決意の日から数日後。
A男は、おしゃれビルの中にいた。
緊張の面持ちで飛び込んだ一店。
洗練され、場馴(な)れした感じの店員が、
A男に声をかける。
「何かお探しですか?」
同世代か少し歳下であろう店員の彼は、
決して見下すふうでもなかったが、
気後れしているA男には、
ばかにされている、もしくは
これからだまされるのではないかという
警戒心と不安感で
気が気ではなかった。
「今は、こんな感じのがよく出てますね」
そよ風の唄のようにつづく店員の声に、
「へえっ、今はそういう感じなんだ」
と、背伸びして、
通(つう)ぶった感じを装う。
「素材感もいいですし、
アシメトリーなところも
おもしろいですよね」
いきなり分からない
専門用語に出くわしたA男は、
「ああ、あれはいいよね」
と、曖昧にうなずいて見せるのが
精いっぱいだった。
そこからつづいた沈黙に、
何やら自分が
しでかしてしまったことを悟ると、
「それじゃあ、これとこれのMと、
これをもらおうかな」
と、試着もせずに、
目についたTシャツ2枚と
ズボン(パンツ)を1着購入した。
レジの前。
え、こんなにもするの⁈
という驚きはおくびにも出さず、
A男はかすかに震える手で
おろしたばかりの紙幣を
3枚差し出した。
それでも、
その対価はあるような気がした。
おしゃれなお店の
おしゃれな袋を小脇に抱える自分に、
それだけでずいぶん
おしゃれメンに変身した感じがして、
おしゃれってお金がかかるものなんだよな、と
分かったようなことを思ったりしながら、
下りエスカレーター、
ちらちらと映り込む自分の鏡像に
やや満足そうな顔つきで
あごなどをさすってみせた。
(ライフ:+1ポイント)