2026/06/01

だんごではない三兄弟の顔

 




かつて、

『だんご三兄弟』

という唄が

ちまたを席巻していた。


おだんごを売る店の

約90%以上が

『だんご三兄弟』を

流していたように思う。

(当社調べ)


僕には、甥っ子がいる。


もう「子」と呼ぶには

そぐわないほど立派に育った、

甥っ子三兄弟たちだ。


三者三様。


似ているようで、似ていない。

顔も姿形も好みも違い、

考えかたも、性格も、気質も違う。


誰が、とか、

何番目か、とか

という話は差し控えるが。


甥っ子たちが、

「大人の階段」をのぼる姿を、

少し話たい。


キャラメルや

チョコレートみたいに

甘かった10代から、

20代あたりのほろ苦い景色へ。


かつての自分も

そうだったのだろうか。


甥っ子たちの姿を見ていて、

懐かしさよりも、頼もしさを感じた。



* *



高校を卒業した甥っ子は、

大学へ進学して、アルバイトを始めた。


大学生になった甥っ子は、

自宅で作業している僕の部屋に、

ちょくちょく遊びに来てくれた。


当時はまだ、

僕も煙草を吸っていたので、

二人、ベラッbでで一服したり、

音楽を爆音で聴いたり、

小学生みたいに

くだらない話をして笑ったり。


およそ

叔父の威厳のかけらもない、

どっちが甥っ子かも

わからないような

時間を過ごした。


ある時、思った。


おそらく甥っ子は、

学校へ行っていない。


本人に直接、

聞いたわけではないが。

たぶん、大学には行かず、

ここに来ている。

そんな気がした。


僕は、なるべく

くだらない話をしていた。

意識しなくても、

それは同じだっただろうが。

大学の話は、しなかった。


当時の甥っ子の顔は、

かつてのかわいらしさが影をひそめ、

どこか鋭利な刃物を思わせる、

鋭い顔つきだった。


内なる心の表出、というのか。


成長による変化ではなく、

環境や、精神状態による

「一時的な変化」だった。



甥っ子は、アルバイト先で

「きたない世界」を見た。


自分の成果をあげるため、

ありもしない「故障」をでっち上げ、

出張料金やら交換費用や技術料など、

何もわからず何も疑わない女性を相手に、

まとまった額を徴収したという話を、

さも誇らしげに、

声高らかに自慢する先輩の姿に、

甥っ子は「吐きそうになった」と

話してくれた。


その時の顔を、

僕はよく覚えている。


怒りと悲しみと、

悔しさや失意を

ごちゃ混ぜにしたような。

まさしく、

汚いものを吐き捨てるような、

苦く鋭い表情だった。


意見めいたことは、

特に、何も言わなかったが。


「あんまり長くいるような

 場所じゃなさそうだね」


と言ったことは覚えている。


しばらくして、

甥っ子はアルバイトを辞めた。


彼の顔は、

かわいらしくて爽やかな

かつての顔つきに戻っていた。


「いい勉強になったね」


「大人の階段、のぼったね」


などと言いながら。


学校では教わらない種類の学びを、

彼自身が、

全身で感じ取ったことを

頼もしく思った。


あらゆる手を使って、

お金を稼ぎまくる先輩が

大手を振って活躍する環境。


そこに留まり、憧れ、

染まるのではなく、

「おかしい」と感じて

抜け出した甥っ子の感性に、

頼もしさと大きな安堵を覚えた。


世の中に、

星の数ほど無数にある選択肢。


言葉じゃ説明できないものだから。

自分で感じるほかはない。


甥っ子が、

わる〜い顔にならなくて

本当によかった。


笑う甥っ子の顔は、

今でも少年のように、

まっすぐでまぶしい。



* * *



彼女ができたと喜ぶ甥っ子が、

心おどる、ときめいた話を、

たくさんしてくれた。


「左ハンドルのミッションだし。

 自分以外に誰も、

 ハンドル握らせたこと

 なかったんだけど」


「それでそれで」


帰る僕を見送りに来たはずが、

そのまま1時間以上、立ち話しした。


うれしかった。


これまで、

それほど饒舌ではなかった甥っ子が、

楽しげに話す姿が、

たまらなくうれしかった。


「それはねぇ、

 だいぶ好きなんだよ」


「そうなのかなぁ」


お尻をくすぐられるような心地で、

甘くてふわふわした甥っ子の話を、

全身で味わった。


その後も、何回か顔を会わせて、

恋路というのか、経過というのか、

甥っ子と彼女の近況を聞いた。


「夜中にカラオケ行って・・・」


「それでそれで」


甥っ子の話を聞きながら、

にやけたバブルヘッド人形みたいに、

うんうんうなずいていた。


甥っ子の、

こんなうれしそうな顔は、

見たことがない。

こんなにおしゃべりな

甥っ子の姿も、

これまでには見たことがなかった。


本当にうれしかった。


親馬鹿ではないので、

叔父馬鹿なのか、

それともただの馬鹿のか。


とにかく、

わがことのように、うれしかった。



しばらく月日が経過して。



甥っ子の顔に、変化があった。


どこかつまらなそうな、

やや尖った顔だった。


何か、あったのか。


そう思ったけれど、

僕は何も聞かなかった。


甥っ子の車に乗せてもらい、

近所をドライブした。


助手席で風を感じながら、

背後に流れる景色と、

サングラスをかけた

甥っ子の横顔を見た。


口もとに

髭を伸ばした甥っ子は、

映画の一場面みたいに

かっこよかった。


家の前で、車を停めて。

停車した車内に座ったまま、

二人、話しはじめた。


車の話、音楽の話、

他愛のない話で盛り上がった。


気づくと、

明るかった空が黄色く染まり、

すぐそばの街灯が

白々と灯っていた。


「そういえば。

 どう、最近。

 彼女とは」


おもむろに切り出す僕の言葉に、

一瞬、ちらりと顔を向けた甥っ子は、

止まったままの風景に目を向けて、

抑揚のない声でぽつりと言った。


「別れたよ」


「ふうん、そっか」


甥っ子が

そう言ったわけでもないが。

僕には、話したそうに見えた。

聞いてほしそうなふうに見えた。


僕の勝手な思い込みで、

僕は彼に聞いてみた。


「どうして?」


彼は話してくれた。


悔しさを少しにじませながらも、

おだやかな口調で。

腹立たしくもある内容を、

淡々と静かに語った。


詳しい内容は、さておき。


彼女の言葉を信じて待っていたのに、

約束が果たされる気配がまるでない。


それを確かめさせられるような場面を、

何度か目の当たりにするうち、

決定的とも思える出来事と

遭遇した。


『別れる気、

 ないんじゃない?』


その瞬間。


彼は、気持ちが冷めたと

話してくれた。


「そっか」


彼も、大人の階段をのぼっていた。


大好きな人に、

だまされたれたような気持ち。

信じていた人に、

裏切られたたような気持ち。


彼の痛みや苦しみはわからないが。

想像にはかたくない。


「・・・けど。

 彼女の口から、

 そう聞いわけじゃないんだよね」


「まあ、そうだね」


「自分の気持ちが、

 冷めちゃったっていうことだよね」


「うん、そうだね」


「気持ちが冷めちゃったんなら、

 どうしようもないよね。

 ・・・けど、

 自分で決めつけないっていう、

 選択肢もあると思うよ。

 もしかしてまだ、

 本当は好きだっていう

 気持ちがあるなら。

 待つわけでもなく、

 切り捨てるわけでもなく、

 ただ、距離を置く。

 無理に今すぐ、

 結論を出す必要は

 ないかもしれない。

 あとはタイミンの問題だから。

 絶対にない、

 っていうふうには、

 決めなくていいかもしれない」


おせっかいな僕は、

そんなようなことを、

甥っ子に言った。


「これ、彼女が描いたなんだよ」


うれしそうに

絵の画像を見せてくれた、

甥っ子の顔を思い出す。


悔しかったから。

腹立たしかったから。

そして少し、悲しかったから。


僕は彼を

「敗者」にしたくなかった。


彼は敗者ではなく、挑戦者なのだ。


負けたわけでも、

破れたわけでもなく、

彼は、立ち止まったのだ。


慰めも、憐れみも必要ない。


僕は、

苦みを帯びた甥っ子の顔が、

やけに大人っぽくて、

かっこよく感じた。


開きつつあった心が、

閉じかけてしまっても。

ひとつの大きな山を、

乗り越えようとしている。


そのあと、

久しぶりに会った甥っ子の顔は、

おだやかで明るい輝きを放っていた。


こうして苦みを味わいながら、

彼らも、階段をのぼっていく。


大人の階段をのぼったとしても。

どうか「大人」にはならないでくれと。

子どもじみた心で願う。


永遠の子どもであれと。

永遠の挑戦者であれと。


馬鹿な叔父は、そっと願った。



* * * *



小学生の頃から

追い続けた「夢」を、

甥っ子は現実として叶えた。


接骨院で働き、実務を学び、

国家資格を取得した。


三兄弟の中で誰よりも早く、

「目標」へ向かう一本の線路を敷いて、

迷うことなく、

ひたすら突き進んできた。


疑いも迷いもなかったはずが。

夢が現実になったことで、

現実的な現実がどんどん見えてきた。


夢は、現実となるまで、

甘美な微笑みをたたえている。


彼が甘かったわけでは、決してない。

甘い顔をして見せた現実が、

時として予想以上に苦いのだ。


処遇、待遇、お金、将来・・・。


迷わず突き進んできた彼が、

立ち止まり、迷いはじめた。


それは、悪いことではない。


自分の意思や意見を持つこと。

決められた道を、

ただ盲目的に進むのではなく。

そのとき聞こえる自分の声に、

耳を傾けられること。


誰かの言葉ではなく、

自分がそう思うのなら、

それが「こたえ」だ。


善悪でも、正誤でもなく。

世論も世間も関係なく。


本人が「?」と思ったのなら、

間違いなく「?」である。


それが、その人の「こたえ」なのだ。


まず、立ち止まること。


そして冷静に景色を見る。


偉いな、と思った。


甥っ子くらい年年齢の時、

僕は、

おかしいと思ったらすぐ、

行動に出た。


あとさきなんて考えず。

感覚と直感だけで即決してきた。


こんな叔父さんを見ているせいか。


いや。


しっかり者の姉夫婦の、

家庭環境の賜物だろう。


これまで迷わず歩いてきた甥っ子が、

初めて「壁」にぶち当たった。


まだ学生みたいに感じていたのに。


事情を話す

甥っ子の口ぶりは、

自分以上にしっかりしていた。


「まあ、いろいろあって、

 転職しようって思うんだよね」


「別の業種?」


「いや、同じ職種で」


「そうだよね。

 せっかく資格、

 取ったんだもんね。

 活かしたほうがいいようね」


「ひとまず、

 今月いっぱいまでで、

 区切りがつくから」


「じゃあ、しばらく遊べるね」


「いや、無職になると、

 支払いとか、いろいろ怖いから。

 もしかすると、

 このまま少し続けるか、

 職安とか行くかもしれない」


「職安は、

 自己都合で辞めた場合だと、

 三か月間は失業手当が

 支給されないよ。

 出頭日みたいなのがあって、

 次の仕事が決まるまでのあいだは、

 バイトとかできないよ」


「そうなの?」


「職安って、

 失業手当をもらいに行く

  場所っていうより、

 次の仕事を積極的に

 見つけるための施設だからね」


甥っ子は、

次に行くかもしれない職場を、

見学してきたと言った。

面接はしていないが、

お互いにiい感触を

得たとのことだった。


「それなら、

 もう受かったみたいなものだね」


「・・・いや。

 まだ、パパとかに話してないから」


「偉いね。

 話してから決めるんだ」


「資格取るための学費とか、

 出してもらったから」


「偉いなー。

 けど、喜んでくれるでしょ。

 パパだって転職の経験者だから」


まだあどけなさの残った顔の甥っ子が、

まるで大人みたいな話をしている。


「叔父さんみたいにならないように。

 しっかり考えて決めてね」


そんなふうに、

笑う叔父であった。



* * * * *



兄弟であっても、

三者三様。

三人ともが、みんな違う。


兄弟でもこんなに違うのだから。

他人であれば、なおのこと。


串に刺さったサだんごでもなく、

たれのかかっただんごでもない。


子どもだった三兄弟が、

大人の階段をのぼっている。


よごれや苦みや痛みを味わい、

少年の顔から、

深みのある

精悍な顔に変わっていく。


きっと自分もそうだった。


目つきの悪かった時期もある。

世間を斜めに見ていた頃もある。


生意気な顔。

強がりな顔。

大人ぶった顔。


いろいろな顔の全部が、

今の自分の顔の下地に、

幾重にも塗り込められている。


はたして今の自分の顔は、

どんな顔なのだろう。


昨日の顔と、今日の顔も違う。

明日の自分はどんな顔か。


尖ったり、丸まったり、

硬くなったり、やわらかだっだり。


ゆらめきながらも、

表裏なく、

自然な顔でいられるように。


仮面をかぶって生きるよりも、

素顔のままの、

正直な顔の自分でいたい。


だんごでも、

三共だでもない僕は、

一人、微笑みながら、

そう思うのであります。




< 今日の言葉 >


『他人を思いやる、

 温かい心を植えつけよう』


(映画『のび太と鉄人兵団』より

 人間に絶望した博士が、

 ロボットのアムとイムに、

 再び手をくわえるときの言葉)