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17グラムのベビースター。
食べるときには、
あっという間になくなる
ベビースターだが。
カーペットの上にこぼすと、
一向になくなる気配がない。
まるで毛足の根元から
にょきにょき生えてくるかのように。
次から次へと
顔を現すベビースター。
17ググラムの半分以上——
およそ10グラムほどの
ベビースターが、
いくら掃除機で吸おうとも、
なくなる気配がまったくない。
恐るべし、ベビースター。
「惨事のおやつ」
・・・ではなく。
それは、
ある夕食どきのことだった。
晩ごはんの、
サラダのお供のベビースター。
ほうれん草、ルッコラ、
ロロロッサなどの葉物に、
ゆで卵と自家製のドレッシング。
そこに、ベビースターを混ぜ込み、
おいしいサラダのできあがり。
季節の果物や、
クリームチーズや生ハムなどが
加わることもあるが。
とにかく、
ベビースターをちらっした
葉物のサラダが、
「わが家」のお気に入りの定番だ。
そう。
事件はその、
夕食どきに起きた。
4連包装の、ベビースター。
「今日は何味にしようか」
など言いながら選んだ『チキン味』。
袋を開ける際、
横方向に開けるのが硬くて、
縦方向に袋をやぶった。
冒頭の画像のとおり——。
その軌跡は、
あとで見て驚愕するほど
大胆な道筋(ルート)だった。
袋の中央部、
一刀両断するかのごとく、
さながら祝いの「くす玉」のように、
真っ二つに裂かれていた。
それはもう、見事なまでに。
これで中身が
散乱しないわけがない。
・・・皆さんもご周知のとおり。
ベビースターの、注意事項として、
袋にこそ書かかれてはいないが、
心のうちに、はっきりくっきり、
極太の、見出しゴシック文字で、
こう明記してあるはずだ。
『カーペットの上での
ベビースターは要注意』
『特に毛足が長い
カーペットの上では注意すべし』
いわんや、おやつで食す場合をや。
(たとえ、くつろぎタイムの、おやつで食べる場合においても、気をつけつべきだ)
・・・と。
皆さんもおそらく、
経験されたことはあるだろう。
カーペットの上に
こぼれたベビースターが、
いかにいたずらっ子かということを。
それでもなお。
いたずら好きなベビースターを、
愛してやまない恋慕情。
かくいう自分も。
細心の注意を払って、
お上品に、丁寧に、
おちょぼ口で食べたつもりが、
知らぬ間にぽろぽろと
こぼしていた自分の粗相に、
数分後か、はたまた数日後かに
気づかされる日々の連続である。
もはやこれは、
地球人の宿命である。
重力圏内で生きる私たちにとって、
ベビースターをこぼすということは
切り離すことのできない宿命なのだ。
けれども——。
袋の大半を
豪快にぶちまけたことは、
これまでになかった。
まだ、松田食品という社名で、
アルミ包装ではなく
透明のビニールで、
オレンジ色の背景に
青い線で『ベイちゃん』が
描かれきいた時代から
今日に至るまで——。
半世紀ほどの付き合いで、
袋の中身の大半をぶちまけたのは、
初めてのことだった。
ぶちまけたのは、自分ではない。
目の前の相手が、
婚礼のお祝いの
ライス・シャワーみたいに、
ベビースターを華やかに
撒き散らしたのだ。
きらきら光る、お空の星よ。
お空に散った、赤ちゃん星よ。
それは、
美しい瞬間だった。
季節はずれの花火のように、
飛び散るベビースターの残像が、
しばらくまぶたの裏から消えなかった。
僕は笑った。
おかしくて、おもしろくて、
声をあげて笑った。
場所は、僕の部屋だった。
ひとまず軽く片づけたのち、
しっかり掃除すべく、
一人の時間、
入念にベビースター処理の
作業を始めた。
それが、冒頭の感想である。
何かのゲームみたいに。
出るわ出るわの、ベビースター。
片づいたかと思いきや、
足の裏に、ぼきりと折れる、
かすかな感触。
よし、とばかりに背を伸ばすと、
よもや、足の裏に、硬いか暗色。
ベビースターとの、かくれんぼ。
いや、鬼ごっこか。
それとも、いたちごっこか。
掃除機の排気口からは、
うっすらとチキンの香りが
漂いつづける。
ちょっと入りくんだ箇所まで
手を伸ばすと、
ほこりや髪の毛に混じって、
いつのものだかわからない、
いにしえのポテコを発掘した。
なんともだらしない、
自分の醜態に苦笑しつつ。
一瞬、年代不明のポテコを
食べようかと思って、
やめておいた。
掃除は結構しているのだが。
かつてほど真剣にはしていない。
忙しさにかまけて、
本格的な大掃除は
しばらくしていなかった。
ほんの少しだけ
奥まった箇所に手を伸ばし、
軽く水拭きをしただけだったが。
心が少し、
澄み渡ったみたいに、
すがすがしくなった。
水拭きするのが大好きな僕は、
かつて、こまめに拭き掃除をしていた。
引越しを重ね、
今の居場所が
「仮住まい」のようになって。
いつしか水拭きする回数が
格段に減った。
水拭きをしていると、
なぜだか懐かしい気持ちになった。
懐かしいものが
出てきたせいではない気がした。
具体的に何かの出来事を
懐かしんだわけではなくて。
懐かしい気持ちを、思い出した。
そんな心地だった。
〜 * * 〜
同じことをされても、
腹が立たなかったり、笑えたり。
反対に、
ひどく悲しかったり、
腹立たしく感じたり。
それは、
その人に対するバロメーターであり、
自分自身の器の問題でもある。
車の扉を開けたとき、
カードレールに勢いよく
ぶつけられたり。
イスの脚のつもりで、
ずっと足を踏まれていたり。
そのとき自分が、
笑えるのか、否か。
自分の気持ちが、相手への気持ち。
相手が正しいとか、
悪いとかじゃなくて。
許せるのか、
許せないかの物差しが、
出来事を結論づける。
自分を測る、リトマス試験紙。
相手に対する気持ちと度量。
許すとはすなわち、
好意であり、信頼である。
好きだからこそ、
心が波立つこともある。
信頼。
それは、
相手に対する信用でもあり、
自分に対する自信でもある。
僕は、笑える人でありたい。
信頼できる相手を、
温かな眼差しで包んで、
惨事を賛辞に変えていきたい。
「最高!」
笑えない惨事が来る前に。
なるべくたくさん、笑っておきたい。
こんなおもしろい瞬間は、
そうそうないのだから。
腹を抱えて、笑っていきたい。
目の前の笑顔を曇らせるほど、
深刻になるような惨事は、
そんなにない。
「それで死ぬわけじゃい」と。
人生を長く生きた先輩が
言っておられた。
そんなことでいちいち怒ったり、
落ち込んでいたりしていては、
本当の惨事は乗り越えられない。
笑えないからこそ惨事であり、
笑ってしまえば、惨事ではなくなる。
たくさん笑った貯蓄があれば。
きっと惨事も、乗り越えられる。
度量と信頼。
一朝一夕にはいかないからこそ、
一事が万事の連続なんです。
カーペットにひそんだ、
チキン味のベビスターを収穫しながら、
もっともらしいこと思った
昼下がり。
あまりにもベビースターを
追いつづけたせいで。
「やった〜」
の、『〜』までもが、
ベビースターに見え始めた、
そんなある日のお話でした。
・・・と、いうわけで。
そろそろおやつの
時間にします〜〜〜〜。
< 今日の言葉 >
「きみの膝は、
ひざ小僧というより、
ひざ親父だね」
(『それっていい意味?』シリーズ〜其の317)
