2009/12/22

おとんがきた


うちの父は、愛人と暮らしている。

ぼくが中学生のころくらいからだろうか。
おとんはほとんど家にいなくて、
母子家庭のような生活がずうっと続いていた。

おとんと話すとき。
どこかよその「おじさん」と話しているような気がする。
というより、
知らないおじさんと話しているような感じでないと、
話しづらい。

あまり深い話をしたこともないので、
おとんのことは、知っているようであまり知らない。

ぼくにとって、
おとんは、謎の多いおっさんだ。



中学生のころ。
修学旅行から帰ったとき、
たまたま家にきていたおとんが大きな荷物を見て、

「おう、なんや。いまからどっか行くんか?」

と、のんきなことを言ったりしていた。


そんなおとんも、いまでは愛人と暮らすための家を建て、
すっかり別の家庭の人のような感じになった。


おかんの生活費として、
月に1度、「家庭」にお金を持ってくる。
そんなとき、偶然おとんと会えるときがある。
年に1度か、それとも2度か。
まったく会わないで終わる年もある。

今年は初めて、
お盆に坊さんがお経を上げるのを聞いてみたのだけれど。
そのとき、今年初めてのおとんと会った。

そして今回。
今年2度目のおとんに会った。

灰色のスラックスにガラのシャツを着て。
上に、白いシャカシャカジャンパーを羽織って。
ハンチング帽をかぶったそのいでたちは、
まるで競馬の予想屋のようだった。


久々に会ったおとんは、開口一番、

「なんや、その頭ぁ? 鶴瓶みたいやな」

と、たのしげに笑った。

ずいぶん前(ぼくが小学生だったころ)、
おとんはずうっとパンチパーマだった。

ちりちり頭を笑えた立場じゃないのだけれど。
たしかに、夏よりもかなり大きくなったし、
ピンク色のパイル地のズボン(若干フレア)に
グレーのモワモワジャケットを羽織った姿は、
自分でも笑えるときがある。

ちなみにパンチパーマ時代のおとんは、
喜平(きへい)の金色ネックレスに、同じく金色のブレスレット。
関西弁を操りながら、平日の運動会に現れたおとんを見て、
クラスメイトたちが、

「お父さんってやくざ?」

と、素朴な疑問をぶつけてきた。
さらには先生までもが、

「・・・お父さん、何の仕事してらっしゃるの?」

と、遠慮がちに聞いてきたものだ。



さて。

ケンカ上等、ナンパが日常。
学生時代、大阪ミナミの、戎橋(えびすばし)を拠点に
御堂筋を練り歩いていたおとんだけれど。

「おとん」になってからのおとんも、自由奔放な人だった。

短気で、いらち(せっかち)で、思い立ったら即実行。
ぼくは、おとんが怖かった。
怒鳴られたり、殴られたり、家を放り出されたり。
ずいぶん怖い思いをした。

だから、おとんが帰ってくると、自室に逃げ込んだ。

階下からは、おかんを罵倒する声が聞こえる。
何かが割れる音が聞こえる。
しんと静まり返った夜。
階下に降りると、おかんが台所で泣いている。
リンゴの皮をむきながら。

「リンゴ、食べる?」

赤い目をしたおかんが、リンゴを皿に盛る。
そんなリンゴは、おいしくない。

ぼくはリンゴよりもナシが好きだ。



ただ、おとんは遊ぶのがうまかった。

スポーツが得意だと自負するだけあって、
体力のある人だった。
体もいかつい。
格闘技も空手、ボクシング、柔道などなど、
いろいろと「かじって」いたらしい。

裏を返すと、専門的に掘り下げた分野がない、ということだ。

木登りやバック転、手裏剣投げにはじまり、
パンチの出し方やかわし方、
パチンコやチンチロリン、花札なども教わった。


おとんは、行列に割り込むのもうまかった。

「にいちゃん、かんにんな。アメちゃんやろか?」

と、笑顔で割り込むおとんを見て、
割り込まれた側も、苦笑いで「許して」(あきらめて?)しまう。

絵を描くのがうまかったおとんに、
ウルトラマンの怪獣を描いてもらったりもした。

いいことも、わるいこと。
いろいろ教えてくれた気がする。


大阪の、おとんの実家で古いアルバムを見せられて。
若かりし日のおとんが、知らない女の人と写る写真があった。
枯れ木ばかりが林立する寒そうな山を背景にして、
おとんと女の人が映っていた。
足元に、見たことのない種類のイヌが鎖につながれていた。

「これって、なに犬(けん)?」

「ああ? それか。それは、クマや」

あっさりとそう答えるおとんに。
子供ながらにビビった記憶がある。

その写真は、おとんが北海道に暮らしていたときのものだった。
とはいえ、クマを飼うなんて。
しかもイヌみたいな感じで首輪をはめて、
鎖につないで飼うなんて。

「育てとったら、えらい大きなってな。
 怖なって、山に返した」

もう、めちゃくちゃである。


日曜などの休日。
おとんは、ぼくを連れて繁華街に出かけた。
小学生のぼくは、
ややガラの悪い界隈(かいわい)の映画館に置きざられる。
ぼくの手に千円札を握らせ、

「迎いにくるまで待っときや」

と、おとんはひとり、どこかへ消えていく。

当時、映画館は入替制ではなかったので、
観ようと思えば、ずうっと観ていられた。

ガラの悪い界隈の、場末の映画館。

ババアがキップを売って、
同じババアがキップをもぎって、
同じババアがポップコーンを売る。
掃除をするのもそのババアだ。

ロビーには、『のび太の恐竜』などのポスターを覆い隠すかのような勢いで、
『痴漢電車』『淫乱女教師調教』などのエロ映画のポスターが張り巡らされていた。
おどろおどろしい、朱色の筆文字で書かれたタイトルと、
悶絶(もんぜつ)する女体。

そのせいか、
SMや痴漢など、企画ものの映画は、
何だが怖いものとして位置づけられている。



ちなみに。

野球、水泳、
ギャンブル、ケンカなど。
おとんが教えてくれたせいで嫌いになったものも、
いくつかある。


薄暗い映画館で上映されるアニメ映画。

早く迎えにきてくれないと、
エロい映画がはじまってしまう。

そんな心配をしながらも、
ドラえもんやのび太の大活劇を観ていた。



映画が終わると、
おとんが迎えにきて喫茶店に行く。

センター分けの、70年代風の、きれいな女性。
その女性がおとんの愛人だということは、
ガキのぼくにもひと目で分かった。



小料理屋の、
日本髪を結った女将。

焼肉屋の、おしゃべりな女性。

おとんが連れて行ってくれる店は、
おそらく愛人の店が多かったのだと思う。


まったく。
こまったおっさんだ。

本当に、おとんからはいろいろ教わった。
いいことも、わるいことも。
反面教師として学んだこともたくさんある。


ものすごく怖かったおとんも、
いまではたまに会う、
説教好きのおっさんのような感じだ。


そんなおとんは、
今回、イヌを連れていた。
毛の長い、小型犬だ。
車のなかに待たせていたらしく、
家を出るとき、玄関先でおかんに見せていた。

マルチーズらしきその小型犬には、
赤白ボーダーのニットが着せられている。

ぼくは、柴犬のような素朴なイヌが好きだし、
イヌに洋服を着せることもしない。

何から何までぼくの好みとは真逆のイヌを抱き、
うれしそうに顔をほころばせるおとん。
すっかり「おじいちゃん」だ。

すっかりイヌに魅了されたおかんが、
そのイヌの名前を聞いた。

「この子か? ベッキーや」

「ベッキー?」

「ベッキーちゃん。男の子やけどな」



・・・やっぱりおとんは、謎である。



< 今日の言葉 >

 ピチピチの スイーツ系女子高生

(生徒が聞いたという、女性専用車両に乗り込んできた男が連呼していた言葉)

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