2009/04/14

8代目はお兄ちゃん





中学生のころの話だ。

U子さんとは、
3年生になって初めて、
同じクラスになった。

それまでにも
彼女のことは知っていた。

廊下ですれ違ったり、
共通の友達を通して二言三言、言葉を交わしたり。

小柄で華奢な彼女のことを、
かわいらしい子だなと思っていた。


U子さんは、いわゆる
「ヤンキーっぽいグループ」に属してた。

校則では認められていない、
黒いストッキングをはいてきたり。

休み時間、トイレで煙草を吸ったり、
授業中、制服のソデに隠して
シンナーを吸ったり。

無免許で原付にも乗っていた。

まあ、これだけの要素がそろっていれば、
「ヤンキーっぽい」どころの話じゃ
ないかもしれないが。

小さな体で、
同じグループのリーダー的な
女子とやりあったこともある。

そのときは、
スリッパも脱げて裸足になりながらも、
お互い一歩も引かずにしばきあい、
挙げ句の果てには、
服やストッキングがびりびりに破れる始末だった。


そんなU子さんとは、
同じクラスになったことで、
よくしゃべるようになった。

席替えをしても、
僕の席とU子さんの席は
たいてい隣りどうしだった。

それは、U子さんと僕とで、
「席替えクジ」に作為をしていたからだ。

僕はU子さんと話すのが好きだったし、
U子さんも、僕の話でけらけらとよく笑ってくれた。

U子さんは、
僕のことをからかっていたのか、
それとも、好意を持っていたのか。

授業中、いきなり
僕の手を握ってきたりした。


「冷たい手だね。
 ほら、カイロ持ってたから
 あったかいよ」


などと言いながら、
僕の手を両手で包んでみたり。

さらには、
自分の胸が、意外にあるんだと言って、
僕の手をつかみ、胸を触らせたりもした。

・・・なんだか、初々しい
エロいマンガのような展開だけれど。

実際、そんなふうにして、
僕のことを「からかって」
いたようだった。


当時、
童貞野郎だった僕には、
膝の上に乗ってこられただけでも
戸惑った。

シャンプーや香水の匂いを
鼻腔に感じながらも。

「1549(イゴヨク)
 広まるキリスト教・・・」

といった具合に、
ときどき気をそらさなければ
大変なことになりそうだった。

何とも、
もったいない・・・
いや、初々しい話だ。


『今じゃ女の子に触れたって
 何も感じなくなってる』


と、ベンジーこと
浅井健一氏が唄っていたけれど。

とにかく、
そんな「青い」時期も
あったわけで。

ただただおろおろして、
恥ずかしがるのをいいことに、


「唇って、
 すごくやわらかいんだよ。
 ちょっと触ってみて」


とか言いながら、
僕の人差し指をつまんで
唇を触らせるU子さん。

僕は、
そのあまりのやわからさに
純粋に感動して、


「ほんとだ、すごくやわらかい」


とバカ丸出しの
感想を漏らした。

すると、
いつも「強気」なU子さんが、
そのときばかりは、
ほんのり顔を赤らめ、
照れた感じで笑っていた。

そんな顔されたら、
部活バカの中学男子でなくとも、
どうにかなってしなう。


『天使と悪魔が
 同居している』


またしてもベンジーの
歌詞を引用してしまったが。


いじわるな天使か、
それともやさしい悪魔か。


そのころの僕は、
完全に「やられて」しまっていた。

自分がいま、誰が好きなのか。

そんな疑問も吹き飛んで、
同い歳なのに、妙にお姉さん的な
U子さんの魅力にどっぷりはまっていった。


修学旅行では、
いつも彼女と行動していたせいで、
ミッキーとミニーの前で、
先生に怒られた。


「昨日、KENZI &THE TRIPSの
 解散ライブに行ってきた」


そう言われて僕は、
市外のレコード店までチャリンコを飛ばし、
『KENZI & THE TRIPS』のCDも買った。

けど、買ったことは、
なぜか言わなかった。

僕はただ、
彼女がどんな音楽を
聴いているのかが知りたかった。

だから、

「八田ケンヂって
 カッコいいよね」

と言われても、

「こういう人を、彼女は
 カッコいいって思うんだ」

と思っただけで、
「彼のようになりたい」とは
考えなかった。

たしかに、
坊主頭のイモイモ中坊男子には、
真似ようにも無理な要素が多すぎた。



中学3年も、
終わりに近づいて。

やがて卒業式を迎えた。


3月。


僕らは、
映画を観に行く約束をした。

誘ってくれたのはたぶん、
彼女のほうだと思う。


「映画、詳しくないから。
 何にするかは任せるね」


映画が好きなほうだった僕は、
小学校のころから
よく観に行ったりしていたので、
映画館には慣れていた。

ただ、女の子と
2人で観に行くのは初めてだった。

任された僕は、駅裏の古い映画館で、
『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を
観ることにした。


いまにして思えば。


なぜに
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
を選んだのか。

しかも、なぜに
『2』を選んだのか。

彼女が『1』を
観ていなかったら
どうするというのか・・・。


そんなことはおかまいなしに、
任された僕は、「見たい映画」を愚直に選んだ。

彼女も、「何を観るか」ということなど、
さして問題にしていなかったようだ。


彼女はただ、
「いっしょに映画を
 観に行きたかった」のだ。


映画がはじまると、僕は、
マジで真剣にがっつりと、
映画を観た。

映画を観にきたのだから、
当たり前といえば当たり前なのだが。

彼女は、そんなふうには
思っていなかっただろう。

肩を寄せあい、ひそひそと
ささやきあったりしながら、
映画館という暗闇を
楽しみたかったに違いない。


と、不意に彼女が、
僕の手を握ってきた。


びっくりした僕は、
はっとして彼女の顔を
ちらりと見たのだけれど。

それよりも、
映画の内容が気になり、
消えかけた字幕を
必死に目で追った。


そのころの、青い僕には、
現実の、甘美な出来事よりも、
映画の中の、
リー・トンプソンの
セリフのほうが重大だったらしい。


そのまま黙って、手を握ったまま、
動かしようにも動かせない状態のまま、
エンド・ロールを迎えた。

明かりが灯りはじめ、

「おもしろかったね」

と彼女が言った。


そして。

こともあろうに、
僕は当たり前のような顔で、
こう言った。


「もう1回、観てもいい?」


当時はまだ、
完全入替制が主流ではなく、
一度入場すれば、
何度でも観られる映画館もあった。


「いいよ」


と。

彼女は嫌な顔ひとつせず、
こくりとうなずいた・・・いや、
そうじゃなかったかもしれない。

ここら辺の記憶は、
すっぽり抜けてしまっている。

もう1回観たような、
観ていないような。


映画館のあとにつながる記憶は、
彼女の家の玄関の映像だ。


きれいで広々とした、
立派な玄関だった。


「今日、パパとママ、
 帰ってこないんだ」


そんなセリフを、
現実にこの耳が聞くとは。


中坊の僕はたぶん、
イヤラシイマンガの1ページを
思い出したに違いない。

彼女の部屋に招かれた僕は、
全身の油が切れた
ゼンマイじかけのロボットのようだった。

緊張に緊張を重ね着して
着膨れした僕は、
身動きが取れなかった。

口を開けると、
口から自分の鼓動が
こぼれそうだった。


「ここに座ると楽だよ」


彼女が自分の座るベッドを、
ぽんと叩く。

そんな分かりやすい誘い方にも、
僕はただただカチコチになって、
言うとおり従うばかりだった。


正直、頭の中は、真っ白に近かった。


あまりにも非現実すぎて、
まるで無知覚で無欲な
境地だったように思う。

さながら悟りを開いた
雲水(うんすい)のごとく・・・。


やわらかなベッドの上に彼女がいて、
僕と彼女の目の前には、
彼女の成長を記録したアルバムがある。

昔、再放送の『毎度おさわがせします』か何かで
観たような風景の中に、自分がいる。


「中山美穂と
 木村一八か・・」


そんなふうに
配役してみるほどの余裕は、
もちろんなかった。

僕はその、アルバムという、
「ふたりの距離を縮めるきっかけ」
に頼り切るしかなかった。


「これ、
 幼稚園のころの写真。
 かわいいでしょ?」


先ほどの映画鑑賞と同じく、
バカみたいに、
写真の中の彼女の姿ばかりを
目で追っていた。

写真を見て、緊張が和んだのも事実だし、
彼女の「思い出」を見ての会話もかなり弾んだ。


実際、気持ちの上だけではなく、
互いに座る距離間も縮まっていった。


けれども。


アルバムの残りのページが薄くなるにつれて、
僕の緊張は高まった。


心なしか、
彼女も何かを決意しているような。

そんな顔に見えた。


視線がじっと重なる。


お互いの心臓の音が、
聞こえてきそうになる。

ひそめた息が、
届く距離だった。


彼女の手が動くと、
僕の体がぴくりと反応する。



そして、次の瞬間。



「おい、U子」


声とともに、いきなり、
ガチャリと音を立てて
扉が開けられた。


扉の向こうに現れたのは、
きつめのパーマをあてた、
いかつい人だった。


彼女がさっと
離れるのが分かった。

反射的に僕も、
背筋を伸ばし、座り直した。


何だか分からないけれど、
何となくまずい状況なのかもしれない。


僕は、
殺されるかもしれない、
と思った。


「お、なんだ。
 男がおったんか」


ちらりと鋭い眼光
(そのときの僕にはそう見えた)
を向けられた僕は、

「こんばんは。
 おじゃましてます」と会釈をした。


「お兄ちゃん・・・
 帰って来たの、今日?」


男性は、
彼氏とかではなく、
「お兄ちゃん」だった。


少しほっとしつつ。

それでも空気は
緊張したままだった。

彼女の、
驚き半ばの様子からして、
お兄さんの帰宅は
予定外だったことが分かる。


「おう。・・・何だ、
 自分の家に帰ってきちゃ
 悪いのか?」
 
少し笑ったあと、
お兄ちゃんが先を続けた。

「それとも、帰ってきちゃ
 マズいことでもあるんか?」

にやり、と笑みを
浮かべるお兄ちゃんに、

「もう! いいから
 ジャマしないでよっ!」

と声を上げ、
追い払うように押し出した。

へへへ、と
笑ったお兄ちゃんは、
彼女をあしらいながら、
僕を見た。

「なんだ、どっかの族
(もちろん暴走族のこと
 だと思われる)に入っとんのか?」

「いえ、入ってません」

「ふうん、そうか・・・。
 U子、新しい彼氏かぁ?」

「もう、あっち行ってよ!」

彼女が本気の声で
割り込んだ。

それを察したのか、
お兄ちゃんは、
「分かった分かった」
という感じで後ずさりした。

最後、お兄ちゃんは、
冗談とも本気ともつかない調子で、
こう言い残して去った。



「それじゃあ、ごゆっくり。
 けど、U子に手ェ出したら・・・
 分かるよな?」



扉が、ガチャリと
音を立てて閉じられた。


それでも僕の頭の中では、
つい今しがた聞いたフレーズが
ぐるぐると回りつづけた。

『手ェ出したら、分かるよな?』

彼女がぷりぷりと怒りながら、
「もう」と言ったあと、
僕に「ごめんね」と謝った。

そして僕は、
浮かんできた疑問を
そのまま口にした。


「何で族に入ってるかとか、
 聞かれたんだろう?」


すると彼女は、ああ、
といった感じで答えた。


「たぶん私が、
 他の族の人とつるんでたりしたら、
 マズいんじゃない?」

「他の族?」

「そう。だってお兄ちゃん、
 △△△の、総長だから」

「△△△の?」

(※△△△の部分には、
 暴走族の名前が入ります。
 そういう世界にうとかった
 僕でも聞いたことのある、
 全国的にも有名らしい暴走族です)


「お兄ちゃん、△△△の、
 8代目のアタマだって・・・
 あれ、言わなかった?」


そう言えば、
聞いたような気もする。

けれど、
普段の生活に関係がなかったせいもあって、
忘れてしまっていただけかもしれない。


時計を見ると、
8時半だった。


「そろそろ、帰ろうかな」


いろんなことが、まるで
きつめのパーマのようにからみ合って。

僕は、
鉛のように重くなった腰を持ち上げた。


僕が帰るのを、彼女が止めた。

それから少し、いたような気もするが。

それほど長居したような記憶もない。


青かった僕はまた、
意気地なしでもあった。

そして彼女の気持ちを、
考える余裕すらなかった。

最初っから最後まで、
自分のことで
いっぱいいっぱいだった。


彼女との思い出は、
それが最後だ。


何だか恥ずかしいばっかりの、
青くさい思い出だけど。

僕の「みさお」は
守られたわけで・・・。


いま思えば。

足りていないものばっかりだけれど、
それゆえにいとおしい感じが
しなくもない。


それが「青さ」。


♬ シャラーラ、
  ララーラ、
  ラーララ〜、
  バイバイブルー


こんなCMソングがあったけれど。

いくつになっても、
「青さ」とは
お別れしないでいたいとも思う。


実際、意図しないでも、
青いままだったりするわけで・・・

できればずっと青いまま、
青い気持ちでいたいと思う。

何でもうまくできるようになるくらいなら、
何もしないほうが、まだましだ。

バナナだって、
箱の中で黄色くなるのだから。



< 今日の言葉 >

毎度お買い上げありがとうございます。
私、お好み焼さん太郎はおさかなのすり身にイカ味を混ぜ
合わせて、板状にのばしたものを食べやすいようにカット
してオーブンで焼き上げました。その後みりん、ソース、
紅しょうが等で味付してお好み焼風に仕上げました。

(株式会社 菓道「お好みさん太郎」/お好みさん太郎の自己紹介)

2008/10/14号の今日の言葉、
「どんどん焼」の自己紹介と合わせてご覧ください。