2011/01/09

ミルクロードですべっちゃった  第1幕


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 ※これは、年末年始に起こった実際のできごとです。

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年明けをER(緊急救命室)でむかえた、
というと、たいそうなことに聞こえるかもしれないが。

実際、年末年始の年またぎをERの一室でむかえた。


いましがた撮影されたばかりの
レントゲン写真を見ながら。

2010から2011への年越しをむかえた。



「あけましておめでとう」


などと言ってはみたものの。
年末年始は、それどころではなかったのだ。




            ●



ことのはじまりは、

「今年もこんにゃくフライが食べたい」

という、シンプルかつ、ごく単純なものだった。


ここ数年、初詣に行っている、とある神社。
そこには「こんにゃくフライ」なる食べ物が、露店に並んでいる。

しっかり味を吸い込んで煮込まれ、
揚げたてサクサクの衣をまとった、
ぷりぷりのこんにゃく。

はじめて目にしたとき、


「こんにゃくフライだって!」


と、ひとり興奮気味に食いついたぼくに対し。
同行していた友人は、さして興味も示さず、


「だって。こんにゃくの、フライだよ!」


さらに詰め寄るぼくに、


「え。こんにゃくの、フライでしょ?」


と、あっさり露店の前を通過しそうになった。


けれど。


実際、食べてみて、
その立ち位置は一転した。


「なにこれ! めちゃくちゃおいしい!」


こんにゃくフライ。


ここでしか味わえない、こんにゃくフライ。

しかもこのこんにゃくフライ。
大晦日の夜にしかお店が出ていない。


ここ数年は、
それを目当てに初詣に出かけているのだが。



そんな「不埒(ふらち)」な動機がいけなかったのか。


待望のこんにゃくフライを食べられなっかただけでなく、
おめでたいはずの年越しを、ERでむかえる結果になった。



          ●●



たしかに、
天気予報やニュースなどで、

「今年の年末年始は冷える」

「荒れ模様になるでしょう」

などといわれていたのだが。


「こんにゃくフライが食べたい」


という気持ちには打ち勝てず、
車に乗り込み、早めのしたくで初詣に向かった。


同乗者は、「こんにゃくフライ信者」のひとりである、
旧知の友人。


ぼくらふたりは、
熱々のこんにゃくフライの姿を思い描きながら、
件(くだん)の神社へ車を走らせた。




12月31日 23:00

市街地を抜け、山あいの道に入った。
空は黒く、寒々とした景色が目に寒い。

星のきれいな晴天の夜。

橋のたもとの電光掲示板には『2℃』の文字が見えた。




12月31日 23:15

国道を折れ、県道に入る。
路面が濡れていたため、
凍結に注意しながら慎重に車を走らせる。




12月31日 23:20

後続車のライトがまぶしかったので、
路肩に車を寄せて、先に行ってもらう。

その車に引きつづき、
3台の車が走り去った。

何かに急いでいるかのように。

後続の車は、車間距離もせまく、
4台の車がひとかたまりになって走っているような感じだった。


後続車が見えない、真っ暗な道。

車線に戻って神社へと向かう。



そして。



12月31日 23:30


小さな橋をこえたあたり。

下っていた道が「上り」に変わってすぐ。

前方を走る車が、突然、減速した。


ブレーキランプの赤い光。

ぼくの車も減速するべく、
3速(サード)から2速(セカンド)へギアを1速、落とした。

クラッチをつなぎつつ、
アクセルをゆっくり踏み込んだ、そのとき。


車が、右方向にすうっとすべった。


「すべった!」


路面が、凍っていたのだ。

そのときまでまったく気づかなかった。

自分の車がすべってはじめて、凍っているのに気づいた。


そのままを口にするぼくに、
同乗の友人は「またいつもみたいな感じか」と
のんきに構えていたそうだ。


たしかに。


いままでも、冬の箱根峠や鈴鹿峠、
真夜中の山道などで、
何度も路面の凍結は経験してきた。

「すべった」

と口にしつつも。
ブレーキも踏まず、アクセルを一定にし、
ゆるやかな運転で凍結路面でのスリップをまぬがれてきた。

大雪の日に、家の近所の上り坂で、
通常ほんの1分の道のりを1時間近くかけてのぼったこともある。

そんなときにも
あせらず、あわてず、
落ち着いて対処してきた。


いままで、ぶつけることも、ぶつかることも、なかった。


つい「いま」の、「いままで」は、一度も。


「すべった!」


と、ぼくが叫んだそのすぐあと。

時間にしてたぶん、1秒もないくらいだと思う。


右に横すべりするぼくの車の前方から、
対向車がまっすぐ走ってくる。


ヘッドライトの、白い光。


横すべりするぼくの車がセンターラインをこえて、
対向車線側にはみだしていたのだ。


ぼくの車の30メートルほど先。

対向車は、もうすぐそこまでせまっていた。



「あ、だめだ。
 死んじゃう」



死なないためにも。

ぼくは、一瞬にしていろいろ考えた。



路面は凍結している。

ブレーキを踏んだら、どうすべるか分からない。


ルームミラーに映った後続車のライト。

その灯りは、
もうひとつまえの上り坂のあたりに見え、
まだ、ずいぶんと距離はある。


このまま右側へ、
すべるままに任せたほうがいいのか。

とも、一瞬だけ思ったけれど。


車に乗っているのが、
ぼくひとりではないので、
イチかバチかの「賭け」に出るのはやめようと思った。


もし、ぼくひとりだったら。

車も人も「無傷」で済ませる方法に「賭けて」いたと思う。



対向車が、もうすぐそばまでせまっている。


いちばん被害が少なくて、
そのうえ、確実性の高い方法は何か。


たしか、左側は「土手」のような感じで、
舗装もされていない「土」のままの状態で、
ガードレールのようなものもなかった。


ヘッドライトの、白い光が視界をおおう。

いよいよ対向車が、間近にせまって見えた。



もう、スリップしても仕方ない。

右よりも、左に突っ込もう。


対向車と正面衝突するより、
土手に突っ込んだほうがいい。




死なないためにも。



ぼくは、ハンドルを左に切った。




気をつけて、というメッセージを伝えるためにも。

右手でハンドルを握ったまま、
左手を助手席に伸ばして、友人の体をそっと支えた。



そこからの記憶は、
ものすごくゆっくりのようでもあり、
ものすごく一瞬のようでもあり。

視角的な断片が、
コマ送りの映像のように目の前で展開していった。


暗い路面と、明るい路面。

車が、凍結した路面をぐるぐると回る。

1回転なのか、それとももっとたくさんなのか。

いったい何回転したのかも分からない。

実際は回転しただけなのだが。
回転だけでなく、横転したのかもしれないとも思った。



ヘッドライトに映し出された、草むらの映像。


次の瞬間。


鈍い衝撃音と、メリメリという亀裂音。


車が、正面から土手に突っ込んで衝突。


助手席側に体を向けたぼくと、
こちら側に体をあずけた友人との頭と頭が、
ゴチッという音を立ててぶつかった。


土手にぶつかった衝撃で後退する車が、
弧を描くような軌道で左後方へゆるやかに動き、
やがて、止まった。


静寂。


薄暗い車内の風景が、
ちょっとしたリビングほどの空間に感じ、
実際よりも広々として見えた。


静寂のなか。

ぼくは、自分が何ともないことを知った。

痛みも、けがも、出血もない。

ぱっと見たところぼくは無傷だった。



「・・・・大丈夫?」


助手席の友人に声をかける。

見た目に何か大けがをしているようには見えなかったが。

とにかく友人のけがが心配だった。


自分のことは、自分で分かるから。

分からないぶんだけ、友人のけがが心配だった。



ぼくの問いかけに、
こくり、とうなずく友人。


「痛いとことか、ない?」


「・・・あたまが、痛い」


友人の、いままで聞いたことのないような
かぼそい声に動揺しつつ。

友人の指し示す部分を見てみる。

目に見える外傷も、出血もない。

どうやらぼくの頭とぶつかったときの痛みらしい。


「ほかは?」


「ここが、痛い」


と、左胸部、肋骨(ろっこつ)のいちばん下あたりを示す友人。

息を吸うと多少痛みがあるとのことだったが。

平常時に激痛がある、というほどの痛みではないらしい。


いきなりのできごとで消沈してはいるものの、
緊急な処置がいるような「大事(だいじ)」ではないことに、
一抹の安心感を抱きつつ。

さめた頭で視線を前方に向けた。


前方に車が1台、停まっていた。

衝突前にルームミラーで見た車。
ぼくの車の後ろを走っていた車だった。



車のなかから、
20代くらいの、若い男女が降りてきた。
手に懐中電灯を持って、
ぼくの車のほうへと歩み寄る。

助手席の友人を気遣いつつ、
車から降りたぼくは、彼らのもとに近づいた。


「大丈夫ですか?」


男性が、曇りのない声で言った。


「はい、ぼくは大丈夫です。
 同乗者が、けがをしています」


当事者であるはずなのに。
第三者のように、なぜか冷静な感じのぼくが言った。


それを聞いた男性が、
短い言葉で同乗の女性に伝えると、
彼女は携帯電話を取り出し、
すぐに病院へ連絡を取りはじめた。


「車、回ってましたか?」


「・・・あ、はい。ぐるぐる、回ってましたよ」


「ありがとうございます。
 よくぶつからないでくれましたね」


なぜだかそんなことを言ったあと、
ぼくは、再び車内の友人のもとに駆けより、
声をかけた。


「どう、どっか痛い?」


「あたま、コブができたみたい」

と、額を鏡に映す友人。


「ほかは?」


「あと、足とかもちょっと痛い」


友人が右脚、太ももの外側を指す。

衝突の衝撃で、体の、
いろいろな箇所を打撲したらしい。


「いま、後ろを走ってた車の人が、
 病院に電話してくれてるみたいだから」


いまの状況を説明したぼくは、
後続車の彼らのもとに戻った。


「JAFとかって、入ってますか?」


という男性に導かれるまま、
携帯電話を持っていないぼくは、
助手席の友人に携帯を借り、
JAFロードサービスに電話をした。


年末の、寒いこの時期。


ロードサービスの車が各所に出払っていて、
現場に行けるのが早くて4時間後だという。


現場所在地を説明するため、
携帯を耳に当てたまま、
最寄りの看板らしきものへと駆けよる。


小さな、川の名前が書かれた看板。

それでは分からないと言われた。


と。

今日に限って、
国道から県道に入る交差点の名前を
声に出して読んでいたことを思い出し、
記憶していた交差点の名前を伝える。


なんとなく場所がしぼりこまれ、
現場の位置が伝わった。


看板を見るために横切った対向車線に
ふと目を向けると、
毛布や工具などが散乱していた。


車が回転した勢いで、
前方のトランクから散らばったものだ。
(ぼくの車は前方がトランクで、エンジンは後ろにある)

行き交う車を手で止めつつ、
トランクから飛び出したジャッキやレンチ、傘などを拾い集める。


往来する車が踏んだり、
それを避けようとしてスリップしたりしないためにも。
障害物となるぼくの「荷物」をけんめいに拾い集めた。


いまにして思えば。

その「冷静さ」がよく分からない。


その「冷静さ」の方向は、ズレていたかもしれないが。

機敏にふるまい、てきぱき動くさまを思い返すと、
自分でも不思議な感じがする。


後続車の男性が、
足もとに落ちてる、「曲がった針金ハンガー」を路肩にどかした。

誰が見てもゴミにしか映らない、
その「曲がった針金ハンガー」。

これは、タイヤのホイールキャップをはずすために、
必要にせまられてありものでつくった、
自作の「ホイールキャップはずし」だ。


本当に。

誰がどう見たって
ゴミにしか見えない「ホイールキャップはずし」に。

この期に及んで失笑した。



後続車による多重事故を防ぐため。

もう少し車を脇に寄せようと思い、
車に戻って、エンジンをかけた。

すると、
アクセルを踏み込んでもいないのに、
エンジンの回転がブーンとあがった。

すぐにエンジンを止め、
エンジンをかけることをあきらめた。


車に残っていると、
後続車に追突されたときに危ないので、
助手席の友人に外へ出るよう、うながした。


「どうしよう、血が、出てきた」


さきほどは、
ふくらんでいただけの頭のコブ。

その表面がうっすら割れて、
少量の血とリンパ液とがにじみ出ている。


ぼくの頭は何ともないのに。


ぶつかった友人の頭は、
腫れてふくらみ、遅れて血まで出てきてしまった。


「寒いから。とりあえず、乗ってください」


後続の車の男性にそう声をかけられ、
ぼくらは手に手に荷物を持って、
彼らの車へ向かった。


傷ついたぼくの車の前方。

ハザードランプの、
オレンジ色の光が明滅する彼らの車へ。


自動式のスライドドアが、
左右両方、同時に開いて、
左右に分かれたぼくらふたりを同時に迎え入れた。


整然と片づいた、暖かな車内。


安堵と、ときめき。


そのときのぼくには、
どこかのホテルの一室に通されたような、
そんな感じがした。


暑くもなく、寒くもない、
ぼどよく暖かな室内。


うっすら灯った車内灯も、
まぶしいほどの灯りではなく、
映画のはじまりを予感させるような明るさだった。


後部座席には、
うつくしくたたまれたブランケットがおいてある。

ぼくと友人のために、
各1枚ずつ用意されたかのように見えるブランケットは、
折り目正しく、清潔な感じが目にも伝わってきた。



車が、静かに走り出した。

普段、エンジンのうるさい車に乗っているせいもあるのか。

その車は、少し宙に浮いて、
空をすべっているのではないかと思えるほど静かな乗り心地だった。



カーステレオからは、ひかえめな音量で音楽が流れている。

いまの音楽にうといので、
誰の、何という曲かは分からなかったが。

ぼくが聴くような「下品な」音楽ではなく、
こころ安らぐような、そんなメロディだった。


助手席の女性は、
運転する男性とあれこれやりとりしつつ、
これから向かう病院に連絡をつけてくれていた。


当事者であるはずのぼくは、
なにをするでもなく、ただただ彼らの車に乗って、
黙ってその身を委ねているだけだった。


痛みはあるものの、
意識も気持ちもしっかりしている友人。


いまは、暖かな車のなかにいる。


いまのいままで知らなかったはずの、
知らない人の車のなかで。


ついさっきぶつかったことが、
ずいぶん昔のことのように感じた。


そこではじめて、
左手人差し指が痛いことに気づいた。


見ると紫色に内出血していて、
骨に異常はなさそうだが、
曲げ伸ばしをすると痛みが走った。



真っ暗な風景のなかを走る、暖かな車。



その、出会いかたといい。

すべてが整って見えた車内といい。

何も言わず、ぼくらを運んでくれる彼らの姿といい。



まるで、神さまが用意してくださった車かのような。


そんなふうに思えてならなかった。




つぎつぎに後方へと流れていく、
街灯のオレンジ色の光を目に映し、思った。



見ず知らずのぼくらのために。

どうしてここまで親切にしてくれるのだろう。

何も言わず、
それが当たり前のことのような感じで。



ぼくらを乗せた「神さまの車」は、
市街地に入り、緊急病棟のある病院へと到着した。






次回へつづく)





< 今日の言葉 >

みんなよろこぶ ちからコブ

(「天気力エネルギーの『朝日ソーラー』じゃけん」というCMのコピー)




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