2010/11/01

しょうちゃんの校則改正




「石に囲まれた木」(2008)




ぼくの通っていた中学校は、
校則で「男子は丸刈り」と決められていた。


丸刈り。


平たくいえば「ボウズ」。

フランス語でいえば「ボンズ」。


ぼくらの中学の男子は、
入学するとともに頭を丸坊主に刈り、
卒業するまで丸坊主で生活することが定めだった。

長さは9ミリ以下。
前髪も後ろ髪も、側頭部の髪の毛も。
長さがぜんぶ一定の髪型。
それが「丸刈り」。

それが、ぼくらの中学校の「伝統」だった。


定期的に行なわれる服装検査では、
規定どおりの学生服を着ているかどうかを
チェックされるだけでなく、
頭髪の検査もおこなわれた。

担任の先生が、
ぼくら男子学生たちの頭に手のひらを乗せ、
髪の毛を指ではさんで、
そこから「頭髪」が
はみ出していないかをチェックする


しなやかな、副担任の女性教師の指からはみ出ても。

いかつい、体育会系の男性教師の指からはみ出ても。

指からはみ出た頭髪は「不可」なのだ。
先生によっては、自分の指ではさませることもあった。

そんな感じで、「不可」の基準は、
クラスによってあいまいなところが
あったりもしたけれど。

とにかく、
指から髪の毛がはみ出た生徒は、
期日までに床屋(または自宅など)で
髪を刈ってくる約束をさせられる。


ちなみにぼくは、
中学に入学するまで
床屋に行ったことがなかった。

それまではずっと美容室で
髪を切ってもらっていたので、
床屋の風景は、ドリフのコントで見てきた以外、
あまり馴染みがないものだった。


初めての床屋は新鮮でもあり、
少しぶっきらぼうな感じで、怖くもあった。

飾りっけがなく、
男気あふれる床屋の店内。
店内に流れるBGMも、
音楽ではなく、
テレビから流れるゴルフ番組の音だけだった。

洗髪のとき、
「あおむけ」ではなく、
前方に体を折り曲げて
洗面台に「うつ伏せる」ことにも驚かされた。


初めての床屋と、
物心がついてからの、初めての「丸刈り」。

まるで、大手術を前にしたような心境だった。


白い前掛けをまとい、合成皮革のイスに座る。
クシや霧吹き、ドライヤーなど、
いろんな道具が、
イスの後ろからどんどん出てくる。
ひじ掛けの後ろには、コンセントまである。

そのときのぼくには、
よくできた機能的なそのイスが、
拷問イスのように見えてきた。

無口で男くさい主人にあてられたバリカンの冷たさと、
足もとにはらはらと落ちていくやわらかな髪の毛。
なんともいえない、
諦念(ていねん)にも似た思いをかみしめながら、
鏡に映る自分の姿を伏せ目がちに見ていた。


長い髪におおわれていたぼくの頭皮が、
日の光にさらされていく。

やわらかな茶色い髪の毛の下から現れたぼくの頭皮は、
青白く、やわな果実のような色をしていた。


鏡のなかから、
やぼったくなった自分が
情けない顔つきでぼくを見ている。

サラサラヘアを、
整髪料などでセットしていた
生意気な小学生のガキが、
急に弱々しくなった瞬間でもあった。

同時に、

「これから中学へ行くんだ」

と、身が引きしまる思いがしたのも確かだった。



中学に入ると。

色白だったぼくも、
毎日の部活動で日に焼けて、
背も伸びて身体も大きくなった。


『男子は丸刈り』


ガキだったぼくも、
丸刈り頭がさまになってきた。

先輩をはじめ、
同級生のなかには、
袴(はかま)のようなズボンをはいて、
髪の毛を金髪に染め上げたり、
ボレロのような短い学ランを着て、
スチーム・アイロンみたいな形の
リーゼントにしたりしている人もいた。


校則違反。

恥ずかしがり屋さんのぼくは、
あんまり目立ってはみ出すことはしなかった。

髪の色を「脱色」して、ややゴールドにしてみたり、
後ろや横だけを少し短く刈り込んだり。

先生にはいつも怒られてばかりだったけれど。
伝統的で厳しい校則をおおらかにとらえて、
自分なりの「おしゃれ」を
たのしんでいただけだった。



そんなふうにして、
1年が過ぎ、2年が経ち、
ぼくらも最年長の3年生になった。


1学期のなかばごろ。

ぼくらのあいだで、
ある噂がささやかれはじめた。


「校則改正、男子丸刈り廃止」


どこから出た話か定かではなかったが。

少なくとも男子生徒のあいだでは、
アイドルのパンチラの話や
衆参両議会の話なんかよりも
旬な話題だった。


その「噂」がだんだんと
噂以上の現実味を帯びはじめたころ。


1学期が終わり、夏休みがきた。



そして、2学期。


新学期のはじめに、
全学年が集まる全校集会があった。

壇上のすみには、
生徒会長の「しょうちゃん」が、
緊張の面持ちでパイプイスに座っていた。


ちなみにしょうちゃんは、
生徒会長であるとともに、
剣道部の主将でもあった。


校長、そして学年主任からのお話。

つづいて「しょうちゃん」が、
原稿を手に、壇上へ立った。

室内では「脱帽」のはずなのに。
しょうちゃんは、
なぜかひとり、学生帽をかぶっていた。


原稿を手にしたまま、
しょうちゃんは、
原稿には目を向けず、
ぼくらに向かって話しはじめた。


「僕の名前は、
 ▲▲▲▲(しょうちゃんのフルネーム)です。
 それなのにみんなは、
 僕のことを『トンガ』と呼びます。
 なぜなのかといえば、それは、
 僕の頭がとんがっているからです」


そういってしょうちゃんが、
学生帽を脱ぎ去った。

しょうちゃんの頭は、
まるでいましがた刈ったばかりのような、
ツルツルの丸坊主だった。

しょうちゃんが、
おじぎをするような格好で
こちらに頭を向けた。

刈ったばかりの頭髪のせいで、
てっぺんが「とんがって」いるのがよく分かった。


それを見て、
生徒の一部がどっと笑った。

ぼくの友だちも、大きな声で笑っていた。


ぼくは笑わなかった。

あまりの衝撃に、
「すげえぇ」ともらしたきり声を失い、
壇上のしょうちゃんをじっと見ていた。


「頭がとんがっている。それだけの理由で、
 僕は、みんなから『トンガ』と呼ばれているのです。
 頭がとがっていることは、
 僕のコンプレックスでもありました。
 それなのに、
 僕は、いちばん言われたくないことを、
 あだ名にされてみんなから呼ばれているのです」


さっきまでわいていた生徒たちも、
やや静まって、しょうちゃんの言葉を待った。


『丸刈り』は、頭の形を丸出しにします。
 僕も、校則が『丸刈り』でなければ、
 頭がとがっていることを
 気にしなかったかもしれません。
 『丸刈り』でなかったならば、
 『トンガ』というあだ名を
 つけられなかったかもしれません」


しょうちゃんは、真面目な顔で、
まっすぐぼくらを見ていた。


「みなさんのなかにも、
 僕と同じような理由でからかわれたり、
 いやなことを言われたりした人が
 いることでしょう。
 
 男子は丸刈り。
 この規則ができたのは、
 もう△十年(正確な年数は忘れました)も
 昔のことです。
 いつまでも、このような古い規則に
 しばられている理由もないはずです。

 校則改正。

 僕は、男子丸刈りという校則の
 改正を望みます。

 ご清聴、ありがとうございました。

 以上、生徒会長、▲▲▲▲。」



生徒一同、拍手喝采。


女子はさておき、
男子一同は、ほぼ満場一致で
喝采をおくった。


つづいて、
生活指導部の先生が壇上に立った。


いわく、

「正式な校則改正は来年度から」

ということらしく、
それを聞いた瞬間、男子生徒一同からは、
ため息やら怒声やら罵声やらのごちゃまぜになった声が
津波のようにわき上がった。


しかし。


「ちょっと待て、最後まで聞けって・・・」

と、ややうろたえながら会場をなだめつつ、
生活指導の先生が話を続けた。

ようするに、
いまから3学期終了まで
(ぼくらでいうところの卒業まで)のあいだは、
「準備期間」ということで、
「頭髪を伸ばしてよい」ということだった。


つまり、実質的には、
男子の丸刈り廃止、ということだ。


それを聞いて、
体育館に集まった男子生徒たちは、
嬌声(きょうせい)をあげ、一気に乱舞した。


天高く両手を突き上げたり、
指笛を吹いたり、ぴょんぴょん跳ね回ったり。
各人がうれしさを声で、体で表現した。

いまの気持ちを表すべく、
謎のオリジナル・ソングを歌い出す者もいた。

そんななか、
ぼくのとなりにいた友人が、
ぼつり、消え入りそうな声でつぶやいた。


「みんなって、もう、知ってたの?
 おれ、昨日床屋に行ったばっかりなのに・・・」


たしかに。


噂を信じ、休みのあいだを利用して、
すでに頭髪を伸ばしはじめていた者も、
ちらほらいた。

どこからか情報を仕入れて、
校則改正を確信していた者もいた。


ぼくも、そんな噂を聞いて、
髪を伸ばしはじめたうちのひとりだ。


新学期がはじまって。

いつもはうるさくつきまとう先生からも、
ぼくのことを横目に見ただけで、
頭髪に関しては何も注意されなかった。


「なんでみんなは知ってたの?」


床屋で、1ミリ坊主に刈ったばかりの友人。

悲しげにつぶやくその友人の頭には、
水銀灯の青白い明かりが、くっきりと反射していた。


生徒会長を務め、
校則改正に立ちあがった「しょうちゃん」は、
のちに、東京大学に入学し、
かねてからの夢であった弁護士になったと。

そんなふうに聞いた。


自らのコンプレックスをさらけだし、
群衆の心を動かして。

長年の因習を終わらせるきっかけとなった
しょうちゃんの姿は、ものすごくまぶしかった。


ぼくは、母校の体育館わきに、
しょうちゃんの銅像があってもいいと思う。


偉業を成した、しょうちゃんの銅像。

そしたらついでに、ぼくの銅像も建てたい。

全長100まんメートルで、
中にはプールとサッカー場と
おかし工場とコンビニとATMがあって、
音楽も聴き放題でかわいい犬も3匹いる。
夜にはいろんな色のライトが光って、
すごくきれいな色になる。
ぼくの声で動いて、
行きたい場所へどこでも行けるし、
空も飛べるし海も泳げる。
そんな銅像があったら、いいなと思う。

・・・って。

いったい何の話、だったっけ?



< 今日の言葉 >

 ピボット人生。
 トラベリングをおそれず、
 トラベリング。

(一歩踏み出すことを恐れて、
 同じ場所に立ち往生していないで、
 勇気を持って足を踏み出せば、
 新しい世界が開けるよ、という格言。

 ※ちなみに2つ目の「トラベリング」は
 「旅行する」のほうです。
 
/イエハラ・ノーツ September, 2010より)