2012/09/07

家原美術館だより #1


こんにちは。

《家原美術館》副館長の家原利明です。


家原利明  展覧会《家原美術館》、
開館です。


9月5日(水)から9月17日(月祝)まで、

期間限定の開館です。

※うち、9月10日(月)は休館日

お見逃しのないよう、
お早めのご来館お待ちしております。

※詳細はこちらをご覧ください。



「こんなの、いままでに見たことない」


そんな声を聞いたとか聞いていないとか。

とにかく、
見なければ二度と見ることができないものなので、
是非ともその目で、おたしかめください。








《家原美術館だより #1






家原美術館、初日。

知った顔や初めましての人たちなど、
いろいろな人たちが展示をたのしんでくれて。

たくさんのいいお話も聞けて、
ありがたい1日をすごせた。


まもなく日が傾きかける、そんなころ。

ひとりのお客さまが、
《お名前書いて帳(芳名帳のようなものです)に向かって
じっと座っていた。

何か迷っているような感じだったので、
ぼくは、そのお客さまに声をかけた。


「よかったら、らくがきとかしていいよ」


お客さまの、歳のころは小学校低学年くらい。
彼女は、ひとりで会場に来ていた。


最初は、もじもじと遠慮がちにしていたものの。
少しずつ気をゆるした女の子は、
どんどんと新しいページを使って絵を描きはじめた。

見ると、なかなかいい感じの絵がいくつか描かれていた。
知らぬまに、ぼくの姿をしっかり観察して、
特徴をとらえたぼくの立ち姿の絵まで描いてくれていた。


それが終わると「ひとりかくれんぼ」がはじまって。
だんだん距離をつめながら近づいてきて、
ようやくぼくの横にちょこんと座った。

そして、
ぼくの作品集をパラパラめくりながら、
絵を指さして、

「じょうず」

「これじょうず」

と、採点してくれた。


そしていつしか、
畳の部屋で「手押し相撲」をするまでになっていた。

勝負の前に、


「ゆびわ、はずしてよ」


と、7歳の女の子が、
まるで玄関口で結婚指輪をはずさせる愛人のような口調で
大人っぽく言った。



ついには、
元気なガキ特有の、


「どこまでやったらおこるのかな」


といったふうに、
さぐりを入れるような感じの「蹴り」や「パンチ」が炸裂する。


「Tシャツに《KISS  MARK》って書いてあるけど。
 ぜんぜん反対のことやってるよね」


もちろん、女の子には通じることもなく、
気にせずパンチをつづけてきた。


そういうのはあんまり好きじゃないので、
ぼくは、彼女の手を持ち、
足ばらいで倒したりしながら、


「おれのほうが強いんだぞ」


という格のちがいを(ガキ相手に)見せつけた。

おかげで乱暴なことは
しなくなったものの。


「ねえ、これちょうだい」

とか、無理なおねだりをしたり、
あきらかに嫌がりそうなことをしたりする、


「どこまでのわがままが許されるか」


といった「甘え」の態度に変わっていった。


「ねえ、これちょうだい?」


女の子が『パーラービーズ』の人形をつまんで言った。


パーラービーズ。

カラフルな短いパイプ状のものを並べて
アイロンで溶かして、
アクセサリーやキーホルダーなんかをつくる、
子どものおもちゃ。
通称で「アイロンビーズ」とも言う。


その『パーラービーズ』でつくった「人形」が、
《お名前書いて帳用のペン立てについている。

ぼくのつくった「作品」のひとつだ。


「それはあげれない」


「ちょうだい」


「じゃあ明日、別のやつ持ってきてあげるよ。
 それでいい?」


いい絵を描いてくれたお礼に、
と思ってのことだった。

ぼくの答えに、女の子がこくりとうなずいた。





そんなこんなで、
女の子といろいろ話をした。



その女の子は7歳で、
小学2年生。
ひとつ上に、お兄ちゃんがいる。


お昼に食べたの給食の献立は、


「パンと、チーズのかかったやつと、
 あと、ぶらまんじゅ」


「え、ぶたまんじゅう?」

と、思わず聞き返すぼくに、


「ブラマンジェ」

と、女の子が分かりやすく言い直した。


「ブラマンジェって、デザートの?
 ブルーベリーソースとかがかかってるやつ?」


「そう」と、女の子がうなずく。


まさか給食に「ブラマンジェ」なんていうものが
出てくるとは思っていなかったぼくは、
まるでおじいちゃんのような気持ちになった。

「ブラマンジェ」を「ぶたまんじゅう」て。

自分自身に思わず失笑した。

最近の小学校の給食事情を知らないぼくは、
ほへー、と感嘆の息をもらした。


女の子の話のつづきに戻る。


好きな科目は「体育」。

彼女は20万円の貯金があって、
お兄ちゃんは19万円の貯金があるそうだ。


「ほしいものとか買わないの?」


と聞くと、


「おとなになったとき、くるまとか、
 じてんしゃとか かうとき、お金がいるから」


と、迷わずそう答えた。

銀行にはひとりでいかない。
もちろんお金の引き出し方も分からないだろうし、
「ひとりでいくとおこられる」そうだ。

お母さんは26歳。

ちょうどぼくのひと回り下だ。


「お父さんはいくつ?」

と聞くと、

「パパはいない。ママがリコンしたから」

と、言った。


閉館の時間がせまり、
片づけや身支度を済ませているあいだも、
女の子は、ずっとうろちょろしていた。


「ねえ、おくってよ」


まるでホステスのような口調で、
女の子がぼくの手をつかむ。


「やだね」


断りつづけるぼくに何度かねばったあと、
こんどは施設の職員の女性に、


「じゃあ、いっしょにかえろ」


と、せがみはじめる。
職員の女性は、じょうずにさらりとかわしながらも、
女の子にやさしく声をかける。

けっきょく、外に出るぼくのあとを追い、
反対方向だというのにキックボードでついてきた。

公園のベンチに座って一服する。
女の子は、まるでぼくの「連れ」のように、
すぐ横でふつうに座っていた。

おもむろに立ち上がった彼女は、


「さかあがりできるよ」


と、鉄棒に駆け寄り、
2番目に高い鉄棒で
そのままぐるんと、逆上がりをした。


「すごいね」


いちばん高い鉄棒には手が届かず、
いちばん低い鉄棒で、ぐりんと逆上がりをすると、
またベンチまで走って戻ってきた。


そして女の子が話しはじめた。


「きんようびは、おにいちゃんのたんじょうびだから。
 だからおばあちゃんのいえにいって、ケーキが食べれる」


「おばあちゃんのいえだと、
 よる、でんきけさなくてもいいからうれしい」


「小1のとき、あさおきたらパパがいなくなってて、
 ずっとさがしてもみつからなくて、
 ママにきいたらリコンしたっていわれてしゅんとなった」


こんどはぼくが、女の子に話しかけた。



「キックボード、だいぶ乗ってるね」


「ママが、かってくれた」


『JD  BUG』と書かれたそのキックボードは、
ずいぶん乗り込まれて、かなりいたんで見えた。


「お兄ちゃんはまだ帰ってこないの?」


「ハテナハテナ」

女の子は、分からないことを聞くと、
「ハテナハテナ」と言う。
ぼくはそれが気に入ったので、
ときどきそれをまねして答えた。


「リカちゃんのパパに、かおがすごくにてる」

女の子がぼくを見ていった。


「リカちゃんのパパも、ヒゲあるの?」


「ある」


「いくつくらい?」


「さんじゅうろく」


「近いな」


と、ひとりうなずくぼく。



「ママって、いつも何時に帰ってくるの?」


「ママは10じにかえってくる」


「夜ごはんは?」


「たべない」


「ママが帰ってくるまで何も食べないの?」


「ママがかえってくるまえにねる」


「寝るの何時?」


「8じとか」


「パンとかお菓子とか置いてないの?」


「ない」


「おこづかいは?」


「1000えんおいてあるから、
 おにいちゃんとはんぶんこで500えん。
 けど、なつやすみじゃないからもうおいてない」


「そっか。じゃあ、給食は命がけだね」


女の子は、きょとんとして何も言わなかった。


立ちあがり、歩きはじめると、
女の子がキックボードでついてきた。


「おじいちゃんは、くるまからおりると、
 いつもすぐタバコすう」


「ママは吸うの?」


「あんまりすわない」


「ちょっと、キックボード乗らせて」


2回頼んで、女の子がキックボードを貸してくれた。
ゆるい坂を5メートルくらい進んで、
すぐまた女の子にキックボードを返した。


ぼくは、喉が渇いていたので、
自動販売機でジャワティ・ストレートを買った。

なんか悪いので、
女の子に「飲む?」と差し出した。

女の子は「いらない」と横に首をふって、


「あした   “ばっきん”  するから、
 100えんかして」


と言った。


「お金、持ってないの?」


「ない」


 “ばっきん”  の意味は分からないけれど。
おそらく「明日返すから」ということが言いたいのだろう。

いけないことなのかもしれないけれど。

ぼくは、ポケットのなかにあった小銭の120円を、
あげるつもりで女の子に貸した。

ぼくは、家に帰るので、
そのまま駅までの道のりを進んだ。

女の子は、途中のコンビニに入った。
ぼくは外でもう1本タバコを吸った。


すると、女の子がたたっと出てきて、

「5えんある?」

と聞いてきた。
10円渡すと、すぐまた店内に戻って、
カルピスウオーターを手に店の外へ出てきた。
お釣りの5円を、何も言わずぼくに渡す。


カルピスウオーターを、ごくごくと飲む女の子。

ヒゲでチリチリパーマのロングヘアで、
派手なガラシャツを着たぼくの姿は、
誘拐犯に見えたかもしれない。


「ねえ、おかしかって」


ごねるふうでもなく、
女の子がごくふつうの口調で言う。


「いやだ」


ぼくも、ごくふつうの調子で言った。


「ねえ、かってよ」


「やだね」


「100えんのでいいから」


「『ぼくのおやつとか?」


「そう」


「いや」


「ねえ、かってよ」


「やだ」


立ち上がったぼくは、


「あの信号が青になったら渡るから」


と、そのとおり歩行者信号が青になると、
横断歩道を渡った。

女の子は、そのままずっとついてきた。


「かって」ばかりでつまらなくなったので、
途中、通りすがりのおじさんとかおばさんとかを指さして、
「あの人に買ってもらいな」とか、
「試食コーナーで食べたら?」とか、
「すっごいおなかが減った演技してあの店に入ったら、
 たぶん、なんか食べさせてくれるって」とか。

無責任でいい加減なことばかり言っていた。


5分ほど歩いて。

地下鉄の駅に着いた。


ここら辺のことは、
女の子もよく知っているふうだった。

なぜなら、

「あのかどまがったらコンビニがあるでしょ、
 だからそこで、おかしかってよ」


と、地下鉄出入口すぐ横のお店を、
先に予見していたからだ。


「じゃあね」


手をふるぼくに、女の子は、


「ほんとうにかえるかどうか、
 ここでまってるからね」


と、まるで信じていないようすだった。


気にせずぼくは、
切符を買って、改札を抜けて電車に乗った。



少しは気になったけれど。
女の子は、残ったカルピスウオーターを飲みながら、
キックボードに乗って、しぶしぶ帰って行ったに違いない。

そう思った。




翌日。


「あしたはがっこう、2じでおわりだから」


そう言っていたはずの女の子は、
いくら待ってもこなかった。


あした   “ばっきん”  するから」


そう言っていたのに。


女の子は、
けっきょく閉館時間を過ぎても、
現れなかった。


女の子に貸した、125円。


最初から期待なんかしてなかったけれど。

約束は守るつもりだった。


女の子にあげようと思って持ってきた、
パーラービーズのお人形。

渡すことができずに、カバンに入ったままだ。


明日は、おばあちゃんの家で、
お兄ちゃんのお誕生日を祝って、
ケーキを食べるはずだから。

きっと明日も、渡せないと思う。


いいことをしたのか、わるいことをしたのか。
それは分からないけれど。


なんだかおもしろいできごとだったので、
書き留めておきたいと思った。



7歳の女の子にふりまわされた、
ひとりのおっさんの話の結末は、
このさき、いったいどうなるのでしょうか。


(《家原美術館だより#2につづく》)























それではみなさん。
《家原美術館》でお会いしましょう。




< 今日の言葉 >


「痛い、痛い! せなかにかたい所が当たって痛い!」

「わごむとかでやるの、やめて!」

(「説明的な人」/イエハラ・ノーツより)















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