「あ、あれぇっ・・・あれぇっ・・・」
小さな声をもらすA男。
まるで甲羅(こうら)の小さな亀だった。
黒いシャツは、
想像以上に小さくて、何かの拘束具か、
それともアスリートの肌着のような感じで
ぴたりと体にまとわりついて離れようとしなかった。
ややイカリ気味になった肩。
そこから伸びる両腕は、
これ以上動かすと
どこかが破綻(はたん)するのではないかという
危険性をはらんでいた。
「Mで、いけると思ったんだけどな・・・」
誰に言うでもなく
ひとりこぼしたA男のつぶやきは、
となりの個室から聞こえる水流の音に飲み込まれ、
そのまま水に流されて消えた。
たしかに。
A男が最後に服を買ったのは、
もう何年も前、高校3年の秋のことだった。
そこからA男は大きく育ち、
チェスト(胸囲)もウエスト(胴囲)も
すくすくと甘やかして育ててきた。
自覚も観察もなく、
なかば無意識の状態で
ゆるやかに「大きく」なっていた。
はっとしたA男。
急に手が短かくなったかのような
窮屈(きゅうくつ)な動きに焦(じ)れつつ、
ショッピングバッグから
ズボン(パンツ)を取り出すと、
腰にぴたりと当ててみる。
が、それではたしかめきれず、
自前のズボンを脱ぎ去り、
真新しいズボン(パンツ)に足を入れた。
足は入ったのだが。
ジッパーが、上がらない。
ジッパーどころか、
尻も半分ほどしか収まっていない現状に、
分かっているはずだが
まるで何も分からないような気持ちになり、
ぴちぴちのシャツと
履けないズボン(パンツ)から
身をはみ出したまま、
じっと腕組みした姿勢で、
しばらく彫刻のように固まっていた。
履けないズボンは、
おしゃれビルのすぐとなり、
衣服買取店にて売却した。
まさかの急落。
たった15分間で
価値が3分の1以下になった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、それで大丈夫です」
「いえ、お顔のお色が、
よろしくないように見えたので」
株価大暴落の現象に、
驚きこそすれ青ざめるでもなく。
A男は、脱げないぴっちりシャツに
顔の色を失っていたのであった。
散々な思いで手に入れたシャツ。
白の方はまだましだったが、
それでも、窮屈なことに変わりはなかった。