2011/07/30

空を飛んだイカルス



先日、暗い部屋のなかで、
オイルライターにオイルを補充していて。
容量をこえてあふれたオイルが右手にこぼれた。


ライターにこぼれた余分なオイルを「飛ばす」べく、
何の迷いもなく、いつのもように着火した。




次の瞬間。




ぼわっ、という気化音ともに、
ライターからこぼれたオイルが火柱をあげた。


その勢いで、
右手にこぼれたオイルにも火が回り、
右手親指と人差し指、中指の3本の指が、
オレンジ色の炎に包まれた。




右手が、燃えていた。




その間、ほんのわずか1秒にも満たない、
瞬間的なできごとだったのだけれど。




ものすごく、きれいだった。




暗く、色のない部屋のなかが、
その瞬間、オレンジ色に染まった。




右手の指先が、
ゆらめく炎に包まれて、
まるで魔法使いか何かになったような感じがした。




1秒にも満たない、ほんの少しのあいだに
火に包まれた指先を見たのだけれど。




熱さを感じたので、
あわててふうっと息を吹きかけて、
燃える炎を吹き消した。






一瞬、にぎやかになった部屋のなかに、
再びまっくらな闇と静寂とが戻って。




そのあとにつづいたのは、
ゆらめく炎の残像と、
自分の鼻からこぼれた失笑だった。




さいわい、ヤケドもせず、
無傷ですんだのだけれど。




炎の、青緑色の残像を見ながら。
ぼくは、もう一度、声もなく笑った。






さて。






ぼくの好きな話のひとつに、
ギリシア神話の「イカルス」の話がある。






クレタ島に住むイカルスと、
その父、ダイダロス。


イカルスの父であるダイダロスは、
造作の名人だった。


その腕を見込まれて、ダイダロスは、
クノッソスの都のミノス王に、
巨大迷路をつくるよう命じられる。




一度入ったら、
二度と出ることのできない巨大迷路(ラビリンス)。
ダイダロスは、巨大な迷路を完成させた。




巨大迷路の秘密がもれるのを防ぐために、
ミノス王は、ダイダロスとその息子のイカルスを
塔に閉じ込めた。




塔に幽閉されたダイダロスとイカルス。




塔から抜け出すために、
ふたりは、鳥の羽根を集めて大きな翼をつくった。


大きい羽根は糸でとめ、
小さい羽根はロウ(にかわ)でとめた。




ふたりは、完成した翼を背中につけた。


塔から飛びたつ前に、
父ダイダロスが、息子のイカルスに言った。




「いいか、イカロスよ。
 空の中くらいの高さのところを飛ぶのだぞ。
 あまり低く飛ぶと、霧が翼のじゃまをするし、
 あまり高く飛ぶと、太陽の熱で溶けてしまうから」




そしてふたりは飛んだ。




大きな羽根をつけて、
ふたりは空へ飛びたった。




大空を舞う、
ダイダロスとイカロスのふたり。




「ややっ、なんだあれは。
 鳥か? いや、ちがう。鳥じゃあない」




地上で農作業をする人たちや羊飼いたちは、
ふたりの姿を見て、
神々が空を飛んでいるのだと思った。




驚く人びと。


調子に乗ったイカロスは、
父の忠告をすっかり忘れ、
高く、高く、飛んでしまった。




高く、舞い飛んだイカロスは、
どんどん太陽に近づいてしまい、
羽根をとめたロウが溶けて翼がバラバラになった。




翼を失ったイカロスは、
そのまま、まっさかさまに青い海へと落ちて、
死んでしまった。






・・・・というお話。




けっして「ハッピーな」お話ではないけれど。




ぼくは、父の忠告を忘れてぐんぐん高く飛んでいった、
イカロスの「バカさ加減」が好きだ。




調子に乗って。


うれしくて、気持ちよくなって。


ぜんぶ忘れて高く飛んだ、バカなイカロス。




イカロスは、
ものすごくきれいな景色を見て、
ものすごくたのしい気持ちになって、
ものすごくいい気分を味わったのだろう。




そのときのイカロスは、
きっと満面の笑顔だったはずだ。




それが、最後とは知らず。




いや。


最後とか最初とか、
そんなことなどどうでもよくて。




イカルスは、
飛びたかったから高く飛んだのだろう。




そんな純粋で、無邪気で、
あとさきを考えない、バカなイカロス。




死んでしまったら、元も子もないが。




ぼくは、
そんなイカロスのバカさ加減が、
ものすごく好きだ。






「高く飛ばなきゃよかったのに」




むかしは、そんなふうにも思ったりしたが。




父の忠告(いわゆる「常識」や「正論」といった、
保守的な意見)を忘れて。
冒険(暴挙?)へと向かわせたイカロスの衝動。




うれしくなったその瞬間、
父の忠告を、思わず忘れてしまったのか。


それとも、
すべてを分かったうえでやったことなのか。




お話の解釈は、
各人の「好み」に任せることとして。




自分なら、
すべてを承知の上で、
やってみたい。




「高く飛ぶな」




そう忠告されたとしても、
もし自分が高く飛んでみたいと思ったのなら、
高く、飛んでみたい。




そして自分で確かめてみたい。




高い空の、景色を。


高い空の、空気を風を。


高い空の、色とか匂いを。






イカロスが落ちた海が、
その名前にちなんで「イカリア海」と
呼ばれるようになったこととか、
そんなことより。




ぼくは、
イカロスのバカさ加減にあこがれる。








昔ギリシアのイカロスは


ロウでかためた鳥の羽根


両手に持って 飛びたった


雲より高くまだ遠く


勇気一つを友にして




(「勇気一つを友にして」:作詞/片岡輝・作曲/越部信義・歌/山田美也子)








意図せず燃やしてしまった、ぼくの右手。




あんまり頭で考えてばかりじゃあ、
おもしろいこともおもしろくなくなる。




だからぼくは、
高く、高く、飛びたいと思う。


勇気一つを友にして。








< 今日の言葉 >


「正しいこと」と「正しくないこと」



(地下鉄駅の男子トイレの貼紙より)

2011/07/01

ブラジルコーヒーとぼく


ブラジルコーヒーでの展覧会。

『伯剌西爾コーヒー展』が昨日(6/30)で終わった。


長かったようでいて、あっという間なような。
それでいてずいぶんいろいろなことがあったような。

まさしくブラジリアンコーヒーのように、
濃厚で深みのある15日間だった。



まずは観にきてくれた人たちに、
感謝の気持ちを伝えねばなりません。


本当に、ありがとうございます。





搬入の日。

でっかい壁をつくったので、
自分の車じゃ乗り切らず、
レンターカーで軽のワゴン車を借りた。


ブラジルコーヒーに到着したのは22時。

作業開始時刻は22時40分ごろ。


アルゼンチンの音楽や『じゃがたら』などを聴きながら、
てきぱきと搬入を進めていく。


そんなふうにして絵を配置したり、
キャプションを貼ったりしていたら、
あっというまに3時を回った。


車を返す時間は8時間後の午前4時。

このままじゃとうてい間に合わない。

レンターカー屋さんに連絡すると、


「いや、別に12時間の契約なんで。
 7時45分までにご返却いただければ大丈夫ですよ」

と、あっさり。

借りるときに、

「何時ごろにご返却の予定ですか?」

と聞かれたので「じゃあ、4時で」と答えたのだけれど。
それは「約束」であって「契約」とは関係ないらしい。

ということで、


「7時45分までには返します」


と宣言して、
少しスピードを上げて絵の展示を進めていった。


終わったのは4時30分。

外はすっかり青みがかっていた。


空腹を訴えると、
ブラジルコーヒーの店長、
健太くんが卵かけごはんを作ってくれた。

おすすめのおいしい食べ方で食べようと、
言われるままにしょうゆやスパイス、ラー油などをかけていく。


「すげーうまい」


歓喜の声をあげつつ2口、3口と食べ進めると、
健太くんがぽつりと言った。


「あ、これ・・・。
 しょうゆじゃなくて、ソースだった」


しょうゆとソースをまちがえるという、
昭和のコントばりのベタさ加減に。

ぼくらもしばらく気づかずに食べていた。


あまりにもベタなまちがいで、
疑いもしなかったせいなのか。
それともただただ空腹のせいなのか。

ソースがけの卵かけごはんは、
若干「洋風」な感じもして、
妙なうまさを奏(かな)でていた。



そんなふうにしてはじまった『伯剌西爾コーヒー展』。



とにかく、たくさんの人たちがきてくれて、
にぎやかでたのしい時間だった。



久々に会えた人、偶然会えた人、
初めての顔やなつかしい顔や見なれた顔が、
にこにことぼくを迎えてくれた。


『お1人1枚、気が向いたら何か描くかも』


と題した催しでは、
想像以上にたくさんの人がきてくれて、
初日はもう、おしっこにいくヒマもないくらい、
ずうっと描いていた。


いちばん最初に描かせてもらったのは、
東京からきたという、男性と女性の2人組だ。

偶然会えて、偶然絵を描かせてもらって。
たのしくおしゃべりをしてたのしく絵が描けた。

サッカーの絵。

初の名古屋だということで、
ユニフォームの胸の部分に、
金のシャチホコのマークを描いた。


「名古屋のいい思い出ができました」


そう言ってくれて、すごくうれしかった。


「部屋に飾ります」


そんなふうに言われて、
すごくすごくうれしかった。



弁護士の奥様という、
白髪の、品のある年配の女性。


「あたしはね、お花とか蝶々とかが好きなの」


描きながら、
疎開時代に馬や牛とたわむれたことや、
最近とくに植物を愛でる気持ちがふえたことなど、
いろいろなお話を聞けた。


花とあそぶ蝶々の絵。


「わあ、きれい。
 すごくうれしいわぁ」


描けた絵を手渡すと、
本当に、少女みたいな顔でよろこんでくれた。


ぼくの、らくがきみたいな絵を手にして、
こんなふうによろこんでくれるなんて。

すごく、うれしかった。

紙と色えんぴつで、
こんなふうに人をよろこばせることができるなんて。

すごく、うれしかった。



2年前に、常滑での展示を見てくれたおじさん。
その人は、ちりめんじゃこをつくっている会社の社長さんで、
遠いところ、わざわざ展覧会を見にきてくれたのだ。


おじさんには、犬の絵を描いた。

体の大きな、やさしそうな犬を描いた。


住所を聞いてなかったから、と言われて、
今回、ぼくの住所を書かせてもらった。


後日、家に帰ると、
ダンボールの小箱が届いていた。

おじさんの会社の、ちりめんじゃこだった。


なかには手紙が添えてあり、
丁寧な筆致(ひっち)でこう書かれていた。


『私の作ったちりめんジャコの、味を見てください』


まず、味見のつもりでひとつまみ食べた。


お世辞ぬきにして、
めちゃくちゃうまかった。


いままで食べたちりめんじゃこのなかで、
正直、いちばんうまかった。


さっそく米を研ぎ、
炊きたてのごはんにもっそりのせて、いただいた。


おいしくて、うれしくて。

ちょっとだけ泣きそうになった。


このじゃこをおじさんがつくったのかと思うと、
尊敬とか驚きとか感謝とか、
いろいろな気持ちがごちゃまぜになって、
胸がじいんとなった。


ぼくも、こんなふうに
感じてもらえるものがつくれたらいいなと。

そんなふうに思った。



生徒や卒業生、
旧知の友人などもたくさんきてくれた。


みんな、たのしそうにしてくれて、
すごくうれしかった。


みんなともっとゆっくりしゃべりたいのに。

体がいっこしかないのが、もどかしい。



千葉県在住の、
これから結婚するという、
しあわせそうなふたり。

出身は、どちらかというと関西寄りで、
話し出したら、誰ひとり止める人がいない。

さらに加わった、
ふたりの友人である女性。

にぎやかな彼女は薬剤師で、
風邪のせいでかすれたハスキーボイスでしゃべりまくり、
いいにおいの髪の毛をうれしそうにサラサラさせていた。


こだわりの眼鏡専門店の店長。
挙式をあと数日あとにひかえた「奥さん」と2人で、
時間をつくって見にきてくれた。


美術館の人たちも見にきてくれて、


「何が好きですか?」

と聞いたら、


「コロッケ」


と言われたので、
コロッケの絵を描かせてもらった。

それがけっこうおいしそうで、
うれしそうにその絵を持って帰ってくれた。



甥っ子がたまたま家にあそびにきて。
いっしょにブラジルコーヒーにでかけた。


「どの絵がいちばんいい?」


と聞くと、


「この《海の生きもの》がいい。
 何か、不思議なパワーを感じる」

と、うれしいコメントをくれた。


中3になる甥っ子も、
ずいぶん立派なことをいうようになったなと。
時の流れを感じつつ、
後日、お礼の電話をした。


「いい気分転換になった」


そんなおしゃれな言葉に。

どこまでも粋(いき)なやつだと思ったのは、
“ 親バカ ” みたいな心情なのでしょうか。



期間中、
ブラジルコーヒーで、
音楽のイベントがあった。


フォークギターで唄う男性と、
木琴、リコーダーなどを奏でる女性との2人組。

かわいくて、ちょっと毒がある。


弾き語りでまっすぐな歌を歌う女性。

透明感のある声と言葉が、胸にぐっときた。


見てきた映画やその場の情景を、
即興的にドラムソロで表現する男性。

衝撃。強くて、感情的で、ものすごくよかった。


弾き語りの男性ソロ。

声量のある声で、甘い歌を歌っていた。


最後は3人組の男性陣。

力強い演奏ときれいなリズム。
それでいてあったかい気持ちになった。


ライブの様子を、
写真におさめる写真家の男性。

彼は世界を1周して、写真を撮って回った経歴を持つ。
スペースシャトルの打ち上げを、
ケネディ・スペースセンターまで行って、
カメラにおさめたこともあるそうだ。



ブラジルコーヒーと音楽。


みんな、すごくかっこよかった。

話していると、
みんなキラキラしてまぶしいくらいだった。


すごくいいものをもらった気がして、
すがすがしい気持ちになった。



期間中、
見にきてくれた人には、
おいしいお菓子をもらったり、
何かと、もらいっぱなしだった気がする。

スケッチブックを入れる手さげ袋を
つくってきてくれた人もいる。


以前、お世話になったカフェの人たちが、
お店のみんなでわいわい見にきてくれて。

謎の観用植物をくれた。

アエオニウム。

そいつがすごくよくて、
なんだかわくわくする感じのやつだった。

ぼくは怪獣とかが好きなので、
アエオニウムの形がすぐに好きになった。


アエオニウムの、サンシモンという種類。
黒法師という別名があって、
太陽の強い光を浴びて育つと、
葉っぱが光沢のある黒っぽい色になっていくらしい。

まっくろで、もさもさで、
怪獣みたいなアエオニウム。

がんばって全長1メートルくらいの巨木に育てたい。



ポストカードを見て、
興味をもってきてくれた人。

見にきてくれたのに会えなかった人。
お話しできなかった人。

『お名前書いて帳』に名前を書き残してくれた人は、
きてくれたってことが分かるからまだいい。


アダルトなお店で働いていたころの友人。

仕事の都合で、
転勤・転居を繰り返していた彼が、
遠路はるばる見にきてくれた。

残念ながら会うことはできなかったけれど。
次に会うときがすごくたのしみだ。


さらに。

昨年の大晦日の夜、
凍結した道路で車がスリップして。
立ち往生しているときに助けてくれた人たちがいた。




若い、夫婦の2人。

何と、そのおふたりが
わざわざぼくの展覧会を見にきてくれたのだ。


ほんのあいさつのつもりで出した展覧会のはがき。
それを見て、


「描いて欲しいなって思って、きました」


ということだった。


見ると、奥さんのおなかがふっくらしていた。


「6カ月です」


6カ月。
ということは、
ちょうどぼくらが出会った1月ごろ、
めでたく授かったということになる。


「何か、描いて欲しいものってありますか?」


と聞くと、
2人は少し相談したあと、
こう言った。


「じゃあ。赤ちゃんを、描いてください」


赤ちゃん。

赤ちゃんなんて、
いままで描いたことがなかったので、
ぼくのなかにある「かわいい部分」を全面に出し、
かわいい気持ちで「赤ちゃん」を描いた。


描き終わって。


「どうですか?」

おそるおそる、描けた絵を2人に差し出す。


「わあ、かわいい」

「ほんとだ、かわいい」


よかった。


「これ、部屋に飾ります。
 赤ちゃんが生まれたら、名前を書いて飾ります」


うれしかった。

恩人である2人に、
こんな形で再会できたことも驚きだけど、
おめでたいふたりを「お祝い」できたことも、
すごくうれしかった。


2人を見送ったあと、
きていた生徒のそのことを話した。

いきさつを聞いた生徒は、


「なんていい話なの!
 ちょっと泣きそうになった」


と、目を潤ませていた。



ミルクロードの、恩人の2人。

こんど会うときには、3人になっているはずだ。





ブラジルコーヒーの、
お店の人たちにもお世話になりっぱなしだった。


お店の人が忙しそうに動き回るなか、
うろうろしたり、ちょろちょろしたりして。
じゃまばっかりしていたにもかかわらず。

シフォンケーキをふるまってくれたり、
にこにこと話しかけてくれたり、
気持ちのいい時間をすごさせてもらえた。

ブラジルコーヒーの、パパ&マム。

みんな、あったかい人たちばかりだ。


ああ、やっぱり、
喫茶店っていい。


コーヒーと、音楽と、絵。


そこに人が集まって、
たのしい時間がゆったり流れる。


そこでぼくが、
何をできたのかはよく分からないけど。


みんなが笑ってくれたし、
たのしんでくれたみたいで、
すごくうれしい。




名前を残してくれていない人たちも含めて。




本当にありがとうございました。



また次回、どこかでお会いできたら。




ブラジル代表/家原サンパウロ





< 今日の言葉 >

歌は心 歌は人生 歌は私

(演歌歌手、ジョージ・林さんの名刺に書かれたキャッチコピー)


[ジョージ・林さん ミニプロフィール

・1939年9月7日生まれ おとめ座/O型

・16歳で歌手を目指し、歌修行。

・2007年より女装で歌いはじめる。

・2008年1月、歌手デビュー。

・代表曲/『酔芙蓉(すいふよう)』『通り風』