*
だけど明日は
きっといいこと
あると信じてたいの
Maybe tomorrow
REBECCAの
『Maybe Tomorrow』。
中学生の時、
擦り切れるくらいによく聴いた曲だ。
銀色の盤面は、
もしかすると本当に
数ミクロン薄く
なっているかもしれない。
以前、
でも書いたが。
中学時代の僕は、
ほぼ毎日と言っていいほど、
先生に「怒られて」いた。
それこそ
目の敵か何かのように。
生意気だった僕は、
学年主任であるその教師に、
ほぼ毎日、殴られていた。
時代、とはいえ。
地獄の毎日だった。
部活で忙しく、
ほとんど家にいる時間も
なかったのだが。
ぽっかりとできた
「自由な時間」
(部活は年間5日くらいしか休みがなく、
終日休みだったことは、ほとんどない)
に、自室で音楽を聴きながら、
絵を描いたり、本を読んだりしていた。
REBエECCAとの出会い。
それは、中学1年の時だった。
高校生になる姉が、
進学祝いに、
ステレオ・コンポを
買ってもらうことになった。
当時は、
さながら要塞のごとく重厚な、
分厚い箱が何段も積み重ねられた
「コンポ」が、
音楽を聴くための音響機器として、
まだまだ主軸だった。
音響メーカーだけでなく、
家電メーカーからも
さまざまな機種が
リリースされており、
当時は激戦の分野でもあった。
姉が選んだのは、
SONYの『LIBERTY』。
たしか
『D.D.(Digital Drive)LIBERTY』
だったように思う。
テレビでも盛んに
宣伝されていた『LIBERTY』は、
CMにREBECCAが登場した。
父と姉とともに、
アメ横へ行った。
「これがいいんじゃない?」
僕が姉に提言した。
何をかく隠そう、
それが『LIBERTY』だった。
ひそかに僕は、
もし買うのなら
『LIBERTY』がいいなと、
心のうちで思っていた。
姉も異論はないようで、
いろいろ見て回ったあと、
『LIBERTY』に決定した。
「まかられへんか?」
大阪人の父は、
店員さんにあれこれと
値切りやサービースの「交渉」に出た。
大幅に値下げしてもらった上に、
別売りであるレコード・プレーヤーを
「おまけ」につけてもらった。
「姉ちゃんだけずるい」
と。
子どもみたいに駄々をこねた
中学1年生の僕は、
父に小言を言われながらも、
「おまけ」をもらった。
『LIBERTY』のCMソングである、
『NE YVOUS BUT GLAMOROUS』が
収録された、販売促進用の、
非売品のシングルCD。
円板型の
プラスチック・ケースに入った、
キーホルダー状の物だった。
たしかに嬉しかった。
だけど、思った。
これって「おまけ」じゃない?
「僕も何か買ってほしい」
駄々っ子と化した僕は、
父からの小言を
ぶつぶつ小浴びながらも、
1枚のCDを買ってもらった。
それが、
REBECCAのアルバム
『TIME』だった。
当時は、
レコードからCDへの移行期であり、
カセットテープでの音源販売から
CDでのリリースへと移り変わる
過渡期でもあった。
生まれて初めて買ったCD。
それが、REBECCAだった。
それまで、
『仮面ライダーBGM集』や、
『特撮ヒーローサウンド・グラフィティ』、
映画のサウンド・トラックなどの
カセットテープを聴いてきた僕が、
初めて買った「歌手」の音源だ。
音楽に疎かった
(というか、ずれていた)僕は、
REBECCA以外のミュージシャンを
ほぼ知らなかったこともあり、
数あるREBECCAのアルバムの中から
『 TIME』を選んだ。
『 TIME』を選んだ理由は、
ジャケットがいいと思ったからだ。
包装紙みたいな色の背景に、
手で破ったような形の紙があり、
ちょっと変わった書体で
書かれた文字が気に入って、
『TIME』のアルバムを
手に取ったのだ。
そこから、
REBECCAが大好きになり、
全部のアルバムを買って、
繰り返し繰り返し、何度も聴いた。
『RASPBERRY DREAM』を聴くと、
中学1年生の頃、
好きだった女の子から
初めてチョコレートをもらったことを
思い出す。
「義理チョコだからね」
と言いながら
手渡されたされた袋の重み。
『RASPBERRY DREAM 』と
結びついたのは、
たぶん、そのころよく、
『REMIX REBECCA』を聴いていて、
『RASPBERRY DREAM 』を
聴きながら、
チョコレートを食べたからだろう。
『76th Star』や
『ガールズブラボー」を聴くと、
藤原カムイ氏の漫画
『チョコレートパニック」を
思い出す。
読んでいる時に、
『REBECCA IV ~Maybe tomorrow~』を
繰り返し聴いていたからだと思う。
タイトルどおり、
『Maybe tomorrow』は、
このアルバにに入っていた。
とにかく、
REBECCAばかり聴いていた。
中学時代の僕を支えてくれた
大きなひとつが、
REBECCAの音楽だった。
* *
僕が中学3年になったくらいか。
姉が言った。
「あんたのラジカセと、
交換してほしい」
姉は、
部屋の一角を占拠するほど大きな
コンポの存在が、
気になりはじめたようだ。
僕のCDラジカセは、
Victor(ビクター)のラジカセで、
コンポに肉薄するほどの音質と
重低音でありながらも、
コンポに比べ、
小さくてコンパクトな設計だった。
まさに当時は、
コンポに対抗すべく、
重低音をうたうCDラジカセが
各社から続々発売されていた。
電器店で何度も試聴して、
何種類ものラジカセの中から選んだ
納得の音質、納得の仕様、
納得のデザインの1台である。
ちなみに、
そのラジカセを買う際には、
やはり父が連れて行ってくれて、
「まかられへんか?」
と値切った上に、
お店の試聴用のCD、
マイケル・ジャクソンの『BAD』を
「おまけ」につけてもらった。
恐るべし、父の「交渉」術。
もはや輩(やから)めいた
物乞いである。
ありがたさより
恥ずかしさに赤面しつつ、
ケースのない、
むき出しの『BAD』を手に、
レジに向かった記憶は
今でも色褪せない。
(ケースはレジでいただいた)
はたしてそれが「BAD」なことか・・・
その判断はまた別の機会に譲るとして。
Anyway。
そんなお気に入りのラジカセに、
僕は『鉄雄』と名づけていた。
中学時代の僕は、
『AKIRA』が大好きだった。
以前にも書いたが。
ここでいう『AKIRA』とは、
男前パフォーマーのことでも、
大事なところを隠したお盆を
回転させるパフォーマーのことでもなく。
漫画『 AKIRA』のことである。
(参考: 過去の記述 )
中でも、
主人公の「金田」とぶつかり合う
「鉄雄」が好きで、
CDラジカセのスピーカー部分に、
蛍光オレンジの塗料で
でかでかと
『鉄』『雄』の文字を書いた。
左右のスピーカーを覆った、
黒いパンチング・メタルの表面に
書かれた文字は、
映画『AKIRA』の一場面、
路上に書かれた
『大覚アキラ様』の字体を意識して、
筆跡生々しい力強い筆致で
思い切って書いたものだ。
・・・・話がだいぶ
脇道に逸れたようだが。
コンポとラジカセの交換を
持ちかける姉は、
喜びに小躍りする僕に向かって、
静かな口調でこう言った。
「その字、
消してくれたら交換する」
名残惜しいが、仕方ない。
「さよなら、鉄雄・・・」
心の中でつぶやきながら、
『鉄雄』の文字を、
つや消し黒の塗料でつぶしていく。
「今日までありがとう」
とんとん、と、
肩をたたくように、
かつての『鉄雄』と
さよならの挨拶をした僕は、
念願のステレオ・コンポを
手に入れたのでありました。
・・・・めでたしめでたし。
おかげで
レコードが聴けるようになり、
それから30年以上の歳月を
ともに過ごした。
引き出し式のトレイが
うまく開閉しなくなり、
入れたCDが
なかなか読み込まれなくなり。
6段重ねのコンポから、
5段になっても。
外部入力で、
別のCDプレーヤーをつないで
再生していた。
スピーカーを、
2つから4つに増設した。
無骨で、重厚な、
黒いコンポ。
いつもそばにいてくれた。
いつも音楽を聴かせてくれた。
おかげでいつも、
音楽がそばにあった。
悔しさに、歯噛みしていた10代。
現実の苦さを、思い知った20代。
行き詰まり行き場を失った30代。
いくつになっても。
何年、何十年経っても。
ちっともうまくならない。
いいことも、楽しいことも、
それ以上にたくさんある。
けれどもときどき、
どうしようもなく打ちひしがれる。
40代を通り過ぎても、
それは変わらない。
『Maybe Tomorrow』
明日は、きっと——。
逃げ出したくても、
出口が見つからなかった
中学時代。
『Maybe Tomorrow』
『Maybe Tomorrow』
明日はきっといいことが、
あるはずだと。
明日を夢見た、あの頃の気持ち。
シャワーを浴びながら、
あの頃の気持ちを、思い出した。
『Maybe Tomorrow』
今の自分は、
あの頃と少し違う。
「明日」ではなく、「今日」。
明日に期待を
しなくなったのではなく。
今日の、今、この瞬間を、
まっすぐ見つめることを
僕は選んだ。
殴られるようなことは
なくなったけれど。
殴られたような
気持ちにはなる。
けれど今は、
『Maybe Tomorrow』
ではない。
今、この瞬間。
今でも、
REBECCAの曲をよく聴く。
現に今、
REBECCAの曲を聴きながら、
これを書いている。
『Maybe Tomorrow』
そう願っていた
あの頃の気持ちを、
思い出しながら。
無知で無力なのは、
変わりないけれど。
今の僕は、
『Maybe Tomorrow』を
口ずさみながら、
昨日でも、明日でもなく、
今日の景色を見ています。
あの時、
負けなくてよかったと。
あきらめなくて、よかったと。
明るい光が差し込む昼下がり。
出かける前のシャワーを浴びながら、
『Maybe Tomorrow』を唄って
そんことを、ふと思った。
< 今日の言葉 >
『こわしてしまうのは
一瞬でできるから
大切に生きてと 彼女は泣いた』
(『MOON』REBECCA)
