2010/11/13

アペン型チョコ 〜追いつめられた てっちゃん〜








中学のころ、
「てっちゃん」という友だちがいた。

てっちゃんとは、部活がいっしょで、
クラスは違ったけれど、
1年のときからよく遊んだりしていた。


てっちゃんは、どちらかというと、
あまり勉強ができるほうではない。


いや。

どちらかといわなくても、
勉強ができるほうではない。

いわゆる「ばか」だった。


要領が悪いのか、
それとも吸収力がよくないのか。

いくら勉強をしても
テストはいつも赤点ばかり。

それでいて根がまじめなものだから、
宿題もきちんとやってくるし、
授業中もしっかりノートを取っていた。


英語の授業内のレクチャーで、
アメリカからの交換留学生に、


「ドゥーユーライク、ジャクソン・マイケル?」


と質問して。


しばし渋い顔で悩んだあと、
やっと意味を解した留学生に、


「NO」


と短く切り捨てられたこともある。

(てっちゃんは、
 『マイケル・ジャクソン』を「英訳」して、
 『ジュンコ・タカノ』のように
  裏返しちゃったのね)


宿題もノートも、
間違いだらけだったけれど。

まじめでまっすぐなてっちゃんは、
いつでもにこにこ笑っていた。

ちょっとくだらないことを言っただけでも、
大げさなくらいに笑ってくれるので、
うれしくてぼくは、
いつもてっちゃんを笑わせていた。


そんなてっちゃんと、
部活の練習時間の合間に遊んでいて。


「ギリギリパンチをしよう」


ということになった。


ギリギリパンチ。


それは、腕をのばして
「ギリギリ当たらない距離」を測っておいて、
鼻先ギリギリで止まるよう
パンチをくり出す、というものだ。


てっちゃんの鼻先に腕をのばし、拳を握る。


動いて距離がくるわないよう、
てっちゃんは、
廊下の壁を背にして直立している。

鼻先ギリギリ、
5ミリくらいの「余白」をあけて、
距離を決める。


精神集中。


「じゃあ、いくよ?」


「うん」と、うなずくてっちゃん。


ひとつ、呼吸をおいて。


拳を握って、びゅう、っと
パンチをくり出す。


「ぱちん」「ごちっ」


拳の先に、
ほんの少しだけやわらかいものが当たった。

ふれるかふれないかくらいの感じで、
ほんの少し、
拳が、てっちゃんの鼻先に当たったのだ。


ギリギリの距離を測ったはずなのに。


パンチを出すとき、
思わずほんの少しだけ肩が入ってしまった。


肩が入った分だけ距離が縮まり、
当たらないはずの拳が、
てっちゃんの鼻先に見事当たってしまったのだ。


ごちっ、と、
遅れて聞こえた鈍い音。

それは、鼻先に拳が当たって、
びっくりしてのけぞったてっちゃんが、
後頭部を壁に打ちつけた音だった。


はっとして手を引く。


はっとしたまま、
ぼくも、てっちゃんも、
絵のようにじっと動かなかった。


2秒ほど遅れて、
てっちゃんの鼻の穴から、
赤い筋がつうっと、音もなく流れた。


左の鼻から、つうっと1本。


その、わずか数秒間が、
何十秒にも感じた。


てっちゃんの鼻から流れた赤い血を見て、
じっと固まっていた時間が一気に融解した。


「ごめん、てっちゃん!
 大丈夫っ!?」


あわてて詰め寄るぼくに、
てっちゃんは鼻をこすって
赤いものを確認したあと、
白い歯を見せて「えへへへ」と笑った。


いつもの、満面の笑みだった。


そのことが、
逆にぼくを不安にさせたりもしたが。

まったく痛くはなかったと聞いて、
少し、ほっとした。


いきなり笑い出したものだから。
てっちゃんがおかしくなってしまったのかと思い、
一瞬、びっくりしてしまった。


ひたすら謝るぼくに、
てっちゃんは、


「いいっていいって」


と、手をそよがせながら、
まぶしすぎるほどの笑顔で、
へへへと笑うのでありました。


なんと寛大な心の持ち主だろうか。


鼻先をパンチされ、
壁に頭を打ちつけたてっちゃんは、
手についた鼻血を見てまた
へへへ」と笑い、
つられて笑ったぼくを見て
「あはは」と笑った。



そんなてっちゃんと、
2年生になって同じクラスになった。

授業中はもちろん、
休み時間や体育の時間の着替えとか。

いつでもぼくらは、
ふざけたり遊んだりして
けたけた笑っていた。


昼休み。

てっちゃんとぼくと、もうひとり。
お昼の時間は、いつもこの3人で
かたまって弁当を食べていた。


「しりとり弁当」


いつからか始まったこの遊び。

ルールは簡単。
しりとりをしていって、
自分の順番(答えるまで)のあいだは
弁当が食べられない、というもの。

考えているあいだが長ければ長いほど、
弁当を食べる時間が短くなる。

さっさと答えていかなければ、
弁当を食べ終わる間もなく
お昼休みが終わってしまう、という仕組みだ。


ぼくは、しりとりが得意だった。
しりとり自体が好きだった。

もうひとりの友人は、勉強ができるほうで、
しりとりをしても
答えにつまることは少なかった。


てっちゃんは、というと。

やっぱり、しりとりは得意ではないらしく、
答えにつまることが多かった。


学ランが夏服に変わっても。
ぼくらは、飽きることなく
「しりとり弁当」を続けていた。


何がそこまでおもしろかったのか、といえば。

切羽詰まって出てくる、
てっちゃんの「こたえ」が
おもしろかったのだ。


あるとき。

「国の名前」というテーマで
しりとり弁当をしていて。

「ら」

で答えにつまったてっちゃんは、


「ライポン共和国」


と、真顔で言い放った。


すぐさま弁当を食べようとする
てっちゃんを止めて、
聞き慣れないその「国」のことを
詰問(きつもん)した。


するとてっちゃんは、
答えにつまりながらも
いろいろ質問に答えてくれた。


ライポン共和国。

その国の大きさは、
「北海道の3分の5」らしく、
「地図には載っていない国」である。

なぜ地図に載っていないかというと、
常に「空中に浮かんで、飛んでいるから」だ。


「いま、どこに浮かんでるの?」


という問いに対し、てっちゃんは、
少し中空を見据えてこうつづけた。


「いまはねぇ・・・ちょっと待ってよ・・・。
 いまは、アジアの上のあたり。
 ちょうどアジアの上を飛んでるところ」

アジア、って・・・。

と、思いつつも。

どうして国土の大きさを、
「北海道の3分の5」という
過分数で表わすのか、聞いてみる。


「ライポン星は、
 大きくなったり小さくなったりして、
 大きさがいつも変わるから」


「え、ライポン星?
 共和国じゃなくって?」


疑問がさらなる疑問を呼び、
眉をひそめるぼくに、
うろたえながらてっちゃんが言う。


「・・・ライポンはね、惑星なんだよ」


「惑星なの?」


「なんていうか、その・・・惑星の、共和国」


あまりにも平然とした顔で
言ってのけるものだから。

ぼくらはそれを「あり」とした。


ライポン共和国。


この「ライポン共和国」というこたえも、
「ン」で終わりそうになってあわてて
「共和国」をつけ足した感があったが。

その「国」があるのかどうかは別として、
しりとりの答えとして
「あり」ということにした。


何より。

あまりにも真剣に、
ぼくらを「だまそうと」する
てっちゃんの熱意が、そうさせたのだ。



しりとり弁当をつづけるうち。

「ライポン共和国」で味をしめたのか、
てっちゃんの「こたえ」がどんどん
怪しくなっていった。


「映画俳優の名前」というテーマで
しりとり弁当をしていて。


「ジャッキー・スタローン」


という、
浅はかで安易な創作の、
合成ネーミングが頻発しはじめて。

さすがにぼくらも黙ってはいなかった。


あれこれ突っ込むぼくらに、
ムキになっててっちゃんが言い返した。


「だって、
 ぜんぜん弁当が食べれないもん。
 最近、毎日弁当残すから、
 おかあさんが怒って
 弁当作らないよって言うんだもん」


たかがしりとりに、
おかあさんを引き合いに出してくるとは
思わなかったけれど。


「それじゃあ、
 がんばってしりとり答えなよ」


と、冷静に言い放つぼくでありました。



そんなこともあって。

後日、てっちゃんは、
「食べもの」というテーマのしりとり弁当で、
「あ」のこたえにつまって、こう言った。


「あ・・・・・アペン型チョコレート」


あまりにも新鮮な響きのこたえに、
ぼくらは箸(はし)を止め、
てっちゃんの顔を凝視した。


「なにそれ?
 アペン型チョコレートって・・・」


「知らないの、アペン型チョコ?」


と、涼しい顔のてっちゃん。


「知らない、何それ?」


「ペン型の、チョコレート」


「えっ、じゃあ『ペン型チョコレート』
 じゃないの?」


「ちがう、アペン型チョコ」


「それって・・・。もしかして、
 ディス・イズ・ア・ペン、
 みたいな感じってこと?」


ぼくはおそるおそる、聞いてみた。


「そう」


てっちゃんが、
自信満々の真顔で大きくうなずく。


「1本入りなの?」


「いや、たくさん入ってる」


「じゃあなんで『ア』なの?」


「えっ、知らないよ。
 だって、そういう名前のチョコだもん」


てっちゃんは、どういう規則性で、
なぜ『ペン』の前に『ア』がつくのか、
まったく意味が分かっていないらしかった。


かたくなに「アペン型チョコ」を
連呼するてっちゃんに、
ぼくらはしかたなく「折れる」ことにした。


アペン型チョコ。


ぼくは、
てっちゃんの柔軟な発想力に
敬意を表したい。


時間内に弁当が食べられなくて、
おかあさんに叱られはじめたてっちゃん。

かくいうぼくらも、
てっちゃんの出す「こたえ」に
翻弄(ほんろう)され、
ちっとも箸が進められなくて、
昼休みの時間が足りなくなっていた。


まるで14歳とは思えない、
稚拙(ちせつ)な「こたえ」に。

ぼくらはいつも、たのしませてもらっていた。

弁当が食べられなくなるくらい、
腹を抱えて笑うことも少なくなかった。


ライポン共和国。

そして、アペン型チョコ。


いまだどちらにも、
出会うことはないままだけれど。



20代半ばのころ、
友人の結婚式の二次会で、
10年ぶりくらいにてっちゃんに会った。


久々に会ったてっちゃんは、
中学3年のときとそっくりそのまま
同じ髪型をしていた。


ぼくらが中学生のころ、
ちまたで流行った(?)髪型で、
通称『ギバちゃんカット』と呼ばれる
髪型があった。

短めにそろえた髪の毛を
ぺったり寝かせて前方に流し、
前髪を帽子の庇(ひさし)のように
立ち上げる髪型なのだが。

90年代ごろ、柳葉敏郎氏が
そういう髪型にしていたため、
世間では『ギバちゃんカット』と呼ばれていた。


てっちゃんは、
中学3年ごろからその髪型だった。


中学を卒業して10数年。

てっちゃんは、
当時と寸分くるわず同じ髪型だった。


10数年のあいだ、
いわゆる『ギバちゃんカット』のまま
ずっと貫き通してきた、てっちゃん。


「だって、
 どんな髪型にしていいか
 分かんないもん」


淡いピンクのポロシャツを着たてっちゃんは、
そういって、たははと笑っていた。

中学のときとまったく変わらぬ、
まぶしいほどまっすぐな笑顔で。


もしかすると、てっちゃんには、
ライポン共和国が見えているのかもしれない。


ライポン惑星にある、ライポン共和国。


空をただよいつづける、
北海道の3分の5のライポン星で、
たのしげに「アペン型チョコ」を食べる
てっちゃんの姿は、
やっぱりギバちゃんカットなのでありました。



< 今日の言葉 >

ときめきを はこぶよ
チンチントレイン

(ときめきを運んでくれるチンチン電車)