2026/10/15

小さな世界



* 



買い物へ行く道すがら、

子ども連れの母親の姿があった。


僕の歩みは

ベビーカーを押す母親よりは速く、

ぱたぱたと先を行く女の子よりは

少し遅い足取りだった。


まっすぐ伸びる裏通り、

母娘にはさまれる格好になり、

前を歩く女の子の背中を

追う形になる。


どう見ても

母娘の家族にはそぐわない

不釣り合いな僕は、

にわかにできた集団(パーティ)から

抜け出そうとした。


太陽はまぶしく、

半袖でも暑かった。

速く歩くと汗がにじむ。


女の子を追いぬかすには、

歩幅を広げ、

やや速足にしなければならない。


歩みを遅めても、

ゆっくりを進むベビーカーは

追いついてこない。

追い抜かれるには

不自然なほどゆっくり

歩かなければいけない。


女の子、自分、母親。


三者の距離は縮まることなく、

ひらくこともなく、

変わらぬ距離のまま

一定に続く。


まっすぐな道に、

にせものの「家族」が

行進すする姿は、

すれ違う人の目を引いた。


ここから抜け出したい。


僕は、足を速めた。


小学校低学年らしき女の子は、

小いさな足で

ぱたぱた歩く。


額に浮かぶ汗に風お感じつつ、

女の子の背中を追って、

大股に歩く。


女の子の背中が近づいてきた。


女の子は急に、

思い出したみたいに

立ち止まってその場で

ぴょん、と跳んだ。


両足を曲げて、

足の裏を外側に向けるふうにして、

ぴょんと真上に跳ね上がった。


カタカナの『ル』みたいに、

・・・いや、

左右対称に並んだ

『レ』といえばいいのか。


女の子は、

両足を左右に跳ね上げて

ぴょんと跳んだ。


二歩くらい進むと、

また、ぴょんと跳ねる。


歩いては、ぴょん。

歩いては、ぴょん。


おかげで

遠かった背中が、

すぐ目の前まで近づいた。


小さなサコッシュ

(昭和風に言えばポシェット)を

ななめ掛けにして、

女の子は懸命に跳ね続けている。


空中にいる時間は

1秒にも満たない。

ほんの一瞬。

0.5から0.8秒くらいか。


声にならない短い声を

「んっ:」と漏らして、

何度も何度も跳ねている。


一生懸命、全力で、

飽きることなく、毎回が本気で。

女の子は、

「んっ」といいながら

ぴょんと跳ねね続けた。


はた目には

まるで意味なく「遊んで」見える

「無駄な」行為かもしれないけれど。


当の本人いは、

見えない何かを追いかけるみたいに、

毎回、本気の全力勝負、

小さな背中と横顔は、

周囲を寄せ付けないほど

真剣そのものだった。


何か、神聖なものを見たような。

尊い瞬間に立ち会ったような。


集中。夢中。没頭。没入。

言葉にすると、

一辺倒になりそうだが。


まったく「意味のない」、

「無駄なこと」を、

夢中で真剣に没頭する姿に、

忘れかけていた

懐かしい匂いを嗅いだ。


「あんまり先に行かないで」


母親の声が、背後から聞こえた。

もうすぐ大通りに出る。

女の子は、

その場に止まって母親を待った。

額に汗が光っていた。

息も少しだけあがっている。


肩で息をする女の子の横を

通り過ぎた僕は、

彼女には見えない位置で

小さく笑った。



* *


小さな頃は、

世界が大きかった。

見るものすべてが大きかった。


自分の世界は小さかった。

手の中のあるもの

すべてが小さかった。


だから、全力だった。

だから、本気だった。

あと先は考えず、

今、この瞬間を全力で燃やした。


こんなことを考えるでもなく、

何の躊躇も疑問も持たずに、

目の前のことに夢中だった。


たとえそれが

「無駄なこと」であっても。

「無意味なこと」であっても。

手を抜いたり、ずるをしたり、

ごまかしたりはしなかった。


転ぶと痛い。

失敗すると恥ずかしい。

できないと悔しい。

上手くないのは格好悪い。


夢中で跳ねる女の子の姿に、

そんな「垢」は

微塵もなかった。


だから、輝いていた。

きらきらとまぶしかった。


おそらく僕のほうが、

高く飛べるし、

長く空中に浮かんでいられる。


上手い下手ではない。


真剣に生きること。

真剣に楽しむこと。

それは、そんなに重たく、

深刻(シリアス)なことじゃない。


いつの間にか

おシリアスになってなっていた僕は、

中途半端に大人ぶった

退屈な風景の中にいた。


衝動に「意味」を求めることほど

無意味な行為はない。


結果や成果ばかり求めて、

楽しさを見失うことほど

無駄な選択はない。


何度も跳ねる女の子は

教えてくれた。


『命短し

 咲き誇れ今を』


「危ないから止まりなさない」と。


声をかけるのはいつも

大人の役目だ。


僕は、一生懸命が好きだ。

手を抜かず、全力で、

嘘なく真剣に向き合うのが好きだ。


たくさん転んで、けがをして、

もうだめかと思ったりしたことも

あるけれど。


起きあがってまた、

くり返えす。


転んでけがをするのを恐れて、

本気で楽しむことを

忘れるくらいなら。


思いっきりこけて、

大泣きしたい。


大きかったはずの世界を

小さな世界に

閉じ込めてしまわないよう、

全力で真剣に

跳ね回っていきたい。


笑われたって気にしない。


命短し

燃やせよ今を。


あとにとっておいても

そのときはこない。


明日のことなんて

考えるだけ無駄だ。

明日が、

思い描いたようにくるとは

限らない。


明日の景色は、

今日で決まる。


水色の空には、

見え杯ほど小さく

白い飛行機が飛んでいた。


生きる上では

何の意味もない

真っ白な飛行機の機影。


無意味なその一瞬を

心に焼きつけた自分と、

そうでない自分とでは、

迎える明日は違ってくる。


小さな世界の中で、

僕は、

そんな大きなことに

気がついた。



< 今日の言葉 >


「シキン距離って何?

 変なの。

 ・・・えっ、

チキン距離じゃないの?」


(小学校の頃、クラスメイトが言った言葉)


2026/10/01

まよい


いまのうちにたくさん見ておきたい(2018)

 

*


自分の信じてきたものが

覆されるような

そんな場面に出くわした時。


もうだめなのかと

思う瞬間がある。


自分の信念、価値観、

努力や時間。


これまで生きてきた

時間そのものが

無駄だったかに思える

大げさな悲観が

全身をすっぽり

くるんでしまうことが

たまにある。


それをくり返すことで

稀だったはずの落胆が

常態化して

絶望感がすぐそばの

友だちみたいな存在になる。


何をやってもうまくいかない。


結果が出ない。


同じことのくり返し。


ここから抜け出すことができない。


・・・自分はこんな

悲観的な思考だったか?


ふと、立ち止まる。


今、この瞬間を

心から楽しめるのが

自分の長所だと思っていたのに。


いつしかそれができなくなった。


未来 将来 約束


そんな見えない鎖に

がんじがらめになって

心が動かなくなった。



**



父の誕生日。


亡き父を思いながら

車に乗る。

歯医者さんへ行くのに

2時間もかけて

車を走らせるなんてと。

そう言われることがある。


確かに。


けれど

自分にはその時間が

豊かに思える。


何もしない時間。


運転をしながら

音楽を聴いたり

ラジオを聴いたりする時間。


父の誕生日——

命日の翌日でもあるその日

ラジオを聴いて

車を走らせていた。


ラジオから聞こえてきた言葉。


『行動変容』


気になったので

その言葉を記憶した。


家に帰って

調べてみた。


『行動変容モデル』


アメリカの心理学者

ジェームス・プロチェスカと

ハロル・ディクレメンテらが

提唱した

フレームワーク

(考え方の骨組み)で、

禁煙、ダイエットなど

個人の健康行動の

改善研究から生まれた

考え方である。


これまでの行動を

変容させるために

どのような心の段階を経て

行動に移し

習慣化できるかというものだ。


とてもおもしろいい内容だった。


自分が見たのは

医療関係に従事する方の

資料だった。


最後、その人が、

個人的な意見でまとめていた。


「この人は変わらない、

 何を言ってもだめだ、

 年だから仕方ないとか、

 つい、

 思ってしまいがちですが。

 そうやって片づけることは

 決してして欲しくはないです。

 私もつい、

 しちゃったりします。

 そういった思考に

 ならないためにも、

 人として向きあい、

 相手を理解すること。

 それが大切です」


『相手を理解すること』


その言葉が

心に残った。


相手のことを

コントロールはしたくない。

変えたいとも思わない。

自分は指導者でも

リーダーでもない。


自分が悩み

迷っているものの正体。


『自己効力感』


最近それが侵されている。


言葉を知っても

その正体のすべてを

理解できるわけではないけれど。


概念を知ることで

おぼろげな輪郭はつかめる。


無力感、徒労感、

劣等感、絶望感。


そんな悲しい苦しみが

どこから発生するのか

確信が持てた。


いつも自分の答えに自信があり、

迷ったことはなかった。


けれど、

最近、よくわからない。


父の命日。


答えがわからず

神頼みにも似た気持ちで

死者である父に問うてみた。


「どうしたらいいかな、

 父さん」


歯医者さんの予約を

あえて父の誕生日にしたこと。


その日

ラジオで聞いた言葉

『行動変容』。


そこからつながった

「あきらめないで」

という言葉。


それが叶うか

どうかじゃなくて

あきらめない

という気持ち、心意気。



ラジオの中で

また別の人が言った。


あきらめそうになったり、

くじけそうになったりした時。

この唄に、励まされてきたと。


「自分の気持ちと

 重なる部分があるので」


カーラジオから

中島みゆき氏の

『ファイト』が流れた。


泣けてきた。


『あきらめという名の鎖を

 身をよじってほどいてく』


そうだった。


自分は

目の前の人を

笑顔にしたいと

思ってきたんだ。


忘れかけた大切なこと。


言葉で誰かを支えたい。

言葉で誰かを励ましたい。


自分が何度も救われたように。


誰かをそっと励ましたい。


あきらめない。


けど、執着もしない。


自分の心に従えばいい。


怖くはない。


失敗なんていうものは

あきらめなければ

永遠にこない。


自分が無力なんじゃなくて

今いる環境や状況がよくない

こともある。


「ここ」から出よう。


「がんばった賞」はいらない。


言葉は占いではない。

迷った時の道しるべ、

ゆっくり染み込む薬でもある。


観察。モデリング。

行動変容。


言葉や用語だけでなく

行動すること。


実践。


あきらめない


自分の心に従おう。


自分の心に蓋をしたこと。


臆病になって逃げたこと。


正解よりも大切なもの。


自分の気持ち。


自己犠牲の必要はない。


自分の心を殺して

笑ううちに

心がどんどん

無感情になった。


もうだめだと

ここにいてはいけないと

心が訴える合図。


目が見えない。


景色がぼんやり

かすんで見ええる。


見えないから見えたこと。

見えないから見えること。


どう見られるかではなく

自分がどう在るか。


人が見ていようがいまいが

行動は変わらない。


「ここ」ではない場所の

景色を見るために

小さな一歩を踏み出そう。


自分の弱さと

決別するために。


かつての自分を

取り戻すために。


たくさん転んで

恥をかこうと思う。


嘘だらけの世界の中で

本当だと思えることを

最後まで信じたい。