2009/01/27

歳下の店長

ワールド・カップ・イヤーのある年、
カナダへ行く旅費を稼ぐために、バイトをした。
以前にもふれたことはあると思うけれど。
「アダルト・ショップ」でのアルバイトだ。

アダルト・ショップ。
扱うものは、ご存知「アダルトなグッズ」だ。

セクシーな下着、おもちゃ、器具や媚薬(?)、そしてDVDや書籍など。
DVDは、新品だけでなく中古品の販売・買取もしている。
書籍は、雑誌をはじめ、マンガ、写真集、実録ものなど多種多様だ。

そんな「アダルト・ショップ」。
実は働くまで、まともに入ったことは一度もなかった。
まだ毛も生えていない幼少期、いたずらに店を覗いたことはあるけれど。
それっきり、まるで縁のない場所だった。
ではなぜ、そこでバイトしようと思ったのか。

「おもしろそうだから」

それ以外に、はっきりとした動機はなかった気もする。

                 ●

『スタッフ募集』の文字を見て、ふらりと入った1軒の店。
外からは、中の様子がまるで見えない。
店に入って、迷路のようなつくりにまず驚かされた。
ピンクや赤い文字の踊るDVDがびっしり詰まった、背の高い棚。
店いっぱいの棚が壁のように立ちはだかり、複雑に入り組んで見える。
そのせいで視界が遮られて、店内を一望することができない。

アルバイト募集の件を聞きたくて店に入ったのだが。
店員らしき人の姿が見えない。
どこからか、商品を整理するような物音だけが聞こえてくるのだけれど、
その姿が見当たらない。

店に入ったとき「いらっしゃいませ」という声はした。
だから、店員はいるはずだ。
どこかに、きっと・・・。

ふだんの生活で口にすると、周囲から白い目で見られるような単語が並んだ陳列棚。
僕は、見えない店員の姿を探しながら、頭のすみでふと、
ブルース・リーの『燃えよドラゴン』のクライマックス・シーンを思い出した。
鏡ばりの部屋の中で、ブルース・リーがハン(敵のボス)と戦う場面だ。

「すいませーん」

僕の問いかけに、「はい」という返事が聞こえた。
声を追って歩く。と、そこに姿はない。
追うほどに離れていく、まぬけな追っかけっこを演じつつ。
僕は、『燃えよドラゴン』というより『パックマン』を連想した。

パックマン。
エサをぱくぱく食べながら、追ったり追われたりするゲームで、
アーケード・ゲームの「はしり」ともいえるあれだ。

小走りで棚の切れ間に向かう。
すると突然、目の前にすうっと大きな人影が現れた。

「わ、でかい・・・」

およそ2メートルはありそうな、高さだけでなく、幅もある影。
その首元に提げられた「STAFF」の札。

これが、僕と店長との「出会い」だった。


聞くと、店長の身長(ややこしいね)は、197センチあるとのこと。
黒ぶちのメガネをかけ、髪は、襟足とサイドを清潔に刈り込んでいる。
また、身長に負けないほど立派な体格で、ゆうに100(0.1トン)は超えていそうだ。

実際、戸口に立つ店長は、
縦だけでなく横のすきまも「きつきつ」に見えた。

僕がまだ「研修中」だったころ、
店長は、レジに立つ僕を後ろから見守っていた。
バックヤードとレジブースとをつなぐ「裏口」。
縦200×横60センチの間口にちょうどすっきり収まった店長の姿は、
巨大マトリョーシカのような感じだった。

そんな店長から、面接時に言われたひとこと。

「怒ったりしても、キレてボクのこと殴ったりしませんよね?」

当時、ヒゲで坊主頭の僕は、店長の目に「そう」映ったらしい。
最初、冗談かと思った僕は、笑いながら、
「殴らないですよ」と答えたけれど。
けっこう本気で言ってるんだなと、遅れて気がついた。
店長を見ると、目も口も、少しも笑っていなかったからだ。


店長は仕事のできる人で、「頭のよい人」という感じがした。
研修期間をすごし、仕事を教わりながら、だんだんお互いの距離が近づいてきて。
店長の使う「敬語」が気になりはじめた。

店長と、一店員。
どう考えても上下関係は、はっきりしている。

店長は僕に指示を出すとき、いつも「頼んでいる」ような感じだった。
しばらくして。
その答えは、向こうからやってきた。

ある日、店の様子を見がてら、「本部」の人がやってきた。
当然、新人である僕との「面通し」もあった。
本部の人と雑談していて、その人が、僕より年下だという話になった。
すると本部の彼は、店長に向き直り、こう言った。

「じゃあ、△△(店長の名字)くんより3つ上ってことだね」

そうなんだ、と思いつつ、店長をふり返る。
どうしたことか。
店長の顔は、色を失い、写真のように固まっていた。
その顔は、「まずい」というような表情だった。

その顔の意味を考えて、思った。

『仕事をする上で、立場上、
 できれば「歳下」という事実を伏せておきたい』

深読みかもしれないが。
僕の目には、そんなふうに映った。
もしマンガなら、「ギクッ」という擬音が聞こえそうなほど、
店長の動揺は「たしかなもの」だった。

                 ●

店長は、声が渋い。
特に電話ごしに聞く声は、妙に「いい声」だった。
そんな声でローションの種類やバイブレーターの陳列方法、
AVメーカーの特色などを聞いていると、
なんだかおもしろくもあった。

研修期間が終わって。
いわゆる「フリーター」の僕は、
店長に次いで、多くの時間働いていた。

そのうち店長とも、仕事の話だけでなく、
その日の出来事やちょっとした雑談なども交わすようになった。

引き継ぎのときなどに、少し早めに行ったりすると、
一緒に店に立つこともあった。
そんなとき、店長がよく口にしていたフレーズがある。

「腰が痛いんで、座ってもいいですか?」

基本、「スタッフ」は立ったままでいるのが原則らしいが。
店長は、律儀にも断りを入れてから「よいしょ」と座る。
イスのない店内のすみ、冷たいリノリウムの床の上に。

その姿はまるで、『仙台四郎』の置物のようだった。

ある雨の日。
店長は、びしょ濡れの雨ガッパ姿で現れた。
上下セットアップの紺色のカッパには、
ところどころ銀色っぽい反射素材がついていた。
視界部分が透明になった、フードをかぶって。

その姿はまるで、少し太った鉄人28号のようだった。

店長は、通勤するのにバイクを使っていた。
バイクといっても、50CC。
いわゆる「原付」に乗って、1時間ほどかけてやってくる。
外回りを掃除しているとき、原付にまたがる店長を見た。

その姿はまるで、ボリショイサーカスのクマのようだった。

そして思った。
もしあれが原付じゃなかったら、
通勤時間がもっと短縮できるんじゃないかと。

重みで車高がぐっと下がった原付は、
蒸気船みたいな白い煙をポクポクと吐き出して、
横を走る車にどんどん抜かれていた。

夏を前にしたある日。
店長にクーラーのフィルター掃除を頼まれた。
天井4カ所に据え付けられたクーラーのカバーを外し、
水洗いするという仕事だ。

「ボクは高所恐怖症なんで、お願いします」

そう言われて僕は思わず、

「背が高いのに?」

と返しそうになったが。
何だか楽しそうだったので、快諾した。
当日、目にホコリが入ると嫌なので、
ピンクの水中メガネをはめて掃除した。
ピンク色に染まった「ピンクの」世界を脚立の上から見下ろすと、
すごくおもしろい風景に見えた。

棚に並んだ書籍を数えるときも、そうだったけれど。
すぐに数を数え間違えてしまうので、
僕は「野鳥の会」が使うようなカウンターを持参した。

カチカチとカウントする僕を見て、
店長は歳上のような顔で、小さく笑った。
ピンクの水中メガネのときも、同じだった。

そのさまはまるで、気だてのやさしい森の巨人のようだった。

ある真冬の夕方。
くたびれた顔つきの店長は、

「忙しくて昼メシ食えなかったんで。いまからちょっと買ってきていいですか?」

と言った。
数分後、吉野家の牛丼(大盛り)とみそ汁を買って戻ってきた。
倉庫みたいに冷たく殺風景なバックヤードで、
上着も脱がず、地べたにちょこんとあぐらをかいて、食べはじめた。

冷蔵庫のように冷えたバックヤードで。
店長は、湯気にメガネを曇らせ、
汗をだらだら流しながら、
大盛りの牛丼をかき込んでいた。

その姿はまるで、蒸したての巨大肉まんのようだった。

少し足を伸ばして、わざわざ吉野家まで行ってきたというのに。
買いに行くのにかかった時間の、何十分の一かの早さで食べ終わった店長。
だったら店で食べてきてもよかったのに、と僕は思った。

トイレットペーパーで汗を拭う店長の姿は、
もはや「つゆだく」ではなく「汗だく」だった。

                 ●

そんな店長に、カナダ行きの日取りを切り出した。
それは、辞める時期を告げるということだ。


その日からひと月ほど経って。
店長は、僕より先に辞めた。

一度だけ理不尽なことで注意を受けたけれど。
すごくまじめで、いい人だった。


「いや、これは客が返品にきた商品で、仕方なくボクが買い取った物なんで、
 おもしろくもないし、あんまり好きでもないんですよね、こういう洋モノは・・・」

などと言葉を濁しながら。
店長が金髪物のDVDを売りにきたときは、何とも微妙な気持ちになったが。
店長との日々も、僕の心のアルバムの中で、きらきらと光る思い出のひとつだ。

ここ、アダルト・ショップでの日々は、
いつかまた、書かせてもらうとして。

洋梨型のシルエットを見ると、ふっと思い出す。
戸口に立つ、店長の姿を。
マトリョーシカを見ると、手に取って思わず開けてしまう。
何かの手違いで、店長が中に入っていないかと。


<今日の言葉>

いつか作った 手あみのピエロ
フロントグラスで 踊っているわ
これが最後の ドライヴかしら
私のお家は もうすぐそこね
さそわれたのが 恋のはじまり
それなのに それなのに
愛の終わりを 待ってるふたり
待ってるふたり
ラララララ・・・

(「最後のドライヴ」弘田三枝子/作詞:橋本淳)

2009/01/20

SなのかMなのか、それとも森進一か

自分は、S(サディスト)なのかM(マゾヒスト)なのか。
先日、生徒とそんな話をしていて、

「先生は絶対Sだ」

とひとりの女子生徒に言い切られた。
それを聞いたほかの生徒も「ああ、分かるー」と納得の顔だった。

自分がSなのかMなのか。
いままで、あまり深く考えたことがなかった。
生徒たちの、満場一致的な感じからして、
彼ら、彼女らにしてみれば、もれなく「S」に映っているようだ。

「Sなのか、Mなのか、どっちなんだい」

と、なかやまきんにくん風に訊ねられたとしたら。
・・・やっぱり、Sなのかとも思う。

たとえば、何かをして遊ぶとき、
「他人に巻き込まれて楽しむ」タイプと
「他人を巻き込んで楽しむ」タイプとがいる。

間違いなく、自分は後者だ。
たとえ「誘われて」参加するとしても、
「飛び込むのは自分から」という気持ちが常にある。

SとM。
それは、「行動」と「受動」という言葉にも置き換えられる。

「S」は、行動する上で、いつでも主導を握っている。
いわゆる、リーダー的な存在でもある。
ときに主導を委ねたり、泳がせたりもするだろうけれど。
大元の「手綱」はぎゅっと握ったまま、放さない。
組織や集団の中で舵取り(ボランチ)をするのは、そういう気質の人だろう。

集団や組織など、無作為に複数の人々が集まったとしても、
必ず「支配的な人」と「非支配的な人」との住み分けができるという。
最終的に団体を引っぱっていくのは、
「支配的10%」と呼ばれる人たちのベクトルによるものだと。
そんな話を聞いたことがある。
マルコ・ポーロしかり。リビングストンしかり。
無謀な冒険を先導したのは、そんな支配的10%の人々だ。

100人いれば、そのうちの10人。
10人なら、そのなかの1人が、
「支配的な」存在、
もっと言えば「S気質の」人だということだ。

古典の授業で習った故事に、

「鶏口なるとも牛後となるなかれ」

というものがあったが。言い換えると、

「たとえ小さな集団の中だとしても、Mになるよりは、Sでいるほうがマシ」

という解釈もできそうだ。
そうなると、なんか「お山の大将」みたいで、ちょっと嫌だ。
「裸の大将」だと、みんなにも好かれてたのしいのに。

・・・結局のところ、自分はどこにも属していないような。
そんな気がしないでもない。
ここで、クロ(『鉄コン筋クリート』)の言葉を借りようと思う。

「俺は誰にも尻尾は振らないよ」


SとMは、環境がつくるものだと思う。
思うに、ジャンケンのような関係なのかもしれない。
グーは、チョキには勝てるけど、パーには負ける。
グーどうしなら「あいこ」だし、
相手の手を読んで、自分の手を変えることだってできる。

酔うと暴力をふるうような男に尽くす女性が、
必ずしも「M」とは言い切れない。


主導を握って、必ず勝つ。
剣豪、宮本武蔵は『五輪書』の中で繰り返し言っている。
自分に有利になるように、相手にとって不利になるように、
「場」や「状況」を操作することが重要だと。

これは、やくざのシノギと同じ原理だ。
待ち合わせの時間よりも早く着き、
「遅れてきた」相手にプレッシャーをかける。
逆に、約束の時間を大幅に遅れて、しびれを切らす方法もある。
巌流島の武蔵のように。


自分の中にひそむ、SとM。
学生時代、バカみたいに運動ばかりやってきたせいもあり、
自分の限界に挑戦したり、我慢や鍛錬をするのは嫌いじゃない。

そういう「自虐性」は、
自分をいじめたいという「S気質」からくるのか。
それとも、いじめられたいという「M気質」からくるのか。
しばらく考えてみたけれど、答えは出てこなかった。

愛犬の散歩で。
ビニール袋をスタンバイして、
尻から落されるうんこをキャッチしているときの自分は、
どこか「Mっぽい」のかもしれないし。


Sなのか、Mなのか。

よくは分からないけど、
ただ、気ままにやってるだけ。

とか言いつつ。
マルキド・サド侯爵も、おんなじことを言ってたりしたら、
笑うに笑えないけど。

結論は「誰しもみんなSであり、Mである」という感じでいかがでしょう。
SとMとが同居してて、どっちが出てきて仕事をするか。
みんなSM。
そうです、みんな「シンイチ・モリ」なのです。
だからみんなも「おふくろさん」を大切にしましょう。


< 今日の言葉 〜ぼくの考えた成語 >

・ほんのちょっとの段差でつまずいただけでも、崖から落ちるような勢いで絶叫する人(大げさな人のたとえ)

・イスの足を踏んで「あ、すみません」と、思わずイスに謝ってしまう人(生真面目な人のたとえ)

・毎朝、CM撮影のつもりで牛乳を飲む (いつでも気を抜かず、サービス精神が旺盛なようすのたとえ)

・「まだまだパーティはこれからだぜ」 (どんな場面でも、言われたくない言葉のひとつ)

2009/01/13

酔いやすい人

飲み会などで「普段どおり」の調子でしゃべると、
必ずと言っていいほど「酔ってるの?」と聞かれる。
親しい人にはご存知の「顔」でも、深い付き合いのない人たちには、
酔っぱらっているように映るらしい。

「酔ってるの?」と言われると、しゃべりにくくなる。
もしかすると、普段からずっと「酔っている」のかもしれないから。

酔うのは、アルコールだけではない。
自分にうっとりと酔う人もいるだろうし、
アイドルなんかに酔ってる人もいるだろう。

余談だけれど。
先日、電車の中で女子高生がこんなことを言っていた。

「タッキーってお年玉60万円あげたんだって」
「え、どういうこと? ひとりに?」
「ちがう。全部で60万円だって」
「ええっ。給料から払ったのかなあ」

まあ、どうっていうことのない会話だけれど。
何となく耳に残るやり取りだった。


さて。
ある友人は、ひどく酔いやすい。
酒に、というより、「乗り物」にめっぽう弱い。

20代のころ、車で北陸に向かっていたときのことだ。
たいていは僕が運転をするのだが。
そのときは気まぐれに、友人にハンドルを任せていた。

真夜中の山道。景色は一面真っ黒。
つづら折りに連なるヘアピンカーブを延々とのぼっていて、
ふと、会話が途切れた。
友人は突然押し黙り、真顔になっている。

「どうした?」

心配になり、僕は聞いた。
短い沈黙のあと、友人が、ぼそりと答えた。

「やべぇ、気持ち悪くなってきた・・・」

友人は、幾重にも続く急カーブに酔ったらしい。
あまりの驚きに、僕は言葉を失った。
まさか、自分の運転で酔うとは。
寝耳に水、いや、寝耳に熱々のココアを注がれたような。
その衝撃は、いまでも色あせずに残っている。


まだ10代か、二十歳そこそこのころ。
肝試しに出かけたとき、同じような山道で、やはり彼は酔った記憶がある。
後部座席の窓側。みるみる顔色が悪くなる友人を見て、僕は車を停めてもらった。

闇にこうこうと浮かぶ自動販売機で。
僕は『はちみつレモン』を買った。

「酔ったときは、はちみつレモン飲むと治るから」

僕は、嘘だと分かって、あくまで気休めのつもりで、
よく冷えたはちみつレモンを彼に渡した。

はちみつレモンを飲んでから数分後。
友人が、静かに口を開いた。

「・・・ああ、効いてきたかも。ちょっと、よくなってきた」

僕はここでも驚いた。
彼の「純粋さ」「素直さ」に打ちひしがれ、
なんだか悪いような気さえしてきた。

プラシーボ(偽薬)効果もはなはだしいのだけれど。
おそらく、そのときの彼なら、
「酔い止めだ」と言ってクッピー・ラムネを手渡しても、
けろりと酔いが治っていたことだろう。


そんなこともあり、そうそうのことでは驚かなくなっていたはずなのだが。
数年前に、またしても「それ」はやってきた。

友人と2人、公園のブランコに座っていて、

「どっちが高くこげるか競争しよう」

ということになった。言い出しっぺは僕である。
鉄くさい鎖をぎゅっと握って、膝を屈伸しながらぐんぐんこぐ。
景色が上下して、空がどんどん近くなる。

「このまま一回転できないかな」

などと言いながら、機嫌よくこぎ続けていると、
突然、「ザザザーッ」と、砂を滑る音がした。
友人が「急ブレーキ」をかけた音だった。

「どうした?」

友人は、うつむいたまま、こうつぶやいた。

「やべえ、キモチワルクなってきた・・・」

まるで「山道」の再放送のようなセリフが、友人の口からこぼれ出た。
ついさっきまで一緒に声をあげて笑っていた友人が、
ぐったりと、別人のような顔つきでうつむいている。
その、突然の落差に。
このときばかりは声をあげて笑った。

またしても自分の「運転」で酔ってしまった友人。
自分のさじ加減で、いかようにもできるはずなのに。
友人の、成長のないバカさ加減に。
僕は、胸の奥のやわらかい部分をわしづかみにされたような気持ちになった。


お酒に酔って、溺れちゃう人。
ギャンブルに酔って、はまっちゃう人。
いけないものに酔って、こわれちゃう人。

その対象が何であれ。
何かに「酔って」いられる人はしあわせかもしれない。

「酔っぱらってないと。こんな世の中、しらふじゃやってられねえよ」

などと言った人がいるとかいないとか。
何かに酔っても、他人に迷惑をかけるような悪い酔い方はしないよう。
くれぐれも気をつけたいものですね。

乗り物に酔いやすい友人も。
変なものに酔っちゃってるよりはいいかな、とも思う。

かくいう僕は、いま、マッコリに夢中だ。
フルーティな水刺(スラ)マッコリを片手に、
ドリトスを食べる祝日の午後。

その数分前には、踏切待ちで、小学生くらいのギャルたちに、
なぜかひそひそささやかれて、なぜかクスクス笑われた。

やっぱり、「しらふじゃやってられねえ現実」なのかもしれない。


< 今日の言葉 >

つ・・・つぐないきれない!
わたしのために眉間にうけたキズが
誠さんの運命をもキズつけたことは知っているつもりだったけど・・・
ああ!! あんなにも残酷にキズつけていたとは・・・

(『愛と誠』第1巻/雪降る路上、早乙女愛の心のセリフ)