『男と女』(2007年) |
*
みなさんは、
まるで昔話みたいだな、と
思うような場面に
遭遇したことはありますか。
大きなつづらを選ぶ、
欲ばりじいさん。
金の斧をもらう、正直な木こり。
うそばかりついて、
信じてもらえなくなる羊飼いの少年。
何かの教訓か警句なのか、
ときどきそんな場面に出会う。
今回はそんな現代の昔話を
3つほどお送りいたします。
* *
むかしむかし、
というほどでもない、
少し昔の話。
とある街の商店街に、
一軒の店があった。
金物屋というのか、雑貨屋というのか。
昔でいうところの、
小間物屋やよろず屋といった
風情だろうか。
店内には、
所狭しと商品が並べられ、
積まれ、重ねられ、
まるで倉庫のような様相である。
薄暗い店内、
うっすらとほこりのたかった
商品たちは、
博物館を思わせるような物も多く、
見ているだけで楽しくなる。
なつかしいキャラクター物の水筒や、
アルマイトの弁当箱、
ポリカーボネイトの筆箱やら。
自分でも使ったことのない時代の
素材や形状の物たちが
無造作に置かれている。
針金で編んだねずみ捕り器や、
炎をあおる「ふいご」、
殺虫剤を撒布する噴霧器など。
童話の世界や小説の中でしか
見たことのないような形の
物もあった。
そんな店内の様子が
たまらなく好きで、
その街を訪れた際には、
ふらりと立ち寄る店でもあった。
そして、そのとき必要なものを、
一つ、二つばかり買っていく。
入場料代わりというわけでもないが。
品物を物色して、黒く汚れた手で、
いくつかの商品を抱え、
店の奥へと向かうのだ。
レジ、というには古めかしい、
お勘定どころにおじさんがいる。
おじいさんといってもいい年齢の、
白髪のご主人だった。
大きなそろばんと、
手動式のレシスター。
まるで戦国武将よろしく腕を組み、
丸椅子の上で、
テレビを観ながら座っている。
「おじさん、これいくら?」
「それか。そうだな、
古いし、汚れてるから、
300円でどうだ?」
「これは?」
「それは、奥にもいっぱいあるから、
ひとつ100円でいいよ」
そんな具合に。
どんぶり勘定スタイルも変わらない、
古き良き雰囲気の店であった。
最初に訪れてから、
もう何年くらい経ったときか。
聞くともなしに、おじさんが語った。
「この前、テレビが来て、
この店が出たんだよ」
おじさんはうれしそうに
そのときの様子を話してくれた。
「△△ちゃんに握手してもらった」
などと
元グラビアアイドルの名前と、
お笑いのベテランの方の名前を
口にしながら、
サイン色紙を指差した。
自慢げに語るおじさんの話に、
合いの手を入れながら、
しばらく耳を傾けていた。
数カ月後。
コロッケの話をしていて、
その街の商店街のコロッケを、
どうしても食べたくなった。
さっそく車を走らせる。
それは、間違いなくおいしかった。
商店街の肉屋で買った、
揚げたてのコロッケを食べたあと、
街をぶらつき、
いつものようにその店へ向かった。
おじさんは、怒っていた。
怒りに打ち震えながら、
燃えるような目で、
おじさんが話し始めた。
ソフトビニール人形。
通称「ソフビ」。
おじさんの店には、
特撮物のヒーローの人形があった。
『ミラーマン』という、
鏡に向かって変身する正義の使者で、
1970年代初頭に
放映されていた番組の
ヒーローだった。
古物好きで、
昔のヒーロー好きでもあったぼくは、
聞かずともその姿を見ただけで
すぐにそれとわかった。
足の裏には、
おもちゃメーカーの刻印と、
『ミラーマン』という名が
刻まれている。
おじさんは、こんな古い、
時代遅れのおもちゃを
店先に並べていても
しょうがないと思い、
新品のまま、
店の奥の箱にずっとしまっていた。
けれど、おじさんは、
テレビの収録のとき、
流れでその箱を持ち出して、
カメラの前にお披露目したそうだ。
番組が放映されたすぐあと。
店に、一人の男がやってきた。
男はミラマーマンの人形を
1体だけ残して、
残りの10体を買っていった。
値段は1体500円。
男は何も言わず、
5000円支払った。
店を出る間際、
男がおじさんに言った。
「これは、
1体5万円くらいで売れる。
だから、1体だけ残していく」
それを聞いて
いきり立ったおじさんに、
男が言ったそうだ。
「知らないほうが悪い。
むしろ教えたんだから、
情報料がほしいくらいだ。
その1体を売れば、
5万になるんだから」
おじさんは、
自分が50万円損したような
気持ちになったのだろう。
教えなければ、よかったのか。
それとも、最初から全部、
教えてあげることがいいことなのか。
よき行ないとは、いかに。
あなたは、どう思いますか?
あなたなら、どうしますか?
インターネットがない時代。
だからこそ、わからなかった。
だからこそ、知られていなかった。
数年後、
近くに立ち寄る機会があった。
店の外観は相変わらずで、
初めて見たときと
ずっと変わらないようにすら見えた。
なつかしいような気持ちで、
店に入った。
なんだか違う感じがした。
『かってにさわらないこと』
商品の並ぶ店内のあちこちに、
小さな札が立っていた。
こんな注意書、あったかなと。
妙な雰囲気に、
伸ばしかけた手を静かに下ろした。
小さな橋箱を指して、
おじさんに値段を聞いてみた。
「それは古いものだから、
5000円」
驚いたぼくは、
橋箱に視線を戻した。
そこにもやはり、
『かってにさわらないこと』
という札が立てかけられていた。
黄土色の厚紙に、
黒いマジックで書かれた文字を見て、
何も言えず、
ぼくは店をあとにした。
あの「出来事」のせいだとは
言い切れないが。
きっとあのことが少なからず
影響しているだろう。
変わってしまったものは、
何なのか。
おじさんなのか、時代なのか。
ぼくにはよく、わからない。
* * *
むかしむかし、
というほどでもない、
少し昔の話。
県内を自転車で走り回っていたとき。
私鉄の駅からほど近い場所で、
一軒の自転車店が目に入った。
古めかしい感じの店構えに、
心ときめかせ、
自転車を停めて中に入った。
店には、
おばちゃんがいた。
おばあさんといってもいいくらいの、
腰の曲がった女性だった。
店内には、
自転車好きにはたまらない、
特に旧車好きには垂涎ものの、
古き良き時代の部品が
あちこちに並んでいた。
リボルバー式拳銃の
チャンバーみたいな形状の、
溝の入った、
70年代のシートポスト。
(サドルを支えるための棒です)
ぴかぴか光る、
銀色の金属でできたディレイラー。
(ギアを変速するための部品です)
中世の騎士を思わせる形状の、
アルミ製のブレーキレバー。
サカエ、スギノ、シマノ、
サンツアー。
主に国産の物ばかりだったが、
欧州の物も少し見られた。
天井からは、
自転車のフレームが2つ、
ぶら下がっていた。
身長177センチのぼくは、
530サイズの自転車に乗っている。
適正かどうかは別として、
フレームの形状の、
見た目のバランスが
いちばんいいように感じるからだ。
店には、
490と580のフレームがあった。
ブリヂストンとチネリ。
カーボンではなく、
クロモリ(クロームモリブデン)製の、
重厚なフレームだ。
どちらもすばらしい物だったが。
小さすぎるものと、大きすぎるもの。
自分にはどちらも
合わないサイズだった。
しかも・・・。
「いちじゅう、
ひゃくせんまん・・・」
なかなかのお値段である。
思わずぼくは、
店のおばちゃんに聞いた。
「完成車は、ないんですか?」
「いろいろたくさん
あったんだけどね」
おばちゃんの話は、こうだった。
この自転車店は、
おばちゃんのご主人が
立ち上げたもので、
長年ご主人が切り盛りしていた。
数年前、
ご主人が体をこわし、入院した。
その間、店は閉めていた。
あるとき、
一人の男がやってきた。
近所の寿司屋の大将だった。
彼は、子供のころ、
よく自転車屋を利用していた
客だった。
店の主人が入院した話を聞いて、
自転車店にやってきたのだった。
彼は、おばちゃんに言った。
自分が手伝うから、
お店をまた開けようと。
彼は、
足繁く病院のご主人を見舞って、
店のことを
いろいろ任されるようになった。
昔気質の頑固なご主人は、
店のことを、彼に一任した。
そしてご主人は亡くなった。
おばちゃんはそのまま
店を閉めようと思ったのだが。
気づけば老舗となっていた
おばちゃんの自転車店は、
近所の幼稚園に、
小さな自転車や一輪車を卸していて、
自転車通学の多いこの地区の、
小学生から高校生までの「足」を
提供していた。
半世紀の歴史があり、
すぐ駅裏に位置する自転車店は、
老若男女、地域のみんなから
頼りにされていた。
「ぼんやり遊んでても仕方ないし。
まだ動けるから、
こうやって自転車直したりしてる」
おばちゃんは、
一輪車のパンクを直しながら、
やさしく笑った。
「お父さんの仕事を
手伝ってたおかげで手が覚えてる。
こうしてときどき
修理を頼まれたりして、
おしゃべりなんかをして。
何の不自由もなく生活できるのも、
みんなお父さんのおかげ」
部品代と、
数百円の修理の手間賃をもらって、
おしゃべりする生活。
そんな毎日がしあわせだと。
おばちゃんは、
うれしそうに笑った。
店にあった古い商品や、
いろいろな荷物や自転車などは、
寿司屋の大将が片づけてくれた。
「古い物ばっかりたくさんで、
ごちゃごちゃしてて、
どうにもならんかったからね」
完成車は、何台かあったらしい。
寿司屋の大将の手元に、
3台ほど残っているそうだが。
あとはみんな「処分」したらしい。
おばちゃんは、ご主人の言葉どおり、
寿司屋の大将に一任しているので、
詳しいことは
何もわからないとのことだった。
「本当に助かって、
すごく感謝してる」
おばちゃんは、
迷いのない顔でうなずいた。
年代物のシートポストには、
小さな値札が付いていた。
8000円。
それが高いのか妥当なのかは、
ぼくにはわからなかった。
「今でもときどき
見にきてくれてる」
そう。
誰も困っていない。
むしろみんなが喜んでいる。
そこに、わるいものは、
ない気がした。
けれども。
たくましいな、と。
そう思わずにはいられなかった。
2010年代。
インターネットに続き、
スマートフォンの普及の進んだ時代。
それでも、
おばあちゃんの手に届くほどの
代物ではなかった。
知ることと、
知らないでいること。
どちらがしあわせなのか。
あなたは、どう思いますか?
* * * *
むかしむかし、
というほどでもない、
少し昔の話。
白い雪の舞い散る、
大晦日の夜。
積もるほどではないが、
寒い夜だった。
県外で車を走らせていて、
晩ごはん難民に
なりかけていたので、
目についた
ラーメン・チェーン店に入った。
駐車場はいっぱいで、
店の中も混雑していた。
食べ終わって出てみると、
車の横に、
若い男性が駆け寄って来た。
「この車の人ですか?」
聞かれてうなずき返すと、
彼が話し始めた。
震えているのは、
寒さのせいではなさそうだった。
彼は今日、
レンターカー・ショップから
車を借りて、
彼女と2人で遊びに出かけた。
そしてこのラーメン店に入った。
運転していたのは彼女だった。
彼女の運転する車は、
ぼくの車の右前方にぶつかった。
といっても。
少し傷がついた程度の、
軽い「衝突」だった。
もともと傷ついていた箇所でもあり、
正確にはよく判らないが。
おそらく大きな傷ではなさそうだ。
もちろんそんなことは、
彼らにわからなかった。
車に傷がついている。
どうしようと思った。
しかも、
自分の車でも家族の車でもなく、
レンターカーだ。
大学の冬休みを利用しての、
初めてのドライブが、
レンタカーでのドライブだった。
初めてのドライブで
起こした「事故」。
どうしていいか、わからなかった。
彼女は、
レンタカーの運転席で、
真っ白な顔で震えていた。
駐車場に立つ彼の顔も、
同じく真っ白だった。
彼女は何度も
吐きそうになっていて、
とてもじゃないが、
車から降りてこられないと。
ぼくの車を見て、彼は思った。
古い車だし、
ものすごく高価なのかも知れない。
震えながら、
車の主が来るのを、持っていた。
まるで昔話みたいだなと、
ぼくは思った。
正直な彼らの行動に、
ぼくは少し、
心を打たれてしまった。
寒い中じっと、
逃げ出さずに待っていた彼。
車の中で、震える彼女。
1年の最後の日。
大晦日に起きた、
初めてづくしの、初めての出来事。
車の傷は、たいしたことない。
そこにいる誰もが無傷だった。
ぼくは、
彼の名前と、
携帯電話の番号を聞いた。
「それじゃあ、よいお年を」
そのままぼくは、彼らと別れた。
数日後。
見慣れぬ番号から
連絡があった。
彼だった。
すっかり忘れていたことだったが。
忘れてしまったわけでもなかった。
彼が言った。
「このあと、
レンタカーのお店から
連絡があると思います。
それまで、ぼくのほうにも、
ぼくのほうからも、
連絡しないでくださいと
いうことです」
言われるままに、待った。
何かあるのかと思って、
そのまま待ってみた。
あれからもう、
何年経つのだろうか。
平成が終わって、令和に変わった。
言われるままに、
待ってはみたものの。
お店からも、彼からも、
連絡は来ない。
別に何も求めていなくて。
たいして気にも
していなかったのに。
約束を破られたことが、
ひどく悲しかった。
彼ではなく、
何も知らない彼を説き伏せた
お店の「大人」が、
ひどくけがらわしく思えて。
現場の搬入や搬出などで、
大きな車が必要なとき、
よくお世話になっていたお店だったが。
あんまり利用したくなくなったな、と。
そのときすごく、そう思った。
* * * * *
正直者は、
鉄でも銀でもなく、
金の斧がもらえる。
けれどもそれは、
お話の中だけのことなのか。
それとも、
金の斧という、
光るばかりで
まるで使い物にならない道具が
もらえるということなのか。
むかしむかし、
というほどでもない、
少し昔のお話。
今になってもわからない、
少し昔の昔話。
みなさんには、わかりますか?
昔話の、本当に意味を。
昔の話の、本当のこたえを。
ぼくはまだ、わからないままです。
わからないから、選ぶしかない。
自分が思う、そのこたえを。
正しいと思う、そのこたえを。
むかしむかし、
というほどでもない、
少し昔のお話。
読んだ人に
笑ってもらえたら。
このお話は、
めでたしめでたしです。
< 今日の言葉 >
” Stay hungry, Stay foolish."
「貪欲であれ、愚直であれ」
(『The Whole Earth Catalog』という出版物の最終号の裏表紙に書かれた言葉で、2005年、スタンフォード大学卒業式の演説の中で、スティーブ・ジョブズが3回くり返した言葉 )
それを間違えて、
” Stay Hungary, Stay foolish."
と思い込み、
ハンガリーに留まって、
馬鹿であり続けた男が、
いるとかいないとか。