2009/04/27

まこちん

専門学校生のころ、
ひとつ上の先輩に「まこちん」という人がいた。
学年は1コ上だけど、年齢はたしか2コ上だったように思う。

まこちんは、いわゆる「クオーター」で、
父方か母方かは忘れてしまったが、おじいさんがドイツ人だ。
(ちなみにおじいさんは、遺体を医学用の骨格標本として献体されたそうだ)
背が高く、端正な顔立ちをしているので、
ぱっと見、「外国人」のように見える。
男前のまこちんがサングラスをかけて歩いていると、
すれ違いさま、結構な確率でふり返られる。

そんな「まこちん先輩」。
街ゆく人にふり返られる理由は、
端正な容姿のせいだけではないのかもしれない。

まこちんのファッションは、というと。
当時(1993年)、スナックの壁紙のようなどぎつい花柄模様のベルボトムを履き、
金色の革のダブルのライダースを着て。
ティア・ドロップ型のサングラスをかけて、
鎖のついた黒革のポリスマン・キャップをかぶったりしていた。
1970年代の、グラムロック的なファッションを彷彿させる、
まさに「ステージ衣装」のようないでたちで「闊歩(かっぽ)」していた。

「闊歩」というのも。
まこちんは、歩くとき、やたらと姿勢がいいのだ。

昔、市のマーチング・バンドに在籍していたという話だが。
そのせいかどうかは不明だけれど、
反り返るほどに背筋をぴんと伸ばし、両手を前後に大きく振り、
ヒザをまっすぐ伸ばして歩く姿は、
どう見ても「ひとりパレード」だった。

白地に赤いラインの入った「マーチング・パンツ」を履いて
金色の革ジャンを着てきたときなどは、
クイーンのボーカリスト、
フレディ・マーキュリーそのものだった。

そんな「まこちん」だからこそ、
僕も「ひとめぼれ」したに違いない。
いや、もちろんノーマルな意味で。

入学したての僕は、まこちんをはじめ、
オリーブ先輩、ジュリー先輩、はっとりくん、卍(まんじ)先輩など、
どぎつい個性の先輩方に魅了されていった。


当時、まこちんは、紺色の「フェスティバ」に乗っていた。
マニュアル車のフェスティバ。
嘘みたいにてきとうに見えるギア操作で車を走らせ、
爆音で流した音楽に合わせて大声で熱唱する。
十八番(おはこ)はやはり、クイーンだ。
そういうわけで、
車内はいつも、まこちんのステージ(舞台)だった。

助手席に座っていると、
信号待ちなどで車が停まるたびに、
クイーンを熱唱される。
顔を5センチの距離まで近づけられて。
そのおかげで、しまいには『ボヘミアン・ラプソディ』を
まこちんとパート分けして唄えるまでになった。
そのさまを、後部座席のはっとりくんは大喜びで見ていた。

あるとき、はっとりくんが僕に耳打ちをした。

「まこちん、実は“あっち系”なんだよ・・・。
 なんか、お前のこと、狙ってるらしいぞ」

それを聞いた僕は、
一瞬だけ疑いはしたものの、
完全に打ち消すだけの自信がなかった。

たしかに、思い当たるフシが、なくもない。

釣りやボウリングなど、遊びに行ったあと。
まこちんは僕を家まで送ってくれた。
そして帰りにいつも「健康ランドに行こう」と誘うのだ。
当初は何も気にせず、「ふたりっきり」で風呂に入った。
健康ランドの正装、おそろいの「ムームー」まで着て。

入浴中、たしかに「熱い」視線を感じなくもなかった。

ちなみにまこちんは、
風呂上がりには決まって「メロンソーダ」を飲む。
初めての店では必ず、

「チェリー乗ってる?」

と確認してからメロンソーダを頼む。
端正な顔立ちも助けて、
一見、立派な「大人」に見えるまこちんだが。
まったく「ガキ」のような屈託のない口調でそう聞くのだ。

クリームソーダが届くと、それまでの会話がぷつりと終わる。
そして、子どもっぽい早さで緑色のソーダを一気に飲み干したあと、
黙々とアイスクリームをほおばり、お楽しみのチェリーを口に運ぶ。
高々とつまみ上げたチェリーを仰ぎ見て、
高い枝に成った木の実を食べるかのような感じで、
大口を開けてぱくりと食べる。

最後、タネを勢いよく「プッ」と吐き捨て、
いたずらをしたあとの子どものように「ヌへへへ」と笑う。
タネは灰皿に入ったり、床に落ちたり、テーブルにはね返って僕の手元に転がってきたり。
タネの行方にはおかまいなしで、ただ、吐き出すことに夢中な様子だ。

「まこちんはあっち系だ」

その「忠告」のせいで、
さすがに健康ランドも行きづらくなった。
ふたりっきりで「会う」のも、
何となく気まずくなった。

しばらくして。
その「忠告」が冗談だということが分かった。

「えっ、もしかして本気で信じてたの?」

あっち系だと言われると、何もかもが「そう」見え始めて。
僕は、すっかり本気で信じ込んでしまっていた。

言いっぱなしで種明かしをしない先輩たち。
そういう「いたずら」は、いつもやる側ばかりだった。
やられてみると、結構長い間「だまされっぱなし」だったので、
何が本当でどこまでが嘘なのか、少しのあいだ、分からなかった。
そわそわと落ち着かない気持ちだけが、妙にくすぶっていた気がする。

とにかくまこちんは、あっち系ではないらしい。

旅行先では、浴衣の前をはだけ、
赤いビキニタイプのパンツをむき出しにして。

「ローリングいなりアタック!」

などと絶叫しながら、ゴロゴロと「でんぐり返し」を繰り返して、
男女構わず股間を押しつけるまこちん。
股間の下敷きにされて嫌がる姿を見て、

「ヌヘヘヘ」

と満足げに笑いつつ、なおもでんぐり返しをしつづける。

そんな破天荒なまこちんだけれど。
家では親がかなり「厳しい」らしく、

「まことさん」
「はいっ」
「ちょっと、音楽が大きすぎじゃないの?」
「はいっ」

お母様に叱られたまこちんは、
いままでガンガンに音楽を流していたステレオのボリュームを、
聞こえないくらいにぎゅうっとしぼる。

はっとりくんいわく、

「まこちんは、ヤヌスの鏡だ」

・・・ヤヌスの鏡。
(わからないおともだちは、おうちの人に聞いてみてね)
家が厳しい分、その反動で、学校ではじけている・・・と。
あまりにぴったりな喩えに、思わず大きくうなずいてしまったほどだ。

聞くところによると、ステージ衣装のような派手な格好も、
学校付近の車の中で着替えているとのことだ。

舞台ソデで、ステージ衣装に着替えるまこちん。
学校は、まこちんにとっての「ステージ」なのだ。

やっぱり、まこちんはすてきだ。

そんなすてきな先輩たちに囲まれて、
のびのびと学生生活を謳歌(おうか)できたのだから。
僕はきっと、しあわせ者に違いない。

ちなみにまこちんは、
遊園地などの「絶叫系」の乗り物が苦手だ。
それなのに、コンパの会場が遊園地だったとき、
男女8人、全員分の入場料+フリーパスの料金を払ってくれた。

「乗らないの、まこちん?」

と聞いても、首を横に振るばかり。
自分はいつも「見学」で、
そのたびにメロンソーダやジュースを飲んでいた。
そんなこともあり、
後半、トイレに行く回数が尋常じゃなかった。

「子供用だから、全然大丈夫だって」

と。強引な誘いに半ば折れるような感じで、
まこちんが唯一乗った、テントウムシ型のコースター。
予想に反して2周するコースターに向かって、

「2周すんなよ、バッカヤロー!! 怖ぇえじゃんかよー!!!」

と本気で激怒していた。

結局そのあとも、
手に巻いたフリーパスはほとんど活かされず、
フリーパスの効かない「ゲームコーナー」で
1万円近く使っていた。

とにかく。
まこちんは男前でかっこいい、
子どもみたいな歳上の、
すてきな先輩だ。


< 今日の言葉 >

守備範囲 360度 スクリーンみつめて身じろぎもせず
どんな情報も見逃さないが 自分捕える機能はない
レーダーマン 疑似ロボット高性能 識別不可能
レーダーマン 疑似ロボット高性能 識別不可能

(『レーダーマン』/戸川純)

2009/04/21

遊べなくなったらおしまい


仕事が早く終わった日の午後。

いい天気だったので、帰り道、
ひとつ手前の駅で降りてふらふらと散歩した。


一軒の古本屋に入り、おもしろそうな本を物色していて、
『マックス・エルンスト展』の図版(1983年/読売新聞社)を見つけた。

マックス・エルンスト(1891-1976)。
彼は、ドイツの、ケルン近郊生まれの作家(画家、版画家、彫刻家)だ。


その名前は聞いたことがあり、
いくつかの作品も原画で見たことがある。

けれど、彼の「人となり」となると、
あまり詳しく見聞きしたことがなかった。

彼の名前を聞いて思い浮かべるのは、
フロッタージュ(紙などの下に模様のある素材を置いて、鉛筆などでこすって模様を写し取る技法)や、
デカルコマニー(画面の絵具がまだ乾かないうちに素材を押し付けて、模様を写し取る技法)など、
いまでは専門用語となった単語が思い浮かぶ。

マックス・エルンストの作品説明を見て、
「こすったり」「写し取ったり」する手法に、
きちんとした名前がついていることを知ったのだ。


もうひとつは、「鳥」に対する執着だ。
彼の作品には、ちょくちょく「鳥」をモチーフにしたものが登場するのだが。
それにまつわる逸話で、すごく印象に残ったものがある。


彼が10代の頃、飼っていたインコが死んだ。
その死骸を見つけたときに、妹が生まれたという知らせを聞いた。
インコの死と、妹の誕生との「つながり」。
そのせいで、人と鳥とを混同するようになった、と。

どこかの美術館のキャプションで、そんな物語を読んだ。
おもしろい人だな、と思った。

『1906年。彼の親友のひとり、
 いちばん利巧で思いやりのある桃色のインコが、
 1月5日の夜に死んだ。

 翌朝その死骸を見つけたとき、ちょうど父親が彼に、
 妹のロニが誕生したということを告げたので、
 マックスはおそろしいショックを受けた。

 少年の心中の騒乱はあまりにも大きく、
 気絶してしまったほどだった。

 想像のなかでは、
 彼は両方の出来事を結びつけており、
 鳥の命の消滅を赤ん坊のせいにしていたのである。

 一連の不思議な失神、
 ヒステリーの発作、昂奮と銷沈(しょうちん)がつづいた。

 鳥と人間とのあやうい混同が彼の心になかに根をおろし、
 デッサンや絵のなかにも顔を出すようになった・・・』


・・・と。

彼自身の手によって書かれた『伝記のためのノート』に、
そう記されているらしい。

(この手記のなかでマックス・エルンストは、
 自分のことを「彼」という三人称で呼んでいる)


古本屋の片隅に置かれた、マックス・エルンスト展の図版。
買って帰って、さっそく彼の「人生」の一部を読んでみた。


彼は「あるかなきかの “ ずれ ” の魔術師」と呼ばれた版画家でもある。

その反面で、彼自身、

『私には、専門家を喜ばせる才能がない』

と自己評価をしている。

彼は、直接的な定義や明言はしない。
そういった「作業」が好きではなかったようだ。


彼は、作品の中でしゃべる。

その「こたえ」も、強要はしない。


『これら(作品)を好きなように解釈するのはいい。
 しかし、理詰めのやり方で、その意味を解き明かし、
 それによって作品を平板化するべきではない』


彼の、この言葉を聞いて。
大きくうなずいた人は、少なくないだろう。


当人以外があれこれと枝葉をつけたり、
ありもしない注釈を入れたり。

どうしてわざわざ、おもしろくなくするんだろう。


スポーツでも、映画でも、音楽でも。
そして、絵画などの作品でも。

おもしろくないことを言って、
どうしてわざわざ、おもしろくなくするんだろう。


マックス・エルンストの言葉で、
他にもおもしろいものがあった。


『流行に栄えあれ。芸術よ、くたばれ』


彼の魂に、パンクを感じた。

かのジョニー・ロットンに勝るとも劣らない、
ふつふつと燃える、パンクスの魂。


表現の仕方は違っても、原動力は同じ。

怒りや哀しみ、不安や疑問、そして喜び、たのしみ。

彼らは、平和的な表現手段でメッセージを伝える。

人々が忘れかけてしまっていたり、
おろそかにしてしまっていることを、


「大事にしろよ」


と気づかせてくれているに違いない。


絵画は絵具のなかに。
音楽はメロディに乗せて。


こたえは、机の上にはない。
教科書にも載っていない。

日々の生活の中に、それはある。


『書を捨てよ、町へ出よう』と、寺山修司氏は言った。

書物のつくり手である作家自身が
「書を捨てよ」などと言うなんて。

これまたパンクだ。


僕が思うに。

マックス・エルンストは、どこにも属していない。

彼は、自由だ。


体制や形態、アカデミックな解釈などに囚われず、
彼は自由に「遊んでいた」ように感じる。
彼が崇拝する鳥のように。

自由を求めて、もがいて、はばたいて、
飛びつづけていたように思えてならない。


どんなときでも、自由に遊べるように。


目の前におもちゃがあるのに、遊ばないなんて。
いい音楽が流れているのに、踊らないなんて。

遊びに名前なんて、いらない。
遊びは、習ったりして教わるものではない。


言葉じゃ言えないから、
言葉じゃ足りないから、
だから、思いっきり遊ぶ。



広場には、変わった形をした石ころや、
きれいな色の木の実や、いい匂いがする花や、
誰かの捨てたぼろぼろの靴とか、ネジとかお菓子の袋とか、
いろんなものがたくさんある。

こんなにおもしろそうなものがあふれているのに。
遊べなくなったら、おしまいだ。



< 今日の言葉 >

『意味はなく、誰もが呼びやすい小学生でもわかるような英語で、バンドの音楽性が見えないような名前』
(「ブルーハーツ」という名前について/甲本ヒロト)

2009/04/14

8代目はお兄ちゃん


中学生のころの話だ。

U子さんとは、
3年生になって初めて、同じクラスになった。

それまでにも彼女のことは知っていた。
廊下ですれ違ったり、
共通の友達を通して二言三言、言葉を交わしたり。
小柄で華奢な彼女のことを、かわいらしい子だなと思っていた。


U子さんは、
いわゆる「ヤンキーっぽいグループ」に属してた。

校則では認められていない、黒いストッキングをはいてきたり。
休み時間、トイレで煙草を吸ったり、
授業中、制服のソデに隠してシンナーを吸ったり。
無免許で原付にも乗っていた。

まあ、これだけの要素がそろっていれば、
「ヤンキーっぽい」どころの話じゃないかもしれないが。

小さな体で、同じグループのリーダー的な女子とやりあったこともある。
そのときは、スリッパも脱げて裸足になりながらも、
お互い一歩も引かずにしばきあい、
挙げ句の果てには、服やストッキングがびりびりに破れる始末だった。


そんなU子さんとは、同じクラスになったことで、
よくしゃべるようになった。

席替えをしても、
僕の席とU子さんの席はたいてい隣りどうしだった。
それは、U子さんと僕とで、
「席替えクジ」に作為をしていたからだ。

僕はU子さんと話すのが好きだったし、
U子さんも、僕の話でけらけらとよく笑ってくれた。


U子さんは、僕のことをからかっていたのか、
それとも、好意を持っていたのか。
授業中、いきなり僕の手を握ってきたりした。


「冷たい手だね。
 ほら、カイロ持ってたからあったかいよ」


などと言いながら、僕の手を両手で包んでみたり。
さらには、自分の胸が、意外にあるんだと言って、
僕の手をつかみ、胸を触らせたりもした。

・・・なんだか、初々しいエロマンガのような展開だけれど。

実際、そんなふうにして、
僕のことを「からかって」いたようだった。

当時、童貞野郎だった僕には、
膝の上に乗ってこられただけでも戸惑った。
シャンプーや香水の匂いを鼻腔に感じながらも。


「1549(イゴヨク)広まるキリスト教・・・」


といった具合に、
ときどき気をそらさなければ大変なことになりそうだった。
何とも、もったいない・・・いや、初々しい話だ。


『今じゃ女の子に触れたって 何も感じなくなってる』


と、ベンジーこと浅井健一氏が唄っていたけれど。
とにかく、そんな「青い」時期もあったわけで。
ただただおろおろして、恥ずかしがるのをいいことに、


「唇って、すごくやわらかいんだよ。
 ちょっと触ってみて」


とか言いながら、
僕の人差し指をつまんで唇を触らせるU子さん。
僕は、そのあまりのやわからさに純粋に感動して、


「ほんとだ、すごくやわらかい」


とバカ丸出しの感想を漏らした。
すると、いつも「強気」なU子さんが、
そのときばかりは、ほんのり顔を赤らめ、
照れた感じで笑っていた。

そんな顔されたら、
部活バカの中学男子でなくとも、
どうにかなってしなう。


『天使と悪魔が 同居している』


またしてもベンジーの歌詞を引用してしまったが。

いじわるな天使か、それともやさしい悪魔か。
そのころの僕は、完全に「やられて」しまっていた。


自分がいま、誰が好きなのか。


そんな疑問も吹き飛んで、
同い歳なのに、妙にお姉さん的な
U子さんの魅力にどっぷりはまっていった。


修学旅行では、いつも彼女と行動していたせいで、
ミッキーとミニーの前で、先生に怒られた。


「昨日、KENZI & THE TRIPSの解散ライブに行ってきた」


そう言われて僕は、
市外のレコード店までチャリンコを飛ばし、
『KENZI & THE TRIPS』のCDも買った。

けど、買ったことは、なぜか言わなかった。

僕はただ、
彼女がどんな音楽を聴いているのかが知りたかった。
だから、

「八田ケンヂってカッコいいよね」

と言われても、

「こういう人を、彼女はカッコいいって思うんだ」

と思っただけで、
「彼のようになりたい」とは考えなかった。

たしかに、坊主頭のイモイモ中坊男子には、
真似ようにも無理な要素が多すぎた。



中学3年も、終わりに近づいて。
やがて卒業式を迎えた。

3月。

僕らは、映画を観に行く約束をした。
誘ってくれたのはたぶん、彼女のほうだと思う。


「映画、詳しくないから。何にするかは任せるね」


映画が好きなほうだった僕は、
小学校のころからよく観に行ったりしていたので、
映画館には慣れていた。


ただ、女の子と2人で観に行くのは初めてだった。


任された僕は、駅裏の古い映画館で、
『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を観ることにした。


いまにして思えば。

なぜに『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を選んだのか。
しかも、なぜに『2』を選んだのか。
彼女が『1』を観ていなかったらどうするというのか・・・。


そんなことはおかまいなしに、
任された僕は、「見たい映画」を愚直に選んだ。

彼女も、「何を観るか」ということなど、
さして問題にしていなかったようだ。
彼女はただ、「いっしょに映画を観に行きたかった」のだ。


映画がはじまると、僕は、
マジで真剣にがっつりと、映画を観た。

映画を観にきたのだから、
当たり前といえば当たり前なのだが。
彼女は、そんなふうには思っていなかっただろう。
肩を寄せあい、ひそひそとささやきあったりしながら、
映画館という暗闇を楽しみたかったに違いない。


と、不意に彼女が、僕の手を握ってきた。

びっくりした僕は、
はっとして彼女の顔をちらりと見たのだけれど。
それよりも、映画の内容が気になり、
消えかけた字幕を必死に目で追った。

そのころの、青い僕には、
現実の、甘美な出来事よりも、
映画の中の、
リー・トンプソンのセリフのほうが重大だったらしい。


そのまま黙って、手を握ったまま、
動かしようにも動かせない状態のまま、
エンド・ロールを迎えた。


明かりが灯りはじめ、


「おもしろかったね」


と彼女が言った。


そして。


こともあろうに、
僕は当たり前のような顔で、こう言った。


「もう1回、観てもいい?」


当時はまだ、完全入替制が主流ではなく、
一度入場すれば、何度でも観れる映画館もあった。


「いいよ」


と。彼女は嫌な顔ひとつせず、
こくりとうなずいた・・・いや、そうじゃなかったかもしれない。

ここら辺の記憶は、すっぽり抜けてしまっている。
もう1回観たような、観ていないような。


映画館のあとにつながる記憶は、
彼女の家の玄関の映像だ。

きれいで広々とした、立派な玄関だった。


「今日、パパとママ、帰ってこないんだ」


そんなセリフを、現実にこの耳が聞くとは。
中坊の僕はたぶん、
イヤラシイマンガの1ページを思い出したに違いない。


彼女の部屋に招かれた僕は、
全身の油が切れたゼンマイじかけのロボットのようだった。

緊張に緊張を重ね着して着膨れした僕は、
身動きが取れなかった。
口を開けると、口から自分の鼓動がこぼれそうだった。


「ここに座ると楽だよ」


彼女が自分の座るベッドを、ぽんと叩く。

そんな分かりやすい誘い方にも、
僕はただただカチコチになって、言うとおり従うばかりだった。


正直、頭の中は、真っ白に近かった。


あまりにも非現実すぎて、
まるで無知覚で無欲な状態だったように思う。
さながら悟りを開いた雲水(うんすい)のごとく・・・。

やわらかなベッドの上に彼女がいて、
僕と彼女の目の前には、彼女の成長を記録したアルバムがある。


昔、再放送の『毎度おさわがせします』か何かで
観たような風景の中に、自分がいる。


「中山美穂と木村一八か・・」


そんなふうに配役してみるほどの余裕は、もちろんなかった。

僕はその、アルバムという、
「ふたりの距離を縮めるきっかけ」に頼り切るしかなかった。


「これ、幼稚園のころの写真。かわいいでしょ?」


先ほどの映画鑑賞と同じく、
バカみたいに、写真の中の彼女の姿ばかりを目で追っていた。
写真を見て、緊張が和んだのも事実だし、
彼女の「思い出」を見ての会話もかなり弾んだ。

実際、気持ちの上だけではなく、
互いに座る距離間も縮まっていった。


けれども。


アルバムの残りのページが薄くなるにつれて、
僕の緊張は高まった。

心なしか、彼女も何かを決意しているような。
そんな顔に見えた。


視線がじっと重なる。


お互いの心臓の音が、聞こえてきそうになる。


ひそめた息が、届く距離だった。


彼女の手が動くと、
僕の体がぴくりと反応する。


そして、次の瞬間。



「おい、U子」


声とともに、
いきなり、ガチャリと音を立てて扉が開けられた。


扉の向こうに現れたのは、
きつめのパーマをあてた、いかつい人だった。


彼女がさっと離れるのが分かった。
反射的に僕も、背筋を伸ばし、座り直した。

何だか分からないけれど、
何となくまずい状況なのかもしれない。


僕は、殺されるかもしれない、と思った。



「お、なんだ。男がおったんか」


ちらりと鋭い眼光(そのときの僕にはそう見えた)を向けられた僕は、
「こんばんは。おじゃましてます」と会釈をした。


「お兄ちゃん・・・帰って来たの、今日?」


男性は、彼氏とかではなく、「お兄ちゃん」だった。


それでも空気は緊張したままだった。

彼女の、驚き半ばの様子からして、
お兄さんの帰宅は予定外だったことが分かる。


「おう。・・・何だ、自分の家に帰ってきちゃ悪いのか?」


 少し笑ったあと、お兄ちゃんが先を続けた。


「それとも、帰ってきちゃマズいことでもあるんか?」

 にやり、と笑みを浮かべるお兄ちゃんに、

「もう! いいからジャマしないでよっ!」

と声を上げ、追い払うように押し出した。


へへへ、と笑ったお兄ちゃんは、
彼女をあしらいながら、僕を見た。


「なんだ、
 どっかの族(もちろん暴走族のことだと思われる)に入っとんのか?」


「いえ、入ってません」


「ふうん、そうか・・・。U子、新しい彼氏かぁ?」


「もう、あっち行ってよ!」


彼女が本気の声で割り込んだ。
それを察したのか、
お兄ちゃんは「分かった分かった」という感じで後ずさりした。

最後、お兄ちゃんは、
冗談とも本気ともつかない調子で、こう言い残して去った。


「それじゃあ、ごゆっくり。
 けど、U子に手ェ出したら・・・分かるよな?」


扉が、ガチャリと音を立てて閉じられた。

それでも僕の頭の中では、
つい今しがた聞いたフレーズがぐるぐると回りつづけた。


『手ェ出したら、分かるよな?』


彼女がぷりぷりと怒りながら、「もう」と言ったあと、
僕に「ごめんね」と謝った。

そして僕は、浮かんできた疑問をそのまま口にした。


「何で族に入ってるかとか、聞かれたんだろう?」


すると彼女は、ああ、といった感じで答えた。


「たぶん、私が他の族の人とつるんでたりしたら、
 マズいんじゃない?」


「他の族?」


「そう。だってお兄ちゃん、△△△の、総長だから」


「△△△の?」

(※△△△の部分には、暴走族の名前が入ります。
 そういう世界にうとかった僕でも聞いたことのある、
 全国的にも有名らしい暴走族です)


「お兄ちゃん、△△△の、
 8代目のアタマだって・・・あれ、言わなかった?」


そう言えば、聞いたような気もする。

けれど、普段の生活に関係がなかったせいもあって、
忘れてしまっていただけかもしれない。


時計を見ると、8時半だった。


「そろそろ、帰ろうかな」


いろんなことが、
まるできつめのパーマのようにからみ合って。
僕は、鉛のように重くなった腰を持ち上げた。

僕が帰るのを、彼女が止めた。

それから少し、いたような気もするが。
それほど長居したような記憶もない。


青かった僕はまた、意気地なしでもあった。


そして彼女の気持ちを、考える余裕すらなかった。
最初っから最後まで、
自分のことでいっぱいいっぱいだった。

彼女との思い出は、それが最後だ。


何だか恥ずかしいばっかりの、青くさい思い出だけど。
僕の「みさお」は守られたわけで・・・。


いま思えば。

足りていないものばっかりだけれど、
それゆえにいとおしい感じがしなくもない。


それが「青さ」。


♬ シャラーラ、ラララ、ラーララー、バイバイブルー


こんなCMソングがあったけれど。
いくつになっても、「青さ」とはお別れしないでいたいとも思う。
実際、意図しないでも、青いままだったりするわけで・・・


できればずっと青いまま、
青い気持ちでいたいと思う。

何でもうまくできるようになるくらいなら、
何もしないほうが、まだましだ。

バナナだって、箱の中で黄色くなるのだから。



< 今日の言葉 >

毎度お買い上げありがとうございます。
私、お好み焼さん太郎はおさかなのすり身にイカ味を混ぜ
合わせて、板状にのばしたものを食べやすいようにカット
してオーブンで焼き上げました。その後みりん、ソース、
紅しょうが等で味付してお好み焼風に仕上げました。

(株式会社 菓道「お好みさん太郎」/お好みさん太郎の自己紹介)

2008/10/14号の今日の言葉、
「どんどん焼」の自己紹介と合わせてご覧ください。