そこが観光地であればあるほど、気分が盛り上がる。
観光地の、ちょっと「現実ばなれ」した感じ。
日常との微妙な「ズレ」こそが、観光地の魅力のひとつだろう。
「最近の京都は、もう日本的じゃない」
国内外を問わず、そう評する人も多いようだが。
それが現実、「京都」であることは事実だし、僕はいまの京都も大好きだ。
平安神宮や金閣寺などの「京都」もあれば、京都駅周辺や夜の先斗町(ぽんとちょう)などの「京都」もある。
京都タワー地下の銭湯も、比延山頂遊園地も「京都」だし、裏路地の卵屋が売る出し巻き卵も「京都」だ。
なんでも保存するだけが「伝統」でもないだろうし、昔っぽく再現するだけが「継承」でもない気がする。大切なのは「精神」なんじゃないかと、そんなふうに思うのだけれど。
とにかく、僕には何の不満もない。それぞれの観光地が考えて、それぞれの地域が出した「こたえ」なら、それが「らしさ」というものじゃないかと。
僕は批評家じゃないので、その土地、その場所をのんびり歩いて、楽しめたらそれでいい。事実、いままで出かけた場所で「たいくつ」だったところは、ひとつもない気がする。
紀州、和歌山。本州最南端といわれる場所の、展望台でのことだ。
僕にとって、観光のお楽しみのひとつに「おみやげ」がある。展望台の中の売店で、キーホルダーなどの土産物をあれこれ見ていると、売店のおばさんが話しかけてきた。
「もうすぐ、下のステージでイベントがありますから。よかったらどうぞ、見ていってください」
そういわれると、気にならなくもない。
そして、土産物ウオッチングも終わったころ、階下からにぎやかな音楽が聞こえてきた。民謡のようなそのメロディに誘われるようにして、階段を下りてみる。目の前に開けたステージでは、着物姿の女性が、あでやかに舞を踊っていた。その女性と目が合い、はたと気づいた。
着物姿で踊るその女性は、売店のおばちゃん、その人だった。
早着替え。自作自演。優雅な舞。先ほどの接客・・・。いろいろな単語が、頭の中で、ぐるぐる渦巻く。
僕は、階段の途中で、思わず足を止めてしまった。
おばちゃんは、核心には触れず、自らのステージを、自らで勧めていた格好になる。
踊る、売店のおばちゃん。先ほどとはまるで別人のように見えるが、同一人物だ。売店の、青いベストを着ていたときよりも、いきいきと優美に見えたのは気のせいでもないだろう。
売店が先か、踊りが先か。
僕には、おばちゃんが言い出して始まった「イベント」のように思えたが。なんだか心をすすぎ洗いされたようで、少し、いいものをもらった気がした。
反対に、笑顔で大人のオモチャをすすめてくるような、そんな陽気なおばちゃんもいる。
北陸の、とある名勝でのことだ。朝いちばんの観光地で。いったい誰が、大人のオモチャを買うというのか。
ちらりのぞいたショーケースには、昭和感たっぷりの、エロいお人形さんが鎮座していた。違った意味ではあるけれど。僕はまんまと、購買意欲をくすぐられていた。
熊本の、とあるラーメン店では、話し好きの大将がいた。
うまそうな匂いに誘われ、のれんをくぐったころには、腹がぐうっと鳴りだした。店内に入ると、威勢のいい大将の声が迎えてくれた。カウンターに座り、さっそく、ラーメンを注文する。
「熊本は、初めてとですか?」と大将。
「はい。わあ、ここにきてやっと、熊本の言葉が聞けました」
「分かりやすく、標準語ば使っちょるつもりですがねぇ」
そんなこんなで。大将は、手を動かしながらも、気さくに話しつづけ、けっして口を休めない。
世間話に始まった会話が、自然とラーメンの話になり、熊本ラーメンの特徴から、大将のラーメン哲学にさしかかったころ。大将は、僕の目をまっすぐ見ながら、熱く熱く、語りはじめた。
「こうして産まれた麺が、最高の嫁となる、スープば探すとですよ」
大将のこだわりが、じんじんと伝わる一語一句に。僕は感心しきりで、ただただうなずくばかりだったが。
正直、それどころではなくなっていった。腹が減りすぎて、口の中につばがあふれてきて、返事も出ない。まるで「おあずけ」を食らった犬のようだった。
それが伝わったわけでもなさそうが。しばらくして、大将が口を休めた。
そして、満面の笑みで、こう言った。
「じゃあ、いますぐ作りますでね」
思わず、ええっ、と前のめりで倒れそうになった。
大将は、熱を帯びた口が、どんどん回り始める一方で、ラーメンを作る手が、その仕事をすっかり忘れてしまっていたらしい。
入店して30分強にしてようやく、一杯の、ラーメンの調理がはじまった。
それでも。長い時間待った、その分だけよけいにおいしく味わえたことは、いうまでもない。
観光地の気さくな人びと。
一期一会じゃないけれど。いく先々で出会う、いろいろな人たちとのやり取りは、いいものだ。
本やテレビでは取り上げないような、ほんのささいなことばかりでも。
何の色づけもされていない、「原色」の出来事だからこそ、ずっと色濃く、手元に残る。
誰かに勧められたわけでも、行列を追って選んだわけでもない。
ときに「はずれ」を引くのもまた、おもしろい。
「つまらない」場所なんて、どこにもない。
おもしろくするのも、つまらなくするのも。それは、自分次第。
時間を、場所を、おもしろくできるかどうか。
自分を「試す」ためにも、自分を楽しませるためにも。
みなさんも、「観光」してみるのはどうでしょう。
< 今日の言葉 >
いつのまにか下を向いて、ただ過ぎ去っていく時間。やり過ごしてるだけの日々。
みなさん、忘れていませんか。生活の中で、冒険を、自由を。
(OVA『FREEDOM 4』/フロリダのラジオDJ、アンナマリーの言葉)