2009/07/02

まいっちんぐです


「赤い髪の女の子」(2009)






小学校1、2年生のとき、
同じクラスに「みっちゃん」という女の子がいた。

ぼくは、みっちゃんが好きだったので、
学校が終わるとよく遊んでいた。

遊ぶと言っても、男子たちがするような
鬼ごっこやカンけり、サッカー、
銀玉鉄砲での撃ち合いなどという
「野蛮な」遊びはしない。

部屋の中で本を読んだり、
あやとりをしたり、リリアンをしたり。

ただただお菓子やアイスクリームを食べながら、
ぼんやりしたり、
おしゃべりしたりすることも多かった。

ぼくは「男子の遊び」も好きだったけれど、
室内で遊ぶ「女子の遊び」も好きだった。


ある日、みっちゃんの家で
いつものように遊んでいた。

マンガを読んだり、お菓子を食べたりしていると、
あっという間に夕方になった。

そろそろ帰る時間だったけれど。
みっちゃんが、観たいアニメがあるからと、
テレビのスイッチを入れた。

夕方によくある、アニメの再放送。
何だったかは忘れたけれど、
『キャンディ・キャンディ』とか
『ララベル』とかそんな感じの、
女の子向けのアニメだったように思う。


ぼくは、そわそわして落ち着かなかった。

なぜならば。


そのあとに続く番組が、


『まいっちんぐマチコ先生』


という、当時にしてはお色気満載の
青少年向けマンガだったからだ。


自分の家にいても、
親や姉に見つからないよう
こっそり観てきた番組なのに。



みっちゃんの観たがっていたアニメが、
終わりにさしかかる。

ぼくは、帰ろうか、それとも、
もう少しだけいようか、
どうしようか考えあぐねていた。


『まいっちんぐマチコ先生』は観たい。


けれど、
みっちゃんといっしょに観るのは
すごく気まずい。


いきなりチャンネルを変えるのも
よけいに怪しいし。


どうしよう・・・。


そんなこんなで6時25分
(5時25分だったかもしれない)になった。

もう、帰ろうかな、と。

そう切り出すより先に、みっちゃんが言った。


「きょう、お母さんたちおそいから。
 まだいてもいいよ」


そんなふうに言われて。


そそくさと帰れるほどの
「男気」がなかったぼくは、
畳の上でじっと体操座りをしたまま、
こくりとうなずくのがやっとだった。


時計の針が進み、
ついに『まいっちんぐマチコ先生』がはじまった。


いつもバラ色に燃えて
 この胸ときめく
 つぼみから花へ 私はマチコ〜
 ンー イエィイエィ♬


ものすごくアップテンポで
ポップな曲調とは裏腹に。


ぼくの胸は高鳴っていた。


つぼみから花へと開花するような
「ときめき」ではなく。

どうしたらいいのかまったく分からない、
非常事態を伝える警報のような動揺だ。


オープニングテーマのアニメーションには、
マチコ先生がシャワーを浴びるシーンがある。

さらには、マチコ先生の生徒である
「ケン太」と「カメくん」が、
プールで泳ぐマチコ先生の水着を
釣り竿で「搾取する」シーンがある。


みっちゃんがちょうど
「よそ見」をしますように。


その願いが通じたのか。


オープニングの冒頭、
マチコ先生が蝶々になって羽ばたいたくらいで、
みっちゃんは、
ジュースを飲み干したグラスを片づけに
台所へ消えた。


みっちゃんは、
オープニングには興味がないらしい。


おかげでマチコ先生がシャワーを浴びる場面も
落ち着いて観られた。


ひとり取り残されたぼくは、
一抹の不安を残しつつも、
ひとまず安堵して『マチコ先生』に集中した。


がらんとした和室の一角。


むしろ、自分の家のリビングより
落ち着いて観られる。

そんな気さえしてきた。


バカなぼくは、ついつい状況を忘れて、
『まいっちんぐマチコ先生』に見入ってしまった。


前半の、いわゆる「フリ」のような
ぬるいくだりが続き。

ようやく話が盛り上がりつつあるころ。

テレビの横の引き戸から、みっちゃんが現れた。


自分がいまいる場所が
どこかということすら
すっかり忘れていたぼくは、
いきなりのみっちゃんの出現に、
幽霊でも見たかのように驚いた。


驚くぼくを見て、
みっちゃんが目を細め、くすくす笑った。

だからぼくも、頭をかきながら、えへへと笑った。

ジュースのお代わりを持ってきたみっちゃんは、
ぼくの横に座ってテレビを見はじめた。


みっちゃんが、
『まいっちんぐマチコ先生』を観ている。


みっちゃんと、
『まいっちんぐマチコ先生』を観ている。


そのことだけで、ぼくの頭は
二分割にも三分割にもなって混乱した。


『まいっちんぐマチコ先生』を観ているぼくと、
『まいっちんぐマチコ先生』を観ているみっちゃんを見ているぼくと、
『まいっちんぐマチコ先生』を観ているぼくを見ているみっちゃんを意識するぼくと・・・。


部屋にはぼくと、
大好きなみっちゃんの2人だけ。


小学生のぼくにとって、
この状況(シチュエーション)は、
ピーコック・チェアに座った
「エマニュエル夫人」から誘惑される以上に
強烈な刺激だった。


みっちゃんは、
じっと『マチコ先生』を観ている。


何を思って観ているんだろう。

いま、何を考えているんだろう。


みっちゃんの横顔は
じっとしたままで、何も言わない。

舞い上がるぼくの気持ちなどよそに、
テレビの中では、
いたずらっ子の「ケン太くん」が、


「ボインターッチ!」


と脳天気な雄たけびを上げて、
両手でマチコ先生の胸を「タッチ」している。


けれど、みっちゃんは何も言わない。

マチコ先生の手が胸に行ったその瞬間、
メガネをかけた「カメくん」がさあっと駆け抜けて、
マチコ先生のスカートをパアッとめくる。

華麗なるコンビプレー。


「いや〜ん、まいっちんぐー」


両手で胸をかばい、
背中向きになって片足を上げるマチコ先生。


言わずと知れた「まいっちんぐポーズ」。


これこそ、
水戸黄門的予定調和の盛上がりどころだ。


おいコラ、ケン太! カメ!
みっちゃんの前で、
なんてはしたいないことをっ。
ぼくのほうこそ「まいっちんぐ」だ。


そんな気持ちになりながら、
ちらりとみっちゃんの様子をうかがう。

みっちゃんの横顔は、じっとしたままだった。


「もぉーっ!
 ケン太くん、カメくん、待ちなさ〜い!」


拳を突き上げ、ぷんぷんと怒りながら、
ケン太とカメくんを追いかけ回すマチコ先生。

ここまでくればもう、
今回の「お話」は終わったも同然だ。

画面が暗転して、本編の「おわり」を伝える。


それまでじっとしていたみっちゃんの顔が、
不意にぼくのほうへと向き直った。


見なれたはずの、みっちゃんの顔。


色の白い顔が、
絵のようにじっとして動かない。


ぼくにはそんなふうに感じた。


時間が止まったみたいに
長い一瞬に感じたものの、
たぶんそれは、
ぼくだけの感覚だったに違いない。


「おもしろかったね」


みっちゃんが目を細めてにこっと笑った。


「うん、おもしろかった」


バカみたいに同じことを
繰り返すだけのぼく。


なぜだか分からないけどほっとして、
ちょっとうれしかった。



そのあと、新しく注いできてくれた
オレンジジュースを飲んだのかどうか。

記憶はそこでぷっつりと途絶えている。


みっちゃんと『まいっちんぐマチコ先生』との思い出。
なぜかそんなことを急に思い出した。


古い和室の畳のせいか。
それとも、氷に薄まる
オレンジジュースの残像からか。


よく分からないけどふと急に思い出した。


ただひとついえること。


それは、いつまでも
「まいっちんぐ」を大事にしたいということ。

「まいっちんぐ」がなくなったら、
ものすごくさみしい。


やまとをのこ
やまとなでしこ
いとまいちんぐぞかし


男も女も、まいっちんぐです。



< 今日の言葉 >

『運転中 読んだメールが
 最期のメール』

(ぼくが考えた脇見運転は
 やめようキャンペーンの標語)