2009/09/02

宇宙からきた忍者おじさん



「スペース忍者」(2009)




金色の編み笠をかぶって、
青い作務衣(さむえ)を着て。

釣り用のベストのような
ものを羽織った背中には、
刀の入った袋を背負っている。

腰のベルトにぐるりと並んだ小物入れには、
サングラスや「坂本龍馬の拳銃」などが
入っている。

足元は、金色に塗られた、
マジックテープ式のスニーカー。


 いったい彼は何者なのか。

  はたして彼の正体は・・・?




常滑(旧常滑地区)に
滞在したある朝。

少し遅めの朝食を食べようと、
焼きたてのトーストを
テーブルに運んだときだった。

工房のほうから、
ひとりのおじさんがやってきた。


金色の編み笠に青い作務衣。

背中に刀を背負って。

メガネをかけた、
60歳代くらいのおじさんが、
朝食を並べた食卓に現れた。

ぼくは、
ちょっと派手な忍者が来たのかと。

そう思った。

見ようによっては、
いまから「アユ釣り」に
行く人にも見えるけれど。

それにしては、
気になる箇所が多すぎる。


金色笠の「忍者おじさん」。

食卓横のたたき(土間)に立ったおじさんは、
流暢に自分の存在について話しはじめた。


おじさんは、
民間で「宇宙の研究」をしている唯一の存在で、
JAXA(ジャクサ:独立行政法人 宇宙航空研究開発機構)
をはじめとしたさまざまな研究施設に
技術提供をしている。

そのため、
東京都千代田区や茨城県つくば市など、
宇宙産業の中心地でもあるそれらの地域へ、
ちょくちょく招かれて足を運んでいるという。


「あの、ニュートリノの研究で有名な
 『カミオカンデ』ってあるだろう。
 あの開発のときにも、
 ワシは技術を提供したんだ」


利根川進氏や小柴昌俊氏らとも
面識(交遊?)があり、彼らとも、
「いっしょにやってた時期がある」
という話だ。


「技術っていうものは、
 出し惜しみをしちゃいかん。
『提供』することで、いつかは必ず、
 十倍にも百倍にもなって
 ちゃあんと返ってくるからな」


おじさんは、民間人で
唯一の宇宙研究者であるとともに、
脳科学の権威でもあるらしい。

おじさんの「研究」では、すでに、
脳細胞の転換(交換)が
可能になっているとのことだ。


「いまある脳みそを取り出して、
 優秀な脳みそと交換すれば。
 そしたらあんたもかしこく
 なれるんだからな」


さらにおじさんの話は、
「金色」の話へと移る。


「金色っていうのは最高の色だ。
 仏像でもそうだろう。
 一流になりたければ、
 本物の『金(きん)』を身につけることだ」

「たしかに、西方浄土も
 金でできてるっていう話ですもんね」

ぼくの返答は聞こえなかったのか、
おじさんの話はそのまま続く。

おじさんの家は、
金ぴかのものであふれている。

室内はもちろん金色で、
大きな菩薩像まであるそうだ。

話によると、それは
おじさんがつくったものらしい。


「むかし、陶芸をやっとったからな。
 あの△△(有名な陶芸家)とも、
 若いころはいっしょにやっとった」


ぼくは、金ぴかの家が
見てみたいと思い、聞いてみた。


「おじさん、どこに
 住んでるんですか?」

「ワシか? ワシは
 『きぼう』に住んどる」


きぼう、って・・・?

遅れて国際宇宙ステーション内にある、
日本の実験棟『きぼう』のことだと分かった。


結局、住んでいるところは
教えてくれなかった。

そして、

「自分がやらなきゃ誰がやる」

という気持ちで、
ものづくりをしていかなければならないと。

つくりだすものに「機能」を持たせれば、
そのものに価値が出てくる、と。


「お釈迦様の蓮の葉っぱにも『機能』がある。
 蓮の葉にも、ちゃあんと意味があるんだ」

「どんな機能があるんですか?」

「それは自分で調べることだな」


なるほど。
たしかに自分で調べてこそ、だ。


そして話は、幕末に移る。

おじさんいわく、いま現在が「幕末」の
「明治維新」と同じ状況だということらしく、
今後の「予想」をあれこれと話してくれた。

この11月にオバマ大統領が来日するのも、
そのことの現れで、
産業界、工業界、そして政財界も大きく変わる。

いまがその、ちょうど転換期だと。
そんな話だった。

いまこそ維新、
大切な過渡期であると。

それに気づかない人が
いかに多いことか。

おじさんは苦々しく
嘆いていた。


「ワシはそのために、
 いままでずっと準備を
 してきたからな」


ちょっとだけ話が
退屈になってきたので、
ぼくは話題を変えたくなった。


「その中って、何が
 入ってるんですか?」

腰回りをぐるりと一周した
「ポーチ」を指して、聞いてみる。


「ああ、これか?
 ここにはサングラスが入っとる」


手にしたサングラスは、
メガネの上からかけられる、
ちょっと奇妙な形の、
大きなサングラスだった。

そのサングラスは、
メガネをすっぽりおおうように
作られているらしく、
レンズがかなり大きかった。

さらにその大きなレンズ横から延びた
「つる」(テンプル)は、
メガネの「つる」とぶつからないように、
中心より下の位置についている。

だからいっそう、
宇宙的なデザインに見える。

まるで宇宙に棲む
昆虫の目のようだ。


「こっちには、何が
 入ってるんですか?」

「ん、ここか? ここには、
 坂本龍馬の拳銃が入っとる」


少しばかり得意げな感じで取り出されたものは、
てかてかとつやのある、真っ黒の「拳銃」だった。
(※下写真参照)

見るからに重厚で、
鉄のかたまりでできているようにも見えた
その「拳銃」は、手に取ると、
見た目にたがわず、ずっしりと重かった。


「坂本龍馬の拳銃って・・・。
 え、これ、どういうことですか?」


手の中に収まる大きさといい、
一見、ワルサーPPKの
ようにも見えたけれど。

銃身に縄が巻かれたようなふくらみがある。

いままで、まったく
見たこともない形の拳銃だ。

聞くと、おじさんが
自分で作ったものらしかった。


しばらくのあいだ、
何が何だか分からなかったけれど。

よく見ると、
引金に黄色い「腕」が見えた。


これは、モデルガンや
エアガンにはない。

ましてや本物の拳銃には
ついていない部品だ。


どうやらこの拳銃、
水鉄砲を改造して作られたものだと分かった。


どうりで見たことも
ない形のはずだ。

水鉄砲に、おそらく鉛か
何かのおもりを仕込んで、
縄を巻いて(なぜ縄なのかは不明)、
最後にてかてかとした塗料で
真っ黒に塗って仕上げた「拳銃」。

これが「坂本龍馬の拳銃」
ということだ。


ぼくは、幕末の日本に
入ってきた拳銃を見たことがないので、
詳しいことは分からない。

ただそのおじさんの「拳銃」が、
もともと、
コルト・ガバメント型の水鉄砲だった、
ということだけは、つぶさにわかった。
 
おじさんは、
リボルバーやオートマチックの
拳銃が好きではないらしく、


「こういう火薬式の、
 一発ずつ弾を込める拳銃がいいんだ」

と、しみじみうなずき、

「今日もこれで、撃ってきたんだ」

と、鉛色の、
どんぐりみたいな弾丸も見せてくれた。


「的は、何なんですか?」

「管制塔に、今日は
 50発撃ってきた」


国際空港まで歩くのが日課らしいので、
そのついでに今日は、
管制塔めがけて撃ってきたとのことだ。

管制塔・・・。

となると、
かなりの飛距離がいるはずだ。

弾がどのくらい飛ぶのか。

気になったので、
聞いてみた。


「人間に当たると、
 けっこう痛いんですか?」


「弾は飛ばんよ」


あっさりと返された
おじさんの答えに。

ぼくは「ええっ」とのけぞり、
おじさんを見た。

おじさんは、
まるで何もなかったかのように、
ごく自然な顔つきで、
拳銃を腰のポーチにしまった。

おじさんは、拳銃をかまえて、
「見えない弾」を、
管制塔に撃ちつづけていた、と。
そういうことになる。

しかも50発、だ。

気づくとおじさんの話は、
宇宙の話題に戻っていた。

「宇宙を制するものは世界を制する」

そして話は、幕末に戻り、
金色の話に再び戻って、
それがまた宇宙の話につながって・・・。

時計を見ると、
1時間近く経っていることに気づいた。


さすがに空腹も
限界に迫ってきた。


テーブルの上で
「汗」をかいているマヨネーズを手に、
立ち上がったぼくは、
「たたき」に下りて
冷蔵庫へしまいにいった。

そしてそのまま立ち尽くし、

「そろそろおひらきに」

という感じで
おじさんを見送った。


食べ遅れた、遅めの朝食。

テーブルの上のトーストは
すっかり冷めていた。

上に乗せたマヨネーズの水分と
スクランブルエッグの熱を吸い取り、
カリカリだったトーストも
ソファのようにやわらかくなっていた。


あとから、
「いろいろ教えてやった」と、
おじさんが嬉しそうに話していたと聞いた。


「一流になりたかったら、
 本物を知ることだ」

ところどころメッキのはげた、
おじさんの金色メガネが
きらりと光る。

住んでいる場所はおろか、
名前すら教えてくれなかったけれど。


おじさんの教えてくれたものは、
たくさんある。


ひとことでは
言えないけれど。

なんだか、
夢を語る小学生と話しているような、
そんな気持ちになった。


金の笠に、金の靴。

刀を背負ったスペース忍者は、
幕末の世をただすため、
今日も宇宙(そら)からやってくる。

『きぼう』という名の故郷から、
『きぼう』を与えにやってくる。

いけ、われらの
スペース忍者おじさん、

戦え、われらの
スペース忍者おじさん!










< 今日の言葉 >

昨日は読むもの
明日は書くもの
 
昨日は読むもの
明日は書くもの

 (『夏の地図』/ザ・ハイロウズ 詞・曲/甲本ヒロト)