「よかったらどうぞ」
席を立つA男に、
老人が目を細めた。
「ありがとう。
長旅だったもので、助かります」
いいことをしたのに
恥ずかしかったA男は、
その場を離れようとしたのだが、
それを引き留めるかのように
老人が言葉を継いだ。
「私はスポーツ用品店、
オシックスの会長をしております。
あなたにお礼がしたい。
どうか受け取ってもらえますでしょうか」
A男の手に、
新品のグローブが渡された。
「ああ、これで思いっきり野球ができる」
うれしくなったA男は、
さっそくグローブをはめて、
ふりかぶって投げた。
「ストライク!」
向かいに座った乗客が、
親指を立てる。
「Oh、ビューティフル!
百人に一人、ノーノー、
千人の二人の逸材ネ」
そう言って立ち上がった男性は、
メジャー野球、ブルー・ロビンソンズの
スカウトマンだった。
「ドーデスカ、うちの球団で
エース、やってみませんか」
新品のグローブは手になじまず、
まだまだ固かったけれど。
夢の球団入りを果たしたA男の心は、
つきたてのお餅のように
白くてやわらかかった。
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