2008/10/14

お引っ越し 〜大きな箱と小さな箱〜


引っ越し屋のアルバイトをしていた時期がある。

当時はいろいろと思い悩んでいた時期で、
とにかく体を動かす仕事がしたかった。
そこで、引っ越し屋の仕事をすることにしたのだ。



そろいの「ジャージ」を着て、
トラックに乗り込み、現場を転々と移動する。
行きに乗ってきたトラックとは
また別のトラックに揺られて、違う現場に送られることも多い。

古いアパートなどでは、
バツ5」といって、「5階建でエレベータなし」の建物もあった。
そんなときは、夏でも冬でも、
目に入る汗に顔をしかめながら、荷物を運んでいくのだ。

バカでかいタンスや、素人梱包の重たいダンボールなど。
チームワークを結束させながら荷物を運び、
現場を完了していくのは、なんとも楽しいものだった。


ホストの引っ越しでは、
ウォーターベッドとプレステくらいしか荷物がなかった。
すべての荷物に「差し押さえ品」という紙が貼られていた現場もあった。
新築一戸建てへの引っ越しでは「ご祝儀袋」がもらえたりするが。
風俗嬢の引っ越しでは、ご祝儀の代わりに「割引券」が入っていた。


そんな数々の現場のなかでも、
特に印象に残っている物件がある。

それは、ある看護婦さんの引っ越しだった。


20代前半と思われるその看護婦さんは、
毎日連勤が続いていて、
引っ越しの準備がろくにできていないような状態だった。
なんとか細かい荷物だけは箱づめした、という程度で、
見るからにあわただしかったようすがうかがえた。

夜勤あけの彼女は、驚いたことに、
すぐまた明日、日勤の仕事があるということだった。

スタッフ3名。
看護婦さん宅に着いたのが、
たしか昼すぎごろだったように思う。

建ってそれほど年月も経過していないような、こぎれいなアパート。
ロフトのある広々とした間取りで、日当りのいい部屋だった。
思いのほかたくさんの荷物があったが。
さっそくトラックに荷物を運び込み、
彼女の「新居」となる場所へ出発することになった。

そこで、
ドライバー(運転手であり、現場の責任者でもある)が彼女に聞いた。


「で、場所はどこなんですか?」


彼女は少し困った顔で、
小さく折り畳んだ紙を取り出した。


「勤めてる病院が用意してくれたので。
 私もまだ、行ったことないんです」


家主である彼女も、
これから初めて行くのだと知り、
僕は心の中で「ええっ」と驚きの声をあげた。

そんなことはめずらしくもないのか、ドライバーは、


「そうですか。じゃあ、
 こっちでルート決めていきますから。
 あとから着いてきてくださいね」


と無表情に言った。

なぜか申し訳なさそうに頭を下げた彼女は、
自分の車に乗り込み、トラックの後ろを追って走る。

小さな地図を頼りに、彼女の新居へと向かう。

「これかな」と、ドライバーが指を差す先。

目的地である「新居」に着いて、がく然とした。


こんなふうに見るべきではないかもしれないが。
一見して「ランクダウン」した感じだった。


2階建の、ちんまりしたアパート。
外壁はすべて、ねずみ色のトタンでおおわれている。
鉄骨むきだしの階段は、茶色くさびて、
非常階段のような幅しかない。
工場か倉庫のようにも見えるそのアパートは、
築何十年経っているのか見当もつかない朽ちかたをしていた。


横文字の名前のついた、
こぎれないなアパートからの転身。

看護婦の彼女の顔が一瞬こわばり、
みるみる曇っていくのが分かった。


感傷も私情も一切はさまない、
「仕事優先型」のこのドライバーは、


「じゃあ、さっそく荷物を運び入れますので」


と、流れる水のごとく滑らかな段取りで、現場の遂行を急いだ。

看護婦の彼女は、
言われるままに「はい」と小さくうなずき、
じゃまにならないような控えめさで、
あれこれと荷物の指示をしてくれた。


荷物を運び入れていくうちに。
ふと、疑問が頭に浮かんだ。
この荷物、全部入り切るんだろうか、と。

4畳半×2部屋+風呂と便所。

前の部屋に比べて、あきらかに狭い。
室内で立ち止まっていると、
うしろからどんどん荷物が運ばれてきた。


キッチン(というより台所というべきか)のすみ、
冷蔵庫の前に置かれた洗濯機。
そのせいで、冷蔵庫の扉も開かず、
ガスコンロにも近づけない。

4畳半の畳部屋。
床面にはダンボールが山積みにされ、
ローボード、テレビなどが埋もれている。

前の部屋では小さく見えたはずのマットレス。
行き場を失い、壁に立てかけられたせいで、
物入れの扉が開けない。
シングルサイズがそんなに大きく感じたのは初めてだ。
壁の一面をおおい隠し、
いまにも低い天井に届きそうな感じでそびえ立っている。

僕は思わず、頭に浮かんだことをそのまま言った。


「今日、どうやって寝るんですか?」


看護婦さんはただただ困った顔で、ぽつりと言った。


「明日も仕事だし、今日はこのまま・・・。
 これからゆっくり考えます」


そんなのは、あまりにもきつい。


ドライバーに相談すると、
彼はホコリよけマスクをはめたまま、こう言った。


「運ぶだけの契約になってるから。
 そんなよけいなこと、こっちには関係ない」


手伝おうとしていた僕を叱るような勢いだった。

たしかに、「仕事」となると
「サービス」ばかりもしていられないのか。

けれども・・・。


その日、その現場で。
ドライバーと2人1組で荷物を運びながら、
階段をのぼっているとき。

ヒザが、曲がらなくなった。

激痛が走り、
立っていることすらままならない状態になった。

左膝の古傷だ。
スケボーをしていて靭帯を伸ばしたことのある箇所で、
何とか痛まずに「もって」いたのだが。

僕は、動けなくなった。


「ええっ、なんでそんなことになるの?」


ドライバーは、誰に問うでもなく、
うとましそうに眉をひそめた。

彼はため息をつき、
もうひとりのスタッフと2人、忙しく現場を片づけていった。

結局、引っ越し屋での仕事は、
その日が最後になった。



あれから、10年は経ったけれど。

その後、看護婦さんはどうしているんだろう。
もう、あそこには住んでいないんだろうか。

ドライバーの彼は、出世できただろうか。
それともまだ、
いまでも小さなトラックのドライバーのままだろうか。



箱に入るものは、限られている。

大きいと思っていた箱も、
それよりも大きなものの前では、小さな箱でしかない。
小さな箱でも、からっぽなら、入れられる。

箱の大きさも、箱の中身も。
見た目では、分からないものかもしれない。



< 今日の言葉 >

こんにちは、この度は「どんどん焼」をお
買い上げいただき有り難うございます。
私「どんどん焼」は上質な原料を使用し、
サラダ油でフライにして、ソースを混ぜ、
口あたりを良くあなた様のお口に合います
様調理いたしました。どうぞ私「どんどん
焼」を御賞味していただき、むかしなつか
しい味を思い浮かべていただきたく思います。

(株式会社 菓道「どんどん焼」/どんどん焼の自己紹介より)

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