2019/11/01

郵便配達員の憂鬱










☆ ☆ ★





ある晴れた昼下がり。

赤いスクターにまたがった男は、

小さな吐息を漏らした。



「どうしちゃったのかな。

 最近、ちっとも来ないな」




男の仕事は、

郵便局に集められた郵便物を

それぞれの宅に届けること。


つまり、郵便配達員。



雨の日も、風の日も、

燃えるような炎天、夏の日も、

雪の降りしきる真っ白な日にも。

50ccのスクターにまたがり、

郵便物を配達するのが

彼の仕事だ。




仕事上、本来ならば

郵便物の宛名や住所以外に目を向けたり、

興味を抱いたりしてはいけないのだが。


彼には、気になることがあった。






☆ ★ ★





石岡マキさんへの手紙—

瓜生(うりゅう)太郎さんから、

石岡マキさんへ宛てた手紙。



つい数ヶ月前には毎週、

瓜生太郎さんから石岡マキさんへの手紙、または封書が、

少なくとも必ず1通はあった。


それなのに。


最近、めっきり来なくなった。



もう、どれくらいだろうか。


石岡マキさんへの手紙が、来なくなった。



「どうなっちゃんだろう・・・」



家主である石岡マキさんは、

いまだそこに住みつづけている。


郵便物はこれまで通り、

何通か配達している。



けれども。



忙しいのか、

最近、石岡マキさんの姿すらも、

あまり見かけなくなった。


もしかすると、

長期の出張か、旅行かもしれない。




「どうしちゃったんだろう・・・」



彼のため息は、

スクターのアクセル音にまぎれて、

力なく消えた。


配達業務を進めながらも、

彼の頭の片隅にはそのことばかりが

ぐるぐるぐるぐる回りつづけ、

どんどん大きくふくらんでいった。




彼がこの手紙に興味を持った理由


それは、差出人の

「瓜生太郎」という名前のせいもあった。


「瓜生(うりゅう)」という姓は、

希少というほどめずらしい苗字ではないのかもしれないが、

彼にとっては馴染みがなく、

初めてあつかう苗字だったこともある。


少なくとも、

ここら辺では目にしない、

めずらしい苗字である。


ともかく彼の目には、

瓜生太郎という名と、

その筆跡が、なんとなく焼きついていた。



もうひとつの大きな理由。


それは、

郵便物を配達したとき、

石岡マキさんがいつも大よろこびしていたこと。

その姿が、あまりにもつよく残っているせいだった。




手紙が届いて、

うれしそうに受け取るその姿。


手紙を心待ちにしているそのようす。


スクーターの音で

室内から素足のまま飛び出してきて、

玄関先ですぐさま開封して

手紙を読みはじめるその姿。


ときには、

2階から駆け下りてくる足音が

玄関先まで聞こえることもあった。



瓜生太郎氏からの手紙。


きらきらした目で、

あふれんばかりのよろこびを

全身であらわすその姿に、

いかにその手紙が

石岡マキさんにとって大切なものかを、

ひしひし感じ取っていた。



心の底からよろこぶ

石岡マキさんの姿に。

いつしか彼も、

石岡マキさんに手紙を届けることが

たのしみになっていた。



今日か今日かと

毎日待ち焦がれる石岡マキさんに、

待ち人である、瓜生太郎さんからの手紙を届けること。


それは、

彼の義務でもあり、

特権でもあった。



「こんにちはー!」


郵便を配達する彼に、

石岡マキさんが元気な声で

あいさつする。


郵便配達中の彼は、ひかえめに、

ぺこりと小さく頭を下げる。


「今日は来てますか?」


元気な声でたずねる石岡マキさんに、

ほかの郵便物を渡したり、

あいさつするだけの日もあったり。


「わー、やったぁ、うれしー」


ぴょんぴょん跳ね回るようにしてよろこぶ石岡マキさんに、

待望の手紙を渡す日も、

曜日こそ不定だったが、週に1度は必ずあった。




どれくらいの期間だっただろうか。


瓜生太郎さんからの手紙を配達していた日々。


そこには、

満面の笑みで飛び跳ねる、

石岡マキさんの姿があった。




その、うれしそうな姿も、

まるで見られなくなってしまった。



「どうしたのかなぁ。本当に・・・」



彼の心配をよそに、

日付はたしかに、前へと進んでいった。





★ ★ ★





暑かった季節もすっかり涼しくなり、

朝夕はめっきり冷え込むようになった。


そんなある日、

配達中の彼が、石岡マキさん宅の前を通りがかると、

石岡マキさんの家から出てくる

見知らぬ男性の姿が目に入った。



「そうか・・・引っ越したのか」


彼は何も考えず、

そう思った。





さらに幾日か日にちが経って。



配達鞄を手にした彼は、

久しぶりに見た石岡マキさん宛ての手紙に

なつかしさのような、

安堵のような、

不思議な感覚を抱いた。


差出人こそ

瓜生太郎氏ではなかったものの。


石岡マキさんの安否が確認できたような気がして、

彼は少しほっとして、

自分でも気づかぬくらいに頬をゆるめた。





それから幾日か経った、

ある晴れた昼下がり。



すべての謎が、解決した。

すべての不安が、きれいさっぱり払拭された。




「なるほど、そういうことだったんだ」



彼は、まるで誰かに話すような声で、

大きくひとりごちた。




石岡マキさん宅の住所が書かれた、1通の手紙。

その手紙の宛名には、こう記されていた。



『瓜生マキ様』





彼は、誰かに言いたかった。

この話を、この物語を。


毎週1通届く、彼女宛ての手紙。

ぴょんぴょん跳ねてよろこぶ彼女の姿。



彼女の苗字が、

石岡から瓜生に変わった。



「そういうことだったんだな」


郵便配達員の彼は、もう一度、

言葉にして自分に聞かせる感じで

はっきりと声に出した。


そして、心のなかでつぶやいた。



「おめでとうございます」





彼の仕事は、郵便配達。


郵便局に集められた郵便物を、

それぞれの宅に届けること。


それが彼の義務でもあり、

特権でもある。




赤いスクターにまたがり、

郵便物を届ける彼に、

手をふる姿が目に入った。


かつての「石岡さん」が、

瓜生さんとふたりで手をふっている。


その顔は、

手紙を受け取るときとおなじような、

きらきらしたうれしい笑顔だった。



「よかったですね。おしあわせに」



彼は、聞こえないほどの声で

ひそやかにつぶいやいて、

ぺこりと小さく頭を下げた。



もう、石岡マキさん宛ての手紙を

配達することはなくなった。



バックミラーに映る、ふたりの姿。


そのうれしさに、

彼はちょっとだけ胸を張って、

スクーターのアクセルを回した。



山田さんちのレオンが、

わんわん鳴いている。


中村さんちのハルさんが、

庭の植木といっしょに日光浴している。


東の空には、

細い雲がたなびいている。


暑くもなく寒くもない、

よく晴れた昼下がり。



今日はすごく、

夕焼けがきれいになりそうだ






< 今日の言葉 >


「なまをやめんなよ!」

(「山をなめんなよ!」と言おうと勢いいさんで、言いまちがえたときの言葉)







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