2009/12/09

ミシュラン・ガール 〜最低男の最低な夜〜










汚れたくない方は、この先、ご遠慮ください。










ある男の話だ。

月曜から金曜、
毎日、勤勉に働く彼だが。

いま彼には、恋人がいない。

彼女と別れて数年。
ときどき彼は、思い出したかのように叫ぶ。

「あ〜っ、チクショウ! 彼女ほしーぃっ」


ある日の昼下がり。
彼は、何か弁解するような感じで、
こう切り出した。

「昨日、あんな話、聞いたせいですよ」

あんな話、というのは。
いわゆる好いた惚れただのといった「恋の話」のこと。

ただでさえ「人恋しい」季節の12月。
彼は他人が話す恋愛話を聞いて、
いてもたってもいられなくなり、
「人肌が恋しくなった」ということだ。


話はさかのぼり、前日の深夜。
彼が「恋の話」を聞いた、その夜のこと。

ちなみにそれは、木曜日の夜のことになる。

彼は、パソコンの前に座り、
いつものようにネットを見ていた。
これは、寝る前の習慣のようなものらしい。

その日に彼が見たのは、
『日本ピンサロ研究会』のサイト。

通称『日ピン研』。

簡単にいうと、風俗関係のサイトである。

人肌が恋しくなり、
いてもたってもいられなくなった彼は、
ついつい風俗情報を閲覧しはじめた。

閲覧し、検索し、吟味して。
結局彼は、そこから横道にそれ、
あるサイトに行き着いた。

「この値段ならいいかな」

彼がクリックしたお店。
それは、「デリヘル」(デリバリーヘルス)と
呼ばれる種類のサービス業だった。

さすがに自宅へ呼ぶのはまずい。
実家暮らしの彼は、
お母ちゃんに見つかる危険があった。
お父ちゃんに叱られる可能性もある。

「ホテル代込み」の価格を見て、ひとつうなずくと、
さっそく彼は電話した。

電話口に、男が出た。

「どんな娘(こ)が好みですか?
 ウチは巨乳爆乳ぞろいですが」

「やせてる子を、お願いします」

「・・・わかりました。
 では、△△(地名)の、▲▲(ホテル名)でお待ちください。
 到着10分前にまた連絡します」

「はい、わかりました」

「お客さまのお名前、お願いできますか?」

一瞬、虚をつかれた彼の口から、とっさに出た名前。

「や・・・山田です」

「山田様、ですね」

あまりにもベタな偽名に。
電話口の男も、さすがに苦笑いを隠せなかったらしい。


深夜1時。

車を走らせ、「姫」と落ち合う場所である
ホテルへと向かう。

カーステレオから流れるクリスマス・ソング。
ムーディなその曲は、ラジオではなく、
彼自身が買ったクリスマス・ソング集のCDだ。

高鳴る期待感に胸おどらせながら、
部屋に入って「姫」の登場を待つ。

有線を流し、ベッドに横たわる。
待ちわびてアダルトなビデオを見ていると、
しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。

ドアを開けると、
そこには50代くらいの「おじさん」が立っていた。

支払いを要求する「おじさん」に、
前払いで現金を渡す。

・・・おそらく、だが。

このときの彼の期待感は、
生唾を飲み下すどころの騒ぎではなかっただろう。

おじさんの奥から現れた姫の姿を見て。
彼は、がく然とした。

いや。

むしろ、ぼう然としたのかもしれない。

彼の言葉を借りると、
そこには「オカンみたいな女」が、立っていた。

背の低い、かなり豊満な女性。
歳も、見た感じ自分より相当上に感じた、と。

彼が出した、唯一といってもいいほどの注文。

「やせてる子がいいです」

それをあっさり、見事なまでに裏切った姫の姿に、
彼は何とか声を絞り出して、こう言った。

「・・・ほかの子は、いないんですか?」

「ほかの娘も・・・みんな、似たような感じです」

男が、やや申し訳なさげな感じで、ぽつりと返す。

平日の、深夜1時すぎ。
時間も時間だし、いまさら引き返すこともできない。

・・・その論法は、理解しかねるが。
とにかく彼は、そう思ったらしい。


「・・・じゃあ、わかりました」

彼は、渋々ながらも「彼女」を受け入れた。



「シャワー浴びたらいいの?」

ぞんざいに言い放った彼は、
服を脱ぎ捨て、シャワーに向かう。

普段なら「恥じらう」はずの脱衣も、
今日ばかりは何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、
すんなり済ませた。

「あたしも、入っていい?」

彼女の脱衣する姿が、鏡に映る。
見たくもないのに、彼女の裸体が目に入った、と。

このときのことを思い出しながら、彼が言った。


「あれ、何でしたっけ?
 白い、ボコボコのキャラクター」

「ミシュランのこと?」

「そう、それ!」

彼いわく。

彼女の裸は、まるでフランスの
タイヤメーカーのキャラクター、
「ミシュランマン」
(正式名称は「ビバンダム」)
のようだった、と。

色白で、太めの彼女の体は、
どう見ても「ミシュランマン」にしか
見えなかったとのことだ。


「電気、消していいよね」

彼女の答えを待つでもなく。
彼は、部屋の明かりをすべて消して、
視界を真っ暗にした。

けれども。

どうしたって、
目に焼きついた裸のミシュランマンが離れない。

これはいかん。

そう思った彼は、テレビをつけて、
アダルトビデオを流した。

画面では、素人娘が切なげな声を上げている。

そうこうするうちに。
ようやくエンジンがかかってきた。

「あたし、上に乗っていい?」

彼女が言った。
白く、豊満な体が彼におおいかぶさる。
ベッドが音もなくきしむ。

「お・・・重い」

耐えかねた彼が、思わず声を上げた。

「ちょっと、代わるわ」

彼が上に移動する。

与えられた時間は40分。
それを20分ほど残して
彼は目的を達成した。

なんやかんやで、
出会ってから30分足らずのことだった。


「時間まで、シャワーでも浴びる?」

彼女が言った。

「10分前になったら、あたしは出るけど。
 このまま寝てく?」

「いや、シャワー浴びたら帰る」

明日も朝から仕事だ。
シャワーを浴び、
いそいそと身支度を済ませる彼に、
彼女が話しかける。

そこで、少しばかりの会話が生まれた。


自称30歳の彼女。

となると、彼と同い歳ということになる。
どうみても彼には
40代後半かそれ以上にしか見えなかったと。

さらには、

「同世代なら誰でも知ってる
 クリスマス・ソングが有線から流れたのに、
 何の反応もなかったから。
 だから同い歳ってことは、あり得ない」

と、自信満々に言い切る彼。

「しかもそのクリスマス・ソング、
 自分のいちばんいい時期のことを思い出す、
 思い入れのある曲なんですよ」

思わず「知らんわっ」と言ってしまったが。

とにかく、
同世代なら誰もがよく知る
そのクリスマス・ソングは、
彼女との思い出の詰まった、
特別な曲だったらしい。

(ちなみにぼくは、
 彼と同世代であるが、
 その曲を知らない)


時間がきて。
帰りぎわ、彼女がぽつり、
つぶやくように言った。


「やせてなくて、ごめんね」


それを聞いて、
思わず涙がにじみそうになった。

なんて「けなげ」なんだろう。

ひどく言い慣れたように聞こえるその言葉に。
いったい彼女は、いままで何度、
同じ場面を繰り返してきたのだろうかと、
そう思わずにはいられなかった。



最低男の最低な夜。



「最低な」彼は、
その夜の出来事を回想しながら、
苦々しく顔をしかめた。


「帰り道、泣きそうになりましたよ」

さらに顔を曇らせながら、こう言った。

「あんなオカンみたいな女。
 こっちが金もらいたいくらいですよ」


思えば「ヒント」はいくつもあったのだ。

「ウチは巨乳爆乳ぞろいです」

たしかに。
言わずして言っているようなものだ。


「やせてる子をお願いします」

背の低い「彼女」は、背が低い分だけ、
数字の上ではほかの誰よりもいちばん
「やせて」いたのかもしれない。


ちなみに、と。

店の名前を聞くと、
ややあってから彼が言った。

「思い出しました。マシュマロ、でした」

「マシュマロ・・・って。
 もう、それって言ってんのと同じじゃない?
 白くて、ふわふわ。そのまんまでしょう」

「ああ〜っ、本当だっ!」


看板にいつわりなし。

間違えたのは、
むしろ彼のほうだった。


そう言いながらも、
反省のない彼は、
またすべて忘れてしまうのだろう。

口どけのいい、
ふわりとしたマシュマロのように、
何もかもぜんぶ、跡かたなく。


< 今日の言葉 >

俺は高校生だったころ
サーファーの女の子に恋をしたことがある
俺はそのころからリーゼントやったから
ロックン・ローラーだったから
周りのヤツらはみんな
似合わないからやめろよっつってた

だけど 俺はその子の外見にホレたんじゃなくて
ハートがイカしてたから
つきあっていきたいと思った

そうやって つきあっていくうちに
ある日 彼女は 髪の毛をポニーテールにして
赤い口紅をつけてきた

俺はものすごく嬉しかった反面
何となく寂しい気持ちだった
いままでと同じようにサーファーのままでいてくれたら
俺の気持ちは変わらなかったのになって
そのとき思った

いまでもこの夕暮れの浜辺に立つたびに
無邪気に波と 追いかけっこしてた
アイツの姿が 浮かんでくる


(『お前サラサラサーファー・ガール
  おいらテカテカロックン・ローラー』

  横浜銀蝿(よこはまぎんばえ)
  EPレコード盤/冒頭セリフ部分
※ 漢字・カナ遣いは恣意によるものです)