ある20代の女の子の話だ。
彼女はとある県境の出身で、
山々に囲まれた環境で育った。
地図で見ると、都市部とそれほど
離れているようには感じなかったけれど。
いくつも山を越えなければ行けない場所だということは、
バームクーヘンの層のように細かい
等高線が連なるのを見て分かった。
彼女の生まれ育った町には、
ラジオの電波が届かない。
山をひとつ越えると、
かろうじて入る局もあるらしいのだけれど。
深夜になると、
ロシア語やハングル語の放送がくっきり入ってくる。
だから、ラジオの深夜放送を聞くのが怖いという。
彼女の通っていた学校は、
小、中、高と、ほとんどが顔なじみばかりだ。
高校ではクラスがひとつしかなく、
クラスメイトもひと桁だった。
「小学校のとき、友だちが
ケガしたシロフクロウを拾ってきて・・・」
シロフクロウを、拾ってくる。
しかも小学生が、だ。
その話を聞いたとき、
あまりに「浮世ばなれ」しすぎていて、
頭の中に状況の絵がまったく浮かんでこなかった。
彼女は、道を歩くたびに草をちぎる。
そして、匂いを嗅ぐ。
ちぎった草は「食べられる」とか「食べられない」とか、
そういったくくりで分類され、
少しもてあそんだあとポイッと捨てる。
雑木林などへ入ると、
あたりまえのように木の実を拾う。
ドングリなどを拾い集める。
「このドングリは帽子がしっかりしてる」
「これはクヌギのドングリだから」
街の娘さんが洋服選びをたのしむような感じで、
気に入ったドングリをポケットに入れていく。
彼女は、拾った木の実や葉っぱ、貝殻などをくれたりする。
いったい何のメッセージなのか。
友人とふたり、しばし困惑したあと、思った。
「彼女は原始人だ」
彼女は、言葉じゃなくて、
貝殻や木の実で何かを伝えようと
しているのだろうと。
ためしに火の点いたライターを近づけてみる。
すると、あきらかにおびえた様子を見せた。
「やっぱり彼女は原始人だ」
そう結論したぼくらは、
ずいぶん昔に忘れ去られた
どうしようもないキャラクターを思い出した。
『原始ギャル』
説明するのもバカらしい、
どうしようもなくふざけたキャラクターだ。
ある日のこと。
彼女が、普段は履かない、
かかとの高い靴を履いてきた。
そんな「不自由な」靴で
急な山道を歩くのが我慢できなかったらしく、
突然、靴を脱ぎだし、靴下も脱ぎ去り、
裸足で勢いよく坂を駆け上がっていった。
足の裏を、土で真っ黒に染めながら。
その姿は、まるで原始人だった。
彼女は、何かに夢中になると、
そのことしか見えなくなる。
机拭きに集中しすぎて、コップに入ったお茶をこぼす。
草刈り機で草を刈っていて、延長コードを切断する。
揚げたて熱々のはんぺんを食べて、
気づかずどぼどぼとよだれを垂らす。
その姿は、まさに原始人だった。
彼女の視力は両目とも2.0。
正確に測ったら、
3.0くらいは見えるのかもしれない。
ちなみに彼女は、親がいるとき、
テレビはNHKしか観せてもらえなかったそうだ。
幼少期の彼女は、釣りや木登りをして遊んでいた。
遊びはいつも、自然の中。
唄って、走って、どろどろになって。
木になったスモモを食べて、
道ばたに咲くツツジの蜜を吸って。
蜂の子やイナゴを食べてたくましく育った。
からあげが好きで、
肉はもちろん、
魚も野菜も、ぺろりときれいに平らげる。
けれど、好き嫌いは、はっきりしている。
彼女がぽつんとつぶやいた。
「チュロスとか、すごくあこがれだった」
余談だけれど。
彼女の2つ上のお姉さんは、
ガールズバーで働いている。
連日連夜、夜の街に繰り出し、
夜の蝶になってはばたく姉。
「かた焼きそば、できたよ」
世話好きなお姉さんに見守られながら、
彼女は木切れを削ったり、枝を拾って積み上げたり、
ヒモで何かを編んだりしている。
その姿は、まさしく原始人そのものだ。
室内にこもっていると、気が変になりそうだと。
彼女は素足にゴム草履を突っかけて、
ぺたぺた足音を立てながら、
近所や川縁をあてもなく歩く。
そんな彼女の名言がある。
「やってみるのがいちばん分かる」
頭で考えてばかりでは、何も見えてこなし、
何もはじまらない。
何ひとつはじまらないどころか、
何ひとつ終わりもしない。
考えても分からないことは、まずやってみる。
その考え方は、えらく原始人的だ。
いまごろ彼女は、どこで何をしているのだろうか。
森の中を裸足で駆け回っているのだろうか。
それとも、街ゆく誰かに
木の実や貝殻をあげているのだろうか。
動物的で、野性味あふれる原始人。
ぼくも、そんな彼女を見習いたいと思う。
< 今日の言葉 >
『俺はチェスターチーターだぜ!
うまいチートスを
世界中に広めるために 生まれたのさ』
《チェスターチーター 1986年2月21日生まれ》
(『チートス』のキャラクター、
チェスターチーターの言葉)