2025/12/15

のぼるひと

 



20代の頃。

ディスプレイの仕事をしていて、

現場で、フリークライミングの

壁面と顔を会わせた。


大きなホールの、

高い天井にまでそびえる、

巨大な壁面。

カラフルな

ストーンチョコみたいなブロックが

いくつもボルトで固定されていた。

上にあがると、

ひらがなの「て」みたいに

反り返った傾斜にが待ち構えている。


映像か何かで、一度くらい、

目にしたことはあったけれど。

当時はまだ、

日本に上陸したばかり、

というような代物で、

初めて目の当たりにしたぼくは、

いてもたってもいられず、

仕事の合間——あるいは仕事中か、

おもむろに

その「壁面」をのぼりはじめた。


何も考えず、

カラフルなブロックを見すえて、

次はそれ、その次はあれかと、

一挙手一投足、

右手左手、右足左足を動かし、

手がかり、足がかりとなりそうな

場所を選びながら、

どんどん上へ上へとのぼっていった。


視線は目の前のブロックと、

先につながる景色しか見ていなかった。


ちょうど、

ひらがなの「て」の部分にあたる

反り返った箇所へ差しかかったころ。


「何やってるの!」


不意に足元から声がした。

一緒に現場入りした、

営業の女性の声だった。


「危ないから、早く降りて!」


声に振り返ると、

自分がえらく高い場所に

いることに気づいた。


次の一手を

考えあぐねていたぼくの足は、

にわかにぶるっと震えだした。


反り返った壁面は、

これ以上、進めそうにはない。

引き返そうにも、

思った以上、高くのぼっていた。


ぼくは、

一歩一歩、一手一手、慎重に、

まるで尻込みするかのような挙動で、

地上に向かってくだっていった。


のぼるよりも、

くだるほうが怖かった。


何度も足を滑らせそうになりながら、

一歩一歩、地上が近づいてくる。


地面があと

3、4メートルほどにまで迫った時。

思い切って、飛び降りた。

その時、営業女性の、

悲鳴のような声を聞いた。


地面には

柔らかなマットが敷かれていた。

まだ仮の状態で敷かれたマットは

それほど分厚くはなく、

かといって、地面ほどは難くない。


そんなマットに「着地」したぼくは、

電気みたいに走る痛みを、

じいいんと足首に感じながら、

同時に、ほっと安堵の吐息をついた。


そしてすぐに、営業の女性の、

心配とも安堵とも

怒りともつかない声を、

全身に浴びた。


「落ちたらどうするの!

 命綱なしでのぼるものじゃ

 ないんだから!」


まったくその通りだった。


ぼくは、

何もわからず、何も考えず、

ただただのぼっていた。


好奇心なのか、何なのか。


何も考えずにぼくは、

ただ、のぼっていた。



* *



たいしてやったこともないものを

喩えに挙げるのも恐縮ですが。


生きていると、

まさしくロッククライミングや、

フリークライミングのように感じる

瞬間がある。


おそらく言い尽くされたほどの

喩え話だろうけれど。


それでも実際、

そう感じる場面がある。


次の一手は、どこに置こうか。

どこに運んで、どう進むべきか。


新たな障害に突き当たり、

考えあぐね、戸惑う場面で。

頭に浮かぶのは、

切り立った壁面の、

岩場のような風景だったりする。


高い場所へ、

山登りのようにしてのぼる人もいる。

ハーケンを打ち込み、

ザイルを張って、はしごにしたり、

こつこつ岩を削りながら、

階段をつくってしまう人も

いるかもしれない。


王様みたいに、人を動かして、

なだらかな回廊やエレベーターなどを

つくる人だっていよう。


そういった中の、ひとつ。


ロッククライミング、

または、

フリークライミングという方法。


方法というより、

道、というほうがふさわしいのか。


人生の途上、

険しく切り立った「壁」に、

ふと、クライマーの気持ちになって思う。


はて次は、

どの岩に取りすがるべきか、と。



どうにも行き詰まった時。


もしもお酒を好む人は、

お酒という「岩」に手をかけてもいい。

買い物やギャンブルで気持ちが晴れるなら、

その「でっぱり」に足をかけるのもいい。


前に進めるのであれば、

上にのぼれるのであれば、それでいい。


どれだけそこにいようと構わないが。

すこに居座ってしまっていては、

のぼることはできない。


ほんのいっとき、

その岩の「でっぱり」に、

手をかけ足を休ませて、

再びまたのぼっていける

「一手」になるのであれば、

それもいい。


気力体力がもつのであれば、

一心不乱にのぼるもいい。

脇目も振らず、

寝る間も惜しんで、

ひたすらのぼっていってもいい。


かつての自分は、

そんな感じだった。

景色にすら目を向けず、

ただがむしゃらに、

目の前のでっぱりだけを

じっと見つめて、

休まず素早く

のぼっていた気がする。


技術などはない。

あるのは瞬発力と体力だけ。


命綱もつけず、

落ちることも厭わず——

そう。

怖れることなく、

落ちても別に構わない、といった心根で、

勇猛果敢というより、

ただただ無鉄砲な馬鹿だった。


まさに力業。


足場が崩れたとしても、

岩もろとも落ちる前に、

ほかの岩へと飛び移る。


三点支持、などということも考えず。

離れ業を駆使したこともあっただろう。


とにかく何も考えていなかった。


命が惜しいわけでは

なかったと思うが。

自分が落ちることなど、

一瞬たりとも考えたことがなかった。


それは、

落ちたことがなかったからだ。


さいわい、というのか。

それとも、災難というのか。


落ちることで初めて、

落ちる、ということを知る。


それで「終わって」しまわなければ、

落ちるということを、体感できる。


本当に落ちるんだ。


痛い。苦しい。


死ぬかと思った。


恐怖や不安も、覚えるかもしれない。


経験は、学習だ。


その学習を、どう活かすか。

前向きに生かすのか、

それとも後ろ向きに使うのか。


おそらく何度か

落下したであろうぼくは、

考えるようになった。


手足を動かす前に、

切り立った壁面をじっと見つめ、

次の一手に最良な、

いちばんふさわしい「岩」を

探すようになった。


最初は目や頭で探していたが。

今では心で探すようになった。


行動に移ったり、

声に出して訴えたりする前に。

自分の中で、静かに自問自答する時間。


もう少し賢ければ、

命綱をつける、という

選択肢もあるだろうが。


ぼくはいつでも、全力でいきたい。


落ちた時には、全力で痛くて、

全力で苦しむだろうけれど。

のぼりきった時には、

全力で嬉しいから。

ぼくは、ハーネスなしで、

岩場をのぼる。


それでも。

——いや、それだからこそ。


無理や無茶は、しない。

しなくなった。


下まで落ちたら「終わり」だから。


たとえ命がけでも、

命をかけるような真似はしない。


やり直しのきかない緊張感の中で。

嘘も偽りもごまかしもなく、

真剣勝負で壁をのぼっていくこと。


そこにあるのは、

ただの自己満足かもしれない。


それでもやっぱり、

命綱は、つけたくない。


落ちないという約束の中での冒険よりも、

落ちたら終わりという中で味わう景色が見たい。


だからこそ、

一挙手一投足が大切で、

とても愛おしくなる。


真剣っていうものは、

竹光じゃあない。

切れ味鋭い刀だからこそ、

真剣なんです。


かつての自分は、

死ぬことが怖いと思わなかった。


それはおそらく、

死が遠くにあったからだ。


身近な人の死を経験したり、

間近に死を味わったり。

死というもののリアリティが

頭ではなく、

経験として感じられたせいもある。


死にたくないと思える理由が

明確にできたせいもある。


恐怖は、悪い感情ではない。


かつてロボトミー手術が研究された時代、

恐れを知らぬロボトミーの兵士がいた。

彼らは怖れを知らないあまりに、

果敢に攻めて、あっさり死んだ。


死への恐怖がないということは、

生きることへの執着もない。


執着は、今もないけれど。

ただいたずらに

勇壮なだけではいけないと。


法定速度30キロの道路は、

時速30キロで走る意味がある。

そう思えるようになった今では、

急ぐことも、力任せに突き進むことも、

むやみに我を押し通したりするような

「一手」を選ぶことも、少なくなった。


おそらくこれも、

全力で「落ちた」せいだろう。


落ちて苦しむ人の気持ちも、

痛みも、今では少しわかる。


落ちても落ちても、

のぼり続ける人の凄みも、

今ならわかる。


もし命綱をつけたまま

のぼっていたら。


多分、わからなかった。


痛みも、苦しみも、

喜びも、感動も。

この景色も多分、わからなかった。



* * *



大人になると、

手加減を覚える。


明日に備え、未来に備え、

準備をしたり。

同じ失敗を繰り返さないように、

やる前から予防したりする。


それは賢明な選択だと思う。

けれども度を過ぎると、

保険と保証の命綱で、

がんじがらめになる。


ある時、壁に貼ってある紙を見た。


『運鈍根』


人生を成功させるための秘訣だという。


運——。

運気。運勢。機運。

なるほど。


ひとつ飛ばして、根——。

根気。根性。性根。根幹。

なるほど。


鈍?


鈍感。鈍磨。愚鈍。

鈍——。


言っていることはわかるが。

ぼくは「鈍」にはなりたくない。


感じないのは嫌だ。


感じた上、受け止めた上で、

前に進みたい。


鈍は、

生きたまま半分死んでしまう気がして。

今のぼくには、

まだわからない感覚だ。



落ちないように、のぼるのだけれど。

落ちたら落ちる。

それでも、落ちることを怖れず、

落ちてもいいなどと開き直らず、

一挙手一投足を味わいたい。


全身で、全力で、

思いっきり味わいたい。


大人になって、

技術やコツを覚えたとしても。

それだけに頼りたくはない。


筋肉は、使わなければ衰える。

鍛えなければ、脆弱になる。


感覚を鈍させて、

自分を守るくらいなら。

ぼくは、思いっきり泣いていきたい。


いつでも真剣勝負で、

本気で笑って、本気で泣く。

やたらと怒ったりはしないけれど。

本気で悔しがったり、

本気で悲しんだりしていきたい。


感じないのと、

表出しないのとは、大きく違う。



* * * *



何度も何度も落ちてきたからこそ、

致命傷には至らなないような落ち方が、

ほんの少しはわかったのでしょうか。


今でもときどき

思いっきり落ちて、

本気で悔しがって、

本気で泣いてますが。


ふり返って景色を見たとき、

何度も落ちてのぼった風景に、

感慨深くて涙があふれます。


ある人が言いました。


「生きることすべてが作品だ」と。


ぼくは今、作品をつくっています。


タイトルもなく、

額にも入っていない作品ばかりだけれど。

自分では最高傑作の作品ばかりを、

毎日つくっています。


「最新作が最高傑作」


絵を描いているとき、

いつも心に念じていた言葉。


毎日が最高傑作。


そう思って生きられたら。


空っぽになりかけた心を満たすものは、

物ではなくて、心なのだと。


命綱なしでのぼったからこそ、

心の奥に、深く強く、染み渡った。



のぼる人には、わかる。



今見えている景色。



何が、見えますか?



自分が見たかった景色ですか?



心ときめく、

まだ見ぬ景色が見てみたい。


そう思って、またのぼる。


懲りもせず、飽くこともなく、

のぼり続ける。


そういう人に、ぼくはなりたい。


そういう馬鹿に、ぼくはなりたい。




< 今日の言葉 >


『植物に優しく語りかける人と、

 無関心に世話をする人とでは、

 同じ条件下でも

 生育が変わることがある。

 それは、言葉の内容ではない。

 言葉に込められた「振動」が

 相手に届いているのだ』


ニコラ・テスラ

2025/12/01

できないから、できたこと



 




父が死んで、ちょうど1年。

そんな折に、母がまた、

表情を曇らせ、机に向かっていた。


机の上には、

レシートやら請求書やらの紙の山。


2ヶ月ごとにやってくる、

この風景。


これを見るのも、

もう1年になるのか。


無計画に年金を使ってしまい、

母が、困惑と落胆に肩を落とす、

お決まりの風景。


父がいた頃には、

父に泣きつき、

不足したお金を催促していた。


今では、

すがりつく袖もない。


父が余命宣告された時、

母に言った.


「少しずつでいいから、

 お金、貯めておいてね」


自分が家を出る時——

もう何年も前からも、

母にはそう言って聞かせていた。


けれども・・・。


お金の勘定が不得手な母は、

あればあっただけ、

予定外出費だあろうが

年に1回必ずやってくる

必要経費の支払いが控えていようが、

何の準備も躊躇もなく、

手元にあるお金を使ってしまう。


かつてあった貯金は、

父が不在のあいだに、

あれやこれやで、

みるみる消えていった。


頑張ってはいるのだが。

いつも足りなくなって、

貯めようと思って

よけていた分に手をつけてしまう。


この1年間、

それをそばで見てきた。


どのくらい足りなくなるのか。

どんなふうにして、足りなくなるのか。


わかったこと。


母が、

それほど無茶苦茶な浪費を

しているわけではないということ。


前述の通り、

想定外の出費や、

不定期な出費が積み重なって。

さらには、日々の買い物の、

ちょっとした「買いすぎ」が

積もり積もって。

2ヶ月分まとめて支払われた年金が、

1ヶ月と少しで底をつく。


もちろん、

乗り切れることもある。

が、この1年間で3回、

お金がなくて落ち込む

母の姿を目のあたりにした。


当初のぼくは、

母に解くと説明した。


2ヶ月目の、

公共料金などの支払い分は、

必ず確保しておくことを。


2ヶ月で考えるのではなく、

1ヶ月ごとに——または、

週ごとに割ったお金を封筒に入れて、

次回の分のお金には

手をつけないでおくこと。


1年——。

母を見てきてわかった。


母は、

やらないのではなく、

できないということ。


つい、とか、

今回は、という「特例」が

「通常」になっていて、

非常事態が常態化している。


「もしお金が足りなくなった場合は

 どうしたらいいの?」


「いや。そうじゃなくて。

 決まった中で、

 やっていくしかないんだよ」


何度そんなふうに話したことか。


母は、やさしい人だ。


わが子がお腹を減らして

困らないようにと。

そういう「やさしさ」が

根底に強く働いていて、

まるで強迫観念のように

食料品を買い込んでくる。


驚くほどの浪費ではないが。

いつも「多め」で、

使い切れなかったり、

食べきれなくなって、

冷蔵庫の中で

「こやし」となることも多い。


母にとっての生活資金は、

どのくらいが妥当なのか。

1年間、じっと見てきて、

なんとなくだが見えてきた。


ぼくはこっそり、

母の貯金を始めた。

毎月母からお金を受け取り、

それを貯めた。


こっそり、というのも。

言ってしまうと、

母はそれをあてにしてしまう。


「どうしよう、お金が足りない」


母がそう言ったときに。

まったく助けないわけではないが、

それありきで、

当たり前に期待してもらっては困る。


突き放しはしていないが、

甘えすぎてもらってはいけない。


この按配が、難しい。


この1年間、

いろいろ試してみた。


怒ってみたり、叱ってみたり、

冷静に説得してみたり、

笑顔で説明してみたり。


そのさなかに、

わかったのだ。


母には、

できないということが。


悲しみや、寂しさや、

落胆などは一切なく。

できない、ということがわかって、

自分のやるべきことがはっきりした。


母に代わって、

お金の管理をしていくべきだと。


少し前のぼくなら、

怒っていたか、悲しんでいたか、

それともまだまだむきになって、

何とかしようと

躍起になっていたことだろう。


父の死から1年経った今。


ぼくは、母の手を取り、

笑顔で言った。


「まあ、

 今回は何とかするから。

 次から頑張っていこうね。

 ぼくも一緒に頑張るから。

 頑張って節約と貯金をしてこうね」


ぼくは、母にお金を「貸した」。


常態化した「もしも」の時のために、

これまでこつこつ貯めてきた

「母さん貯金」の中から、

数枚の紙幣を抜き取り、

封筒に入れて、母に渡した。



本当にお金がなくなって、

貧窮しては困るからこそ、

母には、お金がなくなると困るんだよ、

ということをわかって欲しかった。


こうしてお金を出すのは、

初めてではない。

これまで、

自分の懐から出したりもした。


その都度、

怒ったり、叱ったり、

悲しんでみたり、

説得してみたりしてきた。


「貸した」お金は、返ってこない。

「借りた」ことすら、忘れ去られる。


けれども今回、

笑顔で母の手を握り、

両手で包んでさすりながら

こう言った。


「大丈夫だよ。

 頑張ろうね、母さん」


「本当にごめんねぇ、

 こんなばかな母さんで。

 こんなだめな母さんだけど、

 これからもよろしくね」


「うん。

 母さんはいつも

 よくやってくれてるよ。

 ありがとね、頑張ろうね」


そのあとぼくは、

母と書道をした。


お祝いのための準備で、

母に文字を書いて欲しかったからだ。


ぼくも書いた。

一緒になって、書道をするなんて、

もうどれくらいぶりのことだろう。


「あんたうまいねぇ。

 絵、描いとる人だで、

 筆はいつも握っとるもんね」


そういう母は、

長年、書道を

たしなんできた人である。

自分が展覧会をするときなど、

母にはよく、

文字を書いてもらってきた。


久しぶりに見た母の字は、

細くてやや揺れながらも、

母らしい、

丁寧でやさしい筆致だった。


「ねえ母さん、

 ぼくの名前も書いてよ」


「あんたの名前?」


「そう」


書き始めた母は、

手を動かしながら言った。


「あんたの名前、

 書きやすくていいね。

 ・・・あれ、

 乃木偏のこっちって、

『リ』でいいんだよね?」


などと戸惑い、

ためらう母とともに、

黒い墨で、

半紙に文字を書きつけた午後。


いたずらに歳だけ重ねてきた

半人前のぼくは、

母の描く『利明』の文字を見て、

なぜだか涙がにじんできた。


「下に母さんの名前も

 書いといて」


小筆で書かれた『恵美子』の文字。

きれいな形だった。


それはそのまま、

ぼくの宝物になった。


80歳の母が書いた、

ぼくの名前。


お金でも、物でもなく。

この時間と、

書道半紙に書かれた『利明』の文字。


こんな宝物をもらえるまでに、

ぼくは、成長したのだなと。


一人、感極まって、

こっそり泣いた。


母さんが今、

生きててくれてよかった。


1年前の母さんに、

こんな笑顔はなかった。


きっとぼくも同じだろう。


「あんたの字は、

 あんたの字、って感じがするね」


「母さんの字も、

 母さんの字って感じだよ」


「あんたは迷いがないね。

 力強いけど、やわらかい」


「母さんはやさしいね」


「母さんは気が小さいで。

 失敗したらどうしようって思って、

 よけいに手が震えるんだわ。

 あんたの字は、

 大胆っていう感じだね」


「ぼくは、失敗とかそういうの、

 あんまり気にならないからね。

 うまく書く気もないし」


「久しぶりに字、書いた。

 正月に年賀状は書いとるけど。

 よかったわ。

 楽しかったね」


習字道具を片づけながら、

母が嬉しそうに笑う。


「うん、楽しかったね」


本当に、心からそう思った。



子どもの頃、

よくこんなふうにして

母と一緒に、

いちごジャムを作ったり、

よもぎ餅を作ったり。

ホットケーキやドーナツを作ったり、

縫い物をする横で、絵を描いたり。

母の作る、

パンフラワーや木目込み人形を

手伝ったり、

やらせてもらったりもした。


懐かしいような、

それでいて真新しいような、

母との時間。


紆余曲折の日々があって。

自分がこうして今、

母の前にいることは、

何かの思し召しかもしれない。


何年も、何十年も、

忘れていた時間。


こうして自分が書き残しているものは、

物語でも作品でも何でもないが。

ぼくにとっては、大切な宝物だ。


日に日に老いて、

小さくなっていく母。


母の手は、あたたかく、

すべすべとして

骨ばっていてか細い。


大人になった自分が、

母の手を握るなどとは、

想像すらしてこなかった。


本当に苦しかった時。

言葉よりも、

ぬくもりが心を温めてくれた・


大切な人と、

ともに過ごす時間。


父とは過ごせなかった、この時間。

ぼくはもう、後悔したくない。

失敗したとしても、

できるだけ後悔はしたくない。


知識や情報は、

いくらでも簡単に手に入る。


けれども。


答えは、どこにもない。


選択するのは、自分の意思だ。


自分自身が体験して、

実践して、感じたことは、

自分にしかわからない。


手触り、温度、重さ。


心の風景にも、

そんな感触がある。


経験すればするほど、

わかることが増える。


たとえそれが、

個人的な体験だとしても。

似て非なるようでいて、

共感できるものもあるはず。


期待も約束もしない。


落胆もあきらめもない。


ただ、受け取る、

受け止める。


ぼくはもう、準備をしない。

心の準備だけはするけれど、

起こってもいない心配事に

大事な時間を使いたくない。


何とかできる、対応力。


「つよさ」とは、

「余裕」かもしれない。


短気な人とのあいだには、

どうあがいても築けないものがある。


もっと大きくなりたい。


しなやかに、やわらかく、

つよくなりたい。


過去の自分と丈比べ。


去年の自分より、

少しは大きくなれただろうか。

半年前の自分より、

少しはしなやかになれただろうか。

2ヶ月前の自分より、

少しはやわらかくなれただろうか。


この先、

どうなるかはわからないけれど。

なぜかわくわくている自分がいる。


「何でもこい」


全部、こやしにしてやる。


買いすぎて使い切れなくなった、

冷蔵庫の「こやし」みたいに

ならないように。


笑顔を最優先にして、

その都度、

最良の答えをはじき出せるよう、

頭と心をやわらかく、

馬鹿で賢い計算力を磨いていきたい。



夕食どき、

母と話した。


「母さんが卒業式の時に着てた、

 ピンク色のワンピース。

 あれ、いいよね」


「あれは学校で、

 卒業の時に作ったやつ。

 あんた、そんな昔のこと、

 よう覚えとるねぇ」


「いやいや。

 アルバムの写真で見ただけだよ。

 まだ生まれてないもん、ぼく」


「あれ、そうだっけ?」


「そうだよ。

 短大の卒業式なんて、

 母さん、まだ結婚もしてないでしょ。

 ぼくが生まれてるはずないって」


「そうかそうか。

 で、あんたって、

 いつ生まれたの?」


そんなとぼけた母に、

腹を抱えて笑っている自分。


母ゆずりで、

のんきで馬鹿な息子のぼくは、

過去や未来のことよりも、

今、目の前の景色に笑うことを選ぶ。


そしてつよく、

やさしくなりたい。


できないからこそ、できたこと。


調和。


二人いるのに、

奪いあったり、壊しあったり、

悲しみや苦しみを2倍にしたり、

一人よりも孤独を感じるような関係は、

ひどく悲しい。


父と母に学んだこと。


ぼくは「調和」を考える。


相手がへこんでいたら、膨らんで。

尖っていたら、丸まって。

重たく沈んでいたら、

寄り添い、軽やかに微笑んで。


足して「笑顔」になる計算をしたい。



母という「宿題」は、

なかなか手ごわいけれど。


意味のない出来事は、

ひとつもない。


ぼくは、自分のために、

受け止める。


相手が大切な人だから。


ぼくは、

労を惜しまず受け止める。


わかる人には、わかる景色。


誰かの思い描いた

「しあわせ」じゃなくて。

自分の思う「しあわせ」を

噛みしめる。


これが本当の「しあわせ」なのだと。


わかる人には、わかる話。



できないから、できること。



自分がやれば、それでいい。


その人は、

その人のままでいい。


信頼関係。


わかる人には、わかる感覚。


去年のぼくには、

わかりようもなかった

この景色。


いらないものを手放して、

大切なものをつかまえる。


手は、2本しかない。


大切なものは、

たくさんはいらない。


できないから、できたこと。


ぼくは、

できない分だけ、

できるようになりたい。



< 今日の言葉 >


『人間は、

 氷砂糖のような財産や

 地位がなくても、

 きれいな風を食べ、

 桃色の美しい光を

 飲みこむことができる。

 そういうものの中に

 本当の幸せはあるのではないか』


宮沢賢治