2023/06/08

Hi, Punk. 第4日目: バナナの家族




 




5月12日金曜日。

入院第4日目。



朝ごはんが運ばれてくるまで、

まどろみ、眠っていた。

昨日よりよく眠れて、

まとまった睡眠がとれた。


夜、ベッドに横たわると、

左胸の真ん中あたりが痛くなった。

寝転がると、

きゅうっとピントを

絞っていくようにして、

左胸が痛んだ。

乳頭(CHI・KU・BI)と

みぞおちのあいだあたりが痛かった。


とてもそのまま寝ていられなかった。

ベッドの「あたま」を40度ほど起こし、

頭に、やわらかい枕をあてた姿勢では、

痛みも起こらず、気にならなかった。


それと関係あるのかないのか。

左の首筋も、ずきずきと痛む。

これは2日前からつづいているが、

昨日は特に痛みを感じた。


あお向けの姿勢で、

息を大きく吸いこんで、

胸を大きく広げると、

胸の痛みとともに、

首がずきずきと痛んだ。


喉は、少しぜいぜい鳴っていた。



タンク内の泡は、吐くときより、

吸うときに出る量が大きくなった。


今朝は、いまさっき、

くしゃみをした瞬間から、

急に思い出したみたいに

泡が出はじめた。


何か、つまっていたのかな?



ちなみに。

ベッドのあたまを起こして、

座位の姿勢で眠っていると、

パンツやズボンが

お尻に食いこみやすいのでご注意を。

(ベッドの「足」の部分を

 少し上げると、

 食いこみが軽減されるヨ)




窓の外は、雲の広がる晴れた空。

週末は雨だと。

昨日、リハブの男性が

話している声を聞いた。


気圧と肺の関係にも興味がわく。


テープのまわりがちくちくかゆい。

かいても、いいことはないので、

相手にはしないが。

まったくもって

「デリケートな」お肌だ。


5月12日 朝



パックの豆腐

『美し豆腐』がおいしかった。

しょうゆなしでおいしい豆腐。

『減塩しょうゆ55%』をさらに減塩。

「100%減塩」に成功。



* *



先生から、シャワーのお許しが出た。


体はまだ洗えないが、

頭は洗ってもいいということだ。


といっても、

自室のシャワーではなく、

共同スペースにある

「シャワー室」で、だ。


自室のシャワーでは、

傷口に湯水が流れるので、

洗面台にかがみこむ格好で、頭を洗う。



頭を4日間も洗わなかったことなど、

人生において初めてのことだ。


カナダ、トロントに滞在していたとき。

3日間くらい、

風呂に入らなかったことがある。


カナダ在住のチェコ人、

「ダン」という男性の(親が)持つ

コテージ(別荘)で。

隣人はニュース・キャスターや

俳優さんなど。

目の前には「プライベートな」湖。

暑くなると桟橋から湖に飛びこみ、

湖で泳いだ。

入浴代わりと言わんばかりに、

毎日泳いだ。


そのとき、

3日ほど頭も体も洗わなかったが、

毎日、湖水にはつかっていた。


ノー・入浴、4日目の今日。


はげしく汗をかくようなことは

していないので、

頭皮を指先でこすって

「サンプル」を採ってみても、

まだ、におったりはしていないが。

さすがにそろそろ、頭がかゆかった。

枕のあたる、後頭部のあたりに

かゆみを感じる。



シャワーの予約をするため、

看護師センターへ行くと、

ちょうどのタイミングで

レントゲンに呼ばれた。



レントゲン室は、

今日もやや混雑していた。

自分は入院患者で、

時間がたっぷりある。

だから、待つことも苦にならないが。

痛みや苦しさをともなう患者さんや、

外来の患者さんには、

ちょっときびしい場合もある。


じっとしている分には

苦痛もない自分は、

待合室に運ばれると、

たくさんの人たちをながめてすごした。



部屋に戻ると、

ようやく待望のシャワー室へ。


ふだん、1日か、

よほどのことがあって、

多くて2日くらいか。

4日も頭を洗わなかったことは、

これまでにない。


シャワー —— といっても、

シャワー付き洗面台といった感じだが

 —— を目の前にして、心がはずむ。

頭を洗うことが、

こんなに「特別」に感じるなんて。

目もと、口もとが、自然とゆるむ。



<共同シャワー室の図>



パイプイスを台前に起き、

前のめりで頭を洗う。


部屋の扉は閉まるので、

上半身裸になって、

シャワ〜っとお湯を頭に注いでいく。


もう、それだけで気持ちがいい。


「きもっちいぃぃ〜っ」


思わず声と笑みが、あふれ出る。


洗面台での洗髪。

案の定、あちこちをしたたかにぬらす。

小タオル1枚、バスタオル1枚、

替えのパジャマもあるから安心だ。


シャンプー2回と、

コンディショナーをすませ、

髪の毛をしっかりすすぎ洗う。

久々の洗髪だったので、

ヘッドスパのように、

頭皮と頭をマッサージした。


一皮むけろ、

というのはこういう感じか。


頭が、体が、気持ちが、

すがすがしくしゃきっとほほ笑んだ。



ぬれた頭にバスタオルを巻きつけ、

水びたしになった床や台まわりを

拭いていく。

排水口にたまった髪の毛を集めて、

新しいパジャマに着替えて。


ちょうど30分。


なるほど。

よくできている。


シャワーの予約枠は、

30分単位で切られている。

あわてず、ていねいに動いて、30分。

急がなくてもちょうどいい時間だった。


部屋に戻る前、

「入浴中」の札を返しに

看護師センターに寄ると、

看護師さんが

ドライヤーを貸してくれた。


バスタオルを頭に巻きつけた、

「ターバンスタイル」の姿を

見てのことだろう。

お気づかい、とてもありがたいです。



自室に戻る。

殺風景だった室内に、

『LUX Super Rich』の

香りがただよう。


そのRichな香りに、

自分がまるで

ハリウッドの女優になったような

気持ちになる。


LUX, Super Rich」


髪をさらさらなびかせながら、

そう言わずにはいられなかった。



ふと気づいた。

というか、思い出した。


右手首の「髪どめゴム」。

黒い、シリコン製の髪ゴムだ。

寝るときも日常も、

ずっと巻きつけたままで、

3年以上、もう何年も切れずに、

手首にあったゴム。

それが、なくなった。


入院当日、

2日ほど風呂に入っていなかったので、

シャワーだけは浴びてきた。


そのとき、

右手首にゴムがないことに気づいた。


昨日まではあったのに。

いや、今朝もあったはずなのに。

おかしいな。

いつの間になくなったんだろう・・・。


切れたのか。

それとも、何かのはずみではずれて、

どこかへ落としたのか。


見つけたかったが、

息苦しくて、探すよゆうもなく

家を出た・・・。


初めてづくしの入院生活の中、

髪ゴムのことは、

そのまますっかり忘れていた。


別に、これといって

何かあるわけでもないが。


何か、あるような気もした。



占いはあまり気にしないほうだが。

「おまじない」は、

ちょっと信じている。


ドラマチックで

ロマンチックばかなぼくは、

流れ星や虹や、時計の時刻など、

そういう「見えない何か」を

ちょっと信じる。


ひもが切れたり、何かが割れたり。

そういうときは、

自分の「身代わり」に

なってくれたのだと、

そんなふうに思うことがある。


長年つれそってきた物ならなおのこと。


根拠のない、その「見えない何か」を、

ぼくは、おまじない程度に信じている。



何もない、つるんとした右手首を見て、

ぼんやりと思う。


そういうこと、だったのかなと。



* * *



5月12日 昼



お昼ごはん。

今回もおいしかった。


自分では絶対に頼まないし、

手を出しそうもない「料理」が、

あれこれ食べられ、すごくおもしろい。


さつまいものサラダは、

じゃがいものポテトサラダかと思って

食べたので、

はじめ、何の「うまみ」なのか、

わからなかった。


マヨネーズに何を入れて、

こんなに薄味で

うまみを引き出せるのか。

酢? ヨーグルト?

すごく気になる。


高野豆腐は、揚げてあるので、

いっそう「スポンジ感」が増している。


とにかく鶏肉。

この「お店」は、鶏肉がおいしい。


「鶏肉の梅肉ソース」なんて、

フランスで食べた

「鶏のオレンジソース煮」みたいに、

自分からは手を伸ばさないものだ。


それがどうでしょう。

梅肉の甘酸っぱさが

鶏肉のうまみを引き立て、

酸味、甘味、旨(うま)味、塩味、

噛むほどに味も変わっていく。


あまりにおいしくて、

誰もいないのをいいことに、

鶏からしみ出した脂(あぶら)まで、

きれいにしっかりいただいた。


ボン・アペティ。

もしもあなたが

この「お店」に来店されたら。

ぜひともご賞味くださいませ。


鶏肉に添えられた豆は、うぐいす豆。

自分では絶対に

置かないような場所にあり、

そのおかげで、

お豆が「甘じょっぱく」なっている。

それがまた複雑な味わいになり、

とてもおいしかった。


最後、

大事なものを食べ忘れそうになって、

小声で大きくつぶやいた。


「あっぶなっ」


おわん入りミルクレープ。

ふたをしていたせいで、

そのまま「ごちそうさま」する

ところだった。


はじめ見たとき、

だし巻き卵か何かかと思った。

病院に来てから、

おやつなどを買ったりしていないので、

こういうデザートはとてもうれしい。

思わず目を細めるくらい、

クリームがおいしく感じた。


サースティ(thirsty:渇く)な

状態ほど、

最高の調味料(スパイス)はない。

渇いた体に、うれしさと、おいしさが、

じわっと広がる。


おいしさは、

人を饒舌(じょうぜつ)にしますね。


おいしいごはんを、

ごちそうさまでした。



* * * *



肺のふくらみ具合は、思わしくない。

レントゲンの結果では、

昨日とあまり変わっていないそうだ。


心臓のあたりに感じる痛み、

違和感を伝えると、

それは挿入した管によるものだと

いうことだった。


痛みの原因がわかって、

ひと安心したが。

肺は、思うほどふくらんでいない。


このままの調子だと、

第二手術の可能性が高いそうだ。



窓の外は、

西日に染まりはじめている。


ふっと、気持ちがうしろ向きになる。


いくら「がんばって」も、

結果にはつながらないんだな、と。


自分の思いや努力、願いや希望は、

結局、報われない。


現実。


そう。

それが現実というもの。


疲れた心が、弱気にかたむく。


前を向いていても、

うまくいかないことばかりだ。


いろいろなことが色を失い、

おもしろくなく感じた。



5月12日 夕



今日、昼さがりの午後。

いきなり父が来た。


看護師さんに声をかけられ、

ラウンジに行くと、

そこに、父の姿があった。


接触しないよう、距離をとり、

少し離れた場所からの面会だった。


おどろくぼくに、父は、

野菜ジュースとバナナをくれた。

看護師さんが代わりに受け取り、

それを病室へ運んでくれた。


5分、10分くらいの

短かい面会だったが。

父は、自分がよく知る父らしく、

いくつかの言葉と助言を残して、

そのまま去っていった。



どうして父が、

自分の入院を知っているのか。


母が話したのだ。


父には話さなくていいからね、と。

入院前、母にはしっかり

釘を刺しておいたつもりだったが。


どうしてみんな、約束をやぶるのか。


それが、かなしかった。




父は、押しがつよい人だ。

そのせいで、おだやかな湖面が、

大海原のように波立つことがある。


父のことは好きだし、

いい人だと思っている。


けれど、

その「押しのつよさ」は、

ときに「やっかい」だった。


入院前のこのブログで

ちょうど書いたが。


中学時代、

先生たちと父が

ひと悶着(もんちゃく)あり、

その件のせいで、

父にはあまり、いろいろなことに

顔を出してもらいたく

なくなってしまった。


正義感と、愛情がつよすぎる人だと。

いまならそう解釈できるが。


できればこういう場面に、

顔を出してほしくない。

それが自分の正直な気持ちだった。



気持ちが後ろ向きになっているせいで、

おしゃべりな母のことを

腹立たしく思い、

入院を知ってしまった父のことも、

うとましく思った。



夜。


ナースコールが鳴り響く。



きっとこの時間は、

誰もがさみしくなる時間なのだろう。


体の異変や緊急以外の、ナースコール。

たぶん、そういう種類の

コールもあるはずだ。


さみしい気持ちが

「痛み」や「苦しみ」となって、

思わずボタンを押したくなる。


誰がに話したくて、顔が見たくて、

声が聞きたくて。

甘えるように、すがるように、

ナースコールを押す。


長く病院生活を送っていると、

ふと、そんな気持ちに

なることもあるのではないか。


あくまで想像や憶測でしがないが。


夕食後から夜にかけてのこの時間、

響き渡るナースコールの回数が、

異様に増える。


ひそかに自分は、

この時間帯のことを

「甘えんぼタイム」と呼んでいた。



わからなくもない。


がらんとした室内にいて、

いま、その気持ちが

わからなくもなかった。



かつて、がんと闘病する知り合いと

手紙のやりとりをしていた。


他県に住む人で、

ぼくの絵を買ってくれたお客さんだ。


30代のその人は、

余命が数カ月と宣告されていた。

ステージ4の、がんだった。


その人は、5年間、

闘病生活をつづけた。

送られてくる手紙には、

愚痴や不満が

記されていたわけではなかったが。

出口もなく、先もわからない闘病生活に

苦しむようすは、

行間からも、その姿が見て取れた。


5年。


5年もたたかいつづけたのに。


とうとう、力つきてしまった。



自分なんて、まだ4日、

たったの4日間だ。

じっとしていれば痛くもないし、

苦しくもない。


その人は、毎日、

痛みとたたかっていた。

抗がん剤による、

骨を削るような痛みに、

座ることも、眠ることもままならず、

「頭がおかしくなりそう」だと、

ぽろりと「弱音」を

もらしたことがある。


弱音。


その「弱音」が

弱いものとは、思えない。


自分はどうだ。


昼間の、

女医の先生とのやり取りを思い出す。


「もし、外科手術が決まったら、

 お父様とお母様、

 どちらにお知らせすれば

 いいですか?」


「母でお願いします。

 父はちょっと、

 うるさい感じの人なので」


自分を守るために、

ぼくは、父に泥を塗った。


病室でひとり、

かなしい気持ちになった。


その形がどうであれ、

父の「愛情」を

すなおに受け止められない、

かなしい自分。


心配がゆえに、いたたまれず、

思わず父にもらしてしまった母。


ぼくは、

父が来てくれたことよろこぶより、

母が約束をやぶったことを

かなしく思った。


怒りこそなかったが、

ひどくかなしく感じた。


そう。


かなしいのは自分だ。


自分のことしか考えられない、

かなしい自分。


感謝やよろこびよりも、

自分の思い、

自分の不満にしか目が向かない。


自分がひどくみじめに思えた。



それぞれの思いが、それぞれあっても、

そこに「わるいもの」はない。

よけいな枝葉を切り払えば、

そこには「愛情」しかないはずだ。



歳ばかり重ねて、

ちっとも大人になれない、

大きな子ども。

どうしようもない、

ビッグ・ベイビー。


自分が情けなかった。


尊い親の愛情を、

すなおに受け止められない、

そんな自分が恥ずかしかった。


女医の先生に言った言葉が、

ぐるぐる回りつづける。



逃げてばかりの自分は、

ちっともたたかっていない。


父がくれた野菜ジュースは、

看護師さんが

冷蔵庫に入れておいてくれた。

1リットル入りの『野菜生活』が2本。

自分では買わないそれが、

とてもありがたかった。


バナナは1房(ふさ)。

4本の黄色いバナナが、

がらんとした病室に、

甘い香りを放っている。


父と、母と、姉と、ぼく。

ちょうど4人家族みたいだな。


ばかみたいに、そんなことを思った。



夜の「甘えん坊タイム」。


すねた子供みたいに、

いつまでも恥ずかしがっていないで。

親の気持ちを

すなおに受け止められるように

なれたらいいなと。

心で思った。


頭と体は、

まだその心に

ついていけないかもしれない。


けれども忘れない。

忘れたくない。


今日のことを、ずっと忘れないように。

胸に深く刻んでおこうと思った。


すぐにできるようには、

ならないかもしれない。


それでも、

今日感じたことだけは、

ずっと忘れたくない。



父さん、母さん、ありがとう。


バナナの家族(2023/05/12)





いかがでしたでしょうか。

5月12日金曜日、第4日目。


今回はこれにて、了でございます。



最後に、

5月12日に描いた絵を

ご覧いただきながら、

お別れさせていただきます。



それではみなさま、

ニューマソォラックス!

(pneumothorax)



自転車に乗りたい(2023/05/12)






フライディ・プリンセス(2023/05/12)




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< 今日の言葉 >


カイカイマンクリームテープハガレ


(テープかぶれで処方してもらった、

 かゆみ・炎症の薬を塗ると、

 テープが肌にくっつきにくくなる

 という現象)


<テープ遍歴>