2010/03/23

マーパチンパ






マーパチンパ。


何のひねりもなく、
パンチパーマを逆さにしただけのことだ。


うちの父は、
ずうっとパンチパーマだった。

ぼくが小学生になってから
高校を卒業するくらいまで、
ずっとパンチだった気がする。

そのせいか、
「父=パンチパーマ」という印象が強い。


パンチパーマの父は、
当時、営業職に就いていた。

パンチパーマで関西弁を操り、
休日にはガラ物のどぎついシャツを着て、
金の喜平のネックレスや
ブレスレットを巻きつけていた父。

どう見ても「あっち系の人」だ。


営業の外回りのついでか何かに、
ふらり、運動会をのぞきにきたことがある。

そのとき、父は両手にヤケドを負っていた。

移植したばかりの皮膚に太陽光を浴びないよう、
白い手袋をはめた父の姿を見て、
クラスメイトが言った。


「お父さんて、タクシーの運転手?
 それともヤクザ?」


有無を言わせぬその二択に。

正直、どう答えていいのか分からなかった。


ぼくは中学に入るまで、
父がどんな仕事をしているか知らなかった。

ときどき、大金(ゲンナマ)を手にして
帰ってくる父を見て、
ぼく自身、お父は本当にヤクザなんじゃないか、
と思っていた時期も短くない。


どうでもいいことだけれど。

父がヤケドをしたのは、仕事中、
体に何万ボルトかの電流が流れたせいだ。

両手で機械の操作をしていて、
ショートした電流が右手から入り、
そのまま右のつま先から地面に流れた。

もし、右手から入った電流が
そのまま左手に走っていたら。

医師の話によると、
おそらく左胸の、心臓を通過して、
そのまま死んでいたかもしれないということだ。

両手で機械操作をしていた父の状況からして、
つま先方向に電気が逃げるのは
「奇跡」のようなことらしい。


おそるべし強運。


それ以来、体に磁気を帯びたと、
父は自分で言い張っていた。

「ほれ、見てみ」

たしかに。

方位磁針のN極が、
父の指先に吸い寄せられていくようにして
くるくると回っていた。

手術と治療のためにしばらく入院するほど、
結構大変なヤケドだったのだが。

白手袋の理由をクラスメイトに説明したとき、

「へえ、じゃあ、
 電気で感電したせいで
 チリチリになったんだ」

という、
しょうもないながらも気の利いた答えが
まじめに返ってきた。

それは、いま現在、
チリチリ頭のぼくが
言われたことのある言葉でもある。



さて。


ある冬の夜。

父がずぶぬれで帰ってきた。

背広を着ているので、
見たところ会社帰りのようだが。
えらく酔っぱらっている様子だった。


「採れたてのカキや」

白いビニール袋を差し出して、父が言った。


カキ。

袋の中から出てきたのは、
柿ではなく、牡蠣のほうだった。


「歯みがいたから、いらない」

それを聞くや否や、
父は語気を強めてまくしたてた。

「何ゆうとんねん、おまえ。食わんかいな。
 歯ぁなんかまたあとでみがけばええやろ」

そうなるとお手上げだ。

逆らうことは許されない。


父が牡蠣の殻を
マイナスドライバーでこじりあける。

当たっていたストーブに、
採れたての牡蠣を並べて、しばしの沈黙。

牡蠣が、しゅうしゅうと音を立てて、
おいしそうな匂いを漂わせはじめる。


「いまや、早よ食え」


父が押しつけるように渡した牡蠣を、
こわごわと手に取り、口に運ぶ。


うまかった。

めちゃくちゃうまかった。


それまで食べていた牡蠣は何だったのか。
そう思えるくらい。
身がしまっていて、味わいが深かった。

あとにも先にも、
そのときほどおいしい牡蠣は食べていない。

そう言ってもいいほど甘美な味わいだった。


正解は分からないけれど。

たぶん父は、
酔っぱらってどこかの海に
ざぶざぶと分け入って、
「野生の」牡蠣を採ってきたに違いない。


酔っぱらうと、
父は何やら持ってきてしまうことがあった。

店の前に置かれたパンチボール
(空気で膨らませる「おきあがりこぼし」の
 ようなPOP)を引きずりながら、


「連れてきた、友だちや」

と、ぼくにそいつを紹介してくれたこともある。

いかにも「友だち」を連れ添うような感じで、
ウイスキーの写真が印刷された
パンチボールの「肩」に腕を回して。


あるときなどは、
夜ふけに、いきなり寸胴鍋の前に立ち、
何やらぐつぐつ煮込みはじめた。

見ると、カニやら、ほかの魚介やら、
野菜やら何やらが見え隠れしている。

その鍋の中に、
父がどぼどぼと牛乳を注ぎはじめた。

さらにはひと塊のバターを投入して、
木べらでぐるぐるかき混ぜて。

ゆであがった麺を
どんぶりに入れたかと思うと、
寸胴で煮込んだ謎のスープをなみなみ注いだ。

「おい、食ってみぃな」

嫌な予感はしていた。
けれど、風呂上がりにぼくは、捕まってしまった。

「いやだ、そんなの。マズそう」

カニ、牛乳、バター。

食べるまでもなく。

当時のぼくには、
その組合わせだけでも充分嫌な感じがした。

すると、例のごとく父が顔色を変えた。


食う前からマズい言うな。
 食うてから言え」


背筋を伸ばしたぼくは、
ハイ、とばかりに直立し、
父の手からどんぶりを受け取った。


またしても。


うまかった。


その、謎のスープの謎ラーメンは、
いままで食べたことのないような味わいで、
晩ごはんを食べたあとのぼくのおなかに、
するすると入っていった。

「・・・おいしい」

「ほれ、な? 言わんこっちゃないやろ」

強引で、有無を言わさぬ父の、気まぐれ料理。

いまにして思えば、
誘い下手の父の、精一杯だったのかもしれない。


離れて暮らすようになって、
少しだけ父のことが「冷静に」見れるようになった。

それでも、いざ面と向かうと、
いまでも少しぎこちない。


ぼくは、父とキャッチボールをするのが嫌いだった。

こわいし、うるさいし、めんどうだし。
とにかく、父とのキャッチボールが嫌いだった。


最近、友人とキャッチボールをしていて、
ふと思った。

父親とたのしく
キャッチボールできるような関係だったら、
いまのぼくは、どんな感じだったんだろう。


パンチパーマとキャッチボール。


大人になって、気づくとぼくは、
ガラ物シャツにチリチリ頭になっていた。


< 今日の言葉 >

毎度お買い上げありがとうございます。
先生・・・輪太郎君、特徴は・・・・・・・?
ハイ! お答えします。
私は生まれはアメリカ、育ちは茨城県(株)菓道です。
育ちの良さと味のよさ、それに輪になっているのが特徴です。
先生・・・輪太郎君はなぜ輪になっているのですか・・・・・・・?
ハイ! それは、味が見通せるからです。

(株式会社 菓道/『もろこし輪(わ)太郎』の裏面コピー)

2010/03/11

たたかう人


「闘う女性」(2008)




ぼくは、たたかっている人が好きだ。

争いや諍(いさか)いではなく、
ほかの誰かとたたかっているのではなく。
自分自身と、たたかっている人が好きだ。


先日、ある料理店に行ってきた。
フランス料理を基にした料理店、と言ったらよいのか。

とにかく、腕のいい料理人が
おいしい料理をふるまってくれる、料理店だ。


そこの主人であり料理人である男性。
厨房に立つ彼の姿を見て、思った。

「たたかってるなぁ」

彼の料理を食べて、思った。

「たたかってるなぁ」

素材や、火や、タイミング。
一瞬しか訪れない料理の「瞬(旬)」を、
彼は逃さずつかまえて、皿に盛る。

新鮮な食材を、
いちばんおいしい料理のしかたで出す。

シンプルなことだからこそ、
何より難しい。


フランス料理というものに対して持っていた、
ぼくの幼稚な概念。
彼のつくり出す料理は、
その概念を、ことごとく裏切ってくれた。

足し算ばかりだと思っていた、フランス料理。


「フランス料理って、おいしいんなだな」


純粋にそう思った。

そして、たのしかった。

たのしい食事、たのしい時間。

くつろいだ感じで出てくる料理を食べながら、

2時間以上が、あっという間に過ぎた。


料理人の彼が、たたかっているから。
ぼくらはおいしい食事を、たのしませてもらえた。

やっぱり、本物ってすごい。

そう思った。



さらに、その料理店に置かれた
テーブル、イス、
カウンター・テーブルなどの家具。

この家具をつくった彼も、たたかう人だ。


今回、この料理店に招待してくれたのは、
知人であり友人である彼なのだが。

彼の家具に対する姿勢、
木と向かいあう姿に、いつも感服する。


ふだんの彼は、
酒も飲まず、喫茶店でお茶を飲みながら、
音楽やアイドルやUFOの話で
何時間も費やせるような気さくな男子だ。

そんな彼も、木工のことになると、
たたかう人に変身する。

彼のつくる家具は、すごい。
本当にかっこいい家具をつくる。


料理店の、
ナイフ・フォークの横に置かれた、黒檀の箸。

彼のつくった箸は、
ピンセットみたいに細くて軽やかで、
つかんだ料理の手ごたえが、
じかに手に伝わるような感じだった。


素材とたたかう人。

時間とたたかう人。

制約とたたかう人。

そして、自分自身とたたかう人。


ぼくは、そんな人と話すのが好きだ。

たたかう人は、
たのしそうに、キラキラした目で話をする。

たたかう人は、
どんなときでもたのしむ術を知っている。


ぼくも、そんな人になりたいと思う。

たたかう人に、なりたいと思う。


さしずめぼくは、
みりん揚げを割らずに4枚、
口のなかに入れることからはじめてみようと思う。

自分自身に負けないよう、
そして、唇のはじを切らないよう。

精一杯たたかっていこうと
固く心に誓うのでありました。



< 今日の言葉 >

『言葉の意味はよく分かるから
 すごい自信がない』

(モールス/『光ファイバー』の10曲目)