*
『下手の横好き』
( Heta no yoko-zuki )
という言葉がある。
「たて笛なのに、横好き?」
と、思った鋭いあなた。
40ポイント差し上げよう。
ここでいう「横」とは、
「本来の、本業からそれたもの」
を指す。
『下手の横好き』
それはすなわち、
「本来の本業などではない、
横道にそれた物事に対して、
熱心に没頭するさま」
をいう。
* *
小、中学時代、
たて笛を吹くのが好きだった。
音楽は好きでも、
学科としての「音楽」は苦手で、
音符が読めなかった。
小学校の頃、
鍵盤ハーモニカに、
油性ペンでドレミを書いた。
ドレミの文字を書くために、
自分用の鍵盤ハーモニカを買った。
みんなが使う水色ではなく、
色で選んでベージュにした。
ベージュの鍵盤ハーモニカは、
水色の鍵盤ハーモニカに比べて、
1オクターブほど音域が狭かった。
小型で、コンパクトで、
かわいらしい、
ベージュ色の鍵盤ハーモニカ。
演奏中、
音が足りない時は、
空中(エア)で指を動かして、
吹いてる「風(ふう)」でごまかした。
おかげでちっとも上達せず、
ずっと一本指奏法のままで
鍵盤ハーモニカの履修を終えてしまった。
Anyway(トモカク)。
音符が読めない僕は、
クラス全体で演奏する時、
打楽器などの、
奏法が単純な楽器に好んで挙手した。
トライアングル、
木琴、鉄琴、
大太鼓、小太鼓、
シンバル、カスタネット・・・。
瞬発力と反射神経、
リズム感が勝負の、
ひりひりした緊張感。
楽譜2ページくらい、
まったくまるで出番がなく、
数分間じっと待っての、
『ドォオオン』、
または『チリ〜ン』。
ときに『バッシャ〜ン』。
あまりに登場が少ない場合には、
『ドォオオン』と『チリ〜ン』、
掛け持ち担当のこともある。
鉄琴の音が、好きだった。
きらきらしていて、心地いい。
木琴も、
それよりあたたかみがあって、
やわらかくて好きだった。
バチを変えると、音が変わる。
強く叩くと大きく鳴って、
弱く叩くとやさしく鳴る。
こすればこすった音がして、
魔法を使ったみたいな音色が響いた。
一見、正方形の「鞄」に見えて、
「パッチン錠」を外して開くと、
木琴に早変わり・・・
なんていうものも持っていた。
音符が読めない僕は、いつも、
隣の席の心やさしい「女子」に、
「ドレミ」を書いてもらっていた。
「ト音記号の、最初の、
はじまりの部分が『ソ』だから」
と、これまた
やさしい女子が教えてくれても。
「そうか。じゃあ、これは何?
ミ? ファ? ポ?」
「ポなんてない」
とか言いながら、
結局全部、
トレミを教えてもらって、
譜面に書いた。
さてさて——。
ここでようやく登場です。
たて笛。
リコーダー。
「こいつ」が出てきたとき、
僕は少なからず衝撃を受けた。
「なんだ、この
画期的な楽器は⁈」
小学3年生、
初めてリコーダーと出会った家原少年は、
腰から地面に崩れ落ちた。
まぶしさに目を細め、
震える手で、恐る恐る触れた。
想像以上に、なめらかな手触りだ。
こわごわと、
唇をあてて吹いてみた。
トゥっと、
あたたかな音色が出た。
笛の音(ね)だけでなく、
少年の両の目からは
静かな涙がこぼれ落ちた。
・・・かどうかは、さて置いて。
とにかく、ちょっと感動した。
「運指表」を見ながら、
ド、レ、ミ、と音を出していく。
高く、低く。
指の動きで音色が変わる。
オルガンやピアノの鍵盤より簡単で、
両手に収まるこの感じ。
ハーモニカよりも、
音の区別かつけやすく、
いいな、と思った。
けれども。
当時の僕は、
「音を楽しむ」というより、
楽譜に書かれた音階どおりの
「正しい音」を出すことに必死で、
いざ演奏となった時、
あまりリコーダーを楽しめなかった。
「適当に音を出してるのが楽しい」
打楽器みたいに、
音色を、楽しみたかった。
音符が読めない僕は、
楽譜ではなく、
耳で音を確かめながら、
リコーダーを吹くのが好きだった。
だから、
曲を覚えるのに時間がかかった。
楽譜ではなく、
耳で覚えるものだから、
いい加減な指の運びで、
よく間違えるし、
楽譜と違う音だったりした。
リコーダーは好きだったが。
音楽の授業は、まるで駄目だった。
音楽を聴くのも、
唄うのも、演奏するのも好きだったが。
授業となると、まったく駄目だった。
それでも思った。
教育テレビの
『ふえはうたう』だったか。
授業で聴いた曲、
『Sing(シング)』。
カーペンターズの歌みたいに、
気持ちよく、たて笛が吹けたらなぁと。
『Don't worry that its not good enough
For anyone else to hear
Just sing sing a song』
(他のみんなに聞かせるほど
上手じゃなくていい
ただ唄おう 歌を唄おう)
余談だが・・・。
当時、僕たちの小学校では、
最初に「支給」される「たて笛」は、
ツートンカラーのリコーダーだった。
アイボリーと
ダークチョコレートのような茶色の、
2色のリコーダーだ。
口の部分をくわえながら、
前歯でガリガリと削ったせいか。
それとも、扱いが乱雑だったのか。
掃除の時間に、
机からころりと転がったリコーダーは、
口の部分が割れて、
割れた部分がポロリと外れた。
「なし」か「あり」で言えば、
「ポロリあり」だ。
(わからない人にはどうでもいい一文)
割れてしまった
2色のリコーダーは、
顔面を負傷した
サイボーグのようだった。
中身(構造部分)がむき出しだ。
音は、出ないことはなかったが、
口当たりが悪く、演奏しづらい。
先生に相談すると、
「新しいのを買ってらっしゃい」
とのことだった。
ややくすんだオレンジ色の
布袋(ケース)に入った、
2色仕様のリコーダーは、
水色の布袋(ケース)に入った、
ホワイトチョコレートのように真っ白な、
真新しいリコーダーに変わった。
新しいものというのは、
いつも最初は「変な」感じがする。
しかも自分だけが「真っ白」で、
みんなのリコーダーは「2色」だ。
転校生の井上さんも「白」だった。
そんなわけで、
井上さんに親しみを覚えて、
仲よくなったりもした。
最初に「一斉支給」されたリコーダーには、
胴の腹(手前側)の部分に、
名前が彫ってあった。
三角刀のような、
鋭利な刃物で彫られた文字には、
金色の塗料が流し込まれていた。
家
原
利
明
チョコレート色の胴に、
漢字で縦書きに刻まれた金文字は、
それだけで特別なものだった。
何とかその、茶色の胴体部分を、
新しい白い笛の頭に
据えつけようとした。
無理だった。
径が、合わない。
特別だった、最初のたて笛。
失ってから、
ようやく遅れて気がついた、
小学4年生の僕でありました・・・。
真っ白な新しいリコーダーは、
よく見ると、口の部分に、
少しだけ色の濃い部品(パーツ)が
はまっていた。
少し沈んだ、暗い色のベージュ。
バーバーリーの
『グレージュ』のような色味だが。
僕にはそれが
「カスタードクリーム」に見えた。
生クリームと、カスタード。
よく見れば、
これも2色(ツートン)だと。
別に帳尻を合わせるつもりでもなかったが。
そんなようなことを、
考えるでもなく思った。
下から硬い棒などで小突くと、
「カスタード」の部分が
ゆっくりせり上がり、
やがて外れた。
外すと音が出なくなる。
けれど、洗うときに、
中まできれいに洗浄できた。
はめるときには、
付属のクリームを塗る。
白い、2色のリコーダー。
何だかかわいいやつだな、と思った。
小学校を卒業して。
私服から、
黒い学生服に変わった。
大きくなった体に
合わせるかのように。
リコーダーも、大きくなった。
ソプラノからアルトへ。
僕たちは、
大人の階段をのぼった。
ちなみにアルトは、
「女性の低音」を指す。
ソプラノは、
「女性、または、
変声期前の少年が発する
最も高い音域」だ。
初めて
アルト・リコーダーを見たとき。
「でかっ」
と思った記憶がある。
色は真っ白——
生クリームとカスタードの「2色」の、
お馴染みの「白」だった。
これまで見てきた
ソプラノ・リコーダーを、
そのまま『ビッグライト』か何かで
大きくしたみたいな、
変な感覚だった。
慣れというものは奇妙なもので、
中学3年間を
アルト・リコーダーとともに過ごすと、
やがてそれが
「通常(スタンダード)」になり、
大きいとも、変だとも思わなくなり、
何の違和感もなくなった。
かつて、
ランドセルに突き立てたり、
机の物入れのはしっこに
まっすぐ突っ込んだりしていた
ソプラノ・リコーダーだが。
アルト・リコーダーに変わって、
三分割に分解して、
水色のケースにしまうことも。
それが「普通」となっていた。
僕らは
いくつも直面した「変化」を、
どれだけ「戸惑い」から「慣れ」に
変えてきたのだろう。
学校という集団の中で。
成長という過程の中で。
現実という規範の中で。
自分の意思決定だけでは動かせない、
いくつもの「変化」を求められた。
「相手」は、変わってくれない。
いくら願っても、変わってはくれない。
そんな時、
「自分」が「変わる」ほかないのだ。
それは、今でも変わらない。
変わることは、変わらない。
変わらないことは、変わらない。
変わるべきはずが、
変わらなくなった時。
変わるべきはずが、
変えようとした時。
そこに、歪みが生じる。
恐竜は、
環境に順応できずに絶滅した。
執着や固執は、衰退への近道だ。
因習を捨て、変化を恐れず、
その上で大切なものを見極める。
普遍。
本質を見失わなければ、
迷子になることはないはずだ。
・・・て、何の話?
ああ、そうそう。
「慣れ」の話だったね。
そんなわけで、
ソプラノからアルトへ、
僕らは成長したっていうわけ。
ソプラノだったアルトも、
やがてはただのアダルトになって。
笛を吹くのは、口笛くらいで、
たて笛はもう、吹かなくなった。
* * * *
真新しいアルト・リコーダーを
手にした僕は、
革ジャンも脱がずに、吹き始めた。
机の上では、
今しがた買ったばかりの食パンなどが、
もの言わずにじっとしている。
もし、彼、彼女らに口が利けたなら。
おそらく、こう言っただろう。
「チーズは要冷蔵ですよ。
10度以下でお願いします」
僕は2年くらい、
アルト・リコーダーを買おうか買うまいか、
考え続けていた。
ソプラノ・リコーダーは、持っていた。
古物屋で入手した中古品で、
小学校の時に使っていた物と同じ、
白い、ヤマハのリコーダーだ。
パソコン机のそばにあり、
作業の合間や、行き詰まった時、
ふと思い立った時など、
リコーダーを手に取り、
音を奏でる。
そう。
まさに『下手の横好き』といった風情で。
上達する気もなければ、
どこかで発表する予定も、
誰かに聞かせるつもりもないままで。
ただただ、自分が楽しむためだけに、
気ままにピイピイ鳴らしていた。
ゆらゆら帝国の
『恋がしたい」を吹いていて。
いつも1音足りなかった。
あくまで僕の
いい加減な耳での演奏だが。
どうしても足りない1音があった。
「あとひとつ、
低い音が出たらなぁ」
そうんなことを思って、約2年。
もしかすると、もっとかもしれない。
アルト・リコーダーは、
新品で買っても、
それほど高価な物ではない。
手を伸ばさなくても、
いつでも買えるところにあった。
けれど——
「本当に、いるのか?」
「本当に、欲しいのか?」
僕は、約2年ほど、自問を続けた。
これ以上、
物が増えるのが嫌だったこともある。
買ってもすぐに
飽きるんじゃないかという懸念もあった。
誰かくれないかなという期待感もあった。
しかし、
たて笛をが欲しいとねだる行為が、
もしかすると反社会的な変態行為として
糾弾される事態へと発展するのではないかという
心配も、あったりなかったり。
そしてついに・・・。
新品の、
アルト・リコーダーを買った。
何だか嬉しかった。
すごく嬉しかった。
まるで小学、
中学校時代に戻ったような。
そんなきらきらした
ときめきを感じた。
まっさらなアルト・リコーダーは、
三分割されて、
水色の布袋(ケース)に入っていた。
記憶の中では、
ジッパーの取っ手が
リング型だったような。
『YAMAHA
Alto
YRA-28B III
RECORDER:MADE IN JAPAN
BAG:MADE IN INDIA』
と、布袋(ケース)に、
紺色の文字で記されている。
当時と違うのは、
『抗菌キャップ』が
付いていることだ。
吹き口にはめるための、付属品だ。
細かいところでは。
袋に収納する時、
頭・胴・先端部に三分割するのだが。
頭と先端部、そして胴部と、
二列に並べて収納する際、
頭と先端部をつなぐための
半透明の樹脂製部品が
新たに付属していた。
これは、当時なかった気がする。
胴には、同じ半透明の素材で、
上下、二つのキャップが付いている。
「おそうじ棒」も懐かしい。
先端の穴に、細く裂いた
ティッシュ・ペーパーを通して、
綿棒のような形状で巻きつけて、
リコーダー内部を「掃除」する。
小・中学校時代、
やたらと掃除する子もいれば、
まったく掃除しない子もいた。
古いティッシュは粉っぽくて、
花柄のティッシュはいい匂いがした。
冬場には、
温かな吐息が液化して、
末端の穴から静かに
滴(しずく)がしたたる風景を見た。
『RECODER CLEAM
(リコーダークリーム)22g』
追加で買った覚えはないのだが。
新品のリコーダーには、
かすかな油脂の香りのほかに、
ほとんど匂いのしない、
やや黄ばんだ軟膏のようなクリームが、
円いケースに入って
付属していた記憶がある。
ようやく手にした、
新品の、アルト・リコーダー。
すばらしい音色だった。
何の夾雑物(きょうざつぶつ)も、
遮蔽物も、雑音もない、
まっすぐに澄んだ音。
それは、
リコーダーの産声だった。
さっそく、
『恋がしたい』を吹いてみた。
両手の指、
十本使っていた音が、
左手三本指で鳴った。
ソプラノからアルトへ。
覚えた音の「配置」を、
もう一度ばらして、組み立て直す。
足りなかった、1音。
( 出た!)
心の中で、
感動を声にする。
上手い下手ではない。
楽しいかどうか。
中学を卒業して30余年。
音を楽しむことを、全身で感じる。
誰のためでもない。
何のためでもない。
ただ、楽しむために。
上手くなりたいわけでも、
褒められたいわけでもなく。
ただ、楽しく吹きたいだけ。
吹けた、という満足感。
楽しいな、という高揚感。
ただそれだけのために、
たて笛を拭く。
『Don't worry that its not good enough
For anyone else to hear
Just sing sing a song』
(他のみんなに聞かせるほど
上手じゃなくていい
ただ唄おう 歌を唄おう)
昔、テレビドラマで、
雅楽の奏者が音楽の講師として、
女子刑務所を訪ねる場面があった。
そこで講師は、
アニメの音楽を演奏した。
こわばっていて教室の空気が、
にわかに氷解した。
「君たちが学んでいるのは、
『音楽』ではない。
『音学』だ」
黒板に書かれた『音学』の文字。
その場面がずっと
忘れられなかった。
僕は、あまり器用なほうではない。
楽譜があると、それを忠実に
なぞらなければいけないという
気持ちになった。
テンポやリズムが狂わないよう、
あわててあせって、
めちゃくちゃになった。
良く言えば「真面目」。
融通の利かない、
力の入った少年だった。
たくさん生きてきて。
ようやく「楽しむ」ことを、
少し覚えた。
上手くなんて、ならなくていい。
褒められたいわけじゃない。
自分自身が楽しめるように。
楽しむためのに、やっているのだと。
楽しむということの意味が、
ようやくながら、わかってきた。
ひとつの道を極めるために、
型にはまることも大切だが。
その傍らに、
ちょっとした「横道」があってもいい。
むしろ、そんな「脇道」が
あったほうがいい。
料理も、写真も、絵を描くのも好きだ。
掃除も、洗濯も、人と話すのも好きだ。
こうして文章を書くことも、
誰に言われるでもなく、
永遠に書き続けられるほど、
好きなことだ。
それよりもっと、無意味なこと。
たて笛。
僕には趣味がなかった。
何でも極めたくなる気質なので、
楽しむ前に、追求してしまう。
もっと上手くなりたいという、
欲があった。
それは、ややもすると、
コントロールしたいういう、
支配欲に似ている。
釣りや、サーフィンなどの、
自然を相手のする趣味を持つ人が言う。
「どうにもならない
ことがあるからこそ、
おもしろい」
そんな気持ち。
上手くできないから、おもしろい。
上手くならないから、楽しい。
受け止める余裕、受け入れるゆとり。
それが、心の「ゆたかさ」を
生むのかもしれない。
僕は、たて笛が下手だ。
下手だけど、
まったく何もわからなくて、
混乱するほど難しくはないし、
嫌になるほど複雑でもない。
手を伸ばせば、すぐにできる。
どこにも行かずとも、すぐにできる。
そんな気軽なたて笛に、
僕はつい、夢中になる。
買い物から帰って、
革ジャンを着たまま、
卵もチーズも机に置いたまま、
気づけば窓の外は真っ暗だ。
下手の横好きのたて笛の音色は、
まぬけな蛇でも呼び出すみたいに、
ひょろひょろと怪しい音色で、
夕暮れの部屋を
とっぷりと染めた。
曲げた腕を伸ばすと、
痛かった。
分厚い革ジャンの生地が、
気づかないほどゆるやかに、
腕の関節を締めつけていたのだ。
革ジャンを脱いだ僕は、ふと、
ソプラノ・リコーダーに手を伸ばした。
吹いてみると、
軽く、若い音が、部屋に響いた。
アルトとソプラノ、
二つ並べたリコーダーは、
大人と子供みたいな感じで、
昔の自分と今の自分みたいで、
仲よしな二人の姿にも
見えなくなかった。
* * * * *
甥っ子が遊びに来た。
いつものように、
何の知らせもなく、
いきなり突然やってきた。
「今日なら
いるかなって思って」
そんな時、たいてい僕は、
みっともない格好をしている。
その日も、
ちょうど起きたばかりで、
前の晩に握ったおにぎりを手にして、
寝巻き同然の姿だった。
甥っ子と、近況やら、
最近あった
おもしろいことやらを話しながら、
何となく時間を過ごしていた。
甥っ子が言った。
「昔、にいちゃんが教えてくれた、
Felix Kubinの
『Lightning Strikes』、
Klaus Nomiのバージョンが、
最近、お笑いのネタのバックに
使われてたよ」
甥っ子の携帯で、動画を見た。
甥っ子に教えtのは、もう、
10年以上も前の話だが。
彼は、ずっと気に入ってくれていた。
専門学校で、
非常勤講師の仕事をしていた時。
地下の広間を使った授業で、
思いっきり大きな音で、
『Lightning Strikes』を流した。
もう、15年くらい前だろうか。
「気持ちの悪い音楽」
顔を曇らせる生徒が
ほとんどだった。
そんな中にも、
「先生、この曲、誰?」
と、聞いてくる生徒が、
ほんのわずか、ひと握りだけいた。
「めちゃくちゃいい!」
きらきらと目を輝かせる生徒は、
思えばちょうど、
甥っ子と同じくらいの年頃か。
29歳になる甥っ子は、
相変わらず僕の
くだらない話に付き合ってくれる、
心のやさしい好男子だ。
「最近、
アルト・リコーダー、
買ったんだよ」
僕は、
買ったばかりのたて笛を、
嬉しさあまって見せびらかす。
「ソプラノ・リコーダーは
持ってたんだけど」
机の中から引き出す僕を見て、
甥っ子が笑った。
「その机から出てくると、
もうほとんど学校だね」
というのも。
僕が使っている机というのが、
学校の教室で使われている、
かつてどこかの教室にあった、
あの机なのだ。
『(1)166-179㎝』
これまた古物屋で購入した、
教室机。
「たしかに。
この机でおにぎり食べてる姿を
そっちから見たら。
もはや給食だね」
事もあろうに、僕は、
学校指定の
高校ジャージの下を履いていた。
廃盤になった、
古い型の学校指定ジャージが
安く売り出されていて、
格好よかったので
1着購入した物だ。
赤と白のラインが体側に入った、
紺色のジャージ。
のちに現れた、
甥っ子の友人いわく、
「パリスのジャージかと思いました」
とのことだ。
500円にも満たない、
どこの高校かもわからない、
学校指定のジャージを履いて、
学校机の前に座り、
おにぎりを頬張りながら、
リコーダーを手にする姿は、
もはや落ちこぼれの学生にすぎない。
時代にも、社会にも、
人生にも落ちこぼれた、
さんばら髪の落ち武者だ。
「見て見て、ほら。
この机の縦の長さが、
ちょうどソプラノの長さで、
横が、アルトの長さなんだよ」
大小二本のリコーダーを、
縦横、机に並べる様が痛ましい。
やさしい甥っ子は、
そんな哀れな叔父を見て、
嘆いたりしない。
「本当だ、すごいね!」
と、
あたたかくな眼差して
笑ってくれる。
『Every day is a school day』
(毎日が学びの日々)
とはいうけれど。
機械で訳すと、
「毎日が学校生活」
と皈ってくる。
もはやここがどこだかわからない。
はたしてここは学校なのか。
どこからどこまでが学び舎なのか。
ここは、教室から切り離された、
落ちこぼれだけの特別教室なのか。
その答えは、
たて笛の音色とともに、
青空へと消えていく。
そして今日も笛を吹く。
誰がためでもなく、我がために。
暗い夜道、
カーラジをつけると、
こんな言葉が聞こえてきた。
「僕たちはいつも、
何か、意味とか情報量のあるものを
追いかけてますよね。
けど、星って、
情報量がないじゃないですか。
ただじっと星を眺めるのって、
情報量、0KBですよね。
1日の中に、そういう時間って、
ほとんどない気がして。
そんな0KBの時間が、
ゆたかだなって。
そう思うんですよ」
一字一句、
正確な表現ではないけれど。
そんなことを、言っていた。
なるほど。
忙しく生きる現代人には、
無意味な時間が
ないということか。
僕も、
そんないい言葉で
まとめられたらよかったのだけれど。
僕のやりたいことは、
どれも0KBな気がして。
僕のやっていることは、
どれも0KBな気がして。
それでも甥っ子は、
遊びに来てくれる。
きっと0KBだから、
来てくれるのだろう。
表も裏もなく、
何の期待も約束もなく。
ただそこに僕がいて、
甥っ子がいる。
革ジャンを着た今でも、
僕らは、たて笛の気持ちを忘れない。
大人ぶったお説教より、
格好つけた理想論より、
「横道」での「道草」が好きだ。
競争でも競技でもなく、
二度とない景色を楽しみたい。
横道を歩きながらも
たしかな足取りで、
ふらふらとまっすぐ
自分の道を歩けたら。
『笛吹けと踊らず』
心が踊らなくなったら、
おしまいだから。
たとえ下手の横好きで、
楽譜どおりじゃなくっても。
音符が読めず、
楽譜すら持っていなくても。
吹けば音は出るのだから、
わくわくしながら、
笛を吹いていきたい。
< 今日の言葉 >
「フェラーリは、
需要より1台少なくつくる」
(希少であるということ。誰もが手にで入れられるものは、本当の価値を生み出さない)
