2010/09/05

こころの洗濯







先日、友人の故郷へ行ってきた。

2つの県境にはさまれたその町は、
ぐるりと山々に囲まれた山あいの集落にある。


青空よりも青い青空と、
青々とした水をたたえる清流。

ほんの2時間半くらい北上しただけで、
こんなにも違うのか。

空気も、水も、光も。
ぜんぶ、透き通っていた。


川遊びや山登り。

満天の星空で見た天の川や流れ星。

偶然出会ったニホンザルやニホンカモシカ。

そんな話もしたいのだけれど。


今回は、
町の商店街での出来事を話したいと思う。


つづら折りの坂道の中腹。

農協などが集まる開けた場所に、
その商店街はある。

地元の酒はもちろん、
選りすぐりの酒や食品を販売する酒屋さん。

時計やメガネを扱う宝飾店。

食器や生活用品をはじめ、
業者さんが「バンセン(針金)」などを
買いにくることもある、金物屋さん。

お出かけ着から下着まで、
何でもそろう洋品店には、
文房具なども売っている。

ほかにも、魚料理の老舗や
薬屋さんなどが立ち並ぶ。


山々を望む、
全長200メートルほどの商店街。

その商店街の一角に、
年季の入った洋服屋さんがあった。


軒先から垂れた
日よけシートの奥からのぞく、
昭和テイストのマネキンや洋品たち。

一見して、
70年代から80年代の商品が目についた。

そんなこともあって。

往路のバスで見たときから、
ずっと入りたいと思っていた。







さっそく店に入って、
いろいろ商品を見て回った。

商品だけでなく、
棚やポスター、天井や床など、
どこを切っても歴史を感じる。

スマップの香取くんの、半裸のポスター。


『ハダカと君とコットンと。』


薄手の布団にくるまった写真の横には、
そんなキャッチコピーが書かれていた。

ポスターのなかの香取くんは、
ぼくの知っている香取くんよりも、
ずいぶん若い香取くんの写真だった。

つい先週、
コンサートで見た香取くんは、
たしかもっと茶色い髪をしていた。


そんなこんなで。


あれこれ店のなかを見て回っていて。

紳士物コーナーで、
ちょうどよさそうなサイズの、
デニムのベルボトムを見つけた。







おそらく70年代のものと思われる、
『BORMAN』という商標のベルボトム。

同じサイズのものが2本あったので、
とにかく試着してみようと
お店の人に声をかけた。

お昼どきだったので、
もしかするとごはんを
食べていたのかもしれないけれど。

小柄で柔和な感じのおじさんが、


「はいはい、どうもいらっしゃいませ」


と、店の奥から
にこやかな笑顔でやってきた。


「あの、これ、試着してみたいんですけど」


2本のベルボトムを手にして聞いてみると、
おじさんは、にこにこしながらうなずいた。


「どうぞ。そこの、試着室で履いてみて」


オレンジ色のカーテンで仕切られた試着室は、
半円形で、なんだかエキスポチックだった。


エキスポ70、大阪万博。

その感じが、
逆に近未来的な雰囲気に
見えなくもなかった。











1本目を履いて、外に出る。

その映像、履き心地を記憶しながら、
2本目に履き替え、再び試着室の外に出る。

明るい、自然光の下で見てみたくて、
店先まで出て行って色合いを見てみる。


試着室に戻って、
もう一度1本目に履き替える。

自然光を求めて店先へ。
またまた2本目に履き替え、
シルエットやラインを確認する。

そんなことを繰り返すうち、
汗がだらだら吹きこぼれてきた。

ただでさえ暑い、真夏日なのに。
クーラーのついていない試着室のなかは、
ちょっとした蒸し風呂のような暑さだった。


どっちにしようか。

決めかねて、おじさんに聞いてみた。


「おじちゃん。
 もし2本買ったら、どんな感じ?」


ズボンについた値札は、
もとは3,700円だったらしく、
奉仕品のシールで
1,850円にまで値下げされている。

1本1,000円だったら、
ぼくは、迷わず2本買うつもりだった。


「いいよ、日焼けもしてるし、
 2本で2,000円で」


2本で2,000円。

ということは、1本1,000円ということだ。


「本当に? ありがとう。
 じゃあ、2本ともください」


おじさんのにこやかな顔にお礼を言いながら、
ベルボトムを2本とも手渡した。



汗だくになっているぼくを見て、
おじさんは、扇風機のスイッチをパチパチと押した。

けれども、
扇風機の羽根は回らず、
ちっとも風はこなかった。

一段上がった畳の上に置かれたその扇風機は、
コンセントが入っていなかった。

だから、スイッチを押しても風はこない。

それでも、
おじさんのやさしさというそよ風が
ぼくの頬をそっとなでてくれたので、
心地よい風を浴びたような気持ちになった。


店のなかを見ていたら、
ほかにも気になるものがいろいろ出てきた。

ボタンやサスペンダーも、
ぼくが子供時代に使っていたようなものが
たくさんあった。


「よかったら持ってっていいよ。
 欲しい人に持ってってもらえたら、
 いいから」


お礼を言って、あれこれもらった。









コアラのくず入れやぬいぐるみ、
おしゃぶり人形など。
店内に飾られたものを見ると、
どうも見覚えのあるような時代のものが多かった。


ちょうどぼくが子供だったころ。
同じようなものが、家に飾ってあった気がする。


聞くところによると、
おじさんには結婚して出て行った
35歳の娘さんがいるそうだ。

35歳といえば、
ぼくと同い歳か、それとも同年代だ。


どうりで見覚えのあるようなものが多いはずだ。

娘さんの部屋にあったぬいぐるみや人形などを、
おじさんが店内に持ってきて飾ったのだと。
そう言っていた。


「お店が、さみしかったもんでね」


なんだか照れたように笑うおじさんの顔に、
少しだけ胸の奥がぎゅっとなった。

娘さんは、
それほど遠くに行ったわけではないけれど。

お店を継ぐ人はおらず、
おじさんの代でこの店をたたむという。


「ほっといても、捨てるばっかりだから」


そういって、
おじさんはボタンなどを
いろいろ見せてくれた。

試着のときも、おじさんは、
助言や意見を真剣にしてくれた。

商売ぬきの、
親戚のおじちゃんか
友だちみたいな心安さで。


ほかのお店の人たちもそうだったけれど。
みんな、すごく人がよかった。


思ったこと。

それは、
水と空気のきれいなところには、
いい人が多い。


毎日、きれいな空気を吸って、
きれいな水に囲まれて、
きれいな空気と水と土で育った
お肉や野菜を食べて。

さばさばしてるようだけど、
みんな、きれいなひとばかりだ。


自分の生まれ育った町と、
友人の、生まれ育った町。


違うところはたくさんある。

けれど、共通点もいくつかある。

慣れたり、飽きたりすることもあれば、
発見したり、刺激を感じたりすることもある。


「ない物ねだり」をするのは、
どこにいても同じことだ。

だからこそ、
いつでも白紙の気持ちでいたい。


そんなふうに、
いつになくまじめぶったことを
思ったりもして。


友人の故郷で、
いろいろなものを見て、
いろいろな人に出会って。

ぼくも、
少しは心がきれいに
洗われたのかもしれない。


心の洗濯とは、
こういうことをいうのかもしれないなと。

そんなベタなことを思いつつ。


県境の、小高い山の尾根で、
きれいな空気を吸い込みながら、
景色を眺めていたら。


近くにいた若い女の人が、
乾いた音で「ブッ」とおならをこいた。


きれいな景色のなかで、
きれいな空気といっしょに吸い込んだおならは、
お金では買えない、
ぼくのすてきなお土産のひとつと
なったのでありました。



< 今日の言葉 >

たんたんタヌキのキン肉マン

(November, 27, 2009
 イエハラ・ノーツSより)