ひとつ上の先輩に
「まこちん」という人がいた。
学年は1こ上だけど、
年齢はたしか2こ上だったように思う。
まこちんは、いわゆる「クオーター」で、
父方か母方かは忘れてしまったが、
おじいさんがドイツ人だ。
(ちなみにおじいさんは、
遺体を医学用の骨格標本として
献体されたそうだ)
背が高く、端正な顔立ちをしているので、
ぱっと見、「外国人」のように見える。
男前のまこちんが
サングラスをかけて歩いていると、
すれ違いさま、結構な確率でふり返られる。
そんな「まこちん先輩」。
街ゆく人にふり返られる理由は、
端正な容姿のせいだけでは
ないのかもしれない。
まこちんのファッションは、というと。
当時(1993年)、
スナックの壁紙のような
どぎつい花柄模様のベルボトムを履き、
金色の革のダブルのライダースを着て。
ティア・ドロップ型のサングラスをかけて、
鎖のついた黒革のポリスマン・キャップを
かぶったりしていた。
1970年代の、
グラムロック的なファッションを彷彿させる、
まさに「ステージ衣装」のようないでたちで
「闊歩(かっぽ)」していた。
「闊歩」というのも。
まこちんは、歩くとき、
やたらと姿勢がいいのだ。
昔、市のマーチング・バンドに
在籍していたという話だが。
そのせいかどうかは不明だけれど、
反り返るほどに背筋をぴんと伸ばし、
両手を前後に大きく振り、
ヒザをまっすぐ伸ばして歩く姿は、
どう見ても「ひとりパレード」だった。
白地に赤いラインの入った
「マーチング・パンツ」を履いて
金色の革ジャンを着てきたときなどは、
クイーンのボーカリスト、
フレディ・マーキュリー氏そのものだった。
そんな「まこちん」だからこそ、
僕も「ひとめぼれ」したに違いない。
いや、もちろんノーマルな意味で。
入学したての僕は、まこちんをはじめ、
オリーブ先輩、ジュリー先輩、
はっとりくん、卍(まんじ)先輩など、
どぎつい個性の先輩方に魅了されていった。
当時、まこちんは、
紺色の「フェスティバ」に乗っていた。
マニュアル車のフェスティバ。
嘘みたいに適当に見えるギア操作で車を走らせ、
爆音で流した音楽に合わせて大声で熱唱する。
十八番(おはこ)はやはり、クイーンだ。
そういうわけで、車内はいつも、
まこちんのステージ(舞台)だった。
助手席に座っていると、
信号待ちなどで車が停まるたびに、
クイーンを熱唱されられる。
顔を5センチの距離まで近づけられての合唱。
クイーンはぼくも、
もともと覚えるほどに聴き込んでいたが。
おかげで、
しまいには『ボヘミアン・ラプソディ』を
まこちんとパート分けして唄えるまでになった。
そのさまを、後部座席のはっとりくんが
大喜びで見ていた。
あるとき、
はっとりくんが僕に耳打ちをした。
「まこちん、実は“あっち系”なんだよ・・・。
なんか、お前のこと、狙ってるらしいぞ」
それを聞いた僕は、
一瞬だけ疑いはしたものの、
完全に打ち消すだけの自信がなかった。
たしかに、思い当たるフシが、なくもない。
釣りやボウリングなど、遊びに行ったあと、
まこちんは僕を家まで送ってくれた。
そして帰りにいつも
「健康ランドに行こう」と誘うのだ。
当初は何も気にせず、
「ふたりっきり」で風呂に入った。
健康ランドの正装、
おそろいの「ムームー」まで着て。
入浴中、たしかに「熱い」視線を
感じなくもなかった。
ちなみにまこちんは、
風呂上がりには決まって
「メロンソーダ」を飲む。
初めての店では必ず、
「チェリー乗ってる?」
と確認してからメロンソーダを頼む。
端正な顔立ちも助けて、
一見、立派な「大人」に見えるまこちんだが。
まったく「ガキ」のような
屈託のない口調でそう聞くのだ。
クリームソーダが届くと、
それまでの会話がぷつりと終わる。
そして、子どもっぽい早さで
緑色のソーダを一気に飲み干したあと、
黙々とアイスクリームをほおばり、
お楽しみのチェリーを口に運ぶ。
高々とつまみ上げたチェリーを仰ぎ見て、
高い枝に成った木の実を食べるかのような感じで、
大口を開けてぱくりと食べる。
最後、タネを勢いよく「プッ」と吐き捨て、
いたずらをしたあとの子どものように
「ヌへへへ」と笑う。
タネは灰皿に入ったり、床に落ちたり、
テーブルにはね返って僕の手元に転がってきたり。
タネの行方にはおかまいなしで、
ただ、吐き出すことに夢中な様子だ。
「まこちんはあっち系だ」
その「忠告」のせいで、
さすがに健康ランドも行きづらくなった。
ふたりっきりで「会う」のも、
何となく気まずくなった。
しばらくして。
その「忠告」が冗談だということが分かった。
「えっ、もしかして本気で信じてたの?」
あっち系だと言われると、
何もかもが「そう」見え始めて。
僕は、すっかり本気で信じ込んでしまっていた。
言いっぱなしで種明かしをしない先輩たち。
そういう「いたずら」は、
いつもやる側ばかりだった。
やられてみると、
結構長い間「だまされっぱなし」だったので、
何が本当でどこまでが嘘なのか、
少しのあいだ、分からなかった。
そわそわと落ち着かない気持ちだけが、
妙にくすぶっていた気がする。
とにかくまこちんは、
あっち系ではないらしい。
旅行先では、浴衣の前をはだけ、
赤いビキニタイプのパンツをむき出しにして。
「ローリングいなりアタック!」
などと絶叫しながら、
ゴロゴロと「でんぐり返し」を繰り返して、
男女構わず股間を押しつけるまこちん。
股間の下敷きにされて嫌がる姿を見て、
「ヌヘヘヘ」
と満足げに笑いつつ、
なおもでんぐり返しをしつづける。
そんな破天荒なまこちんだけれど。
家では親がかなり「厳しい」らしく、
「まことさん」
「はいっ」
「ちょっと、音楽が
大きすぎじゃないの?」
「はいっ」
お母様に叱られたまこちんは、
いままでガンガンに音楽を流していた
ステレオのボリュームを、
聞こえないくらいにぎゅうっとしぼる。
はっとりくんいわく、
「まこちんは、ヤヌスの鏡だ」
・・・ヤヌスの鏡。
(わからないおともだちは、
おうちの人に聞いてみてね)
家が厳しい分、その反動で、
学校ではじけている・・・と。
あまりにぴったりな喩えに、
思わず大きくうなずいてしまったほどだ。
聞くところによると、
ステージ衣装のような派手な格好も、
学校付近の車の中で着替えているとのことだ。
舞台ソデで、
ステージ衣装に着替えるまこちん。
学校は、まこちんにとっての
「ステージ」なのだ。
やっぱり、まこちんはすてきだ。
そんなすてきな先輩たちに囲まれて、
のびのびと学生生活を
謳歌(おうか)できたのだから。
僕はきっと、しあわせ者に違いない。
ちなみにまこちんは、
遊園地などの「絶叫系」の乗り物が苦手だ。
それなのに、
コンパの会場が遊園地だったとき、
男女8人、全員分の
入場料+フリーパスの料金を払ってくれた。
「乗らないの、まこちん?」
と聞いても、首を横に振るばかり。
自分はいつも「見学」で、
そのたびにメロンソーダやジュースを飲んでいた。
そんなこともあり、
後半、トイレに行く回数が尋常じゃなかった。
「子供用だから、全然大丈夫だって」
と。
強引な誘いに半ば折れるような感じで、
まこちんが唯一乗った、
テントウムシ型のコースター。
予想に反して2周するコースターに向かって、
「2周すんなよ、バッカヤロー!!
怖ぇえじゃんかよー!!!」
と本気で激怒していた。
結局そのあとも、
手に巻いたフリーパスはほとんど活かされず、
フリーパスの効かない「ゲームコーナー」で
1万円近く使っていた。
とにかく。
まこちんは男前でかっこいい、
子どもみたいな歳上の、
すてきな先輩だ。
< 今日の言葉 >
守備範囲 360度
スクリーンみつめて身じろぎもせず
どんな情報も見逃さないが
自分捕える機能はない
レーダーマン
疑似ロボット高性能 識別不可能
レーダーマン
疑似ロボット高性能 識別不可能
(『レーダーマン』/戸川純)