2023/07/20

Hi, Punk. [B面]:#2 7センチの楽園








7:00起床。


左の胸が、けっこう痛い。


傷口というより、

ドレーン(チューブの先)の

当たりどころがよくないような、

そんな感じがする。

10段階で7くらいの、

ずきずきする痛みだ。


大きく息を吸ったり、力んだり、

動いたりすると、ずきずき痛い。

痛さに、咳やくしゃみができない。


この痛みに、体がちょっと疲れている。


何かしようという気持ちが削がれる。


いま、じっとしているだけで、

胸の中央あたりが痛い。



夜は「平ら」でも寝られた。

2:15ごろ、音と痛みに目が覚めた。

が、またすぐ眠った。



曇天。

森の向こう、

街の景色がかすんで、海みたいだ。

そう思うと、景色がまた新しくなる。


打たれ弱くなった心とともに、

肉体的な痛みにも弱くなっているのか。


何か別のことを考えて、

気を紛(まぎ)らわせているといいが。

この痛みは、

ひどく憂鬱(ゆううつ)だ。



N棟は、

人の声や咳などはほとんどない。

とても静かだ。

ただ、ナースコールは、

絶え間なく鳴りつづけている。

夜中もずっと鳴っていた。


「2回目」と思わず、白紙の気持ちで。

あわてない、急がない、ていねいに。



7:30ごろ、

昨夜の看護師さんがさわやかに登場。


ごはん前に、採血と検温。

ごはんが「おあずけ」。

おなかは減っているようでいて、

食欲はそれほどない。

痛みのせいか。

そのせいで動いていないからか。


元気な看護師さんに、元気をもらう。


血圧125−85。


「夜から働いてて、

 朝なのに元気ですね」


と言うと、


「朝のほうが、

 なぞのハイテンションで

 元気なんです」


と、看護師さんが笑う。


「時間が押してて、残業確定なんです」


看護師さんが、笑顔のまま言った。


「明日もまた夜勤でーす」


元気な看護師さんが、元気に言う。

おかげで痛みを忘れられた。


5月26日 朝



処置をしてくれた、

若い先生がこられた。

痛みを告げて、

ドレーンの「深さ」について相談した。


「ちょっと引いてみましょうかね」


その言葉を聞いたおかげで、

かなり安堵(あんど)。


痛みとつき合いすぎてもよくない。

がまんをしすぎていいことはない。

解決する方法を採(と)るべきだ。


待つ5分は、3倍くらいに感じる。

時計をはめていて、

5分がこんなに長いものかと思う。


肩の力をぬいて、何も待たずに・・・



昨日、食べ終わったトレイを返すとき、

初めてほかの人のごはんを見た。

全部がとろとろで、

液状のごはんもあった。



オエッ、オエッ、と。

うそみたいな咳をして歩くおじさん

・・・と思ったが。

きっとどこかに響いて、

咳がしづらいのだろう。

いまなら、わかる。



* *



9:00ちょっと前。

歯をみがいていると、

レントゲンに呼ばれた。


「ご自分で行けますか?」


初めての、自力レントゲン。


自分で行くほうが、

格段に「楽」だった。


気楽にふらふら好きな道を歩いて、

好きな所に寄れる。



「あっち側」と「こっち側」の世界。


一人、レントゲン室に向かうとき、

外の世界の人々——

「あっち側」の世界の人たちが

入ってくる、玄関口を通る。


色とりどりの服。

チューブも器械もなく、

自分の足で、自由に歩く姿。


どっちが「現実」なのか。


外国のような、異邦人のような。

そんな不思議な気持ちになった。




レントゲンの待合で、

入院患者の2人の女性が、

井戸端ばなしをしていた。


調剤師として働いていた女性と、

掃除の仕事をする女性。

腸閉塞(ちょうへいそく)で、

車イスに乗った調剤師の女性は、


「治ったらまた来てください」


と、いったん職場から

解雇された形になった。


「戻ったとき、仕事があるか心配」


と、こぼす調剤師の女性。


「70歳になったら

 思い切り遊ぼうと思ってたけど・・・

(それまで)生きてられるかって、

 思うよね」


調剤師の女性の言葉に、

聞き手の女性も大きくうなずく。


「なんか、取っとくようなものじゃ

 ないような気がしてきた」


2人はまた、

うんうんと大きくうなずいた。


そこで、

聞き手の女性の番号が呼ばれた。

女性は、軽くおじぎをしたあと、

レントゲン室の中へと消えた。




自室に戻るとすぐ、

看護師さんからの検温・検診があった。


使い終わった

「ねまき(パジャマ)」を下げてくれて、

まちがえて、


「ごちそうさまでした」


と言ってしまった。


看護師さんにはそれが、

すごくおかしかったようで、

なんだかとても笑っていた。



つづいて

「ねまきレンタル」の業者さんが来て、

レンタルの説明をしてくれた。


新人らしき女性の横に、

先輩の女性が立っている。

たどたどしい説明に、

先輩女性が黙って見守る。


なんだろう、この光景は、と。

入院中の身には、

何となく不思議な景色に見えた。



No Suger.

「造影剤(ぞうえいざい)」

による検査では、

飲食ともに「糖分」がじゃまをする。



* * *



10:00すぎ、

ドレーンの位置を調整してもらう。


処置は、最初とおなじく、

若い男性医師と、先輩医師、

男性の看護師さんが2人だ。


もう、すべてがめちゃくちゃ痛かった。


チューブをさわるたび、胸が痛む。

麻酔の針も、格段に痛く、

何をされても痛かった。


固定のための糸を切り、

ドレーンを引きぬいていく。


3センチ、4センチ、

5センチあたりまで引きぬいて、

あきらかに胸の中が軽くなった。

重い雲が、晴れたような感覚だった。


「もう少し、いけますか?」


と、おねだりして、

あと2センチ引きぬいてもらった。


その、たった2センチだけで、

だいぶちがった。


マイナス7センチ。


まったく痛みが

なくなったわけではないが。

その7センチで、

かなり痛みが緩和された。


固定のための糸を、また縫っていく。

麻酔はあっても、

痛みは別の箇所に走る。


とにかく痛くて、すごく疲れた。

20分とは思えないくらい、

どっぷり疲れた。



処置が終わっても、

すぐには起きあがれなかった。

痛みで、腹筋に力が入らない。


看護師さんの手を借り、

引き起こしてもらう。


「いま、10のうち、

 どれくらいの痛みですか?」


一人、部屋に残った看護師さんが、

心配そうに尋ねる。


「じっとしてると、6くらいで。

 動いたりすると、7とか8くらいです」


「けっこう痛いですね。

 痛み止め、

 お願いしておきましょうか?」


「そうしてもらえると、助かります」



実際、引きぬく前と後では、

痛さ苦しさがずいぶんちがい、

かなり楽になった。


じっとしているときの痛みの度合いは、

7、8から6くらいへ

下がったように思う。


お願いしてすぐ、

迅速に処置してくれて、

すごくありがたい。



明日の土曜日、10時から、

手術前の麻酔説明があり、

そこには家族の同席が

必要になるとのことで。


母に連絡をするも、留守番電話だった。



息をつく間もなく、

手術の説明に、若い男性医師が

やってきた。


そこに、

ちょうどのタイミングで、

母が現れた。


面会しに来てくれたおかげで、

明日予定していた面談も、

このまま行うことになった。


先ほど電話したとき、

母は駐車場に

車を停めていたところだったと。

自室で少し、

母に今後の予定などを話した。



母とともに、面談室へ。

若い男性医師の横に、担当医の外科の先生が座る。


たくさんの資料とともに、

手術の内容、注意点などの説明が

はじまった。



手術は5月29日、月曜日。

8:30〜9:00ごろ入室。


手術自体は、

1時間から2時間くらいで終わる。

何もなければ、昼前には終わる予定だ。


当日、母には、立会人として

来てもらう必要がある。


合併症の説明や、

手術中の不測の事態など、

さまざまな「リスク」についても

話された。


全身麻酔での手術には、

外科的な「リスク」だけでなく、

麻酔による「リスク」もある。


「リスク」は、

どうがんばっても

「0」にはできはない。


お医者さんが

全力をつくした上での

「リスク」なのだから。

それはもう、仕方がない。


数々の「リスク」を承認し、

書類に署名する。


これで、手術の説明は終了。

手術の合意が締結(ていけつ)した。



過去の記述

第1日目:いきなり緊急入院)で、

「ダビンチ的な、

 モニタを使ったアーム手術」

というふうに書いたが。

正しくは、

「胸腔鏡(きょうくうきょう)手術」で、

「ダビンチ的な」手術ではない。


胸腔鏡手術は、

ダビンチとおなじく、

モニタを使った手術ではあるが。

機械操作による遠隔操作で

ロボットアームを動かすのではなく、

アームを手動で操作しながらの

手術である。



<胸腔鏡手術の図>


現在、

気胸の手術で行なうのは、

この「胸腔鏡手術」です。


訂正するとともに、

お詫び申し上げます。



面談の途中で、

外科の先生の電話が鳴った。

緊急らしい内容で、

思わず耳がそちらにかたむいた。

相手の声は聞こえなかったが。

先生の言葉が、耳に残った。


「首かぱっくり開いちゃってるから。

 呼吸器ではもう、

 できることはないかな」


それがどんな状況で、

どうしてそんなことになったのか。

もっと詳しく知りたかったが、

首をつっこむような話でもない。


「首かぱっくり開いちゃってるから」


ただただ、

先生の言葉が、耳に残った。



手術の説明が終わって。

尻を落ち着けるひまもなく、

今度はエコー検査に呼ばれた。


母を見送りがてら、

2階まで一緒に行く。

と、母はそのまま、

検査室前までついてきた。


部屋前で別れるとき、


「気をつけてね。がんばりなね」


と、母は手をふった。



* * * *



入院日誌(前編)の、

補足・訂正のようになるが。


エコー検査の技師さんは、

「患者:技師」=「男:男」「女:女」

という関係ではなかった。


そんな規則性などないらしく、

今回は、女性の技師さんだった。


もしかすると、

下肢(かし:足)の場合は、

同性の組み合わせに

なるのかもしれないが。


とにかく、

先回は男性(おじさん)技師で、

本当によかった。



今回は、

CTで見つかった

「あやしい影」のために、

肝臓のエコーを撮影する。


ここでいうエコー(echo)とは、

超音波の「反響」、

音波の「返り」のことだ。


魚群探知機や、

潜水艦の「ソナー」とおなじように、

音波の返りを画像化して、

「見えない像」を

可視化(見えるように)するための

ものだ。


当初の予定では、

外来での検査という段取りだったが。

急な予定変更(緊急再入院)のため、

飲食の制限を無視した格好での

検査になった。

(本来なら前日の夜から絶食し、

 当日はお茶か水などの無糖・無果実の

 飲み物だけ飲むことが許される)


女性の技師さんに呼ばれて、

検査室に入室。


ベッドの上に寝転ぶと、

上着をまくり、右腹部を出す。

技師さんの合図に従って、検査が進む。


「軽く息を吐いてー。

 大きく息を吸ってー・・・

 はい、止めて。

 ・・・楽にしてください」


これを8〜10回くらいくり返す。


その間、腹部にあてられた器具の先に、

コンコン、と硬い音で

ノックをされながら、

肝臓の、いろいろな部位の「かたさ」を

計測していく。


それが終わると別室へ通され、

「造影剤(ぞうえいざい)」を使っての

検査に移った。


先回も書いたかもしれないが。


「造影剤」というのは、

「泡」の入った液体で、

エコーをひろいやすく

するためのものだ。


薬剤は、腕からの点滴で

血管の中に注入される。


検査は、

ベッドにあおむけて

横たわった体勢で行なわれた。


室内には、

エコー装置を操作する男性技師さんと、

別の端末を操作する女性の技師さん、

そして、見学らしき女性の医学生さんが

1人いた。


「はい息を吸って・・・止めて。

 そのままがまんして。

 そのまま頑張ってください」


男性技師さんの合図で検査がはじまる。

質問しても、

あまり返事がかえらず、目も合わない。

男性技師さんは、

まるでぼくなど

いないかのような感じで、

2人とばかり話している。


「息を吸って、はい、止めて。

 そのままがまんして。

 そのままそのまま、

 はい、頑張ってくださーい。

 ・・・楽にして」


つい先ほどの

検査での合図にあった、


「軽く息を吐いてー」


の部分の重要性がわかった。


その「インターバル(準備時間)」が

あるのとないのとでは、

迎えるこちらの構えがちがう。


さらに、

先ほどの技師さんの合図は、

どれもまったく一定のリズムで、

寸分くるわず

おなじ合図(言葉)だった。


おかげですごく、息が止めやすかった。


肺の具合で、

息が大きく吸いづらく、止めづらく、

胸に痛みを抱えている現状。

そんな「些細な」ちがいを

つぶさに感じる。


もし、チューブを浅く

引きぬいてもらっていなかったら。

こんなふうに

いきなり大きく息を吸って、

長く息を止めることは、

むずかしかったと思う。


現状の痛みで、

何とかやっと、という感じだ。


医学生の女性に、

いろいろ説明をしながら、

検査を進めていく男性技師。


女性の技師を含めた3人が、

じっと視線を向ける器械の画面は、

ベッドに横たわるぼくの目からは

ちょうど見えない角度だった。


がんばって首を動かしてみても、

見えるのは薄型モニタの側面ばかりで、

画面も背面もまるで見えない。

うそみたいにちょうど真横なのだ。


男性技師を中心に、

3人は、

画面を囲むふうに集まっている。

男性技師が、

あれこれと説明をつづける。

ぼくにではなく、

医学生の女性に向けてだ。


ずいぶんと放置されているような

気持ちになるくらい、

男性から医学生への、

けっこう長い「講義」がつづく。


ああ、とか、はいとか。

返事をしながらメモを取る医学生さん。

うんうんとうなずく女性の技師さん。

そんな気配を横目に、

一人、ベッドに横たわる。


何だか自分だけ

「仲間はずれ」にされているみたいで、

おもしろくなかった


「ほらここ、見てください。

 こういうふうに映ってるでしょ」


その声に、

興味だけがどんどんふくらむ。


熱心に耳をかたむけ、

画面を食い入るように

見つめる医学生さん。


見たい。


いったい何が、

どんなふうに映っているのか。

それが知りたかった。


そのまま左腕に、

女性技師さんによって針が刺され、

造影剤が注入されていく。


しばらくまた、講義の時間がつづいて、

おもむろに声がかけられた。


「はい、息吸って、止めて。

 そのままがまんして。

 そのまま止めててくださいねー。

 はい、そのまま頑張ってくださーい。

 そのまま、そのまま・・・・・・・

 ・・・楽にしてー」


思ったより長い息止めに、

額(ひたい)にじわっと汗がにじむ。


「だいたい5〜10センチくらい。

 体側からも届かない場合は、

 こうやって息を大きく

 吸いこんでもらって、

 何とかいい場所を探し出す。

 息が止められない場合とかには、

 いろいろ場所を変えたりして、

 いい所を見つけていきます」


医学生さんがうなずき、メモを取る。


「最初の音波は、

 バブルが割れちゃってもいいです。

 音の返りを

 見つけるためのものなので。

 そして音圧を調整しながら、

 進めていきます」


なるほど。

生徒じゃない患者が、一人うなずく。


「音圧は、1.2とか、それくらいで。

 様子を見ながら調整していきます」


ぼくをまったく無視して

進められる講義に、

何としても画面が見たくなる。


だめだ。


首を伸ばしても、

鼻の下をうんと伸ばしてみても、

画面のようすは

ちっともうかがい知れない。


と、いきなり何の前ぶれもなく。


「もう一度大きく息を吸って。

 はい、頑張って止めてくださぁい」


合図の声が投げかけられた。


へこんだおなかに、

器具の頭がぐぐっと押しあてられる。

肋骨(ろっこつ)の裏を

えぐるようにして、

ぐぐっと深く、押しこまれる。


そのまま、

長い、無呼吸の時間がつづく。


「楽にしてー。

 ・・・うん、いいね。

 これでいけそうだね」


男性技師さんの声に、

女性技師さんが画面をのぞく。


2人の技師さんが確認しあったあと、

もう一度、造影剤が注入された。


そして、

つい先ほどとおなじことを、

またくり返した。


「ほら、見えるかな。

 拡散するように散らばってるでしょ。

 ここのこれは、典型的な例ですね」


また出た。


典型的。


もう、気が気ではない。


(え? 何が⁈

 何の話してるの、いま?)


本人を目の前に、

「うわさ話」をされているようで、

たまらない。


めちゃくちゃ気になるっ!


典型的って、何がどうtypicalなのっ⁈


「はい、おつかれさまでしたー」


気になることだらけで、

気になったまま、検査は終了した。


ベッドから起きあがり、

ぼくは見た。


ついに、とうとう、

ぼくは見た。


みんなが楽しく盛りあがっていた、

器械の画面を。


ぼくは、

そのまま5秒間ほど、

じっと画面を凝視した。


そこには、

街灯の明かりに照らされた、

夜の雪のような画が映されていた。



<造影剤エコー検査画面の図>



* * * * *



部屋に戻ると12:00。

すぐに昼食が運ばれてきた。


休息のようで、休息ではないような。

ひとまず尻を落ち着けて、

お昼ごはんを食べる。


5月26日 昼



食後にノートを書いていると、

13:20ごろ、呼び出しがあった。


「2階内科の15番に行ってください」


メモをしようと思ったが。

「2階の15番」

番号さえわかれば大丈夫だ。


立ちあがって歩くと、

音もなく、何かが落ちてびっくり。


チューブの根元をおおう、

ガーゼだった。

体の一部が取れたのかと思って、

びっくりした。


看護師さんに声をかけ、

処置室でガーゼを貼り直してもらう。


処置室には、

スポンジを小さく切っている

看護師さんがいた。


「晩ごはんのおかずに、

 高野豆腐でも切ってるのかと

 思いました」


などと、くだらないことを言いつつ。

胸のガーゼを貼り直していただく。



これまであまり

病気をしてこなかったこともあってか。

何科とか、何科があるのかとか、

そういう分類にはうとかった。


内科といっても、

呼吸器内科や循環器内科、

脳神経内科など、

こんなにいろいろな科があるとは、

知らなかった。


眼、耳鼻・咽喉、歯
脳神経、呼吸器、循環器、消化器
《外科・内科》
泌尿器、産科、婦人科
形成、整形
精神


呼吸器でも、外科と内科がある。

循環器や脳神経、

消化器にも、外科と内科がある。


これは何科なのか。

内科か外科、どっちなのか。


自分が患い、受診してみてやっと、

どういう症状がどの科に該当するのか、

うっすらだけどわかってきた。


ただ、自分がいま、

何の検査で呼ばれているのか。

何の件で受診をするのか。

肺以外に「別のもの」を抱えている

現状では、

少しばかり混乱した。


「2階の15番」


これまでの習慣で、

つい、フロアと番号だけを

記憶してきた。


それが、いけなかった。



エレベーターで2階へ。

手には『MSー009』号を

がらがらと引き連れながら、

15番を探し、長い廊下を延々と進む。


15番は、

なかなか見つからなかった。

そしてついに、

病棟の「端(はし)」まで

来てしまった。


立ち止まり、

フロアガイドに目を向ける。

歩けるとはいえ、

長く歩くと息があがる。

汗もじわっと浮かんでくる。


2階に15番は、ないようだった。

2階には16番までしかなく、

15番は1階だった。


再びエレベーターを待つ。

4基あるエレベーターだが、

なかなかつかまらないことがある。


車イスの患者さんや、

点滴を転がすお年寄りの患者さんなどに

どうぞどうぞと先をゆずったり。

そんなことをしているうち、

ずいぶんと時間がかかって、

ようやく1階へ到着。


15番に入ると、

がらんとして待ち人は一人もおらず、

ちょっと「ラグジュアリ感」のある

静かな部屋だった。


受付の女性に、


「15番に行くように言われて来ました」


と言うと、


「・・・・・」


といった感じで、ややあってから、


「術前外来の方(かた)ですか?」


と尋ねられた。


ジュツゼンガイライ。


病院の単語はむずかしい。

「術前外来」と聞いても、ぴんとこない。


「アノデスネー・・・」


いったい何を伝えればよいのか

わからなかったので、

いまの自分の状況を説明した。


一度退院して、またすぐに再入院して、

これから手術をする身だということを、

ばかみたいに伝えた。


ひとまず何か伝わったらしく、

36番へ行くように言われた。


15番からまた長い廊下をひたすら進み、

長い道のりを経て36番に到着。


部屋の中には受付もなく、

番号がふられた各部屋の前で、

何人かの患者さんが静かに待っていた。


一人おろおろしていると、

看護師さんの姿が目に入った。


「15番に行ったら、

 36番へ行くように言われました」


と、事情を話すと、

受付の女性につないでくれた。


部屋の外にある、

空港みたいなカウンターが、

受付らしかった。


そこでまた事情を話すと、

受付の女性は、調べたり、

問い合わせたりしてくれた。


イスに座ってじっと待つ。

背中がじっとり汗ばんで、

マスクがすごく息苦しい。


受付女性が戻ってきて、


「明日の10時の

 予約になっているみたいです」


と言った。


頭の中に浮かんだ

????をそのままに、

また、ばかみたいに、

自分の状況を話した。


「看護師さんから、

 2階の15番へ行ってくださいって

 言われたんですけど。

 何内科かっていう部分が、

 ぬけちゃってるんです。

 2階に15番って、ないですよね?」


さらに、


「気胸が・・・CTで・・・

 肝臓が・・・」


と、いうことも話す。


「もう一度、お待ち願えますか?」


受付女性は、

再び問い合わせの電話をしてくれた。


「イエハラさん、

 2階の16番の、内科です。

 そちらに行ってください。

 15番っていうのは、

 お部屋の番号かもしれません。

 ・・・大変申し訳ありませんでした」


そう言って受付の女性は、

ていねいに謝った。


「2階の16番の、内科ですね。

 ありがとうございます。

 助かりました」


うっすら汗を浮かべながら、

再びがらがらと、

2階の16番へ向かった。


ゆっくりと乗降する

お年寄りを見守ったり、

先をゆずったりしつつ、

ようやくにして

「目的地」の内科に到着。


時計は見ていなかったが。

はたしてどれくらいの時間、

さまよっていたのだろう。


受付に行くと、

今度は、血圧測定をお年寄りにゆずり、

順番を待った。


次の順番の、付き添いの男性は、

先をゆずるぼくに

先をゆずってくれたので、

会釈をしつつ、血圧測定をすませた。


測定結果の紙を手に、

『15』と書かれた扉の前へと進む。


なるほど。


15番とは、そういうことか。


36番の受付女性が謝ってくれたが。

誰も、誰一人悪くなかった。


自分が「内科」という肝心な部分を、

もやもやと聞いてしまったせいだ。


「内科」


呼吸器や循環器などと、

中途半端に詳しくなったぼくには、

想定外の、意表をついた

「こたえ」だった。


正解は「なになに内科」ではなく、

ただの、プレーン味の

「内科」だったのだ。


扉の前に立つと、

ちょうどのタイミングで

先生に呼ばれた。


内科の先生との、久々の「再会」。

先生の顔を見て、

自分が「何の件で呼ばれたのか」が、

初めてわかった。


肝臓の、検査結果のためだった。


やや中性的な、

物腰やわらかな先生が、

やわらかな口調で言った。


「再入院になったんですね」


先生は、

やさしいほほえみで気づかってくれた。


さっそく、肝臓の件へ。

画像を見ながら先生が言った。


「血管腫が見えますね」


ええっ⁈

と、顔を寄せる。


「ここです。この白い部分、

 典型的な血管腫ですね」


出た、典型的。


「・・・良性のものですし、

 悪性になるものでもありません」


へっ?

そうなの・・・?


「硬さも正常値のあいだですし、

 特に問題はなさそうですね」


ほっ。


先生が、やさしい笑顔でぼくを見る。

先生の言葉を聞いて、

やっぱりほっとした。


「肺の手術、頑張ってくださいね」


「ありがとうございます」


内科の先生の

あたたかなまなざしに見送られ、

15番の診療室をあとにした。



CTで見つかった「あやしい影」。

甲状腺も、肝臓も、

どちらの「影」も、「異状なし」だった。


これにて「健康診断」の結果は終了。

典型的、という言葉も、

答え合わせができたし、

すべてが全部、すうっと流れた。


肝臓の検査結果はもちろん、

15番の謎も、すっきり「解決」。


これで、肺の治療に専念できます。




長い「旅」を終えて自室に戻ると、

よく冷えたジャワティの甘みが

すごくおいしく感じた。


ノートを書いていると、

内科への指示をくれた看護師さんが

検温に来た。


「すみませんでした、

 迷わせてしまって」


申し訳なさそうに謝る看護師さん。

おそらく、

先ほどの問い合わせの連絡で、

ことの次第を知ったのだろう。


「いや、自分が、

 いちばん大事な部分を

 聞きもらしちゃったせいです」


笑いながら、ちょっとだけ

「冒険譚(たん)」を話した。

看護師さんも笑っていた。


「無事にたどり着いてよかったです」


「明日の予習になりましたよ」


まさかの思いちがいで、偶然、

明日を先取ってしまったことも

おもしろい。

心も体も、いろいろどきどきする、

そんなひとときをすごせた。


気づくとあっという間に1時間が経ち、

時刻は14:30だ。



胸の痛みも徐々におさまり、

7、8だった痛みが6くらいになって。

15:00現在、

いまは5くらいまで落ち着いている。



そんなこんなで、ひと息ついていると、

外科の若い先生が入ってこられた。


「イエハラさん、明日の麻酔説明は、

 ご家族同席でお願いしたいんですが、

 大丈夫ですよね?」


先ほど、検温のときに

看護師さんから聞いた内容だ。

そのとき、


「別に家族はいいかなって思ったので・・・。

 先生は、どうおっしゃってましたか?

 必ず同伴で、って言ってましたか?」


と、尋ねた。


その「こたえ」がいまの状況。

あわてた先生が、

「確認」に来られたのだ。


「え、やっぱり、

 いたほうがいいんですか?」


「必ず家族同席でお願いします」


危なぁ、といった表情の先生に。

笑いごとじゃないけど、

なぜだか笑いがこみあげる。


いろいろなことがたくさんありすぎて、

何がどれで、

どれが何だかわからなくなっていた。


もう終わった予定なのか、

それともまだ必要なことなのか、

また別の新しい予定なのか・・・。


中止や再入院、

予定変更や検査や手術の準備など。

受診や説明が多くなって、

点と点がばらばらになり、

ごちゃごちゃになって、

いま、自分が

何のための検査をしているのか、

どれが何のことだったのか、

線がつながらなくなっていた。


そんな中、

説明が前後したり、

偶然母が来たりして。

家族同席の面談が終わったので、

家族の同席は、

もういいのかと思ってしまった。


けれども実際は、まだひとつ、

残っていたようだ。


刑務所でいうところの、

「指示待ち人間」。


自分の頭で考える機会が

ほとんどない状況では、

人の思考は、どんどん停止する。


「線」ではなく、

「点」で出される情報や指示。


そうなってくると、

自分がいま、

何のためにそれをやっているのか、

わからなくなる。

そのことを疑問にすら思わなくなる。

わからないということすら

気にかけなくなる。


自分で考えながら

文章を打つときにくらべ、

人が書いた文章を

そのまま打つときには、

なぜが誤字や脱字が多くなる——。

そんな現象とよく似ている。


指示を待つだけで、

自分の意思や判断で動けない、

いまの自分に。

ふと、そんなことを想起した。



そんなわけで。

ご家族にすぐ連絡してほしい、と、

若い先生が言った。


携帯電話を持っていないので、

電話室へ行ってくる、

ということを話すと、

先生は、看護師センターへ行って、

電話の「子機」を借りてきてくれた。


わが家とおなじ、

Panasonicの『おたっくす』だった。


番号を押しても、

聞きなれないアナウウンスで、

「通話できません」と言われて通じない。

何度かけてもてもつながらない。


狼狽(ろうばい)する先生に、


「試しに、先生の電話に

 かけてもらってみてもいいですか?」


とお願いする。


「・・・・かかりませんね。

 おかしいな、ちょっと、

 待っててください」


先生はまた、看護師センターへ消えた。


すぐに戻って来た先生が、

子機を差し出す。


「まず『0』を押してから、

 それから番号を押してください」


言うとおりかけると、

今度はすぐにつながった。


母に、明日、朝9時40分に

また10階まで来てほしいと伝えると、

わかった、と了承してくれた。


明日、朝10時。

36番にて、

家族同席で麻酔説明。


電話を切ると、

席をはずしていた先生が

ちょうど戻って来た。


「ありがとうございます。

 明日、来てくれるよう、伝えました。

 おさわがせして、すみませんでした」


子機を返しつつ、先生に報告。


「よかったぁ。

 ありがとうございます。

 助かりました」


先生は、心底ほっとしたようすで、

子機を受け取った。



「退屈知らずの1日」


絵を描くひまもなかった。


めまぐるしく巻き起る出来事を、

ひたすらノートに書くばかりだった。



16:00ごろ、清拭。

背中を拭いてもらって、

あとは自分できれいに拭いて、

新しいパジャマですっきり爽快。



それから17:00ごろまで、

スケッチブックに絵を描く。


BICの黒ボールペン1.0。

つたない線で、ゆらゆらと。

上手さではなく、忠実さ。


形がおかしくても、

そこにあるものを写し取り、

描いていくのはたのしい。


少しわかった。

見ることと描くこととの関係が。


自分で勝手に線をつくらない。

「飾り」の線は存在しない。



17:00すぎ、外科の先生

(初回、ドレーン除去時の助手の男性)

と、久々の「再会」。


肺の「パンク修理」の話を

してくださった。

まさに「パンク修理」。

生理食塩水を胸腔に満たして、

泡の出る箇所を見つけて、

そこを修復するのだと。


見つけてね!


まったく、あわただしい1日だった。





* * * * * *



17:30すぎ。

痛み止めを飲んだ。

新たに処方してもらった、痛み止めだ。



頓服【とんぷく】:

薬の服用法(飲みかた)の呼称。

食後や食前などの

定期的な服用ではなく、

痛いときなど、必要なときに飲む薬。

「頓用(とんよう)」ともいう。



てんぷく

はんぷく

ぶんぶくちゃがま


ぼくは、「とんぷく」の意味を、

知らなかった。


薬を渡されるとき、


「この薬はトンプクでいいので」


と言われ、

質問して初めてその意味を知った。


新しい薬は、

トンプク(=トンヨウ)で、

1日4回まで、

飲む間隔は4時間以上あけること。


本当に、毎日が勉強です。


<頓服の痛み止め薬の図>



痛みがない(少ない・気にならない)

ってすばらしい。

いろいろできる。

動けるし、絵も描ける。

そして何より、気分が軽やかになる。



5月26日 夕


夕食のあと、

窓の外を見ながら歯をみがいていると、

鉄塔のちょうどまんなかあたりが

虹色に光っていた。


何だろう、と思っていたら、

それは、遠くに見える観覧車が、

ちょうど鉄塔のまんなかに

重なって見えているせいだとわかった。


鉄塔(2023/05/26)



おお、これはすごい。

消えない花火みたいで、きれいだ。


iPodで、キャプテン・ビーフハート

(Captain Beefheaet & His Magic

 Band)の『Sure 'Nuff'n Yes I Do』を

聴きながら歯をみがきつつ、

一人、窓辺で踊っていた。


痛くないって、すばらしい!


たぶん、痛みはあるんだろうけど。

今日の朝までの痛みとくらべたら、

取るに足らない痛みだ。


思えば昨日は、地獄の痛みだった。



日常でもおなじことが言える。

高いと、ちょっと下がっただけでも

低く感じるし、

底の底のように、低い場所から見ると、

ちょっと上がっただけでも高く感じる。


等身大、というのか。

惑わされずに、

実寸大で見極められる、白紙の心。

それが大切だ。


落ち着いて、あわてず、

ゆっくり、ていねいに。


平常心、不動心。


おそれず、人目を気にせず、

いつでも自分に正直に。



筋トレはまずかった。

いくら痛みが減ったといえ、

腹筋したら、

胸がめちゃくちゃ痛くなった。

腕立ては、構えてみただけで、

胸が痛んだ。


薬で「ごまかして」

いるだけなのだから。

・・・そりゃ、あたりまえか。

痛みが消えたわけではない。

痛みを「感じにくく」しているだけだ。


筋トレは、まだまだおあずけだ。

完治したら、

めちゃくちゃいっぱいやる。



21:00。


「今日の夜担当の△△でーす」


看護師さんがやってきて、器械を確認。


「オッケーイ」


「今日も元気ですね」


「元気です! いっぱい寝てきたんで」


元気って、いい。



* * * * * * *



『まだある』


たくさん笑って たくさんたのしんで

たくさん遊んで たくさんよろこんで

たくさん旅して たくさん冒険して

たくさん見て たくさん聞いて

たくさん感じて たくさん考えて


たくさん踊って たくさん描いて

たくさん思って たくさん書いて

たくさんけんかして たくさん泣いて

たくさん仲直りして たくさんわらって

たくさん走って たくさん食べて

たくさん眠って たくさんつくって

たくさんならべて たくさんこわして


たくさんひろって たくさん捨てて

たくさん気づいて たくさん見つけて

たくさんなくして たくさん集めて

たくさんもらって たくさんあげて


たくさん訊(き)いて たくさん知って

たくさんわかって たくさん忘れて

たくさんこまって たくさんうなずいて

たくさんまよって たくさん決めて


たくさん出会って たくさん別れて

たくさん助けて たくさん助けられて

たくさん進んで たくさん戻って

たくさん立ち止まって たくさん唄って


たくさんときめいて

 たくさんどきどきして

たくさん落ちこんで

 たくさん立ち直って

たくさんこだわって

 たくさん胸をはって


たくさんくさって たくさんくだけて

たくさんぶつかって たくさんすねて

たくさんためして たくさんけがして

たくさん休んで たくさん学んで

たくさん感心して たくさん感激して

たくさん感動して たくさん叫んで


たくさんだまして たくさんだまされて

たくさんやぶって たくさんつないで

何もしないで 空を見て

自分の手のひらを じっと見る


まだやれる

まだやれることがある


まだやり残したことが きっとある


ちょっと思って ちょっとだまって

ぎゅっと握って


やれることは まだある

やりたいことは まだある


じっとだまって

ぎゅっと握って

そう 思った




22:00すぎ。

そろそろ寝ようかと思う。


今日はいろいろなことがあった。

1日とは思えないくらい、

本当にたくさんのことがあった。


(ティッシュ)耳せんも、

昨日よりフィット感UP。


今日も1日ありがとう。





やたらに長い記述ですが。

ご清聴、ありがとうございました。


ノートに書かれた記録をもとに、

どこかを切り取るわけにもいかず、

ほぼ無修正で

お届けさせていただいております、

この『Hi, Punk.』[B面]。


「蓼(たで)食う虫も好き好き」


お好きな方は、

どうぞごゆっくり召しあがれ。


次回、#3にて

またお会いしましょう。



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< 今日の言葉 >


『あたしの住処(すみか)は、

 幻の国にあるのさ。

 あたし以外が通りぬけようとすると、

 体がズタズタに引きちぎれるよ』


(『ヤヌスの鏡』より)