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2024/03/01

ならんだ二人





* 



最後の手紙——。

もうこれが、最後かもしれない。


そう思って書いた手紙は、

無事、父の元に届けられた。



父の住所は知らなかった。

姉を頼って聞いてみると、

以前、お菓子を送ってもらった箱が

手元に残っており、

そこに住所が書いてあった!と

教えてくれた。


便箋5枚に書き綴った手紙。


動かない体で母を思い、

お金を届けてくれたことへの

お礼を書いた手紙だ。


余命2カ月。


父がその宣告を受けてから、

4カ月ほどの月日が過ぎた。


肺がんに罹った父は、

闘病生活を送っている。


いっとき、

自力で歩くことも

ままならない状態にまで

なっていたのだが。

なんとか杖1本で

歩くことができるまでに回復し、

動けるようになるとすぐ、

母のもとに顔を見せたのだった。


そのとき、心配した父は、

生活費の足しにと

母へお金を渡したのだと。

母の口から聞かされた。


手紙は、そのお礼だった。

おそらく、

いつもと変わらぬ感じの

「ありがとう」

で済ませたであろう母に代わって、

感謝の気持ちを文面で伝えた。


今しかないと思った。


もちろん、

そんなことはないのだが。

今書かなければ、

伝えられないことがあると思った。


だからどうしても、

手紙を出したかった。

メールでも電話でもなく、

手紙で気持ちを伝えたかった。


手紙には、

母のことへのお礼だけでなく、

これまで育ててもらったことへの

感謝も書いた。


闘病生活を送る父への

励ましの言葉も書き連ねた。



* *



父と母。


別に仲が悪いわけではない。


別々に過ごす生活が長くなり、

おたがい、離れているほうが

快適になってしまった。

ただ「それだけ」のことだ。


その「それだけ」の距離。

たった「それだけ」のことが、

二人にゆっくり隔たりをつくった。


離婚はしていない。

夫婦だから、いろいろある。

いろいろなことが、

たくさんあったことと思う。


息子のぼくからすれば、

父と母は

夫婦でも他人でもなく、

家族であり親である。


もろもろの事情はさておいて、

両親が仲よくしている姿は、

この上なく嬉しいことだ。



2018年、

父が脳卒中で倒れたとき。


いろいろ思った。


残された時間は、

過ぎ去った時間よりも

はるかに少ない。


その残り少ない時間のうちに、

どうにか二人が

笑顔で仲よくならんでくれたら。


一緒に暮らすとか、ゆるすとか、

そういう複雑なことではなくて。


ただ単純に、

心から笑ってほしかった。


二人ならんで、

心からの笑顔で笑ってほしかった。


何かの儀式や行事でもなく、

生活の一場面の中で、

二人がならぶ姿が見たい。

二人ならんで、

ふわっと心をゆるめてほしかった。

心と一緒に、

二人の顔もやさしくゆるんだ、

そんな姿を見てみたい。


それが、ぼくの夢であり、

目標のようなものになった。



* * *



母には再三言ってきた。

父への感謝を忘れず、

会ったときには、

きちんと言葉や態度で、

感謝の気持ちを伝えてほしいと。


父にもときどき伝えていた。

あんまり母さんを怒らないでと。


母は「どんくさい」ところがあるので、

いらちな父は

ちょくちょくおかんむりになる。


ぼくは、人が怒る姿が苦手だ。

家の中での怒声は、特に嫌だ。

たとえそれが「けんか」であっても、

怒鳴る必要は、ないように思う。


怒りは怒りをまねくし、

暴力は何も生まず、こわすばかりだ。


父は、暴力をふるったり、

暴言を吐くわけではないが。

押し黙る母に向かって

声を荒げる姿は、

幼心には「暴力」に等しく映った。


そんな父の勢いも、

病気や入退院をくり返すうちに、

少しばかりは丸みを帯びた。


対する母は、というと。

相も変わらずマイペースで、

人の話を聞こうとしない。



親とはいえど、

二人のことは、

ぼく自身のことではないので、

理想こそ思い描きつつも、

過度な期待はせず、

「こうなったうれしいなぁ」

といった程度に見守りつづけた。


会うたび一言二言、

あいさつのように、


「あんまり強く

 言わないであげてね」


「ちゃんと感謝を伝えてね」


と、しつこくもさりげなく、

二人にそれぞれ言いつづけていた。


しんでしまったら、

もう遅いから。


そうなっらもう手遅れで、

「そのまま」終わってしまうから。


そのまま残されたそれは、

もう二度と変わることなく、

ぼくの中で永遠に生きつづけてしまう。


そんなのは嫌だ。


もしも「子ども」を思うのなら、

何も残してくれなくていいから、

二人ならんだ笑顔の姿を残してほしい。


残された時間を使って、

二人に「宿題」を片づけてもらいたい。


ぼくは、ぼくのエゴで、

二人の笑顔を見たいと思った。



* * * *



思い立ったときから

5年ほど経った。


二人への「宿題」は、

いつしかぼくの「宿題」となり、

叶えておきたい「命題」となった。


2023年、秋。

父が余命2カ月と宣告されて。


そんな「宿題」のことなど、

頭から消え去っていた。


ただ、

少しでもいいから

父に伝えたかった。


今日まで育ててくれたことへの

感謝の気持ち。

これまで何の不自由もなく、

しあわせに暮らせたこと。

たくさん遊んでくれて嬉しかったこと。

いろいろ教えてくれて頼もしかったこと。

いろんな所へ連れて行ってくれて

楽しかったこと。

いろいろあっても、

父さんのことが好きだということ。


現実では、

なかなか面と向かって

言えなかったり、

うまく事が運ばなかったりするけれど。

ありがとうの気持ちだけは、

伝えておきたい。


もう、時間がない。


そう思って、

入院する父に手紙を届けた。


病棟の看護婦さんに渡して、

頭をさげる。


病院ではいろいろと

ご迷惑をおかけしてばかりの父で、

本当に面倒で厄介な

患者でしかないのだけれど。


それでも、父は父。


ぼくにとっては、ほかならぬ、

たった一人の父である。


かつてなら、

体裁や見栄ばかりが先立って、

本当の気持ちとちがった行動に

出てしまっていたはずだ。


2023年の秋。


できないことはできないけれど、

できることはしておきたい。


父を治すことも、引き取ることも、

何もできないから、

思いを書いた手紙を届けた。


大人になって初めて書いた、

父への手紙。


思ったことを、

思った通りにやってよかった。


最高の自己満足かもしれない。


けれども、

ちまたでよく言うあれで、

やらないで後悔するより、

やって後悔したほうがまし、

という選択。


初めての手紙は、

思った以上に、

父の心へ届いた様子だった。



* * * * *



そしてこの「2通目」の手紙。



これから家を出るぼくの耳に、

聞きなれた声が聞こえた。


父の声だった。


姉からの伝言もあり、

母にいろいろ

話すことがあっての翌日。


たまたま父が家に来た。


お膳立てのそろった

この「流れ」も、

なんとなくドラマめいていて、

家族劇場的な筋書きを感じた。


「ありがとう、嬉しい手紙。

 携帯、調子悪ぅてあかんから。

 手紙にしてくれてよかったわ」


手紙を読んでくれた父は、

となりに座る母の肩を抱いた。


「ほれ、見てみ。

 心配せんでも、仲よしやで」


照れくさいのか、

父は、背中向きのままで言った。


「ありがとう。

 手紙、嬉しかったで。

 お返事、書いてきたんやけど・・・

 あれ、どこいってもうたかなぁ」


ごそごそと、

財布の中を調べる父。


その背中は、

自分が見知った父の姿より、

ずいぶん白っぽい感じがした。


かつての父は、

4Bの鉛筆で描きなぐったような、

荒々しく、黒々と濃くて

太い線の持ち主だった。


目の前に座る父の背中は、

蛍光灯の白い光のせいもあってか、

2Hの鉛筆1本で描いたような、

薄く、白々として、

か細い線に見える。


すぐ横にならんで座る母も、

折れそうなほど先の尖った鉛筆で

さらさらと描いたように、

頼りない姿だった。


こんなに色がなく、

モノクロームになった

両親の後ろ姿。


骨ばって丸い背中は、

ぼくの知る二人の背中とは

ひどくかけ離れたものだった。


「あったあった。

 はい、お返事」


父が笑顔で手紙を差し出した。

封筒もなく、

四つ折りされた手紙には、

毛筆で書かれた文字が

おどっている。


「ありがとう。

 あとでじっくり読むね」


そこから少し、

がんばりや、とか、健康第一や、

病気になったらつまらんからな、とか、

そういう話になって。


歩けなかったときはしんどかったと。

ゆっくり父が語り始めて、

黙ってぼくは聞いていた。


余命2カ月と言われて、

2カ月間を過ごし、

そこからさらに2カ月経って。

父は、どんな心境なのか。


気になったというわけでもないが、

父の口が、自然と話した。


「怖いとかそういうのんはない。

 やり残したことも、ないしな。

 やりたいこともやったし、

 もう十分や。

 治るっちゅうわけでもあらへんし。

 ただ、がんと付き合ってく。

 それだけや」


肚(はら)はすわっている。


言葉だけでなく、

そんな決意のようなものが

感じられた。


もちろんそれは、

父の父らしいふるまいで、

言いながら自分に

言い聞かせているのかもしれない。


たとえそうだとしても。

以前には感じられなかった

「おだやかさ」のようなものが、

父を包んでいるのはたしかだった。


当たりの強い、いらちな父が、

ここへきてようやく

丸くやわらかになって、

いわゆる「常人」ほどの当たりに

なってきたのかもしれない。


ほんの少しではあるけれど、

まるで祖父のような

やさしい雰囲気がふわりとにおった。


「母さんのこと、よろしく頼むで」


父はそう言ってまた、

母の肩を力強く包んだ。


見た感じでは、

母はまだ変わっていない。


肩に乗せられた手に、母は、

戸惑い、少し迷惑そうな、

それでいて本気で

嫌がっているふうでもない、

子どもじみた「はにかみ」を

浮かべている。


そろそろ出かける時間だ。

部屋の隅からふり返ると、

父の笑顔があった。


「あやちゃんもとしくんも、宝物や。

 父さんたちの、宝物や」


「あやちゃん」とは姉のことで、

「としくん」というのは、

ぼくのことである。


宝物。


何もできない、

不甲斐ない自分だけれど。


宝物なら、

じっと黙っていても光を放つ。

ただそこに在るだけで、

まぶしい光を静かに放つ。


「気いつけて行きぃや」


「うん。父さんもね」


ふり向くとそこに、

二人の笑顔があった。


たとえそれが「うそ」であっても。


父と母の、

ならんだ二つの笑顔は、

ぼくにとって「宝物」だった。


去年、入院中のぼくを

見舞いに来てくれたときの、

二人の姿。


そのときに比べて、

華々しさも彩りも何もない、

ふだん使いの笑顔だけれど。

だからこそ尊い風景だった。


「子は鎹(かすがい)」


などとは言うけれど。


そんな強固なものには

なれずじまいだった。

細い糸くらいには、

なれただろうか。


父と母との過去をたぐる、細い糸。

なつかしい、あたたかな気持ちを

たぐりよせる、そんな糸には、

なれただろうか。


家族の糸は、切っても切れない。


いくつになっても、親は親。

いくつになっても、子どもは子ども。


父と母。


平凡じゃなかったからこそ、

見える風景がある。


ぼくは、父と母の、

二人ならんだ笑顔を忘れない。


何の効能もない、

つまらない日常の

一場面かもしれないけれど。

ぼくにとっては大きく、

心から嬉しい、宝物の風景だ。



墨(すみ)で書かれた父の手紙。

父からの手紙の結びには、

こう書かれていた。


『母さんを見守ってやってください。

 がんと共に生きる。

 もう寿命やと思っています』


悲しみではない何かに、

ぼくは、少し目を潤ませながら、

ハンドルを握っていた。


父からの贈り物。


お金よりもおもちゃよりも

嬉しい宝物。


子どものころに、

失くしてしまった宝物。


ずっとほしかった宝物を、

ぼくはもらった。


目の前になくても、

けっして消えない宝物。


ずっと心の中にあった、

塊のようなものが、

すうっと溶けてなくなったような、

軽やかで深遠な解放感。


ありがとう、父さん。


この宝物は、

誰にも奪えない。



うそみたいな世界だからこそ、

ぼくは、絵に描いたような

ドラマを信じる。


2024年2月28日(晴れ)


忘れないうちに、

忘れちゃいけない家族の劇を

ここに記します。



< 今日の言葉 >


「接続の『を』で『たてを』です」


父:建雄(たてを)の名前の説明



2019/11/01

郵便配達員の憂鬱










☆ ☆ ★





ある晴れた昼下がり。

赤いスクターにまたがった男は、

小さな吐息を漏らした。



「どうしちゃったのかな。

 最近、ちっとも来ないな」




男の仕事は、

郵便局に集められた郵便物を

それぞれの宅に届けること。


つまり、郵便配達員。



雨の日も、風の日も、

燃えるような炎天、夏の日も、

雪の降りしきる真っ白な日にも。

50ccのスクターにまたがり、

郵便物を配達するのが

彼の仕事だ。




仕事上、本来ならば

郵便物の宛名や住所以外に目を向けたり、

興味を抱いたりしてはいけないのだが。


彼には、気になることがあった。






☆ ★ ★





石岡マキさんへの手紙—

瓜生(うりゅう)太郎さんから、

石岡マキさんへ宛てた手紙。



つい数ヶ月前には毎週、

瓜生太郎さんから石岡マキさんへの手紙、または封書が、

少なくとも必ず1通はあった。


それなのに。


最近、めっきり来なくなった。



もう、どれくらいだろうか。


石岡マキさんへの手紙が、来なくなった。



「どうなっちゃんだろう・・・」



家主である石岡マキさんは、

いまだそこに住みつづけている。


郵便物はこれまで通り、

何通か配達している。



けれども。



忙しいのか、

最近、石岡マキさんの姿すらも、

あまり見かけなくなった。


もしかすると、

長期の出張か、旅行かもしれない。




「どうしちゃったんだろう・・・」



彼のため息は、

スクターのアクセル音にまぎれて、

力なく消えた。


配達業務を進めながらも、

彼の頭の片隅にはそのことばかりが

ぐるぐるぐるぐる回りつづけ、

どんどん大きくふくらんでいった。




彼がこの手紙に興味を持った理由


それは、差出人の

「瓜生太郎」という名前のせいもあった。


「瓜生(うりゅう)」という姓は、

希少というほどめずらしい苗字ではないのかもしれないが、

彼にとっては馴染みがなく、

初めてあつかう苗字だったこともある。


少なくとも、

ここら辺では目にしない、

めずらしい苗字である。


ともかく彼の目には、

瓜生太郎という名と、

その筆跡が、なんとなく焼きついていた。



もうひとつの大きな理由。


それは、

郵便物を配達したとき、

石岡マキさんがいつも大よろこびしていたこと。

その姿が、あまりにもつよく残っているせいだった。




手紙が届いて、

うれしそうに受け取るその姿。


手紙を心待ちにしているそのようす。


スクーターの音で

室内から素足のまま飛び出してきて、

玄関先ですぐさま開封して

手紙を読みはじめるその姿。


ときには、

2階から駆け下りてくる足音が

玄関先まで聞こえることもあった。



瓜生太郎氏からの手紙。


きらきらした目で、

あふれんばかりのよろこびを

全身であらわすその姿に、

いかにその手紙が

石岡マキさんにとって大切なものかを、

ひしひし感じ取っていた。



心の底からよろこぶ

石岡マキさんの姿に。

いつしか彼も、

石岡マキさんに手紙を届けることが

たのしみになっていた。



今日か今日かと

毎日待ち焦がれる石岡マキさんに、

待ち人である、瓜生太郎さんからの手紙を届けること。


それは、

彼の義務でもあり、

特権でもあった。



「こんにちはー!」


郵便を配達する彼に、

石岡マキさんが元気な声で

あいさつする。


郵便配達中の彼は、ひかえめに、

ぺこりと小さく頭を下げる。


「今日は来てますか?」


元気な声でたずねる石岡マキさんに、

ほかの郵便物を渡したり、

あいさつするだけの日もあったり。


「わー、やったぁ、うれしー」


ぴょんぴょん跳ね回るようにしてよろこぶ石岡マキさんに、

待望の手紙を渡す日も、

曜日こそ不定だったが、週に1度は必ずあった。




どれくらいの期間だっただろうか。


瓜生太郎さんからの手紙を配達していた日々。


そこには、

満面の笑みで飛び跳ねる、

石岡マキさんの姿があった。




その、うれしそうな姿も、

まるで見られなくなってしまった。



「どうしたのかなぁ。本当に・・・」



彼の心配をよそに、

日付はたしかに、前へと進んでいった。





★ ★ ★





暑かった季節もすっかり涼しくなり、

朝夕はめっきり冷え込むようになった。


そんなある日、

配達中の彼が、石岡マキさん宅の前を通りがかると、

石岡マキさんの家から出てくる

見知らぬ男性の姿が目に入った。



「そうか・・・引っ越したのか」


彼は何も考えず、

そう思った。





さらに幾日か日にちが経って。



配達鞄を手にした彼は、

久しぶりに見た石岡マキさん宛ての手紙に

なつかしさのような、

安堵のような、

不思議な感覚を抱いた。


差出人こそ

瓜生太郎氏ではなかったものの。


石岡マキさんの安否が確認できたような気がして、

彼は少しほっとして、

自分でも気づかぬくらいに頬をゆるめた。





それから幾日か経った、

ある晴れた昼下がり。



すべての謎が、解決した。

すべての不安が、きれいさっぱり払拭された。




「なるほど、そういうことだったんだ」



彼は、まるで誰かに話すような声で、

大きくひとりごちた。




石岡マキさん宅の住所が書かれた、1通の手紙。

その手紙の宛名には、こう記されていた。



『瓜生マキ様』





彼は、誰かに言いたかった。

この話を、この物語を。


毎週1通届く、彼女宛ての手紙。

ぴょんぴょん跳ねてよろこぶ彼女の姿。



彼女の苗字が、

石岡から瓜生に変わった。



「そういうことだったんだな」


郵便配達員の彼は、もう一度、

言葉にして自分に聞かせる感じで

はっきりと声に出した。


そして、心のなかでつぶやいた。



「おめでとうございます」





彼の仕事は、郵便配達。


郵便局に集められた郵便物を、

それぞれの宅に届けること。


それが彼の義務でもあり、

特権でもある。




赤いスクターにまたがり、

郵便物を届ける彼に、

手をふる姿が目に入った。


かつての「石岡さん」が、

瓜生さんとふたりで手をふっている。


その顔は、

手紙を受け取るときとおなじような、

きらきらしたうれしい笑顔だった。



「よかったですね。おしあわせに」



彼は、聞こえないほどの声で

ひそやかにつぶいやいて、

ぺこりと小さく頭を下げた。



もう、石岡マキさん宛ての手紙を

配達することはなくなった。



バックミラーに映る、ふたりの姿。


そのうれしさに、

彼はちょっとだけ胸を張って、

スクーターのアクセルを回した。



山田さんちのレオンが、

わんわん鳴いている。


中村さんちのハルさんが、

庭の植木といっしょに日光浴している。


東の空には、

細い雲がたなびいている。


暑くもなく寒くもない、

よく晴れた昼下がり。



今日はすごく、

夕焼けがきれいになりそうだ






< 今日の言葉 >


「なまをやめんなよ!」

(「山をなめんなよ!」と言おうと勢いいさんで、言いまちがえたときの言葉)