2023/08/31

Hi, Punk. [B面]:#8・最終回 雨が教えてくれた






 6月2日、金曜日。


昨日は、23:00ごろ就寝した。

0:30、3:00、

6:00ごろ目が覚める。

トイレにも行ったが、

それはちょうど巡視の時間だ。

何かに気づいて起きるのか、

そのころにちょうど目が覚めるのか。


6:20ごろ、起床。


喉がちくっとして(乾燥)、

咳が出そうになる。

けれど、

しばらくじっと耐えていると、

咳のきざしは遠のいていく。


咳をするとしんどいので、

なるべくしないでやり過ごしたい。

水を飲んだり、

うがいをしたりするより、

自然と潤うのを待つほうが、しずまる。



雨。


晴れやかでないのは、ちょっと残念。


けれど、おかげではしゃいだり、

出歩いたりしなくなる。

抑制の雨だ。


そろそろ梅雨なのか?

だとしたら、なおのこと、

安静にしやすくなる。

2週間はまだ、「病院」だと思おう。



そういえば、

おじいちゃんも、肺だった。

おじいちゃんみたいに、

立派な人になれるかな。

お墓参りも、ちょっとおあずけ。



6:40ごろ、

看護師さんの検診。


酸素濃度がかなり低く、

94.7%だった。


なるほど。

ちょっと息苦しいのは、

気のせいではなかった。


熱は、なかった。


血圧は、

上が高めで、165。


血圧なんて、

大人の人がよくする

ゴルフのスコアみたいに、

自分とは縁のない、

まるでわからないものだったのにね。


看護師さんに、


「まだ、手術したばかりだから、

 仕方ないいですよね」


と言われて、

そういうものなんだと納得。



今日からは、お医者さんも、

看護師さんも、いなくなる。


自分の体としっかり対話して、

無理せず、ゆっくり生活して、

しっかり治していきたい。


体がいちばん正直だ。


家でもしばらく、記録を取っていこう。

熱と血圧、酸素濃度も測れたらいい。

朝、昼、夜。

アサガオやヒマワリの

観察記録みたいに、

じっと観察してみよう。


ぼくは、

理科の観察記録がすごく好きだった。

絵も描かせてもらえるし、

文章も書いていい。

どんどん変化しながら、

育っていく姿もおもしろかった。




《6/2金の記録》


痛みはほとんどない。


息が少し、せまく感じる。

感覚としては、

70〜80%(70寄り)のふくらみ。


寝た姿勢より、

座った姿勢のほうが、息がしやすい。


声は出る。


睡眠の合計は7時間。


げっぷをしたときの痛みは、

やや強め。

とはいえ、前日比では減 ↘︎。



《「2度」の入院生活で買った物》


・歯ブラシ

(歯間ブラシ、ふつうブラシ)

・歯みがき粉

(子ども用、クリニカ小×2)

・シャンプー&コンディショナー

(LUX)

・ボディソープ(ビオレu)

・メッシュタオル(体洗い用)

・デンタルフロス

(WAX/ジョンソン&ジョンソン)

・鉛筆(ステッドラーHB/3本入り)

・鉛筆削り(極小サイズ/日本製)

・消しゴム(トンボMONO)

・ボールペン(黒)

・ノート(×3冊)

・スケッチブック


・100%オレンジジュース(×3)

・バナナオレ(×1)

・ポカリスエット(×2)

・ジャワティ(×1)

・ミネラルウオーター(×6)

・キリンラブズスポーツ(×1)



《必要だった物》

・紙おむつ(×2)

・ひげ剃り(3個入り)



《買ったけど入院中は使わなかった物》


・ボクサーパンツ(黒)

・チューブソックス(ピンク)




気圧もそうだけど、

気温も関係あるのか。


流れ落ちる砂粒を

数えていても仕方ない。


気にせず、

よくなることだけ考えて、

ゆっくりすごそう。



* *




6月2日 朝


7:30、朝食。


ご飯は少し食べた。

「貴重品箱」の中にかくしておいた

しそ味のふりかけ(6月1日朝分)も

さらにふりかけ、

ダブルテイストでご飯を頂いた。


ごはんを食べるのが、早くなった。

というよりも、

完食していないせいか。

朝食の時間が短かかった。



7:55、歯みがき。

8:00には出てきそう。


自力なのか、薬なのか。

通常時みたいに、

座った瞬間に出た。


これが、本来の自分の姿。


シャワーで汗を流し、

すっきりする。


8:20。

トイレ、シャワー、了。


久しぶりの「私服」に着替える。


ズボンは、

ベルトループなしの、スラックス。

US.ARMY、WOMEN'S  SLACKS。

アメリカ陸軍の、女性物のズボンだ。


少しゆるめだったウエストが、

「ちょうどよく」なっている。


ううっ。

こいつは「太った」ってことだ。


<US.ARMY SLACKS WOMEN'Sの図>
上図:ミルスペック(米軍MIL規格)



8:45。

いよいよ「シャバ」に出られる。


「外気」という点では、

刑務所よりきびしい。

(入ったこともないのに。

 何度も「ムショ」にたとえてすみません)



早く出たい。


けれど、昨日1日、

ここにいて本当によかった。


静養&自宅療養を、

勘ちがいせずにすんだ。

危ないところだったと、

胸をなでおろす。

昨日今日は、釘刺しの時間だった。




HBの鉛筆との関係にも慣れた。

Bや2Bより硬くて薄いが、

そのぶん、手が黒くなったり、

こすれたりしなくていい。



風のうなり声が聞こえる。

地上にもこの風は吹いているのか。


景色は、

霧のように白くおおわれ、

池の向こうがわの、

木々より先は、かすんで見えない。


街の景色が、

白いベールにおおいかくされている。




昨日の夜、

家のある方面の景色を見た。

もちろん、家は見えない。


想像力の千里眼で、

鳥の目になり、

家までの路を飛んで行った。


情けないけど「home sick」。

「house sick」ではなく、

ホームシック。


ふと、入院中のハナを思い出した。


面会に行くと、

本当にうれしそうで、

ちょっと開いたケージのすきまから、

いまにも逃げ出しそうだった。


初めての入院で

ナーバスになっていたハナは、

ぼくの手からしか、

ごはんを食べなかった。


日曜日は、

動物病院がお休みだったので、

土曜日の午前と午後に

「面会」に行った。






9:40すぎ、

C棟の看護長が来られて、

少し話しをした。


「あわてるのと、急ぐのはちがう。

 あわててもいいことはない」


あわてずゆっくり治そう、と、

自分へ言い聞かせるように、

言った言葉だったが。


看護長は、

目を閉じて大きくうなずいた。


「こういった仕事をしていると、

 つい、忙しく、時間に追われて、

 あわててしまって。

 気持ちにも心にも、

 余裕がなくなってしまうことが

 あるのですが・・・。

 そんなとき、

 『どうしたの?

  そんなに怒らないで』

 と、患者さんから、

 たしなめられたりします。

 ・・・なるほど。

 あわてるのと、急ぐのはちがう。

 いい言葉ですね。

 これからみんなにも、

 そう言っていきます」


看護長は、

ぼくのちょっとした言葉を、

いいふうにふくらませて、

うつくしく解釈してくれた。


「いいお話、

 ありがとうございました」


頭をさげる看護長に、

お礼を言いたいのは、

こちらのほうだった。




入れちがいに、

看護師さんが来られて、

体温、血圧、酸素、

胸の音を診てくれた。


話の流れで、

学生時代に買ったその聴診器が、

2万円くらいするものだと

教えてもらえた。


いま自分は、

少し話しただけで汗が出てしまう、

ということを伝えると、


「私は、患者さんの前に出ると、

 汗が出ます」


と看護師さんが、表情をゆるめた。


診断してもらいながら、

いろいろな話が聞けて、

いい時間をすごせた。


「いい話を、

 ありがとうございました」


またもや逆にお礼を言われ、

ちょっと恥ずかしくなった。


そんな自分をごまかすように、


「自分で、

 この入院生活のまとめに

 入ってるんだと思います。

 いまのもぜんぶ、

 自分に言い聞かせてたんだと

 思うので」


と答えた。




そしてまたすぐに、

今度はお医者さんがやってきた。


今回の、

2回目のドレーンを入れるとき、

立ち会ってくれていたお医者さんだ。


お医者さんにいろいろ質問して、

いろいろ聞いていて、

胸の具合と気圧は関係があると

教えてくれた。


なるほど。

昨日より胸がせまく、

若干息が苦しいように感じるのは、

気のせいではないようだ。


雨で、気圧が下がっているせいで、

胸の中の「圧」も下がるのだと。


しかも今日は、

台風みたいな激しい雨で、

気圧もかなり下がっているらしい。


運動も筋トレも、まだだめだが、

パソコンとかのデスクワークは、

問題ないと。


いろいろ聞けたことで、

疑問がはっきり、すっきりした。


退院前に、

わざわざ部屋に来てくれたお医者さん。


「ちょっと顔を見にきました」


その言葉に、

いろいろな思いが見えかくれしていて、

お医者さんへのありがたい気持ちが

じわりと広がった。



本当に、

今日の退院を選んでよかった。


雨のおかげで、

いろいろなことがわかった。


看護長が、

気胸の患者さんも、

昔はもっと長く入院していたが、

いまはどんどん

退院が早くなっていると話してくれた。


治ったのではなく、自宅療養。

病院の代わりに、自宅で休む。


病棟から家への「転棟」。

それくらいの気持ちで、

現状、まだ「要安静」だということを、

忘れちゃいけない。




9:30。


着替え中、

また別の看護師さんが来た。

何時ごろ部屋を出るかの確認だった。


「セクシーなところを

 見せてもらいました」


と笑う、看護師さん。


雨は、これからもっと

ひどくなるらしい。



* * *



9:50、

退院の説明、確認終了。


片づけもすませ、

すべてが終わった。



もう、戻ることはない。



いまの気持ち、思い。



大切なことを、忘れないように。



あわてず、ゆっくり、ていねいに、

ゆたかに生きようと思う。



どうもありがとうございました。


2023.6.2. 9:55




* * * *




母は、10:00ごろから

来ていたのだろう。


10:15ごろ、

約束の場所へ行くと、

すでにじっと座っていた。


「久しぶり」に再会した母は、

いまにも涙をこぼしそうな目を開けて、

ぼくの姿全身を見ながら、

うれしそうに笑った。



退院の手続きのあと、

駐車場へ歩く。


大雨。

風もつよかった。


母が持ってきてくれた透明傘をさし、

駐車場を歩く。


恒例の「車探し」。


雨に靴のつま先をぬらしながら、

またしても5分以上10分未満くらい

うろつき回って、

ようやく見つけた。



まずは家に戻って、

ひと息ついた。



メールや手紙、

請求書などをたしかめたあと、

母の運転で買い物に出かけた。


「今日、食べたい物とかあったら、

 何でも買っていいから」


お言葉に甘えて、

食料品を買う。


めずらしく「お寿司」が

食べたいと思った。


病院では「生もの」は出てこない。

そんなせいもあってか、

お寿司と、貝のお造りをかごに入れる。


「明日のとかも、

 食べたい物があったら

 入れていいからね」


そう言われて、

食べたいと思ったものに手を伸ばす。


ジンギスカン。

朝ごはんのパン(生フランスパン)。

ウオッシュチーズ。生ハム。


「ビールとかも、

 飲みたかったら買いなさいよ」


そう言われて、

『LION』という、

スリランカのビールを1本買った。

ギネスビールみたいに真っ黒な

「スタウト(stout)ビール」で、

あとで見たら、

アルコール度数が8.8%もあった。

(これがまた、すごくおいしかった)


アボカドやセロリも買った。



あとでふと思ったが。


手術をして、血や肉を失って、

スタウトビールやジンギスカン、

貝やお刺身などの生ものを

食べたくなったのは、

自然なことのように感じた。


(ギネスビールの産地、

 アイルランドでは、

 妊婦がギネスビールを飲むと聞いた)


アボカドも、調べてみると、

傷やお肌の再生にいいとのこと。

さすが「森のバター」。

栄養と潤いの果実です。



雨はずっと降りっぱなしだったが、

車の乗り降りのときには、

運よく雨足が弱まり、

走らなくてもぬれずにすんだ。


まだ、走ったり、

たくさん歩いたりすると、

息があがる。


今日は涼しいからいいが。

立ち止まると、

汗もじんわりにじんでくる。


買い物を終えて、帰宅。



「やっぱり家がいちばん落ち着くなぁ」


旅行先から帰った人が、

よく口にする言葉。


たしかに家は、落ち着いた。


やることは盛りだくさんだが。

いまは洗濯、荷物の片づけ、

急ぎの件だけに手をつけて、

あとはゆっくりすることにした。



久しぶりに音楽を、

空気を通して聴く。


あー、いいわぁ〜。



お寿司とお吸い物と、

緑茶の夕食。


あー、いいわぁ〜。



<手術時に、どちら側の肺かを
示すための印(シール)>




シャワーを浴びて、ゆっくりする。


感じたことが消えないように、

じっくり反芻(はんすう)する。

そしてそれを、意識しつづける。



慈愛。

それが自愛につながる。



人にやさしく。



母と食べたお寿司の夕食。

ややかしこまり、

あらためて感謝とお礼を伝える。


2人とも、少し目を潤ませながら、

家に無事帰ってこられたことを、

心からよろこんだ。


手術のあいだ、

母は、別室に通され、

手術が終わるのを

ずっと待っていたと聞いた。


何もない、小さな個室の中で。

ただただじっと、

手術終了の声がかかるのを

待ちつづけていたのだと。


そうだったんだ。


4時間以上ものあいだ、

さぞかし心細かっただろう。

たくさん心配をかけてしまったけれど、

本当に、いろいろありがとう。



本当につらかったけれど、

本当によかった。



そして本当にありがとう。



2023年5月の日々、

そして今日、6月2日。


この時間を、

忘れず大切にしていこう。






* * * *




さて、

ここからは「番外編」。

退院後の、後日譚(たん)です。




退院してしばらくは、

平らに寝転がれなかったので、

座布団を下に敷いて、

上半身が高くなるようにして眠った。


2週間ほど、そうやって寝た。



体温、血圧、体重だけでなく、

パルスオキシメーターを買って、

血中酸素濃度を測る。


血圧計は、

母が持っていたものを借りて、

毎朝、起きたときに、

体温とともに測定した。


体温、血圧は平常だった。

退院後すぐは、

血中酸素濃度の数値が低く、

96とか97の日があった。


けれどそれも、

すぐに安定して、98になった。


体重は、ゆっくり減らして、

10日後くらいに69㎏まで戻った。



筋トレも運動もできないので、

天気のいい日は、

毎日散歩に出かけた。

1日目、2日目、3日目、4日目と、

距離と時間を延ばしていった。


緑地公園をぬける

いいコースを見つけて、

日を追うごとに、

のぼり坂の多い道を選んで歩いた。


最初は息もあがるし、

15〜20分ごとに、座って休憩した。

酸素濃度も、すぐ95とかになる。


それが肺のせいなのか、

入院生活での運動不足のせいなのかは、

わからない。


おそらく、

どちらも関係あるのあろう。



5日ほどすると、いくら歩いても

息はあがらなくなったし、

汗も、だらだらではなく、

ほどよい感じでかくようになってきた。


休憩もしなくなった。

体の感じを見ながら、

1時間くらいは歩けるようになった。


まだ、肺に「違和感」はあったし、

大きく息を吸いこむと、

肺がふくらみ切らないような

感覚はあったが。


それで息がしづらくなるわけでもなく、

呼吸が苦しいわけでもない。


左胸だけ、

どこか「他人のもの」のような

感じがする。

ぴりぴりとしびれているような感じが、

胸に残っている。


そんな違和感も、

生活に支障があるようなものではない。



あきらかに快方に向かっている。

そんな実感が、日増しに感じられた。



夜、寝るときに、

苦しくなって飛び起きた日が、

2回あった。


1回目は、退院した翌日の夜。

急に酸素が薄くなったような気がして、

あわてて飛び起きた。


そのときはまだ、

パルスオキシメーターが手もとになく、

酸素濃度は測れなかったが。


眠りに落ちる寸前、

急に息苦しくなって、跳ね起きた。



2回目は、

指先にパルスオキシメーターを

はさんだまま、

うとうととしかけていたときだ。


はじめのうち、

初期設定のまま使っていて、

心電図みたいにずっと、

「ピッ、ピッ、ピッ」と、

音が鳴っていた。


その音がゆっくりになったかと思うと、


「ピピーッ!」


と長く大きな音が鳴った。


息が、苦しかった。


器械の数字を見てみると、

酸素濃度が、86まで下がっていた。


86は、もう、

かなり危険な数値だった。



ふと思い出した。


最初の入院のとき、

夜、急に息苦しくなった日のことを。


HCUでもあったが。

特別室でも、2日目の夜、

そうなりそうな感じがあった。



『オンディーヌの呪い』


そう呼ばれる「現象」があるらしい。


意識しないと、

呼吸ができなくなる症状で、

うとうとすると、呼吸が止まる。


絵を描いているときなど、

物ごとに集中しているとき、

無意識に呼吸を

止めてしまっていることがあるのだが。


この『オンディーヌの呪い』と

呼ばれる症状は、

眠ることが死を意味するようになり、

眠れなくなってしまう、というものだ。


「息が止まりそうで、

 怖くて眠れない」


今回の、2回目の入院では、

夜、そんな瞬間が、何度かあった。


退院後、家に戻って。

3、4日もすると、

そんな感覚もすぐにおさまり、

夜中に起きることもなく、

長くまとまった睡眠を

とれるようになった。


昼間、日を浴びて、

散歩などをしているうちに、

夜、しっかり眠れるようになったのか。


運動も筋トレも禁じられ、

パソコン相手に

デスクワークばかりしていたせいで、

体は疲れず、頭がさえて、

寝つけなかったのかもしれない。



1回目の外来は、

退院から約2週間後のことだった。


外科の先生との再会。

先生の顔を見ると、何だかほっとする。


シャツを脱いで、左胸の抜糸。


「腕、勢いよくあげた?」


背中側の傷が、やや開いているらしい。

思い当たる節は山ほどある。


レントゲンの具合では、

どんどん回復している様子だった。


胸膜の炎症も、血液検査の結果、

正常の数値まで下がっていると。


「薬(痛み止め・炎症止め)も、

 徐々に減らしていってもらって

 大丈夫です」


運動、筋トレ、

入浴もまだ「おあずけ」だが。

順調に回復しているとのことで、

心も体も軽くなった。


次回、また2週間後に、

外来診察で診てもらう。



そういったわけで、

1日2回飲んでいた薬を、

1日1回に減らし、

翌週には、

まったく飲まないようになった。




自宅療養中のある日。


唯一無二の親友「けんじ」が、

連絡もなく、突然家に来てくれた。


手にはシュークリームとプリン。

さすがは、けんじ。

ぼくが好きな物をよく知っている。


「俺んときも、

 お前にこうやってプリン、

 もらったからな」


けんじは、20年も前のことを、

まるで昨日のことのように言った。


ありがとう、けんじ。


自分は本当にしあわせ者だと。

つくづくそう感じた。


涙こそこぼれなかったが。

あふれんばかりの笑顔が、

顔いっぱいに咲いた。


花柄のブランケットをかけて寝る友人(2008)




みんなからの声。

意外なほど多くの声が、

たくさん届いた。


心配の声、

気づかいや励ましの声。


「優しいひとは

 胸を患うとききます」


やさしい方のあたたかい言葉に。

思わず目もとが、うるっとなる。


みなさま、

ご心配をおかけしましたが。

私、家原利明は、

こうして元気になりました。


あたたかいお言葉、お気持ち、

しっかり届きました。


本当にありがとうございました。



すっかりよくなったと感じたころ、

父に電話した。


お見舞いのお礼を伝えたあと、

少しばかり話した。

こんなふうに、

父と電話で話したことは、

もしかすると、

初めてのことかもしれない。




7月8日。

2回目の外来。


天気予報は雨だったが。

よく晴れた暑い、夏日だった。


土曜日の今日、

思いのほかいろいろ早く進んで、

レントゲンを終えたあと、

少し時間を持てあました。


診断の予約は10:00。

まだ30分ほどある。


実際よりも

久しぶりに感じる病院内を、

ふらふらと歩いてみた。


コインロッカーを見て、

手術前日のことなどを思い出す。


コンビニ前で、

車イスの男性の姿を思い返す。


麻酔説明を受けた、36番。


本当に、

いろいろなことがあったなぁ。


壁の絵を眺めて時間を過ごし、

もうそろそろいいかと思って、

外科に向かった。


受付をすませて、

血圧を測る。


待合で順番を待つ。


扉が開き、先生に呼ばれた。


「うん。いいね」


レントゲンを見ながら、先生が言った。


「これで終了ということで。

 何か、聞いておきたいことは

 ありますか?」


筋トレも運動も入浴も、

もうどれもOKだと。


激しい運動をすると、

胸が痛くなるかもしれないが、

それは、休んだり、温めたりすれば、

おさまるもの。


肺の痛みというより、

胸膜の痛み(胸膜痛)ということだ。


「痛んだからって、

 すぐに気胸だと

 思わないでくださいね」


その痛みも、月日とともに、

やがては消えていく。


「傷痕も、きれいになって

 いきますから」


とにかく、

「治った」ということ。



終了、という言葉。



それは、純粋にうれしかった。


「お世話になりました。

 どうもありがとうございました」


先生にお礼を言って、

部屋を出た。




帰り道、ビールとお菓子を買った。


お祝いの宴(うたげ)。


退院してから、

今日までずっと休みなく、

あれこれうごきつづけてきた。


今日くらいは、

思いっきり「休もう」。



久しぶりの「休日」。


自分に「おつかれさま」。

よくがんばりましたで賞の授与。



7月8日の今日。


初入院から、61日目。

手術から、39日目。

退院から、37日目。


今日は、愛犬ハナの命日だ。




見えない何ものかの力に支えられ、

引っぱられ、偶然ここまでやってきた。



初めての入院、初めての手術。



これにて終了、一件落着だ。




土曜日の昼下がり。


冷たいビールとドリトスが、

すごくおいしかった。






冗長にもほどがある、

牛のよだれのように

だらだらと長い記録でありますが。


最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。


読んでいただけた方にだけ、

わかるもの、感じられたこと、

見えた景色。


それは「読書」ではなく、

もはや「体験」です。


この、有益な無駄が、

みなさまの時間を

ゆたかに彩らんことを。



長きにわたり、

おつきあいいただき、

ありがとうございました。



いまはまだわからない、

大切な何かがあるような気がして、

ひとまず記録したぜんぶを、

こうして書き留めてみました。


いつか、

大切なことを忘れかけた自分に、

そっと語りかけてくれる、

そんな記述となることを信じて。



『Hi, Punk.』



これにて終了です。



ご清聴、

ありがとうございました。



連載中にいただいた声を、

少しだけ紹介いたします。



闘病記()興味深く

 読ませていただいております。

 医療関係者あるあるのところもあれば、

自分たちには当たり前のことも

 患者さんは入院生活を

 このように感じているのか~」と

 20年以上も医者をしていながら

 新たな発見も多々あり、

 不明を恥じるばかりです。

 確かに私たちにとって

当たり前」のことも

 患者さんにとっては「非日常」、

 あらためて認識しました』

(2023/08/07)



感情をきめ細かく表現できる

 語彙力が高い人ほどストレスに強く

 心身の健康状態が良好に保てる

 らしいです。

(雑誌で読んだ。

 ここでいう心身の健康状態は

 ストレスが及ぼす健康状態のことを

 言っている)』

(2023/08/22)



ということで。


みんなも、

レッツ・記録だね!


 


追伸:


いつもぼくの前を走っている旧友が、

ぼくより先に気胸になっていたことを、

彼の描く漫画で知った。


『AKIRA』のなかの金田のように。


やっぱり彼は、

いつもぼくの前を走っている。


いつだって全力で、

ジグザク道でも、まっすぐな足取りで。



元Hi Punk・家原利明


この記録は、退院後の自宅療養中に、

デスクワークくらいしかできない時間を利用して、

ひたすら打ちまくった記述です。

(2023.7.8)



← #7




< 今日の言葉 >


『Coon-toch(クンタッチ)!』


イタリア、ピエモンテ地方の方言で、

驚きや感嘆を意味する言葉。


それを英語読みしたものが、

「カウンタック(Countach)」。


(ランボルギーニ・カウンタックの命名の由来)


2023/08/25

夏の思い出編

 





真夏のビーチで

こんがり焼けた

小麦色の肌


水着のあとが

すっかり消えてしまう

その前に


夏の思い出を

もうひとつ



(帰) 家原美術館



あなたのお越しを

お待ちしております。



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→ 詳細情報


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< 今日の言葉 >


花は散り際

女は度胸

一生一度の思い出を

今宵限りと命をかけて

咲かせてみせます

暴走花


「みゆき、あとで後悔すんなよ」


「できりゃあ上等。

 後悔・・・してみたいよ」


(映画『暴走族 特攻レディース夜露死苦!』より)


2023/08/24

Hi, Punk. [B面]:#7 開通






* 



トイレが目覚めの原因かわからないが。

夜中、1:30、3:30ごろに起きた。


5:30ごろにまた目を覚まし、

そのまま起きることにした。


起きて3回とも、トイレに立った。

おしっこがたくさん出た。

(それが点滴のせいではないかと、

 あとあと気づく)


部屋のカーテンを開けると、

眼下に静かな景色が広がっていた。



喉のひっかかり、たんなどは、

昨日より感じない。

嚥下(えんげ:飲みこむこと)も

しやすい。


痛みらしい痛みもなく、

ずうっと中心にあった左胸の激痛も、

激痛から痛みに、そしていまは、

「刺激」くらいに落ち着いている。


すべてが確実に、快方へ向かっている。



1回目に起きたとき、

たくさんのおしっこが、

とめどなく出た。


2回目に起きたとき、

体が汗ばんでいて、背中がかゆかった。

めちゃくちゃかゆくて、

薬が塗れる範囲、届くところに塗った。


いつもあごまで布団をかぶるのだが、

体温調整のため、

腕は出しておいた。


おかげで心地よく眠れた。



夢を見た。


Aくんが、ちょっとおかしくなって、

変な友人たちと付き合うようになって、

引きこもってしまった。


それでいてAくんは、

過去に載ったファッション雑誌——

たくさんの人たちが、

『△△△△/ミュージシャン』

『◇◇◇◇/販売員』といった感じで、

1ページに2人くらいずつ、

写真と記事、Q&Aなどが載った雑誌

——のおかげで、

そういうものに憧れを抱く人たちが

集まってくるのだ。


そしてちょっと、

変な宗教みたいな結束力で

まとまっていた。


ほかの人たちには

わからない冗談で笑ったり、

自分たち以外を

小ばかにするような態度で、

世間を見ていた。


そこから場面が変わって、

3人組が乗る車がやってきた。


アメリカの「コンボイ」みたいな

トラックで、

「頭」だけだと、「軽自動車扱い」に

なるというものだった。


「後部座席が、ひとつ空いてるぞ。

 どうした、乗らないのか?」


そう言われて、なつかしい感じで、

後部座席に乗りこんだ。


走る道、たのしむもの、

そういうものすべてがぴったりときて、

古びた商店街の看板を

いくつも目でやりすごしながら、


(これこれ、こういう感じ)


と、一人、ほほえんでいた。


また場面が変わって、

こんどは「自宅」のようだった。


犬と猫(ハナとゴマ)がいて、

3人でくらしている。


犬のハナと遊んでいたとき、

白猫のゴマがいきなり、

泡まみれの洗濯機の中に飛びこんだ。


あわててすぐ引きあげると、

ゴマは泣いていた。

「鳴く」のではなく、

涙をぼろぼろと流して「泣いて」いた。


「どうしたの⁈」


と聞くと、白猫のゴマは、

自分が汚れて

きたない灰色になってしまったから、

あんまり相手にしてくれないのだと

思って、

泡の中に飛びこんだのだと。

そう言った。


泡をすすぎ、水を拭き取り、

タオルの上に寝かせる。

涙を浮かべるゴマの頭を

力づよくなでて、

言葉ではなく、

そんなことないから

もう心配しなくていいよ、

と伝える。


横では、犬のハナも、

やさしい目でほほえんでいた。



・・・不思議な夢だった。



* *



6:20。

景色がゆるやかにうごきだす。


人ではなく、自分。


自分の心がゆたかなら、

感じる世界もゆたかなはず。


自分がぶれなければ、

それほど「平和」で「平穏」で、

たのしい世界はない。


すべては自分次第。

自分の心次第だ。


小学生のころのように、

意味なくわくわくしていよう。

たとえ、ばかと思われても、

心からたのしむ自分の世界は、

誰にもこわすことはできないのだから。



目の前のことから逃げるのではなく、

立ち向かうでもなく、

ただじっと受け止めて、見つめること。


そうすれば、

くるしくても「たのしめる」。


二度とない、

稀有(レア)なことだと思って、

存分に味わえば、たのしめる。


それは、冒険とおなじ。


冒険者にしかわからない景色。

不平不満をこぼすより、

なるほどね、と笑って、一人うなずく。


自分の前に、自分の心は存在しない。

何かあって初めて、

自分の心の在りかたが、ためされる。

それでようやくわかる。

自分の心の形というものが。



鳥の声。

風。


遮蔽(しゃへい)された空間ではなく、

「外の」世界に出て、空気を吸いたい。


たった数ミリの、透明のガラスが、

やけに分厚い。



息はまだ、大きくは吸えない。

けれど、昨日より痛みはない。


「痛み」というものが、

あたりまえすぎて、

痛みのない体の感覚を覚えていない。


薬くさい、口の中。

ぜんぶをきれいに洗い流したい。

ジャンキー生活はもうたくさんだ。

早く薬ばなれ、したいと思う。




6:20から、

体温、血圧、酸素、体重の測定。

採血2本。


声がかすれず、出しやすい。

これはうれしい。

昨日までは、しゃべるのも

億劫(おっくう)になるくらい、

声が出しづらかった。


痛みは、ほぼほぼない、とはいえ、

咳をすると、

4〜5くらいの刺激はある。


あくびも薬くさい。



そうだな。

あわてるのはやめよう。


便秘も、深刻になるのはやめよう。



* * *



物は、「解体」すると、

構造や仕組みなどが、よくわかる。


何でも一度、こわしてみる。

そしてまた、一から組みあげる。



頭の回転が早い人は、回避能力も高い。



<<<<< Rーお食事(お食事指定)>>>>> 

ここから、ややお食事に不向きな描写ごございます。

デリケートな方、お食事中の方は、ご注意ください。



7:04。

おならをすると、

うんこの亡霊が出た。


姿が見えないだけで、

これはもう、うんこだ、


その場で少し、かがんでみてすぐ、

トイレに行った。


便座に腰をおろして数秒、

力んだら、つるんと出た。

形のある実体が、するりと出た。


思わず声をあげて、はははと笑った。


便器の中を見ると、

通常の1.5〜2倍くらいの、

そこそこのものだった。


開通。


29日の朝(術前浣腸)以来の

「分便」だ。


胸も少しせまいが、

おなかまで締めつけられて、

上下でせまくるしかった。


これで少しは軽くなった。


何より、気持ちが軽くなった。



<<<<< Rーお食事(お食事指定)終了>>>>> 




* * * *



7:30すぎ、またしても、

ごはんだけ

「転棟(てんとう)」しておらず、

自分のいない、

A棟の「古巣」に届いているそうだ。


只今、7:50。

別に急ぐこともない。

ここには、電子レンジもあるし。


よし、電子レンジで温めてみよう。

新たな挑戦にわくわく。



NEWパジャマは、

エグゼグティブ・カラーで、

一般市民の薄紺色のチェックではなく、

淡い水色のチェックに、

薄緑と薄ピンクの、3色の線が走る。

チェックの「あみ目」も、少し細かい。


生地もちがって、綿100%か、

それに近い感じの風合いだ。

(一般は「混紡(こんぼう)」で、

 若干、ばりっとしている)



6月1日 朝



8:00ごろ、朝食到着。


ご飯は、ほとんど入らなかった。

おなかも減っていない。

栄養のために、おかずだけを完食。


ツナはやっぱりおいしくないけど、

食べることは、できるようになった。


配膳まちがいには、もう慣れっこ。

「なると思った」から、なったのだろう。




パジャマを着替える。


エグゼグティブ・パジャマは、

(ズボンの)ゴムがしっかりしている!


ずり落ちない、このフィット感。


なんだか自分が、

急にしっかりした人間になったようで、

自然と背筋が伸びる。


肌ざわりもやわらかくやさしく、

自分の肌のぬくもりを温かく感じ、

それでいて風を通す涼しさがある。


あたたかくて涼しい、この感じ。

これは、天然素材の証だ。



<おパジャマコーディネイト(一般)の図>




9:00、レントゲン。


かなりの混み具合で、

受付をすませて、いったん退室。


公衆電話から、母に電話。

ちょうどよかった。

いまから出るところだったらしく、

面会ができないことを伝える。


昨日、電話したときには、

いまにも泣きそうな感じだった母も、

今日は少しばかり安心した様子だった。


退院日が決まったら

また連絡すると伝え、

レントゲン室へと戻る。



待合で待ちくたびれて、ぐずりだして、

お母さんに叱られる男の子。

そんなこと言うならもう、

帰りにXX(お店の名前)は寄らないよ、

と言われ、もっと泣き出してしまった。


かたやおとなしく座っている男の子は、

おだやかな感じで横に立つ

お母さんを気にするでもなく、

それでも呼ばれたときには

手をつないで歩いていく。


そんな様子を

ほほえましく眺める人もいれば、

泣きじゃくる男の子を

うとましそうに見つめる人もいる。


大混雑のレントゲン。


だんだん自分の番が近づいてきて。

どうだろう、と思った。

どうなるかと数えてみた。

自分が何番の部屋になるのかを。


どうか3番の部屋には

なりませんように、と願いつつも。

何だか「そうなりそうな」

気がしてきた。


「そう思うとそうなる」


想念が具現化。


呼ばれたのは3番の部屋。

技師さんは、例の「あの人」だった。


その人は、とてもきれい好きで、

入室前に、必ず手の消毒を求められる。


先述したように、

自分はこの「殺菌ジェル」で、

皮膚がかぶれてしまう。


だから、ジェルでの消毒は、

できればしたくなかった。


検査室前でその人は、

きちんと殺菌したかどうか、

じっと目を

光らせている(ように見える)。


「手が荒れちゃうんですよ」


と、言おうかと思った。

けれどもそれは、

なんだか言いわけじみていて、

すんなり口が動かなかった。


ポンプを押したふりで「ずる」をして、

ごまかそうかと思った。


けれど、何だかそれは、

殺菌しないより「きたない」と思い、

ほんの少し、軽く押して、

ちょっとの量で殺菌しようと思った。


なるべく浅く、

軽く押した・・・つもりだったが。


ジェルはなかなか勢いよく出て、

手のひらにたっぷり殺菌ジェル。

心の中で「ゔっ!」っと叫んだ。


素早くこすって、

なるべく早く蒸発させるべく、

手の甲などに薄く広く伸ばしながら、

心の中で「これくらいなら大丈夫」と

念じた。


レントゲンを終えて、

検査室内に、

洗面台があることに気づいた。


「手、洗ってもいいですか?」


許可をもらって、手を洗う。

数分の時差はあるが、

丹念に洗って、

しっかりペーパーでぬぐっておいた。


そのおかげもあってか、

手は、かぶれることも

荒れることもなく、

無事にすんだ。


そして思った。


嫌だな、苦手だな、と思うものこそ、

かかってこい、という気持ちで挑めば、

損ではなく「得」に感じる。


代理店時代、忙しく、

これ以上仕事を受けたくない、

と弱腰になったとき。


そんなときこそむしろ、

自分から手を挙げて、

進んで仕事をもらい受けた。


そうすることで、

仕事がたのしくなるし、

仕事の質もあがり、

自分の意気もあがった。


そういえばそうだったなと。

ふと、思い出した。


さらに思った。


何年か前の自分なら、

「しなくてもいいですよね?」

と、さらり言ってのけていた気がする。



レントゲン室を出て、

少しぶらぶらしたあと、

C棟エレベーター前まで歩く。


14階へ到着。

出るときには必要のないカードキーも、

入るときには、

ロックを解除しなければ、

病棟内へ入れない。


自室の扉も、カードキーが必要だ。


忘れて出てきてしまったら、

入れず、大変なことになる。



<特別室・カードキーの図>



部屋に帰ると、

すぐトイレに行きたくなった。


急に下剤が効いてきた。


おなかの中がとてもすっきり。


もしかすると、

頓服薬を飲むのをやめたせいも

あるのかもしれない。


下剤を飲んだのと、

ほぼおなじタイミングなので、

どちらがどうとも言えないが。


止めていた「閂(かんぬき)」が、

外れたような、気がしないでもない。




10:00ごろ、先生の回診。

先日、管を抜いてくれた先生たちだ。


左胸の「穴」に貼られた

テープをはがしてもらって、

防水シートへ貼り替える。


シャワーのお許しが出た。


そして、


「どうしますか、

 今日退院でも大丈夫ですけど」


と言われた。


えっ、今日退院⁈


うれしいけれど、

今日ではまだ、急すぎる。


あれほど切望していた退院だが。

今日ではなく、明日の朝、

退院するということで話を決めた。


明日、10:00〜10:30ごろ。

はれて「退院」することとなった。



* * * * *



・・・・・・・・・・・・・・・・・・


5/24(水) 入院日

   25(木) 待機期間

   26(金)    ↓

   27(土)

   28(日)

   29(月) OP(手術日)

   30(火)

   31(水) チューブ抜き

6/1  (木) 完了宣告

   2  (金) 退院日(10:00〜)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今回の入院は、

以上のような流れになる。



気づけば10日間におよぶ

入院生活になったが。


明日が最終日。

ようやく退院だ。




病棟は現在、

患者さんがいっぱいらしく、

特別室には、自分のような「VIP」が

たくさんいるらしい。


なるほど。


「真のエグゼグティブを探せ」


という塩梅(あんばい)か。


おたがいがおたがい、

「そう」だと思っているのかもね。



executive」って何だろう。


お金で買うものか。

それとも、頑張って、

社会的地位とともに

手に入れるものなのか。


格好つけて

きれいなことを言うつもりはないが。

心のゆたかさ、心の余裕、

そういった内面的な「executive」に

なれたらいいなと思う。


あわてず、ゆっくり、ひとつひとつ、

目の前のことときちんと向き合い、

ほがらかにすごす。


何も考えず、欲もなく、

あたりまえのことに感謝できる人間。

いまの自分を

しあわせだと感じれる人間。


『ミンナニデクノボートヨバレ』

(『雨ニモ負ケズ』宮沢賢治氏)


そういう人に、私はなりたい。



そんな切符を手に入れるための、

今回の「苦行」の旅。


忘れそうになったころ、

けっぷが出て、

胸が痛んで思い出す。


激痛と苦難の日々。


たった9日が、

自分にとっては長かった。




点滴の準備をしてくれる看護師さんに、

何となく、今回のことを話しはじめた。


話すうち、

いろいろなことを思い出して、

少し泣きそうになった。


母の愛情。父の愛情。

お医者さんや看護師さんの仕事ぶり。


いろんな人がいた。

いろんな人が、いると思った。


みんなちがう。

それでいい。

それだからいい。


いろいろなことがあった。

いろいろなことが、たくさんあった。


どれも貴重な体験ばかりだった。



「・・・すみません。

 長々と話しちゃって」


「いえ、なんか、聞けてよかったです。

 いいお話を聞かせてもらって、

 ありがとうございました」


裏表のないその表情に、

ほっとしただけでなく、

たくさんのうれしさをもらった。




点滴のあと、また便器に座って、

すっかり出し切った。


おなかの「ごろごろ」も、

いったん、おさまった感じだ。



ということで。

待望のシャワータイム。



・・・「贅沢」とは、何なのか。



4日ぶりの洗髪。

8日ぶりの全身シャワー。


あたたかいお湯。

いい香りのシャンプー、

コンディショナー。

身体を包む、白い泡。


そりゃ、唄も唄うわな。


<8日ぶりのシャワーの図>



ちなみにこの、

丸くて大きなシャワーは、

海外とか、

街なかのホテルなどで見かける、

大きな蓮(はす)のような形の

シャワーだ。


シャンプーは3回目で、

いつもの泡立ちに。


ボディソープも、

(レントゲンのあと、

 コンビニで買ったボディソープ

『ビオレ-u』ミニボトル)

「お肌にやさしい」だけあって、

つっぱったり、ひりひりしたりしない。


唄いなれた唄を唄ってみて、

肺活量や、声の出具合を

たしかめてみる。


わるくない。


かすれや出にくさもよくなっているし、

ブレス(息つぎ)も、

まだまだとはいえ、

すっと素早く吸いこむことも

できつつある。


だいぶ「戻って」きたようだ。



・・・「贅沢」とは、何なのか。



シャワーのあとの、

スポーツドリンク。


14階の自動販売機は

『KIRIN』だったので、

「KIRIN LOVES SPORTS」を買った。


よく冷えたそれは、

サッカーのアンセムが鳴り響くほど、

体にじわっと染み渡った。




* * * * * * *




6月1日 昼



何だかあわただしかったが。

まだ、お昼だったのか。


昼食、薬、歯みがき、うがい。



12:45ごろ、

部屋掃除の人が来た。


お風呂掃除は、

なかなか骨が折れそうだ。


床は掃除機がけ。

カーペットだもんな。

コロコロクリーナーもあるようだ。


ごみの片づけ、トイレ掃除。


それらすべてを、

5〜10分くらいでやってのける。


すごいなぁ。




おさまったかに思えた

「波(ウェーブ)」が、

またやってきた。


下剤の効果のすごさ。


これでもう、10回目くらいだ。


すべてきれいになるのなら、

出るにこしたことはない。


きれいになるためなら、

あたし、がんばる。




カイカイマンも、

シャワーを浴びたら

かなりおさまった。


テープかぶれの人は、

こまめに体を洗うか拭くかして、

テープを新しく交換したほうが

いいのかもしれない。




新しいノート(3冊目)、

買っておいてよかった。


鉛筆削りも、消しゴムも、

買ってよかった。




C棟、エレベーター、

車イスの男性。


看護師さんに

付き添ってもらっての移動だが、

自力でうごかして進めるようだ。


目的地の2階まで降りるあいだ、

エレベーターの中、

男性は車イスを反転してもらって、

扉のほうへ向きを変えていた。


「扉が開いた瞬間、

 ダッシュできるように」


男性がそう言うと、

看護師さんは声をあげて笑ったあと、


「どんだけアグレッシブなの」


と答えた。


「ポケットがない」


男性は、

ウエストポーチから出した財布を、

パジャマのズボンにしまえないことを

なげいた。


看護師さんは、


「そうだね。ポケット、小さいもんね」


と、

パジャマの胸のポケットを見つめる。

男性の言葉に、いちいち答えを返す、

やさしい看護師さんだった。


エレベータが2階に着いて、

扉が開く。


「ダッシュ」のはずの男性は、

もたもたと何やらいじっていて、

ちっとも「開いた瞬間ダッシュ」

じゃなかった。


それを見て、

看護師さんはまた声をあげて、

あははと笑った。


「あんだけ意気ごんどいて。

 全然ダッシュじゃないじゃん」


明るく言う看護師さんに押されて、

男性がエレベーターを降りる。


ぼくも2階で降りた。


長くまっすぐな廊下を、

男性のたちの後ろについて、

ならんで歩くような格好になる。


追いぬこうかな、と思ったとき、

男性が、

もう然と車イスを走らせはじめた。


その速さは、

ちょうどぼくが歩くのと

おなじくらいで、

自然と「並走」する形になる。


看護師さんはやさしく笑っている。


ぼくは歩みをゆるめ、

男性を先に見送った。


けれどもすぐに、男性が手をゆるめ、

進むスピードがゆっくりになった。

ゆっくり歩くぼくが、

またすぐに追いついた。


後ろを歩いていた

看護師さんも追いつき、

男性に話しかけていた。


「あ! コンビニっぽい光が見える!」


そう言うと、男性は、

車イスを勢いよく走らせはじめた。

進んでいく背中を見送りながら、

笑う看護師さん。


男性は、コンビニに着いたとたん、

かごを手にして、

きらきらと顔を輝かせていた。


その姿に、

看護師さんが頬(ほお)をゆるめる。


なんだろう。

男性と、看護師さんとの

このやりとりは、

人を笑顔にする何かがあった。


それが何か、

言葉にするのはむずかしいが。


とにかく、

そこに「わるいもの」は、

何ひとつなかった。


無邪気な男性の姿に、

何だか不思議な元気をもらえた。




2階からA棟の10階へ

上がるつもりだったが。


広々とした待合に、

公衆電話があるのを見つけた。

電話室のような「部屋」ではなく、

扉のない壁に囲われた、

2台の公衆電話だ。


10階まで行く必要がなくなり、

そこから母に電話をかける。


1回目は留守番電話。

すぐかけ直すと、

4コール目くらいにつながった。


「明日退院になったから。

 10:30に、

 入院会計の受付前で待っててね」


「よかったねぇ!

 早く行って、待ってるからね」


母がうれしそうに言った。


「・・・それじゃあね、元気でね。

 明日ね。じゃあね、気をつけてね。

 明日ね・・・」


いつ切ればいいのかわからないくらい、

エンドレスにつづく母の言葉に、

ちょっと笑って受話器を置くと、

受話器の向こうから、


「・・・気をつけてね」


という声が聞こえた。


ふふっと、鼻で笑うと、

ピピー、ピピーという音とともに

吐き出されたテレホンカードを

抜き取った。



公衆電話はたいてい位置が低いので、

かけるとき、

かがみつづけていると腰が疲れる。

だから、いつも両脚を広げて、

背筋を伸ばして立つ。


台所や洗面台が低いときにも、

こうやって立つことがある。


<位置の低い公衆電話からかけるときの姿勢の図>




エレベーター待ちをしているとき、

年配の男性が、とことことやってきた。


そばにいる看護師さんに、


「立体の駐車場ってどこ?

 どうやって行くの?

 ここから行けるの?

 1階からしか行けないの?」


と尋ねた。

矢継ぎ早だが、それでいて、

せかせかするふうでもない。


看護師さんは、落ち着いた声で、

静かに答えた。


「ここからは行けないです。

 全然場所がちがいます」


さらに尋ねる男性に、

来た道を戻るように指で促し、


「この廊下のずっと先の、

 反対側のほうです」


と説明した。


わかったのかわからないのかは

わからないが。

しばし黙った男性は、

看護師さんが指し示したほうへと、

とぼとぼ歩いて行った。


いろんな人がいるなぁ。


いちおう、

このエレベーターは、


『関係のない方の立ち入りは

 ご遠慮ください』


と書かれた看板の先に

位置するのだが。


おじさんって、すごい。


どこでも入ってきちゃうから、

おもしろい。




C棟14階には、

祈祷室(きとうしつ)がある。


こっそりのぞいてみると、

中は真っ暗で、

車イスと祈祷台くらいしか

見えなかった。


閉め切られたカーテンの

すきまからこぼれる自然光が、

おごそかな感じに見えなくもない。

ヨーロッパで見た教会みたいだ。


何でも、見かたによって、

そう見えてしまう。

やっぱり単純な、ぼくでした。


どこでもこっそりのぞいちゃうぼくは、

さっきのおじさんと

ちっとも変わらないのかもしれない。




* * * * * * * *




点滴は、おしっこが近くなる。


14:00ごろ、

部屋に来てくれた薬剤師さんが、

教えてくれた。


500mlで、3回(のトイレ)。


胃で吸収するより、

はるかに水分量が多くなる結果、

トイレが近くなる。


薬の説明も詳しくしてくれて、

いろいろ話してくれた。


専門の人の話は、興味が尽きない。

なるほどの連続です。



いいとかわるいとか、

好きとか嫌いとか、そういう前に。


「合わない」っていうことが、

あるのだな。


何をやっても、かみ合わない。

いくらこっちがやっても、

返ってこない。

とにかくずれてしまう。


それは、仕方のないこと。




少しくらいは成長できたかな。


理解して、見極めて、

切り替えるということを。


均一でないということは、

わるいことではない。


決めつけないし、ただしもしない。


白紙。


打てば響く。


前後よりも目の前。



「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」


「注意一秒、怪我(けが)一生」




テープをはがしてから、

初めてちゃんと鏡を見た。

手術の痕(あと)を見てみた。


とてもきたない。


いまはまだ、

黒いナイロンの糸が

あるせいかもしれないが。

何だか無残な痕が残っている。


抜糸したら、

またちがってくるだろう。

傷痕も、

いずれ目立たなくなるはずだ。


そして何より、

入院生活でだるだるになった体を、

きりっと引きしめたい。





死ぬよりましだ。


死ぬよりひどいことはない。



その最中、

いくらつらくて苦しくても、

死ななければ、大丈夫。


意味なくわくわくして、

また新たなときめきをさがして、

ここをあとにしよう。


     2023.6.1.





* * * * * * * * *




16:00か。

何だかどっと疲れたな。


今日こそ「静養」しよう。


何やかんやで毎日いそがしかったから。

今日はもう、何もしない。

帰ってからまた、いそがしくなる。

やることがいっぱいある。


それでも、あわてず、あせらず、

たのしんでやっていきたい。


欲ばっていいことはない。

ていねいに、ひとつずつ、

味わっていこう。


心も体も、

一個しか、ないからね。



(10〜15分くらい、ちょっとうたた寝)



16:50ごろ、

外科の先生が来られた。


手術の内容から、

術後の注意点などを話してくれた。



手術は、

肺の「穴」が開いた箇所を切り取り、

それを補強するために

「ネット」を貼った。


『PGAシート※』と呼ばれる、

薄くて伸縮性のある繊維で、

15週間ほど経過すると、

体内の組織に吸収される。

(※ポリグリコール酸シート)


<外科の先生が描いてくれた今回の手術の図>



場所でいうと、左肺の、

上葉と下葉の境目くらいのところ。


穴の部分をそのまま

縫ったりしてふさいでも、

穴の開いた箇所自体が

弱くなっているので、

あまり意味がない。


そのため、

穴の周りをぐるっと切り取り、

補強も兼ねて、シートを貼るのだ。


シートの「接着」には、

患者自身の血液を混ぜて生成する

「糊(のり)※」を使う。

(※フィブリン糊)


さらに、ネットの周辺を

「ホッチキス(医療用ステープラー)」で

留めていく。

針はチタン製で、

そのまま体の中に残る。


「ホッチキス」は、

留めるだけでなく、切ることもできる。

とても機能的な医療器具だ。

(「カッターステープラー」ともいう)


胸腔鏡手術では、

先端に「ホッチキス」がついたアームを

体内に挿入し、

切ったり留めたりする。


<医療用ステープラー(参考画像)>



「ほかにも

 薄くなってた部分があったので、

 ついでにネットを貼っときました」


先生が、笑顔で言った。



胸膜炎を起こした箇所も、

きれいに洗浄し、

点滴と錠剤による抗生剤で、

しっかり快方へ向かっている。


ドレーンを刺していた「穴」は、

ずっと長く入れていたせいで、

傷がくっつきにくくなっていたため、

周辺部分を切り取って、

縫い直してくれたとのことだ。


たしかに、最初の「穴」は、

内科の先生が

一生懸命に開けてくれた穴で、

もうずいぶん昔のことに思えるくらい、

「古い」ものだ。


最初の緊急入院の風景が、

もはやなつかしい。



肺の穴は、治療した。

病状自体は「治った」わけだが。

肺が完全に回復したわけではないので、

ひとまず安静にすること。


運動は、

20〜30分の散歩くらいは大丈夫で、

激しい運動は、

次の外来まではやめておくこと。


腹筋・腕立てなどの筋トレは、

1カ月くらいはやらないこと。


お風呂は、

左胸の傷口が完全にふさがるまでは、

シャワーのみで、

浴槽に浸かっての入浴は、

まだやめておいたほうがいいとのこと。


とにかく。


退院ではあっても、

「自宅療養」なのだと。


先生の言葉で、

あらためて自分に言い聞かせた。



うっかり健康になったと思わない。



いまの状態をしっかり覚えて。

よくなる自分をたのしみにしよう。


あせるな急ぐなあわてるな。

(生活、生き方すべて)



<退院後の生活のスローガン>



・ごはんの量を減らす。

(体重を68〜69kgへ)

・栄養価の高い食事。

・ベルトをはめて生活する。

・ぴったりとしたズボンを履く。


1)日記をまとめる。

2)絵を描く。(何かを見て描く)




入院中、「食べなきゃ」と思って、

しっかり食べた。


運動も筋トレもできず、

歩くこともできず、

2〜3㎏増えてしまった。


まずは安静にしながら、

そのうえで体重を戻していくこと。

筋トレは少しおあずけ。


体力と肺の回復。


外来までの2週間、

あせらずゆっくりやってみて、

その結果次第で、次を決める。


まずは2週間ね。


(退院ではしゃいでしまわないように)




* * * * * * * * * *




6月1日 夕



この部屋はまだ2日目なのに。

もうずいぶん、いたようにも思える。


昨日と今日。


ほんの2日が、

長く感じたせいもある。


いろんなことがたくさんあって、

そのひとつひとつが、

自分にとっては大きなことで、

心や感情が大きくゆれうごいた。



外の空気を吸いたい。

風を浴びたい。


温室の植物みたいな毎日は、

やはり息が苦しくなる。

胸が苦しかったせいで、

よけいにそう感じてしまう。


思い返せば、

自力で歩けないところからはじまり、

チューブ、車イス、

ベッドの上にくくられた時間。

本当にいろいろ経験した。



まさかもよもやもない。

もしもとか、〜だったらとかもない。


つよく、しなやかに、折れない心。

現実を受け止める。

大きく、おおらかに、ゆったりと。


貫禄。

人間としての成長(レベルアップ)。




気づくと19:00。


退院が決まった自分に、

検温とか巡視はあるのかな。


明日も晴れるかな。


待合室で、

だだをこねていた男の子。


ほほえましいような、

なつかしいような。


やかましそうに、

にらみつける人もいる。

ちらっと見るだけの人もいるし、

気にしない人もいる。


現実って、そういうものなんだ。


おなじなのに、ちがう。


いいものがわるくなったり、

わるいものがいいものになったり。


だったら、

自分がいいように思えばいい。


まだまだ瞬間的に、

どきっとすることもある。

ゆるしがたいこともある。


甘えや期待、押しつけは捨てて。

「なるほど」と、思える人でありたい。


とにかく、笑っておこう。

笑うしかないことだって、

たくさんある。


何も考えないでいること。

無。


水のように、風のように。

言葉ではなく、イメージで。


流れる時間。


人間、死ぬときは死ぬ。

まだ死なないから生きる。


だから、思うことはやるべきだ。


あわてず、急がず、ていねいに。

完成を急がず、

その道程をしっかり味わう。


しつこいくらいに

何度も言いつづけているが。


まだまだ急いでいる。

結果や成果をほしがっている。


そんなものはどうでもいい。

自分の時間を、

どれだけゆたかに彩れるか。

わくわく、どきどき。

うっとり、うきうき。


くるしみもかなしみも、

ぜんぶ大切なもの。



わかったことは、

体験と記録が、好きだということ。



人の記録を見たり、

読んだりするのも好きだし、

自分で記録するのも好きだ。


きっとこれを見て、

楽しんでくれる人もいるはずだ。





エレベーターホールで、

3〜5分くらい、

じっくり景色を焼きつけて。

自室に戻って、絵を描いた。


けっこう描けた。

上出来。


(自室前の廊下の絵は、

 ちょっといい加減だ)



<特別室のある棟
エレベーターホールの図>








6月1日木曜日、入院9日目。

いかがでしたでしょうか。


いよいよ明日、

退院予定日。


このまま無事に、

退院することができるかどうか。


おそらく、きっと、今度こそ・・・・。



次回、#8にて

お会いしましょう。



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< 今日の言葉 >


「消しゴムが消すのは、

 文字や絵や図ではなく、

 消しゴム自身の、その姿だ」


(『イエハラ・ノーツ』2023より)