*
買い物へ行く道すがら、
子ども連れの母親の姿があった。
僕の歩みは
ベビーカーを押す母親よりは速く、
ぱたぱたと先を行く女の子よりは
少し遅い足取りだった。
まっすぐ伸びる裏通り、
母娘にはさまれる格好になり、
前を歩く女の子の背中を
追う形になる。
どう見ても
母娘の家族にはそぐわない
不釣り合いな僕は、
にわかにできた集団(パーティ)から
抜け出そうとした。
太陽はまぶしく、
半袖でも暑かった。
速く歩くと汗がにじむ。
女の子を追いぬかすには、
歩幅を広げ、
やや速足にしなければならない。
歩みを遅めても、
ゆっくりを進むベビーカーは
追いついてこない。
追い抜かれるには
不自然なほどゆっくり
歩かなければいけない。
女の子、自分、母親。
三者の距離は縮まることなく、
ひらくこともなく、
変わらぬ距離のまま
一定に続く。
まっすぐな道に、
にせものの「家族」が
行進すする姿は、
すれ違う人の目を引いた。
ここから抜け出したい。
僕は、足を速めた。
小学校低学年らしき女の子は、
小いさな足で
ぱたぱた歩く。
額に浮かぶ汗に風お感じつつ、
女の子の背中を追って、
大股に歩く。
女の子の背中が近づいてきた。
女の子は急に、
思い出したみたいに
立ち止まってその場で
ぴょん、と跳んだ。
両足を曲げて、
足の裏を外側に向けるふうにして、
ぴょんと真上に跳ね上がった。
カタカナの『ル』みたいに、
・・・いや、
左右対称に並んだ
『レ』といえばいいのか。
女の子は、
両足を左右に跳ね上げて
ぴょんと跳んだ。
二歩くらい進むと、
また、ぴょんと跳ねる。
歩いては、ぴょん。
歩いては、ぴょん。
おかげで
遠かった背中が、
すぐ目の前まで近づいた。
小さなサコッシュ
(昭和風に言えばポシェット)を
ななめ掛けにして、
女の子は懸命に跳ね続けている。
空中にいる時間は
1秒にも満たない。
ほんの一瞬。
0.5から0.8秒くらいか。
声にならない短い声を
「んっ:」と漏らして、
何度も何度も跳ねている。
一生懸命、全力で、
飽きることなく、毎回が本気で。
女の子は、
「んっ」といいながら
ぴょんと跳ねね続けた。
はた目には
まるで意味なく「遊んで」見える
「無駄な」行為かもしれないけれど。
当の本人いは、
見えない何かを追いかけるみたいに、
毎回、本気の全力勝負、
小さな背中と横顔は、
周囲を寄せ付けないほど
真剣そのものだった。
何か、神聖なものを見たような。
尊い瞬間に立ち会ったような。
集中。夢中。没頭。没入。
言葉にすると、
一辺倒になりそうだが。
まったく「意味のない」、
「無駄なこと」を、
夢中で真剣に没頭する姿に、
忘れかけていた
懐かしい匂いを嗅いだ。
「あんまり先に行かないで」
母親の声が、背後から聞こえた。
もうすぐ大通りに出る。
女の子は、
その場に止まって母親を待った。
額に汗が光っていた。
息も少しだけあがっている。
肩で息をする女の子の横を
通り過ぎた僕は、
彼女には見えない位置で
小さく笑った。
* *
小さな頃は、
世界が大きかった。
見るものすべてが大きかった。
自分の世界は小さかった。
手の中のあるもの
すべてが小さかった。
だから、全力だった。
だから、本気だった。
あと先は考えず、
今、この瞬間を全力で燃やした。
こんなことを考えるでもなく、
何の躊躇も疑問も持たずに、
目の前のことに夢中だった。
たとえそれが
「無駄なこと」であっても。
「無意味なこと」であっても。
手を抜いたり、ずるをしたり、
ごまかしたりはしなかった。
転ぶと痛い。
失敗すると恥ずかしい。
できないと悔しい。
上手くないのは格好悪い。
夢中で跳ねる女の子の姿に、
そんな「垢」は
微塵もなかった。
だから、輝いていた。
きらきらとまぶしかった。
おそらく僕のほうが、
高く飛べるし、
長く空中に浮かんでいられる。
上手い下手ではない。
真剣に生きること。
真剣に楽しむこと。
それは、そんなに重たく、
深刻(シリアス)なことじゃない。
いつの間にか
おシリアスになってなっていた僕は、
中途半端に大人ぶった
退屈な風景の中にいた。
衝動に「意味」を求めることほど
無意味な行為はない。
結果や成果ばかり求めて、
楽しさを見失うことほど
無駄な選択はない。
何度も跳ねる女の子は
教えてくれた。
『命短し
咲き誇れ今を』
「危ないから止まりなさない」と。
声をかけるのはいつも
大人の役目だ。
僕は、一生懸命が好きだ。
手を抜かず、全力で、
嘘なく真剣に向き合うのが好きだ。
たくさん転んで、けがをして、
もうだめかと思ったりしたことも
あるけれど。
起きあがってまた、
くり返えす。
転んでけがをするのを恐れて、
本気で楽しむことを
忘れるくらいなら。
思いっきりこけて、
大泣きしたい。
大きかったはずの世界を
小さな世界に
閉じ込めてしまわないよう、
全力で真剣に
跳ね回っていきたい。
笑われたって気にしない。
命短し
燃やせよ今を。
あとにとっておいても
そのときはこない。
明日のことなんて
考えるだけ無駄だ。
明日が、
思い描いたようにくるとは
限らない。
明日の景色は、
今日で決まる。
水色の空には、
見え杯ほど小さく
白い飛行機が飛んでいた。
生きる上では
何の意味もない
真っ白な飛行機の機影。
無意味なその一瞬を
心に焼きつけた自分と、
そうでない自分とでは、
迎える明日は違ってくる。
小さな世界の中で、
僕は、
そんな大きなことに
気がついた。
< 今日の言葉 >
「シキン距離って何?
変なの。
・・・えっ、
チキン距離じゃないの?」
(小学校の頃、クラスメイトが言った言葉)
