2026/08/15

ごめんね、父さん








父が亡くなって、

もうすぐ2年になる。


亡くなってみて感じることは、

さみしさと、後悔と、

感謝と、申し訳なさだ。


亡くなったとき、

正直、心のすみで、

ほんの少しだけ、

ほっとした自分がいた。


もうこれ以上、

怒られたり、振り回されたり、

面倒なことに巻き込まれないのだと。


父が死んで、

母と向き合う時間の中で、

何度も父のことを思った。


「ごめんね、父さん」


「今までずっと、

 ありがとね、父さん」


生きているうちに、

言えていたらと。

何度も悔やんだ。


きれいごとでも

優等生ぶるでもなく。

心の底から、

申し訳なく思った。


一方的に、

母の言い分を信じて、

父のことを、

悪者のように見てしまったことを、

申し訳なく思った。



* *



父の死後、

母と向き合う時間の中で、

これまで見てこなかった部分を

見るようになって。


戸惑い、憤り、

困惑する場面が

たくさん出てきた。


事の詳細ははさておいて。


簡単に言い表すと、

「母が、話を聞かない」と

いうことに尽きる。


生前、父はよくもらしていた。


「なぁんも言うこと

 聞けへんねや。

 なんぼ言うても、

 右から左やねん」


いらちで、せっかちな父だから、

のんきでおっとりした母が

そう見えるのかと。

当時は、そんなふうに思っていた。


「言うことを聞かない」

というのが、

自分の思いどおりに

コントロールしたい気持ちの

表れなのかと思っていた。


いざ、自分が、

母の「面倒」を見る番になって。


なるほど。

これはひどいと、父を思った。


父は、

大げさに誇張していたわけでも、

短気を起こしていたばかりでも

なかったように感じた。


今さらながら、

父の言葉が、

真実として突き刺さった。


そして、共感した。


これは、

怒っても仕方ない。

父の気持ちが、

痛いほどわかった。


いつも、

母に怒ってばかりの父・・・

という印象が強かったが。


見かたを変えると、

母が、父を怒らせてばかりいた、

というふうに言えなくもない。


あくまで「うち」の、

「個人的な話」でしかないが。


父亡きき今、

「こちら側」から見た景色に、

驚きと、申し訳なさと、

後悔の気持ちでいっぱいになった。


父を、一人ぼっちに

してしまったこと。


母の言葉を、

鵜呑みにしていたこと。


さぞかし父は、心細く、

ずいぶんとさみしい思いを

したであろう。

もっと言うと、

虚しさや、絶望すら、

感じたかもしれない。


父は、言っていた。


「いっくら言うても、

 聞けへんねん。

 何べんも言うたんやで。

 それでもいっしょや。

 あかん言うたことを、

 こっそり勝手にしよるから。

 家帰るのが、怖なったんや」


晩年、

入院した父を見舞ったとき、

父は、昔を述懐しながら

心の内をこぼした。


これまでに、

父が言っていたことが、

割れた破片みたいに、

ぴったりつながり、

ひとつの大きな

塊になって見えた。


父は、本当に、

怒りっぽくて、

短気な人だったのか?


たしかに、

そんな気質はあったと思う。

父自らが語ってくれた、

昭和の、古い時代の

「武勇伝(やんちゃばなし)」には、

血気盛んな姿が、垣間見えた。


若さゆえ、かもしれない。

それでも僕は、

信じてしまった。


父が、まるで一方的に

怒鳴りつけるかのような、

母の言葉を、

何ひとつ疑うことbなく、

信じきっていた。


父亡き今、思う。


母が、父のことを、

怒らせていたのでは、と。


たしかに父は、

すぐに怒った。

だからこそ、子どもの僕は、

母の言葉を信じて、

母の「味方」についた。


大きくなってからも、

心のどこかで、

母を守らなければと、

そんなふうに思っていた。


いろいろな糸が、

たくさんからまって、

単純な構図を、複雑にした。


大人になって、

思ったことがある。


「父対母の夫婦げんか」に、

巻き込まれてしまって

いたのだと。


悪意のない、

天性の処世術で、

母は、自分を正当化した。

言葉で父を「悪者」に

仕立てあげた。


僕はそれそそのまま信じた。


父が死んですぐには、

感じなかった悔恨。

いろいろな「現実」が見えてきて、

母を盲信した自分に腹が立ち、

ほんの少し、自分を嫌悪した。


「ごめんね、父さん」


夜中、浴槽に浸かり、

膝を抱えて泣いた。


父さんに会いたい。

すごくそう思った。


母の味方をしたことで、

父は家庭で「孤立」した。


姉が、母の言葉を、

どこまで信じていたのかは

わわからないが。

少なくとも自分は、

父の人生を

さみしくしたことに、

加担してしまったのだ。


父の笑顔を思い出す。


大好きだった父と、

遊んだ記憶。

じょりじょりした、

あごひげの感触。

筋骨たくましい、

太い腕。


性根はやさしい人だったのに。

いつしか父は、

「ひねくれて」しまったの

かもしれない。


誰だって、

嫌な顔をされて、

こそこそと避けるようにして、

顔色ばかり

うかがわれ続けたら、

まっすぐな心も、ひん曲がる。


極端な見かたをすると、

現実をねじ曲げていたのは、

母の、自己防衛のための、

「嘘」のせいだったのかも

しれないと。

母のことを、呪いそうになった。


けれど——。


それではまた、

後悔がひとつ、増えるだけだ。


一方の言葉だけを信じて、

心を染めてしまった自分が

悪いのだ。


極端に走らず、中庸に立ち、

白紙の心で向き合うこと——。

感謝と敬意を持って、

母と向き合い続けた。


その結果。


思いが覆るのではなく、

疑念は確信へと姿を変えた。


思いは、届かなかった。


自分の思いどおりにいかないことは、

まるで「邪魔者」のように見る母には、

言葉も、思いも、通じなかった。


このままでは、

僕まで「父」になってしまう。


父の二の舞にならないためにも、

僕は、姉に話した。

父のように、

孤立しないために、

今の現状を共有した。


「あんたは、

 あんたのしあわせを、

 いちばんに考えな」


姉は、わかってくれた。

家族であり、

母のことをよく知る姉は、

一緒になって、笑ってくれた。


血のつながらない「家族」にも、

話してみた。

いつも黙って受け止めてくれて、

やさしく聞いてくれたおかげで、

暗闇の迷路に落ちて

迷子にならずにすんだ。


「どうしたらいいか、

 わからない」


うつむく僕に、

自分が間違っているわけでも、

冷酷なわけでもないと

教えてくれた。


一人じゃない。


孤立する環境は、

極端に走りやすくなる。


善と悪。正と誤。

敵と味方。


現実は、

二極論では切れないのに。

そうしたがる人もいれば、

そうなりがちな環境もある。



誰かが「悪い」のではなく、

何がどうして、

こうなっているのか。


感情論でも、解決策でもなく。

ただただ、じっと観察した。


母は、壊す人だ。


約束をやぶり、嘘をつき、

その嘘を、嘘だと思わない。


加齢や劣化だけではない。

ずっと、そうだった。

そんな気質が、

加齢とともに

増強しているのも

あるだろう。


ばらばらだった点がつながって、 

見えてきたのは、

母の「罪なき嘘」の実態だった。


「ちょっとだけ、

 借りようと思って」


そう言って、勝手に使って、

返してもらえなかったものがある。


犯罪行為や、

危険なことには、

手を出さないが。


これまで自分が継続してきた

日常への執着が、

飢餓感をともなって暴走する。


「もう絶対にやらないから、

 ごめんなさい」


次の日にはまた、

同じことのくり返し。


これか・・・と。

父の「愚痴」を思った。


それが愚痴ではなく、

父の正当な感想だとわかったとき、

現実の、多面性に気づかなかった

自分を省みた。


人の噂や評価は、

盲信しない。

それと同じで、

言葉ではなく、

その人の行為を見るべきだ。


言葉は、嘘をつく。

行為は、嘘をつけない。


自分の目で、肌で、

感じることの大切さを、

あらためて肝に銘じた。



* * *




僕は、

母の「夫で」でも

保護者でもない。


母は、僕の妻でも、

他人でもない。


母は、母であり、

血のつながった家族だ。


そしてまた、

一人の、立派な

大人でもある。


僕は、

僕が大事にすべき人に、

愛情を注ぐ。


母には言葉が通じない。


まるで動物みたいに、

だめと言っても食べるし、

とっておいてと言っても

使ってしまう。


思い返すと、

ずっとそうだった。


高校生の頃、

Tシャツの首の部分から

ハンガーを入れて、

表向きで日なたに干すのを

やめてほしいと。

何度お願いしても、

やめてくれなかった。

だから、

洗濯は自分で

するようになった。


そんなものが、

ひとつ、またひとつと、

増えていった。


自分の「願い」が、

「甘え」かと思ったこともある。

幼児性や、わがまま、

こだわりの強さなのかと

悩んだこともある。


当時、同級生に話すと、

こだわりすぎだとか、

細かいとか言う人もいたが。

わかってくれる友だちは、

必ずいた。


そういう友だちは、

物を大切にする人で、

価値観も、感性も、

話すまでもなく通じた。


これが、執着ではなく、

愛着だということも、

言葉を使わず、通じ合えた。



母は、

最初に覚えたやりかたを、

変えられない人だ。


何十年も、同じ本を開き、

何十年も同じ料理を作っている。

作りかたを覚えるのではなく、

その「やりかた」を覚えて、

ずっと続けている。

それ以外のやりかたは、

できない。

何かがひとつでも欠けると、

混乱または、呆然となる。


間違ったやりかたを正しても、

最初に覚えた手順ややりかたを、

更新することができない。


「お風呂から出るとき、

 窓を、開けたほうがいいよ」


母はいつも、

窓はぴっちり閉めたまま、

扉を開けている。


逆だよ、と伝えても、

反対にはならない。

たとえ扉がぴっちり閉じられても、

窓が善全開に開くことはない。


もう何十年も、

何十回も言ってみたけれど。

それは、ずっと変わらない。

紙に書いて貼っても、

目に入らない。


母の「習慣」は、

誰にも変えることができない。

本人でさえ、

変えられないのだ。



母との関係。


悪くはないが、友だちではない。

恋人でもなければ、

夫婦でもない。


やれるだけ、

頑張ってみた。


伝えたり、譲ったり、

話し合ったり、

愛情を伝えたり、

信じてみたり。


だめだった。


僕は知った。

解決できないこともあると。

家族だからこそ、

じっくり近くで学べたことだ。


家族は、時として、

醜いものだ。


母は、人の言うことを、

まるで聞かない。


それ以上でも、

それ以下でもなくて。


きっと、

母から見た僕の姿も、

存在している。


母は、やりたいことを、

やりyたいようにやる人だ。


似ている部分も多いから、

理解できることもあるし、

だからこそ、

気をつけたいなと

思わされたりもする。


父も、頑張っていた。

最後の最後まで、

頑張っていた。


それを思い、泣けてきた。

つらかっただろうな。

一生懸命、

頑張っていたののに。

一人、悪者みたいにして、

本当にごめんね、と。


自分がそうされて、

初めてわかった。


「ごめんね、父さん」


自分の気休めにしかならない、

悔恨の念を、

ふつふつとたぎらせながら、

心の中で念仏のようにして

唱え続けた。


「ごめんね、父さん」

「ありがとね、父さん」


母を、見捨てたり、

嫌ったりするわけではない。


「父」になったはいけないと。


二人目の、

父になってしまってはいけないと。


僕は、しっかり、

たすきを締め直した。


まともに向き合うと、

壊れてしまう相手がある。


穴の開いたバケツでは、

いっぱいにはならないし、

くむこともできない。


善悪でも、正誤でもなく。

それは、仕方のない現実だ。


水をくむことをやめてみて、

ようやくわかった。


穴の開いたバケツは、

楽器やじじょうろに

なるかもしれない。


懸命にバケツに

しようとしても、

本人が望んでいなければ、

そうはならないこともある。



いろいろ伝えてみたが。

誰がなんと言おうとも、

母のしたいようにすることが、

母の、しあわせなのだ。




* * * *




母と、もっと仲よくしたかった。

父と、もっと仲よくしたかった。


楽しい思い出は、たくさんある。

抱えきれないほど、いっぱいある。


「現在」は、永続しない。

いずれ、過去になる。


水を怠った花は、やがて枯れる。

水をやりすぎても、

やらなさすぎてもいけない。


現在を、過去にしないためにも。

きちんとまっすぐ向き合って、

対話をしたい。


これは僕の考えであって、

誰かに押し付けるものではない。

共感できる人と、

調和を大切にしながら、

育てていけばいいものだ。


父は父であり、

母は母である。


どちらも大切な人で、

どちらもいつかは

卒業する存在だ。


母のことを、

ずっと書こうと思ってはいたのだが、

あまりにも私的で、

家庭の醜聞をさらすようで、

気が進まなかった。


そして何より、

困惑していた。


けれども、

書いておきたかった。


今の、まだ、

言葉にならないような、

どろどろとした思いを。

名前もつけられない、

なんとも言えない、

まとまらない思いを。

記録として、ここに記す。


これがいつか、

思い出のかけらとなるはずだ。



今の自分の目に映る景色は、

悲しい色の景色ではない。


うまくは言えないけれど、

やさしさに満ちた、

あたたかい景色だ。


手ばなすことで、

手に入るものがある。

そこからじゃないと、

見えない景色がある。


今までありがとうという気持ちと、

卒業のさみしさ、晴れやかさ、

今が過去になっていく感じとか、

目の前を何かが通過する感覚とか、

いろいろな思いがごちゃまぜになった、

混沌として、切なくも温かな、

明るい気分だ。


できない、ということが、

わかった終止符。


あきらめではなく、

もうやらなくていいと、

決別したこと。


「もういいよ」


と言ってもらえて、

荷物を降ろした、安堵感。


一生懸命になりすぎると、

つい、むきになる。

むきになると、

うろたえたり、かっとなったり、

余裕がなくなって、

自分が自分でなくなっていく。


熱い想いゆえの、

性急さ——。


父の愛は、そうだった。


母とこうして向き合ったように。

父とももっと、向き合いたかった。


真摯に向き合ったのに、

届かず、実らなかった挫折感。

ことごとく覆されていく徒労感は、

無力感となって、

自己の存在すら否定する。


父はきっと、

もっと大きくて深い挫折感を、

味わったはずだ。


すべてが美しく終わるなんて、

思いもしないが。

自分の中では、納得したい。


やりきった、という実感。


父との最期も、そうだった。


もう、悔いはないと、

そう思ったのだけれど。


死者は、

汚されることなく、

美しいまま、

生者を見つめる。


なつかしく

微笑みかけて、

後悔させて、

愛おしく思わせ、

感謝を抱かせる。


それが、

おのれの欲でしかないと。

少しばかりわかった

つもりの僕は、

母のことを、

美しく終わらせたいとも

思わない。


甘美な願望は、

幻想にすぎない。


適度な愛と距離感で、

静かにそっと見守ること。


長年生きてきた習慣は、

他者の意見では変えられない。

特に母は、意固地で

執着が強くなっている。


自分の人生に、しがみつく母。

その姿を、しっかり目に焼き付ける。


僕のできることは、

何もない。


そう思った瞬間、

楽になった。


僕は、

相手の話を聞きたい。


約束を守りたい。


習慣に固執したくない。


相手のことを、信頼したい。


そして何より。


感謝の気持ちを、

忘れたくない。



父と母が、

教えてくれたこと。


僕は、その教えを

道しるべとしたい。


後悔は、なくならない。


大切なものがあるからこそ、

人は、学び続ける。


「ごめんね、父さん」


完璧なものなど、ないのだから。


すべてを受けい入れ、

肯定する。


流されれることなく、

あせらず、あわてず、丁寧に。


人や物や

状況のせいにはしない。


「ありがとう、父さん」


世界がどう見えるかは、

自分次第なのだから。


自分がなりたい自分で

いられるように、

背筋を伸ばして、

毎日ちゃんと、

汚れをすすいでいきたい。


ありがとう、父さん。


ありがとう、母さん。


僕は、僕の人生に、

しがみついていきます。。





< 今日の言葉 >


『civllization』


と音声で入力すると、

発音が悪くて、

訳が「渋谷駅」に

なっていて、

まるで意味が

違ういことになった。


(正しくはは「文明」の意で、

 『Shibuya station』と

 誤認されたらしい)


2026/08/01

キンイツマン

 




私は(ドジで)

強い(つもり)

キンイツマン


・・・昭和日本の皆様には、

アニメでおなじみの

フレーズでしょう。


え?

何か、違うって?


そうですぁ。

私が、キンイツマンですぁ。


何でも「均一」じゃないと

おさまりがつかない、

そんな性分の超人でやんす。


パンにバターを塗るのも

びっしりキンイツ。

だいたいきっちり2ミリ厚。

パンの表面、

耳のきわのはじっこまで

たいていしっかりキンイツ。


焼き加減もキンイツ。

きれいにこんがりきつね色。


ハムもキンイツ。

円いハムを四等分して、

弧ではなく、直角の、

辺の部分を角に置いて、

すみのすみまで

全部キンイツ。


どこを取ってもキンイツ。

味のむらは、悪魔超人。

愛と正義で

許せないでやんす。


塊の、一枚肉より、

「ひき肉」が好き。


なぜならそれは、

キンイツだから。


どこをとっても、

ほぼ同じ。

ステーキよりも、

ハンバーグ。

ハムはオーケー。

ソーセージ最高の、

キンイツマン。


味のハーモニーが苦手な

キンイツマン。


ラーメンをすするときには、

麺だけすする

キンイツマン。


あたりまえのようでいて、

意外とそうでもない事象でやんす。


麺におネギの

一輪(いちりん)でも

からまりついて

いようものなら。


「味がにごるでやんす」


と、大さわぎ。


実際には、

静かに舌打ちする程度の、

キンイツマン。


ひかえめだけれど、

ゆるぎない

キンイツマン。


できれば

ラーメンの具は、

小鉢に盛ってほしいと

心で願うキンイツマン。


別に具なしでも

いいんでやんす。


小麦の味と、風味。

魚だし、げんこつ、野菜の旨味。

麺と、おいしいスープで

充分でやんす。


キンイツマンは、

目を閉じて歴史を

さかのぼる。

麺やスープの、

履歴と足跡。


煮込んだときの、

旨味と雑味。

透明度と純度と親密度。

キンイツマンは、

むらや、にごりや、

よけいな虚飾(添加物)は

何でもお見通しでやんす。


それならいっそ、

カップ麺でもいいでやんす。


いつでも味が、

キンイツだから。


甘味(かんみ)の好みも、

シュークリーム、

チーズケーキ、

ザッハトルテ、

プリンなと。

ショートケーキは、

イチゴだけでいいんでやんす。

キウイやミカンやピーチとか、

ほかのフルーツは

結構でやんす。


見た目の色が、

2色以上のものには

混乱してしまうのが

キンイツマン。


同じ味、同じ匂い、

同じ感触に安堵感。

安心&信頼の方(パートナー)、

スナック菓子。


味のむらは許せないから。


スライスよりも、

フレーク派。

チップスのおイモは、

きれいにマッシュして

ほしいでやんす。


「裏切られるれるのが、

 こわいでやんす」


寝言で吐露する

キンイツマン。


家具をつくるのにも、

無垢の木材より、

合板・ベニヤが大好き

キンイツマン。


ハンバーグみたいに、

どこを切っても、ほぼ同じな

キンイツ家具。


毎日、

同じ時間に起きて、

毎日、

同じ朝ごはんを食べて、

毎日、

同じ時間に出動する

キンイツマン


もちろん、

卵の焼き加減もキンイツ。

卵の白身と黄身の

混ぜ具合もキンイツ。

まばゆい黄色の

キンイツオムレツ。


同じ靴を、

何足も買って、

何足も履きつぶす、

キンイツマン。


靴下の色も、

素材も、銘柄も、

全部が同じ、キンイツマン。


道を渡るとき、

歩くのはいつも、

白線の上。

アスファルトの、

黒の部分はワニ池地獄。

はたまた、

地上1おくまんメートルの

深い谷。

一歩踏みはずせば

奈落の底、

タイトロープの

キンイツマン。


お風呂に入ってからの流れも、

毎回同じの

キンイツマン。


すすぐ回数も、

体を拭く順序も、

毎回同じのキンイツマン。


分け目もぴっちり、

5:5。

センター分けの、

キンイツマン。


好きなお店は、

100円ショップ。


今や、

「110円ショップ」であっても、

キンイツだから安心の

キンイツマン。


「えっ、これも110円?」


店内にて

一人つぶやく

キンイツマン。


「ねえ、これ、

 いくらだったと思う?」


「なんと・・・・

これも、これも、

 みんな1110円!」


自宅にて、

一人はしゃぐ

キンイツマン。


警察庁のポスターの、

『110』にすらシンパシー。

自分のキャパシティにジェラシー、

リテラシーなきテレパシーの

キンイツマン。


やると言ったら、

絶対やるし、

やらないと言ったら、

絶対やらない、

キンイツマン。


四角四面、頑固一徹、

融通の利かない

キンイツマン。


TPO って何?


た まに

パ ンツが

お もてうら逆


TPOの

キンイツマン。


あるのは、

白か、黒だけ。


グレーも特例も

お休みもない。


0か100の

キンイツマン。


かつての私は、

キンイツマン。


むらも、

ハーモニーも、

ハプニングも。

「予定外」とか

「想定外」が

楽しめなかった

キンイツマン。


不動の「絶対」が

あると信じていた

キンイツマン。


怖がりで、保守的で、

冒険ぎらいのキンイツマン。


がっかりするのが、

こわいから。


どこを切っても同じ味、

金太郎飴の毎日

キンイツマン。


廃盤になった商品の

売れ残りの在庫をさがし歩いて、

コンクリートのジャングルの、

東京ではない砂漠で迷子の

キンイツマン。


「あんまり

 キンイツばかりしていると、

 そのうち

 ぽきんと折れちゃうよ」


しならない

 かたい空洞

キンイツマン。


自分で建てた城壁に、

じっと囚われの身の

キンイツマン。


自分で着込んだ鎧(よろい)に、

歩き疲れて足を取られる

キンイツマン。


キンイツマン


かつて僕は

キンイツマンだった。


かつての僕は

キンイツマンだった。


今は、

キャベツ太郎の

個体差も好きだし、

ポッキーの

チョコが付いてない部分も、

最後まで食べる。


どこでどう変わったのか。


少しずつだったのか、

激変なのか。


キンイツマンだったjころの

かつて自分をなつかしむ。


こだわりを、

捨てること。


執着しないこと。


白紙でいることと。


目の前に起こる現象を

全肯定で楽しむ気概。


だから・・・


こんな記述も、

よしとするでやんす。


かつてのキンイツマンは

今日も行く。


不均衡で不条理で

不明瞭で不自然

不思議と不完全な

不安定な世界を。


不謹慎に不定期の

不埒(ふらち)に不恰好な不良っぽく

不(フ)ルーティーなキッスを

君に贈るぜ。


せっかくの景色を

台なしにするような、

そんなキンイツは

もう、いらないでやんす。



< 今日の対義語 >


トム・クルーズ  ↔︎ ムシ・コナーズ

(「来る」ほうと、「来ない」ほう)


2026/07/15

帝鬼亜唾II(ていきあつ)

 







我輩の名は、

アンブレーラ時雨(しぐれ)。

年齢は、

10万920ヘクトパスカル。

気圧の谷からやってきた、

気圧(プレッシャー)の

使者である。


好きな食べ物は、

アーモンド。


好きだけど苦手な食べ物は、

チョコレートとチーズである。


それでは諸君に、我々、

『帝鬼亜II(ていきあつ)』の

メンバーを紹介しよう。


***********************************

・アンブレーラ時雨:Vo

・サイクロン田中:G

・ハリケーン佐々木:Dr

・アメダスス鈴木:B

***********************************


代表曲:

『てるてる坊主の屋敷』

..................................................

(セリフ)

「おぬしも

 てるてる坊主に

してやるぞ!」


霧雨降りしく

丑(うし)の刻近く

裸足で歩く 謎の浪人

誰も知らない

秘密の屋敷

(中略)

今夜もひとつ

てるてる坊主

手足も口も

つかないままに


(以下、割愛)


**********************************

バンドテーマ曲::

『どうせ今夜は

 アンダープレッシャー』

..................................................


頭が痛い

約束キャンセル

「またドタキャン?」

そんな声すら古い過去

黴(かび)だらけの古い記憶

言われるうちが花(フラッワー)

耳に念仏 偏頭痛

五(ゴ)!

苓(レイ)!

散(サン)!

五苓散(ゴレイサン)!

悪霊退散ありがとさん


外は雨

朝からずっと雨雨雨

しっとり濡れたガラス窓

雨っていう字は

窓に雨の雫が落ちる姿と

よく似てる


どうせ今夜は

アンダープレッシャー


ちょっとだけ

眠らせてくれないか

目を閉じて

横になるだけでもいい

膝を貸してなんて

言わないから

せめて座布団1枚

貸してほしい

暗くて静かな部屋の隅

迷惑かけないつもりだから

どうかお気遣いなく


やっぱり今夜は

アンダープレッシャー


紙は波打ち

髪はうねって

のたうちまわる

波(は)!

TE・I・KI・A・TSU

だるい しんどい

重力(G)がきつい

音と光が

刺さるんです

立てない 動けない

このままいさせて

ソー・バッド

座るのもちょっと・・・

ノー・グッド

寝転んでるだけでも

苦しいんです


どうせ今夜は

アンダープレッシャー


南の海上  発達中

930ヘクトパスカル

誰より先に

どこより早く

開花宣言 頭痛の種


しょせん俺たち

アンダープレッシャー


明るい曲にはかなわない

まぶしいやつらに勝てっこない


じめじめ真面目にやってきて

どうせ結局

アンダープレッシャー


嗚呼(ああ)、

昨日買った

ホテル食パン

大事にしすぎて

眺めるうちに

きれいな緑の薄化粧

そいで食べる

アンダープレッシャー


頑張ったって

どうせ結局 等圧線

こえられない

高く険しい

プレッシャーの谷


おめかししたって

おしゃれしたって

準備も支度も水の泡

立て板に水で

水に流れる

向こう見ずな計画


「五苓散ある?」


今度買って返すから

ひと袋だけ

恵んでおくれよ

雨の恵みは

もういいから

俺の心を

どうか明るく

照らしておくれ


どうせ今夜も

アンダープレッシャー


アンダーな

プレッシャーにはもう

慣れたけど

君の熱い涙雨が

胸を焦がすぜ

どんな傘でも

五苓散でも

葛根湯でも

しのげやしない


恋の

アンダープレッシャー


どうせかなわないのは

わかってるけど

せめて夢だけ

ハイプレッシャー


どうせ今夜は

アンダープレッシャー


目が覚めればみんな

すっかり消えて

きれいさっぱり

なくなるはずさ


そうさ俺は

アンダープレッシャー


かんえん ひゃくえ

あしりんきゅう

てんちゅう ごうこく

こんろん ふうち

がんえい てさんり

いんどう かんこつ


絶対値じゃない

相対的な差が物を言う

努力も 運も

水晶ネックレスも

ため息の湿気で

ふにゃふにゃさ


(以下、999番まで続く)



**********************************


我輩たちを、

もしもどこかで

見かけたとしたたら。


声などかけず、

どうかそっと

しておいてもらいたい。


どうせいつも偏頭痛。


『同情するなら、漢方をくれ』


ねえ、五苓散って、

持ってる?


漢方薬番号『17番』。


我々、

帝鬼亜IIの名前とともに、

忘れないでくれたまえ。


ぬはははははははははははははははははははは・・・・


また会おう!


・・・・ううう、頭痛い。




< 今日の言葉 >


『マガモッチャウ』


(最近思いついたイタリアの高級ブランド)

2026/07/01

アルバム・ザ・ベスト20くらい






さて。


今回は、

個人的に好きな音楽を、

並べてみようと思うのでありす。


好きな曲・・・となると、

計り知れないくらいにきりがないので、

今回は、「アルバム」として、

個人的に完成度が高いと思うもの、

または、好きだと思うものを

ざっくりと並べてみました。


題して、

『アルバム・ザ・ベスト20くらい』 


順位はつけられないものなので、

順不同でお送りいたします。






NEWEST MODE L

『Crossbreed Park』



高校2年生の時に、買ったアルバム。

20代になっても、

カセットテープに録音して、

古い車のステレオでずっと聴いてた。


1枚のアルバムとは

思えないほどの密度と完成度。

どの曲もみんないい上に、

アルバムとしてのまとまりがあるのがすごい。





Blanky Jet City

『幸せの鐘が鳴り響き僕はただ悲しいふりをする』



学生時代の10代から、

社会人になった20代にかけて、

いちばんよく聴いたアルバム。


料理をしながら聴いたりしていて、

台所の机の上に開いたままだったジャケットが、

油でうっすら汚れている。


1本の映画を観たような。

短編集を読んだような。

アルバム単位では、

この作品がいちばん好きだ。


今でもよく聴く。


BJCのバトンは、

次世代の、

甥っ子たちに受け継がれている。


甥っ子の一人は、

ベンジーと同じステージに立ち、

一緒に唄ったこともある。





Stive Reich

『Music for Musicians』 



56分32秒。

1枚のアルバムで1曲。

何かをつくったり、

作業に没頭するのに最高のアルバム。


ある瞬間、

静寂よりも静かになる。


エンドレスに

1日じゅう聴いていられる。


氏の作品の中で、

いちばん好きなアルバム。





ゆらゆら帝国

『空洞です』



選ぶことはできないのだけれど。

アルバムとして選ぶなら、

この1枚か。


「最新作が最高傑作」


出すたびにいつも最高傑作で、

バンドのオリジナル・アルバムとして、

最後の作品。


夜な夜な鉛筆を削りながら。

昼夜逆転した真夜中に。

真昼のまぶしい光の中で。


ずっと聴いてきた、

ずっと聴いている、

大切な1枚。





ヤプーズ

『ダイヤルYを廻せ!』



これまた選べない中で、

どうしても・・・というなら

この1枚になる。


特に『ヒステリア』が

たまらなくいい。


そこに続くすべての楽曲が、

『ヒステリ』アに向かって

疾走していくような。

そして最後の曲へとつながるような、

曲の構成がすばららしい。


うっかりすると、

泣いてしまう。





スピッツ

『名前をつけてやる』



このアルバムの時代のスピッツは、

ライブハウスの観客が

50人もいなかった。


高校生だった僕は、

どきどきしながら

最前列の、

手を伸ばせば届きそうな距離で

演奏を聴いた。


どのアルバムも好きだけれど。

時にこのアルバムに

思い入れがある。


ライブの思い出と、

学生服の記憶。

今でも大切な1枚だ。





さよならポニーテール

『来るべき世界』



世の中には、

いいものをつくる人がたくさんいて。

見たこともないような、

感じたこともないような世界へと

連れて行ってくれる。


見たことも聞いたこともない世界なのに、

なぜかそれが、しっくりとくる。

じわりと心に染み込んで、

音と音葉が、

血肉に変わる。


そんな

すばらしい世界への「切符」。

かけがえのない日々の

記録と記憶。


音楽は、タイムマシンだ。


このアルバムを聴くと、

心も体も、

あのころの時間へ

瞬間移動する。


「来るべき世界」を目の前に、

奮闘していた、あのころへ。





ザ・ヘア

『ヴィーナスの丘』



ジェケットの絵は、

宇野亜喜良氏によるもの。

幼稚園のころ、

古びた本屋さんで立ち読みをした記憶。

大人が読む本を手に取り、

漢字ばかりで読めなかったが。

カラフルで不思議な挿絵だけは、

目の中に色濃く焼きついた。


中古レコード店で出会った

このアルバム。


今ほどインターネットが

充実していない時代、

街のレコード店が

出会いと発掘の場所だった。


1996年のアルバムとは思えないほど、

サイケデリックな夜の匂いが漂う

アルバムだ。





モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)

『魔笛』(Mozart: Die Zauberflöte)



クラシックに詳しいわけではないので、

何も語れないのだけれど。

モーツァルトの楽曲は、

結構好きなものが多い。


この『魔笛』は、

イタリア語ではなく、

ドイツ語で書かれたオペラ。


パパゲーノとパパヘーナが

出会う場面がすごく好きだ。





ベートーベン(Ludwig Van Beethoven)

『第九』(Symphony #9)



CDのサイズ規格が、

『第九』をもとに決められたのは

有名な話だけれど。


そんなこともあって、

最初に手にしたクラシックのアルバムが、

この『第九」だった。


完璧なまでの組曲。

完璧なまでのアルバム。


第二楽章の冒頭も

たまらなくいいが。

第四楽章の、「歓喜の歌」。

最後の、残り9分35秒あたりからが、

感動と涙と鳥肌の連続。


爆音で聴く『第九』は、

何ものにも代えがたい。





Tony Joe white

『black and white』



いい声。いい音。いいメロディ。

家事や料理をしながら、

踊りたくなるアルバム。


かっこいい。


そのひと言に尽きる。





The Secret Sisters

『Put Your Needle Down』



なんとなく、

アルコールの香りがするアルバム。


今はもう、

お酒を飲まなくなったけれど。

酒場のカウンター、

ウイスキーが似合う。


かと思えば、

目の前に、

ハイウエイを走り続けた、

アメリアの広々とした景色が浮かぶ。


夜な夜な一人、

お酒を飲んでいたときを思い出す、

夜のアルバム。




Nik Bärtsch's Mobile

『ARE』



GENELECのスピーカー、

ウーファーを買って。

部屋を揺らすくらいの

重低音の音楽を求めて、

このアルバムに漂着した。


BOSEのM3で聴いていたら、

あまりの低音に、

スピーカーが

じりじりと「動いていた。


Nik Bärtsch(ニック・ベルチュ)氏の

アルバムの中で、

いちばん最初に買ったアルバム。





Mirah

『Advisory Committee』




アメリカ、

ワシントン州の州都、

オリンピア。

そこで開催された音楽祭で、

Mirah(ミラー)のライブを観た。


古びた映画館の舞台に立ったMirahは、

伸びやかな澄んだ声で

唄っていた。


公演の後、

すぐにMirahのアルバムを買った。


このアルバムは、

その次のアルバム。


地元のライブハウスで、

久々に「再会」したMirahは、

坊主頭だった。


アルバム・ジャケットに写る

黒い模様は、

刈り込んだMirahの髪の毛だ。


すぐそばに座ったMirahは、

ステージで見るより小さくて、

子どもみたいな女の子だった。





Mean Machine

『Cteam』



「プロ」が集まってつくった、

ガールズバンド。

10代みたいな純度でありながらも、

完成度はしっかり「大人」の水準で。

きらきらとした結晶が

たくさん散りばめtられた

うつくしいアルバム。


秀逸。


何度も聴いて、

何度も励まされてきた。


『本当は 描けない絵は

ないんだよ』


(『ペーパームーン』より)


頭に描けなくなったら、

おしまいだと。

そう教えてくれた。


歌詞だけでなく、

アルバムに詰まった熱量が、

言葉以上にそれを教えてくれた。





Gil Scott-Heron

『It's Your World』


曲で言えば、

初期の作品も好きだけれど。

アルバムとしての流れ、

曲構成、勢いなど、

このアルバムがいちばん好きだ。


ジャケットのデザインはさておき。

Gil Scott-Heron氏の声は

本当にかっこいい。


誰かに勧めるでもなく、

誰かと分かち合うでもなく。

家で、車で、たくさん聴いた。


「好き」とは、

本来、そういうものかもしれない。





Felix Kubin

『Zemsta Plutona』



不穏で、不快で、不気味で。

魅力的で、心地いい、メカニカルな音。

まるで自分が

器械か人造人間にでも

なったみたいに。

鼓動が、呼吸が、血液が、

器械音に染まる。


音を聴けば、

Felix Kubin氏だと

すぐにわかる。

唯一無二の絶対音楽。


曲としては、

『Bruder Luzifer (1982-2010)」

にも、

いい作品が

たくさん詰まっている。


アルバムとして

1枚選ぶとしたら、

現時点ではこのアルバムになる。





Doreen Shaffer

『Adorable』



10代のころ聴いていたレコードに、

Doreen Shafferの

『Golden Love』が入っていた。


とてもいい曲だったので、

Doreen Shafferの

アルバムを買った。


アルバムのタイトル通り、

「愛らしい」楽曲が

たくさん入った1枚。


軽やかな管楽器の音色と、

重低音がたまらない。

不思議とと元気が湧いてくる。





Ketil Bjørnstad

『Sunrise』



画家、

エドヴァルト・ムンクの

生涯を描いた組曲。


うつくしい歌声に、

心をすすぎ清められる。


誕生、成長、希望、

投獄や苦悩、混乱、絶望感など、

言葉を超えて伝わる情景がある。


ちなみに

Ketil Bjørnstadは、

日本語表記では、

「ケティル・ビヨルンスタ」

となります。





Elina Duni Quartet

『Matanë Malit』



展覧会の会場で、

期間中、終日流していたアルバム。


滞在制作の後、

会期が終了するまで、

会場に寝泊まりしての会だったので、

まさにこのアルバムが

テーマ曲のように染み込んでいる。


エアコンのない、

鉄筋コンクリート造りの建物で。

汗を流して食べた

冷たいお蕎麦や、

ペンキにまみれた手で食べた

スナック菓子など。


「食べた記憶ばっかりじゃないの」


母や甥っ子が来てくれた記憶。

眠れない夜、屋上で星を見た記憶。

いろいろな記憶が詰まった、

思い出のアルバム。




最後に。




REBECCA

『TIME』



初めて買った

「CD」のアルバム。


レコードやソノシート、

カセット・テープなどで、

それまでも音楽は聴いてきたが。


このアルバムから、

音楽が「友だち」に

なったのかもしれない。





まだまだ並べたいアルバムは、

何枚もあるのだけれど。


今回はこれにて

ご無礼します。



昨今では、

アルバム単位で

音楽を聴くことは、

減りつつあるのかもしれないが。


アルバムの持つ魅力、

物語や世界観、

流れや温度などを味わう時間も

悪くはないと思う。


記録媒体が、

デジタルだろうと関係ない。


コーヒーや紅茶を入れて。

「ながら」ではなく、

音楽とじっくり向き合う時間。


それこそが

「ゆたかなひととき」

かもしれない。



音楽に救われた記憶。


音楽に、少しでも恩返しできたら。

音楽の力を、少しでも伝えられたら。


誰かと分かち合う音楽もあれば、

一人、ひっそり聴く音楽もある。


いいとか、好きは、

必ずしも人と同じではない。


ここに並んだ音楽も、

僕の好きなものばかりだ。


「好き」の、ほんの一部を、

並べてみた。


新たな自分を発見したり、

見失った自分を取り戻したり。


自分の本棚やクローゼット、

音楽が並んだ「棚」を掘り返し、

じっくり見直してみると、

自分が好きなものがわかり、

自分がどんな形なのかが

わかってくると。


学生時代、先生に聞いた。



皆さんもどうか、

並べてみてください。


自分だけの、

自分の好きな、

音楽を。


心から好きだと感じる、

自分だけの、

自分の形を。




< 今日の言葉 >


あふれた涙で

咲かせた赤い花

いろいろあったわ

いろいろあったわよね

覚えているわ この花が


(『ヒステリア』ヤプーズ)








2026/06/15

Maybe Tomorrow きっと明日は




 *



だけど明日は

きっといいこと

あると信じてたいの

Maybe tomorrow



REBECCAの

『Maybe Tomorrow』。


中学生の時、

擦り切れるくらいによく聴いた曲だ。

銀色の盤面は、

もしかすると本当に

数ミクロン薄く

なっているかもしれない。



以前、

『おとなが苦手になったわけ』

でも書いたが。


中学時代の僕は、

ほぼ毎日と言っていいほど、

先生に「怒られて」いた。


それこそ

目の敵か何かのように。

生意気だった僕は、

学年主任であるその教師に、

ほぼ毎日、殴られていた。


時代、とはいえ。

地獄の毎日だった。


部活で忙しく、

ほとんど家にいる時間も

なかったのだが。


ぽっかりとできた

「自由な時間」

(部活は年間5日くらいしか休みがなく、

 終日休みだったことは、ほとんどない)

に、自室で音楽を聴きながら、

絵を描いたり、本を読んだりしていた。



REBエECCAとの出会い。

それは、中学1年の時だった。



高校生になる姉が、

進学祝いに、

ステレオ・コンポを

買ってもらうことになった。


当時は、

さながら要塞のごとく重厚な、

分厚い箱が何段も積み重ねられた

「コンポ」が、

音楽を聴くための音響機器として、

まだまだ主軸だった。


音響メーカーだけでなく、

家電メーカーからも

さまざまな機種が

リリースされており、

当時は激戦の分野でもあった。


姉が選んだのは、

SONYの『LIBERTY』。

たしか

『D.D.(Digital Drive)LIBERTY』

だったように思う。


テレビでも盛んに

宣伝されていた『LIBERTY』は、

CMにREBECCAが登場した。


父と姉とともに、

アメ横へ行った。


「これがいいんじゃない?」


僕が姉に提言した。


何をかく隠そう、

それが『LIBERTY』だった。


ひそかに僕は、

もし買うのなら

『LIBERTY』がいいなと、

心のうちで思っていた。


姉も異論はないようで、

いろいろ見て回ったあと、

『LIBERTY』に決定した。


「まかられへんか?」


大阪人の父は、

店員さんにあれこれと

値切りやサービースの「交渉」に出た。


大幅に値下げしてもらった上に、

別売りであるレコード・プレーヤーを

「おまけ」につけてもらった。


「姉ちゃんだけずるい」


と。

子どもみたいに駄々をこねた

中学1年生の僕は、

父に小言を言われながらも、

「おまけ」をもらった。


『LIBERTY』のCMソングである、

『NE YVOUS BUT GLAMOROUS』が

収録された、販売促進用の、

非売品のシングルCD。


円板型の

プラスチック・ケースに入った、

キーホルダー状の物だった。


たしかに嬉しかった。


だけど、思った。


これって「おまけ」じゃない?


「僕も何か買ってほしい」


駄々っ子と化した僕は、

父からの小言を

ぶつぶつ小浴びながらも、

1枚のCDを買ってもらった。


それが、

REBECCAのアルバム

 『TIME』だった。


当時は、

レコードからCDへの移行期であり、

カセットテープでの音源販売から

CDでのリリースへと移り変わる

過渡期でもあった。


生まれて初めて買ったCD。

それが、REBECCAだった。


それまで、

『仮面ライダーBGM集』や、

『特撮ヒーローサウンド・グラフィティ』、

映画のサウンド・トラックなどの

カセットテープを聴いてきた僕が、

初めて買った「歌手」の音源だ。


音楽に疎かった

(というか、ずれていた)僕は、

REBECCA以外のミュージシャンを

ほぼ知らなかったこともあり、

数あるREBECCAのアルバムの中から

『 TIME』を選んだ。


『 TIME』を選んだ理由は、

ジャケットがいいと思ったからだ。

包装紙みたいな色の背景に、

手で破ったような形の紙があり、

ちょっと変わった書体で

書かれた文字が気に入って、

『TIME』のアルバムを

手に取ったのだ。



そこから、

REBECCAが大好きになり、

全部のアルバムを買って、

繰り返し繰り返し、何度も聴いた。


『RASPBERRY DREAM』を聴くと、

中学1年生の頃、

好きだった女の子から

初めてチョコレートをもらったことを

思い出す。


「義理チョコだからね」


と言いながら

手渡されたされた袋の重み。


『RASPBERRY DREAM 』と

結びついたのは、

たぶん、そのころよく、

『REMIX REBECCA』を聴いていて、

『RASPBERRY DREAM 』を

聴きながら、

チョコレートを食べたからだろう。


『76th Star』や

『ガールズブラボー」を聴くと、

藤原カムイ氏の漫画

『チョコレートパニック」を

思い出す。


読んでいる時に、

『REBECCA IV ~Maybe tomorrow~』を

繰り返し聴いていたからだと思う。


タイトルどおり、

『Maybe tomorrow』は、

このアルバにに入っていた。


とにかく、

REBECCAばかり聴いていた。


中学時代の僕を支えてくれた

大きなひとつが、

REBECCAの音楽だった。



* *




僕が中学3年になったくらいか。

姉が言った。


「あんたのラジカセと、

 交換してほしい」


姉は、

部屋の一角を占拠するほど大きな

コンポの存在が、

気になりはじめたようだ。


僕のCDラジカセは、

Victor(ビクター)のラジカセで、

コンポに肉薄するほどの音質と

重低音でありながらも、

コンポに比べ、

小さくてコンパクトな設計だった。


まさに当時は、

コンポに対抗すべく、

重低音をうたうCDラジカセが

各社から続々発売されていた。


電器店で何度も試聴して、

何種類ものラジカセの中から選んだ

納得の音質、納得の仕様、

納得のデザインの1台である。


ちなみに、

そのラジカセを買う際には、

やはり父が連れて行ってくれて、

「まかられへんか?」

と値切った上に、

お店の試聴用のCD、

マイケル・ジャクソンの『BAD』を

「おまけ」につけてもらった。


恐るべし、父の「交渉」術。

もはや輩(やから)めいた

物乞いである。


ありがたさより

恥ずかしさに赤面しつつ、

ケースのない、

むき出しの『BAD』を手に、

レジに向かった記憶は

今でも色褪せない。

(ケースはレジでいただいた)


はたしてそれが「BAD」なことか・・・

その判断はまた別の機会に譲るとして。


Anyway。


そんなお気に入りのラジカセに、

僕は『鉄雄』と名づけていた。


中学時代の僕は、

『AKIRA』が大好きだった。


以前にも書いたが。

ここでいう『AKIRA』とは、

男前パフォーマーのことでも、

大事なところを隠したお盆を

回転させるパフォーマーのことでもなく。

漫画『 AKIRA』のことである。


(参考: 過去の記述 )


中でも、

主人公の「金田」とぶつかり合う

「鉄雄」が好きで、

CDラジカセのスピーカー部分に、

蛍光オレンジの塗料で

でかでかと

『鉄』『雄』の文字を書いた。


左右のスピーカーを覆った、

黒いパンチング・メタルの表面に

書かれた文字は、

映画『AKIRA』の一場面、

路上に書かれた

『大覚アキラ様』の字体を意識して、

筆跡生々しい力強い筆致で

思い切って書いたものだ。


・・・・話がだいぶ

脇道に逸れたようだが。


コンポとラジカセの交換を

持ちかける姉は、

喜びに小躍りする僕に向かって、

静かな口調でこう言った。


「その字、

 消してくれたら交換する」


名残惜しいが、仕方ない。


「さよなら、鉄雄・・・」


心の中でつぶやきながら、

『鉄雄』の文字を、

つや消し黒の塗料でつぶしていく。


「今日までありがとう」


とんとん、と、

肩をたたくように、

かつての『鉄雄』と

さよならの挨拶をした僕は、

念願のステレオ・コンポを

手に入れたのでありました。


・・・・めでたしめでたし。



おかげで

レコードが聴けるようになり、

それから30年以上の歳月を

ともに過ごした。


引き出し式のトレイが

うまく開閉しなくなり、

入れたCDが

なかなか読み込まれなくなり。

6段重ねのコンポから、

5段になっても。

外部入力で、

別のCDプレーヤーをつないで

再生していた。


スピーカーを、

2つから4つに増設した。


無骨で、重厚な、

黒いコンポ。


いつもそばにいてくれた。

いつも音楽を聴かせてくれた。

おかげでいつも、

音楽がそばにあった。



悔しさに、歯噛みしていた10代。

現実の苦さを、思い知った20代。

行き詰まり行き場を失った30代。


いくつになっても。

何年、何十年経っても。

ちっともうまくならない。


いいことも、楽しいことも、

それ以上にたくさんある。

けれどもときどき、

どうしようもなく打ちひしがれる。


40代を通り過ぎても、

それは変わらない。


『Maybe Tomorrow』


明日は、きっと——。


逃げ出したくても、

出口が見つからなかった

中学時代。


『Maybe Tomorrow』


きっと明日は——。


そう信じて、涙をこらえた。


『Maybe Tomorrow』


明日はきっといいことが、

あるはずだと。


明日を夢見た、あの頃の気持ち。


シャワーを浴びながら、

あの頃の気持ちを、思い出した。



『Maybe Tomorrow』


今の自分は、

あの頃と少し違う。


「明日」ではなく、「今日」。


明日に期待を

しなくなったのではなく。

今日の、今、この瞬間を、

まっすぐ見つめることを

僕は選んだ。


殴られるようなことは

なくなったけれど。

殴られたような

気持ちにはなる。


けれど今は、

『Maybe Tomorrow』

ではない。


今、この瞬間。


今でも、

REBECCAの曲をよく聴く。


現に今、

REBECCAの曲を聴きながら、

これを書いている。


『Maybe Tomorrow』


そう願っていた

あの頃の気持ちを、

思い出しながら。


無知で無力なのは、

変わりないけれど。


今の僕は、

『Maybe Tomorrow』を

口ずさみながら、

昨日でも、明日でもなく、

今日の景色を見ています。


あの時、

負けなくてよかったと。

あきらめなくて、よかったと。


明るい光が差し込む昼下がり。

出かける前のシャワーを浴びながら、

『Maybe Tomorrow』を唄って

そんことを、ふと思った。




< 今日の言葉 >


『こわしてしまうのは

 一瞬でできるから

 大切に生きてと 彼女は泣いた』


(『MOON』REBECCA)


2026/06/01

だんごではない三兄弟の顔

 




かつて、

『だんご三兄弟』

という唄が

ちまたを席巻していた。


おだんごを売る店の

約90%以上が

『だんご三兄弟』を

流していたように思う。

(当社調べ)


僕には、甥っ子がいる。


もう「子」と呼ぶには

そぐわないほど立派に育った、

甥っ子三兄弟たちだ。


三者三様。


似ているようで、似ていない。

顔も姿形も好みも違い、

考えかたも、性格も、気質も違う。


誰が、とか、

何番目か、とか

という話は差し控えるが。


甥っ子たちが、

「大人の階段」をのぼる姿を、

少し話たい。


キャラメルや

チョコレートみたいに

甘かった10代から、

20代あたりのほろ苦い景色へ。


かつての自分も

そうだったのだろうか。


甥っ子たちの姿を見ていて、

懐かしさよりも、頼もしさを感じた。



* *



高校を卒業した甥っ子は、

大学へ進学して、アルバイトを始めた。


大学生になった甥っ子は、

自宅で作業している僕の部屋に、

ちょくちょく遊びに来てくれた。


当時はまだ、

僕も煙草を吸っていたので、

二人、ベラッbでで一服したり、

音楽を爆音で聴いたり、

小学生みたいに

くだらない話をして笑ったり。


およそ

叔父の威厳のかけらもない、

どっちが甥っ子かも

わからないような

時間を過ごした。


ある時、思った。


おそらく甥っ子は、

学校へ行っていない。


本人に直接、

聞いたわけではないが。

たぶん、大学には行かず、

ここに来ている。

そんな気がした。


僕は、なるべく

くだらない話をしていた。

意識しなくても、

それは同じだっただろうが。

大学の話は、しなかった。


当時の甥っ子の顔は、

かつてのかわいらしさが影をひそめ、

どこか鋭利な刃物を思わせる、

鋭い顔つきだった。


内なる心の表出、というのか。


成長による変化ではなく、

環境や、精神状態による

「一時的な変化」だった。



甥っ子は、アルバイト先で

「きたない世界」を見た。


自分の成果をあげるため、

ありもしない「故障」をでっち上げ、

出張料金やら交換費用や技術料など、

何もわからず何も疑わない女性を相手に、

まとまった額を徴収したという話を、

さも誇らしげに、

声高らかに自慢する先輩の姿に、

甥っ子は「吐きそうになった」と

話してくれた。


その時の顔を、

僕はよく覚えている。


怒りと悲しみと、

悔しさや失意を

ごちゃ混ぜにしたような。

まさしく、

汚いものを吐き捨てるような、

苦く鋭い表情だった。


意見めいたことは、

特に、何も言わなかったが。


「あんまり長くいるような

 場所じゃなさそうだね」


と言ったことは覚えている。


しばらくして、

甥っ子はアルバイトを辞めた。


彼の顔は、

かわいらしくて爽やかな

かつての顔つきに戻っていた。


「いい勉強になったね」


「大人の階段、のぼったね」


などと言いながら。


学校では教わらない種類の学びを、

彼自身が、

全身で感じ取ったことを

頼もしく思った。


あらゆる手を使って、

お金を稼ぎまくる先輩が

大手を振って活躍する環境。


そこに留まり、憧れ、

染まるのではなく、

「おかしい」と感じて

抜け出した甥っ子の感性に、

頼もしさと大きな安堵を覚えた。


世の中に、

星の数ほど無数にある選択肢。


言葉じゃ説明できないものだから。

自分で感じるほかはない。


甥っ子が、

わる〜い顔にならなくて

本当によかった。


笑う甥っ子の顔は、

今でも少年のように、

まっすぐでまぶしい。



* * *



彼女ができたと喜ぶ甥っ子が、

心おどる、ときめいた話を、

たくさんしてくれた。


「左ハンドルのミッションだし。

 自分以外に誰も、

 ハンドル握らせたこと

 なかったんだけど」


「それでそれで」


帰る僕を見送りに来たはずが、

そのまま1時間以上、立ち話しした。


うれしかった。


これまで、

それほど饒舌ではなかった甥っ子が、

楽しげに話す姿が、

たまらなくうれしかった。


「それはねぇ、

 だいぶ好きなんだよ」


「そうなのかなぁ」


お尻をくすぐられるような心地で、

甘くてふわふわした甥っ子の話を、

全身で味わった。


その後も、何回か顔を会わせて、

恋路というのか、経過というのか、

甥っ子と彼女の近況を聞いた。


「夜中にカラオケ行って・・・」


「それでそれで」


甥っ子の話を聞きながら、

にやけたバブルヘッド人形みたいに、

うんうんうなずいていた。


甥っ子の、

こんなうれしそうな顔は、

見たことがない。

こんなにおしゃべりな

甥っ子の姿も、

これまでには見たことがなかった。


本当にうれしかった。


親馬鹿ではないので、

叔父馬鹿なのか、

それともただの馬鹿のか。


とにかく、

わがことのように、うれしかった。



しばらく月日が経過して。



甥っ子の顔に、変化があった。


どこかつまらなそうな、

やや尖った顔だった。


何か、あったのか。


そう思ったけれど、

僕は何も聞かなかった。


甥っ子の車に乗せてもらい、

近所をドライブした。


助手席で風を感じながら、

背後に流れる景色と、

サングラスをかけた

甥っ子の横顔を見た。


口もとに

髭を伸ばした甥っ子は、

映画の一場面みたいに

かっこよかった。


家の前で、車を停めて。

停車した車内に座ったまま、

二人、話しはじめた。


車の話、音楽の話、

他愛のない話で盛り上がった。


気づくと、

明るかった空が黄色く染まり、

すぐそばの街灯が

白々と灯っていた。


「そういえば。

 どう、最近。

 彼女とは」


おもむろに切り出す僕の言葉に、

一瞬、ちらりと顔を向けた甥っ子は、

止まったままの風景に目を向けて、

抑揚のない声でぽつりと言った。


「別れたよ」


「ふうん、そっか」


甥っ子が

そう言ったわけでもないが。

僕には、話したそうに見えた。

聞いてほしそうなふうに見えた。


僕の勝手な思い込みで、

僕は彼に聞いてみた。


「どうして?」


彼は話してくれた。


悔しさを少しにじませながらも、

おだやかな口調で。

腹立たしくもある内容を、

淡々と静かに語った。


詳しい内容は、さておき。


彼女の言葉を信じて待っていたのに、

約束が果たされる気配がまるでない。


それを確かめさせられるような場面を、

何度か目の当たりにするうち、

決定的とも思える出来事と

遭遇した。


『別れる気、

 ないんじゃない?』


その瞬間。


彼は、気持ちが冷めたと

話してくれた。


「そっか」


彼も、大人の階段をのぼっていた。


大好きな人に、

だまされたれたような気持ち。

信じていた人に、

裏切られたたような気持ち。


彼の痛みや苦しみはわからないが。

想像にはかたくない。


「・・・けど。

 彼女の口から、

 そう聞いわけじゃないんだよね」


「まあ、そうだね」


「自分の気持ちが、

 冷めちゃったっていうことだよね」


「うん、そうだね」


「気持ちが冷めちゃったんなら、

 どうしようもないよね。

 ・・・けど、

 自分で決めつけないっていう、

 選択肢もあると思うよ。

 もしかしてまだ、

 本当は好きだっていう

 気持ちがあるなら。

 待つわけでもなく、

 切り捨てるわけでもなく、

 ただ、距離を置く。

 無理に今すぐ、

 結論を出す必要は

 ないかもしれない。

 あとはタイミンの問題だから。

 絶対にない、

 っていうふうには、

 決めなくていいかもしれない」


おせっかいな僕は、

そんなようなことを、

甥っ子に言った。


「これ、彼女が描いたなんだよ」


うれしそうに

絵の画像を見せてくれた、

甥っ子の顔を思い出す。


悔しかったから。

腹立たしかったから。

そして少し、悲しかったから。


僕は彼を

「敗者」にしたくなかった。


彼は敗者ではなく、挑戦者なのだ。


負けたわけでも、

破れたわけでもなく、

彼は、立ち止まったのだ。


慰めも、憐れみも必要ない。


僕は、

苦みを帯びた甥っ子の顔が、

やけに大人っぽくて、

かっこよく感じた。


開きつつあった心が、

閉じかけてしまっても。

ひとつの大きな山を、

乗り越えようとしている。


そのあと、

久しぶりに会った甥っ子の顔は、

おだやかで明るい輝きを放っていた。


こうして苦みを味わいながら、

彼らも、階段をのぼっていく。


大人の階段をのぼったとしても。

どうか「大人」にはならないでくれと。

子どもじみた心で願う。


永遠の子どもであれと。

永遠の挑戦者であれと。


馬鹿な叔父は、そっと願った。



* * * *



小学生の頃から

追い続けた「夢」を、

甥っ子は現実として叶えた。


接骨院で働き、実務を学び、

国家資格を取得した。


三兄弟の中で誰よりも早く、

「目標」へ向かう一本の線路を敷いて、

迷うことなく、

ひたすら突き進んできた。


疑いも迷いもなかったはずが。

夢が現実になったことで、

現実的な現実がどんどん見えてきた。


夢は、現実となるまで、

甘美な微笑みをたたえている。


彼が甘かったわけでは、決してない。

甘い顔をして見せた現実が、

時として予想以上に苦いのだ。


処遇、待遇、お金、将来・・・。


迷わず突き進んできた彼が、

立ち止まり、迷いはじめた。


それは、悪いことではない。


自分の意思や意見を持つこと。

決められた道を、

ただ盲目的に進むのではなく。

そのとき聞こえる自分の声に、

耳を傾けられること。


誰かの言葉ではなく、

自分がそう思うのなら、

それが「こたえ」だ。


善悪でも、正誤でもなく。

世論も世間も関係なく。


本人が「?」と思ったのなら、

間違いなく「?」である。


それが、その人の「こたえ」なのだ。


まず、立ち止まること。


そして冷静に景色を見る。


偉いな、と思った。


甥っ子くらい年年齢の時、

僕は、

おかしいと思ったらすぐ、

行動に出た。


あとさきなんて考えず。

感覚と直感だけで即決してきた。


こんな叔父さんを見ているせいか。


いや。


しっかり者の姉夫婦の、

家庭環境の賜物だろう。


これまで迷わず歩いてきた甥っ子が、

初めて「壁」にぶち当たった。


まだ学生みたいに感じていたのに。


事情を話す

甥っ子の口ぶりは、

自分以上にしっかりしていた。


「まあ、いろいろあって、

 転職しようって思うんだよね」


「別の業種?」


「いや、同じ職種で」


「そうだよね。

 せっかく資格、

 取ったんだもんね。

 活かしたほうがいいようね」


「ひとまず、

 今月いっぱいまでで、

 区切りがつくから」


「じゃあ、しばらく遊べるね」


「いや、無職になると、

 支払いとか、いろいろ怖いから。

 もしかすると、

 このまま少し続けるか、

 職安とか行くかもしれない」


「職安は、

 自己都合で辞めた場合だと、

 三か月間は失業手当が

 支給されないよ。

 出頭日みたいなのがあって、

 次の仕事が決まるまでのあいだは、

 バイトとかできないよ」


「そうなの?」


「職安って、

 失業手当をもらいに行く

  場所っていうより、

 次の仕事を積極的に

 見つけるための施設だからね」


甥っ子は、

次に行くかもしれない職場を、

見学してきたと言った。

面接はしていないが、

お互いにiい感触を

得たとのことだった。


「それなら、

 もう受かったみたいなものだね」


「・・・いや。

 まだ、パパとかに話してないから」


「偉いね。

 話してから決めるんだ」


「資格取るための学費とか、

 出してもらったから」


「偉いなー。

 けど、喜んでくれるでしょ。

 パパだって転職の経験者だから」


まだあどけなさの残った顔の甥っ子が、

まるで大人みたいな話をしている。


「叔父さんみたいにならないように。

 しっかり考えて決めてね」


そんなふうに、

笑う叔父であった。



* * * * *



兄弟であっても、

三者三様。

三人ともが、みんな違う。


兄弟でもこんなに違うのだから。

他人であれば、なおのこと。


串に刺さったサだんごでもなく、

たれのかかっただんごでもない。


子どもだった三兄弟が、

大人の階段をのぼっている。


よごれや苦みや痛みを味わい、

少年の顔から、

深みのある

精悍な顔に変わっていく。


きっと自分もそうだった。


目つきの悪かった時期もある。

世間を斜めに見ていた頃もある。


生意気な顔。

強がりな顔。

大人ぶった顔。


いろいろな顔の全部が、

今の自分の顔の下地に、

幾重にも塗り込められている。


はたして今の自分の顔は、

どんな顔なのだろう。


昨日の顔と、今日の顔も違う。

明日の自分はどんな顔か。


尖ったり、丸まったり、

硬くなったり、やわらかだっだり。


ゆらめきながらも、

表裏なく、

自然な顔でいられるように。


仮面をかぶって生きるよりも、

素顔のままの、

正直な顔の自分でいたい。


だんごでも、

三共だでもない僕は、

一人、微笑みながら、

そう思うのであります。




< 今日の言葉 >


『他人を思いやる、

 温かい心を植えつけよう』


(映画『のび太と鉄人兵団』より

 人間に絶望した博士が、

 ロボットのアムとイムに、

 再び手をくわえるときの言葉)


2026/05/15

がっかり



『色の巨人』(2009年)




長く生きていると、

うれしいこともああれば、

そうでないこともある。


期待したり、

待ち望んだり、

約束したり。


 大人になると、

がっかりのj数も増えてくる。


落胆

あきらめ

失望


がっかり。


あまりにたくさんの

がっかりが続くと、

だんだん期待をしなくなる。


心理学用語で言うところの、

『学習性無力感』というものか。


何度もがっかりするうちに、

なんとなく疲れて、無気力になり、

期待することをやめてしまう。


そのもの自体だけではなく、

すべての出来事に対して

期待しなくなり、

虚脱感を抱く。



とても、危険な状態だ。



子どもの頃は、

どうだっただろう。



大人の前では無力で、

思い通りにならないことばかりで、

今よりがっかりすることが

多かったかもしれないのに。


なぜだろう。


無力なはずの子ども時代、

大人になった今よりも、

わくわく期待することを

忘れなかった気がする。


学習性無力感。


そんな学習なら、

できればしたくないものだ。



* *



何度も何度も痛い目を見て。

ついには見切りをつけて、

何も期待しなくなる。


どうにもならないことが、

増えたのか。

どうにもならないことだと、

悟るのか。


事をはじめる前から、

結果を想像して、ため息をつく。


想像力を巧みに働かせ、

悪い展開ばかりをかき集める。


経験とは、

前に進むための

智慧ではないのか。


学習とは、

行動を助けるための

資源ではないのか。


やる前から準備ばかりして、

結局、準備で終わってしまう。


「その時」は、

いつ来るのだろうか。


無計画とか無鉄砲なのが、

勇気だとは思わない。


けれども。


大人になるほどどんどん、

頭や口ばかりを動かして、

体が動かなくなるのなら。

いつか心も

動かなくなるはずだ。


動くことを忘れた心は、

ほかの誰にでもなく、

ほかの何ものでもなく、

自分自身に、

がっかりするだろう。


がっかりするのが嫌だから。


期待するのを

やめようかと思った。

信じることを

やめようかと思った。


けれども——。


それでは、

自分自身が、がっかりする。


くじけて、くたびれて、

からっぽになりかけた。


信じるとか、信じないとか、

そういう話ではなくて。


自分がなりたい自分であること。


それが、難しい。


学習や知経験が邪魔をして、

なぜか、

自分がなりたい自分になれない。


いつの間にか

できてしまった「常識」。


自分の中で、

岩のように凝り固まった

がっかりへの防衛壁。


子どもの頃と、

大人になった今と、

いったい何が違うのだろうか。


いろいろなことがわかって、

いろいろなことが簡単になって、

いろいろなことにも強くなると。

そう思っていた。


身体も大きくなって、

子どもに比べて、

体力も力もついたはずなのに。


悲しみも涙も、

軽くはならない。


心は、知れば知るほど、

弱くなるものなのか。


つよくは

ならないものなのか。


思い出してみた。


まだ子どもだった

時の気持ちを。


何もできないくせに、

何でもできると思っていたあの頃。


何も知らないからこそ、

無敵だった。


何も持っていないからこそ、

守るべきものも、

執着するものも、

照らし合わせるものも、

少なかった。


「転ばぬ先の杖」


とはいうけれど。


枷(かせ)をはめているのは、

「知識」じゃないかと。

最近、思った。



* * *



あの頃を思い出して。


「馬鹿になろう」


そう思った。


思うのは簡単だけど、

実際にやるとなると、

そう簡単にはいかないものだ。


後ろ向きな馬鹿ではなく、

前向きな馬鹿になりたい。


後ろ向きというのは、

過去ばかりを見て、

そこに囚われていることでもある。


前向きというのは、

未来のことを心配するために

心を使うことではない。


心配事を増やすために、

どんどんどんどん

情報をかき集める。


それは、智慧ではない。


がっかりが起こる前に、

未来のがっかりを避けるための

予防線だ。


第一希望を選ばず、

選択権を他者に委ねる

責任逃れの行為だ。


誰だって、

がっかりはしたくない。


できればもう二度と、

がっかりなんてしたくない。


その気持ちがどんどん大きくなって、

臆病になった「自分」は、

期待するより、

がっかりしない道を選ぶ。


不本意な消去法をくり返すうち、

知らぬ間に心がやせ細り、

かさかさに乾いてひび割れて、

本当に何も、期待しなくなる。


そんな「自分」に気づいたとき。


期待するのをやめるのではなく、

自分のなりたい自分でいられるように。

答えを外にでなく、内に求める。


外側に求めるのではなくて。

自分の中に、期待を向けてみた。


自分の気持ちを信じること。


子どもの頃は、自分を信じた。

今よりまっすぐ、自分を信じた。

混じりっ気もなく、

一点の曇りも疑いもなく。

嘘みたいな「未来」を迷わず信じた。


あのときの、

純粋な気気持ち。


それを忘れるくらいなら、

学習も、情報も、経験も、

残らずみんな捨てててやる。


がっかりなんて、怖くない。


全部、笑ってやる。


いい「思い出」だけを手に、

全部笑える馬鹿になりたい。


がっかりしなくなることよりも。

がっかりしても、毎回、

笑って立ち上がれる

「つよさ」がほしい。


大人になると、

がっかりを避ける。


もしかすると・・・。


避けてばかりいるからこそ、

どんどん「よわく」

なったのではないか。


こたつに入った、大人の自分。

大人の自分が、こたつの中から、

偉そうに言う。


「それはお前、

 事前に準備しておかなかったから

  いけないんだ。

 だいたい、いつも言ってるだろ。

 そうなる前にちゃんと情報収集して、

 学習した知識を生かさなくちゃ。

 頭がついてる意味がないって」


同じ失敗を、

二度くり返すのは、

ただの馬鹿だ。


こたつに入ったまま、

手がとどく範囲の思考を並べて、

老いさらばえていくのは

賢さなのか。


一度も失敗をしない「賢者」より、

失敗を怖れぬ「愚者」でありたい。

成功を信じ続ける「愚者」でありたい。


打たれても気づかない、

『鈍麻(どんま)』になるのは、

ロボトミーに等しい。


打たれ強くなるのではなく、

何度でも立ち上がって、

歩き出せる「つよさ」がほしい。


かつての「自分」は、

そうだった。


音楽を聴いたり、

空を見上げたり、

歯を食いしばったり、

友だちと笑ったり、

大きな声で唄ったり。


そんなふうにして、

乗り越えてきた。


がっかりを怖れず、

避けることなく、

白紙の心でまっすぐ向き合って、

何度も何度も、

思いっきりがっかりしてきた。


そして立ち上がった。


『人生は、

 できることに集中することであり、

 できないことを悔やむことではない』


と。

アーヴィング・ホーキング

博士が言った。


『賢者とは、

 自分が無知であることを

 知ることである』


と。

ソクラテスは

言ったとされる。


『がっかりと、ザ・カリーは、

 似ているけれど、全然違う』


と。

そんな馬鹿なことを

言うのは誰か。


笑い飛ばせる余裕。


がっかりなんて、気にしない。


目の前には

きれいなお花も咲いているし、

ねずみ男みたいな

格好のおばさんが

横断歩道を渡っているし、

キャラメルコーンが

想像以上においしいし、

落花生の皮が喉に張りついて

咳き込んだ拍子に、

キャラメルコーンがベッドの上で

想像以上に派手に飛び散ったりしても。


今の「自分」は

まだまだ弱っちいいけれど、

そんなに悪くもないと、

記憶の中で息づく昔の自分が、

時間を超えて笑っている。


昔の自分が、今の自分に、

がっかりしないよう。


がっかりしても、

がっかりはさせない。


ほかの誰でもなく、自分自身に。

僕は、がっかりさせたくないのです。



< 今日の言葉 >


『おひなまつりの今日は、

 セ・パ両リーグとも、

 白球の代わりに

 桜餅で試合をしている模様です』


(どちらかというとエイプリル・フール的なニュース。『ゲームの後、試合に使った桜餅は、両チームの選手ともに、スタッフ一同、美味しくいただきました』との追伸あり。柏餅でも端午の節句でもないのは、この記述を書いたのが3月だからです)