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2009/07/22

ぼくのともだち 〜ともだちんこ〜





小学校5年のクラス替えで、
Sくんといっしょのクラスになった。

Sくんとは、1、2年生のときも同じクラスで、
仲のいいメンバーのひとりだった。


5年生になったSくんは、
ずいぶん背が伸びていて、すっかり大人びて見えた。

身長170センチ以上で長髪で。
ランドセルが逆に嘘っぽく見える。

見た目だけでなく。
中身もかなり大人っぽくなっていた。


5年生の夏、
他県へキャンプに行った。

学校行事としては初めての「旅行」で、
親元を離れて寝泊まりする最初のイベントだ。


キャンプ1日目の夜。

晩ご飯を食べ終え、大浴場での集団入浴も終わり。
まくら投げやプロレスに疲れたぼくらは、
「消灯」されて真っ暗になった室内で、
ひそひそと話しつづけた。

「1組でいちばんかわいい女子は誰か」

「2組でいちばんかわいい女子は誰か」

・・・といった感じで。

ぼくは、となりのふとんで寝ているSくんと、
真っ暗な天井を見ながらひそひそ話していた。


「ねえ、赤ちゃんって
 どうやってつくるか知ってる?」

突然、Sくんがこう切り出した。


「セックスするとできるんだよね」


ぼくがそう答えると、Sくんがさらに言った。


「じゃあ、セックスって、
 どうやってやるか知ってる?」


「知らない」


そう答えるぼくに、Sくんが
やや身を起こして語りはじめた。


「女の、・・ってところがあってね。
 ・・・を、そこに入れるんだよ。
 それから・・・・で、・・・・して。
 ・・・・が・・・・で、・・・なんだよ」


そんなふうに。

微に入り細に入り、すっかり説明を聞いたぼくは、
わけがわからなくなって混乱した。

衝撃だった。

「セックス」という言葉しか知らなかったぼくには、
まさかそんなことをするなんて、想像外の世界の話だった。


「△△(クラスの女子の名前)にも、
 ▲▲にも、・・はあるんだよ」


最後、Sくんは、
いたずらっぽく笑ってそうつけ加えた。


何となく、ショックだった。

Sくんのせい、というより、
知らなかったことを知ってしまったということへの動揺。

ほんわかとした「夢想」の扉が開けられて、
ついに生々しい「真実」を見てしまったような。

まさに「大人の階段」を1歩、駆け上がった瞬間だった。


翌朝、Sくんは、
歯磨きしている女子の横顔を見ながら、
片目をつぶり、口元を手で隠すようにして、

「うおーっ、興奮するー」

と叫びつつ。

「もっと横向いて」とか
「そのまま(歯磨き粉を)吐き出して」とか、
ひとり興奮気味に指示を出していた。


ぼくは、昨晩聞いた「真実」が頭にこびりついて離れず、
妙にふわんふわんした感じで女子を見ていた。

真実と現実が結びつかない、
そんな不安定な感じで。



Sくんには、彼女がいた。
相手は女子高校生。

Sくんは、小学校5年当時から、
女子高生とつき合っていたのだ。

背も高く、おしゃれなSくんは、
たしかに小学生には見えなかった。


同級生と遊んでいると、近所の人から、

「あの子は、小さい子とばっかり遊んで。
 同年代の友だちがいないのかしらね」

そんなふうにささやかれたことがあると言っていた。


キャンプの夜の「性教育」もひとつの例だけれど。
Sくんはとにかく、いろいろなことを知っていた。

勉強もかなりできるほうだったので、
ときどき、本当に年上のお兄さんと
話しているような感じがした。

むずかしいことでも何でも、
ぼくにも分かるように話してくれるSくん。

家に遊びに行くと、
お茶を出したり、お菓子を買ってきたり、
ビデオや音楽を流したり。

「鍵っ子」だったSくんは、何でも自分でやれて、
ぼくには格好よく見えた。


初めて『MTV』を観たのも、Sくんの家だった。
シンディ・ローパーとか、デビット・ボウイとか。

『おニャン子クラブ』について、
いろいろ教わったのもSくんだった。

新田恵利のファンだったSくんが、

「会員番号4番、新田恵利です。
 よろしくお願いします」

と「挨拶」したら、
ぐるり、砲丸投げのように回した
右手を口元に当てて、


「エーリちゃあ〜ん!」


とエールを送る。

そんな「遊び」を教えてくれたのも、Sくんだ。


また、『てつ100%』というバンドの掛声を、
パート分けして「練習」させられたこともある。

「て」(Sくん)
「つ」(ぼく)
「ワン」(Sくん)
「ハンドレッド」(ぼく)
「パーセンテージ」(ふたり)

・・・これをよどみなく、
流れるように発音するのだ。

いきなり、何の前ぶれもなく「て!」とはじまるので、
いつでも心の準備しておかなければいけない。



ある日。

6年生の校外授業で、
プラネタリウムに行くことになった。

ぼくはたいてい、Sくんと行動していたので、
自然、Sくんととなりどうしの席になった。

全体の座席のいちばん後ろの列。
最後部に座ったぼくらは、
昼間の星を見上げながら、
星座にまつわる物語に耳を傾けていた。


「ねえ」

Sくんが、小さな声でささやいた。

「ナマがいい? それとも、パンツがいい?」


いきなりの問いかけに。
ぼくは答えるべき言葉を失った。

しばらく答えに困っていると、
もう一度、Sくんが同じことを繰り返し言った。

「ナマ」が何かは分からなかったのだけれど。
少なくとも「パンツ」よりはマシなような気がして、

「じゃあ、ナマ」

ぼくは小さな声でぽつりと答えた。

すると、おもむろにSくんが
ぼくの手を取り、
自らの股間に押し当てた。

まわりのクラスメイトは、みんな黙って、
人工的な星空を見上げている。

とてもじゃないけど、
声を出せるような雰囲気ではない。

生暖かく、奇妙な感触。
これが「ナマ」の「こたえ」だったのか。

ぼくはただただ、
Sくんのちんちんに手を当てたまま、
宝石をちりばめたかのような天球を見上げていた。

少しも嬉しくはなかったけれど。

不思議と嫌な気持ちでもなかった。

ただ、Sくんがそれを望んだことに、
ちょっとだけびっくりして、
ほんの少しだけ悲しい感じがして、
傷つけたくないと思った。


石のように固まった、長い静寂。


ぼくの手を外して、
Sくんがぽつりとささやくように言った。


「ありがとう」


薄暗闇のなか、
Sくんの白いブリーフがそっとしまわれる。

担任の先生も、クラスの女子も、男子も。
何ごともなく、みんな一様に星を見つめていた。


いまのぼくからは、
まったく想像もつかないことだけれど。

当時のぼくは、色白で、
さらさらの茶色い髪の毛で、
ちょいちょい女の子に間違えられた。

美容院で髪を切り、整髪料で髪をセットして。
自分で服を選んで買っていたぼくは、
当時では「ませた」部類に入る。

そんなふうに容姿を気にしていたためか、
ときどき歳上の女の人から、

「かわいい」

などと、からかられた。


中学に入る直前、学生服を買いに行ったとき、

「セーラー服は、あちらですよ」

と、おじさん店員に言われたこともある。


そんな容姿のせいもあったのだろうか。
それとも「ともだち」の「しるし」だったのだろうか。

Sくんの行動は、いまでもよく分からない。


それを機に、というわけでもないけれど。

ぼくは、腕立て伏せをはじめた。


変声期を迎えると、
女の子っぽい容姿は見る影もなく、
すっかり「男くさく」なっていた。



仲よしだったSくんとは、
中学で別々になった。


小学校を卒業して4年後の夏。
駅で偶然、Sくんと会った。

久々の再会。

久々に会ったSくんは、
記憶のなかのSくんとあまり違いがなかった。

高校生になったぼくは、彼女といっしょだった。
気づくとぼくの身長は、Sくんよりも高くなっていた。

ぼくから見るSくんは、Sくんのままだった。

Sくんから見るぼくは、どうだったのか。

これから出かけるぼくは、
少しだけしゃべってそこで別れた。


Sくんがいて、ぼくがいて。

ぼくがいて、Sくんがいて。


ぼくの人生に、脇役はいない。

みんなぼくのともだちだ。


ひとつ言えること。

それは、あのとき「目覚めなかった」ということ。


ともだちんこ。


ロマンチックな星空の下。

ぼくはただ、
そんなふうに解釈しただけ、だったのかもしれない。



< 今日の言葉 >

『あなたはどうやら新しく入ってきたあの男の子に
 かんぜんにノックアウトのようね』

『どうかあのイヌたちが
 このコロッケを食べますように アーメン』

(『ロマンスの薬』/楳図かずお より)

2008/05/19

もう一度、生まれました。


「少数民族」(2008)




先日見た夢が忘れられない。


僕らは、
古い小屋のような場所にいた。

一緒にいたのは、
高校時代の友人だ。

僕らふたりは、
何かにおびえるように
身を縮めてかがみ込んでいた。


ガラス窓から見える風景は明るく、
暗い倉庫のような室内が
いっそう黒々として感じる。

窓の外では、白い日差しの中、
獅子舞のような面をかぶった
真っ赤な集団が、
列をなして練り歩いていた。
風景の左から右へ、黙々と。

面をかぶっているのか、
それともそれ自体が彼らの顔なのか。
全身赤色に包まれていて、
てかてかとしたその顔の質感は、
まさしく漆塗りの獅子舞そのものだった。


突然、
行列の先頭を歩く獅子舞男が
足を止めた。

彼は顔だけをくるりとこちらに向け、
ぴたりと立ち止まった。

機械じかけのような、
曖昧さのない動きだった。


彼の「目」は、
面に覆われているのだけれど、
あきらかに僕らを見据えている。

彼ら、獅子舞男たちは、
どうやら“僕ら”を探していたようだ。


彼に見据えられた、その瞬間。


猛烈にへその辺りが熱くなった。

熱風を吹きつけられたように、
中からじわじわと熱さを増していく。


「あ・・・熱い」


声にならないうめき声を発しつつ。

勢いを増していく熱さに
こらえ切れなくなり、
僕は水を求めるかのごとく、
黒っぽい木製の床をはい進んだ。

獅子舞男たちから、というより、
その熱さから逃れたい一心で、
辺りを手探りはい回る。


獅子舞男たちが徐々に
間合いを詰めて近づいてくる。

友人は戸惑い、
座り込んだままの姿勢で固まっている。

探し回っていた手が、
何かに触れた。

取っ手だ。

床に「隠し扉」が
あることに気づいた僕は、
友人に向かって大声で叫んだ。

聞こえているのかいないのか。

友人はじっと窓の外を
見つめたままだった。


獅子舞男たちは、先ほどよりも近く、
もう小屋のすぐそばまできている。


へその熱さは、
全身を焼き尽くしてしまいそうなほど
熱くなっていた。


取っ手に手をかけた僕は、
勢いよく扉を引き開けた。

「こっから逃げられそうだ、早く!」

もう一度、友人に声をかけると、
今度は気づいた様子で、小さくうなずいた。


床に開いた穴は、
30センチ四方ほどの狭いものだった。

僕は迷うことなく、
穴の中に体を滑り込ませた。

中は、清潔な感じの
白一色に包まれていた。

壁面は柔らかく、
湿り気を帯びているように
ぬるぬるしている。

縦に続く穴は、
奥へ進むにつれて
さらに狭くなっていく。

肩を寄せ、
全身をねじ込むふうにして進んでいくと、
ゆるやかな傾斜を描きはじめた。

縦向きだった穴が
横向きの「トンネル」に変わったころ、
こわばっていた体の力を抜き、身を委ねてみた。

なだらかな滑り台を滑っているように、
僕の体は、奥へ奥へと送り出されていく。

そのときふと、
頭の中に浮かんだこと。


“ああ、僕は
 これから生まれるんだな・・・”


そして僕は目を覚ました。


起きたとき僕は、
また「生まれた」のだと、
そう感じた。


『夢辞典』によると。
(トニー・スクリプ著、相馬寿明訳/どうぶつ社)


<へそ>は、
「自分への依存心、
 母親に対する依存心を表す」という。

また「自己のもっとも深い部分が
外の世界と接触すること」とある。

<へその近く>では
「自分の要求のために他人に頼っている状態。
 母親に対する情緒的結びつき。
 誕生前の胎児期の生活を暗示する」のだと。


うーん、なるほど。


<小屋>
(子どもの頃の家族に対する感情。
 基本的で単純な関係を表す)に逃げ込み、
 隠れていた僕らは、
<赤い顔>
(怒りなどの強い感情の表れ)から逃れようと、
<穴に入っていく>
(無意識にある感情、衝動、
 あるいは恐怖との出会い。
 自己の側面との対決。
 子宮内の記憶。死、埋葬)。

<白>は「何かに気づくこと、
 澄みきった心、純粋さ、潔癖さ、
 心軽やかな気分」とあるので、僕は、

「“こわいひとたちに
 おこられるのがいや”で、
 誰かに依存して、
 居心地のいい場所に逃げ込んでいく。
 けれども、そんな自分と直面して、
 もがいて、そんで最後は
 なんだかさわやかな感じになってる」

というわけだ。

・・・どういうこと、それ?


ちなみにドアの取っ手は
「ペニス」を表すらしいが。

「ある状況へのこだわり。
 性的なこと、あるいは他の事柄において
 変化が訪れるときを表す」ともある。

ふむ、
やっぱりフロイト氏は
言うことがセクシーだ。


とにかく。

僕はいま、大人の階段を
のぼっているのかもしれない。


だったら、
踊り場で足を止めて、
時計の音を気にしている場合じゃない。

少女だったと懐かしく、
思うときがくるはずだから・・・。