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地球を救ったご褒美に、
何か望みはないかと尋ねられ、
少し考えた末にこう答えた。
「ジェット機に乗りたい」
後部座席に乗ったぼくは、
キャノピー(風防)ごしの景色を見る。
建ち並ぶ高層ビルにも、
高速道路の高架にも、
手を伸ばせば届きそうだ。
そびえ立つタワーの足元を、
ジャングルジムみたいにくぐると、
なぞるようにして回りながら、
てっぺんまで駆ける。
機体を垂直、
水平に旋回させながら、
ビルの隙間や高架の下を
光の矢のようにすり抜けていく。
音速で過ぎる景色の中で、
ぼくは、声も出さず、
口を開けたまま、
目を輝かせる。
街を突き抜けるジェット機は、
道路やビルや橋の上に、
大きな鳥のような影を
くっきり落とす。
車も、街灯も、
自動販売機もコンビニも、
公園に並んだセコイヤの樹も。
ゆっくりと流れる景色の中を、
またたくうちの一瞬で
走り去っていく。
街をかすめるほど迫り、
縫うようにして滑空する
ジェット機は、
そのままお菓子の国に飛んでいく。
40階建てのビスケットの横には、
緑色のゼリーのビルがゆれている。
キャンディを積んだ
キャラメルの車は、
ラムネのタイヤを軋ませながら、
チョコレートの道路をゆるやかに走る。
メロンソーダの川が
泡を立てて流れる先には、
ウエハースの橋が架かる。
ババロアの丘に続くのは、
わたあめをかぶった
マシュマロの森だ。
モザイクみたいに見えるのは、
色とりどりのチョコの花。
ああ、なんてきれいで
楽しい景色なんだろう。
そんなことを思ううちに、
信号が青に変わった。
ハンドルを握ったぼくは、
四角いジェット機を操縦しながら、
見慣れた街を滑空していく。
白いレースのカーテンをまとった、
時代遅れの四角いセダンは、
法定速度でゆるやかに走る。
音速のジェット機で
街を滑空できたらな。
バイパスを走りながら、
この車が、
ジェット機だと想像してみた。
なめらかに滑る機体は、
すぐ横を滑空するジェット機と並んで、
高架下をまっすぐ飛んでいく。
時速は60万キロ。
高架の柱がびゅんびゅんと、
音も立てずに背後へ消えていく。
そんなことを思いながら、
安全運転で滑空するぼくの車は、
たくさんの車に追い越されていく
四角いジェット機だ。
よく晴れた日の午前。
四角いジェット機に乗ったぼくは、
ビルに輝くたくさんの窓を
目に映しながら、
地面の上を、滑空していた。
となりに並ぶ車にも、
後ろに続く車にもわからない、
ぼくだけの、子供じみた遊び。
今度は鳥になってみようか。
それともここを
ジャングルだと思おうか。
ハンドルを握るぼくは、
お気に入りの音楽を流しながら、
紺色のセダンを走らせるのでした。
< 今日の言葉 >
「北風と太陽って。
あれって、本当の話?」
(ある日の母の問いかけより)