2011/02/25

D氏の告白 〜3度目に起きた奇跡〜




 




彼は、30代の男性だ。
彼は、しばらく恋人のいない期間がつづいている。


そんな彼が、ひさびさに女の子(素人)と
遊んだという話を聞いた。

彼自身が語ってくれた、女の子との「ロマンス」。

それは、年が明けたばかりの1月のことだ。



彼の地元には、
山頂から夜景を眺めるのに
ちょうどいい場所がある。

自宅からほど近い「夜景スポット」。
そこに、知り合った女の子を連れて、


「夜景見ようよ」


と誘ったそうだ。

女の子は、彼の誘いを受けて、
「いいよ」とうなずいた。

夜景の見える山に向かうべく、
女の子は、彼の運転する車に乗り込んだ。


目的地付近。

車を降りる彼。


山頂まで約30分、歩いてのぼるのだが。
どのタイミングでそのことを女の子に話したのかは、
残念ながら聞けていない。

夜中にのぼる、片道30分、山頂までの旅。

大よろこびではしゃぐ人ばかりではないだろうと、
この話をいっしょに聞いていた友人が
表情を曇らせた。


たしかに。

人によっては、
「ええっ」とのけぞることもあるだろう。


そのときの靴や服装によっても違うだろうし。

「いいよ」と軽く返事をしたものの、
実際のぼっていくうちに、
想像していたよりもハードな「登山」だと思い知り、
げんなりすることだってあるかもしれない。


とにかく。

彼が誘った女の子は、
なにも言わず、
(もしかすると言ったかもしれないが)
山頂までの30分の道のりをのぼっていった。


山頂に着き、夜景を見下ろす。

「わぁ、きれい」

というようなことを、
女の子は言ったかもしれない。

「きれいでしょ」

と彼自身が得意げに、うなずいたかもしれない。


きれいな夜景でも見て、いいムードになれば。
そして、あわよくばその女の子と・・・。


口ベタでベタな思考の彼は、
そんな下心を内に秘めつつ、
この「夜景スポット」までのぼってきたのだ。

眼下に広がる冬の夜景。

何を語ったかは知るよしもないが。
何が起こるでもなく、そのまま下山したとのことだ。


軽いはずの、下りの道のりも、
彼にとってはきっと重い足どりだったに違いない。



後日。

たまたま知り合った女の子に、
彼は言った。


「夜景がきれいなところがあるから、
 行かない?」


女の子は、夜景を見るべく、
彼の車に乗り込んだ。

車を停め、降りる。

片道30分。

徒歩で山頂までのぼっていく。


夜景を見下ろす女の子。

「わぁ、きれい」
「きれいでしょ」

というようなやりとりのあと。

いまきた道を、また下りていく彼と女の子。

「夜景、すごくきれいだった」

そして女の子が静かに目を閉じ、
あごを持ち上げ唇を少しとがらせる


・・・というような、

甘い奇跡は起きなかった。


奇跡も何も起こらぬまま、
車に乗った2人は、
そのあと別々の家に帰って行った。



また別の、ある夜。


「夜景、見に行こうよ」

性懲りもなく。
新しく知り合った女の子を誘う彼。

それはもう、
彼にとっての常套手段となっている。

「いいよ」

と、車に乗り込む女の子。

山のふもとで車を降り、
山頂を目指して歩く2人。

「わぁ、きれい」
「きれいでしょ」
「きれい」

彼にとっては、
ここ最近で言えば、
もう3度目の「夜景」だったが。

女の子にとっては、
新鮮なよろこびだったに違いない。

きらきらと広がる眼下の夜景に、
しばし見とれる女の子。


3度目の正直、とでもいうのか。

ついに「奇跡」は起きた。


きれいな夜景の力を借りて、
いいムードになった彼と女の子。
きらめく夜景をあとにして、
そのまま、ホテルに行くことになった。


車までの30分弱。


山頂からの道のりが、
そのときばかりは羽が生えたように軽い足どりで、
それでいて実際よりも
えらく長く感じるものだったに違いない。


車が見えた。

はやる気持ちを抑えながら、
バッグから車のキーを取り出す彼。


ない。


カギが、ない。


あわててカバンの中身をかきまわしてみるも、
あるはずの車のキーは
どこにも見当たらなかった。


はっとする彼。


ひとつ、思い当たることがあった。


山頂の芝生に腰を降ろしたとき。
バッグのなかから缶コーヒーを取り出した。


きっとそのときに違いない。

落としたのなら、そのとき以外ほかにない。


事情を説明した彼は、女の子を引きつれ、
再び山頂までの道のりをのぼっていった。


片道30分の道のりだが。

このときの足どりは速かったに違いない。


一抹の不安を抱きつつ。

山頂に着き、
ついさっき座っていた芝生へと
急いで駆け寄る。


あった。


彼が座っていた芝生の上に、
うそみたいにちょこんとカギが落ちていた。



「あった!」



きっと彼は、声に出して
そう言ったに違いない。


落としたカギを握りしめ、
よかった、という安堵と、
何ともいえない徒労感とで下山する彼。


2度目の下山で車に戻ったとき。

さすがに女の子も、
ホテルという気分ではなくなっていた。


彼が言うに。

そのとき女の子は、怒ってもおらず、
不機嫌そうだったわけでもなく、
「笑っていた」とのことだが。


2度の登山から戻って、
午前3時を回っていたら。

彼女でなくとも、
そんな苦々しい笑みを浮かべるに違いない。


車に乗り込んだ彼と、女の子。

2人はホテルではなく、
それぞれの家へと帰って行った。



彼の身に起こった「奇跡」。


泣きそうな顔でうれしそうに話す
彼の姿を見ていて。


やっぱり「彼」は「彼」なんだと。

つくづくそう思わされた。



そんな「奇跡」を経た彼が、
ひとりでホテルに『宿泊』して、
韓国人女性と『待ち合わせ』した話は
また別の機会に譲るとして。


ひさびさに会った彼から、
こんなすてきな「ロマンス」が聞けるとは、
本当にありがたいことだ。


最後に、彼の言葉を引用したい。


カギを落として、
山頂で拾ったくだりを話したあと。

彼が、聞いたことのあるような口調で、
こう言った。



「持ってるなあ、オレって思いましたよ」



「持っている」のか、
それとも、「持っていない」のか。


「持っている」としたら、
何を「持っている」のか。


それがぼくには、
よく分からないままだ。




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《「彼」に興味を持たれた方へ。

 よろしければ、







 も、あわせてご覧ください。


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< 今日の言葉 >

「一心フランフラン(Francfranc)

(一生懸命にやっている姿からも、
 つい自然とおしゃれさが
 にじみ出てしまう人)