みなさん、こんにちね。
平成のトム・ソーヤー、家原利明です。
さて、お待たせしました。
街の風物詩《家原美術館》の、中間報告のお時間です。
展示の準備/制作を進めていくなか、
そろそろお見せできない境地にさしかかってまいりました。
当日、会場でのお楽しみを
奪ってしまうことになりかねませんので、
デリケートなゾーンを微妙に避けつつ、
お見せできる部分で
なんとかご機嫌をうかがおうという次第でございます。
ということでございますので。
《家原美術館2015〜中間報告/其の2》
不便ながらも務めさせていただきます。
★
今回、会場となる現場に、
週のうちのほとんどを滞在(宿泊)しながら制作している。
現場に滞在し「生活」をするなかで、
食材を買いに行ったり、煙草を買いに出たり、
おかしを求めてさまよったり。
散歩がてら、近辺をぶらつくこともある。
近所の公園には、
たくさんの猫が居ついている。
タブって見える猫の姿に、
あまりの疲労に目がくらんだのか、
それとも幽体離脱か、分身の術かと立ち止まった。
一瞬そう思うほど、
同じ毛色の猫が各2匹くらいずつ、
同じような姿勢で丸くなっていた。
※写真がぶれてしまいましたが、7、8匹くらいの猫がいました。 |
駅前から現場へ歩くさなか、
いろいろな風景に足を止める。
あんまり道草に花を咲かせていては
仕事にならないので、
誘惑に後ろ髪を引かれつつ、
歩みを進めてはまた立ち止まる。
建物と建物をつなぐ、空中回廊 |
あみ目がいっぱい |
鋭角なアパート |
ブルーシートのパッチワーク |
アーケードに面したオープンな冷蔵庫 |
『えびお君』 |
交差点のビルの窓から・・・ |
かわいいのがのぞいてる! |
パッサージュを思わせる、西欧的風景 |
前々回の報告(其の1)でもお伝えした、
近所のストアー、各店。
チョコレートを買うならここ、とか、
『ドリトス』を買うならここ、とか。
店ごとに、客層もちがえば、品揃えもちがう。
時間帯や曜日でも、
お店の空気感や雰囲気がちがっておもしろい。
とあるストアーの風景。野菜や果物、パンやおかしや調味料、 ちょっとした衣料品なども売っています。 |
天井にはオレンジと黄色の照明器具が、交互に吊り下がっています。 |
アイスクリーム用の冷凍庫には、 麺類がいっぱい入っています。 |
その下、手前のスペースには、冷凍食パンが入っています。 |
お店の奥がお肉屋さん、その右手が魚屋さんです。 |
そこで買った、パンの詰め合わせ。 |
袋を開けるまで、何パンなのか分かりませんでしたが。 |
マーガリンと、クリアな黄色いクリーム。ですが・・・。 |
マロンのような、そうじゃないような。 結局、食べてみても何味か特定できませんでした。 |
とあるスーパーマーケット。 |
従来のお店の横に新設された「新売り場」。 洞窟探検的な、アミューズメント性ただよう外観です。 |
その反対側(スーパー入口の左手)、 駐車場のわきでは衣料品を販売しています。 |
店内の風景。 |
なんとなく、海外のスーパーマーケットを連想させます。 |
履き物屋さん |
そこで買ったゴム草履 |
ぼくはおかしが大好きなので、
それを知る人たちが、たくさんのおかしをくれる。
本当に、ありがたい話です。
この場を借りて、ごちそうさまです。
おいしくいただいております。
関東から送っていただいた、夢の箱。 |
中には、おかしがぎっしり。 |
こちらも頂き物。 |
おかげで現場の冷蔵庫の冷凍室が、 夢のような空間になりました。 |
★
さて。
このままでは遊んでばかりいるようで、
幾分きまりが悪いので、
ほんの少しだけ「仕事」の部分もお伝えせねばなりますまい。
現場へ下見に来たとき、
入口を入ってすぐの通路に「タイヤ」が置かれていた。
現場に通う期間中に、
ときどきなくなったり、また置かれていたり。
どうやらそこは、タイヤ置き場となっているらしく、
タイヤがなくなることはなさそうだ。
会期が始まったとき、
通路にタイヤが置いてあったら具合が悪い。
けれど、
タイヤが置いてあること自体は悪いことではない。
ということで、
この「タイヤ問題」を解決すべく、
家原は、すっくと立ち上がったわけでございます。
建物の入口を入ってすぐに、タイヤがありました。 |
通路の階段に、タイヤがひとつ。 |
階段下の収納スペースに3つで、計4本。 見たところ、階段下には、 どうしても3つしか積み込めないようすでした。 |
収納スペース、タイヤが積まれた下には、 謎の機械の姿が見えます。 |
動いている(稼働している)のかいないのか、それは分かりませんが。 機械を動かす(移動させる、という意味で)わけにもいかないので、 どうにかならないか、いろいろ考えてみたわけであります。 |
まずは既存の「棚」を解体してみました。 |
奥にはいろいろな物が積まれていました。 |
それらをいったん外に出します。 |
ほうきで掃くと、枯れ葉や塵(ちり)とともに、 「星座キャンディ」の空き袋がわさわさと出てきました。 |
階段下に眠っていた物たち。 |
「ねこ(一輪車)」も出てきました。 これでお砂場遊びなんかの運搬仕事がはかどります。 |
収納スペースのすみっこに、まるっこい石がありました。 |
何やら「石の意思」のようなものが伝わってきたので、 これは動かさないほうがいいのだと感じました。 |
いったん出した物たちを、再び収納。 テトリス方式ですきまに並べます。 |
その上にベニヤ(1,250×755ミリ)を敷きます。 手前に見える「脚」は、ちょうどここにあった鋳物(いもの)が 役に立ってくれました。 |
奥にひとつ、手前にひとつ、タイヤを置きます。 |
そしてその上に、またひとつ。これで3つ。 |
そして4つ目。タイヤ4本がきれいに収まりました。 これで「タイヤ問題」は解決です。 |
台の角をアール(丸く)削り、「やさしさ」を表現。 見た目の話ではなく、積むときに脛(すね)をぶつけないように、 という「やさしさ(配慮)」の表現です。 |
目隠しのためにカーテンを取りつけます。 カーテンなら、タイヤの出し入れのときにもじゃまにならないはずです。 |
入口通路の「タイヤ問題」。 見た目 的にも気持ちの上でも、すっきり解決いたしました。 |
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」
(sugitaru-wa-nao-oyobazaru-ga-gotoshi)
ということで、
ちょうどいい「適温」を探り、
ひねり出した方策ではあれども。
「我が輩は一体何をやっているのだ」
という自問自答(ジレンマ)と
折衝(せっしょう)しながらの作業でありました。
会期が始まりますれば、
お客さまを迎えるわけでありますから。
そう思うとやはり、
すっきりさせておくべき事案なのでございます。
そうして制作(または作業)の日々がつづき、
日が暮れ、夜も更けてきたころに。
静かな夕べ、ひとり読書にふける時間もありまする。
何十年ぶりかに読んだ『トム・ソーヤーの冒険』。
「ハウス食品劇場」世代のぼくは、
アニメ『トム・ソーヤーの冒険』が大好きだった。
その勢いで、マーク・トウェイン氏の原作も読んだし、
続編的な存在の『ハックルベリー・フィンの冒険』も読んだ。
(ちなみに「マーク・トウェイン」というのは本名ではなく筆名で、
和訳すると「水深二尋」となるらしく、その意味は、
「蒸気船が座礁せず安全に航行できる限界の水深」
だということを、あとがきを読んで今回初めて知った)
小学校3年生のころ、
母と姉と東京の叔母さんといっしょに
まだできたばかりのディズニーランドへ遊びに行った。
当時はまだチケット式で、
AとかBとかCとか、
乗り物(アトラクション)ごとにランクが分かれていて、
冊子状になったチケットから
使うたびに各券を切り離される方式だった。
「トム・ソーヤーのいかだ」に乗りたくて、
まっさきに向かったアドベンチャーランド。
景色や造形、その世界観にときめいた。
いかだや蒸気船が走る緑色の池の水が、
苔っぽいような「緑色の」においだったのがすごく印象に残っている。
トム・ソーヤー好きの延長なのか、
それとも、もともとだったのか。
海賊好きでもあったぼくは、
「カリブの海賊」に、ものすごく興奮した。
乗り物から降りてすぐのおみやげ売場では、
海賊の帽子や海賊の旗をはじめ、
ずいぶん高そうな重たい銃まで、
両手いっぱいの海賊グッズを買ってもらった。
まるで自分が
海賊の一員にでもなったかのような高揚感とうれしさで、
地面から数センチ浮き上がった気持ちで歩いていた、
そんなとき。
夢から覚めるような現実。
興奮のあまり、
手に握っていたはずのチケットを
カリブの舟の上に置いてきてしまったことに気がついた。
段差で、がくん、となる前までは
しっかり手に握っていたのに。
気づいたときにはもう遅く、
ぼくはしゅんとうなだれた。
すると東京の叔母さんが、
「わたしはもう乗らないから」
と、ぼくにチケットの束を差し出した。
躊躇(ちゅうちょ)するぼくと遠慮する母。
「いいのいいの。もう、ねえちゃんは、満足したから」
叔母さんは、自分のことを「ねえちゃん」と呼ぶ。
母に遅れて、
うながされるようにしてぼくもお礼を言って、
まだかなり分厚いチケットの束を受け取った。
乗り物に乗るたび、
アトラクションに入るたび、
子どもなのに「ADULT」と書かれたチケットを出す気まずさと、
何だか分からない罪悪感のような
詐称(さしょう)しているような気分にさいなまれつつ。
係の人が「あれ?」という感じで
チケットとぼくを交互に見るたび、
怒られるんじゃないかとひやひやしていたのだけれど。
「いいのいいの」
と、ぼくの背中を押してくれた叔母さんは、
「この子、チケット落しちゃったから、
わたしの譲ってあげたの」
その都度、わざわざ説明してくれた。
苦くてすっぱい思い出と、叔母さんのやさしさ。
トム・ソーヤーを読んでいて、
ふと、そんなことを想起した。
5月5日、こどもの日の朝。
朝食のあとに読んだ『トム・ソーヤーの冒険』で、
第19章に涙する40歳のわたくしは、
しばし遅れてひとり、
その現状に苦笑いしたのでありました。
小学3年生で『ADULT』のチケットを使っていた
早熟なわたくしではありますが。
いったい自分がどこに向かっているのか。
それすら分からぬわたくしは、
平成のトム・ソーヤーを目指して
がんばろうと思ったわけであります。
とか言いながら、
見た目が平成のハックルベリー・フィンにはならないよう、
しっかりやりたいと思っております。
ちょうど時間となりました、
またの機会をごひいきに。
次回は『食うか食われるか、激闘編』を
お送りする心づもりでおります。
※運営上の都合により、天候・気象状況などでやむをえず運行を停止させていただく場合がございますのでご了承ください。
それでは、みなさま。
次回の報告もどうぞおたのしみに。
では!
・家原美術館2015〜中間報告・其の1
・家原美術館2015〜中間報告・其の3
<今日の言葉>
「なかったものは、やってこい! あったものは、ここにいろ!」
(『トム・ソーヤーの冒険』より)