2012/07/23

バイバイ、ハナ

























7月8日


17年間ずっといっしょにすごしてきた
犬の「ハナ」が死んだ。


深夜3時30分ごろ、
ぼくの手のなかでじっと動かなくなった。






         *






その日は友人の家にいた。
そのままお酒を飲んで、
のんびりしていこうかと思っていた。


友人宅の電話が鳴った。
滅多にならない固定電話。


たまたま電話のそばにいたぼくは、
鳴っている子機を取って、
友人に渡そうと思った。


友人宅の電話は、
持ち上げるとそのままつながるタイプの機種だったらしく、
知らずに取ったぼくは、
電話がつながったことに気づいて
思わず受話器を耳に当てた。



「もしもし」




母の声だった。


自分宛にかかってきた電話に、
一瞬、状況が飲み込めず、
よく分からないまま返事をした。


ぼくは、携帯電話を持っていない。
たまたま今日、友人宅にいることを知っていた母が、
迷ったあげく、深夜の友人宅に電話をかけたのだった。




「ハナが、ずっと鳴いてるんだけど。
 心配だから明日、朝、病院につれてこうと思って」




母の心配げな声のうしろで、




「クゥオーン、クゥオーン」




と苦しげに鳴くハナの声が、
ずっと聞こえている。




「なんか心配だったから、
 いちおう電話してみたんだけど。
 まあ、明日、病院つれてくわね」




「わかった。ありがとね、電話」




そういって電話を切ったぼくは、
胸がざわざわしたまま、時計を見た。


午前1時50分。


タバコを吸いながら、
電話の内容を友人に話した。

ぼくは、しばらくじっと座ったまま、
タバコを吸っていた。


手が少し、ふるえていた。





         *






その日のお昼ごろ、車を運転しているとき、
ハナによく似た犬種の犬が散歩をしているのを見かけた。


若いころのハナを思い出し、
散歩にでかけたときはよくかけっこしたりして遊んだなあ、と思った。




「もう一回、ハナと散歩したいな」




ぼくは友人にそう話した。




最近のハナは、後脚が弱ってきていて、
歩いていてもふらつくことが多かった。


エサを食べるときにも、
おしっこやうんこをするときにも、
足もとがおぼつかず、
ぺたん、と座り込んでしまうことが多くなった。



散歩に行っても、
ゆったりとした歩みでふらふらと歩く。


外でおしっことかうんこをするとは限らず、
帰ってきてからしたそうにすることもふえてきた。


そんなときは庭に出してあげるか、
そのまましたいようにさせて、
あとで床を掃除した。




朝起きると、
床にしみがあったり、
部屋のすみっこに、ころん、と
黒いかたまりが落ちていたり。


急いでしたくをしていたある日の朝、
床に広がったおしっこに気づかず、
靴下がぬれてしまった。


靴下を脱いで、
片足はだしの状態で洗面所に向かうと、
その途中で足の裏にやわらかな感触を感じた。


今度はうんこだった。


朝からハナのおしっことうんこを
立てつづけに踏んだ。


当の本人、ハナはといえば。
まるですずしい顔をして、
いそがしく歩き回るぼくを見ている。


ハナも、もしかすると、少しは
もうしわけない気持ちになっていたのかもしれない。


そんなときでも、おこったり文句を言ったりせず、
苦笑いでハナの頭をなでた。


怒ったり叱ったりして、
ハナがうんこをしなくなったら困るからだ。




ハナは、
だんだん家のなかですることが多くなってきたので、
家のなかでは、おむつを履くようになった。


おむつを履いて、
おしりをぺたんと地面につけて座る姿は、
クマのぬいぐるみか赤ちゃんみたいでかわいくもある。


つい3日前にも、
ハナを赤ん坊みたいに抱いて、
家の中を歩き回って遊んでいた。


ハナが、ぼくをペロペロなめる。


本当に赤ん坊みたいだった。


それでも、
むかしに比べて、ずいぶん軽くなった。








去年の6月、
ハナは、おなかにできた腫瘍(しゅよう)を
切除する手術をした。


子宮を摘出する手術以来、
2度目の手術だった。


もう少しで腫瘍が破裂してしまうほど「成長」していて、
手術をするならいますぐしなければいけないということで、
早急に手術をしてもらった。


そのときハナは、16歳。
人間でいうと、80歳のおばあちゃんだ。


年齢のこともあり、心配だった。


けれど、獣医さんから話を聞いて、
ほうっておいてもよくならないし、
万一、腫瘍が破裂したら、
体中に病気が転移してしまう恐れがあると聞き、
手術をしてもらうことにした。


ハナのためにできる最善は何か。


犬のハナは、
どうしてほしいとか何も言わないので、
こちらが決めるしかない。




手術はうまくいった。


入院もせず、あとは術後の経過を見るために、
何度か通院すればよいとのことだった。


手術後の数日間はナーバスになっていたハナも、
日に日に元気を取り戻し、
尻尾もたくさんふって、
エサもいっぱい食べるようになった。




ハナのお気に入りの場所で、
定位置でもあるソファ。


のぼろうとしても、
座面に上がることができなくなった。


前脚でへばりつくような格好になったハナを見ては
少し笑って、抱きかかえてソファの上にのせてあげていた。


ソファに上がろうとして失敗すると、
おなかの縫いキズがぶつかって、
傷口が開いてしまわないかと心配で。


過保護にも、
ソファにのせてあげたり、
ときにはおろしてあげたりもした。



ハナは、だいぶおばあちゃんになってきていて、
後脚だけでなく、目もあまり見えなくなってきていた。


少しはなれた場所に立っていても、
はっきり見えないようすで、




「ハナ」




と、呼ぶと、ようやくこちらに気づくこともあった。




目が見えなくなったことで、
音に、敏感に反応するようになったのは、
ここ最近のことだった。


そのせいもあってか、
パチン、という破裂音や衝撃音に、
目を閉じ、尻ごむことが多くなった。


 





「だいぶ、おばあちゃんになったなぁ」




そういいながら、
ハナのゆっくりとした足どりに合わせて、
ハナの行きたいように任せて散歩していたころ。


ぼくが最後にハナを散歩したのは、
もう、1年くらい前のことだ。


おむつを履きはじめたころから、
あまり散歩も積極的には行きたがらなくなり、
朝に少し、夜にもほんの少しだけ、
母が「おさんぽ」につれだしていた。




そんなこともあって、ぼくは、
ハナとまたいっしょに散歩に行きたいな、と
ずっと思っていた。


緑地公園の芝生のうえでかけっこしたり、
落葉をかけて遊んだり、
池のほとりで腰かけたり。


のんびりでもいいから、
ハナとまた散歩に行きたいなと。


そう思っていた。







         *




7月8日の夜、2時ごろ。


電話を切ったあと、
ぼくはじっとしてられなくなった。


タバコを消すと、



「ちょっと気になるから、行くわ」




と、身じたくをして友人宅をあとにした。




車を走らせながら、
ぼくは、少しだけ覚悟をしていた。




最近、毎日「覚悟」をしていた。




もちろん、その日がこないのが
いちばんいいのだけれど。


最近のハナは、
寝ている時間が多くなった。


1日のうちのほとんどを寝てすごすようになり、
帰ってきてもなるべく起こさないように、
そっと頭をなでたり、
寝顔を眺めるだけの日もあった。


ぼくが帰ってくると、
うれしそうに起きあがり、
ふらふらとよろめいて近づいてくる。


ハナがきてくれると、すごくうれしい。


カギを置くときの音とか、
歯を磨くときの水流の音とか。


そんな、きまった音に気づいて、
ハナが起きあがってくる。


起きあがったハナは、
ぺろぺろとぼくを舐めて、
うれしそうに尻尾をふる。


ぼくもそれはうれしいけれど、




「寝てればいいのに」




とも思った。


起きると、そのまま「徘徊(はいかい)」がはじまり、
なかなか寝なかったりするからだ。


老犬になると、
夜な夜な徘徊することがあるらしい。




徘徊するハナから目をはなすと、
ソファのすみにはさまって身動きが取れなくなっていたり、
玄関の段差から落ちて
あがれなくなっていたりすることがあった。


よろよろと歩いて、こてんとたおれて、
起きあがろうとしてみたものの結局立てず、
疲れてその場で眠っていることもあった。


ぼくが見ていられるときならいいけれど。


寝るときとか、外に出るときとか、
そんなときは、なるべく起こさないように、
眠るハナの様子をそっと見るだけにしていた。




日に日に老いていくハナの姿に、
ぼくは毎日、覚悟をしていた。




寝ているハナを見るたび、
息をしているのかどうか心配になって、
顔をのぞき込むことも多々あった。


薄く目が開いているので、
一瞬、どきっとするときもあった。


けれど、おなかがゆっくり動いているのを見て、
ああ、息してる、大丈夫だ、
と安堵することも度々あった。








文句も言わず、
不満も言わないハナ。


どこがどう痛むのか、
どうしてほしいのか。


ほとんど鳴かないハナが、
苦しげに鳴いているのは2度目のことだ。

最初の手術、
子宮を摘出する手術の前夜。
その夜も、かなしげな声で、一晩鳴きつづけた。


そのときぼくは、
どうしてやることもできず、
ハナのそばに横たわり、
ずっとおなかや頭をなでてやることしかできなかった。


それでも、そばにいると安心するらしく、
ときどき、うとうととまどろんだりもしていた。


そうやって朝がくるのを待って、
ぼくは学校へ仕事に行き、
母がハナを病院へつれて行った。




あれから4年経った。






7月8日、夜2時すぎ。


母からの電話を受けて、家路を急ぐさなか。
走り慣れたはずの道が、
妙によそよそしくて、冷たく、暗く感じた。


ハンドルを握る手は、まだ少しふるえていた。






その日の夕方ごろ、
急におじいちゃんを看取った日のことを思い出した。




おじいちゃんが死ぬ瞬間、
ぼくは、おじいちゃんの手を握っていた。


母方のおじいちゃんは、
若いころから丁稚奉公に出て、左官屋として働いてきた。


その後、建設会社を立ち上げ、
病院や学校など、おもに大きな建物の建設にたずさわった。
後年、家などの建設も手がけていたらしく、
おじいちゃんの建てた家を何軒か見たことがある。


晩年、体を壊して入院したとき、
病床で絵を描きはじめた。


最初はスケッチブックからはじめて、
退院後には、本格的に日本画を描きはじめた。


おじいちゃんの描く絵は、
どこかあったかくて、やさしくて、
細かくてきれいな色あいの絵もあって、
ぼくは好きだ。




「この手で家をつくったり、
 壁を塗ったり、絵を描いたりしてきたんだな」




そう思いながら、
酸素吸入器をつけたまま目を閉じるおじいちゃんの右手を、
にぎったりなでたり、ながめたりしていた。




つるつるで、ぴかぴかで、
やわらかくてあったかい、おじいちゃんの右手。


お年寄りの手は、
甘皮をきれいに剥いたみかんみたいな感じで、
いまにもぷりっと果汁が出てきそうな、
そんなもろさがある。


それなのに、がっしりと分厚くて、
包容力があって、やさしい。


おじいちゃんの手のひらの感触も、
そんな「たくましさ」があった。




そうやって、
おじいちゃんの手を握ってながめていると、
急におじいちゃんの「表面」が、
薄い、膜(まく)のようなものにおおわれていくような感じがした。


足もとから順番に、
どんどん頭のほうに向かって、
薄い、膜のようなものがおじいちゃんの体を包み込んでいく。


目には見えないのだけれど。


たしかに「見える」し、感じられる膜。


そのときぼくは、




「あ」




と、声を出した。




けれども、その声には誰も気づかず、
いとこたちも、いそいそと動き回っていた。




少し遅れて、
おじいちゃんの肌から、色が消えた。


つい今しがたまで「おじいちゃんの右手」だったそれが、
急に「物質的」な感じがした。


天井あたりの中空を見つめた目からも、
光が、色が、すうっと消えた。



それに遅れて何秒かのあと、
おじいちゃんにつながれた心電図が、
長い1本の連続音に変わった。




おじいちゃんの最期に立ち会った日の記憶。



たまたま「行かなくちゃ」と思い立って、
母に同行した日が、おじいちゃんの最期の日になった。





なぜだか急にその日のことを思い出して、
夕方ごろ、友人に話していた。



そのせいもあってか。




ぼくは、半分くらいは覚悟をしていた。




そうならないほうがいいに決まってるから。




ぼくは、
また朝まで横にいてあげれば何とかなるはず、
とも強く願っていた。






          *






家に着いたのは、2時30分ごろ。


ハナの声がしなくなってる、と思いながらも、
急いでハナのもとへ駆けよると、
ハナが、身もだえるようにけいれんしていた。


うろたえる母は、




「ハナ、大丈夫、ハナ」




とハナの体を抱えていた。




苦しそうに口を大きく開いてけいれんするハナの目は、
いまにも飛び出しそうで、
正直、もうだめだと思った。




「ハナ、大丈夫だよ」




母に代わって、ハナの体をそっとなでる。



激しく脈打つ心音が、手のひらに伝わる。


「ハナ、大丈夫だからね」




波打つハナの体が徐々に落ち着き、
静かに息をしはじめた。


もうだめかと思えるほど激しかったけいれんが治まり、
見開いていた目も、黒目でつぶらな瞳に戻った。




「きてくれたんだね、よかった。
 お母さんひとりじゃどうしたらいいか分かんなかったから、
 心配で心配でどうしようかと思った」





そんなようなことを、母が言った。




けいれんが治まったハナは、
眠っているようにおだやかな顔つきになった。




「さっき急にけいれんしはじめて。
 あんたがくる、本当ちょうど少し前だった」




ぼくは、ハナの心臓あたりをなでつづけた。


トクトク、と、
早いけれど落ち着いた心音が手のひらに返ってくる。


落ち着きを取り戻したハナは、
静かに眠っているようだった。




「やっぱり、あんたがくると分かるんだね」




母が、少しほっとした感じで言った。




ぼくは、ハナのそばに寝そべって、
右手でずっと心臓あたりをさすりつづけた。




安心した母は、
眠るでもなくふとんに横たわった。






ぼくは、ハナに話しかけたりしながら、
いろいろ思った。


また、朝まで横にいて、
そのあと病院に行ったら大丈夫だろうと思った。


本当に。


ハナはすっかり落ち着いたようすで、
静かに横たわって息をしていた。




また散歩に行きたいな。
いっしょに遊びたいな。




雷が恐くて、ぼくが作業をしている机の下にもぐりこんで、
最初は怖がっていたのに、最後はすやすや眠っていたこと。


また別の雷の日に、
お風呂に入っていたらハナが浴室まで入ってきた。
体を洗われるのが嫌いで、
お風呂場に入れると洗われるのかと思ってすぐに逃げ出すくせに。
その日は浴槽につかるぼくの顔を、
不安げにずっと見つめていた。
ハナを濡らさないように気をつかって静かに入っていたら、
そのうちハナは、タイルの床におなかをつけて、
くうくう寝息を立てはじめた。
濡れるのが嫌いなくせに。
そのときは濡れたタイルのうえですやすや眠っていた。




ハナと初めて出会った日。


緑地公園の水飲み場の近く。


まだ、手のひらに乗るくらい小さかった。


ハナと出会ったとき。


ぼくは20歳のガキだった。


今日まで、いろいろなことがあった。


たのしいこともあったし、
悲しいことも、つらいことも、
たくさんあった。


いろいろなことが分からなくなって
家にこもっていたときにも。
ハナとはずっといっしょにいた。


その4年間は、
夕方、ハナの散歩だけが唯一の外出、
ということもあった。



ぼくより子どもで歳下だったはずなのに。
いつのまにか追い抜かれて、
いまではハナのほうが歳上のおばあちゃんになった。




ハナを拾ってきて本当によかったのか。


もしかして、野良犬として自由に生きたほうが
しあわせだったかもしれない。


どっちがよかったのかは分からないけれども、
ぼくはハナといてしあわせだった。


年を重ねるにつれて、
茶色い体の毛も、だんだん白い毛の面積が増えてきて、
全体的に白っぽい毛色になってきた。




足が弱くなったこともあり、
いまではずいぶんと下半身がやせて、
犬なのにだんだん猫背になってきた。




「ハナ」




横たわったハナに声をかけると、
ほんの少し、ぼくの方に目を向けた。


ハナのすぐそばで、
添い寝するような感じに横たわったぼくは、
ずっとハナの胸のあたりをなでながら、
少しだけしあわせな気持ちになっていた。




最近、展覧会の準備だといって、
毎日バタバタと動き回っていた。


ほかにもいろいろなことで、
家を空けたり、家にいても
作業をしていることがほとんどだった。




「元気になったら、また遊ぼうな、ハナ」




ハナは、静かに、
眠りにつきそうなほどおだやかな顔で、
静かに横たわっている。


たのしい気持ちになったり、
ときどき涙があふれたり。


ハナの体をさすりながら、
ぼくは泣いたり笑ったりしていた。



ぼくは、今日まですごしてきた
ハナとのことを思い返しながら、
ハナの顔を笑顔でのぞきこんでいた。


ハナもときどき、ぼくの顔に目を向けた。


そんなハナの姿に、
少しつらそうだけど元気になったのかと思った。




本当に、このまま元気になるんじゃないかと。
そう思った。




胸をなでる手をはなし、
その手でハナの頭をそっとなでた。




と、突然、苦しそうに息を荒げはじめた。




ハナの体が激しくけいれんしはじめ、
目を見開いて口を大きく開けだした。




「ハナ、大丈夫か、ハナ」




ぼくは、すこし動揺して、
手をまたハナの胸元に戻した。


激しくなった心音に手のひらを当てて、
力を込めてさすりながら、
何度もハナの名前を呼んだ。




「ハナ、ハナ!」




ぼくは涙声だった。



心のなかで思った。




もう、がんばらなくていいよ。


もし苦しかったら、いいよ。


もうハナに任せるから。


あとはハナの好きにしていいよ。






ハナが、ワン、ワン、と短く、
2回鳴いた。




けいれんは、最初ほど長くもなく、
静かに治まっていった。


手のひらのなかで、
ハナの心音が、だんだん弱くなっていくのが分かった。




「どうしよう、ハナ、もう、だめかな」




その声に、
母が口をおさえて静かに見守っている。




「ハナ、ハナ」





心臓の音が、だんだん小さく弱々しく、
音と音の間隔も、どんどん長くなっていった。


ぼくは、心臓マッサージのつもりで、
胸元を強く押した。


それでもハナの動きが緩慢(かんまん)になり、
みるみる力が抜けていくのが分かった。


「ハナ、ハナ」





ハナが静かに、
口をゆっくり動かした。


声もなく、空気を噛みしめるように、
ぱく、ぱく、と2回、口を動かした。




ハナの目が、
少しずつ色を失っていった。




最後、泣いたわけじゃないと思うけど。


ハナの目にたまった涙がつうっとこぼれた。


ハナの顔は、すごくおだやかだった。




「ハナ」




ハナは、もう、動かなかった。




あんまりにもおだやかで、
目を開けたまま眠っているふうにも見えたので、
よく、分からなかった。




耳を当ててみても、
心臓の音は、もう聞こえなかった。




「ハナ、死んじゃった」




ぼくのもらした言葉に、
母も、かなしさを声にした。






ハナが、死んでしまった。






死んだなんて思えないくらい静かな顔で、
すぐそばでじっとしている。


薄く開いた目には、
部屋の明かりが映り込んで、
笑っているみたいにきらきらしていた。




本当に、ただ眠っているだけにしか見えない。




今日のお昼に、家に戻って見たときは、
本当に眠っていたのに。





ぼくは、くやしかった。




なんでハナが、と思った。




こんないいやつなのにどうして、とも思った。






あともう1日だけいっしょにいたかった。


そう思った。




くやしかった。


もっとそばにいてあげたかった。


もっといっしょにあそびたかった。


もう1回だけ、ハナと散歩に行きたかった。




午前3時30分ごろ。


ハナは、じっとして動かなくなった。




まるで眠っているみたいな感じなのに、
ハナは、そのままじっとして動かなくなった。






          *






朝がきても、
動かなくなったハナのそばで、
ずっと横たわっていた。




ぼくのなかには、後悔の念がたくさんあった。




動かなくなってしまったハナの体をなでながら、
ぼくは、母に話した。




ここ最近、ハナを気づかうばかりに、
寝ていても起こさず、なでたりあそんだりしていなかったこと。


仕事や展覧会の準備で、
あまりハナとゆっくり遊んであげられなかったこと。




母は、毎朝毎日、ハナの散歩に出かけて、
朝晩ハナにエサをあげていた。


晩年のハナは、
母が寝ている和室で眠っていた。
夜にも、母の寝床のすぐそばで眠っていた。




4年くらい前までは、
ぼくがいるときには2階の部屋にも上がってきていた。


目が見えにくくなり、
足も弱くなってきたころ。


階段から転げ落ちることが数回あった。


2階に行けば、ぼくがいると思って。
誰もいないのに上がっていることもあった。


階段から落ちたハナが
どうにかなったら嫌だと思ったぼくは、
ハナがのぼらないよう階段に「柵」をつけた。

ぼくがいるときに、
階下でさみしそうに呼ぶ声が聞こえた。
のぼりたくても、柵があってのぼれない。


あがりぐせがつくのも困るので、
しばらくほうっておくこともあったけれど。


いるときには結局、
ハナを2階にあげていっしょにいた。




のぼらなくなったのは、柵のせいなのか、
それともあまりあげなくなったからなのか。




心配やら気づかいのあまりに、
ハナのことを遠ざけてしまっていたんじゃないのか。


そんなふうに思った。




ここ最近でも、
ハナが起きあがってふらふらするのが危ないとか心配して、
起こさないように、そっとながめるだけだった。




そんなこんなで、毎日忙しく動き回り、
ハナとすごす時間も少なくなっていた。




「展覧会が終わったら、いっぱい遊ぼう。
 また、散歩行こうな」




そんなことを一方的に言っていた。


けれど、ハナにとっては、
先の約束よりも「いま」がすべてだったはずだ。


ぼくが忙しくしていたせいで、
ハナもあんまり起きてこなくなったんじゃないか、と。
そんなふうにも思った。





「充分やってあげたと思うよ。
 まだ、いっしょにいれたほうだよ、あんたは」




母がそう言った。
 
「友だちの家でも、
 旦那さんは仕事で家を空けてるから、
 犬の世話はみんな奥さんがやってるって。
 そう思うと、あんたはたくさんいっしょにいれたほうだよ」




さらに、母が言った。




「それに、最期、あんたがきて
 ハナ、安心したみたいだったから。
 やっぱりハナは、あんたなんだなあって思った」




母の言葉に、気休めでもなく、
少しだけ後悔の念が薄れた。




たしかに。


ハナが、ぼくを呼んでくれた。


電話をくれたのは母だったけれど、
たまたま伝えておいた友人宅にわざわざ電話をかけてまで
ぼくに知らせたことには、
母自身も「なんとなく知らせとかないと」と
思ったからそうだ。



ハナとすごした最期の時間。


時間にして、ほんの1時間くらいだったけれど。


なんだかすごくたのしかったし、
いっしょにいて、しあわせな気持ちだった。


たぶんハナも、
そう思ってくれていたに違いない。




「最期、あんなおだやかで。
 本当によかったと思うよ。
 苦しんでいくのもかわいそうだもんね」




母が、涙声でうなずいた。




「あんたがきてくれて、
 ハナもうれしかったと思うよ」


ハナと、最後にすごした1時間。


後悔はいくらでもある。


けれど、最期にいっしょにいられただけでもうれしかった。







ハナがぼくにくれたもの。
それはたくさんありすぎる。


ぼくがハナにあげられたもの。
それは、なんなんだろう。



ハナは、しあわせだったのか。
それは、たしかめようのないことかもしれないけれど。
ハナのやさしいまなざしに、うそはなかった。




17年間、ハナとすごせて本当によかった。


まだ足りない気持ちのほうが多いけれど、
ぼくはハナからいろいろもらった。


ハナとすごせた時間は、ぼくの一部だ。


いままでハナといっしょにすごせて、本当によかった。






          *








明けて7月9日。
外が明るくなりはじめた。
いい天気になりそうだった。


動物の葬儀をおこなっているお寺に連絡すると、
こられるのは、お昼の12時半から13時半のあいだだと
いうことだった。




5時30分。


まだ、そんなに涙も出ない。


いまはまだハナがそばにいるから、
少し気持ちがごまかせる。


だんだん冷たくかたくなってきた。
それでも、ただ静かに眠っているみたいに見える。


やさしくて、甘えん坊だったハナ。


ありがとう。


本当にいろいろありがとう。


もっとあそびたかった。
どれだけあそんでも、きっと後悔はしたと思う。


けど、あともう1日だけでもいいから。
ハナといっしょにあそびたかった。


広い芝生の上で追いかけっこしたり、
頭をなでたり、顔をなめられたりしたかった。


もう一度、耳をたおして
尻尾をふったハナが見たかった。

「ハナ」


呼んだら返事しそうなくらい。


ハナはただ、静かに横たわっているだけで、
何も変わらないように見える。


動かなくなったハナの頭や体をそっとなでる。


何度目だろう。


何回なでても、もう動かない。




ハナとの思い出。


ハナとの毎日。


思い返すときりがない。








6時30分ごろ。


ハナの横で、母の握ってくれた梅干し入りのおにぎりを、
泣きながら食べた。




まだ何も信じられなかった。


すぐそばでハナは、眠っているふうにしか見えない。
いつものように、いつもの場所で。


じっと動かなくなったハナ。
まるで空を飛んでいるみたいな格好だった。






8時ごろ。


ぼくは、ハナの絵を描いた。


ハナとのお別れの絵。








けれども、
ハナがまだここにいるみたいな感じがして、
さみしくはなかった。


ハナの名前を呼んだり、話しかけたりしていた。


体をなでてもやわらかく、
手を握ってもいつもと変わらないように感じた。


ここにずうっといればいいのに。
そう思っていると、




「ずっとここに置いときたいくらいだね」




と、母もそう言っていた。






10時30分ごろ。


庭に咲いていた黄色い花を一輪、
ハナにあげた。


そしたら急にハナが死んだみたいに見えて、涙が出た。


なんで死んじゃったんだろう。






12時30分ごろ。


姉が家にきた。


ハナを見て、姉も泣いた。


家族3人がそろったのは、久しぶりのことだ。


ハナをかこんで、
母と姉と3人で、ハナの話をした。


ときどき涙はこぼれるけれど、
なぜだかたのしく、平和な時間だった。






13時ごろ。


葬儀の人がやってきた。


これでもう、本当にお別れなんだ。


葬儀の人が箱の準備をしているあいだに、
ハナの体を抱きしめて、




「バイバイ、ハナ」




と、お別れのあいさつをした。


泣きそうになったけど、ぐっとこらえた。


ぼくは泣かないようにしていた。


箱に入れられたハナを見たら、こらえていた涙があふれた。


ハナをのせた車が、ゆっくりと走り去り、
だんだん見えなくなっていく。


もう本当に、これでお別れなんだと思った。


そしたら急に、さみしくなった。






14時ごろ。


最近、ハナがいつも寝ていた畳の部屋。


ついさっきまでハナがいた場所で、
少し横になって昼寝をした。




15時30分ごろ。


目を覚ますと急に、
ハナがいないことが現実に思えてきた。


ハナは、もうどこにもいない。


そう思ったらいたたまれなくなり、
車に乗って家を出た。


どこにいっても、いたたまれない。




コンビニでタバコを買って、
いい天気の空の下で吸っていたら、
涙がこぼれた。




カーラジオから『上を向いて歩こう』が流れた。


声を出していっしょに歌ったら、
涙があふれてきた。





          *




7月9日




かなしいんじゃなくて、すごくさみしい。



けれども、ずっといっしょでもある。




大好きで、大のなかよしだったハナとの生活。


いつか「終わり」がくることを
毎日のように覚悟していたのだけれど。


それが、本当に終わってしまった。


すごくやさしくて、かわいくて、
いいやつだったハナ。


いつか自分もハナみたいに、
いるだけでみんなを笑顔にできるような存在になりたい。
そう思ってきた。




ハナに教えられたたくさんのこと。


ずっと忘れず、忘れないだけじゃなく、
ハナのくれたいくつもの種を、
できるだけたくさんふりまいていきたい。




ありがとう、ハナ。


偶然出会えてしあわせだった。



今日までたのしい日々をくれて、
本当にありがとう。


ぼくは、ハナとの時間を
ずっとずっと大切にしていきたい。






7月10日


朝10時に、ハナが灰になったと母から聞いた。


ちょうどそのころに起きたぼくは、
目を覚ます直前に夢を見ていた。


夜の海にあがる花火。
海面にきらきら映った花火がゆれていた。


花火の種類は、
昇り竜のような尾がついた、
菊型の花火。


オレンジ、金色系のたくさんの花火。
すごくきれだった。


一度に上がった、たくさんの花火。
けれどもその1回だけで、
それ以上、花火はあがらなかった。




じっとしているとぼんやりしてしまうので、
朝から晩までひたすら体を動かして、
展覧会に飾る絵の額をつくった。




ベランダでタバコを吸っていて。
空を見上げたら、うそみたいだけれど、
ハナが走っているみたいな形の雲が見えた。
もくもくと、大きな雲だった。


首を高く上に向けてしばらく見ていたら、
ゆっくり形が変わって、少しずつ空になじんで消えていった。


ただ、そんなふうに見えただけかもしれない。


ハナのけむりが、空にのぼっていった日だから。






何を見ても、というよりも。
じっとしていると、
ずっとハナのことばかり考えてしまう。


じっとしていられなくて、
歯みがきしても、タバコを吸っていても、
うろうろ無意味に動き回ったり、
腕を大きくふりまわしたり。




しいんとなった家のなかには、
まだハナのにおいが残っている。


いつかは消えてしまうのかもしれないけれど、
ぼくのなかからはぜったいに消えない。


もう会えなくなったけれど、
どこにいっても、これからはずっといっしょだ。






7月11日


何も変わらない、
たのしくにぎやかな、いつもと同じ日常。


ただそこにハナがいないだけ。


雨。


涙雨。


まだときどき涙が出る。


じっとしていられなくて、うろうろする。




今日は事情を知らない人たちの笑顔に救われた。




時間は冷酷に進む。


だからこそ、めそめそばかりはしてられない。


大好きなハナは、ぼくのなかにいる。






7月12日


強く雨がふっていたけれど、
家を出るときにはやんだ。


学校での仕事。


ハナの代わりはどこにもいないけれど、
事情を知らない生徒のみんなが、
いつもの笑顔でぼくを迎えてくれる。


ありがとう。




母と話した。


話しながら、ロールケーキを食べた。




ハナの油絵。


たぶん、2007年ごろの絵だと思う。


やさしい顔でしあわせそうに眠るハナ。


その絵を、
ハナのお気に入りだったソファの
近くに飾った。






7月14日


ハナの骨を引き取りにいく。
甥っ子がいっしょだった。


小さな壷に入れられたハナの骨は、
白くて、灰色で、オレンジ色の斑点があって、
とても窮屈そうに、ぎゅっとつまっていた。


ハナの骨。


実感もなく、結びつかない。


ハナの骨は抜け殻で、
ハナは、別の場所にいる。
そう思うから。

けれども、ハナの骨を持って、
お堂の前に立つと、やっぱり少し悲しくなった。


よく晴れた空。
8日の朝によく似ていた。


夜、甥っ子をつれて、<バス餃子>へ行った。
餃子と冷やし塩ラーメンと唐揚げを食べた。


そのあと、公園でローラーすべり台をすべったり、
大仏さまを拝んだり、池に救命浮き輪を投げて遊んだ。


夜は、展覧会のための制作をした。






7月18日


朝、夢を見た。


天空の遊園地を、
モノレールみたいな列車の窓から眺めていた。


雲の上に浮かんで見える、大規模なジェットコースター。
そのコースから、枝分かれして突き出た観覧車。
その観覧車は、回転するだけでなく、
バイキングとかジャイアントフリスビーみたいに大きく旋回する。


ピカピカと
あざやかな電飾を光らせて回る観覧車。


それが突然、赤い光を放って、
大きくゆらいだ。


火だった。


燃えながらくずれていく、
観覧車とジェットコースター。


乗らなくてよかった。


そう思いながら、
自分を乗せた列車が遠ざかる。




家に戻ると、ハナがいた。




「なんだハナ、死んでなかったんだ」




ぼくは、いつもみたいにハナをなでまわし、
いつも以上にハナに抱きついた。


ハナが死んだなんて、夢か何かの間違いで、
ハナはちゃんと生きていたんだ。


すごくうれしくて。


もう一度ハナに会えたことがうれしくて、
ハナをぎゅっと抱きしめた。




夢だった。




本当みたいに思えたけど、
現実ではなかった。




夢ではあったけれど、
もう一度、ほんの少しだけハナと会えて
遊べた気がして、うれしかった。




ここ数日間、ふさぎ込んだ気持ちで、
虚無感とか自問自答が、
代わる代わる現れたりしていた。


ぼくを戒め、励ましてくれたような。


そんなハナとの「再会」だった。






          *




7月22日


ハナの死から、
ちょうど2週間が経って。


ようやくふりかえることができた。


けれど、まだ人に話せるほどじゃない。
だから、書くことにした。




ここに書いたものは、
7月8日以外、日記をそのまま写した


7月8日だけは、
いろいろ思い返しながら、
書くうちにずいぶん長くなった。

ハナとのことを書ききれたとは思えないけれど。
自分のためにも、何かしら区切りをつけたかった。



明けて7月23日。
外はすっかり明るくなっている。



まだ少しさみしいときはあるけれど。
もう大丈夫。

いつでも笑って、全力で、
うそをついたり、いいわけしたり、
ごまかしたりせず。


いまだけを見つめて、
いまに全力を注ぐこと。


そんなことを、
ハナが教えてくれたから。



いつかはぼくも、ハナみたいになれるよう、
笑っていたいと思います。






バイバイ、ハナ。


これからもよろしくね。





















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