2013/12/30

うめやの大将






2013年。

思えば6月ごろから展覧会の準備で奔走し、

何やかんやで今日まで

ずっと走り回っていたような。

そんな印象の1年だった。



たぶん、2012年も

同じような感じだった気がする。


忙しいのとはまたちがい、

やることがたくさんあるということ。

それは、ありがたいことです。



「忙しいというのは『心』を『亡くす』こと」


そんなふうに聞いたことがある。


たしかに。


「忙しい」と思っていると、

よゆうがなくなって、

見えるものも見えなくなって、

感じられるものも感じられなくなってしまう。


忙しくならないように。

そう心がけながらすごした1年だけれど。


まだまだ半人前のぼくは、

はたして日々をしっかり噛みしめられたのかどうか。

ふり返ってみても、

足りていないような気がしておるわけです。



そんなこんなで。

ふと、思い出した風景がある。






ある繁華街の片隅にある、

カウンターだけの1軒のお店。


そこには、かっぷくのいい、

年輩の男性がいつもお店に立っている。


フレッシュジュースやコーヒーなどの飲み物をはじめ、

サンドイッチやホットドックなどの

軽食もたのしめる、喫茶のような場所。


お店の名前は「うめや」。

1964年からつづく老舗で、

街をぶらついた合間に

ちょっとくつろぐのにちょうどいい。


なのでときどき、

一服がてら、カウンターの宿り木でのんびりしていた。


















フレッシュジュースなんかを飲みながら、

タバコをゆっくり吹かしていると、

カウンターごし、

お客さんとお店の大将とのやりとりが、

聞くともなしに聞こえてくる。


季節の話や身の上の話。

テンポのいいやりとりに耳をかたむけていると、

音楽を聴いているようで心地よく、

自分とはおよそ関係のないような話題が

何だか新鮮でたのしい。


山菜をたくさんもらったというご婦人。

たくさんもらってありがたいのだけれど、

洗うのが大変だと、苦笑いでこぼしていた。



「自分で摘んだんなら選別して採れるけど、

 人からもらったやつは、

 いいもわるいもごちゃまぜで大変」


そういうご婦人に、大将は笑いながら言う。


「だいたい食べ物をいっぱいもってくることがまちがっとる」


大家族でもないのに、

生の食材をそんなにたくさん持ってきてもらっても

食べきれないと。


適量。


大将のそのひとことを聞いて、

なんだか奥深い話にも聞こえてきた。











別のある日。

夕刻どきの、帰宅時間のせまるころ。


注文をすませてくつろいでいると、


「新聞でも読む?」


と大将がスポーツ新聞を差し出してくれた。


お礼を言って受け取ると、

新聞の紙面に目を泳がせる。


何分かもしないうちに、

注文したパイナップルジュースができあがった。


読んでいた新聞をカウンターに置き、

南の島のような味わいのジュースをゆっくり味わう。


ああ、うまい。

何だかほっとする味わいだ。




ほどなくして、

背広姿の50代くらいの男性がやってきた。

いらっしゃい、と水の入ったグラスを差し出した大将は、

すぐにぼくのほうへと顔を向け、


「新聞、もらっていいかな?」


と、やさしく聞いた。

どうぞ、と返すと、

いましがたぼくが広げていたスポーツ新聞を

男性に差し出す。


「ああ、ありがとう」


受け取った男性は、

さも自然な流れのようにスポーツ新聞をはらりと広げ、

紙面に目を向けはじめる。


おそらく常連さんであろうその男性客は、

注文したコーヒーを待つまでのあいだ、

静かに新聞を読みふけっていた。


ごくあたりまえにも見えるこの風景に。

あうんの呼吸のような、熟達した深みのような、

なめらかな平穏さとやさしさを感じた。


まるで熟年の夫婦か、相棒のような。

言葉は少ないけれど、

たしかにそこには通じ合っている何かがあった。






また別の、とある日。


外は雨だった。

朝からの雨はいったんやんだかに見えて、

またぱらぱらと降りはじめたのだ。

けれども、降りはじめて間もなく屋内に入ったおかげで、

傘を持たないぼくも、それほど濡れずにすんだ。


「雨、また降ってきた?」

大将は、おそらくコートについた滴を見て、そう言った。



「あ、はい。またちょっと降ってきたみたいですね」


「飽きずにまぁ、よく降るねぇ」


大将がほっそりと笑った。


オレンジジュースを注文して腰をおろすと、

そっと灰皿が差し出された。

ありがとう、と言うぼくに、

大将は小さく笑みを返してオレンジジュースをつくりはじめる。


ミキサーの、にぎやかな音。


ポケットを探ったぼくは、

タバコを忘れたことに気がついた。

あれれ、とあちこちを探すぼくに、

大将が「どうしたの?」と聞く。


「タバコ、忘れちゃったみたい」


肩をすくめるぼくに、

大将は胸ポケットから自分のタバコを取り出し、

カウンターの上にそっと置いた。


「これ吸っていいよ」


ショートホープ。

ふだんハイライトを吸うぼくにとって、

好きな銘柄のタバコだった。


「ありがとう」


笑顔を浮かべるぼくに、

大将はまた小さく笑みを返して仕事に戻る。


ふたが開いた状態で置かれたショートホープの箱から、

1本取って、火を点ける。


そうしてタバコを吸っているうちに、

オレンジジュースができあがった。









仕事を終えた大将は、

カウンターに置かれたショートホープの箱から

1本すうっと取って、

厨房の中で静かに紫煙をくゆらせた。


1本目を吸い終わってしばらくすると、

ほかのお客さんがお店にやってきた。


ぼんやりとくつろぐぼくに、


「遠慮せず吸っていいから。

 ぜんぶ吸ってもいいよ」


笑いながらぽつりと言うと、

大将はお客さんのもとへと去っていった。


ショートホープの箱は、

口をこちらに向けて、ごく自然な感じで置かれている。


ぼくは、うれしさと、

感謝の気持ちと、敬意のような気持ちでいっぱいになりながら、

大将のショートホープをもう1本吸った。



大将からもらったショートホープ。



タバコをもらった、ということ以上に、

ぼくは、何かいいものをもらったような。

そんな気持ちだった。




また別の日。

クリスマスの装飾が片づいて、

街はもう新年を迎える雰囲気でにぎわっていた。



カウンターに座ると、いつものように


「はい、いらっしゃい」


と笑顔で迎えられた。


「外は寒いね」


「寒いですね」


「何にする?」


「それじゃあ、イチゴジュースお願いします」


注文のあと、ぼんやりとタバコを吸っていると、

カウンターごし、

イチゴたちが撹拌(かくはん)される

ミキサーの音が聞こえてくる。


「はい、どうぞ」


ストローの差されたグラスが目の前に置かれると、

イチゴの甘酸っぱい香りがふわりと伝わってきた。











吸い終わったタバコをもみ消して、

甘酸っぱいイチゴジュースを堪能(たんのう)する。


ああ、おいしい。

寒い、冬の体に、春のような風味が染み込む。


鼻の奥に、少しだけ風邪の気配を感じていたのだけれど。

単純なぼくは、そんな気配すら吹き飛んでしまいそうだった。



帰るとき、

タバコのお礼を言って席を立ち、

サイフにいっぱい詰まった小銭をかきわけていると、

大将がゆっくり言った。



「あわてんでもいいから。

 のんびり、ぼちぼちいこう」



たしかに。



サイフの中には、外国の硬貨や

神社とかお寺で買った「福銭」などがじゃらじゃらで、

そのうえ影になった手元から

使えるお金を探すのに必死になっていた。


そんなぼくの心情を見透かしたのかのような、

大将のひとこと。



あわてんでもいいから。

のんびり、ぼちぼちいこう。



それは、そのまま人生の金言となって、

しばらくぼくの頭の中をぐるぐると回りつづけた。


お会計を済ませ、

お店の前を立ち去ろうとするとき、

大将がにっこり笑いながら言った。


「サンキュウベリマッチ、ありがとう。

 それじゃあ、よいお年を」



去年の今ごろ、昨年末のできごと。



あわてんでもいいから。

のんびり、ぼちぼちいこう。



2014。


あわてなくてもいいから、

のんびり、ぼちぼちいきたい。


そんなふうに思ったのであります。












< 今日の言葉 >


『カニカニカーニバル』

(カニ食べ放題バスツアーのキャッチコピー)




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