2023/07/27

Hi, Punk. [B面]:#3 ひげのない未熟者






先回、「一度」退院して、

家に帰って。


メールを見ると、

「お仕事」の連絡を、

いくつかいただいていた。


いくつかのお声を、

いくつかお断りして、受けたお話。


まだ見ぬ景色を思い描いて、

頭の中で、構想(妄想)を進める。


朝ごはんのあと、歯をみがきながら。

昼さがりに、検査の待合室で。

夜、横たわった、ベッドの中で。


いつでも動けるように、

頭の中で、準備を進める。



<妄想構想(モーソーコーソー)の図>



5月27日、土曜日。

再入院、3日目の朝がきた。



* *



夜、2:00ごろ目が覚めてしまった。

胸の痛みで目が覚めた。


22:00ごろ飲んだ薬の効きが、

切れたのか。

胸がズキズキして、

寝ていられなくなった。


4時間経っているので、

もう1粒飲んだ。

(頓服薬:トアラセット)

痛みは少しやわらいだが、

薬のせいか、

頭がさえて眠れなくなった。


ベッドに寝転んだまま、

いろいろ考える。

やりたいこと。計画。

妄想。構想。案内状の図案。

会場内のようす。


5:30。

とうとう起きあがって、

ノートを書く。


意味ある目覚めだと

カーテンを開けると、

朝日が真正面に見えた。

薄ぐもりだが、

太陽は雲を透かしてまぶしく輝く。


もうすでに、

しっかり顔を出していた。

よし、いつか日の出を見てやろう。


朝はナースコールがはげしい。

まるで踏切のように鳴りつづける。


さえわたる感覚。

もし、薬の影響なら、

これは完全にアッパー系だ。

脳が覚醒している。

昨日、あんなにノートを書いたのも、

そのせいなのか?

いや、それだけではないと思う。


ここを出てからすぐ動けるように、

できるだけ準備(下ごしらえ)を

しておこう。


昨日、たくさん汗をかいたので、

頭がかゆい。




20代、30代の看護師さん、

お医者さんと話していると、

ふと、生徒や卒業生と話しているような

気持ちになるときがある。


応援したくなるような、

見守りたくなるような、

そんな気持ち。

自分のほうが「患者」なんだけどね。


この部屋の朝は、元気になる。

朝日の光と熱が、まぶしくてあつい。


胸の痛み。

寝転ぶことで、

当たり所が悪くなるのか。

何かに喩(たと)えるまでもなく、

胸の中に、

棒状のものを突き立てられている感覚。

鈍く、ズキズキと、

絶え間なく痛み、動くとさらに

はげしい痛みが走る。


大きく息を吸いこんでも、

おなかに力を入れても痛い。

起きあがったり、

寝転んだりするときがつらい。


左肩と、首のうしろも痛い。

偏頭痛のような痛みをずきずきと刻む。


肩は、腕の付け根が

引かれるように痛い。

重い物を持っているみたいに、

腕がぐっと引かれているようだ。


いまは、薬のおかげか、

起きあがった姿勢のせいか、

じっとしている分には、

気になるほどの痛みはない。

腹筋に力が入ったり、

大きく息を吸ったり

吐いたりすると痛い。


廃液はほとんど出ない。

2日で50mlくらい(25/25)だ。


(タンクの)泡は、元気に出ています。


痛みのせいで、猫背になる。

おかげでおなかに、横線が入っている。

胸をはると、肺が苦しい。

チューブの結合部もちくちく痛む。

先回のチューブは、

まるで何も気にならないくらいに、

快適だった・・・。


<左胸のドレーン(チューブ)の図>



2回目だから、

この2回目の痛みに「違和感」を

感じられたが。

もしこれが最初なら、


「こういうものなのか」


と、思うにちがいない。


素人(しろうと)の提案だが。

ドレーンを入れるとき、可能であれば、

固定する前に少し、

様子を見てもらうのはどうだろうか。


テープなどで仮止めして、

体を起こし、

当たり所や深さをたしかめて。

それから糸で留める、という具合に。


深さは、人ぞれぞれでちがうはずだ。

線まで、とか、何センチ、とか、

一律で決めてしまわないほうが

いいように思った。


・・・それくらい、

この2回目の「最初」はきつかった。

あんな痛みは、

もう二度と味わいたくない。


肺が『アイアンメイデン(※)』で

はさまれているみたいだった。


(※ アイアンメイデン:

 「鉄の処女」と呼ばれる、中世の拷問器具。

 棺のような箱の内側に、鋭い針がびっしりならんでおり、

 その中に「囚人」を入れる。

 実際には、人を中に入れることはほとんどなく、

 拷問室に置かれる「おどかし用」の置物だった、

 とも言われている。

 イタリア(ミラノ)の「拷問博物館」で現物を見たが。

 それはもう、とても痛そうだった)


<参考資料:アイアンメイデンの図>





6:50ごろ、

元気な看護師さんが検診に来る。


「明日、休みだからよけいに元気です。

 何も予定は、ないんですけどね」


「けど、休みっていうだけでも、

 うきうきしますよね」


「夕方になると、明日も仕事かぁ、

 ってなりますけどね」


と、看護師さんは、屈託なく笑う。


みんなに元気をくれる看護師さんが、

みんなから元気をもらえますように。


5月27日 朝



おトイレ事情。

寝不足と、胸が痛くて力めないせいで、

納得のいくものが出ていない。


手術中、おむつの中には出したくない。

前日の薬(便通応援薬)で

出し切れるといいな。

・・・まだ、2日ある。


頭も洗いたい。


いろいろたまってきたが、

ここを辺境の地だと思うことにしよう。


不満よりも、

ここで最善を尽くせるように。

できることを、しっかりやろう。

贅沢を言わず、状況をたのしむ。


「なるようになる」の気構えで、

こだわらず、肩の力をぬいて。


100点という日はない。

足りない部分は、自分で補う。



* * *



9:00すぎ、

机の上をアルコール消毒する

看護師さん。


9:30ごろ、母が来た。

1階36番へ、

「術前外来」の麻酔説明に行く。



まずは休憩室みたいな場所で

「ビデオ」を観たあと、

36番の部屋に入った。


<ビデオで観た全身麻酔の図>



なんとなく、だけれど。

そこは、ほかの部屋とは少し、

空気感がちがった。

待ち人はみな静かで、

受付の看護師さんの

大きな声だけが響く。


受付をすませると、

歯科の人からの検診・説明があった。


歯のぐらつきや

入れ歯の有無を確かめる。


「きれいにお手入れされていますね。

 歯のほうは、問題ありません」


静かな口調で、看護師さんが言った。


「手術時には、

 ひげを剃ることになりますが、

 大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫です」


「ご自分で剃ることは、できますか?」


「ここ20年くらい、

 ひげを剃ったことがなくて。

 うまく剃れるか、自信ないですけど」


肌が弱い自分は、ひげを剃ると、

必ずと言っていいほど、肌が赤くなり、

ひりひりと痛む。


最後にひげを剃った記憶は、

いつのことか。


ものすごく印象に残っているのは、

18歳のころ、フランスで、

朝、ひげを剃る友人の姿に、

自分も剃ってみたくなり、

シェービングフォーム(泡)と

T字のひげ剃りを借りてみた。


あまりなじみのない、

シェービングフォームというものを

目の前にしたぼくは、

その真っ白な泡がすごくたのしげで、

どうしても体験してみたくなったのだ。


さっそく、鏡の前に立つ。


「ねえ、見て。

 大変なことになったよ」


ゆっくりを扉を開けてみせるぼくに、

友人は、あわてて腰を浮かせた。


どこでどういうふうになったのか。

思いっきり肌を切ってしまったらしく、

真っ白だった泡が、

真っ赤に染まっていた。


笑わそうと思って見せたのだが。

あまりの出血に、友人の顔は、

色を失い、固く引きつっていた。


さいわい傷も浅く、

血はすぐに止まったが。

以来、T字のカミソリは、

非常に苦手な存在だった。


電気シェーバーも、

ひげの腰がやわらかすぎるのか、

ちっとも上手く剃れず、

肌がどんどん赤くなった記憶がある。


そういったこともあって、ぼくは、

ひげを伸ばしっぱなしにしている。

生えるままに任せて、

伸びた分を、ときどきはさみで切る。

ここ20年くらい、

もうずっとそうして過ごしてきた。


そんな背景もあり、

相談というのか、

ちょっとした「おしゃべり」のつもりで

話したのだが。


生まじめそうな看護師さんには、

どうやら「ちがったふうに」

伝わったようで、

何やら神妙な顔をしていた。


「手術前に、看護師が剃ったとしても、

 大丈夫ですか?」


「はい、大丈夫です。

 むしろ助かります。

 だったら、当日、

 剃っていかなくてもいいですか?」


「剃毛(ていもう)」などで

手慣れた看護師さんに

剃ってもらえるなら、

確実だし、安心な気がした。

それなら、

カミソリも用意しなくて済む。


病棟への刃物の持ち込みは、

禁止されている。

コンビニで見かけたのは、

電気シェーバーだけだったように思う。

カミソリを買うなら、

「外の世界」で買う必要がある。


それらのことを鑑(かんが)みて、

プロに剃ってもらうのが

いちばんいいと。

そんなふうに結論した。


「それでお願いできたら、助かります」


「わかりました・・・・。

 それではちょっと、そういう方向で、

 担当に話してみます」


看護師さんは、やや伏せ目がちに、

ぼそぼそと言った。



いったん、待合室に戻り、

また呼ばれるのを待っていた。


「33番のかたー」


男性の声に呼ばれ、立ち上がる。


「よろしくお願いします」


あいさつとともに、

頭をさげて入室する。

あとにつづいて、母も、

お願いします、と会釈をする。


麻酔科の男性は、

いかにもおもしろくない

といったそぶりで、

ぼくのほうを見た。


いったい何なんだ。


いきなりの「敵意」に、

ぼくは、ぼう然として男性の顔を見た。


男性は、ひとつ息を吐き出すと、

ぼくとは目を合せずに口を開いた。


「当日手術前に手術室でひげを剃る

 なんていうことは

 絶対にありえません。

 前日までに剃ってきてもらわなければ

 手術はできません。

 ひげを剃れないというのであれば

 手術は中止にします」


ややあきれたように、

かなり怒った感じで、冷ややかに、

声高にまくし立てるそのさまに、

ただただぼくはびっくりした。


ぼくが言った、わけじゃないのに、と。


いきなり「怒り出した」男性医師に、

あっけにとられたぼくは、


「そうですか」


と返すのがやっとだった。


男性は、なおもおなじようなことを、

くり返し言った。


いろいろあって。

「怒られる」と、

胸がどきどきしてくるので、

なるべく静かに息を整えていた。


「T字のカミソリって、

 病院内で売ってるんですか?」


話の向きを変えるため、ぼくは質問した。


「そんなことは知らないです。

 患者さんみんな、

 これまでどうにかして

 剃ってきてるんですから、

 どうにかして剃る手立ては

 あるはずです。

 看護師に聞くなり何なりして、

 何とかそちらでやってください」


ずっと「怒りつづけている」

男性の口ぶりに、

一瞬、怒りがこみあげて

きそうになったが。


Calm down.

落ち着いて。


別に自分が提案したわけでもないことで

怒っているのだから、仕方がない。

沸(わ)きかけた怒りの熱も、

ゆっくり冷えておさまった。


男性が怒っているのは、

「思いちがい」だ。


ははぁん・・・。


これはもしかして、

ぼくがひげを剃りたくないと言って、

難癖をつけてるように

思われてるのかもしれないな。

長年の自分の「こだわり」を

通そうとして、

ごちゃごちゃごねているのだと。


怒りは静かにおさまったが。

いやだな、という気持ちは健在だった。


そんな「悪魔」に負けないよう、

ぼくは、男性の目を見て

まっすぐ話した。


「わかりました。それじゃあ、

 ほかの看護師さんに聞いてみて、

 とにかく当日剃っていきます」


「当日じゃあだめですよ。

 もし失敗して

 血だらけになったとか言われても、

 こっちは困りますからね。

 かならず前日とかそれまでには

 剃っておかないと、

 ぶっつけ本番で

 上手く剃れなかったとしたら・・・」


「わかりました。

 たしかにそうですね。

 前日までには剃っておきます」


放っておいたらもっとつづいたであろう

男性の言葉をさえぎるふうにして、

口をはさんだのだが。


かみ合わないなー。

当日って、そういうつもりじゃ

ないのにな。

当日までには、っていう意味なのにな。

まったくどこまで

「うたがわれて」いるのやら・・・。


この感じ。


本当に、もう、久しぶりに出会った。



が、このときにはもう、

怒りよりも困惑がまさり、

あきらめにも似た、

苦々しい笑いがこみあげていた。


思いちがい。誤解。

思いこみ。レッテル。

「そういうふう」に見られること。


そういうのに、

慣れたとまでは言わないが、

よくあることだ。

特に、閉鎖的な環境では、

その「風当たり」もきびしい。


髪が長くてひげを生やし、

よくわからない服を着て、

平日の町をふらふら歩く。


「街」ではいいが、

「町」では「変人」あつかいだった。


息苦しい毎日に、

外へ出るのがつらくなった。


そう。


思いこみ。


誤解されるような、自分が悪い。

はみ出して歩く、自分が悪い。

そして、そんなふうに、

負い目を感じる、自分が悪いのだ。


怒りというより、かなしみ。



いきり立つ麻酔科の男性に、

いくばくかの怒りを

浮かべてしまったこと。


「あの人、感じ悪いね」


部屋を出て、

母の、飾らないつぶやきを聞いたとき、

怒りが再燃しそうになったが。


頭を冷やして思ってみた。


麻酔医には、

患者の命があずけられている。

言い換えると、

自分のせいで患者が

命を落とす場合がある、

ということだ。


人の命がかかっているんだから。


それは、神経質にもなるはずだ。


あれくらいきびしく言っておかないと、

てきとうにふわっと聞き流して、

約束を守らなかったり、

やぶったりする患者さんが

出てくるのかもしれない。


大変だな、麻酔科は。


そう思ったら、

さっきまで嫌忌した男性が、

当日、担当してくれたらいいな、

と思いはじめた。


先ほどの男性が、

当日の麻酔医になってくれたら。


「先生、剃ってきたよ!」


と、笑顔で元気に

「ひげなし顔」を見せたい。


そのときぼくは、本当にそう思った。



そして感じた。


痛みや苦しみで、「余裕」がないときは、

心も器も、小さくせまくなる。


普段よりもよけいに、

愚かで未熟な自分が、露呈する。


どうあがいて、どうかくしてみても、

未熟者は未熟者。


あるから出るのであって、

ないものは出てこないのだ。


ぼくは、麻酔科の男性のおかげで、

未熟な自分の姿を知った。


と同時に、かつてにくらべて、

少しは成長した自分にも気づかされた。


怒りに、同調しない自分。


感情に、感情をぶつけない自分。



本当に、

いろいろな人がいて、

いろいろ教わることが多い。


今日もまた、school day。


毎日が勉強です。



* * * *



《手術当日:5月29日 月曜日》


・持ち物は → 手ぶらで

・トイレ → 月朝も出したい

・絶食 → 0:00〜

(ごはんは日曜夕まで)

・絶飲 → 当日朝7:00〜

(6:30までにしっかり給水)

・薬 → 当日朝、1種類ずつOK

(痛み止め19:00、23:00)

・メガネ、ケース、おむつ(×4)、

 水500ml、薬、ティッシュ、

 歯ブラシ、歯みがき粉


◆術前・術後は、しっかり歯みがき。

 口の中を清潔に。


◆8:30 〜 9:00入室


・ドレーンは手術後、別のものになる。

・この痛みは、手術前までのこと。


◆荷物 → 部屋はいったん

      「空(から)」にする。

 荷物をまとめ、コインロッカーへ。

(財布、おはし、時計は、リュックへ)



* * * * *



5月27日 昼


バランス。


何ごとも、甘さばかりじゃない。

ひとつまみの塩。

ちくっと刺さった針に、はっとする。


感謝の心。

自分は自分。

ゆるすもゆるさないも自分。


またひとつ、

いい薬を処方してもらった。



13;45、シャワー了。

頭を洗ってすっきり。

ひげを剃り、へんな顔。

まぬけな顔。


<ひげなし変な顔の図>



使い終わったひげ剃りを、

看護師センターの

看護師さんにあずける。


ひりひりして痛い。


クリームを頼んでみると、

男性の先生が、


「何か用意します」


と言ってくれて、

そのまましばし待つことになった。


そうか。

ここは「保健室」じゃないんだ。

頼んでさっと出てくるわけでもない。


すばやく「処方」してくれても、

手もとに届くまでには時間がかかる。


ひりひりする!


やばいぞ、これは。

絶対に赤くなる・・・。


やむをえず、

洗髪後のターバンタオルスタイルで、

階下のコンビニへ急ぐ。


地下のコンビニで

『NIVEA スキンミルク』を買った。

たっぷり200gの、大容量。


<NIVEAスキンミルクの図>



また、わがまま野郎と思われて、

ひんしゅくを買ったかもしれないが。

肌の弱さは、お墨つき。


コンビニを出てすぐ、

クリームを塗った。


処方してくれた先生にお詫びをしつつ、

ターバンスタイルのまま自室へ帰還。


これで、

ツッパリハイスクールな

ロックンロール肌に

ならずにすんだ。




シャワーを急かされ、

2回も女性看護師さんに

扉を開けられて、

肩身がせまい思いです。


シャワーの前、

予約表に名前を書こうと思っていたら、

気の合う男性看護師さんが、


「あ、書かなくて大丈夫ですよ。

 後の予約も入ってないんで。

 ゆっくり入ってもらって

 いいですからね」


と言ってくれて。

その言葉に甘えて、頭を洗って、

ゆっくり慎重にひげを剃っていた。


あわただしくノックする看護師さんに、


「後の人が、待ってるんですからね。

 なるべく早くしてくださいね」


と、きつめに言われた。


ふうっと、ため息。


そんなんだったら、

ちゃんと予約表に記帳すればよかった。


言いたいことは山ほどあったが、

それはすべて「言いわけ」で、

口からこぼれ出た言葉は、


「はぁい」


だけだった。


何だか、気持ちががっくりする。


別にあわてたわけでもないが。

いきなり扉を開けられて、

ちょっとだけ急いで、

早くひげを剃ろうと思った。


そして。

まんまと肌を切ってしまった。

小さく2カ所。


血はすぐに止まったけれど、

ひりひりする肌、

そこだけぴりぴりとしみている。


はあっとため息。


手術とひげ。


ひげのなくなった

未熟者の自分が、鏡に映る。


ひげ剃りは、

病院の敷地の外(シャバ)の薬局で、

母が買ってきてくれた。

使い捨てのT字のひげ剃りが

3本入ったものだ。


新品のひげ剃りは、

怖いほどよく切れて、

まだ少し、剃り残しはあったが、

これ以上深追いすると

血だらけになりそうだったので、

ある程度でやめておいた。


それで正解だった。


ヒリヒリー&ピリピリー。


麻酔科の男性が言うように、

当日じゃなくてよかった。


カイカイクリームとおなじで、

きっと肌に塗りたくった

スキンクリームがじゃまをして、

酸素の吸引器が口もとに

貼りつけられなくなったにちがいない。


こういう、

どうでもいいこと(小話)を

話せる人が

いない(少ない)のがつらい。


どうでもいいように見えても、

けっこう地味に気になること。


そんな話って、ただ聞いて、

笑ってもらえるだけで、

ほっとするもの、ですよね。



頭は、今日で3日目だった。

もう、かゆくなりはじめていた。

頭が洗えてよかった。

汗は、かゆみの栄養です。



* * * * * *



薬漬けのジャンキー。

なんとか薬でおさえている。


月曜日は、

起きてすぐまた「眠る」んだね。


今日でまだ入院三日目なのに、

すごく長くいるように感じる。



先入観。

どこへ行ってもそう。


自分が何者かは、自分で決める。

自分の行ないで決める。


「一般」じゃなくても。

気にしない。

つよくなる。



もう病院へ来なくていいように。

No more hospital.


過信しない。

「むら」も個人差もある。

均一ではない。均一を求めない。


「いいですよ、やらなくても」


と、言われたとしても、


「いちおう・・・・

 しておいていいですか」


と、きちんと押さえておく。

あとで自分が困らないように。


いろいろなことは、心で思う。


『口は災いの門(かど)、

 舌は災いの根』


I don't mind.

笑ってすごす。


自分は自由。

他人の自由には興味がない。


くらべない。いつも「白紙」で。

「通」ぶらない。


無知で謙虚で、口数少。沈思黙考。

重み。堂々と。不動心。余裕。


こうなったら私も動かないわよ。


自分のことは語らない。

特別でもない。

中心軸はひとつじゃない。

それぞれが中心。

100は存在しない。

いい所どりで。

自分を正当化する必要もない。

自分がいちばんよくわかっている。

ちっぽけな自分。

ここで少しは大きくなれるかな。



5月27日 夕



夕食。

土曜日だからか、

何だかごちそうめいていた。


食後に口をぬぐって、はっとした。

ひげが、ない。

そうか、そうだったな、と。


<身も心もあたたまる『ホスピタリtea』の図>


「今日、エビピラフだって」


「こんどの月曜日は、八宝菜らしいよ」


ちょっところんとした女性二人が、

廊下の掲示板に貼られた

献立表を見ながら盛りあがっている。


やっぱり「食」って、大事ですね。



鏡の前で歯をみがいていて、

はたと思った。


やっぱり、ひげがないと、

大がらなおばちゃんに思われるかな。


マスクをしていると、

ときどき、年配の方などから

女性とまちがわれることがある。


服装のせいか、何なのか。

ひげのおかげで、


「ひげ・・・ああ、男の人か」


と、わかってもらえる。


ひげガール。

新宿に、そんなお店があったが。


ひげがあーると、すぐにわかる。

ぼくが「男」だということが。


ひげガールではない、

ひげボーイでもない、

ひげのおじさん。


やっぱり自分に「ひげ」は必要だ。



19:15。

夕食を完食したので、

おなかいっぱいだ。

手術に向けて、

食べられるときに

しっかり食べておこうと思う。



夜、21:30には、消灯した。


それまでは、

Ketil Bjørnstad

(ケティル・ビヨルンスタ)の

Sunrise』を聴いて、まどろんでいた。






このアルバムは、

画家、ムンクの一生を

描きあげた組曲で、

澄んだ音色が気持ちよく

眠気を誘ってくれた。


胸の痛みであまり寝られず、

眠気がたくさんたまっていた。


日本語でもなく英語でもなく、

フランス語でもドイツ語でもない、

ノルウェーの言葉。


意味も内容も「わからない」、

唄声の音感がまた心地よい。


1曲目の、

A Bird Of Pray Is Clinging To

   My Inner Being」、

それにつづく2曲目の「The Mother」。


斉唱から独唱。

チェロやシンバル、

鉄琴とか、

ウインドチャイムみたいな音、

ピアノやアルトサックス。


そして3曲目、

Nothing Is Small」の、

ピアノと男女の重唱。


真っ暗な病室に広がる『Sunrise』。


そのうつくしい音色と唄声に、

このまま召されていくような

気にさえなった。


ベッドの角度を調整しながら、

いい位置を探る。

20〜25°くらいがちょうどよく、

痛みもいくらかましだ。


そのままじっと目を閉じ、

いつのまにか、眠りにおちた。





さて今回も、

はてしない物語でしたが。


5月27日、

再入院3日目の記録。

これにて幕でございます。


次回、#4、

5月24日の記録につづきます。


それでは、

La oss møtes igjen!

(また会いましょう)



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< 今日の言葉 >


『オマエらは、

 ネオンの海にただようボウフラさ。

 生きていたって

 意味なんてあるもんか。

 風にのまれて消えちまいな』


(『ヤヌスの鏡』第5話より)