2010/07/14

遠足前のマンモスうんこ


小学3年のころ。
秋の遠足の、前日のことだ。


遠足のおやつを買いに、
学区内一の品揃えを誇る駄菓子屋、
「太田屋」へ行った。


駄菓子を食べたり、くじを引いたり、
ガチャガチャをやったり、ゲームをしたりと、
太田屋は、ぼくらにとってまさに「天国」のような場所だった。

ぼくは太田屋に、
それこそ毎日のように足を運んでいた。

いうなればぼくは、
「ビックスポンサー」の部類に入る顧客だったに違いない。



この日も。
学校から帰るとすぐ、
100円玉を数枚ポケットに入れて、太田屋へ向かった。


店の前は、ガキどものチャリンコであふれかえる。
5段切替とか、BMXとか、
女兄弟のお下がりのチャリンコを無理やり男っぽい色で塗装したやつだとか。
デコデコしたガキっぽいチャリンコが、
無秩序につらなっている。


遠足の前日は、
いつもにもまして「小さなお客」でごったがえす。


普段、太田屋にこないような女子の姿も、
この日ばかりは見れたりするから新鮮だ。


「あー、買い食いしてるっ。帰りの会で先生に言うからね」


などというおせっかいな女子も。
この日ばかりはなんだか「共犯者」のような顔つきで、
口もとに歯科矯正のブリッジをのぞかせて、ぎこちなく笑う。


そんなふうだから。


遠足の前の日は、
早く店に行かないと「いいお菓子」がなくなってしまう。


人ごみをかき分け、急いで店内に入る。
と、店のなかには、
袋いっぱいのカレーせんべいを手にしたモリオがいた。


「なんだ、おまえ。
 カレーせんべいばっかり買ったのか?」


遠足のおやつは、200円まで。


モリオの手の袋には、
何十枚ものカレーせんべいがぎっしりつまっている。

どう見ても予算オーバー。
そうなると、おやつの時間は、
カレーせんべいだけを食べつづけないといけない。

するとモリオは、
変声期前の、太っちょ特有の甲高い声で、
やや誇らしげに言った。


「くじ、当たったんだもん。1等が」


カレーせんべいは、くじでその枚数が決まる。
1回30円。はずれは4枚。
たいていは「はずれ」で、
1等なんて当たったことはない。
当たったやつも、それまで見たことがなかった。


1等は50枚。

モリオはその1等を引き当てたのだ。


いままで見たこともないような大袋につめこまれた、
50枚のカレーせんべい。

おかげでカレーせんべいの容器が、
からっぽになっていた。

得意顔のモリオに、
ぼくは賞賛の言葉ではなく、
カレーせんべいがなくなったことへの
呪詛(じゅそ)を投げつけた。


「だって、当たったんだもん、1等が」


先と同じ言葉を、
甲高くてもやや心細そうな声で、ぼつりとこぼすモリオ。

せまい店内。
それを聞きつけた太田屋のおばちゃんが、


「まだあるから大丈夫だって。いま、新しいの出すから」


と、眉をひそめて、
新しいカレーせんべいの容器を奥から持ってきた。

そんなわけで、
ぼくもカレーせんべいのくじを引いた。


結果は「はずれ」だった。


モリオにひとつ、舌打ちしながら、
ぼくは「はずれ」のカレーせんべいをバリバリとほおばった。


ぼくのポケットには、
ジャラジャラと小銭で800円くらいは入っていた。

とにかくいろいろお菓子を買って、
遠足のおやつにするかしないかは、
家に帰ってから選ぶつもりだった。

はずれたカレーせんべいは、
家に帰るまでもなく、
その場でその日の「おやつ」になった。


ほかにも、
ウイスキーのボトル型の容器に入ったミンツのくじとか、
串に刺さったカステラのくじとか、
おやつにはとうていならないガチャガチャなどで
さんざん散財して。

ようやく『うまい棒』とか『フルーツマンボ』とか、
「遠足のおやつ」として戦力になるお菓子を買い集めていった。

実は、その日までに、
『メロディポップス・キャンディ』とか、
たしか登場したばかりの『エム・アンド・エムズ・チョコ』とか、
『チップスター』だとか、そんな「高価な」お菓子ばかりを買っていた。

母の買い物についていったついでに、
あれこれとカゴにしのばせたものだが。


遠足のおやつは200円まで。


エム・アンド・エムズ・チョコだけでもすでに、予算オーバーだ。

ぼくは、計算のできないバカなので、
持っていきたいお菓子は全部、リュクサックにつめていた。
先生にそれをとがめられても、


「家にあったおかしだから、買ってないからタダ(0円)だ」


と言い張った。

まったくもって、ヘリクツボーイだ。



さて。



ここからがようやく本題。



アルボース石けん水のような緑色をした炭酸飲料、
『チェリオ』のメロン味を飲みながら。
太田屋の前で、クラスメイトと駄菓子をほおばる。

バニラ味の『ホームランバー』を、すっかり棒にしたころ。

お菓子に飽きたぼくらは、
うろうろとあてもなく歩きはじめた。

太田屋からほんの少し離れた、用水路のわき。

ちょうど道路から死角になったその場所に、
どす黒くて巨大な塊があった。


それは、まぎれもなく「うんこ」だった。


人糞。

それと分かったのは、
塊のすぐそばに、
茶色く汚れたティッシュ・ペーパーが落ちていたからだ。


ものすごくでっかい人糞。


いったい誰が、どんなふうにしてしたのか。

いったい何があったら、こんなのが出るのか。


ネコほどもあるように見える、
巨大なうんこの「山」を前にして。

遠足の前日ということも助けてか。
それを発見したぼくらは、異様なまでに興奮した。


「うわー、でっけー」


「すっげー」


「これ、にんげんのかなぁ」


まるで世紀の大発見をした考古学者のような高揚ぶりで、
そこにいる誰もが大声を上げ、はしゃぎ、
バカみたいに腹を抱えて笑っていた。


「これは、マウンテンうんこだ」


「いや、マンモスうんこだ」


「たしかに、マンモスうんこだ」



みなが口々に「マンモスうんこ」と連呼して、
また新たな笑いに火がついた。


そしてぼくらは、「そいつ」を
なんとかしてやっつけなくてはならない使命に駆られた。


発見者であり代表者であるぼくは、
勇気を出してその「マンモスうんこ」に近づき、
じっくり観察してみた。

外側は、すっかり黒く変色し、
カチカチに固まっている。

それでもまだ「芯」までは、
完全に乾ききっていないはずだ。


さっきまで食べていたアイスクリーム。
幸か不幸か、ぼくらは、
アイスの棒を口にくわえたままだった。


アイスの棒。

これが、この「事件」の、
そもそものはじまりだった。



ぼくは、くわえていた棒を手にし、
マンモスうんこへと、おそるおそる近づけた。

黒くて固いそいつの皮膚に、
アイスの棒を突き立てる。


けれども、まったくびくともしない。


天日を浴びた表面が鎧(よろい)と化して、
アイスの棒を受けつけようともしなかった。


強敵だ。

どうしよう。


一瞬ひるみかけたぼくだったけれど。
クラスメイトの悲鳴、歓声に後押しされ、
先ほどよりも鋭利な角度で、力を込めて棒を突き立ててみた。

この方法は、諸刃(もろは)の剣でもあった。

棒を短く持ち直し、力を込めて突き立てた分だけ、
勢いよく表皮を突き破ってしまったときには、
勢いあまって、棒を握った右手もろとも
マンモスうんこに突っ込んでしまうリスクがあるからだ。


息をのみ、ふるえる右手を左手で支える。


棒がぐぐっと表面にめり込み、緊張が高まる。


時間までもが固まったかのような沈黙。


ぼくも、そいつも、クラスメイトたちも、
誰もがみんな、沈黙していた。


と、


表皮の硬い手ごたえが一変、
やわらかな感触になり、
アイスの棒がずるりと飲み込まれた。


やった。


どす黒い表皮の奥から、
黄色がかった、
やわらかく若々しい層が顔をのぞかせた。


クラスメイトたちの歓声。


「よし、もう安全だ」


そう言わんばかりに、
達成感に満ちた顔を向けると、
みんながわーっと近づいてきた。


「すげー、マンモスうんこ!」


「うわー、すっげー」


獲物であるマンモスうんこを、
それぞれ口にくわえていたアイスの棒やら、
そこらに転がる棒切れやらで突っつきはじめた。


やがて。

偶然でもなく、必然的な結果として。


うんこのついた棒切れの先を
つくかつかないかの距離にかざして追いかけあう、
決死の鬼ごっこがはじまった。

ぼくらは本気で逃げて、
笑いながら相手を追いかけ回した。


そんなふうにしてはしゃいでいるうちに。
どこかでぼくらの「箍(たが)」が外れてしまった。


つけそうでいて、
決してつけることのない、
安全圏の鬼ごっこ。

そんなぬるいスリルで
追いかけ回すことに飽き足らなくなったぼくらは、
アイスの棒の先についたうんこを、
べっとり、ブロック塀に塗りつけてみた。


何だか分からないけれど、
ものすごく、おもしろく感じた。


次は、石垣に塗りつけてみた。

それを見たひとりが、
おもしろそうな顔で近づき、それに加わる。


そうやってひとり、ふたりと、
この新しい「遊び」の輪が広がっていった。


遠巻きに見ていたみんなも、
次々とその遊びに加わりはじめた。

用水路の壁、コンクリートの地面、カードレールの裏側・・・と。
いろいろなところに塗りはじめ、
塗りつける量も、場所も、徐々にエスカレートしていった。


裏通りから、人通りの多い道路に出て。
ついには看板や電柱にまでうんこを塗りたくりはじめた。

アイスの棒でマンモスうんこを削っては、
壁面や地面に塗りたくる。

そんなことを繰り返すうち、
ぼくらは笑いが止まらなくなった。



興奮絶頂のさなか。


ドスの利いた、怒声が轟いた。


ぼくらはうんこを塗りたくる手を止め、
声のするほうを向いて身構えた。

見ると、床屋の店先から、
白衣を着たデザイン・パーマのおっさんが
ぼくらをにらみつけていた。


理容室「ホワイト」。

その店先の電柱には、うんこがべっとりついている。


「やばい、逃げよう」


そう言うか言わないかのうちに、
床屋のおっさんが、
鬼のような形相でぼくらを射止めた。

いっしょにいたリュウちゃんが、
泣きそうになりながら言った。


「ぼく、あそこの床屋でいつも切ってるから。
 だからたぶん、ぼくってバレてると思う・・・」


見渡すと、さっきまでいたはずのほかのみんなは、
いつのまにか、すっかりいなくなっている。


仕方なく、
ぼくらは「ホワイト」に向かってとぼとぼ歩き出した。


そして、床屋のおっさんにこってり叱られた。


ホワイトのおっさんは、
本当に、ヤクザかって思うくらい、
本気で怖い怒りかただった。


まさか子供相手に、
そこまで本腰入れなくてもいいのに。
そのときは、そんなふうにも思ったけれど。

店先の電柱に、
くっさいうんこをべっとり塗りたくられたら、
誰だって猛烈に怒るに決まっている。


ぼくのとなりでリュウちゃんは、
ぼろぼろと大泣きしていた。

ぼくは、いつも叱られてばかりだから、
少しだけ、怒られるのに慣れていた。


けれど。


「明日は遠足行かずに、おまえらは掃除だな」


そうホワイトのおっさんに言われたとき、
全身から血の気が退いていきそうになった。


明日、遠足に行けなかったらどうしよう。


エゴイスティックで利己的なぼくは、
初めて頭に「反省」という文字が浮かんだ。


「ごめんなさい」


泣きじゃくるリュウちゃんといっしょに、
ぼくらは深々と頭を下げた。


外が少し薄暗くなりはじめて。

こってり油をしぼられたぼくらは、

「よし、もう帰っていいぞ」

と、ようやく解放された。

そう思ったのだけれど。


「リュウイチ、おまえはダメだ。おまえは残れ。
 いまから家に電話するから。
 お父ちゃんお母ちゃんに、しっかり怒ってもらえ」


他人ごとながらも、
「え〜っ」と声を上げたくなる展開だった。


涙涙のリュウちゃんは、
その夜、そうとうがっつり叱られたそうな。



翌日。


ぼくらは無事、遠足にでかけた。

何も気にせず、もう済んだこととして
たのしく秋の行楽を満喫したのだけれど。


ぼくらが遠足にでかけているその日。

校長先生、教頭先生のふたりが、
床屋のホワイトをはじめ、太田屋やそのほか
迷惑をかけた近隣の人々に頭を下げて回ったと。
あとで担任の先生に聞かされた。

頭を下げて回ったあと。

校長と教頭、自らが、
あちこちにべっとりついたうんこを
掃除して回ったと聞かされたときには、
さすがに身の縮む思いがした。

小学校の2トップであるふたりが、
背広の腕をまくって、
デッキブラシやタワシで、ごしごしと。



本当に、すみませんでした。



うんこを見つけたのもぼくですが、

アイスの棒につけはじめたのも、

鬼ごっこをしかけたのも、

壁とか電柱に塗りはじめたのも、

ぜんぶぼくの仕業です。




迷惑をおかけしたみなさまへ。


本当に、申し訳ありませんでした。

もう二度と、道ばたに落ちているうんこを見つけても、
壁とか電柱とか看板とかに塗りたくるようなことはいたしません

たとえそれが、見たこともないくらい大きくても、
決して棒で突っつくようなことはいたしません。


本当に、すみませんでした。




< 今日の言葉 >

(か)考える(き)記録する(く)工夫する(け)計画する(こ)行動する

( 甥っ子の授業参観で、教室に貼ってあるのを見た『かきくけこ学習法』)

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