恋愛話を聞いて、
いてもたってもいられなくなり、
「人肌が恋しくなった」ということだ。


話はさかのぼり、前日の深夜。
彼が「恋の話」を聞いた、その夜のこと。

ちなみにそれは、木曜日の夜のことになる。

彼は、パソコンの前に座り、
いつものようにネットを見ていた。
これは、寝る前の習慣のようなものらしい。

その日に彼が見たのは、
『日本ピンサロ研究会』のサイト。

通称『日ピン研』。

簡単にいうと、風俗関係のサイトである。

人肌が恋しくなり、
いてもたってもいられなくなった彼は、
ついつい風俗情報を閲覧しはじめた。

閲覧し、検索し、吟味して。
結局彼は、そこから横道にそれ、
あるサイトに行き着いた。

「この値段ならいいかな」

彼がクリックしたお店。
それは、「デリヘル」(デリバリーヘルス)と
呼ばれる種類のサービス業だった。

さすがに自宅へ呼ぶのはまずい。
実家暮らしの彼は、
お母ちゃんに見つかる危険があった。
お父ちゃんに叱られる可能性もある。

「ホテル代込み」の価格を見て、ひとつうなずくと、
さっそく彼は電話した。

電話口に、男が出た。

「どんな娘(こ)が好みですか?
 ウチは巨乳爆乳ぞろいですが」

「やせてる子を、お願いします」

「・・・わかりました。
 では、△△(地名)の、▲▲(ホテル名)でお待ちください。
 到着10分前にまた連絡します」

「はい、わかりました」

「お客さまのお名前、お願いできますか?」

一瞬、虚をつかれた彼の口から、とっさに出た名前。

「や・・・山田です」

「山田様、ですね」

あまりにもベタな偽名に。
電話口の男も、さすがに苦笑いを隠せなかったらしい。


深夜1時。

車を走らせ、「姫」と落ち合う場所である
ホテルへと向かう。

カーステレオから流れるクリスマス・ソング。
ムーディなその曲は、ラジオではなく、
彼自身が買ったクリスマス・ソング集のCDだ。

高鳴る期待感に胸おどらせながら、
部屋に入って「姫」の登場を待つ。

有線を流し、ベッドに横たわる。
待ちわびてアダルトなビデオを見ていると、
しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。

ドアを開けると、
そこには50代くらいの「おじさん」が立っていた。

支払いを要求する「おじさん」に、
前払いで現金を渡す。

・・・おそらく、だが。

このときの彼の期待感は、
生唾を飲み下すどころの騒ぎではなかっただろう。

おじさんの奥から現れた姫の姿を見て。
彼は、がく然とした。

いや。

むしろ、ぼう然としたのかもしれない。

彼の言葉を借りると、
そこには「オカンみたいな女」が、立っていた。

背の低い、かなり豊満な女性。
歳も、見た感じ自分より相当上に感じた、と。

彼が出した、唯一といってもいいほどの注文。

「やせてる子がいいです」

それをあっさり、見事なまでに裏切った姫の姿に、
彼は何とか声を絞り出して、こう言った。

「・・・ほかの子は、いないんですか?」

「ほかの娘も・・・みんな、似たような感じです」

男が、やや申し訳なさげな感じで、ぽつりと返す。

平日の、深夜1時すぎ。
時間も時間だし、いまさら引き返すこともできない。

・・・その論法は、理解しかねるが。
とにかく彼は、そう思ったらしい。


「・・・じゃあ、わかりました」

彼は、渋々ながらも「彼女」を受け入れた。



「シャワー浴びたらいいの?」

ぞんざいに言い放った彼は、
服を脱ぎ捨て、シャワーに向かう。

普段なら「恥じらう」はずの脱衣も、
今日ばかりは何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、
すんなり済ませた。

「あたしも、入っていい?」

彼女の脱衣する姿が、鏡に映る。
見たくもないのに、彼女の裸体が目に入った、と。

このときのことを思い出しながら、彼が言った。


「あれ、何でしたっけ?
 白い、ボコボコのキャラクター」

「ミシュランのこと?」

「そう、それ!」

彼いわく。

彼女の裸は、まるでフランスの
タイヤメーカーのキャラクター、
「ミシュランマン」
(正式名称は「ビバンダム」)
のようだった、と。

色白で、太めの彼女の体は、
どう見ても「ミシュランマン」にしか
見えなかったとのことだ。


「電気、消していいよね」

彼女の答えを待つでもなく。
彼は、部屋の明かりをすべて消して、
視界を真っ暗にした。

けれども。

どうしたって、
目に焼きついた裸のミシュランマンが離れない。

これはいかん。

そう思った彼は、テレビをつけて、
アダルトビデオを流した。

画面では、素人娘が切なげな声を上げている。

そうこうするうちに。
ようやくエンジンがかかってきた。

「あたし、上に乗っていい?」

彼女が言った。
白く、豊満な体が彼におおいかぶさる。
ベッドが音もなくきしむ。

「お・・・重い」

耐えかねた彼が、思わず声を上げた。

「ちょっと、代わるわ」

彼が上に移動する。

与えられた時間は40分。
それを20分ほど残して
彼は目的を達成した。

なんやかんやで、
出会ってから30分足らずのことだった。


「時間まで、シャワーでも浴びる?」

彼女が言った。

「10分前になったら、あたしは出るけど。
 このまま寝てく?」

「いや、シャワー浴びたら帰る」

明日も朝から仕事だ。
シャワーを浴び、
いそいそと身支度を済ませる彼に、
彼女が話しかける。

そこで、少しばかりの会話が生まれた。


自称30歳の彼女。

となると、彼と同い歳ということになる。
どうみても彼には
40代後半かそれ以上にしか見えなかったと。

さらには、

「同世代なら誰でも知ってる
 クリスマス・ソングが有線から流れたのに、
 何の反応もなかったから。
 だから同い歳ってことは、あり得ない」

と、自信満々に言い切る彼。

「しかもそのクリスマス・ソング、
 自分のいちばんいい時期のことを思い出す、
 思い入れのある曲なんですよ」

思わず「知らんわっ」と言ってしまったが。

とにかく、
同世代なら誰もがよく知る
そのクリスマス・ソングは、
彼女との思い出の詰まった、
特別な曲だったらしい。

(ちなみにぼくは、
 彼と同世代であるが、
 その曲を知らない)


時間がきて。
帰りぎわ、彼女がぽつり、
つぶやくように言った。


「やせてなくて、ごめんね」


それを聞いて、
思わず涙がにじみそうになった。

なんて「けなげ」なんだろう。

ひどく言い慣れたように聞こえるその言葉に。
いったい彼女は、いままで何度、
同じ場面を繰り返してきたのだろうかと、
そう思わずにはいられなかった。



最低男の最低な夜。



「最低な」彼は、
その夜の出来事を回想しながら、
苦々しく顔をしかめた。


「帰り道、泣きそうになりましたよ」

さらに顔を曇らせながら、こう言った。

「あんなオカンみたいな女。
 こっちが金もらいたいくらいですよ」


思えば「ヒント」はいくつもあったのだ。

「ウチは巨乳爆乳ぞろいです」

たしかに。
言わずして言っているようなものだ。


「やせてる子をお願いします」

背の低い「彼女」は、背が低い分だけ、
数字の上ではほかの誰よりもいちばん
「やせて」いたのかもしれない。


ちなみに、と。

店の名前を聞くと、
ややあってから彼が言った。

「思い出しました。マシュマロ、でした」

「マシュマロ・・・って。
 もう、それって言ってんのと同じじゃない?
 白くて、ふわふわ。そのまんまでしょう」

「ああ〜っ、本当だっ!」


看板にいつわりなし。

間違えたのは、
むしろ彼のほうだった。


そう言いながらも、
反省のない彼は、
またすべて忘れてしまうのだろう。

口どけのいい、
ふわりとしたマシュマロのように、
何もかもぜんぶ、跡かたなく。


< 今日の言葉 >

俺は高校生だったころ
サーファーの女の子に恋をしたことがある
俺はそのころからリーゼントやったから
ロックン・ローラーだったから
周りのヤツらはみんな
似合わないからやめろよっつってた

だけど 俺はその子の外見にホレたんじゃなくて
ハートがイカしてたから
つきあっていきたいと思った

そうやって つきあっていくうちに
ある日 彼女は 髪の毛をポニーテールにして
赤い口紅をつけてきた

俺はものすごく嬉しかった反面
何となく寂しい気持ちだった
いままでと同じようにサーファーのままでいてくれたら
俺の気持ちは変わらなかったのになって
そのとき思った

いまでもこの夕暮れの浜辺に立つたびに
無邪気に波と 追いかけっこしてた
アイツの姿が 浮かんでくる


(『お前サラサラサーファー・ガール
  おいらテカテカロックン・ローラー』

  横浜銀蝿(よこはまぎんばえ)
  EPレコード盤/冒頭セリフ部分
※ 漢字・カナ遣いは恣意によるものです)