#31






「どうもすみませんでしたっ」


深々と土下座するA男の姿を、
細く開いた駅員室の扉の外から
じっと覗きこむ人物がいた。

いてもたってもいられず、
ついに扉を開いて入ってきた男は、
A男の手を握りしめながらこう言った。


「すばらしい!
 こんなにすばらしい土下座、
 見たことがない!」


あっけにとられる駅員たちを物ともせず、
男は熱い口調でまくしたてた。


「いや、本当に。ずっっと探していたんだよ。
 私は見つけた。ついに見つけたよ。
 実にすばらしい! エクセレントだ!」


「あの・・・」


おずおず口をはさむ駅員に、
男はようやくわれに返ったようすで、
かぶっていた帽子を手に取り会釈(えしゃく)した。


「申し遅れました。
 私、映映堂の者です」


男は、映画制作会社のスカウトマンだった。


A男の「あまりにすばらしい土下座」に魅了され、
彼は思わず飛び込んできてしまったことを詫び、
そしてA男の拘束を解いて欲しいと懇願した。



晴れて釈放されたA男は、
ほどなくして、
役名もセリフもない端役として
銀幕デビューを果たすことになるのだが。


男にごちそうになった
はんぺん入りうどんをすするA男に、
まだその現実は描けていなかった。


しかもその映画が、
諸事情で上映打切りとなり、
幻の映画としてマニアの間で
プレミアムな値段で取引されることなど
夢にも思っていなかった。


父や母、おじいちゃんおばあちゃんは
映画出演のことをすごく喜んでくれて、
地元でちょっとした
「にわか有名人」になるのであったが。


どちらにせよ、
A男の生活には直接関係のないことだった。



めでたし めでたし