中学生のころ、
夏休みに「プール登校日」というものがあった。
長い休みのなかで、
久々にみんなに会える日でもあるのだけれど。
あんまり(学校の)プールが
好きじゃなかったぼくは、
プールのために
わざわざ学校へ行くのはいやだな、
と思っていた。
けれども、
ぼくらは部活動(バーレーボール)で
毎日、学校にいた。
夏休み中、
終日休みだったのはお盆休みの3日くらい。
全国大会出場を目指し、
早朝から夜遅くまで
練習していたぼくらの部は、
年間を通しても
休みが5日ほどしかなかった。
「1日休むと3日遅れる」
それが、ぼくらの顧問の金言だった。
夏休み。
バレーボールは本来、
屋内で行なう競技なのだが。
午前中は、体育館をほかの部が使っているため、
炎天のもと、屋外の、運動場で汗を流した。
汗と砂にまみれて、
ぼろぞうきんのようになりながら。
昼ごろにはシャツから「塩」が吹く。
とにかく。
夏休み中、
そんな感じで毎日学校にいたため、
「プール登校日」をサボろうにも
顧問にばれてしまう。
忘れたふりで、練習に参加していても。
「おい、1組は今日、プールの日だろ」
と、顧問がちゃんと記憶している。
「海パン、忘れたんです」
などと、いいわけをしてみても。
「おい、▲▲(先輩の名前)。
海パン貸してやれ」
と、体毛の濃さで有名な、
しょっちゅうインキンにさいなまれて
股間をかいている先輩から海パンを差し出される。
あせったぼくは、
「あ、ありました、海パン。
・・・すみっこに入ってて分かんなかったな」
などと、安い芝居を打って、
しぶしぶプールに向かったこともある。
プールに行ったふりをして、
どこかでサボろうと考えたこともあるけれど。
それもなんだかさみしかったので、
実行するには至らなかった。
さて。
そんなプール登校日のある日。
全身まっくろに日焼した友人や、
ベルーガのごときまぶしい白さの友人や、
ぼくらのように、ソデ焼けで、
マレーバクのように
みごとな2トーンカラーになった
友人たちとの再会にはしゃぎしつつ。
わいわいとさわぎたてながら、
プールへと向かう。
コンクリートのプールサイドで、
体育隊形に開いて準備体操をしていると、
クラスメイトのひとりが、ぽつりと言った。
「あれ、Mッチ(仮名)は?」
「あいつ、夏休みのプールって、
いっつもこないよな」
「小学校のときも、そうだったし」
ほかのクラスメイトが口をはさむ。
「へぇっ、そうなんだ」
「そういやあいつ。
いままでプールって、入ってたかな?」
「どうだったかなぁ・・・」
「ハダカになれないわけとかあんのかな」
「すっごいとこから毛が生えてるとか」
「ジャイアンみたいな出べそかもよ」
「すっごい入れ墨が、入ってるとか」
胸を開き、腕を大きく回しながら、
ぼくらはそんなことを話していた。
シャワーを浴びて、
消毒槽に腰までつかり、
いざ、プールに入水。
はじめの5分間くらいは、
ちょっとしたサービスタイムで、
「自由」に水と戯れていい。
男子も女子も、
水につかってキャッキャと声を上げている。
そんなふうにして、
プール登校日がはじまった。
それぞれが、先生の指示のもと、
25mプールのなかを
所せましと泳いでいく。
笛の合図で飛び込んで、
25m先の「岸」まで泳いでいく。
自分の泳ぐ番を待って、
列に並んでいると、
誰かが空のほうを指差して、声を上げた。
「あれっ、いまあそこに誰かいたっ」
「どこ?」
「あそこ、体育館の屋根」
「うそだぁ・・・、
あ、ほんとだっ、なんか動いた」
「なんか光った!」
ぼくらはプールのことも忘れて、
体育館の屋上あたりに視線を集め、
じっと凝視しつづけた。
太陽光に、
きらりと光る、
無機質な物体。
ピストル、
スナイパー。
ぼくらの脳裏に、
およそふだんの生活には
登場しないような響きの、
殺伐とした「妄想」が走る。
「あ、あれ・・・・」
クラスメイトのひとりが目を細め、
何やら言いかけた、そのとき。
「何やっとるんだ、おまえら!」
先生の怒声が割り込んだ。
分かってる仲間たちは、
そんなことを先生に告げたりはせず、
黙って列に戻り、
視線だけは体育館屋上に注いでいた。
けれど、
「まじめな」クラスメイトが、
正義感たっぷりに申告した。
「体育館の屋上に、誰か人がいるんです」
その言葉に、
屋上あたりをちらりとうかがった先生は、
「そんなこと関係ないだろ、早く泳げ」
と、正直者の背中をパシッと叩いた。
順番がきて、
プールに飛び込み、
なめらかな水のなかを泳いでいく。
先で待っていたクラスメイトに追いつき、
泳ぐ手をゆるめる。
「なんだった、さっき?」
言いかけて飲み込んだつづきを聞いてみる。
「あれ、たぶんMッチだった」
「えっ、何?」
「あそこにいたの、Mッチだった」
クラスメイトは、
肩まで水につかって「かくれ」ながら、
確信にみちた顔で言い募る。
「あれ、Mッチだった。おれ、目、合ったもん」
彼の自信は、
有無をいわさぬ説得力があった。
「Mッチ・・・か。
あいつ、あんなとこで何やってんだろな。
プールも入らず・・・・」
「バズーカ砲みたいな、
でっかいカメラ、持ってた」
クラスメイトが、声をひそめて証言する。
「あいつ、たぶん、
女子の写真撮ってるんだと思う。
水着の写真を」
「ええっ」
ぼくは、何とも言えない驚きに、
声をつまらせた。
「なに、どうした?」
野球部の友人が合流する。
目撃者本人が、
詳細を話して聞かせると、
野球部の友人が声を上げた。
「この前、部室に落ちてたエロ本に、
うちの学校の、
女子テニス部の先輩の
パンチラ写真が投稿されててさ」
「あ、おれも、それ見せてもらった」
「それも、あいつなのかな・・・」
プールサイドにあがり、
たらたら話しながら歩いていると、
うしろからまたひとりが加わった。
彼は、小学校が同じということもあり、
Mッチのことをよく知っているひとりだ。
「昔っから、すごくおっきなカメラで、
電車とかの写真、撮ってた」
そんな証言を得たぼくらは、
「やっぱり、あれはMッチだ」
という確信を深めた。
そして思った。
屋上から「ターゲット」を狙う行為は、
ある意味で本気の「スナイパー」だったと。
生々しすぎて。
湿っぽすぎて。
なんだか悲しくて。
ぼくらはそのことを、
あまり口外しなかったのだけれど。
どこからか、
その「噂」はすぐに広まり、
やがては女子たちのあいだにも浸透していった。
ブルマを盗まれたことがある、とか。
体操服がなくなった、だとか。
そんな話も浮上して、
すべてを「彼」に結びつけて
考えはじめる人もいた。
冗談みたいな話題もあれば、
深刻で、笑いのかけらもないものもあった。
屋上のスナイパーと、消えたブルマたち。
それが「彼」の仕業なのかどうか。
ぼくには分からない。
けれども事実、
彼はプール登校日、
その場にいなかった。
思えば、いつもいなかった。
そして彼は、
バズーカ砲みたいなカメラを持っていた。
プール登校日。
サボらずに行ってよかったぁ。
もし、サボっていたら、
事件現場に立ち会えなかったばかりか、
ぼくも「ホシ」のひとりとして、
ブルマ泥棒の容疑まで
かけられていたかもしれない。
いや、それはないだろう。
火のないところに煙は立たない。
そうあるべきだと願いたい。
自分がもし、ブルマが欲しければ、
こそこそ盗んだりせず、
すなおに「ちょうだい」と
言ってるはずだ。
だって。
女の子から盗むのは、
ハートだけで、充分なのだから。
< 今日の言葉 >
『うほほーい、んちゃ』
(「おーい、お茶」の
ペンギン村バージョン)