2026/09/15

ちょっと休憩

 





❤︎


ということで今回は、

僕の考えたホテルをお送りします。



❤︎




HOTEL ちょっとだけ


HOTEL 変なことしないから


HOTEL なかよし


HOTEL 間違えた


HOTEL でも間違いじゃない


HOTEL 真剣


HOTEL 愛


HOTEL まずはここから始めよう


HOTEL うでまくら


HOTEL 波まくら


HOTEL 帰りたくない


HOTEL もう一回だけ


HOTEL このまま時間が止まればいいのに


HOTEL 結婚


HOTEL 一人部屋


HOTEL 愛部屋(あいべや)


HOTEL うちのとなり


HOTEL 大好き


HOTEL が大好き


HOTEL 家


HOTEL 喫茶軽食ユリ


HOTEL ちゃんとしたHホテル


HOTEL そうじゃないホテル


HOTEL そういうやつじゃないホテル


HOTEL ビジネスホテル


HOTEL 軽井沢


HOTEL 警察署


HOTEL 打ちっ放し


HOTEL 有罪


HOTEL 事実無根


HOTEL してない


HOTEL したかも


HOTEL ちょっとだけ


HOTEL たくさんではない


HOTEL 通勤圏内


HOTEL 職場の雰囲気


HOTEL 家族サービス


HOTEL サービスタイム


HOTEL チームタイム


HOTEL 言葉はいらない


HOTEL かたじけない


HOTEL ご無礼します


HOTEL お願いします


HOTEL ありがとう


HOTEL 本当にありがとう


HOTEL いつもありがとう


HOTEL 春の大感謝祭


HOTEL 人生


HOTEL 山あり谷あり


HOTEL 毎日が夏休み


HOTEL 学生気分


HOTEL だね


HOTEL だよ


HOTEL だから


HOTEL だもん


HOTEL なんだから


HOTEL いただきます


HOTEL ごちそうさま


HOTEL ジム


HOTEL 運動場


HOTEL 会議室


HOTEL 密会


HOTEL 現場


HOTEL 四面楚歌


HOTEL ハッピーエンド


HOTEL ハッピーえんどう豆


HOTEL 枝豆


HOTEL 豆


HOTEL 録画中


HOTEL 蜜


HOTEL 三密


HOTEL 壇蜜


HOTEL 結果オーライ


HOTEL 発車オーライ


HOTEL バックオーライ


HOTEL 内緒


HOTEL 黙秘


HOTEL ひ・み・つ・き・ち・♡


HOTEL ナ・タ・デ ♡ コ・コ


HOTEL 合唱コンクール


HOTEL 紅白歌合戦


HOTEL 大玉ころがし


HOTEL 玉入れ


HOTEL 騎馬戦


HOTEL 組体操


 HOTEL つな引き


HOTEL 二人だけの大運動会


HOTEL 1+1=♡


HOTEL 休むだけ


HOTEL ご休憩


HOTEL 休憩所


HOTEL 休憩施設


HOTEL 給水ポイント


HOTEL 折り返し地点


HOTEL 運命の分かれ道


HOTEL 分譲中


HOTEL いやらしいことは少しも考えてない


HOTEL きみが好きだ


HOTEL 真心と下心


HOTEL 罪と罰


HOTEL こころ


HOTEL 羅生門


HOTEL 避難所


HOTEL きみの背中の一番星

 

HOTEL 無免許運転


彼女がHOTELに着替えたら


HOTEL純情伝・沖田総司はBカップ


HOTEL おかわり


HOTEL 今度こそ


HOTEL 今夜こそ


HOTEL クレマチス


HOTEL 初めて


HOTEL ここに住みたい


HOTEL ライス無料


HOTEL 大人の社交場


HOTEL 夜の遊園地


HOTEL 山SEA(やましー)


HOTEL 秋の大収穫祭


HOTEL 残業


HOTEL ひだまり


HOTEL 和


HOTEL ネクスト・ステージ


HOTEL 応援団


HOTEL 乳腺クリニック


HOTEL 愛情物語


HOTEL コミュニティー・センター


HOTEL 相互理解


HOTEL 共犯


HOTEL ギリギリセーフ


HOTEL そもそもアウト


HOTEL 二人だけの物語


HOTEL 愛という名のストーリー


HOTEL 忠臣蔵


HOTEL 水戸黄門


HOTEL マンマミーア


HOTEL かたじけNIGHT


HOTEL ね


HOTEL いいよね?


HOTEL ね


HOTEL いいよね?


HOTEL ・・・・。



あなたは

HOTEL 

が、お好みかしら?



HOTEL それでは


HOTEL また次回


HOTEL お・た・の・し・み・に



HOTEL 永眠・・・♡



2026/09/01

好きって何

 




好きって何?


冒頭からいきなり

気持ちの悪い素朴さが

炸裂してしまったが。


そんなのは序の口。

ここからが本題です。


好きって何だろう。


好きっていうものの、

正体や形は、

どんなものなんだろう。


明確な定義や答えが

出したいわけではないけれど、

ちょっと考えてみたくなった。




* *



以前に書いた話と

重複する部分も多いが。


小学6年生の時、

男子友だちが集まって、

それぞれ、

「好きな子」が誰か、

言い合うことになった。


みんなで順番に、

「好きな子」の名前を口にした。

そのたびに、

「ええ」とか「ああ」とか、

「へえ」とか「おお」とか。

さまざまな声で、

いちいち色めき立った。


僕は、

隠すつもりも、

嘘を言うつもりも

なかったけれど。


「好きって何だ?」


心のどこかで、

はっきりとわからない、

もやもやした疑問があった。


だから、

僕の番になったとき、

誰の名前を言えばいいのか、

ちょっと迷った。


考えあぐねる僕に、

友だちの一人が言った。


「かわいいなって

 思う子でもいいよ」


なるほど。


かわいいなと思う子なら、

何人か思い浮かんだ。


僕は、

かわいいと思う子の中から、

一人、名前を挙げた。


そのl頃、

接点が急に増えた、

女子だった。


それが僕の

「好きな子」になった。

言い換えると、

僕の好きな子が

その子だということに

なった瞬間でもあった。


好きって何だろう?


その答えが

わからずにいた僕は、

みんなに告白した

その子のことが、

「僕の好きな子」のように

思えてきた。


周りの声や言葉に、

だんだん、その子のことが、

好きなような気がしてきた。


もちろん初めから

「好き」ではあった。

けれでもその「好き」が、

いわゆる「好き」なのかは、

よくわかっていなかった。


 当時の表現で言えば・・・


「『LIKE」じゃなくて、

 『LOVE』のほうの『好き』」


みんなの空気や扱いで、

妙に意識をするように

なったりして。


次第にその子と

顔を会わせるだけで、

恥ずかしいような、

どきどきするような、、

ぎこちない緊張感を

覚えるようになった。


好きって、

こういう感じなのか。


そんなふうに思った。



* * *



中学に上がり、

たくさんの

新しい「友だち」と出会った。

男子も、女子も、

小学生の頃とは

比べものにならないほど、

たくさんの出会いがあった。


中学1年生の時。

僕は、クラスの女子と

仲よくなった。


その子としゃべっていると、

すごく楽しい。

その子が笑うと、

すごく嬉しい。

その子といると、

なぜか落ち着く。


かわいいなと

思っていたけれど。

好きかどうとか、

そんなことを考えたことは

なかった。


ただ、

その子がいるおかげで、

毎日、学校へ行くのが

楽しみだった。


怒られてばかりで

窮屈な学校生活も、

その子に会いたくて、

毎日、休まず学校へ行った。


それでも——。


その子のことを、

好きだとか何とか

考えたことはなかった。


学校の中で、

いちばん一緒に

いたい女子——。


それが、

「好き」だという気持ちだとは、

思いもしなかった。


幼稚園の頃、

仲のよかった

近所の女の子みたいに。

仲のいいのい女の子なのかと

思っていた。


バレンタインデーに、

その子からチョコをもらった。


「義理チョコだからね」


と言われて、

ちょっとだけがっかりもしたが。


そうか、そうなんだと、

納得したのも事実だった。


僕の「好きな子」は、

小学生のときに

公言した子なんだと。


中学生になってからも、

依然としてそれが「公認」で、

公私ともに、

それが「僕の好きな人」だと

思っていた。




* * * *



中学2年生になって。

僕は、好その、

「好きな人」に告白した。


好きだと言ったかどうか、

覚えはないが。

一緒に帰ってほしいと、

しどろもどろに懇願した記憶は、

ひりつくほど鮮明に覚えている。


自分の未熟さや

青さでしかないのだけれど。


その子との「「恋路」は、

ほとんど何もなかったと

言っていいほど、

惨憺たるものだった。


部活が終わった帰り道。

街灯の灯った

暗い国道を歩きながら、

懸命に話した言葉は、

走り抜ける車の音にさらわれて、

沈黙ばかりが際立った。


用意した話題も、

盛り上がらぬまま尽き果てて、

たった15分ほどの帰り道が、

出口のないトンネルみたいに重たく、

いたずらに長く続いた。


それでいて、

その子を見送る場所まで来ると、

このままでは

終わりたくないという、

敗北の悔しさに包まれ、

坊主頭の、短い襟足が、

未練がましく、

ぐいっと引っぱられる。


今日も、何もなかった。


手をつなぐことも、

楽しく笑い合うことも。

何も、なかった。


好きって、

こういうものかと。


そのときの僕は、

自分の無力さにじっと

歯噛みしていた。


顔色ばかり

気にしていた僕は、

一緒にいても

息詰まるばかりで、

退屈どころか、

きっと苦痛な

時間だっただろう。


夏休みが終わる頃、

僕は彼女に「ふられた」。


おそらく、

付き合ってもいないのだが。


お盆休みに、

梅田のキディランドで買った、

『いまどきの子ども』の

登場人物、「ツグム君」の

ぬいぐるみを、

あげた時の状態のまま、

返された。


悲しかった。


いらない、という

明確な答えが、

そこにあった。


ああ、これで、

終わりということか。


何もわからず、

何もできなかった自分。


誰だって、

好きでもない、

読んだこともない漫画の

キャラクターのぬいぐるみを、

いきなり渡されたら・・・。

きっと困惑するだろう。


ましてや、

ちっとも話が

盛り上がらない相手に

もらったのだから。

それは、

仕方のないことだ。


後年、成人してから、

この件について、当人に伝えた。

遠い過去の、笑い話として、

明るく話せたことはありがたい。

おかげで、辛酸な過去として、

墓場まで持って行かずにすんだ。


とにかく——。


僕の「好き」は、

夏の終わりを待たずに、

あっさり終わりを迎えた。



新学期。


掃除の時間に、

廊下を歩いていると、

教室から声が聞こえた。


「私が好きなのは、

 イエハラだから!」


掃除道具入れの、

ロッカーの前で。

ちょっと怒ったみたいに、

叫ぶような大きな声で。


声はの主は、

1年生の時、同じクラスの、

「「一緒にいて

 いちばん楽しい子」の

声だった。


そうだったのか。


僕は、

義理チョコに添えられた言葉を、

そのまま、

額面どおりに受け取った。


好きっていう気持ち。


2年生になって、

仲のいい友だちが、

その子を「好き」だと言っていた。


僕の好きな子は、

その子ではなく、あの子だと。

周りのみんなが、

そう思っていた。

僕自身ですら、

そう思っていた。


好きだったはずのあの子は、

もう「好きな子」では

なくなった。


好きだとかは考えなかった

その子のことが、

もしかすると、

好きだったのかもしれないと、

そう気づいた時——。


僕は、

仲のいい友だちの「好き」を

奪ってはいけない気がして、

好きなのかもしれないという気持ちを、

ぐっと喉の奥へと飲み込んで隠した。


なんだかすごく、

さみしかったけれど。


そのときの僕には、

そうする以外に、

何もできなかった。



* * * * *



好きって何?


ずいぶんと歳を重ねて、思う。


好きは、好きでしかない。


それは、

すぐにわかる。


一緒にいたい。

ずっと話していたい。

笑顔が嬉しい。

喜ばせたい。

もっと知りたい。

もっとあげたい。

わけっこしたい。

心おどって、ときめいて、

飽きることなく

ずっと見ていたい。

一緒にいると、

安心して落ち着く。


他に何も、いらない。


そう思えるくらい、

満たされた気持ちに

させてくれる。


好き、は、

すぐにわかる。


中学生ではない、

今の僕には、すぐわかる。


好きは、

心地よくて、疲れなくて、

大変だけど、元気になれる。


人でも、物でも、

「好き」を見つけることは、

難しくない。


けれど、

それに出会えるかどうかは、

わからない。


出会ったら、わかる。


中学時代に感じた、

あの気持ち。


それを

上回る気持ちがなかれば、

僕は、敗者だ。


これだ、と思える

「好き」に出会い、

ずっと大切にできたら。

僕は、成功者だ。



好きって何?


説明はできないけれど、

僕にはわかる。


これが、

好きというものだと。


本当の好きは、

好きとかどうとか、

考える間もなく

「好き」だから。


呼びかたなんて気にせず、

心に従うだけでいい。


人は勝手なことを言う。


言葉は、心を惑わせる。


好きは、言葉で説明できない。

好きの他に、言いようがないから。


目の前に

「好き」が現れたとき——。


すぐにわかる。

頭より先に、心がわかる。


頭が邪魔をして、

心がそれを

「好き」だと気づかなかったり、

「好き」ということを

大切にしなかったり、

最初の気持ちを

忘れてしまったりすると、

「好き」だったものが

「好き」でなくなってしまう。



せっかく見つけた「好き」だから。

せっかく出会った「好き」だから。


目の前の「好き」を、

最初の気持ちのまま、

ずっとずっと

好きでいたい。



好きは、いいものだから。


「好き」に好かれて、

「好き」と両想いで

いられるように。


目の前の「好き」を、

思いっきり大切に

好きでいようと思う。


押しつけることなく、

拒むことなく。

目をそらすことも、

耳をふさぐこともなく。


好きを、

全身に受け止めたい。



好きって何?


愛とか、恋とか、欲望とか。


好きは、

すべてを包括して、

超越する。


この感じ。

まだまだ言葉では

言えそうにない。


好きって何?


誰かに止められようとも、

誰に何を言われようとも、

ゆるがない気持ち。


最初で最後の「好き」。


そんな「好き」に

出会えたなら。


「好き」に好かれて、

好かれ続けられるように。


最初の気持ちを、

最後まで忘れない。


このお話が、

何のおちも結末もなく、

気持ち悪いまま

気持ち悪く

終わるのと同じく。


最初の気持ちは、

最期の瞬間まで、

忘れない。



< 今日の言葉 >


『発見というのは、

 自分のよく知る場所に

 隠れていたりする。

 ただそれが、

 大きすぎたり、小さすぎたり、

 気づけていないだけなんです』


(マヤ文明について語る、考古学者の言葉より)


2026/08/15

ごめんね、父さん








父が亡くなって、

もうすぐ2年になる。


亡くなってみて感じることは、

さみしさと、後悔と、

感謝と、申し訳なさだ。


亡くなったとき、

正直、心のすみで、

ほんの少しだけ、

ほっとした自分がいた。


もうこれ以上、

怒られたり、振り回されたり、

面倒なことに巻き込まれないのだと。


父が死んで、

母と向き合う時間の中で、

何度も父のことを思った。


「ごめんね、父さん」


「今までずっと、

 ありがとね、父さん」


生きているうちに、

言えていたらと。

何度も悔やんだ。


きれいごとでも

優等生ぶるでもなく。

心の底から、

申し訳なく思った。


一方的に、

母の言い分を信じて、

父のことを、

悪者のように見てしまったことを、

申し訳なく思った。



* *



父の死後、

母と向き合う時間の中で、

これまで見てこなかった部分を

見るようになって。


戸惑い、憤り、

困惑する場面が

たくさん出てきた。


事の詳細ははさておいて。


簡単に言い表すと、

「母が、話を聞かない」と

いうことに尽きる。


生前、父はよくもらしていた。


「なぁんも言うこと

 聞けへんねや。

 なんぼ言うても、

 右から左やねん」


いらちで、せっかちな父だから、

のんきでおっとりした母が

そう見えるのかと。

当時は、そんなふうに思っていた。


「言うことを聞かない」

というのが、

自分の思いどおりに

コントロールしたい気持ちの

表れなのかと思っていた。


いざ、自分が、

母の「面倒」を見る番になって。


なるほど。

これはひどいと、父を思った。


父は、

大げさに誇張していたわけでも、

短気を起こしていたばかりでも

なかったように感じた。


今さらながら、

父の言葉が、

真実として突き刺さった。


そして、共感した。


これは、

怒っても仕方ない。

父の気持ちが、

痛いほどわかった。


いつも、

母に怒ってばかりの父・・・

という印象が強かったが。


見かたを変えると、

母が、父を怒らせてばかりいた、

というふうに言えなくもない。


あくまで「うち」の、

「個人的な話」でしかないが。


父亡きき今、

「こちら側」から見た景色に、

驚きと、申し訳なさと、

後悔の気持ちでいっぱいになった。


父を、一人ぼっちに

してしまったこと。


母の言葉を、

鵜呑みにしていたこと。


さぞかし父は、心細く、

ずいぶんとさみしい思いを

したであろう。

もっと言うと、

虚しさや、絶望すら、

感じたかもしれない。


父は、言っていた。


「いっくら言うても、

 聞けへんねん。

 何べんも言うたんやで。

 それでもいっしょや。

 あかん言うたことを、

 こっそり勝手にしよるから。

 家帰るのが、怖なったんや」


晩年、

入院した父を見舞ったとき、

父は、昔を述懐しながら

心の内をこぼした。


これまでに、

父が言っていたことが、

割れた破片みたいに、

ぴったりつながり、

ひとつの大きな

塊になって見えた。


父は、本当に、

怒りっぽくて、

短気な人だったのか?


たしかに、

そんな気質はあったと思う。

父自らが語ってくれた、

昭和の、古い時代の

「武勇伝(やんちゃばなし)」には、

血気盛んな姿が、垣間見えた。


若さゆえ、かもしれない。

それでも僕は、

信じてしまった。


父が、まるで一方的に

怒鳴りつけるかのような、

母の言葉を、

何ひとつ疑うことbなく、

信じきっていた。


父亡き今、思う。


母が、父のことを、

怒らせていたのでは、と。


たしかに父は、

すぐに怒った。

だからこそ、子どもの僕は、

母の言葉を信じて、

母の「味方」についた。


大きくなってからも、

心のどこかで、

母を守らなければと、

そんなふうに思っていた。


いろいろな糸が、

たくさんからまって、

単純な構図を、複雑にした。


大人になって、

思ったことがある。


「父対母の夫婦げんか」に、

巻き込まれてしまって

いたのだと。


悪意のない、

天性の処世術で、

母は、自分を正当化した。

言葉で父を「悪者」に

仕立てあげた。


僕はそれそそのまま信じた。


父が死んですぐには、

感じなかった悔恨。

いろいろな「現実」が見えてきて、

母を盲信した自分に腹が立ち、

ほんの少し、自分を嫌悪した。


「ごめんね、父さん」


夜中、浴槽に浸かり、

膝を抱えて泣いた。


父さんに会いたい。

すごくそう思った。


母の味方をしたことで、

父は家庭で「孤立」した。


姉が、母の言葉を、

どこまで信じていたのかは

わわからないが。

少なくとも自分は、

父の人生を

さみしくしたことに、

加担してしまったのだ。


父の笑顔を思い出す。


大好きだった父と、

遊んだ記憶。

じょりじょりした、

あごひげの感触。

筋骨たくましい、

太い腕。


性根はやさしい人だったのに。

いつしか父は、

「ひねくれて」しまったの

かもしれない。


誰だって、

嫌な顔をされて、

こそこそと避けるようにして、

顔色ばかり

うかがわれ続けたら、

まっすぐな心も、ひん曲がる。


極端な見かたをすると、

現実をねじ曲げていたのは、

母の、自己防衛のための、

「嘘」のせいだったのかも

しれないと。

母のことを、呪いそうになった。


けれど——。


それではまた、

後悔がひとつ、増えるだけだ。


一方の言葉だけを信じて、

心を染めてしまった自分が

悪いのだ。


極端に走らず、中庸に立ち、

白紙の心で向き合うこと——。

感謝と敬意を持って、

母と向き合い続けた。


その結果。


思いが覆るのではなく、

疑念は確信へと姿を変えた。


思いは、届かなかった。


自分の思いどおりにいかないことは、

まるで「邪魔者」のように見る母には、

言葉も、思いも、通じなかった。


このままでは、

僕まで「父」になってしまう。


父の二の舞にならないためにも、

僕は、姉に話した。

父のように、

孤立しないために、

今の現状を共有した。


「あんたは、

 あんたのしあわせを、

 いちばんに考えな」


姉は、わかってくれた。

家族であり、

母のことをよく知る姉は、

一緒になって、笑ってくれた。


家族ではない人にも、

話してみた。

いつも黙って受け止めてくれて、

やさしく聞いてくれたおかげで、

暗闇の迷路に落ちて

迷子にならずにすんだ。


「どうしたらいいか、

 わからない」


うつむく僕に、

自分が間違っているわけでも、

冷酷なわけでもないと

教えてくれた。


一人じゃない。


孤立する環境は、

極端に走りやすくなる。


善と悪。正と誤。

敵と味方。


現実は、

二極論では切れないのに。

そうしたがる人もいれば、

そうなりがちな環境もある。



誰かが「悪い」のではなく、

何がどうして、

こうなっているのか。


感情論でも、解決策でもなく。

ただただ、じっと観察した。


母は、壊す人だ。


約束をやぶり、嘘をつき、

その嘘を、嘘だと思わない。


加齢や劣化だけではない。

ずっと、そうだった。

そんな気質が、

加齢とともに

増強しているのも

あるだろう。


ばらばらだった点がつながって、 

見えてきたのは、

母の「罪なき嘘」の実態だった。


「ちょっとだけ、

 借りようと思って」


そう言って、勝手に使って、

返してもらえなかったものがある。


犯罪行為や、

危険なことには、

手を出さないが。


これまで自分が継続してきた

日常への執着が、

飢餓感をともなって暴走する。


「もう絶対にやらないから、

 ごめんなさい」


次の日にはまた、

同じことのくり返し。


これか・・・と。

父の「愚痴」を思った。


それが愚痴ではなく、

父の正当な感想だとわかったとき、

現実の、多面性に気づかなかった

自分を省みた。


人の噂や評価は、

盲信しない。

それと同じで、

言葉ではなく、

その人の行為を見るべきだ。


言葉は、嘘をつく。

行為は、嘘をつけない。


自分の目で、肌で、

感じることの大切さを、

あらためて肝に銘じた。



* * *




僕は、

母の「夫で」でも

保護者でもない。


母は、僕の妻でも、

他人でもない。


母は、母であり、

血のつながった家族だ。


そしてまた、

一人の、立派な

大人でもある。


僕は、

僕が大事にすべき人に、

愛情を注ぐ。


母には言葉が通じない。


まるで動物みたいに、

だめと言っても食べるし、

とっておいてと言っても

使ってしまう。


思い返すと、

ずっとそうだった。


高校生の頃、

Tシャツの首の部分から

ハンガーを入れて、

表向きで日なたに干すのを

やめてほしいと。

何度お願いしても、

やめてくれなかった。

だから、

洗濯は自分で

するようになった。


そんなものが、

ひとつ、またひとつと、

増えていった。


自分の「願い」が、

「甘え」かと思ったこともある。

幼児性や、わがまま、

こだわりの強さなのかと

悩んだこともある。


当時、同級生に話すと、

こだわりすぎだとか、

細かいとか言う人もいたが。

わかってくれる友だちは、

必ずいた。


そういう友だちは、

物を大切にする人で、

価値観も、感性も、

話すまでもなく通じた。


これが、執着ではなく、

愛着だということも、

言葉を使わず、通じ合えた。



母は、

最初に覚えたやりかたを、

変えられない人だ。


何十年も、同じ本を開き、

何十年も同じ料理を作っている。

作りかたを覚えるのではなく、

その「やりかた」を覚えて、

ずっと続けている。

それ以外のやりかたは、

できない。

何かがひとつでも欠けると、

混乱または、呆然となる。


間違ったやりかたを正しても、

最初に覚えた手順ややりかたを、

更新することができない。


「お風呂から出るとき、

 窓を、開けたほうがいいよ」


母はいつも、

窓はぴっちり閉めたまま、

扉を開けている。


逆だよ、と伝えても、

反対にはならない。

たとえ扉がぴっちり閉じられても、

窓が善全開に開くことはない。


もう何十年も、

何十回も言ってみたけれど。

それは、ずっと変わらない。

紙に書いて貼っても、

目に入らない。


母の「習慣」は、

誰にも変えることができない。

本人でさえ、

変えられないのだ。



母との関係。


悪くはないが、友だちではない。

恋人でもなければ、

夫婦でもない。


やれるだけ、

頑張ってみた。


伝えたり、譲ったり、

話し合ったり、

愛情を伝えたり、

信じてみたり。


だめだった。


僕は知った。

解決できないこともあると。

家族だからこそ、

じっくり近くで学べたことだ。


家族は、時として、

醜いものだ。


母は、人の言うことを、

まるで聞かない。


それ以上でも、

それ以下でもなくて。


きっと、

母から見た僕の姿も、

存在している。


母は、やりたいことを、

やりyたいようにやる人だ。


似ている部分も多いから、

理解できることもあるし、

だからこそ、

気をつけたいなと

思わされたりもする。


父も、頑張っていた。

最後の最後まで、

頑張っていた。


それを思い、泣けてきた。

つらかっただろうな。

一生懸命、

頑張っていたののに。

一人、悪者みたいにして、

本当にごめんね、と。


自分がそうされて、

初めてわかった。


「ごめんね、父さん」


自分の気休めにしかならない、

悔恨の念を、

ふつふつとたぎらせながら、

心の中で念仏のようにして

唱え続けた。


「ごめんね、父さん」

「ありがとね、父さん」


母を、見捨てたり、

嫌ったりするわけではない。


「父」になったはいけないと。


二人目の、

父になってしまってはいけないと。


僕は、しっかり、

たすきを締め直した。


まともに向き合うと、

壊れてしまう相手がある。


穴の開いたバケツでは、

いっぱいにはならないし、

くむこともできない。


善悪でも、正誤でもなく。

それは、仕方のない現実だ。


水をくむことをやめてみて、

ようやくわかった。


穴の開いたバケツは、

楽器やじじょうろに

なるかもしれない。


懸命にバケツに

しようとしても、

本人が望んでいなければ、

そうはならないこともある。



いろいろ伝えてみたが。

誰がなんと言おうとも、

母のしたいようにすることが、

母の、しあわせなのだ。




* * * *




母と、もっと仲よくしたかった。

父と、もっと仲よくしたかった。


楽しい思い出は、たくさんある。

抱えきれないほど、いっぱいある。


「現在」は、永続しない。

いずれ、過去になる。


水を怠った花は、やがて枯れる。

水をやりすぎても、

やらなさすぎてもいけない。


現在を、過去にしないためにも。

きちんとまっすぐ向き合って、

対話をしたい。


これは僕の考えであって、

誰かに押し付けるものではない。

共感できる人と、

調和を大切にしながら、

育てていけばいいものだ。


父は父であり、

母は母である。


どちらも大切な人で、

どちらもいつかは

卒業する存在だ。


母のことを、

ずっと書こうと思ってはいたのだが、

あまりにも私的で、

家庭の醜聞をさらすようで、

気が進まなかった。


そして何より、

困惑していた。


けれども、

書いておきたかった。


今の、まだ、

言葉にならないような、

どろどろとした思いを。

名前もつけられない、

なんとも言えない、

まとまらない思いを。

記録として、ここに記す。


これがいつか、

思い出のかけらとなるはずだ。



今の自分の目に映る景色は、

悲しい色の景色ではない。


うまくは言えないけれど、

やさしさに満ちた、

あたたかい景色だ。


手ばなすことで、

手に入るものがある。

そこからじゃないと、

見えない景色がある。


今までありがとうという気持ちと、

卒業のさみしさ、晴れやかさ、

今が過去になっていく感じとか、

目の前を何かが通過する感覚とか、

いろいろな思いがごちゃまぜになった、

混沌として、切なくも温かな、

明るい気分だ。


できない、ということが、

わかった終止符。


あきらめではなく、

もうやらなくていいと、

決別したこと。


「もういいよ」


と言ってもらえて、

荷物を降ろした、安堵感。


一生懸命になりすぎると、

つい、むきになる。

むきになると、

うろたえたり、かっとなったり、

余裕がなくなって、

自分が自分でなくなっていく。


熱い想いゆえの、

性急さ——。


父の愛は、そうだった。


母とこうして向き合ったように。

父とももっと、向き合いたかった。


真摯に向き合ったのに、

届かず、実らなかった挫折感。

ことごとく覆されていく徒労感は、

無力感となって、

自己の存在すら否定する。


父はきっと、

もっと大きくて深い挫折感を、

味わったはずだ。


すべてが美しく終わるなんて、

思いもしないが。

自分の中では、納得したい。


やりきった、という実感。


父との最期も、そうだった。


もう、悔いはないと、

そう思ったのだけれど。


死者は、

汚されることなく、

美しいまま、

生者を見つめる。


なつかしく

微笑みかけて、

後悔させて、

愛おしく思わせ、

感謝を抱かせる。


それが、

おのれの欲でしかないと。

少しばかりわかった

つもりの僕は、

母のことを、

美しく終わらせたいとも

思わない。


甘美な願望は、

幻想にすぎない。


適度な愛と距離感で、

静かにそっと見守ること。


長年生きてきた習慣は、

他者の意見では変えられない。

特に母は、意固地で

執着が強くなっている。


自分の人生に、しがみつく母。

その姿を、しっかり目に焼き付ける。


僕のできることは、

何もない。


そう思った瞬間、

楽になった。


僕は、

相手の話を聞きたい。


約束を守りたい。


習慣に固執したくない。


相手のことを、信頼したい。


そして何より。


感謝の気持ちを、

忘れたくない。



父と母が、

教えてくれたこと。


僕は、その教えを

道しるべとしたい。


後悔は、なくならない。


大切なものがあるからこそ、

人は、学び続ける。


「ごめんね、父さん」


完璧なものなど、ないのだから。


すべてを受けい入れ、

肯定する。


流されれることなく、

あせらず、あわてず、丁寧に。


人や物や

状況のせいにはしない。


「ありがとう、父さん」


世界がどう見えるかは、

自分次第なのだから。


自分がなりたい自分で

いられるように、

背筋を伸ばして、

毎日ちゃんと、

汚れをすすいでいきたい。


ありがとう、父さん。


ありがとう、母さん。


僕は、僕の人生に、

しがみついていきます。。





< 今日の言葉 >


『civllization』


と音声で入力すると、

発音が悪くて、

訳が「渋谷駅」に

なっていて、

まるで意味が

違ういことになった。


(正しくはは「文明」の意で、

 『Shibuya station』と

 誤認されたらしい)


2026/08/01

キンイツマン

 




私は(ドジで)

強い(つもり)

キンイツマン


・・・昭和日本の皆様には、

アニメでおなじみの

フレーズでしょう。


え?

何か、違うって?


そうですぁ。

私が、キンイツマンですぁ。


何でも「均一」じゃないと

おさまりがつかない、

そんな性分の超人でやんす。


パンにバターを塗るのも

びっしりキンイツ。

だいたいきっちり2ミリ厚。

パンの表面、

耳のきわのはじっこまで

たいていしっかりキンイツ。


焼き加減もキンイツ。

きれいにこんがりきつね色。


ハムもキンイツ。

円いハムを四等分して、

弧ではなく、直角の、

辺の部分を角に置いて、

すみのすみまで

全部キンイツ。


どこを取ってもキンイツ。

味のむらは、悪魔超人。

愛と正義で

許せないでやんす。


塊の、一枚肉より、

「ひき肉」が好き。


なぜならそれは、

キンイツだから。


どこをとっても、

ほぼ同じ。

ステーキよりも、

ハンバーグ。

ハムはオーケー。

ソーセージ最高の、

キンイツマン。


味のハーモニーが苦手な

キンイツマン。


ラーメンをすするときには、

麺だけすする

キンイツマン。


あたりまえのようでいて、

意外とそうでもない事象でやんす。


麺におネギの

一輪(いちりん)でも

からまりついて

いようものなら。


「味がにごるでやんす」


と、大さわぎ。


実際には、

静かに舌打ちする程度の、

キンイツマン。


ひかえめだけれど、

ゆるぎない

キンイツマン。


できれば

ラーメンの具は、

小鉢に盛ってほしいと

心で願うキンイツマン。


別に具なしでも

いいんでやんす。


小麦の味と、風味。

魚だし、げんこつ、野菜の旨味。

麺と、おいしいスープで

充分でやんす。


キンイツマンは、

目を閉じて歴史を

さかのぼる。

麺やスープの、

履歴と足跡。


煮込んだときの、

旨味と雑味。

透明度と純度と親密度。

キンイツマンは、

むらや、にごりや、

よけいな虚飾(添加物)は

何でもお見通しでやんす。


それならいっそ、

カップ麺でもいいでやんす。


いつでも味が、

キンイツだから。


甘味(かんみ)の好みも、

シュークリーム、

チーズケーキ、

ザッハトルテ、

プリンなと。

ショートケーキは、

イチゴだけでいいんでやんす。

キウイやミカンやピーチとか、

ほかのフルーツは

結構でやんす。


見た目の色が、

2色以上のものには

混乱してしまうのが

キンイツマン。


同じ味、同じ匂い、

同じ感触に安堵感。

安心&信頼の方(パートナー)、

スナック菓子。


味のむらは許せないから。


スライスよりも、

フレーク派。

チップスのおイモは、

きれいにマッシュして

ほしいでやんす。


「裏切られるれるのが、

 こわいでやんす」


寝言で吐露する

キンイツマン。


家具をつくるのにも、

無垢の木材より、

合板・ベニヤが大好き

キンイツマン。


ハンバーグみたいに、

どこを切っても、ほぼ同じな

キンイツ家具。


毎日、

同じ時間に起きて、

毎日、

同じ朝ごはんを食べて、

毎日、

同じ時間に出動する

キンイツマン


もちろん、

卵の焼き加減もキンイツ。

卵の白身と黄身の

混ぜ具合もキンイツ。

まばゆい黄色の

キンイツオムレツ。


同じ靴を、

何足も買って、

何足も履きつぶす、

キンイツマン。


靴下の色も、

素材も、銘柄も、

全部が同じ、キンイツマン。


道を渡るとき、

歩くのはいつも、

白線の上。

アスファルトの、

黒の部分はワニ池地獄。

はたまた、

地上1おくまんメートルの

深い谷。

一歩踏みはずせば

奈落の底、

タイトロープの

キンイツマン。


お風呂に入ってからの流れも、

毎回同じの

キンイツマン。


すすぐ回数も、

体を拭く順序も、

毎回同じのキンイツマン。


分け目もぴっちり、

5:5。

センター分けの、

キンイツマン。


好きなお店は、

100円ショップ。


今や、

「110円ショップ」であっても、

キンイツだから安心の

キンイツマン。


「えっ、これも110円?」


店内にて

一人つぶやく

キンイツマン。


「ねえ、これ、

 いくらだったと思う?」


「なんと・・・・

これも、これも、

 みんな1110円!」


自宅にて、

一人はしゃぐ

キンイツマン。


警察庁のポスターの、

『110』にすらシンパシー。

自分のキャパシティにジェラシー、

リテラシーなきテレパシーの

キンイツマン。


やると言ったら、

絶対やるし、

やらないと言ったら、

絶対やらない、

キンイツマン。


四角四面、頑固一徹、

融通の利かない

キンイツマン。


TPO って何?


た まに

パ ンツが

お もてうら逆


TPOの

キンイツマン。


あるのは、

白か、黒だけ。


グレーも特例も

お休みもない。


0か100の

キンイツマン。


かつての私は、

キンイツマン。


むらも、

ハーモニーも、

ハプニングも。

「予定外」とか

「想定外」が

楽しめなかった

キンイツマン。


不動の「絶対」が

あると信じていた

キンイツマン。


怖がりで、保守的で、

冒険ぎらいのキンイツマン。


がっかりするのが、

こわいから。


どこを切っても同じ味、

金太郎飴の毎日

キンイツマン。


廃盤になった商品の

売れ残りの在庫をさがし歩いて、

コンクリートのジャングルの、

東京ではない砂漠で迷子の

キンイツマン。


「あんまり

 キンイツばかりしていると、

 そのうち

 ぽきんと折れちゃうよ」


しならない

 かたい空洞

キンイツマン。


自分で建てた城壁に、

じっと囚われの身の

キンイツマン。


自分で着込んだ鎧(よろい)に、

歩き疲れて足を取られる

キンイツマン。


キンイツマン


かつて僕は

キンイツマンだった。


かつての僕は

キンイツマンだった。


今は、

キャベツ太郎の

個体差も好きだし、

ポッキーの

チョコが付いてない部分も、

最後まで食べる。


どこでどう変わったのか。


少しずつだったのか、

激変なのか。


キンイツマンだったjころの

かつて自分をなつかしむ。


こだわりを、

捨てること。


執着しないこと。


白紙でいることと。


目の前に起こる現象を

全肯定で楽しむ気概。


だから・・・


こんな記述も、

よしとするでやんす。


かつてのキンイツマンは

今日も行く。


不均衡で不条理で

不明瞭で不自然

不思議と不完全な

不安定な世界を。


不謹慎に不定期の

不埒(ふらち)に不恰好な不良っぽく

不(フ)ルーティーなキッスを

君に贈るぜ。


せっかくの景色を

台なしにするような、

そんなキンイツは

もう、いらないでやんす。



< 今日の対義語 >


トム・クルーズ  ↔︎ ムシ・コナーズ

(「来る」ほうと、「来ない」ほう)


2026/07/15

帝鬼亜唾II(ていきあつ)

 







我輩の名は、

アンブレーラ時雨(しぐれ)。

年齢は、

10万920ヘクトパスカル。

気圧の谷からやってきた、

気圧(プレッシャー)の

使者である。


好きな食べ物は、

アーモンド。


好きだけど苦手な食べ物は、

チョコレートとチーズである。


それでは諸君に、我々、

『帝鬼亜II(ていきあつ)』の

メンバーを紹介しよう。


***********************************

・アンブレーラ時雨:Vo

・サイクロン田中:G

・ハリケーン佐々木:Dr

・アメダスス鈴木:B

***********************************


代表曲:

『てるてる坊主の屋敷』

..................................................

(セリフ)

「おぬしも

 てるてる坊主に

してやるぞ!」


霧雨降りしく

丑(うし)の刻近く

裸足で歩く 謎の浪人

誰も知らない

秘密の屋敷

(中略)

今夜もひとつ

てるてる坊主

手足も口も

つかないままに


(以下、割愛)


**********************************

バンドテーマ曲::

『どうせ今夜は

 アンダープレッシャー』

..................................................


頭が痛い

約束キャンセル

「またドタキャン?」

そんな声すら古い過去

黴(かび)だらけの古い記憶

言われるうちが花(フラッワー)

耳に念仏 偏頭痛

五(ゴ)!

苓(レイ)!

散(サン)!

五苓散(ゴレイサン)!

悪霊退散ありがとさん


外は雨

朝からずっと雨雨雨

しっとり濡れたガラス窓

雨っていう字は

窓に雨の雫が落ちる姿と

よく似てる


どうせ今夜は

アンダープレッシャー


ちょっとだけ

眠らせてくれないか

目を閉じて

横になるだけでもいい

膝を貸してなんて

言わないから

せめて座布団1枚

貸してほしい

暗くて静かな部屋の隅

迷惑かけないつもりだから

どうかお気遣いなく


やっぱり今夜は

アンダープレッシャー


紙は波打ち

髪はうねって

のたうちまわる

波(は)!

TE・I・KI・A・TSU

だるい しんどい

重力(G)がきつい

音と光が

刺さるんです

立てない 動けない

このままいさせて

ソー・バッド

座るのもちょっと・・・

ノー・グッド

寝転んでるだけでも

苦しいんです


どうせ今夜は

アンダープレッシャー


南の海上  発達中

930ヘクトパスカル

誰より先に

どこより早く

開花宣言 頭痛の種


しょせん俺たち

アンダープレッシャー


明るい曲にはかなわない

まぶしいやつらに勝てっこない


じめじめ真面目にやってきて

どうせ結局

アンダープレッシャー


嗚呼(ああ)、

昨日買った

ホテル食パン

大事にしすぎて

眺めるうちに

きれいな緑の薄化粧

そいで食べる

アンダープレッシャー


頑張ったって

どうせ結局 等圧線

こえられない

高く険しい

プレッシャーの谷


おめかししたって

おしゃれしたって

準備も支度も水の泡

立て板に水で

水に流れる

向こう見ずな計画


「五苓散ある?」


今度買って返すから

ひと袋だけ

恵んでおくれよ

雨の恵みは

もういいから

俺の心を

どうか明るく

照らしておくれ


どうせ今夜も

アンダープレッシャー


アンダーな

プレッシャーにはもう

慣れたけど

君の熱い涙雨が

胸を焦がすぜ

どんな傘でも

五苓散でも

葛根湯でも

しのげやしない


恋の

アンダープレッシャー


どうせかなわないのは

わかってるけど

せめて夢だけ

ハイプレッシャー


どうせ今夜は

アンダープレッシャー


目が覚めればみんな

すっかり消えて

きれいさっぱり

なくなるはずさ


そうさ俺は

アンダープレッシャー


かんえん ひゃくえ

あしりんきゅう

てんちゅう ごうこく

こんろん ふうち

がんえい てさんり

いんどう かんこつ


絶対値じゃない

相対的な差が物を言う

努力も 運も

水晶ネックレスも

ため息の湿気で

ふにゃふにゃさ


(以下、999番まで続く)



**********************************


我輩たちを、

もしもどこかで

見かけたとしたたら。


声などかけず、

どうかそっと

しておいてもらいたい。


どうせいつも偏頭痛。


『同情するなら、漢方をくれ』


ねえ、五苓散って、

持ってる?


漢方薬番号『17番』。


我々、

帝鬼亜IIの名前とともに、

忘れないでくれたまえ。


ぬはははははははははははははははははははは・・・・


また会おう!


・・・・ううう、頭痛い。




< 今日の言葉 >


『マガモッチャウ』


(最近思いついたイタリアの高級ブランド)

2026/07/01

アルバム・ザ・ベスト20くらい






さて。


今回は、

個人的に好きな音楽を、

並べてみようと思うのでありす。


好きな曲・・・となると、

計り知れないくらいにきりがないので、

今回は、「アルバム」として、

個人的に完成度が高いと思うもの、

または、好きだと思うものを

ざっくりと並べてみました。


題して、

『アルバム・ザ・ベスト20くらい』 


順位はつけられないものなので、

順不同でお送りいたします。






NEWEST MODE L

『Crossbreed Park』



高校2年生の時に、買ったアルバム。

20代になっても、

カセットテープに録音して、

古い車のステレオでずっと聴いてた。


1枚のアルバムとは

思えないほどの密度と完成度。

どの曲もみんないい上に、

アルバムとしてのまとまりがあるのがすごい。





Blanky Jet City

『幸せの鐘が鳴り響き僕はただ悲しいふりをする』



学生時代の10代から、

社会人になった20代にかけて、

いちばんよく聴いたアルバム。


料理をしながら聴いたりしていて、

台所の机の上に開いたままだったジャケットが、

油でうっすら汚れている。


1本の映画を観たような。

短編集を読んだような。

アルバム単位では、

この作品がいちばん好きだ。


今でもよく聴く。


BJCのバトンは、

次世代の、

甥っ子たちに受け継がれている。


甥っ子の一人は、

ベンジーと同じステージに立ち、

一緒に唄ったこともある。





Stive Reich

『Music for Musicians』 



56分32秒。

1枚のアルバムで1曲。

何かをつくったり、

作業に没頭するのに最高のアルバム。


ある瞬間、

静寂よりも静かになる。


エンドレスに

1日じゅう聴いていられる。


氏の作品の中で、

いちばん好きなアルバム。





ゆらゆら帝国

『空洞です』



選ぶことはできないのだけれど。

アルバムとして選ぶなら、

この1枚か。


「最新作が最高傑作」


出すたびにいつも最高傑作で、

バンドのオリジナル・アルバムとして、

最後の作品。


夜な夜な鉛筆を削りながら。

昼夜逆転した真夜中に。

真昼のまぶしい光の中で。


ずっと聴いてきた、

ずっと聴いている、

大切な1枚。





ヤプーズ

『ダイヤルYを廻せ!』



これまた選べない中で、

どうしても・・・というなら

この1枚になる。


特に『ヒステリア』が

たまらなくいい。


そこに続くすべての楽曲が、

『ヒステリ』アに向かって

疾走していくような。

そして最後の曲へとつながるような、

曲の構成がすばららしい。


うっかりすると、

泣いてしまう。





スピッツ

『名前をつけてやる』



このアルバムの時代のスピッツは、

ライブハウスの観客が

50人もいなかった。


高校生だった僕は、

どきどきしながら

最前列の、

手を伸ばせば届きそうな距離で

演奏を聴いた。


どのアルバムも好きだけれど。

時にこのアルバムに

思い入れがある。


ライブの思い出と、

学生服の記憶。

今でも大切な1枚だ。





さよならポニーテール

『来るべき世界』



世の中には、

いいものをつくる人がたくさんいて。

見たこともないような、

感じたこともないような世界へと

連れて行ってくれる。


見たことも聞いたこともない世界なのに、

なぜかそれが、しっくりとくる。

じわりと心に染み込んで、

音と音葉が、

血肉に変わる。


そんな

すばらしい世界への「切符」。

かけがえのない日々の

記録と記憶。


音楽は、タイムマシンだ。


このアルバムを聴くと、

心も体も、

あのころの時間へ

瞬間移動する。


「来るべき世界」を目の前に、

奮闘していた、あのころへ。





ザ・ヘア

『ヴィーナスの丘』



ジェケットの絵は、

宇野亜喜良氏によるもの。

幼稚園のころ、

古びた本屋さんで立ち読みをした記憶。

大人が読む本を手に取り、

漢字ばかりで読めなかったが。

カラフルで不思議な挿絵だけは、

目の中に色濃く焼きついた。


中古レコード店で出会った

このアルバム。


今ほどインターネットが

充実していない時代、

街のレコード店が

出会いと発掘の場所だった。


1996年のアルバムとは思えないほど、

サイケデリックな夜の匂いが漂う

アルバムだ。





モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)

『魔笛』(Mozart: Die Zauberflöte)



クラシックに詳しいわけではないので、

何も語れないのだけれど。

モーツァルトの楽曲は、

結構好きなものが多い。


この『魔笛』は、

イタリア語ではなく、

ドイツ語で書かれたオペラ。


パパゲーノとパパヘーナが

出会う場面がすごく好きだ。





ベートーベン(Ludwig Van Beethoven)

『第九』(Symphony #9)



CDのサイズ規格が、

『第九』をもとに決められたのは

有名な話だけれど。


そんなこともあって、

最初に手にしたクラシックのアルバムが、

この『第九」だった。


完璧なまでの組曲。

完璧なまでのアルバム。


第二楽章の冒頭も

たまらなくいいが。

第四楽章の、「歓喜の歌」。

最後の、残り9分35秒あたりからが、

感動と涙と鳥肌の連続。


爆音で聴く『第九』は、

何ものにも代えがたい。





Tony Joe white

『black and white』



いい声。いい音。いいメロディ。

家事や料理をしながら、

踊りたくなるアルバム。


かっこいい。


そのひと言に尽きる。





The Secret Sisters

『Put Your Needle Down』



なんとなく、

アルコールの香りがするアルバム。


今はもう、

お酒を飲まなくなったけれど。

酒場のカウンター、

ウイスキーが似合う。


かと思えば、

目の前に、

ハイウエイを走り続けた、

アメリアの広々とした景色が浮かぶ。


夜な夜な一人、

お酒を飲んでいたときを思い出す、

夜のアルバム。




Nik Bärtsch's Mobile

『ARE』



GENELECのスピーカー、

ウーファーを買って。

部屋を揺らすくらいの

重低音の音楽を求めて、

このアルバムに漂着した。


BOSEのM3で聴いていたら、

あまりの低音に、

スピーカーが

じりじりと「動いていた。


Nik Bärtsch(ニック・ベルチュ)氏の

アルバムの中で、

いちばん最初に買ったアルバム。





Mirah

『Advisory Committee』




アメリカ、

ワシントン州の州都、

オリンピア。

そこで開催された音楽祭で、

Mirah(ミラー)のライブを観た。


古びた映画館の舞台に立ったMirahは、

伸びやかな澄んだ声で

唄っていた。


公演の後、

すぐにMirahのアルバムを買った。


このアルバムは、

その次のアルバム。


地元のライブハウスで、

久々に「再会」したMirahは、

坊主頭だった。


アルバム・ジャケットに写る

黒い模様は、

刈り込んだMirahの髪の毛だ。


すぐそばに座ったMirahは、

ステージで見るより小さくて、

子どもみたいな女の子だった。





Mean Machine

『Cteam』



「プロ」が集まってつくった、

ガールズバンド。

10代みたいな純度でありながらも、

完成度はしっかり「大人」の水準で。

きらきらとした結晶が

たくさん散りばめtられた

うつくしいアルバム。


秀逸。


何度も聴いて、

何度も励まされてきた。


『本当は 描けない絵は

ないんだよ』


(『ペーパームーン』より)


頭に描けなくなったら、

おしまいだと。

そう教えてくれた。


歌詞だけでなく、

アルバムに詰まった熱量が、

言葉以上にそれを教えてくれた。





Gil Scott-Heron

『It's Your World』


曲で言えば、

初期の作品も好きだけれど。

アルバムとしての流れ、

曲構成、勢いなど、

このアルバムがいちばん好きだ。


ジャケットのデザインはさておき。

Gil Scott-Heron氏の声は

本当にかっこいい。


誰かに勧めるでもなく、

誰かと分かち合うでもなく。

家で、車で、たくさん聴いた。


「好き」とは、

本来、そういうものかもしれない。





Felix Kubin

『Zemsta Plutona』



不穏で、不快で、不気味で。

魅力的で、心地いい、メカニカルな音。

まるで自分が

器械か人造人間にでも

なったみたいに。

鼓動が、呼吸が、血液が、

器械音に染まる。


音を聴けば、

Felix Kubin氏だと

すぐにわかる。

唯一無二の絶対音楽。


曲としては、

『Bruder Luzifer (1982-2010)」

にも、

いい作品が

たくさん詰まっている。


アルバムとして

1枚選ぶとしたら、

現時点ではこのアルバムになる。





Doreen Shaffer

『Adorable』



10代のころ聴いていたレコードに、

Doreen Shafferの

『Golden Love』が入っていた。


とてもいい曲だったので、

Doreen Shafferの

アルバムを買った。


アルバムのタイトル通り、

「愛らしい」楽曲が

たくさん入った1枚。


軽やかな管楽器の音色と、

重低音がたまらない。

不思議とと元気が湧いてくる。





Ketil Bjørnstad

『Sunrise』



画家、

エドヴァルト・ムンクの

生涯を描いた組曲。


うつくしい歌声に、

心をすすぎ清められる。


誕生、成長、希望、

投獄や苦悩、混乱、絶望感など、

言葉を超えて伝わる情景がある。


ちなみに

Ketil Bjørnstadは、

日本語表記では、

「ケティル・ビヨルンスタ」

となります。





Elina Duni Quartet

『Matanë Malit』



展覧会の会場で、

期間中、終日流していたアルバム。


滞在制作の後、

会期が終了するまで、

会場に寝泊まりしての会だったので、

まさにこのアルバムが

テーマ曲のように染み込んでいる。


エアコンのない、

鉄筋コンクリート造りの建物で。

汗を流して食べた

冷たいお蕎麦や、

ペンキにまみれた手で食べた

スナック菓子など。


「食べた記憶ばっかりじゃないの」


母や甥っ子が来てくれた記憶。

眠れない夜、屋上で星を見た記憶。

いろいろな記憶が詰まった、

思い出のアルバム。




最後に。




REBECCA

『TIME』



初めて買った

「CD」のアルバム。


レコードやソノシート、

カセット・テープなどで、

それまでも音楽は聴いてきたが。


このアルバムから、

音楽が「友だち」に

なったのかもしれない。





まだまだ並べたいアルバムは、

何枚もあるのだけれど。


今回はこれにて

ご無礼します。



昨今では、

アルバム単位で

音楽を聴くことは、

減りつつあるのかもしれないが。


アルバムの持つ魅力、

物語や世界観、

流れや温度などを味わう時間も

悪くはないと思う。


記録媒体が、

デジタルだろうと関係ない。


コーヒーや紅茶を入れて。

「ながら」ではなく、

音楽とじっくり向き合う時間。


それこそが

「ゆたかなひととき」

かもしれない。



音楽に救われた記憶。


音楽に、少しでも恩返しできたら。

音楽の力を、少しでも伝えられたら。


誰かと分かち合う音楽もあれば、

一人、ひっそり聴く音楽もある。


いいとか、好きは、

必ずしも人と同じではない。


ここに並んだ音楽も、

僕の好きなものばかりだ。


「好き」の、ほんの一部を、

並べてみた。


新たな自分を発見したり、

見失った自分を取り戻したり。


自分の本棚やクローゼット、

音楽が並んだ「棚」を掘り返し、

じっくり見直してみると、

自分が好きなものがわかり、

自分がどんな形なのかが

わかってくると。


学生時代、先生に聞いた。



皆さんもどうか、

並べてみてください。


自分だけの、

自分の好きな、

音楽を。


心から好きだと感じる、

自分だけの、

自分の形を。




< 今日の言葉 >


あふれた涙で

咲かせた赤い花

いろいろあったわ

いろいろあったわよね

覚えているわ この花が


(『ヒステリア』ヤプーズ)