2026/04/01

見えない合図


『台風の日』(2014年)



 *



何かをしようとするとき。


いきなり不具合が起きたり、

すんなりといくはずのものが滞ったり。

不快なことや、ややこしいことが

やたらと頻発したり、とか。


困難や試練とはまた違う、

明らかに不自然とも思える「障害」——

「ノイズ」と言ってもいいだろうか。

たび重なる「障害」が

行く手を阻むことがある。


そのときは気づかないのだけれど。

ふり返って考えてみると、

それは、何か「合図」のような

ものだったのかもしれない。



* *



例えば。


そこに向かおうとすると、

なぜか急に車の調子がおかしくなる。


僕は、古い車に乗っていた。

電子備品の少ない、機械式の車だ。

製造されて50年近く経過した車は、

乗り始めて20年ほどの

付き合いだった。


仕事や遊びに出かけて。

故障するのは、

自宅に戻ったときだったり、

翌日の、何でもないときだったりした。


もちろん、出先などで

故障することもあったが。

時間の余裕もあり、

何とかなることが

多かったように思う。


天候や体調、

スケジュールなどを無視して、

無理矢理、強行しようとしたとき。

何かを訴えるみたいに、

エンジンがかからなくなったりした。


「行くな」と言っている。


そんなふうに聞こえた。



ある日のこと。


他県の山あいで、

車が故障した。


真夜中だった。


まだ、

スマートフォンは登場しておらず、

友人が持っていたのは、

いわゆる「ガラケー」だった。


携帯を持たない僕は、

電話だけでなく、

何の情報も持っていなかった。


真っ暗な道を歩いた。

何となく、

これから向かう東へと、

とぼとぼ歩いた。


白々とした明かりが見えてきた。


まるで嘘みたいに。


日本自動車連盟(JAF)の支社が、

そこにあった。


真夜中に、

徒歩で訪問する僕らを見て、

隊員のみなさんは

驚きを隠せない様子だった。


事情を話し、現場に向かった。


交換用の部品がなかったため、

応急処置で、

何とかエンジンがかかるように

手当てを施してくれた。


いつまた止まるかは

わからない状態だが。

ひとまずは安定して

エンジンは回り続けていた。


涙を流さんばかりの勢いで、

感謝したのは言うまでもない。


「どこへ行く

 つもりだったるの?」


救助隊員の男性が

僕たちに尋ねる。


「富士山を、見ようと思って」


「で、これから

 どうするの?」


友人と二人、

顔を見合わせていると、

男性が静かに言葉を継いだ。


「ぼくなら帰るね。

 今日のところは無理せず、

 戻ったほうがいいと思うよ」


思惑を見透かさされた僕は、


「そうですよね・・・」


と、苦笑いして、

隊員の車を見送った。


車は、東へ向かった。

西ではなく、東へ向かった。


友人は、助手席で眠っていた。

真っ暗な峠を、茶畑のあいだを、

どんどん走って街に出た。


排気音が、不規則になった。


エンジンが、静かに息をひそめる。


そして車は動かなくなった。


国民的服飾店の駐車場を借り、

車を停めて、朝を待った。


「電車の音がする」


最寄りの駅まで歩き、

電車に乗って、市街地に出た。

8トンの積載車を借りて、

地元の整備工場まで車を運んで、

借りた積載車を

レンタカー屋さんへ返却し、

電車でまた地元に帰った。


自宅に着いたのは、夜中だった。


今でも友人と語り継ぐ、

「いい思い出」ではあるけれど。


「行くな」


という合図は、

そこらじゅうに

あふれていたのだと思う。


実際、隊員男性にも

そう言われたわけだし。


「行くな」という合図。


目的地へ行けなかったことで、

「そこ」に行かずに

済んだのかもしれない。


現実に「もし」は存在しない。

答え合わせなど不可能だけれど、

結局のところ、

無茶で無邪気な楽しい思い出だけが、

手元に残っている。



* * *



長い付き合いだったからか。

古い車は、よく「合図」を知らせた。


どれもみな、

あとから「そう見立てた」だけの

ことかもしれない。


それでも。


少しばかり不自然なほど、

くりかえし起こる合図の数々は、

無視しようにも

素通りできないものもあった。


その人が乗ると、

かなりの確率で不具合が起こる——。

そんな現象も、

「合図」のうちのひとつだった。


その人は、

よく物を壊す人だった。

故意ではないが、

不注意からくるものも多く、

それ以外にも、

いきなり電子レンジが

小爆発を起こしたり、

電球が音を立ててショートしたり、

怪奇現象とも思えるほどの「故障」を、

何度か目の当たりにしてきた。


人と人も、人と物も。

おそらく、相性があるのだろう。


物質どうしが起こす、

化学反応のように。


自分とその人との

相性もあっただろうし、

その人と物との

相性もあったと思う。


とにかくその人は、

よく物を壊した。

昔からそうだったと、

本人からも聞いた。


あわてて落ち着かなくなったり、

いらいらと不機嫌になったとき。

何かが、壊れた。


サイコ・キネシスの持ち主みたいに。

思念で物を破壊しているふうに

見えたこともあった。


きっとその人との

相性がよくなかったのだろう。

僕は、その人といるとき、

よく頭が痛くなった。


これも、合図のひとつだろう。



また別の話。

なぜかその人と話すとき、

声が出にくいことがある。


そういう相手が、数人いた。


どうしてかはわからない。

が、確かに苦手な相手だった。


体が示す、愚直な合図も、

見えない合図のひとつだろう。



* * * *



嘘みたいに

騒音がひどい場所があった。


すぐ近くに

スーパーマーケットがあった。

とても便利だが、難点があった。

夜中に何度も、トラックが来るのだ。


肉、野菜、魚など、

仕入先の業者が違うせいか、

深夜の時間帯から早朝にかけて、

おだやかとは言いがたい音が

真っ暗な住宅地に響いた。


23時、1時。3時、5時・・・

朝7時台には、

従業員の元気な挨拶と

楽しげな会話が、

にぎやかに聞こえる。


背後の家には、小型犬がいた。


深夜以外は、ずっと吠えていた。

きゃんきゃんきゃんと、

休むことなく何時間も

吠え続けていた。


疲れないのかと思うくらいに。

毎日ずっと、やむことなく、

きゃんきゃん激しく吠え続けていた。


飼い主がときどき叱ると、

ほんのわずかのあいだ、

大人しくなる。

それも束の間、

また元のように吠えたてる。


耳が、

静寂を忘れるくらいに。

小型犬の吠えたてる声が、

BGMのように

景色の中に溶け込んでいた。


いつか慣れるのだろう、

と思ったが。

慣れるどころか、

ますます気になるようになった。


うるさいと思うのは、

自分だけなのか? 

と、疑問に思った。

自分は神経質なのか?

と、首をかしげた。


夜、まったく寝られなかった。


夜だけでなく、

昼間も休眠できなかった。


向かいの家が、工事を始めた。

ものすごい音で、

朝から夜まで、工事をしていた。

屋内の改装のためか、

昼夜、天候を問わず、

朝や夜間にも作業を続けた。


ここにはいられない。


そう思った。


思えばここへ向かうとき、

いろいろな「合図」があった。


けれども僕は、

それを無視した。


そこへ行く必要があったからだ。


まるで、

映画『シャイニング』

そのものだった。


合図を無視して、

ざわつく心に蓋をして、

聞こえないふりをして

無理矢理進んだ。


その結果。


合図が聞こえないほどの

騒音(ノイズ)に包まれた、

苦難の生活が待っていた。


合図に従うのは、

「わがまま」ではないのだと。

今ならはっきりそう言えるのだが。


当時の僕は、孤立していた。


世界中がパンデミックで、

地元に帰れず、

話せる相手がいなかった。


地元ではないその場所で、

自分のことを深く知らない人に

話してみたところ、

事の重大さが伝わらなかったり、

我慢や辛抱が足りないのだと

諭されたりして。

自分が感じた「合図」も

単なる「わがまま」や

「気難しさ」として塗り替えられる。


多数決は、あてにならない。


そこに暮らす人には、

感じられないものもある。


合わないのは、僕のほうだ。


歓迎されなかった、

招かれざる「客」。


よそ者の僕には、

頭上をかすめるほどの

ジェット機の音が、怖かった。


「行くのはやめろ」

「引き返せ」

「来るべきではない」


たくさんの合図を無視した僕は、

これからはもう、

合図を軽んじないように

しようと思った。



* * * **



『当たるも八卦、当たらぬ八卦』


などという言葉がああるように。


「合図」でも

何でもなかったものも、

あとから見れば、

どんなふうにだって解釈できる。


「合図」なんて、ない。

全部、こじつけの思い込みにすぎない。


そう思うなら、

それもひとつの見解だ。


自分の選択を正当化するため、

原因論として

仕立て上げているだけかもしれない。


ただ言えるのは。


うまくいくときには、

ことごとく物事がすんなりと運ぶ——。

そんな場合が、あったりする。


間違えて解約してしまったおかげで、

通信機器が使えなくなり、

いろいろ思案しながら

別の方法で「復帰」を進めたら、

間違えて解約してしまったはずのサービスが、

後日、終了することとなった、とか。


裏目かと思われた結果が、

裏ではなく、表に転じていく。


予約を取るとき、

月曜日はここしか

空いていないと言われ、

無理に時間をつくるのではなく、

少し先になることを承知して、

言われた日時に予約を入れたら。

それ以前にはなかった準備が整い、

万全の状態予約日を迎えられたり。


すんなり、というのは、

時間的な早さだけではなくて。

円滑に、滞りなく、

快適に進んでいくことも含む。


そんなとき、

見えない合図がそっときらめく。


「こっちでいいよ」

「間違ってないよ」

「さあ、おいで」


そんな声が、

聞こえる気がする。


どうでしょう。


そんな経験、みなさまにも

ございますでしょうか?


無理や意地を通そうとすると、

必ずどこかに歪みができる。


押し通すのではなく、

受け入れる。


すると、道が開けてくる。


進むべき道が、見えてくる。


同じに見える世界でも、

高さの異なる領域が

幾層にも重なっていいて。

違う高さの場所へと紛れ込むと、

おかしな歪みや軋轢(あつれき)が

生じるのではないか・・・。

そんなことを、思うでもなく、

感じてみたり。


地図や道しるべのように、

合図を探し、盲信して、

頼っていくつもりはないけれど。


見えない合図が、

本当に見えなくなるのは、

少し危ない。


本当はそうじゃないのに。

心をねじ伏せ、耳をふさぎ、

そうだと思い込ませるように言い聞かせ、

自分を騙してばかりいると、

いつか「合図」は見えなくなる。


合図は、

ただの「障害物」や「問題」として

解決されていく。


心に耳を傾ければ、

合図は聞こえる。


他の人には聞こえない、

自分だけの声が。


従うのかどうかは別にして。

声に耳を傾けていくことは、

大切なことだ。


間違った方向に、

頑張らないこと。


それを体感するために浴びた、

たくさんのノイズ。


今ではちゃんと聞こえている。


僕を呼んでいる、その声が。


この話が、全部嘘だとしても。


嘘から出る誠もあるわけで。



4月1日。


エイプリル・フールの嘘にしては

華やかさのかけらもない、

地味で退屈なお話だけれど。


嘘だと思う人には嘘でしかなく、

本当だと思える人には本当のお話。



人生の羅針盤として、

あなたのお役に立たんことを。


エイプリル・フール。


人を騙すことができたとしても、

自分を騙すことは、難しい。




< 今日の言葉 >


ホップ・ステーキ・肉じゃが

やっぱそうだしょもっちリカコ

そんなの関係ナイスクラップ

ギガントカワユス真剣10代チョベリバだっちゅーの♡


(1000000回唱えると、世界中の嘘つきたちがみんなチョコバナナになっちゃうっていう不思議な魔法の呪文だよ♡)

2026/03/15

徒然なる豚汁



『色々なカップが描かれた服を着る人』(2009年)



 *



たくさん作った豚汁を、

母にもおすそ分けした。


湯気を立てる椀を口もとに運んで、

母が豚汁を味わった。


「おいしいねぇ。

 あんたは本当に

 料理が上手だねぇ」


お世辞ではなく、

実感を込めて母が言った。


大変ありがたい

お褒めの言葉をいただきつつ。

われながらおいしいなと、

2日目の豚汁を静かにすする。


「あんた、

 料理屋さんになろうとは

 思わないの?」


聞かれて、はたと考えた。


しばしの沈黙のあと、

僕の口からこぼれた答えは

こうだった。


「作るのは好きだけど。

 知らない人の口に

 合わせて作るのは、

 好きじゃないかも」


言った本人が、自分で、

なるほど、と思った。


僕は、作るのが好きだ。

けれども、目の前にいない

知らない人に向けて、

何かを作ることは

得意ではないかもしれない。


オーダーで絵を描くのは好きだった。

自由気ままに絵を描くのも好きだった。

手紙を書くのもすごく好きだ。


会って、話して、その人を知って。

希望や好みなどを何となく汲み取った上で、

作っていくことは意外と

「得意」なほうだと思う。


こうしたらたきっと

よろこぶだろう、などと、

知りもしない仮想の「相手」を想定して、

その「好み」に合わせて作ることは

上手でない気がする。


1対1は得意だけれど。

たくさんになると、

誰のどこに何を合わせたらいいのか、

それがわからない。


以前にもちらっと書いたと思うが。


僕には、

大衆(マス)をつかむ能力が

欠けているのだろう。


物を作る上で、

致命的な「流行音痴」である。


母の問いに、

あらためて気づかされた。


自分の承認欲求の乏しさは、

結局のところ、

究極の自己満足から来ているのだ。


その人の好みを理解した上で、

自分が「おいしい」と思える豚汁を

作ること。

そして、食べてもらう相手が

「おいしい」と言ってくれれば、

それ以上、求めるものはない。


認めて欲しいのではない。


結果を出したい。


「おいしい」という結果を出したい。


ただ、それだけなのだと。


そこに喜びを感じて、

幸福感が得られるのだと。


母の問いから発展して、

自問自答するうち、

自分の姿が少しばかり

見えた気がした。



物を作る時。


相手が存在しない場合は、

心の中の観客である、

「もう一人の自分」に審判を委ねる。


これはおそらく、

誰もが行なう方法だろう。


その「もう一人の自分」が、

どれだけ世間と通じ合って、

世間のことを理解しているのか。


デザイナーと、変人の違い。

クリエイターと、狂人の差。


僕には、それがわからない。


もっと、勉強しなければ。

そう思った。



* *



心が折れそうになる中で。

自分の作品を読んでくれた人から、

称賛の言葉をもらった。


「あんまりたくさん、

 本を読んできたわけじゃないけど。

 世の中にある物語として、

 その中でも、

 いちばんっていうくらい

 おもしろかったし、感動した。

 思いっきり号泣しまくった」


嬉しかった。


その言葉にどれほど救われ、

勇気をもらったか、

筆舌しがたい。



そう。


0じゃなければ、見込みはある。


たくさんの人には届かなくても、

同じ波長、同じ趣向の人には、

深く刺さる。


研ぎ澄まして、磨いて、

細かく何重にも編み込んで。

一枚の「絵」に仕上げているのだけれど。


題材選びなども、もちろんあるが。

その温度、角度、表現の仕方の、

調整具合が難しい。


自分の描きたい、世界がある。


大いなる自己満足を続けるべきか。

それとも、リサーチを重ね、

傾向や対策を踏まえて工夫するべきか。



星の数は、数え切れない。


だからこそ、

同じになる必要はないのだと。


迷いながらも、

結局、最後はそこへ行き着く。


眉間にしわを寄せて、

むずかしい気持ちでつくるのではなく。

た他のしい気持ちで、

わくわくしながら、つくっていきたい。



かつて「学校」で仕事していた時の、

何も教えてはいない「教え子」から、

こんな言葉をもらった。


私は難しい文とか分からないし、

 文が長いと読みたくなくなるのですが、

 先生の書く文には楽しさだったり

 優しさを感じるから

 いつまでも読んでいれるくらい

 昔から大好きです!」


ありがたさに、

涙涙の大感謝祭で、

お礼の言葉も見つからない。



僕は、

ロングセラーのものが好きだ。


だからきっと、

自分が作るものも、

そういう傾向になっていると思う。


炭酸みたいな刺激はなくて。

丁寧に淹れた、お茶とか紅茶みたいな、

口に運ぶほど香りや味わいが広がる、

奥行きのあるものができたらいいなと。


飽きることなく、

何度も何度も手にしたくなるような。


引っ越しても、大掃除をしても、

それだけはずっと何年も何十年も

そばに置いておきたくなるような。


自分の子どもや、友だちへ、

贈ってあげたくなるような。


そんな豚汁を、作りたいんです。


ただ、

越えられない壁あるのも現実。


壁の向こうの景色が見たい。

そのためにはもっと、

知らなければならない。


世界には、いろいろな人がいる。

いろいろな選択肢がある。


おいしい豚汁を、

いつでも手軽に、

お湯を注ぐだけで食べられる、

快適で便利な世界でもある。


それも、ひとつのの選択肢だ。


僕は、粉末にして、

カップに入れて、

たくさんの人に食べてもらうような

術を持っていない。


だからまず、

目の前の人に、

おいしいと言ってもらえるような

豚汁を作る。


こだわり抜いて厳選した

材料だけに頼るのではなく。


ごく普通の素材でも、

気持ちを込めて、

手間と時間を惜しまずに、

丁寧に刻んで、じっくり煮込んで、

それぞれの持ち味を最高に引き出したい。


時間や手間を

かければいいというわけでもなく。


完成の瞬間を、見極めること。


作った時に、

最高だと感じる豚汁ではなくて。

食べた時に、おいしいと思える豚汁を、

作ることができたら。


この前、食べたばっかりなのに、

また食べたい、と。

何度も食べたくなるような、

豚汁を作りたい。


やがてそれが、定番になって。


「この季節といえば、豚汁だよね」


と言われるようになるのも、

嬉しいことだ。


「世間」ではなく、

各「家庭」で。

風物詩のような存在になりたい。


僕は、おいしい豚汁を作る。


見たことのない

「誰か」のためにではなく。


目の前にいる、その人に、

おいしい豚汁を、作るために。


僕は、今日もネギを切っています。

だいたい長さは4センチくらい。

人参は、乱切りがいいと思っています。


かくし味には、

三温糖を入れます。


ここで言ってしまった以上、

これはもう、かくし味でも

何でもなくなりました。

ただの「味」です。


評判になりたいわけではなくて。

ただやたらとたくさんの人に、

食べてもらいたいのでもなくて。


一人一人の「おいしい」が、

大切なんです。


豚汁は、

味噌の代わりにカレールゥを入れれば、

カレーになると。

そんなことを言う人もいますが。


それは、豚肉がなければ、

ただの「汁」だというのと

同じかもしれません。



結局のところ、

自分の味覚を信じて、

ことことと温め続けることが、

僕には合っているように思います。


ですので。


どうか、待っていてください。


おいしい豚汁が届く、その時を。


それが、

真夏の暑い日だったら

ごめんなさい。


『夏は冷やしてクール豚汁!』


なんて。


おしゃれな戦略で、

浮世を乗り切ろうかと思います。



豚汁に始まり、豚汁に終わる。


はたして、今回のお話は、

おいしかったでしょうか。


おかわりしてもらえる

くらいであれば、

すごく嬉しいです。


どうぞお時間のある方は、

この記述に、

何回「豚汁」がお目見えしたのか、

数えてみてください。


忙しい僕には、

そんな気力がないので、

このへんで失礼いたします。


トンジール!


(これは、

 20回の中にはは入りません)


ご清聴、

ありがとんございました。



< 今日の言葉 >


    ス
    ス
    の
    心
    が
    け


(かと思ったら、

 『一』と『人」が近すぎて、

 『一人一人』が『スス』に見えた、

 交通安全標語ののぼり旗の文言)


2026/03/01

観察すること


『いつ?』(2013年)


 *



ノート型の

古いMac(Macintosh)の

FireWireからHDMI端子で

液晶テレビにつないで、

ノートパソコンの小さな画面を、

大きなモニタに投影する。


王道でも主流でもなく、

少数派の選択かもしれない。


ゆえに、

トラブル・シューティング

(問題解決)の方法は、

いくらネット上を探し回ってみても

見つからない。

誰かに聞こうにも、

そんな「奇行」を

実践する知人もいない。


観察。


僕は、見るのが好きだ。

見る(look)だけでなく、

観る(watch)のも好きだ。


観察(observation)。


(以前も書いたが)

僕は、

理科の授業が好きだった。


アサガオとかヘチマとか、

塩の結晶とかミジンコとか。

薄切りにされ、

プレパラートの上で

赤く着色された茎の道管を観たり。


共通点とか相違点を、

探して見つけるのが好きだった。


知らない土地や外国に行って、

トイレやゴミ箱、

自動販売機なんかの違いを

見るのも好きだ。



その時はまだ、何になるのか

よくわからない「断片」を、

たくさん見て、観察して、

集めていくのが好きだった。


喫茶店や公園に座って、

景色や鳩や人の姿を、

じっと見るのが好きだったりもする。



* *



Macにつながる、液晶テレビ。


液晶テレビは、

父からもらったものだ。


テレビを観ない僕は、

もらった状態のまま、数年間、

箱に入れっぱなしだった。

誰かにあげようか、

それとも売りに行こうかと思っていて。

ふと、使い道を思いついた。


パソコンの

ディスプレイとして使うこと。


できるかどうか調べてみると、

できるということがわかった。

よし、とばかりに、僕は、

パソコンショップへ走った。


詳しそうな男性店員を見つけて、

相談してみる。

早口で説明してくれる

男性店員に耳を傾け、

導かれながら、

該当するケーブルを買った。


家に帰って接続してみると、

画面は真っ暗なままだった。


やり方がおかしいのだと思い、

何度も試し、

何度も首をかしげていた。


もう一度、

パソコンショップに走った。

先ほどの男性店員を発見。

事情を説明すると、

男性は何度かまばたきをしたあと、


「ちょっと調べてみましょう」


と、店の奥に消えた。


ほどなくして戻ってきた男性店員は、

獲物でも捕まえたような身ぶり口ぶりで、

声を張り上げながら戻ってきた。


「わかりました!

 これ、これです!

 これが問題でした。

 めったにないことですが、

 この端子が欠陥品でした。

 新しいものと交換いたします。

 大変申し訳ありませんでした。

 これならバッチリ映ると思います」


深々と頭を下げ、

笑顔を浮かべる男性店員にお礼を言い、

さっそく家に戻って接続する。


映った!


よかった。


・・といった「慣れ染め」の

テレビとパソコンをつないでくれる

ケーブルは、

かれこれ何年使っているのか。

少なくとも、5年以上は経っている。



人に話すような

ことでもないが。


パソコンの画面だけが映し出されて、

テレビのほうが真っ暗、ということがある。


そんな時は、

一度、パソコンをスリープさせるか、

再起動させてパソコン画面が表示されてから、

テレビモニタの電源を入れる。

すると、

消えていた画面がきちんと映る。


おそらく、順番の問題で、

パソコンからの受信情報がないうちに、

テレビモニタを立ち上げててしまうと、

送られた信号を受像せず、

画面に何も映し出されない状態に

なってしまうのだろう。


無関係な人には、

えらくどうでもいい話だが。


こうなった時には、

こうすればいい、と。

そんな「答え」は、

どこにも書いていない。


人に聞こうとも、聞ける相手はいない。

繁盛していたパソコンショップも、

知らぬ間に新天地へと引っ越しており、

別の店舗に変わった店内には、

当然、あの親切な男性店員はいない。


長く付き合う、ということ。


観察。


こうすると、どうなるのか。

こんな時は、どうすればいいのか。


対応。対処。解決。解消。


世の中にはたくさんの「情報」が

あふれている。

たくさんの情報は、

時に「知恵」となって、助けてkれる。


けれども。


万人向けではない、

個人的な「答え」は、

そこにない。


いくら探し回ってみても、

そこにはない。


主流。王道。汎用。多数派。


たくさんあるのに、

必要な「答え」が見つからない。


時流。時代。流行。マジョリティ。


別にひねくれ者を

気取るつもりもないが。


大切なものをを大切にしていると、

ときどき、時流の外にはみ出してしまう。

時代の流れに落ちこぼれ、

気づくと「少数派」として置き去りにされる。


壊れていないのに。

まだ使えるのに。

気に入っているのに。


時代の流れに、

手放さなければならない局面が来て、

不本意に別れた数々の物たち。


執着とはまた違った理由で迎えた、

大切にしてきた物たちとの数々の別れは、

今も僕の胸の内で、

宝石みたいにきらめいている。


執着と、愛着。


物を大切にするって、

いけないことなの?


今ではもう、

時代遅れなことなの?



* * *



いくらどこを探しても、

「答え」はいつも見つからない。


「答え」は、

自分で探すしかない。


それは、

今も昔も変わらない。


試行錯誤と観察。


「探す」のではなく、

「向き合う」こと。


行き詰まり、

立ち往生した時。


目の前の現実と向き合い、

とにかく、

観察するしかなかった。


実験と言ってもいいくらい。

思いつく限り、いろいろ試してみた。


長く付き合うということは、

観察と、試行錯誤の連続だ。


例えば・・・。


古い車に乗っていて。

こういう時は、

クラッチを2回、深く踏み込んでから、

キーを回して

エンジンを始動させる、とか。


がたついた扉を開けるのに、

ドアノブを支点としながら、

ちょっと内側に引く感じで

扉を押し開ける、とか。


洗濯機が脱水の工程に入る時、

たくさん入れた洗濯物が

安定して回るまで、

洗濯機をそっと押さえておく、とか。


「アナログ」な時代には、

そんな「癖」が、数多くあった。


デジタルな時代になっても、

扱う人間がアナログ思考なせいか、

そんな「癖」は、いまだ存在する。


不機嫌になったパソコンも、

まるでジンクスみたいな話だけれど、

軽く撫でてから再起動すると、

具合がよくなる、とか・・・。


物理的な面だけではなく、

気持ちの上でも、

毎回、いたわるようにして

大事に使ってていると、

その「癖」がわかってきて、

使うのに多少の

「こつ」が必要だとしても、

何年もずっと壊れず、

使い続けられたりする。


ほかの誰の役にも立たない、

自分だけの、

そのものにしか効果のない、

智慧(ちえ)の集積。


智慧とはまさしく、

「こつ」と言ってもいいだろう。


そんな、

個人的で私的で、

固有の「こつ」は、

汎用的ではなくとも、応用力はある。


長く付き合うという姿勢。

観察するという視点。

行動と結果を分析する力。

じっくり向き合う根気。

制御するのではなく、理解すること。


じっと静かに見つめる眼差し。


仏師が木塊を前にして、

じっと材料と向き合うように。


対話と観察。


そこから得られるのは、

「答え」だけではない。


既存の「答え」を

当てはめるのではなく。


自分で「答え」を

紡ぎ出すという気質が、

体質となって、ゆるやかに育つ。



* * * *



長く付き合いたいから。

仲よくなりたいから。


だから、観察をする。


観察とは、

対象を変えることではない。

その対象が持つ性質や気質、

場面や状況に応じて見せる反応などを、

正確に見定めることだ。


相手が、器械や物なら。

反応は、規則性があり、

一貫して安定していることが多い。


とはいえ、

完璧な「物」などない。


経年による変化、

偶然とか、たまたまとか、

予測不能な事態は必ずある。


絶対とは、

確率や統計に基づき、

経験則によって導き出された、

希望的な予測に他ならない。


(かんたんにいうと、

 「いままでそうだったから、

  たぶん今回も

  そうなるとおもうよ」

 っていうねがいだね)


観察で得られるものは、

量と時間によって累乗していく。


つまり、

長く観察すればするほど、

どんどん「わかって」くるのだ。


長さではなく、質。

数ではなく、体験。


付き合うほどに、わかってくる。


・・・当たり前のことしか

言っていないが。

事実、本当に、そうなのだ。



中には、

観察されることを

嫌うものもある。


ころころと目まぐるしく移ろい、

軸が定まらず、変わっていくもの。

「相手」を置き去りにして、

ひらひらと飛び移るもの。


新しいものに、罪はない。


追われるのが好きで、

仲よくなりたがらないものは、

いずれいなくなる。


観察。


僕は、消えないものと、

仲よくしたい。


消えないものと仲よくするための、

これまで見てきたたくさんの「答え」。


そのすべが

役立つわけでは

ないのだろうけれど。


誠実さ。


長く付き合えるものには、

それがある。


誠実さとは、何か。


言葉にすれば、

定義があるように見える。

けれどもそれは、目には見えない。


目には見えないけれど、

確かにある。


言葉にはできない、感覚的な、

見えない細い糸のようなものが、

しっかり一本つながっている。


一見、ばらばらのようで、

しっかりつながっている。


その場かぎりの愛想ではなくて。

ずっと仲よくしたいという思いが、

見えない糸となって

細く、長く、つながっている。


物も、人も、よく似ている。


物を見れば、人がわかる。

その人が大切にするものが何なのか。

それが、わかる。


隠しても隠しきれない。

偽っても装いきれない。


その人の選ぶものが、

その人自身を、形づくる。



* * * * *



大切なもの。


たくさんはいらない。

ひとつあれば充分だ。


たったひとつだからこそ、

じっと向き合える。

ひとつだからこそ、大切にできる。

それだけをずっと、大事にできる。


永遠も、不変も、幻想でしかない。


けれど、永遠は存在する。

不変も幻ではない。


外にではなく、内にある。


「もう何もいらない」


そう思えるようにななった時。


その時こそが、

それを手に入れた瞬間だ。


それまで僕は、

じっと見つめる。

静かにじっと観察する。


小さな種が

発芽するのを持って。

その瞬間を、見逃さないように、

僕は、ずっと見つめ続ける。




< 今日の言葉 >


チャ〜オ、チャ〜オ

ウーノ、バベーネ♫


(イタリアで思いついた歌)

2026/02/15

カステラのおにいちゃん


『幾つもの波をこえていく舟』(2014)





小学1年生の時のことだ。


りょうちゃんとは、

「あいうえお順」が前後で、

通学路もほとんど一緒だった。


仲よくなった僕たちは、

学校が終わった後にも

よく遊んだ。


秋の終わりの

頃だったように思う。


りょうちゃんの家で遊んでいて、

宝物を見せるようにして

りょうちゃんが言った。


「これ、

 やっきょうだよ」


「やっきょう?」


「らっきょう」しか知らなかった

当時の僕には、

それが何であるか、

すぐにはわからなかった。


「ピストルのたまだよ」


正確には、

ピストル(銃)を撃った後に残る、

弾の「ぬけがら」みたいなものだが。


当時の僕たちには、

その区別も、

正確な役割も理解できておらず、

そんなことよりも

「鉄砲の弾」ということに

驚きと興奮を覚えていた。


「じえいたいのおにいちゃんが、

 くれたんだよ」


耳慣れない言葉ばかりが並び、

ぼんやりとおぼろげな解釈で

ふわふわ想像する僕に、

りょうちゃんの手から、

「やっきょう」が手渡される。


薬莢——真鍮製の、

くすんだ黄色の金属は、

鉛筆よりは太く、

マッジクペンよりは細い。

ちょうど『お名前ペン』くらいの

太さだろうか。

長さは、

小指の第二関節くらいだった。


「やっきょう」の先端の、

穴の開いた部分には、

棒状の四角い金属部品が

小さく舌を出すようにして、

出たり、引っ込んだりする。

「顔」をちらりとのぞかせる程度で、

完全には出てこない。


振ると、カシャカシャ音がして、

その「棒」が前後に動いた。


見るだけでなく、

いろいろいじくりまわしてみると、

その「やっきょう」は、

頭と胴と、底の部分、

三つの部品に分解できた。

ねじ込み式の頭を外すと、

四角い棒状の部品が出てきた。


「いっこあげる」


「え、いいの?」


太っ腹なりょうちゃんに、

喜びの顔をきらきらと向ける。


「うん。

 おにいちゃんにいえば、

 またたくさんくれるから」


僕らの横には、かずおもいた。

かずおは何も言わず、

じっと僕らの話を

聞いていた(と、思う)。


「いっぱいもらえるの?」


「うん。

 やっきょうは、

 すごくいっぱいあるんだって」


「へえぇ・・・」


感嘆の声を上げる僕に、

りょうちゃんが言った。


「もらいにいこうか?」


「もらえるの?」


「おにいちゃんのうちにいけば、

 たぶんまたもらえる」


ここで言う「おにいちゃん」は、

本当の「お兄ちゃん」ではない。

りょうちゃんのお兄ちゃんは、

1歳上で、同じ家に一緒に住んでいる。


「おにいちゃん」とは、

親戚の「おにいちゃん」の

ことだった。


当時の僕が、

そのあたりを追求した記憶はない。

それでも何となく、

そういうことだと理解した。


自分で言うところの、

「東京のにいちゃん」みたいな人だと

認識していた。


「いまからいってみようか」


と、りょうちゃん。


「ちかいの?」


「うん。すぐちかく」


「じゃあ、いこう」


かずおは何も言わなかったが。

僕たち3人は、

自転車にまたがり、

「おにいちゃん」の家へと出発した。


何も考えず、軽い気持ちで、

うきうきとわくわくだけを持って、

僕らはおしゃべりしながら、

楽しげにペダルを漕ぎ続けた。



* *




「りょうちゃん。

 おにいちゃんの家って、

 どこにあるの?」


国道を走りながら、僕は、

りょうちゃんに尋ねた。


「カステラにある」


「カステラ?」


「うん。カステラ」


「カステラって、

 あのカステラ?」


僕は、おやつなどに出てくる、

茶色と黄色の、

ザラメがついてふわふわとした、

あの「カステラ」を思い描いた。


「カステラにすんでる」


「町の名まえ?」


「うん、そう。

 まちのなまえ」


りょうちゃんは、

「すべりだい」のことを

「すれびだい」と言ったり、

「エレベーター」のことを

「エベレーター」と言ったりする。


カステラのおにいちゃんの

家への旅路——。


家の場所を知っているのは、

りょうちゃんだけだ。

りょうちゃんだけが、頼りだった。


何の迷いも躊躇もなく、

自信満々に

がんがんペダルを漕ぎ続ける

りょうちゃんんを追って、

僕とかずおは、

自転車を走らせていった。


気づくと見知らぬ景色ばかりになり、

大きな川を越えて、

ごみごみした界隈にまで来ていた。


真っ青な空には太陽がきらめき、

車の窓ガラスやビルの壁を

きらきらとまぶしく輝かせていた。


車やトラックが行き交う、

三車線の国道。

ここが学区外というだけでなく、

となりの区だということなど、

その時の僕たちには

知る由もなかった。


「あれぇ・・・」


大通りから小道に入ると、

りょうちゃんが自転車を止めた。


「ここ、どこ?」


「えええっ!」


僕は驚きの声をあげた。

かずおは何も言わなかった。

ただ黙って、僕らの後ろにいた。


「りょうちゃん、わからないの?」


知ってると思っていた。

わかっていると思っていた。

その上でがんがん

走っているとばかりに思っていた。

その自信は、いったいどこから

来ていたものなのか・・・。


「りょうちゃん、

 道、わからないの?」


「わかんない」


「じゃあ、

 どうしてこっちにきたの?」


「じどうしゃできたとき、

 こっちのほうにくるから。

 こっちのほうだってわかるけど、

 どこなのかはわからない」


りょうちゃんが、

困ったような顔をした。


「おにいちゃんのうちは、

 どこなの?」


「どこかはわかんない」


「りょうちゃんがわからなかったら、

 ぼくたちわかんないよ」


「ええぇっ!

 ・・・・どうしよう」


りょうちゃんは、

ものすごくびっくりした顔だった。


「だれかにきいてみよう」


僕たちは、

ガソリンスタンドのおじさんに

聞いてみた。


「おにいちゃんの

 うちにいきたい」


おじさんはりょうちゃんに、

「おにいちゃん」の名前を聞いた。


「▲▲にいちゃん」


りょうちゃんは、

下の名前しか知らなかった。

おにいちゃんの、

名字を知らなかったのである。


今思って見てみても、

こういうことはよくある。

「しんにいちゃん」などと

愛称で呼んでいるせいで、

名字という「概念」を持たないまま

「しんにいちゃん」は

「しんにいちゃん」という存在だと思い、

名字を知らぬまま、

愛称で呼び続けていたことは

自分にもある。


下の名前だけ聞いても

もわからない、と。

ガソリンスタンドのおじさんは

首を傾げた。

住所はどこかと聞かれて、

りょうちゃんが答えた。


「カステラ」


「・・・カステラ?」


「カステラ」


僕が聞いた時と

そっくりそのまま同じ感じで、

おじさんが眉をひそめる。


「・・・もう、いこ」


おじさんの口調が、

怒っているふうにでも

聞こえたのか。

りょうちゃんは、

小声でささやき、僕の腕を引いた。


お礼もそこそこに、

自転車を漕いで立ち去る僕らへ、

おじさんが心配そうな顔を向ける。


かずおは何も言わなかった。

カソリンスタンドに

背を向けた僕たちは、

引き返すのではなく、

そのまま知らない景色の中へと

自転車を走らせた。


しばらく走ると、

お菓子なども売っている、

パン屋さんがあった。

店先には、

優しそうなおばさんが座っている。


「おばさんにきいてみよう」


僕らはまた、聞いてみた。

頼みの綱のりょうちゃんが、

同じようにして口火を切る。


「カステラにいきたい」


りょうちゃんは、敬語を知らない。

僕もそんなには知らなかったが。

ぶっきらぼうな

りょうちゃんの物言いは、

おばさんをますます混乱させた。


「え? 何?

 カステラがほしいの?」


「ちがう。カステラ。

 カステラにいきたい」


「カステラ?」


「カステラ」


しばらく黙ったおばさんは、

ややあって大きく頷いた。


「ああ、カサデラ?」


僕らの住む街には、

「笠寺(かさでら)」という

地名がある。


電車の駅名にもなっていて、

その名前は僕にも覚えがあった。


「なんだ、かさでらかぁ」


と言ってみたものの。

僕にはそれがどこにあるのか、

まったくくわからなかった。


笠寺は、もう目と鼻の先、

もうちょっと行ったところの、

すぐそばにあるとのことだった。


「あんたたち、

 どこから来たの?

 何小学校の子?」


僕たちが答えると、

おばさんは驚いた顔で

目を丸くした。


「自転車で来たの?

 まあぁ・・・

 そんな遠いところからわざわざ。

 何しに行くの?」


「おにいちゃんのうちにいく」


「笠寺のどこなの?」


「わかんない」


「わかんないって。

 それじゃあ、

 行きようがないじゃないの?」


空はまだ明るかったが。

もうすぐ暗くなるから帰りなさいと。

そんなようなことを

おばさんに言われた。


あそこの道を

まっすぐ行けばいいっからと。

わからなくなったら人に聞きなさいと。

そんなことを言われた気もするが。


おばさんに見送られ、

僕らは黙って自転車に乗った。

かずおは、

何も言わないままだった。



* * *




秋の空はつるべ落とし、

などとは言うけれど。


黄色い光をたたえた太陽が、

空を赤く染め上げたかと思うと、

あっという間に

あたりが真っ暗になった。


街灯がともり、

国道には車のライトが

川みたいに流れる。


「こっちでいいのかなぁ。

 ずっとまっすぐいけばいいって

 いってたよね」


僕の言葉に、

返事はなかった。


りょうちゃんは押し黙ったまま、

今にも泣き出しそうな顔を、

じっとアスファルトの地面に

向けていた。


信号待ちのたびに、

話しかけるのだけれど。

りょうちゃんは黙ったままだった。

かずおもずっと黙ったままだった。


僕らは半ズボンだった。

寒さは心細さをあおり、

自信のない足取りを

いっそうに不安にさせた。


パチンコ店のネオンがまぶしい。

明るいはずの光が、

なぜかよけいに夜を感じさせた。


光に群がる、

ピーナツみたいな色をした蛾が、

すごく気持ち悪くて、

迷子の僕らを

ちらちらと嘲笑っているかの

ようだった。


いつしか僕らは、

自転車を降りて、

とぼとぼ押して歩いていた。


車が走去るたび、

りょうちゃんの半ズボンの足を、

自転車を、真っ白に照らし出し、

またすぐに闇が

りょうちゃんの姿を

夜の中へと飲み込んだ。


一歩遅れて歩くかずおは、

何も言わなかった。

ただ黙って、

二人のうしろを歩いていた。


「もう、

 かえれないかもしれない」


りょうちゃんが言った。


「もうずっと、

 うちにかえれないかもしれない」


あの車かっこいいね、とか。

もうすぐつくかな、とか。

なるべく明るく

ふるまっていたのだけれど。


ついにりょうちゃんが

泣き出した。


自分が

自衛隊のお兄ちゃんのところに

行こうなんて言わなければ、

こんなことにはならなかったと。

りょうちゃんは、

昼間の自分を、

心の底から悔いていた。


「だいじょうぶだよ、

 ぜったいかえれるよ」


何の裏づけもない励ましは、

単なる頼りない励ましで、

気休めにすらならず、

泣き濡れるりょうちゃんを

安心させる力はなかった。


白々とした街灯の灯る街道に、

あたたかな色の明かりが見えた。


一軒の駄菓子屋さんだった。


当然と言えば当然のことだが。

学区内でよく行く店とはまた違う、

見たことのない駄菓子屋さんだった。


軒先の緑色のテントが、

白熱灯に照らされて、

冷え冷えとした夜の景色の中、

そこだけあたたかな色に

染まっていた。


光を求める羽虫のように。

僕らの足は——

少なとも、僕の心は、

まっすぐにそちらへ向かっていた。


そこは、駄菓子屋というより、

駄菓子を多く扱う、食品店だった。

コンビニエンスストアが

まだ少なかった時代、

このスタイルのパン屋、食品店、

または「よろずや」的なお店は、

たくさんあった。


店構えは、

住宅と一体化しており、

店の奥と2階は住居だった。


ということもあり。

暗くなってもなお、

店を開けている店舗も少なくなかった。


消沈したりょうちゃんを

元気づけたくて。

僕は、明るい調子で誘ってみた。


「ちょっとよっていこうよ」


りょうちゃんは、

消え入りそうな声で、こう答えた。


「おかねがない」


「ぼくもない」


かずおが言った。


「じゃあ、

 50円ずつあげるから、

 なんかかってこうよ」


二人が何を買ったのかは忘れたが。


僕は、店先にあった、

『コスモス』と書かれた

緑色のガチャガチャと向き合った。


『トントンダイス』


人差し指の

第一関節くらいの大きさの、

うすだいだい色の

ゴムでできた、二匹の豚。


豚が二匹で、

豚豚(トントン)。


二匹の豚を、

サイコロみたいに転がして、

「運勢」を占うという物だった。


この期におよんで、

なぜにそんな代物へと

手を伸ばしたのか。


今となっては、

当時の自分の心理を

うかがい知ることはできないが。


「おもしろそう」


そう思ったことだけは、確かだった。


50円玉を入れて、

ガチャガチャと回す。


回しきった手応えに、

コトン、という音が続く。


緊張の瞬間。


当たり、だった。


透明なカプセルの中で、

二匹の豚が、笑っていた。


「やった、でた!」


さっそく

カプセルを開けて見てみると、

付属の紙に、二匹の豚が示す

いろいろな姿が描かれていた。


詳細は忘れたが。

二匹とも仰向けなら

「ざんねん」とか。

二匹両方ともが立ったら

「大吉」みたいに。


横向きに倒れた姿勢だったり、

顔を下にした姿勢で

逆立ちみたいな格好だったり。

二匹の豚の姿勢の組み合わせで

設定された運勢が、

折りたたまれた小さな紙面に、

単色刷りでびっしりと、

図解とともに明記されていた。


試しに転がしてみる。


コンクリートの地面だと

買ったばかりの豚ちゃんが

汚れそうだったので、

自転車のサドル(椅子)の上に、

左手で囲いを作って、

加減しながら小さく転がしてみた。


うっすらとした記憶では。


目の前に転がった

二匹の豚が示す運勢が何なのか、

判別しにくい組み合わせだったように

覚えている。


続けて何度か転がしてみる。


けれど。


よく、わからなかった。


よしとばかりに、

地面で転がしてみる。


どうしよう。


思ったより、おもしろくない。


全然、おもしろくなかった。


何度か転がせばおもしろくなるはず、

とばかりに、むきになって、

何度も転がしてみる。


けれども・・・。


おもしろくは、ならなかった。


おもしろくなるどころか、

僕の感情の針は、

どんどんゆっくりと

真逆のほうへと振れはじめた。


興奮の絶頂点は、おそらく、

カプセルを開ける瞬間に迎え、

刹那に燃え尽き、

すっかり冷たい骸(むくろ)と

化してしまっていたようだ。


それでも。


笑う二匹の豚は、かわいかった。


白熱灯の、

オレンジがかった光に照らされた、

二匹の豚。


りょうちゃんの自転車の

泥よけに描かれた、

アメリカンフットボールをする

男性の絵図(イラスト)とともに。

あたたかな光に包まれた豚の姿が、

言いようもないほど鮮明に、

僕の目の奥、心の底に、

くっきりと深く焼きついた。


「もういこうよ」


駄菓子屋さんの壁掛け時計は、

6時過ぎを指していた。


りょうちゃんの声が聞こえなければ、

僕はずっと、放心したまま、

二匹の豚を

転がし続けていたかもしれない。


暗い坂道を下り、

踏切を越えると、

見慣れた景色が現れた。


家の前の道につながる

国道だった。


安堵のあまり、

全身から力が抜けそうになった。

自転車のハンドルを投げ出して、

今にも駆け出したい気持ちを

懸命にこらえ、

こみ上げる喜びの笑みを

奥歯で噛みしめた。


「じゃあね」


いちばん最初に

手を挙げたのは、僕だった。


学区のいちばん端に

家がある僕は、

いちばん最初に二人と別れた。


「バイバイ」


りょうちゃんが手を振った。


かずおは何も言わなかった。

ただ、少し笑っていた。


二人と別れた僕は、

急いで自転車にまたがり、

勢いあまって踏みそこね、

回転してきたペダルで

したたかに脛(すね)を強打して

顔をしかめながらも、

はちきれんばかりの笑顔に風を浴びて、

夜の道をぐんぐん進んでいった。


その、

たった数十メートルの道のりが、

どんなに遠く長く、

はてしなく感じたことか。


息を吸うのも、

まばたきするも忘れて、

ひたすら自転車を漕いで走った。


体よりも、

気持ちのほうがずっと前を走っていた。


家の、灯りが見えた。


オレンジ色の、カラスごしの光。


あたたかい色の、丸い光。


光の輪の中に、

赤茶色のレンガの壁が見える。


車庫を抜け、

階段を駆け上がり、

玄関の扉を勢いよく開けた。


その時、

わが家の匂いを、

嗅いだ気がする。


「ただいま!」


「おかえり。

 遅かったねぇ」


家に着いた時間は、

いつもよりほんの15分か

30分ほど遅くなったくらいだったが。

その時の僕には、

真っ暗な、夜の夜更けに感じた。


いつもと変わらぬ

おだやかな母の声に、

喜びよりも安堵が広がり、

いつもと変わらぬその顔に、

遅れて悔しさが湧き上がった。


「もう・・・!

 ただいまなのに・・・・!」


口をついて出たのは、

そんな感じの言葉だった。


すごく怖くて、不安で、

悲しくて、頑張って、こらえて、

やっとの思いで家に帰ってきたのに。

目の前の母は、

僕の「苦労」など

まるで知らない顔つきだった。


自分の味わってきた

心細さやつらさが伝わらず、

けろりとした母が恨めしく思われ、

これまでにないほど

大きな声で泣きじゃくった。


「どうしたの、そんなに泣いて。

 何、どうかしたの?!」


母かうろたえる。


母の胸にすがって、僕は、

今日の出来事を、ここまでの苦労を、

八つ当たりするみたいに

涙まじりで訴えた。


今ごろ、りょうちゃんも、

泣いているのだろうか。


かずおは、

泣いているのだろうか。



のちに知ったことだが。

かずおの家には、

誰もいないことが多く、

夜、寝るまで母が

帰らないこともあるとのことだった。


鍵っ子のかずおは、

家に一人でいる時間が多かった。


道中で泣き出した、りょうちゃん。

家に帰って、泣きじゃくった僕。

何も言わず、静かに微笑んでいたかずお。


はたして誰がいちばん泣き虫で、

誰がいちばんしっかり者か。


大きくなった今でも、

それはわからない。


人前で涙を

見せないようにしていた僕が、

本当の意味で強いとも思えない。


素直なりょうちゃんが、

弱虫だとも思えない。


記憶の中で微笑むかずおは、

何も言わない。



今はもう、

なくなってしまった駄菓子屋だが。

その道を通るたびに思い出す。


カステラのおにいちゃんと薬莢と、

笑う二匹の豚を。



迷子になっても、帰る家がある。

帰れる場所がある。


『いくつになっても甘えん坊』


そんな言葉もあるけれど。


いくつになっても泣き虫の僕は、

今日もえんえん泣きながら、

まっすぐ家に帰るのでした。



< 今日の言葉 >


クルンテープ・プラマハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット


(タイ王国の正式名称)

2026/02/01

不完全な完全

 





20代までの僕は、

「こだわり」の塊だった。


意図してそうしていたわけでもなく、

それを自覚していたわけでもない。


幼い頃から、

当たり前に続けていたことや、

自分の中では当然のこととして

育んできたものが、

他の人には稀有なことだった。


たくさんの人と関わるうちに、

人知れず温め続けた、

自分の「こだわり」に気づかされた。


あなたにもそんな経験、

ないかしら?


こんがりむらなく焼いたパンには、

厚さ2ミリで

すみずみまで均一にバターを塗り。


きっちり計ったコーヒー豆を、

決まった銘柄のフルターで、

決まった手順で正確に淹れる。


シャワーを浴びる手順も、

朝の支度の順番も同じで、

それにかかる時間も、

計ったように同じだった。


靴を履くのは左足からで、

歩き出すのも、電車に乗り込むのも、

階段を上り降りするも左足から。


横断歩道は白しか踏まない。

選ぶ数字はいつも奇数で、

あれば必ず「3」にした。


まるでジンクスか

おまじないみたいに。

たくさんの「決まりごと」に

取り囲まれていた。


俗にいう「ルーティン行動」。


まさに、支配されていた、

と言ってもいいほどに。

たくさんの「こだわり」たちが、

毎日ぎっしり整列していた。


気の合う人たちは、

そんな僕を見て、


「お前らしいな」


と、微笑んだ。


社会に出て、

いろんな種類の人たちと出会って。


「変わってる」


「そんなことして、

 生きるの大変じゃない?」


「めんどくさいね」


なとと言われるようになって。


なるほど、自分は、

「めんどくさいこと」を

しているやつなんだと、

思い知らされた。


「そのほうが、いいから」


「そっちのほうが、

 きれいに仕上がるから」


「そうしたほうが、おいしいから」


ただそれだけの理由で、

「めんどうなこと」をやっていた。

もちろん、そうではない、

単なる習慣による「こだわり」も

たくさんあっただろうが。

あまりめんどうだとは

思わない質である僕は、

めんどうなことを、

楽しんでしまう気質でもあった。


靴下は、ここのブランドがいいとか。

ジャムは、この会社のものがいいとか。

大なり小なり、

誰しも「こだわり」はあると思う。


こだわりなのか、好みなのか。


時にその度合いが、

自分以外の人には、

大きく強く感じられる。


比較、とはそういうものだ。


どちらかが変とか、

おかしいとか、

そういう次元の話ではない。


けれども人は、ときどき思う。


あれは変だな、とか。

これって変かな、とか。

見えない定規で、比較する。



* *



20代の頃の僕は、

スタンリー・キューブリック氏の

映画が好きだった。


きっかけは

『時計仕掛けのオレンジ』(1971)で、

アンソニー・バージェス先生の

原作も読んだ。


キューブリック氏の作品を

買い集めていくうち、

氏の人となりにも興味を抱き始めた。


氏は、もともとも写真家だった。

17歳の時、

アメリカの雑誌『 LOOK』から

写真を買い取られたことを期に、、

報道写真家として活動しはじめた。


氏の写真は、美しい。

モノクロ写真の、光と影が、

きりりと引き締まった構図の中で、

瞬間の「生(せい)」を捉えていた。

人の営み、人生があった。

そしてそこには、どこか、

アイロニーな眼差しが漂っていた。


詳しい経緯は、

他の方々に委ねるとして。


22歳の時、

初の短編映像

(ドキュメンタリー)を撮影し、

そこから映画監督の道を

歩むことになる。


『ロリータ』(1962)

『博士の異常な愛情 または私は如何にしてして心配することをやめて原爆を愛するようになったか』(1964)

『2001年宇宙の旅』(1968)

『バリー・リンドン』(1975)

『シャイニング』(1980)

『フルメタル・ジャケット』(1987)


映画監督として

成功を収めた氏への声は、

称賛だけではなかった。


「偏執病的完璧主義者」


日本語で記すと、

漢字ばかりでおどろおどろしいが。


氏の「こだわり」ぶりは、

時に人々を驚愕させ、

時にあきれさせもした。


国内外のポスター、

予告編、宣伝物には、

すみずみまで全部に

目を通した。


海外で上映する時には、

吹き替えではなく、

必ず字幕で放映した。


ということもあり、

日本では、

氏の作品がテレビで

放映されることは稀だった。


一度、『時計仕掛けのオレンジ』が

吹き替えで放映されたことが

あるそうだが。

それを知った氏は、

激怒したらしい。


音質にも「こだわり」があり、

音響設備の整っていない

映画館での上映は

中止させた。


有名なエピソードでは、

『シャイニング』の撮影中、

女優が恐怖に絶叫する場面で、

何度も何度も撮り直しした話がある。


その数、148回。


役を務めた女優は、

苦痛のあまり、

髪の毛が何本も抜けた、と言っている。


それに対して

キューブリック氏は、

こう答えている。


「それでも、

 真に迫った画が撮れた」


人は氏を、

支配的とか狂人だとかと罵った。


『アイズ・ワイド・シャット」では、

主演の二人を、

1年以上にわたって拘束した。

他の仕事は一切入れさせず、

二人を半ば軟禁状態にしたのだ。


『バリー・リンドン』では、

中世の光を再現するため、

蝋燭(そうそく)の

明かりだけで撮影した。


当時のレンズ技術では、

蝋燭の明かりだけだと暗すぎて、

まともな画が撮れなかった。


氏は自ら発案し、

カメラ自体を設計、開発して、

見事、薄暗がりの撮影を成功させた。


氏は、

時間を惜しまなかった。

労力を惜しまなかった。

批判を気にしなかった。

他人との確執も、

誹謗中傷をも厭わなかった。


完璧な作品を作るために。


氏は、

一切の妥協を許さなかった。


後年のキューブリック氏は、

飛行機に乗ることを恐れ、

国外には一歩も出なかった。


イギリス国内の邸宅にこもり、

屋敷の敷地内にセットを組んで、

国内にいながらにして

作品をつくり続けた。


数少ない友人であり理解者である

スティーブン・スピルバーグ氏は、

自家用の飛行機で

彼のもとを訪れると、

何時間も二人きりで

語り合ったという。


完璧主義。


僕は、映画監督でも

巨匠でも何者でjもないのだが。


完璧主義が、怖かった。


完璧主義者が怖いのではなく。

完璧を目指す人に

なるのが怖かった。


氏の作品は好きだ。


けれど、思った。


キューブリック氏みたいに

なるのは怖い。


もちろん、

なれるとも思わない。

僕にはそんな勇気がない。

そんな覚悟も決意も、信念もない。


強調された姿を見て、

ただ、思った。


人とぶつかり合って生きるのは、

大変だ。

僕にはそんな根性がない。


「こだわり」


それは、事を始める前に、

あらかじめ用意されたイメージだ。


枠、と言ってもいい。

型、と言ってもいいだろう。

下書き、と言っても

いいかもしれない。


イメージは、

図面であり、設計図であり、

未来のための計画書でもある。


そこに執着して、

「こだわり」過ぎると、

周りを壊す結果につながる。


想念の具現化のために、

木を切り、土地を平らにならし、

土台を築いて、

自分の求める「完璧」を建てる。


そこが斜面であろうと、

ぬかるんだ湿地であろうと。

思い描いた「理想像」のために、

個性や固有の特徴を、

「イメージ」という基盤で

なだらかな平地に踏み固める。


自分が思い描く完璧なものを、

完璧に建てるために。

小石ひとつすらも見逃さず、

コンマ何ミリの歪みも許さず、

自らが追い求める完全な形で、

青写真を忠実に具象化していく。


ものをつくる上では、

悪でもない、崇高な行為だ。


けれど。


融通が利かない僕は、怖かった。


完璧を追い求める姿勢が、

そのまま自分の姿に

なるのではないかと。


思考と行動の境界線が曖昧になり、

公私混同して

世界を見てしまうのではないかと。


意図的に、なのか、

それとも無意識なのか。


気づくと僕は、

キューブリック氏の求めた方向とは、

違ったほうへと進み始めた。


「こだわり」を捨て、

調和を求めた。


すぐに変わったわけではない。

何年もかけて、ゆっくりと、

自分でも気づかなうちに少しずつ、

ひとつ、またひとつと、

「こだわり」を捨て始めた。



* * *



『芸術作品は、

 完成することがない。

 ただ、放棄されるだけだ』


ビンチ村の、レオナルド氏——

レオナルド・ダ・ビンチ氏は

こう言った。


氏は、遅筆で、

なかなか作品を

完成させないことで有名だった。


「完璧など、存在しない。

 完璧さを求めることこそが、

 弱さの表れだ」


そんな言葉を、どこかで聞いた。


三島由紀夫氏は、

何百と集まる東大生と論争する前に、

何日も、何冊も、

本を読んで準備した。


頭脳に知識を蓄え、

肉体を筋肉でよろい、

武装した氏は「完璧」を求めた。


完璧さゆえの、死。


氏は、完璧な美しさを求め、

散っていった。


『武士道は、

 死ぬことと見つけたり』


氏の最期は、

その言葉を額面取りに

体現したような形でもある。


先人たちが教えるもの。

それは、道標でありつつ、

教訓でもある。


僕はただの凡人だ。

偉人には到底なれない。


ひとつ、またひとつと、

「こだわり」を捨てて、

身軽になっていく自分に気づく。


初めは不安だった。


自分自分でなるような気がして・・・

などという、高尚な不安ではなく。

これまで信じてきた価値観や

理屈が揺らいで、

バランスが崩れてしまうのではないか、

心配だった。


いきなり

変わろうとはしなかった。


ひとつ、またひとつと、

意識をしながら対面して、

ひとつひとつ、手放した。


たくさん失敗して、

たくさん衝突した。


いらないものは、いらない。

必要なものは、必要。


やめてみてようやく、

必要か否かに気づいたこと、

やめてみて初めて、

功罪がわかったもの。


できなかったことが、

できるようになり、

頑なに続けていたことが

無用になった。


横断歩道は、

白も黒も、関係なくなった。


朝、ごはんでもパンでも、

どちらでもよくなった。


ジャムがなくても、

バターがなくても、

あるものだけで、充分になった。


決まった銘柄の、

決まった匂いのボディソープではなく、

どこにでもあるような固形石鹸でも、

大丈夫になった。


身支度に順序はあっても、

必ずそれを踏襲しなくとも、

何の影響もないとわかった。


今にして思えば、

強迫観念まではいかないにしろ、

自分がいかに「こだわり」に縛られ、

支配されていたのか

見えてきた。


「こだわり」を捨てるということは、

あきらめや、妥協ではない。


むしろ、その逆で、

不完全さを認めるということだ。


不完全な自分を、

不完全な今を、

肯定し、受け入れる。


その器、度量の問題だ。


よく、人に言われた。


「そんなことを

 いちいち考えてて、

 めんどくさくない?」


考えたことなどない。

感じているだけだ。

聞かれたから言葉にしたのに、

なぜかそんなことを言われて

絶句した日々。


僕は、自分の「こだわり」を

話さなくなった。


「こだわり」は時に、

相手の価値観を否定する。


話せる相手に出会ったとき。

理解し合える相手に出会えたとき。

共感できる誰かを見つけたとき。

お互いの違いを、共通点を、

笑いあい、うなずき、認め合った。


人は笑う。

無遠慮に指を指して、

ひそひそと影で声をひそめて、

めずらしそうな好奇の目で、

「自分たち」とは「違うもの」を

異質なものとして排斥する。


自分もそんな中の一人に過ぎない。


それでも、認め合いたいと思う。

調和を求め、共鳴したいと願う。


僕は、キューブリック氏にも、

三島由紀夫氏にも、

レオナルド・ダ・ビンチ氏にも、

会ったことはない。


『バリー・リンドン』も好きだし、

『金閣寺』も好きだし、

『モナ・リザ』の絵を見て感動した。


尖りすぎても、生きづらい。

丸まりすぎても、転がってしまう。


受け入れること。


『アイ・サレンダー、

 ではなく、

 愛されるんだ』


やわらかく、おおらかに、

目の前に巻き起こる現実を

謳歌できたら。


完璧を求めて、

何でも一人でやろうと思っていた20代。

それは、衝突を避けた、

平和的な選択でもあった。

と、同時に、

自衛のための逃避でもあった。


今では、一人の無力さを知っている。

人を信じ、委ねることを、少しは覚えた。


これは、あくまで選択でしかない。


キューブリック氏は、

キューブリック氏の選んだ道を

突き進んだからこそ、

数ある名作を世に送り出せた。


三島由紀夫氏も、

レオナルド・ダ・ビンチ氏も、

他の偉人たちも、みな同じ。


自分の道を、自分で選んだ。

自分の道を、自分でつくった。


だから、偉人なのだ。


天才と狂人は紙一重、とは、

よく言ったものだ。


狂人とは、

おかしな人ということではなく、

何かを追い求め、

狂おしいばかりに熱狂した人のことを

指すのかもしれない。


僕は、とろ火の狂人になりたい。


激しい炎ではなく、

内なる炎を静かに秘めた、

おだやかなとろ火の狂人になりたい。


「まとも」の定義こそ、

曖昧で、不完全なものだから。


人や環境を踏みならし、

変えていくのではなく、

調和を求め、受け止め、受け入れて、

その上で自分の答えを導き出したい。


図面通りの完璧さではなく、

完全でなくても、

その時の最善を目指して、

自分以外の力を借りながら、

よりいいものを全力で

つくりあげられたら。


いつしか僕は、

そんな方向へと舵を切り始めた。


自分の航路が、

その通り進んでいようがいまいが、

それすら関係ないことだ。


今見えている景色に、

光が見えるなら。


その光るものの

正体を見るために、

僕はただ、

この小さなぼろ舟を

漕いでいこうと思う。


僕は、不完全な自分を、

不完全な景色を、

完全に肯定していきたい。



< 今日の言葉 >


「がびんのすけ……。

 もう、激おこぷんぷん丸だよ」


(2026年、最近覚えた、若者の言葉)


2026/01/15

革ジャンとたて笛



 




『下手の横好き』

( Heta no yoko-zuki )


という言葉がある。


「たて笛なのに、横好き?」


と、思った鋭いあなた。

40ポイント差し上げよう。


ここでいう「横」とは、

「本来の、本業からそれたもの」

を指す。


『下手の横好き』


それはすなわち、

「本来の本業などではない、

 横道にそれた物事に対して、

 熱心に没頭するさま」

をいう。



* *



小、中学時代、

たて笛を吹くのが好きだった。

音楽は好きでも、

学科としての「音楽」は苦手で、

音符が読めなかった。


小学校の頃、

鍵盤ハーモニカに、

油性ペンでドレミを書いた。

ドレミの文字を書くために、

自分用の鍵盤ハーモニカを買った。


みんなが使う水色ではなく、

色で選んでベージュにした。

ベージュの鍵盤ハーモニカは、

水色の鍵盤ハーモニカに比べて、

1オクターブほど音域が狭かった。


小型で、コンパクトで、

かわいらしい、

ベージュ色の鍵盤ハーモニカ。

演奏中、

音が足りない時は、

空中(エア)で指を動かして、

吹いてる「風(ふう)」でごまかした。


おかげでちっとも上達せず、

ずっと一本指奏法のままで

鍵盤ハーモニカの履修を終えてしまった。


Anyway(トモカク)。


音符が読めない僕は、

クラス全体で演奏する時、

打楽器などの、

奏法が単純な楽器に好んで挙手した。


トライアングル、

木琴、鉄琴、

大太鼓、小太鼓、

シンバル、カスタネット・・・。


瞬発力と反射神経、

リズム感が勝負の、

ひりひりした緊張感。


楽譜2ページくらい、

まったくまるで出番がなく、

数分間じっと待っての、

『ドォオオン』、

または『チリ〜ン』。

ときに『バッシャ〜ン』。


あまりに登場が少ない場合には、

『ドォオオン』と『チリ〜ン』、

掛け持ち担当のこともある。


鉄琴の音が、好きだった。

きらきらしていて、心地いい。

木琴も、

それよりあたたかみがあって、

やわらかくて好きだった。


バチを変えると、音が変わる。

強く叩くと大きく鳴って、

弱く叩くとやさしく鳴る。

こすればこすった音がして、

魔法を使ったみたいな音色が響いた。


一見、正方形の「鞄」に見えて、

「パッチン錠」を外して開くと、

木琴に早変わり・・・

なんていうものも持っていた。


音符が読めない僕は、いつも、

隣の席の心やさしい「女子」に、

「ドレミ」を書いてもらっていた。


「ト音記号の、最初の、

 はじまりの部分が『ソ』だから」


と、これまた

やさしい女子が教えてくれても。


「そうか。じゃあ、これは何?

 ミ? ファ? ポ?」


「ポなんてない」


とか言いながら、

結局全部、

トレミを教えてもらって、

譜面に書いた。



さてさて——。

ここでようやく登場です。



たて笛。

リコーダー。



「こいつ」が出てきたとき、

僕は少なからず衝撃を受けた。


「なんだ、この

 画期的な楽器は⁈」


小学3年生、

初めてリコーダーと出会った家原少年は、

腰から地面に崩れ落ちた。


まぶしさに目を細め、

震える手で、恐る恐る触れた。

想像以上に、なめらかな手触りだ。


こわごわと、

唇をあてて吹いてみた。

トゥっと、

あたたかな音色が出た。


笛の音(ね)だけでなく、

少年の両の目からは

静かな涙がこぼれ落ちた。


・・・かどうかは、さて置いて。


とにかく、ちょっと感動した。


「運指表」を見ながら、

ド、レ、ミ、と音を出していく。

高く、低く。

指の動きで音色が変わる。


オルガンやピアノの鍵盤より簡単で、

両手に収まるこの感じ。

ハーモニカよりも、

音の区別かつけやすく、

いいな、と思った。


けれども。


当時の僕は、

「音を楽しむ」というより、

楽譜に書かれた音階どおりの

「正しい音」を出すことに必死で、

いざ演奏となった時、

あまりリコーダーを楽しめなかった。


「適当に音を出してるのが楽しい」


打楽器みたいに、

音色を、楽しみたかった。


音符が読めない僕は、

楽譜ではなく、

耳で音を確かめながら、

リコーダーを吹くのが好きだった。


だから、

曲を覚えるのに時間がかかった。

楽譜ではなく、

耳で覚えるものだから、

いい加減な指の運びで、

よく間違えるし、

楽譜と違う音だったりした。


リコーダーは好きだったが。

音楽の授業は、まるで駄目だった。

音楽を聴くのも、

唄うのも、演奏するのも好きだったが。

授業となると、まったく駄目だった。


それでも思った。


教育テレビの

『ふえはうたう』だったか。

授業で聴いた曲、

『Sing(シング)』。


カーペンターズの歌みたいに、

気持ちよく、たて笛が吹けたらなぁと。


Don't worry that its not good enough

 For anyone else to hear

 Just sing sing a song』

(他のみんなに聞かせるほど

 上手じゃなくていい

 ただ唄おう 歌を唄おう)


余談だが・・・。


当時、僕たちの小学校では、

最初に「支給」される「たて笛」は、

ツートンカラーのリコーダーだった。


アイボリーと

ダークチョコレートのような茶色の、

2色のリコーダーだ。


口の部分をくわえながら、

前歯でガリガリと削ったせいか。

それとも、扱いが乱雑だったのか。


掃除の時間に、

机からころりと転がったリコーダーは、

口の部分が割れて、

割れた部分がポロリと外れた。


「なし」か「あり」で言えば、

「ポロリあり」だ。

(わからない人にはどうでもいい一文)


割れてしまった

2色のリコーダーは、

顔面を負傷した

サイボーグのようだった。


中身(構造部分)がむき出しだ。

音は、出ないことはなかったが、

口当たりが悪く、演奏しづらい。


先生に相談すると、


「新しいのを買ってらっしゃい」


とのことだった。


ややくすんだオレンジ色の

布袋(ケース)に入った、

2色仕様のリコーダーは、

水色の布袋(ケース)に入った、

ホワイトチョコレートのように真っ白な、

真新しいリコーダーに変わった。


新しいものというのは、

いつも最初は「変な」感じがする。

しかも自分だけが「真っ白」で、

みんなのリコーダーは「2色」だ。


転校生の井上さんも「白」だった。

そんなわけで、

井上さんに親しみを覚えて、

仲よくなったりもした。


最初に「一斉支給」されたリコーダーには、

胴の腹(手前側)の部分に、

名前が彫ってあった。

三角刀のような、

鋭利な刃物で彫られた文字には、

金色の塗料が流し込まれていた。


   家

   原

   利

   明


チョコレート色の胴に、

漢字で縦書きに刻まれた金文字は、

それだけで特別なものだった。


何とかその、茶色の胴体部分を、

新しい白い笛の頭に

据えつけようとした。


無理だった。

径が、合わない。


特別だった、最初のたて笛。


失ってから、

ようやく遅れて気がついた、

小学4年生の僕でありました・・・。



真っ白な新しいリコーダーは、

よく見ると、口の部分に、

少しだけ色の濃い部品(パーツ)が

はまっていた。


少し沈んだ、暗い色のベージュ。

バーバーリーの

『グレージュ』のような色味だが。

僕にはそれが

「カスタードクリーム」に見えた。


生クリームと、カスタード。


よく見れば、

これも2色(ツートン)だと。

別に帳尻を合わせるつもりでもなかったが。

そんなようなことを、

考えるでもなく思った。


下から硬い棒などで小突くと、

「カスタード」の部分が

ゆっくりせり上がり、

やがて外れた。

外すと音が出なくなる。

けれど、洗うときに、

中まできれいに洗浄できた。

はめるときには、

付属のクリームを塗る。


白い、2色のリコーダー。


何だかかわいいやつだな、と思った。



小学校を卒業して。

私服から、

黒い学生服に変わった。


大きくなった体に

合わせるかのように。

リコーダーも、大きくなった。


ソプラノからアルトへ。

僕たちは、

大人の階段をのぼった。


ちなみにアルトは、

「女性の低音」を指す。

ソプラノは、

「女性、または、

 変声期前の少年が発する

 最も高い音域」だ。


初めて

アルト・リコーダーを見たとき。


「でかっ」


と思った記憶がある。


色は真っ白——

生クリームとカスタードの「2色」の、

お馴染みの「白」だった。


これまで見てきた

ソプラノ・リコーダーを、

そのまま『ビッグライト』か何かで

大きくしたみたいな、

変な感覚だった。


慣れというものは奇妙なもので、

中学3年間を

アルト・リコーダーとともに過ごすと、

やがてそれが

「通常(スタンダード)」になり、

大きいとも、変だとも思わなくなり、

何の違和感もなくなった。


かつて、

ランドセルに突き立てたり、

机の物入れのはしっこに

まっすぐ突っ込んだりしていた

ソプラノ・リコーダーだが。


アルト・リコーダーに変わって、

三分割に分解して、

水色のケースにしまうことも。

それが「普通」となっていた。


僕らは

いくつも直面した「変化」を、

どれだけ「戸惑い」から「慣れ」に

変えてきたのだろう。


学校という集団の中で。

成長という過程の中で。

現実という規範の中で。

自分の意思決定だけでは動かせない、

いくつもの「変化」を求められた。


「相手」は、変わってくれない。

いくら願っても、変わってはくれない。


そんな時、

「自分」が「変わる」ほかないのだ。


それは、今でも変わらない。

変わることは、変わらない。

変わらないことは、変わらない。


変わるべきはずが、

変わらなくなった時。

変わるべきはずが、

変えようとした時。

そこに、歪みが生じる。


恐竜は、

環境に順応できずに絶滅した。


執着や固執は、衰退への近道だ。

因習を捨て、変化を恐れず、

その上で大切なものを見極める。


普遍。


本質を見失わなければ、

迷子になることはないはずだ。


・・・て、何の話?


ああ、そうそう。


「慣れ」の話だったね。


そんなわけで、

ソプラノからアルトへ、

僕らは成長したっていうわけ。


ソプラノだったアルトも、

やがてはただのアダルトになって。


笛を吹くのは、口笛くらいで、

たて笛はもう、吹かなくなった。



* * * *




真新しいアルト・リコーダーを

手にした僕は、

革ジャンも脱がずに、吹き始めた。


机の上では、

今しがた買ったばかりの食パンなどが、

もの言わずにじっとしている。


もし、彼、彼女らに口が利けたなら。

おそらく、こう言っただろう。


「チーズは要冷蔵ですよ。

 10度以下でお願いします」



僕は2年くらい、

アルト・リコーダーを買おうか買うまいか、

考え続けていた。


ソプラノ・リコーダーは、持っていた。

古物屋で入手した中古品で、

小学校の時に使っていた物と同じ、

白い、ヤマハのリコーダーだ。


パソコン机のそばにあり、

作業の合間や、行き詰まった時、

ふと思い立った時など、

リコーダーを手に取り、

音を奏でる。


そう。


まさに『下手の横好き』といった風情で。

上達する気もなければ、

どこかで発表する予定も、

誰かに聞かせるつもりもないままで。

ただただ、自分が楽しむためだけに、

気ままにピイピイ鳴らしていた。


ゆらゆら帝国の

『恋がしたい」を吹いていて。


いつも1音足りなかった。


あくまで僕の

いい加減な耳での演奏だが。

どうしても足りない1音があった。


「あとひとつ、

 低い音が出たらなぁ」


そうんなことを思って、約2年。

もしかすると、もっとかもしれない。


アルト・リコーダーは、

新品で買っても、

それほど高価な物ではない。

手を伸ばさなくても、

いつでも買えるところにあった。


けれど——


「本当に、いるのか?」


「本当に、欲しいのか?」


僕は、約2年ほど、自問を続けた。


これ以上、

物が増えるのが嫌だったこともある。

買ってもすぐに

飽きるんじゃないかという懸念もあった。

誰かくれないかなという期待感もあった。

しかし、

たて笛をが欲しいとねだる行為が、

もしかすると反社会的な変態行為として

糾弾される事態へと発展するのではないかという

心配も、あったりなかったり。


そしてついに・・・。


新品の、

アルト・リコーダーを買った。


何だか嬉しかった。


すごく嬉しかった。


まるで小学、

中学校時代に戻ったような。

そんなきらきらした

ときめきを感じた。



まっさらなアルト・リコーダーは、

三分割されて、

水色の布袋(ケース)に入っていた。


記憶の中では、

ジッパーの取っ手が

リング型だったような。


『YAMAHA

 Alto

 YRA-28B III

 RECORDER:MADE IN JAPAN

 BAG:MADE IN INDIA』


と、布袋(ケース)に、

紺色の文字で記されている。


当時と違うのは、

『抗菌キャップ』が

付いていることだ。

吹き口にはめるための、付属品だ。


細かいところでは。


袋に収納する時、

頭・胴・先端部に三分割するのだが。

頭と先端部、そして胴部と、

二列に並べて収納する際、

頭と先端部をつなぐための

半透明の樹脂製部品が

新たに付属していた。


これは、当時なかった気がする。

胴には、同じ半透明の素材で、

上下、二つのキャップが付いている。


「おそうじ棒」も懐かしい。

先端の穴に、細く裂いた

ティッシュ・ペーパーを通して、

綿棒のような形状で巻きつけて、

リコーダー内部を「掃除」する。


小・中学校時代、

やたらと掃除する子もいれば、

まったく掃除しない子もいた。


古いティッシュは粉っぽくて、

花柄のティッシュはいい匂いがした。


冬場には、

温かな吐息が液化して、

末端の穴から静かに

滴(しずく)がしたたる風景を見た。


『RECODER CLEAM

(リコーダークリーム)22g』


追加で買った覚えはないのだが。

新品のリコーダーには、

かすかな油脂の香りのほかに、

ほとんど匂いのしない、

やや黄ばんだ軟膏のようなクリームが、

円いケースに入って

付属していた記憶がある。


ようやく手にした、

新品の、アルト・リコーダー。


すばらしい音色だった。


何の夾雑物(きょうざつぶつ)も、

遮蔽物も、雑音もない、

まっすぐに澄んだ音。


それは、

リコーダーの産声だった。


さっそく、

『恋がしたい』を吹いてみた。


両手の指、

十本使っていた音が、

左手三本指で鳴った。


ソプラノからアルトへ。

覚えた音の「配置」を、

もう一度ばらして、組み立て直す。


足りなかった、1音。


(  出た!)


心の中で、

感動を声にする。


上手い下手ではない。

楽しいかどうか。


中学を卒業して30余年。

音を楽しむことを、全身で感じる。


誰のためでもない。

何のためでもない。

ただ、楽しむために。


上手くなりたいわけでも、

褒められたいわけでもなく。


ただ、楽しく吹きたいだけ。


吹けた、という満足感。

楽しいな、という高揚感。


ただそれだけのために、

たて笛を拭く。


『Don't worry that its not good enough

 For anyone else to hear

 Just sing sing a song』

(他のみんなに聞かせるほど

 上手じゃなくていい

 ただ唄おう 歌を唄おう)



昔、テレビドラマで、

雅楽の奏者が音楽の講師として、

女子刑務所を訪ねる場面があった。


そこで講師は、

アニメの音楽を演奏した。

こわばっていて教室の空気が、

にわかに氷解した。


「君たちが学んでいるのは、

 『音楽』ではない。

 『音学』だ」


黒板に書かれた『音学』の文字。

その場面がずっと

忘れられなかった。



僕は、あまり器用なほうではない。


楽譜があると、それを忠実に

なぞらなければいけないという

気持ちになった。

テンポやリズムが狂わないよう、

あわててあせって、

めちゃくちゃになった。


良く言えば「真面目」。

融通の利かない、

力の入った少年だった。


たくさん生きてきて。

ようやく「楽しむ」ことを、

少し覚えた。


上手くなんて、ならなくていい。

褒められたいわけじゃない。

自分自身が楽しめるように。

楽しむためのに、やっているのだと。


楽しむということの意味が、

ようやくながら、わかってきた。


ひとつの道を極めるために、

型にはまることも大切だが。

その傍らに、

ちょっとした「横道」があってもいい。

むしろ、そんな「脇道」が

あったほうがいい。


料理も、写真も、絵を描くのも好きだ。

掃除も、洗濯も、人と話すのも好きだ。

こうして文章を書くことも、

誰に言われるでもなく、

永遠に書き続けられるほど、

好きなことだ。


それよりもっと、無意味なこと。


たて笛。


僕には趣味がなかった。


何でも極めたくなる気質なので、

楽しむ前に、追求してしまう。

もっと上手くなりたいという、

欲があった。

それは、ややもすると、

コントロールしたいういう、

支配欲に似ている。


釣りや、サーフィンなどの、

自然を相手のする趣味を持つ人が言う。


「どうにもならない

 ことがあるからこそ、

 おもしろい」


そんな気持ち。


上手くできないから、おもしろい。

上手くならないから、楽しい。

受け止める余裕、受け入れるゆとり。


それが、心の「ゆたかさ」を

生むのかもしれない。



僕は、たて笛が下手だ。


下手だけど、

まったく何もわからなくて、

混乱するほど難しくはないし、

嫌になるほど複雑でもない。

手を伸ばせば、すぐにできる。

どこにも行かずとも、すぐにできる。


そんな気軽なたて笛に、

僕はつい、夢中になる。


買い物から帰って、

革ジャンを着たまま、

卵もチーズも机に置いたまま、

気づけば窓の外は真っ暗だ。


下手の横好きのたて笛の音色は、

まぬけな蛇でも呼び出すみたいに、

ひょろひょろと怪しい音色で、

夕暮れの部屋を

とっぷりと染めた。


曲げた腕を伸ばすと、

痛かった。


分厚い革ジャンの生地が、

気づかないほどゆるやかに、

腕の関節を締めつけていたのだ。


革ジャンを脱いだ僕は、ふと、

ソプラノ・リコーダーに手を伸ばした。

吹いてみると、

軽く、若い音が、部屋に響いた。


アルトとソプラノ、

二つ並べたリコーダーは、

大人と子供みたいな感じで、

昔の自分と今の自分みたいで、

仲よしな二人の姿にも

見えなくなかった。



* * * * *



甥っ子が遊びに来た。


いつものように、

何の知らせもなく、

いきなり突然やってきた。


「今日なら

 いるかなって思って」


そんな時、たいてい僕は、

みっともない格好をしている。

その日も、

ちょうど起きたばかりで、

前の晩に握ったおにぎりを手にして、

寝巻き同然の姿だった。


甥っ子と、近況やら、

最近あった

おもしろいことやらを話しながら、

何となく時間を過ごしていた。


甥っ子が言った。


「昔、にいちゃんが教えてくれた、

 Felix Kubinの

 『Lightning Strikes』、

 Klaus Nomiのバージョンが、

 最近、お笑いのネタのバックに

 使われてたよ」


甥っ子の携帯で、動画を見た。


甥っ子に教えtのは、もう、

10年以上も前の話だが。

彼は、ずっと気に入ってくれていた。


専門学校で、

非常勤講師の仕事をしていた時。


地下の広間を使った授業で、

思いっきり大きな音で、

『Lightning Strikes』を流した。

もう、15年くらい前だろうか。


「気持ちの悪い音楽」


顔を曇らせる生徒が

ほとんどだった。

そんな中にも、


「先生、この曲、誰?」


と、聞いてくる生徒が、

ほんのわずか、ひと握りだけいた。


「めちゃくちゃいい!」


きらきらと目を輝かせる生徒は、

思えばちょうど、

甥っ子と同じくらいの年頃か。


29歳になる甥っ子は、

相変わらず僕の

くだらない話に付き合ってくれる、

心のやさしい好男子だ。


「最近、

 アルト・リコーダー、

 買ったんだよ」


僕は、

買ったばかりのたて笛を、

嬉しさあまって見せびらかす。


「ソプラノ・リコーダーは

 持ってたんだけど」


机の中から引き出す僕を見て、

甥っ子が笑った。


「その机から出てくると、

 もうほとんど学校だね」


というのも。


僕が使っている机というのが、

学校の教室で使われている、

かつてどこかの教室にあった、

あの机なのだ。


『(1)166-179㎝』


これまた古物屋で購入した、

教室机。


「たしかに。

 この机でおにぎり食べてる姿を

 そっちから見たら。

 もはや給食だね」


事もあろうに、僕は、

学校指定の

高校ジャージの下を履いていた。

廃盤になった、

古い型の学校指定ジャージが

安く売り出されていて、

格好よかったので

1着購入した物だ。


赤と白のラインが体側に入った、

紺色のジャージ。

のちに現れた、

甥っ子の友人いわく、


「パリスのジャージかと思いました」


とのことだ。


500円にも満たない、

どこの高校かもわからない、

学校指定のジャージを履いて、

学校机の前に座り、

おにぎりを頬張りながら、

リコーダーを手にする姿は、

もはや落ちこぼれの学生にすぎない。


時代にも、社会にも、

人生にも落ちこぼれた、

さんばら髪の落ち武者だ。


「見て見て、ほら。

 この机の縦の長さが、

 ちょうどソプラノの長さで、

 横が、アルトの長さなんだよ」


大小二本のリコーダーを、

縦横、机に並べる様が痛ましい。


やさしい甥っ子は、

そんな哀れな叔父を見て、

嘆いたりしない。


「本当だ、すごいね!」


と、

あたたかくな眼差して

笑ってくれる。


『Every day is a school day』

(毎日が学びの日々)


とはいうけれど。


機械で訳すと、


「毎日が学校生活」


と皈ってくる。


もはやここがどこだかわからない。

はたしてここは学校なのか。

どこからどこまでが学び舎なのか。

ここは、教室から切り離された、

落ちこぼれだけの特別教室なのか。


その答えは、

たて笛の音色とともに、

青空へと消えていく。


そして今日も笛を吹く。


誰がためでもなく、我がために。


暗い夜道、

カーラジをつけると、

こんな言葉が聞こえてきた。


「僕たちはいつも、

 何か、意味とか情報量のあるものを

 追いかけてますよね。

 けど、星って、

 情報量がないじゃないですか。

 ただじっと星を眺めるのって、

 情報量、0KBですよね。

 1日の中に、そういう時間って、

 ほとんどない気がして。

 そんな0KBの時間が、

 ゆたかだなって。

 そう思うんですよ」


一字一句、

正確な表現ではないけれど。

そんなことを、言っていた。


なるほど。


忙しく生きる現代人には、

無意味な時間が

ないということか。


僕も、

そんないい言葉で

まとめられたらよかったのだけれど。


僕のやりたいことは、

どれも0KBな気がして。


僕のやっていることは、

どれも0KBな気がして。


それでも甥っ子は、

遊びに来てくれる。


きっと0KBだから、

来てくれるのだろう。


表も裏もなく、

何の期待も約束もなく。

ただそこに僕がいて、

甥っ子がいる。


革ジャンを着た今でも、

僕らは、たて笛の気持ちを忘れない。


大人ぶったお説教より、

格好つけた理想論より、

「横道」での「道草」が好きだ。


競争でも競技でもなく、

二度とない景色を楽しみたい。


横道を歩きながらも

たしかな足取りで、

ふらふらとまっすぐ

自分の道を歩けたら。


『笛吹けと踊らず』


心が踊らなくなったら、

おしまいだから。


たとえ下手の横好きで、

楽譜どおりじゃなくっても。

音符が読めず、

楽譜すら持っていなくても。


吹けば音は出るのだから、

わくわくしながら、

笛を吹いていきたい。



< 今日の言葉 >


「フェラーリは、

 需要より1台少なくつくる」


(希少であるということ。誰もが手にで入れられるものは、本当の価値を生み出さない)


2026/01/01

ひひまひひもひひひーん





 ひひ、ひひーん。

ひひひーん、ひ、ひひーん。





 ふひひーん、ぶるるる、ひ、ひひーん。

ひひひひひーん、ひひ?





 ひひまひひ、もひひひーん、もざひます。

もひひも、もひひひ、もひがひ

もひひあげうます。




< 今日の言葉>


「おい、ロックフェラー。

 毎日同じ服だな」


(貧しかった頃、ジョン・ロックフェラーが言われた言葉)