3回目となりました、この旅行記。
若干名ながら、
たのしみにしておられる方が
お見えのご様子。
今回もまた、お写真が続々つづきますので。
どうぞ心してご覧ください。
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・其の1
・其の2
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それではいざ、
レッツ・コマック!
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島(コマック)にいるとき、
1日1回は食べに行っていた食堂がある。
そのお店は、
港からつづくメインストリートにあって、
雑貨屋さんや日用品店などと軒を連ねている。
いちばん最初に食べたのは、
とろとろに煮込んだ豚肉をカットして、
ご飯に添えて食べる一品だった。
それがもう、
すっごくアロい。
(【アロイ】:《泰》おいしい、うまい)
めちゃくちゃアロかった。
初日、アロすぎて写真を撮るのを忘れた。
それからというもの、
そのとろとろ豚に会いたくて、
毎日、足繁く通いつめたのだった。
お店を切り盛りするのは、
フラファンという若い女性。
お母さんらしき女性とともに、
お店を回している。
服装のセンスもよく、お店の内装にも、
おそらくフラファンの趣向が反映されているのだろう。
行くたびごとに、
新しい料理が黒板に書かれていて、
毎回、何にしようか迷ってしまう。
最初の1日目は、
フラファンにまた来ることを予告して、
1日に2回、食べに行ったほどだ。
味付けはもちろん、
野菜の切り方、添え物やスパイスの利かせ方など、
随所にセンスが感じられる。
とにかくアロイ。
何よりアロい。
そんなわけで、
フラファンに首たっけだった。
あるとき、
フラファンに聞いてみた。
最初に来たとき食べた、
あのおいしい豚肉の料理。
あれをまた、食べられないかと。
フラファンが言うには、
あれは木曜日にしか作らない料理で、
今度はまた木曜日に作る、とのことだった。
コマックの滞在予定は5日間。
どうがんばっても、
来週の木曜には届かない。
そっか。
ありがとう、フラファン、と。
心持ち肩は落とせど、
明るい顔でお礼を伝えた。
そして元気に、翌日も、
フラファンの手料理を食べに行った。
ある日、
フラファンのお店に、
のしのしと無言で侵入してくる
青いかたまりがあった。
青い、ビニールのかたまり。
よく見るとそれは、
青いビニールの合羽に包まれた、
かっぷくのいい女性の姿だった。
てっぺんには黄色い帽子が、
レモンのごとく乗っかっている。
その動きはまるで、
熊のようでもあり、ロボットのようでもあり。
何も言わず、無表情に厨房へ入っていくさまは、
どことなく妖精やもののけの類いにも見えた。
現にフラファンは、
その青いビニールの精霊など意に介さぬように、
そのまま調理をつづけている。
本当に見えていないのかな、とも思った。
どちらかと言えば、
いや、言うまでもなく、
すごく目立つ存在であるはずなのに。
青い、ビニール袋の精霊は、
島民には見えない存在なのかと
本気で思いかけたくらいだった。
勝手知ったる感じで厨房に入った
青ビニールの精霊は、
手に提げた半透明のビニール袋を
フラファンに渡した。
渡した、というより、
黙って置いた。
そしてそのまま、
何事もなかったかのように
店の外へと去って行った。
その背中はまるで、
森の中へと消えていく動物のようだった。
精霊とも動物ともつかない、
青ビニールの女性が持ってきたもの。
それは「カオマウ」という、
バナナのお菓子だった。
袋の中身を、
あとでフラファンに教えてもらって、
そのことを知った。
カオマウ。
名前こそ初耳だったが、
そのお菓子(料理)に近いものは、
食べたことがある。
フィリピンの、揚げたバナナのお菓子。
おそらくそれに似ている。
と、フラファンが
カオマウをひとつくれた。
あつあつ揚げたてのカオマウ。
アロい。
めちゃくちゃアロかった。
青ビニールの精霊は、
妖(あやかし)でもなんでもなく、
あつあつのカオマウを運ぶ精霊だった。
ガソリン店の右手の道にあるお店は、
お菓子が豊富で、アイスクリームも売っている。
靴を脱いで、ラグで足を拭いて入る様式のお店で、
店内の床は、とても清潔に拭き清められている。
何度目かのあるとき。
レジのある、メインのスペースにて、
お店のおじさんが、
ものすごくいびきをかいて眠っていた。
それはもう、笑っちゃうくらいに。
美容室のように倒れたフラット椅子に横たわって、
高いびきで気持ちよさげに眠っていた。
お店の夫人は、表情もくずさず、
おじさんを起こすでもなく、
そのまま横で、お会計を済ませてくれた。
すると、急にわれに返った感じで、
おじさんが目を覚まして
あわててむっくりと起き上がった。
おじさんは、自分が眠っていたことに、
そして、お客さんが目の前にいることに、
本当にびっくりしているようすだった。
そのさまを見て、
こちらが笑ってようやく、
困ったような、
苦笑いの表情を浮かべたご夫人。
おじさんも少し、
ばつが悪そうな顔つきで、
ごまかすふうにちょっとだけ笑った。
言葉こそ交わさなかったが。
平和な笑顔がこぼれた、
なんだかすてきな瞬間だった。
メインストリートの、Y字路の手前、
南国風の食堂がある。
たまにはフラファン以外のお店にも、
というわけでもないが。
ふらりと立ち寄ってみた。
柔和な感じの年配女性。
注文したのは、お粥(かゆ)のようなもの。
待っているあいだ、店内をうろつく。
ここでも、私的な生活雑貨が混在していて、
にぎやかでたのしい雰囲気だった。
言うなれば、町の喫茶店や食堂のような趣き。
こういうのはきらいじゃない。
むしろ好きなほうだ。
ベビーベッドの「赤ちゃん」にのけぞりつつ。
お店のおばちゃんから、
房盛りバナナを1本いただく。
すごくアロかった。
甘味が、粘りが、香りがちがった。
果物こそ、その土地でしか食べられないものが多く、
食べてみると、想像以上の味がする。
おばちゃんのお粥。
見た目も色もきれいなように、
味もきれいで、深みのある味わいだった。
毎朝食べれそうな。
病み上がりにも食べたいような。
それでいてしっかりした味わい。
新鮮な、パクチーもよかった。
いろいろ買って、
いろいろ食べたけれど。
全部は記録していない。
ここにあるほんの一部も、
言葉じゃ伝えきれない空気感がある。
あえて言うなら。
ベトナム、中国、フィリピン、欧州・・・。
さまざまな国の文化が入り混じった感じの
タイのお菓子(食品)は、
ものすごくレベルが高かった。
砂浜のある海岸沿い。
激しい雨の影響で、
冠水しているところがあった。
もともとそれを想定してか、
高床式の家屋が多い。
大樹から吊るされた、長ーいブランコは、
ちょうど水面ぎりぎりに浮いていた。
そんなふうにとぼとぼ歩いていると、
ひときわ目を引く巨大な影を発見した。
なんだろう。
やや足早に近づいてみる。
カニ。
それは、コンクリート製の
巨大ガニだった。
じっと見上げること十数秒。
ものすごく生々しくて、
妙に人間くさい顔をしている。
その、肉感的な唇。
よく見ると、何か出てきそうな気配。
あたりを見回し、
砂浜にうずもれ、横たわる「ウミガメ」の頭に
それらしきものを確認。
半信半疑。
試しにきゅるっと回してみる。
出た。
そうきたか、と。
思わず声に出して言うほど、
腰くだけなギミック(仕掛け)。
水栓を解放したまま、
巨大ガニの(わりに)おちょぼな唇から
どぼどぼとあふれ出す水流を
しばらくぼう然と眺めた。
視線はそのままに、
おくれてこみ上げる乾いた笑い。
足元のウミガメくんが、
小ばかにしたように、
ぼくを笑う。
いや、むしろ、
みんなふざけた顔なのだ。
全身タトゥ(刺青)のサカナちゃんも、
ラリった顔だ。
それでいて真剣(シリアス)な
カニの巨体。
日本から遠く離れたタイの小島で。
どことなく、昭和の香りを嗅いだ気がした。
おみやげ屋さんの近くには、
おしゃれなカフェとか飲食店もあって。
トロピカル真っ盛りの季節には、
きっとたくさんのバカンス客でにぎわうのだろう。
宿やお店だけでなく、
海に伸びるいくつかの桟橋が、
観光客を楽しませてくれている。
桟橋にしつらえてある、
海へと出っぱった、ベンチに座る。
なんだか背中がすうっとして、
アトラクションな感じだ。
橋の途中、
海にはり出したハンモック的な網。
寝転がると、これまた背中がすうすうで。
気持ちいいんだか、スリルなんだか、
やっぱり居心地いいいんだか、
とにかくお試しあれな体験ができた。
また別の桟橋では、
暗くなると緑色の照明が灯る。
そのさまは、ものすごく幻想的で、
真っ暗な空と真っ暗な海に包まれて、
まったくの闇の中に浮かんでいる感じがした。
安直だけれど、
宇宙的な感覚。
トロピカルでスペーシーな
不思議感覚。
ここはどこ?
といった趣き。
しばし時間も忘れ、現実も忘れ、
桟橋の先の縁台で闇を見上げる。
空腹という現実。
わんぱく遊び盛りの胃袋は、
ロマンスよりもごはんなのでありました。
桟橋の手前にある、
瀟洒(しょうしゃ)なレストラン。
そこで、グリーンカレーを食べた。
濃厚でアロい味わい。
見た目同様、味もきちんしていておいしかった。
足元には犬。
なぜかそばに来て離れない犬。
ちょっと犬くさい犬が、
タイカレーの香りにアクセントを効かせてくれて、
いっそう印象的な食卓へと彩ってくれた。
宿からずいぶん遠くまで来た。
もう、辺りは真っ暗だ。
バイクのガソリン残量は、
1目盛を切っている。
桟橋に来るとき目星をつけておいた、
何軒かの商店。
そこに、ガソリンが売っていた。
バイクを始動。
闇で、行き来た道とは景色がちがう。
真っ暗で何もない道。
人の気配もない、真っ暗な林道。
途中、雑木林に囲まれた、
ぬかるんだ赤土の悪路とも再会した。
ガソリン・・・。
こういうギリギリ感、きらいじゃない。
ちょっとわくわくしてきちゃう。
なったらなった、そのときで。
そのときどうするのか考えればいい。
目星をつけていたお店が、
思いのほか遠かったが。
お店に明かりは、灯っていた。
声をかけると、
お店の奥の家屋から、
やさしそうなおじさんが出てきた。
さっそくガソリンを購入。
べこべこにへこんだ500mlの
コカ・コーラのペットボトル。
中には、薄黄色のガソリンが
いっぱいに入っている。
40バーツ。
安いなー、と思ったが。
よくよく考えると、
500ミリで120円だから、
ちっとも安くはない。
それでも、
対価としては充分安い。
おじさんにとぼとぼと
ガソリンを注入してもらい、
お礼を言って、再始動。
いざ、お宿へ。
何時、という概念が、
島ではまるでなくなっていたので、
お宿に帰還したのが何時だったのかは覚えていない。
それでも、その日はめいっぱい遊んで、
島の反対側にも足を伸ばせた。
とても濃密な1日だった。
バイクで走り回ったり、
森に入ったり、泳いだり、
お菓子を食べたり、
お店のものを見て回ったり。
島での生活があたりまえになって、
あっというまに4日間が過ぎた。
4日目の夜。
島ですごす最後の夜。
きれいな夕日の余韻で、
今日までのことを思い返したりしてみた。
いろんな服を持ってきたのに。
結局、ほぼおなじ格好ですごした4日間。
明日もまた、おなじ服だ。
島のからっとした気候は、
洗濯物もよく乾く。
そして、最後の朝が来た。
最後の日の朝、
フラファンのお店に行った。
もう、わが家の食卓のような顔つきである。
「ああっ!」
店に行くなり、
思わず声を上げてしまった。
目の前でおいしそうに横わたるそれは、
なんと、あのとろとろ豚だった。
フラファンは、話の流れの中で、
今日、島をあとにするということを
覚えてくれていたのだ。
そして本来、木曜日に作るはずの豚料理を、
作ってくれていたのだ。
来るともわからぬ「お客」のために。
何の約束もない、
異国からの「お客」のために。
「ありがとう、フラファン!!!
コップンクラッ!」
フラファンは照れくさそうに、
けれどもどこか誇らしげでうれしそうに、
島をあとにするお客を迎え入れてくれた。
料理の名前は、
「stewed pork leg on rice」。
直訳すると、
「煮込んだ豚の足のせごはん」だ。
しょう油のような、甘辛いたれは、
スパイスの香りが効いている。
その香りは、
台湾の茶葉蛋(チャーイェーダン)の
風味に通ずるものがある。
(チャーイェーダンとは、ゆで卵を、
しょう油や八角などのスパイスと
お茶で煮込んだ料理です)
さっそく食べた。
アロい。
めちゃくちゃアロかった。
うれしさと、感謝と、
感動と、ちょっとした哀愁と。
いろんな感情がない交ぜになって、
食べ終わるのがよけいに惜しく感じた。
島での日々。
たのしかった、たくさんの断片。
それらを噛みしめるようにして、
フラファンの「豚飯」をゆっくり味わった。
島では重要でなかったはずなのに。
時間、というものが、
最後にものを言い始める。
船の時間が、迫ってきた。
食事を終え、
フラファンと別れの挨拶を交わし。
最後の「帰り道」を走った。
見慣れた風景。
何度も通ったその道が、
もう、通学路のような景色になっていた。
帰りの船は、
祝福してくれているかのような晴天で、
青い空と青緑色の海がまぶしかった。
船の最後部、
3人のお坊さんではなく、
3機のモーターが元気に稼働して、
50分ほどの航行は、
あっというまの遊覧だった。